『醜聞<スキャンダル>』 人はなぜ「蛍の光」に涙するのか?
「蛍の光」は卒業式で歌う曲の定番であろう。
学校でこの曲を歌った方は多いと思う。
私も卒業式のために練習した記憶がある。だが、その頃は歌わされていたようなもので、歌詞の意味も判らず声を出すだけだった。
スコットランド民謡 "Auld Lang Syne" を原曲とするこの歌のイメージが変わったのは、やはり映画『哀愁』を観てからだ。
『哀愁』は米国での公開が1940年、日本では戦後4年ほど経った1949年に公開されている。ヴィヴィアン・リーが『風と共に去りぬ』とはうってかわって可憐なヒロインを演じていた。
この中で、ヴィヴィアン・リーとロバート・テイラーが訪れたクラブで演奏される甘美な曲が、「蛍の光」だったので驚いた。いや、「蛍の光」は日本の唱歌だから、『哀愁』で演奏されたのは原曲は同じでも「別れのワルツ」というべきだろう。
『哀愁』という題名どおりの哀しい映画に流れたのは、嫌々ながら歌わされた「蛍の光」と同じメロディでありながら、なんとも物悲しく切ない曲であった。
ただこのときは、「蛍の光」のメロディはこんなに良い曲だったのか、という受け止め方だった。
それが、「蛍の光」の歌詞も含めてなんと素晴らしい曲だろうと思うようになったのは、『醜聞<スキャンダル>』を観たからだ。
『醜聞<スキャンダル>』は、でっちあげ記事を巡る顛末を描いた作品だ。
物語は紆余曲折するものの、一貫して真実とは何かを追及している。
志村喬さんが演じる弁護士・蛭田乙吉は、うじ虫である。
蛭田がみずから「私は犬だ!うじ虫だ!」と云うのだから間違いない。私は犬とうじ虫を同列には思わないが、要は人としてなってないのだ。
そんな蛭田は、娘や妻の前でいたたまれなくなり、バーで酔いつぶれる。
そこには、クリスマスだというのに(クリスマスだからか)家庭で過ごさず飲んだくれる男たちと、バーで働く女たちがいた。
蛭田の隣のボックスで、酔っ払った客が、「蛍の光」を歌おうと立ち上がった。ろれつも回らない左卜全である。
「人間はね、毎ねん毎とし、今年のことは知らん、今年は知らないけれども、来年こそは、と考えて生きている。そうでも考えなくちゃ生きていられませんがな。…しかし諸君、来年こそやる。きっとやる。頑張るぞ!…来年こそ、ちっちゃくても一軒、家を買って、おかあちゃんに楽させる。……うん、やるぞ、諸君。来年こそ、きっとやるぞ、僕は。僕は誓う。今年なんかくそ食らえだ。蛍の光、窓の雪……だ。諸君、一緒に唄ってくれ。そして来年こそは、みんなしっかりやるんだ。」
これを聞いて、蛭田もひょろひょろと立ち上がる。
「わしもやるぞ……来年こそきっとやる……今年はうじ虫だったが、来年こそシャンとした人間になるぞ……おい、唄おう……蛍の光……みなさん、みなさんも唄ってください。お願いします。」
酔っ払いのたわごとと聞き流していたバンドマンも、2人があまり熱心なので、「蛍の光」を演奏しはじめる。
蛭田が歌い始める。「…窓の雪」
左卜全も歌い始める。「書(ふみ)読む月日」
店の中の酔客たちが一人また一人と歌い始める。
涙を流しながら、うつむきながら、それぞれの想いを胸に、歌いだす。
こうして、店中の酔っ払いたちが、女たちが、みな「蛍の光」を口ずさむ。
蛍の光、窓の雪、
書(ふみ)読む月日、重ねつゝ、
何時(いつ)しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。
そうなのだ。去り行く今年を惜しみつつ、「来年こそは」と誰もが思うのだ。
何もできなかった今年に、うまくいかなかった今年に、別れを告げて、来年こそきっとやり遂げようと、祈り、誓い、決意するのだ。
1年後には同じことを繰り返してるかもしれないが、それでも年に1度、「来年こそは」と思いを新たにするときがあっていい。
悔やまれる今年と決別し、前を向くために、「蛍の光」を歌うのだ。
『醜聞<スキャンダル>』 [さ行]
監督・脚本/黒澤明 脚本/菊島隆三
出演/三船敏郎 山口淑子 桂木洋子 千石規子 小沢栄(小沢栄太郎) 志村喬 北林谷栄 左卜全 千秋実
日本公開/1950年4月26日
ジャンル/[ドラマ]
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学校でこの曲を歌った方は多いと思う。
私も卒業式のために練習した記憶がある。だが、その頃は歌わされていたようなもので、歌詞の意味も判らず声を出すだけだった。
スコットランド民謡 "Auld Lang Syne" を原曲とするこの歌のイメージが変わったのは、やはり映画『哀愁』を観てからだ。
『哀愁』は米国での公開が1940年、日本では戦後4年ほど経った1949年に公開されている。ヴィヴィアン・リーが『風と共に去りぬ』とはうってかわって可憐なヒロインを演じていた。
この中で、ヴィヴィアン・リーとロバート・テイラーが訪れたクラブで演奏される甘美な曲が、「蛍の光」だったので驚いた。いや、「蛍の光」は日本の唱歌だから、『哀愁』で演奏されたのは原曲は同じでも「別れのワルツ」というべきだろう。
『哀愁』という題名どおりの哀しい映画に流れたのは、嫌々ながら歌わされた「蛍の光」と同じメロディでありながら、なんとも物悲しく切ない曲であった。
ただこのときは、「蛍の光」のメロディはこんなに良い曲だったのか、という受け止め方だった。
それが、「蛍の光」の歌詞も含めてなんと素晴らしい曲だろうと思うようになったのは、『醜聞<スキャンダル>』を観たからだ。
『醜聞<スキャンダル>』は、でっちあげ記事を巡る顛末を描いた作品だ。
物語は紆余曲折するものの、一貫して真実とは何かを追及している。
志村喬さんが演じる弁護士・蛭田乙吉は、うじ虫である。
蛭田がみずから「私は犬だ!うじ虫だ!」と云うのだから間違いない。私は犬とうじ虫を同列には思わないが、要は人としてなってないのだ。
そんな蛭田は、娘や妻の前でいたたまれなくなり、バーで酔いつぶれる。
そこには、クリスマスだというのに(クリスマスだからか)家庭で過ごさず飲んだくれる男たちと、バーで働く女たちがいた。
蛭田の隣のボックスで、酔っ払った客が、「蛍の光」を歌おうと立ち上がった。ろれつも回らない左卜全である。
「人間はね、毎ねん毎とし、今年のことは知らん、今年は知らないけれども、来年こそは、と考えて生きている。そうでも考えなくちゃ生きていられませんがな。…しかし諸君、来年こそやる。きっとやる。頑張るぞ!…来年こそ、ちっちゃくても一軒、家を買って、おかあちゃんに楽させる。……うん、やるぞ、諸君。来年こそ、きっとやるぞ、僕は。僕は誓う。今年なんかくそ食らえだ。蛍の光、窓の雪……だ。諸君、一緒に唄ってくれ。そして来年こそは、みんなしっかりやるんだ。」
これを聞いて、蛭田もひょろひょろと立ち上がる。
「わしもやるぞ……来年こそきっとやる……今年はうじ虫だったが、来年こそシャンとした人間になるぞ……おい、唄おう……蛍の光……みなさん、みなさんも唄ってください。お願いします。」
酔っ払いのたわごとと聞き流していたバンドマンも、2人があまり熱心なので、「蛍の光」を演奏しはじめる。
蛭田が歌い始める。「…窓の雪」
左卜全も歌い始める。「書(ふみ)読む月日」
店の中の酔客たちが一人また一人と歌い始める。
涙を流しながら、うつむきながら、それぞれの想いを胸に、歌いだす。
こうして、店中の酔っ払いたちが、女たちが、みな「蛍の光」を口ずさむ。
蛍の光、窓の雪、
書(ふみ)読む月日、重ねつゝ、
何時(いつ)しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。
そうなのだ。去り行く今年を惜しみつつ、「来年こそは」と誰もが思うのだ。
何もできなかった今年に、うまくいかなかった今年に、別れを告げて、来年こそきっとやり遂げようと、祈り、誓い、決意するのだ。
1年後には同じことを繰り返してるかもしれないが、それでも年に1度、「来年こそは」と思いを新たにするときがあっていい。
悔やまれる今年と決別し、前を向くために、「蛍の光」を歌うのだ。
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監督・脚本/黒澤明 脚本/菊島隆三
出演/三船敏郎 山口淑子 桂木洋子 千石規子 小沢栄(小沢栄太郎) 志村喬 北林谷栄 左卜全 千秋実
日本公開/1950年4月26日
ジャンル/[ドラマ]


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☆☆☆★(7点/10点満点中)
1950年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり