『ボックストロール』 かわいくない魅力

ボックストロール [Blu-ray] こんな傑作が日本未公開だったとは!

 『ボックストロール』のBlu-ray/DVDのカバーアートをご覧いただきたい。
 少女の手を引いて逃げる少年。明らかに彼が主人公だが、ひねた感じの生意気そうな子供で、あんまり可愛らしくない。
 手を引かれている少女も、つぶれたアンパンみたいな顔で、可愛いヒロインとはいいがたい。
 少年少女と一緒に走っている奇怪な生き物たち――体を箱に入れた彼らがボックストロールなのだが――も、悪の手先の雑魚キャラに見える。
 だが、後方には赤い帽子の妙な奴らが迫っているから、必然的に彼らが「わるもん」なのだ。すると手前の奇怪な生き物たちは、「いいもん」ということになる。その姿形からは、とてもそう思えないけれど。

 日本はカワイイ文化の発信地であり、とりわけ可愛いモノが持てはやされる。全国津々浦々に可愛いマスコットキャラクターがおり、2008年にあまり可愛いらしくないマスコット「せんとくん」が登場したときは、ずいぶんと嫌がられたものだ。
 そんな日本で、どう見ても可愛くなく、格好良くもないキャラクターばかりの映画『ボックストロール』は、はなはだ不利な状況にあろう。

 ディズニーを辞職したジェフリー・カッツェンバーグが、見かけの美醜と内面の美醜は関係ないことをテーマに据えた『シュレック』を発表し、可愛らしさの総本山ディズニーにカウンターを食らわせたのは2001年のことだった。
 本作はその域をはるかに超えて、可愛くないキャラクターたちのドラマで、人間社会の偏見と狭量さを描き出す。

ボックストロール [Blu-ray] 登場するのは、虐げられているのに抵抗せず、目先の娯楽に流されるだけの人々や、プロバガンダに易々と乗せられて他者を攻撃する大衆だ。
 赤い帽子の男、害虫駆除業者のスナッチャーはたしかに「わるもん」なのだが、身分の低さと、努力しても報われない境遇に抗おうとして、倫理を踏み外してしまった哀れな人間だ。
 そして、人前で話すと立派そうだが、何もしない街の権力者。美食のことで頭がいっぱいで、行うのはせいぜいパーティーくらい。
 本作は、身分の上下と格差拡大が社会をどれほど歪ませるかを描き、指導者の無策の結果が最終的に弱者への皺寄せとして現れることを訴える。たしかに、ここに可愛いキャラや格好良いキャラの出る幕はない。可愛くしようと思ったらいくらでもできる人形アニメを通して作り手が描くのは、可愛らしさで覆い隠してはならない過酷な現実だ。

 キャラクターが可愛いかったり、格好良かったりすることの功罪はハッキリしている。
 可愛いければ注目を集めやすいし、好かれやすいから、多くの観客にリーチできる。
 けれども、可愛いとそれだけで受け入れられたり、許されたりしてしまうから、真の問題を掘り下げる妨げになりかねない。美醜に関係なく受け入れたり、許したりできるかを問う作品で、「可愛いから好き」「格好良いから好き」という感情を観客に抱かせてしまったら、それは失敗作だろう。
 このようなことを避けるため、たとえば『崖の上のポニョ』では、主人公ポニョの姿が可愛い幼女に見えることもあれば、奇怪な半魚人にも変化する。『シェイプ・オブ・ウォーター』では、人々が恐れる怪物であり、同時に女性が恋したくなるような「半魚人」の顔を作るのに、三年を要したという。


ボックストロール [Blu-ray] 本作は、まだ社会の不合理、不条理に染まっていない子供たちが、大人が疑問視しない慣習を打ち破り、世間を引っ繰り返すファンタジーだ。
 少年も少女もひねた感じで、ちょっと憎々しいくらいのデザインなのに、動き出すと不思議と好きになってしまう。彼らの冒険に付き合ううちに、これ以上ないデザインであることが判ってくる。この二人がとても個性的で、歯並びの悪さや、歪んだ唇等も含めた人物丸ごとに魅了されるからだ。薄気味悪いと思っていたボックストロールさえも、愛嬌たっぷりに見えてくる。これが作品の力というものだろう。

 日本未公開のまま終わりそうだった本作は、Blu-ray/DVDの発売に合わせ、期間限定で公開された。
 上映に踏み切った東京都写真美術館と配給会社のギャガ株式会社に深く感謝したい。


ボックストロール [Blu-ray]ボックストロール』  [は行]
監督/グレアム・アナブル、アンソニー・スタッチ
制作/トラヴィス・ナイト
出演/ベン・キングズレー エル・ファニング アイザック・ヘンプステッド・ライト ジャレッド・ハリス サイモン・ペッグ ニック・フロスト トニ・コレット
日本公開/2018年4月27日
ジャンル/[ファンタジー] [アドベンチャー]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : グレアム・アナブル アンソニー・スタッチ ベン・キングズレー エル・ファニング アイザック・ヘンプステッド・ライト ジャレッド・ハリス サイモン・ペッグ ニック・フロスト トニ・コレット

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』 インフィニティ・ストーンのおさらいをしよう

Avengers: Infinity War (Original Soundtrack) Import 面白かった!
 マーベル・シネマティック・ユニバース最大のスケール、最大の賑やかさ。これまでのマーベル・シネマティック・ユニバース18作品は、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』にたどり着くためにあったのだ。
 シリーズ史上最多のスーパーヒーローが集結し、これまでチラリと映ったり、言及されるだけだった最大最強の敵サノスと対峙する。これぞ大興奮の一作だ。

 マーベル・シネマティック・ユニバース作品の中でも群を抜いた名作(と私が考える)『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』を監督したアンソニー・ルッソとジョー・ルッソの兄弟がメガホンをとったのだから、本作が面白いのはとうぜんなのだが、その彼らにもこの映画はかなり手強かったようだ。アンソニー・ルッソは次のように語っている。
 「これほど多数のヒーローが登場する群像劇は過去に存在しません。それは、物語を構成するうえで、かつての名作からヒントを得ることが難しいということを意味します。映画づくりにおいて、参考にする過去作がないのは恐ろしいことです。(群像劇の名手として知られる)ロバート・アルトマン監督の作品を参考にしようとも考えましたね。ただ、同時にやりがいも感じていました。それこそ、新たな未知の領域に足を踏み込むことでもあったからです。」

 登場するスーパーヒーローの数でいえば、仮面ライダーやスーパー戦隊、ウルトラマンの映画のほうが多いかもしれない。だが、いつでも主役級として新作を撮れる人気キャラクターが一堂に会し、しかも一人ひとりの個性とドラマがこれほどまでに描かれた作品は、過去に例がないだろう。
 その舵取りを見事にやりきったルッソ兄弟の手腕はたいしたものだし、それだけのドラマを書き込みつつきちんと整理されたクリストファー・マルクスとスティーヴン・マクフィーリーの脚本はどんなに称賛してもし足りない。

 観客の多くは、何といってもインフィニティ・ストーンが揃うことに感激するに違いない。数々のマーベル・シネマティック・ユニバースの作品を通して激しい争奪戦が繰り広げられてきたインフィニティ・ストーン(後述)が、とうとう全部揃うのだ。ただ一つでも宇宙を震撼させる強大な力を秘めたインフィニティ・ストーン。それが六個揃うのだから、その迫力や推して知るべし。
 多くの悪事を裏で操ってきたタイタン人サノスも(後述)、本作では前面に現れて、アベンジャーズとがっぷり四つに組む。はじめてサノスがスクリーンに登場してから、どれほどこの日を待ち焦がれたことか。


【チラシ付き、映画パンフレット】アベンジャーズ インフィニティ・ウォー 特別版 本作は、2017年に公開された『マイティ・ソー バトルロイヤル』のラストシーンの直後からはじまる。
 『マイティ・ソー バトルロイヤル』のラストは、故郷の星を破壊されて宇宙の難民となり、星々のあいだを旅していたソーとアスガルド人が、謎の巨大宇宙船に遭遇するところで終わっていた。本作では、その船――サノスの宇宙船サンクチュアリIIによってアスガルドの避難船が破壊され、アスガルド人の生き残りも皆殺しに殺されてしまう。

 ここからサノスとスーパーヒーローたちの戦いが延々と続くのだが、その描き方が潔い。各ヒーローの紹介は過去作で済んでいるし、サノスのことも、サノスが探し求めるインフィニティ・ストーンのことも観客は知っているから、余計な説明は一切いらない。
 ヒーローたちは、ただひたすらにサノスと戦い、翻弄され、さらなる謎に巻き込まれる。

 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』に感心するのは、世界観がまちまちなヒーローが集結したのに、物語が破綻せず紡がれていることだ。
 仮面ライダーが大戦争する映画や、歴代スーパー戦隊が集結する映画や、多くのウルトラマンが協力する映画は、たいへんでもやれないことはないと思うのだ。作品のカラーやフォーマットが似ているし、設定に共通するところも多い。
 だが、マーベル・シネマティック・ユニバースは各作品の独立性が高く、異質なところが多分にある。いくら地続きの世界だと主張しても、ただ心身を鍛えただけのスパイであるブラック・ウィドウと、時空を操る魔法使いのドクター・ストレンジと、宇宙を股にかけた暴れん坊のガーディアンズ・オブ・ギャラクシーらでは、力も雰囲気も違い過ぎる。スパイや暗殺者が束になってかかってきても平気なブラック・ウィドウでも、ダーク・ディメンションを支配するドルマムゥすら撃退したドクター・ストレンジが苦戦するような高次元の存在が来たらひとたまりもない。ちょっと気の利いた武器を持つだけのファルコンやウォーマシンは、通常の戦場なら大活躍だが、異星人や異次元の敵にはかなうまい。
 『アベンジャーズ』と銘打つ映画は三作目とはいえ、共闘するヒーローがどんどん増えていく中で、一本の映画としてのカラーを打ち出すのは至難の技であったはずだ。

 これを成し遂げたことは、本当に素晴らしい。はじめて合流したガーディアンズ・オブ・ギャラクシーが、添え物にならず、しっかりストーリーの中心にいるし、アイアンマン/トニー・スタークやハルク/ブルース・バナーらフェイズ1からの古参メンバーにもそれぞれの見せ場がある。絶妙なバランス感覚だ。


The Road to Marvel's Avengers: Infinity War - The Art of the Marvel Cinematic Universe (Road to Marvel's Avengers - Infinity War) 注目すべきは、アイアンマンとソーとドクター・ストレンジの扱いだ。個性的なヒーローの中でも特に我が強いこの三人の配置には、作り手も苦しんだに違いない。
 結果、科学と魔法という水と油の関係にあるアイアンマンとドクター・ストレンジを早々に引き合わせることで作品を引っ張る対立軸を設けながら、すでに『アベンジャーズ』でアイアンマンと衝突したことのあるソーには別ルートの旅をさせて、アイアンマンやドクター・ストレンジに会わせない。

 さらに、アイアンマンとドクター・ストレンジ、そしてスター・ロードたち科学と魔法に卓越した面々には、サノス単体との常識外れの戦い(月を砕いて落っことす!)を演じさせる一方で、ファルコンやブラック・ウィドウらには、サノスの配下ブラックオーダーが率いる雑魚キャラたちの相手をさせて、彼らなりの強さを演出する。
 複数個所で同時進行する戦いは、スケールやヒーローの能力が違い過ぎて、ともすれば一方の面白さだけが突出してしまいそうなものだが、本作では各キャラの個性と映像の魅力、そして優れた構成が、どちらも盛り上げて楽しませてくれる。
 マーベル・コミックスにはクロスオーバーを頻繁に行ってきた長い歴史があるとはいえ、実に巧く処理したものだ!

 しかもだ、本作はなんとスーパーヴィランであるサノスの内面を描く作品もある。
 『アベンジャーズ』に登場したチタウリ人のジ・アザーや、『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』に登場したダークエルフのマレキスがいい例だが、作品が宇宙的スケールになってくると、どうしても敵側のキャラクターを掘り下げる余裕がなくなってしまう。いきおい、薄っぺらで記号的なヴィランになりがちなのだが、本作はこれだけ盛り沢山でありながら、サノスがとても魅力的に描かれている。だから、サノスとの戦いはいくら見ても見飽きない。
 アンソニー・ルッソ監督は、「本作では、サノスの感情を突き詰めて描きたいと考えていました」とまで述べている。


 さて、サノスはマーベル・シネマティック・ユニバース最大の敵、マーベル・シネマティック・ユニバースはインフィニティ・ストーンの争奪戦だった――といっても、18作もあると、どの作品で何があったか判らなくなりそうだ。何しろ最初のインフィニティ・ストーンが登場してから、もう八年も経つのだ。
 そこで、備忘を兼ねて過去作での扱いを記しておく。

■サノス
 『アベンジャーズ』(2012年)のエンドクレジット後に初登場。地球侵略をアベンジャーズに阻止されたチタウリ軍のジ・アザーから「アベンジャーズに戦いを挑めば死あるのみ」という報告を得て、ひるむどころか笑っていた。これにより、後続のマーベル・シネマティック・ユニバースの作品世界に大きな影響を与えたチタウリの大襲撃が、サノスの差し金だったことが判る。

 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)では、クリー人のロナンを使ってインフィニティ・ストーンの一つ、パワー・ストーンを手に入れようとしていた。娘のガモーラとネビュラに命じて、ロナンを補佐させていたが、娘たちに裏切られてしまう。

 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)でもエンドクレジット後に登場し、まだ石のないインフィニティ・ガントレットを左手にはめて、「私の出番だ。」と宣言する。


インフィニティ・ストーン
(1) スペース・ストーン

 『マイティ・ソー』(2011年)のエンドクレジット後のシーンで、国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.の施設に連れてこられたエリック・セルヴィグ博士が、四次元キューブ(Tesseract)の調査をニック・フューリー長官から依頼される。このときのセルヴィグ博士はロキに操られていたため、ロキが四次元キューブの在りかを知ってしまう。この時点ではまだ、四次元キューブの中にスペース・ストーンが入っていることは観客に明かされていない。

 1940年代を舞台にした『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年)では、オーディンがノルウェーのトンスベルグの聖堂に隠していた四次元キューブ(Tesseract)をナチスドイツの将校ヨハン・シュミットことレッドスカルが手に入れる。だが、キャプテン・アメリカとの闘いの最中、レッドスカルはキューブを暴走させてしまい、時空の彼方に飛ばされる(『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』において、レッドスカルが惑星ヴォーミアでソウル・ストーンの番人になっていたことが明かされた)。残された四次元キューブは、ハワード・スタークによって回収され(て、S.H.I.E.L.D.に受け継がれ)る。
 その後、息子のトニー・スタークが、アイアンマンの動力源となる新型アーク・リアクターの開発のヒントを探して父ハワードの遺品を調べたとき、父が四次元キューブの研究を続けていたことが判明する(『アイアンマン2』(2010年))。

 『アベンジャーズ』(2012年)では、四次元キューブを手に入れたロキが、キューブの力でワームホールを開いてチタウリの軍勢をニューヨークに呼び寄せる。チタウリとの戦いの後、四次元キューブはソーがアスガルドで保管する。だが、『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年)のどさくさでロキがオーディンに成りすまし、アスガルドの支配者の座についたから、ロキはキューブを自由にできたはずだ。事実、『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年)でアスガルドが崩壊した際に、ロキがキューブを持ち出していたことが本作で明らかになる。
(2) マインド・ストーン

 『アベンジャーズ』(2012年)において、(サノスから王笏を授かった)ロキはマインド・ストーンを備えた王笏で人の心を操り、四次元キューブ(Tesseract)を奪取する。チタウリとの戦いの後、この王笏はS.H.I.E.L.D.が保管したと思われる。

 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)では、S.H.I.E.L.D.が長年にわたり秘密結社ヒドラに侵食されていたことが明かされる。そしてエンドクレジット後のシーンで、王笏を手に入れたヒドラの科学者バロン・フォン・ストラッカーがマインド・ストーンを使った人体実験を行い、双子の超能力者、スカーレット・ウィッチ(ワンダ・マキシモフ)とクイックシルバー(ピエトロ・マキシモフ)を生み出していた。

 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)の冒頭で、バロン・フォン・ストラッカーのアジトはアベンジャーズの急襲を受け、王笏はアベンジャーズのものになる。トニー・スタークはさっそくマインド・ストーンを研究するが、その過程でマインド・ストーンの力により人工知能ウルトロンが誕生してしまう。ウルトロンはみずからの「容れ物」としてマインド・ストーンを額に埋め込んだ肉体を作るが、この肉体はスーパーヒーロー、ヴィジョンとして覚醒する。
 本作では、ヴィジョンのマインド・ストーンの争奪戦がクライマックスとなる。
(3) リアリティ・ストーン

 『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年)の冒頭で、宇宙誕生直後におけるマレキス率いるダークエルフとオーディンの父ボーとの戦いが描かれる。ダークエルフに勝利したボー王は、マレキスの武器――宇宙を誕生前の状態に戻せるエーテル、すなわちリアリティ・ストーン――を手に入れる。ボー王はエーテルを地中深くに隠したが、現代になって、不慮の出来事からエーテルが再びマレキスの手に渡ってしまう。死闘の末にマレキスを倒し、エーテルを取り戻したアスガルド人は、四次元キューブ(スペース・ストーン)とエーテル(リアリティ・ストーン)の二つがアスガルドにあることは危険だと考え、惑星ノーウェアのコレクター(タニリーア・ティヴァン)にエーテルの保管を依頼する。
(4) パワー・ストーン

 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)において、サノスの命を受けたクリー人ロナンが、パワー・ストーンを収めたオーブを探していた。スター・ロードはオーブをいったんコレクター(タニリーア・ティヴァン)の許に持ち込み、パワー・ストーンのいわれを聞くが、激しい争奪戦の末に、ザンダー星を本拠とするノバ軍警察にパワー・ストーンの保管を依頼する。
(5) タイム・ストーン

 『ドクター・ストレンジ』(2016年)に「アガモットの目」という首飾りとして登場。魔法の訓練施設カマー・タージで、長いあいだ厳重に保管されていた。その後、タイム・ストーンを収めた首飾りの状態のまま、ドクター・ストレンジが身につけている。
(6) ソウル・ストーン

 本作において、サノスがガモーラにソウル・ストーンの探索を命じていたことが語られるが、本作以前に登場することはなかった。


 当初の発表では、題名が『Avengers: Infinity War Part1』とされていた本作。「Part1」の文字は外れたが、もちろんこれは物語の前半に過ぎない。本作と同じ監督、脚本家が組んだ続編が、2019年5月3日に公開される予定なので、楽しみに待ちたい。
 おっと、その前に、本作の最後にニック・フューリーが呼び出したキャプテン・マーベルの登場だ。


Avengers: Infinity War (Original Soundtrack) Importアベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』  [あ行]
監督/アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演/ロバート・ダウニー・Jr ベネディクト・カンバーバッチ クリス・ヘムズワース クリス・プラット クリス・エヴァンス ジョシュ・ブローリン マーク・ラファロ ゾーイ・サルダナ スカーレット・ヨハンソン カレン・ギラン トム・ホランド ポール・ベタニー エリザベス・オルセン アンソニー・マッキー チャドウィック・ボーズマン ドン・チードル トム・ヒドルストン デイヴ・バウティスタ ポム・クレメンティエフ ピーター・ディンクレイジ セバスチャン・スタン ベネディクト・ウォン グウィネス・パルトロー ベニチオ・デル・トロ イドリス・エルバ ダナイ・グリラ サミュエル・L・ジャクソン ヴィン・ディーゼル ブラッドリー・クーパー
日本公開/2018年4月27日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [スーパーヒーロー] [SF]
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【theme : アベンジャーズ
【genre : 映画

tag : アンソニー・ルッソ ジョー・ルッソ ロバート・ダウニー・Jr ベネディクト・カンバーバッチ クリス・ヘムズワース クリス・プラット クリス・エヴァンス ジョシュ・ブローリン マーク・ラファロ ゾーイ・サルダナ

『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』 僕たちの正義

映画クレヨンしんちゃん 爆盛! カンフーボーイズ~拉麺大乱 (アクションコミックス) 【ネタバレ注意】

 これだから『クレヨンしんちゃん』は侮れない。
 あの傑作『映画クレヨンしんちゃん バカうまっ! B級グルメサバイバル!!』の脚本を浦沢義雄氏と共同で担当したうえのきみこ氏が、再びしんのすけたち「かすかべ防衛隊」の活躍を描いたのが『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱(らーめんたいらん)~』だ。

 映画は、『包丁人味平』のカレー戦争編のブラックカレーをブラックパンダラーメンに置き換えたかのようにはじまる。一度食べたらやめられないブラックパンダラーメンを売りさばき、春日部住民を病み付きにさせてしまうのが、闇突拳(やみつきけん)を操る武術家ドン・パンパンだ。彼はさらなる事業拡大のため、地上げ屋を使って春日部の中華街アイヤータウンの土地を我が物にせんと企んでいた。
 ここから話はカンフー映画、たとえばジャッキー・チェンが若かりし頃の映画『ドランクモンキー 酔拳』あたりのパターンに近づき、立ち退きを迫る一派と、アイヤータウンで頑張り続ける正義包子の店主――実は伝説のカンフーの師匠――の老人、そして老人の下で修業するしんのすけたちの戦いの物語になる。

 このままカレー戦争ならぬ中華料理戦争と、カンフーを駆使した悪党退治に終始しても、充分に面白い映画だっただろう。
 ところが、うえのきみこ氏初の単独脚本映画だった『映画クレヨンしんちゃん オラの引っ越し物語 サボテン大襲撃』が『人類SOS!』を下敷きにしながらその先を描いたように、本作も数多のカンフー映画を踏まえながら(カンフーの修行をはじめたマサオが口ずさむのは『プロジェクトA』の主題歌だ)、「その先」を描き出す。
 今回は、どんどんスケールが広がってカンフー映画の域を超え、暴力と平和、善と悪、正義と不義を考えさせる作品になっていく。しんのすけのキャラクターと壮大なテーマが結びついたクライマックスは、実に見応えがある。


 ドン・パンパン率いる武術家たちと戦うために、自分も武術を身につけ、対抗する。それも一つの方法だが、暴力に暴力で応えていては、暴力の連鎖は止まらない。仇討ものや復讐ものの映画が、爽快でありながら今一つしっくり来ないのは、敵を叩きのめすだけでは、暴力を振るわれる苦しみも、暴力を振るう苦しみも終わらないであろうことを予感させるからだ。

 本作がユニークなのは、しんのすけたちが修行するのが「ぷにぷに拳」なる一見ふざけた拳法であることだ。
 体をクニャクニャにして敵の攻撃をやり過ごす技や、倒されても受け身をとりながら減らず口を叩くことで勝ち負けにこだわらない技、そしてケツだけ星人のバカバカしさで相手の戦意を喪失させる技等々。『クレヨンしんちゃん』ならではのくだらなさに満ちていながら、「ぷにぷに拳」は暴力を巧みにかわし、争いを回避することを本質としている。ただ殴り合いになってしまうようなカンフー映画、復讐譚とは一線を画している。

 なかなかやるな。やっぱり『クレヨンしんちゃん』は面白いな。
 「ぷにぷに拳」の修行に励むしんのすけたちを見て、私はそう思ったのだが、そのときはまだ本作の奥深さに気がついていなかった。


笑一笑 ~シャオイーシャオ! 【しんちゃん盤(CD Only)】 アクション仮面の大ファンであり、師匠の一番弟子でもあるランとともに旅をして、遂に「ぷにぷに拳」究極の奥義を前にするしんのすけ。
 世界に平和をもたらすという究極の奥義に胡散臭さを感じたしんのすけは、その奥義を身につけることを拒絶する。だが、世の中を平和にしたい、悪い奴らから人々を救いたいと願うランは、究極の奥義に手を出してしまう。
 やがて激しい戦いの末に、ドン・パンパンを倒すラン。普通の映画ならこれで終わるところだが、暴力と平和、正義と不義をテーマに据えた本作は、「正義」が勝ったその先を描く。

 相手の戦意を喪失させる技をも上回る「ぷにぷに拳」究極の奥義「ぷにぷに真掌」。それは人間の脳内をぷにぷになお花畑にして、理性も知性も失った、ただ隷属するだけの無力無気力な存在にしてしまう恐るべき技だった。
 「ぷにぷに真掌」を振るうランは、ドン・パンパンを倒してブラックパンダラーメンの店を壊滅させるだけでなく、街にはびこる小さな悪をもことごとく潰しはじめた。他人のビニール傘を盗むのは悪、電車内で透かしっ屁をするのは悪、公共の場で映画のネタばらしをするのは悪、足が臭いのは悪、尻が垂れているのは悪。ひとたびランに「悪」と認定されれば、誰も彼もがたちまち「ぷにぷに真掌」の餌食にされた。ランの姿が見えるとあわてて身を隠し、怯えながら生きる街の人たち(個人的には、映画のネタばらしをしたら退治されても同情の余地はないと思うけれど)。

 ランやしんのすけたちが仲良く修行していたときは、ぷにぷに拳バージョンの『かすかべ防衛隊のうた』が楽しく元気な歌に聴こえた。
 しかし、「ぷにぷに真掌」を会得して、ただひとり「悪」を滅ぼし続けるランが「♪ラブ&ピース…」と歌う『かすかべ防衛隊のうた』は、ゾッとするほど恐ろしい。


 これは歴史上何度も繰り返されてきたことだ。
 古くは18世紀のフランス革命。民衆は身分制度にあぐらをかいた「悪」の王族、貴族を革命で追い落としたが、その後に待っていたのは民衆の「正義」を体現した革命政府による恐怖政治だった。粛清に次ぐ粛清でフランス全土を震撼させた恐怖政治の犠牲者は、4万人にも上るという。

 あるいは、20世紀のロシア革命。貧しい生活に苦しんだ民衆は帝政を終わらせたが、その後に誕生したのは野党の存在すら許さない一党独裁のソビエト連邦だった。


 2010年代の日本では、ヘイトスピーチ(憎悪表現)の増加が社会問題と化していた。排外主義的な考えに染まった者たちが、コリアタウンに行って暴言を吐くという、極めて悪質なことが行われていたのだ。国連でも問題視され、人種差別撤廃委員会規約人権委員会が、このような活動をやめさせるように日本政府に勧告した。多くの議論を経て、2016年5月にはヘイトスピーチ対策法が成立するに至る。
 平和に暮らしている人々に侮蔑的な言葉を投げつけ、彼らへの差別を煽ったりすることが許されるはずがない。これは明らかに「悪」であった(やっている人間は、内輪の論理で自分たちを正当化するのだろうが)。当時、これに対抗しようと立ち上がり、ヘイトスピーチが行われる現場に乗り込んだ人々がいた。ヘイトスピーチが「悪」である以上、これに対抗するのは「正義」のはずだ。
 しかし彼らが行ったのもまた、暴言を吐く人間に暴言を投げつけることだった。さらにはヘイトスピーチをする者と衝突して暴力沙汰になり、挙句に仲間うちでのリンチ事件も明るみに出た。リンチ事件の報に接し、連合赤軍が1972年に起こした山岳ベース事件を想起して、戦慄した人もいただろう。

 『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』について考えるとき、本作の制作期間がリンチ事件の裁判の最中であり、映画公開がまさに一審判決の翌月だったことは注目されるべきだ。
 本作がくだんのリンチ事件や反ヘイトスピーチ活動をなぞってるわけではない。重要なのは、本作のテーマが、そこで描かれる内容が、2010年代の日本では切実な問題だったということだ。そしてこれは、2010年代の日本だけのことではない。

 

ジェンカ とめどなく「悪」を退治し続けるランに対抗するため、しんのすけたちが採った手段、それがジェンカだ。
 フィンランドのフォークダンスであるジェンカは、とくにラウノ・レティネンが作曲した『Letkis』の世界的ヒットで知られる。日本でも坂本九さんのカバー曲『レットキス(ジェンカ)』がよく知られている。
 本作では、橋幸夫さんが歌う『ジェンカ』に合わせてしんのすけたちが踊り出す。野原家も踊る。幼稚園の先生たちも踊る。春日部の人々みんなが踊る。踊りの列は、はるか地平の彼方へ続き、世界中すべての人が踊っているのではないかと思わせるほど、歌と踊りが広がっていく。

  ラ ラーンラーラ
  ランランラン
  人生はたのしい

  ラーンラーラ
  ランランラン
  踊ろうよ さぁ ジェンカ

 亜蘭知子氏の詞が歌われる中、「正義」か「悪」かに凝り固まっていたランの心はゆっくりと溶けていき、遂には彼女も踊り出す。

 暴力には暴力で対抗し、暴言には暴言で対抗する。そんな映画や現実にささくれ立っていた観客の心は、楽しい歌と踊りに癒されることだろう。『クレヨンしんちゃん』らしい粋なラストであるとともに、最後はみんなでダンスするのが定番のインド映画からの見事な換骨奪胎といえる。
 ランが「正義」を振りかざす前に、先回りして世界を平和にしようとする子供たち。拳法の大技は使えなくても、毎日コツコツ生きることを大切にするマサオ。私は彼らの姿に深く感動した。
 

 しかし、――私は少し引っかかりを覚えた。
 一つの歌、一つの踊りにみんなの行動が集約され、世界中の誰もが同じダンスを踊り続ける。そのラストで本当に良いのだろうか。
 歌は楽しい。踊りも楽しい。同じ歌をうたい、同じダンスを踊れば、心が一つになったように感じて、全体が調和したようにも思えるだろう。
 だが、平和とは何か、正義とは何かを問う本作がたどり着いた結論が、たった一つのダンスを全員で踊り続ける世界では、自分の意に反するものをことごとく「悪」とみなして成敗したランとどれほど変わるというのだろうか。

 『ジェンカ』のリズムに酔いしれながら、私の心にはモヤモヤするものが残っていた。


 「とりあえず寝て、憶えてたら明日考えます。」


映画クレヨンしんちゃん 爆盛! カンフーボーイズ~拉麺大乱 (アクションコミックス)映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』  [え行]
監督/高橋渉  脚本/うえのきみこ
出演/矢島晶子 ならはしみき 森川智之 こおろぎさとみ 真柴摩利 林玉緒 一龍斎貞友 佐藤智恵 潘めぐみ 関根勤 廣田行生
日本公開/2018年4月13日
ジャンル/[コメディ] [アクション] [ファミリー]
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【theme : アニメ
【genre : 映画

tag : 高橋渉 矢島晶子 ならはしみき 森川智之 こおろぎさとみ 真柴摩利 林玉緒 一龍斎貞友 佐藤智恵 潘めぐみ

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