『宇宙戦艦ヤマト2202』とは何だったのか 第四章「社会批評篇」

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 4 [Blu-ray](この連載の初めから読む)

 『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』第一章公開直後のインタビュー記事の福井晴敏氏の発言が私の目を引いた。
 「波動砲封印問題は原発問題と、ガミラスとの同盟は日米安保と重なります。他にもいろいろと、すべて現代日本に当てはめられることばかりなんです」

 原子力発電所を巡っては、いろいろ複雑な問題がある。アニメーション作品の枠を使ってそこに切り込むとは、なんと大胆な。私は作り手の気概に感心し、原発問題が描かれるのを待った。

 ところが、待てども待てども原発問題は描かれない。波動砲封印問題には第13話で一定の結論が出たが、原発問題らしきものには触れなかった。そうこうしているうちに、2202は最終回を迎え、原発問題を取り上げないまま終わってしまった。
 原発問題を取り上げる構想は見送られたのだろうか。なかなか複雑な問題だから、作り手の手に余ったのだろうか。そんな風に思っていたところに見つけたのがこの記事だった。公開されたのは2018年10月25日、2202の第五章「煉獄篇」(第15話~第18話)が公開される直前である。ここで福井晴敏氏はこう述べている。
---
たとえば『ヤマト』に波動砲があるじゃないですか。あれが『2199』の最後で使っちゃダメということになった。でも使わないと世の中、成り立っていかない。これはさっき言った原発問題にもそのまんま当てはめられるから、身近に感じられますよね。

でもいまのリメイク版の波動砲の設定は余剰次元っていう、別の次元をつぶしたパワーで撃つみたいなことになってるんだけれども、その部分はわかりにくし、いま生きていく上で何かに例えられない。だから普通の生活に例えられないSF設定って、どうしてもコアユーザー向けになってしまうんですよね。
---

 ……絶句した。
 波動砲を、使わないと世の中が成り立っていかないものと捉え、それを原子力発電所に重ねられると考えていたのか。


■重ならない二つのもの

 後世の人のために書き添えておくと、ヤマト2202が制作・公開された2010年代、日本では多くの原子力発電所が停止していた。
 2011年3月11日に起きた東日本大震災、海を震源とする大地震は未曽有の津波を生じさせ、これが福島第一原子力発電所の事故を引き起こした。一方で、同じ東日本大震災の被災地であっても深刻な事故には至らず、それどころか付近の住民の避難先となって活躍した女川原子力発電所の例もあるから、原発は必ず事故を起こすとか、原発はおしなべて危険というわけではない。事故には事故ごとの原因とそこに至る経緯があり、それは個別に究明し、解決されるべきものなのだが、当時の政府は、電力会社に実質的な圧力をかけて全国のすべての原発を停止に追い込んだ。そのため、使わないはずだった古い火力発電所を稼働させたり、もちろんその原料を大量に輸入することになり、年間何兆円もの莫大な出費と膨大な労力を要することになった。
 これはエネルギー政策の大転換だが、国会の審議を経て決められたわけではない。民主的な手続が踏まれていないことを批判する声もあった。政権が変わっても、与党が変わっても、その状況は継続した。それが2010年代の日本だった。

 使わないと世の中、成り立っていかないから、みんなで腹をくくって使っちゃおう。というのが、原発問題に関する本作の作り手の思いであり、波動砲封印問題に仮託したものなのだろうか。

 浅い、浅すぎる。
 いや、浅いというより間違っている。
 私はここで原発の稼働の是非や、エネルギー政策の良し悪しを論ずるつもりはない。本稿で指摘したいのは、波動砲封印問題が原発問題には重ならないことだ。

 福井氏は、「原発問題にもそのまんま当てはめられるから、身近に感じられますよね」「生活に例えられないSF設定って、どうしてもコアユーザー向けになってしまう」「現代を映す鏡にならなくては意味がない」とおっしゃっている。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 1 [Blu-ray] では、波動砲が何のたとえかといえば、いまさら説明するまでもないはずだが、それは人類が手にした中で最強の破壊力を持つもの、核兵器だ。
 大陸を吹き飛ばし、恒星のフレアも次元断層をもぶち破る、最大最強の兵器、波動砲。かつてSF小説の中だけに出てきた絶対兵器に相当するものを、人類は本当に手にしてしまった。
 広島、長崎を壊滅させ、数十万人の人を死に至らしめた核兵器は、時代とともにその威力を増している。それがあまりにも凄まじいため、核兵器の使用をいかに封印するかが20世紀後半以降の人類の課題だ。日本政府は、1994年以来、毎年国連に核兵器廃絶決議案を提出し、多くの国の賛同を得ている。また、2017年には国連で核兵器禁止条約が成立し、この成立に貢献した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を授与された。こうした決議や条約は、核を持つ国と持たない国の思惑がうごめく国際社会にあって、なんとか核兵器を封印しようとする取り組みである。
 2013年の段階で沖田艦長とスターシャの約束と波動砲の封印を描いた2199は、核兵器禁止条約の成立を先取りしたともいえ、世界人類の悲願を踏まえた、まさに現代を映す鏡に他ならない。

 他方、原子力発電とは何かといえば、電気を供給して人々の生活を豊かで便利なものにし、もって世の泰平に貢献するものだ。私がこうしてブログの記事を公開できるのも、あなたが手許の機器でこの記事を読めるのも、夜でも部屋を明るくしたり暑い日に涼んだり医療機器を稼働させて命を救えるのも、ひとえに電気が供給されるおかげだ。
 事故を起こさないように気をつけなければならないし、万が一事故が起こればその対応に苦労するが、原子力発電のそもそもの目的は原子力の平和利用なのであって、戦争の道具の核兵器とは位置づけがまったく違う。ときどき原爆と原発を区別せずに、原発の事故が核爆発かのごとく騒ぐ人がいるけれど、異なる問題を混同するような言動は世の中の迷惑になるだけだ。

 2009年、第44代米国大統領に就任したバラク・オバマは、プラハの演説で「核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を明確に宣言する」と述べ、ノルウェー・ノーベル賞委員会はノーベル平和賞の授与でこれに応えた。それはオバマ大統領と国際社会との、核兵器のない世界を築くという約束だ。オバマ大統領は在任中に世界のすべての核兵器をなくすことはできなかったが、ロシアとのあいだで新戦略兵器削減条約(新START)を発効させ、現職の米国大統領では初めて広島を訪れる等の活動を行った。
 そんなオバマ大統領が、仲間たちみんなが合意すれば約束を破っても構わないとばかりに、もしも大統領補佐官や国務長官、国防長官らと一緒に核ミサイルの発射ボタンを押していたら、私たちは「使わないと世の中、成り立っていかない」などと云って受け入れられるだろうか。オバマ大統領が周りのみんなと一緒になって核ミサイルの発射ボタンを押すなんて、とてもバカげた妄想だが、2202の第13話で乗組員が一丸となって波動砲を撃つのは、そういうことに重なるのである。波動砲を向けた先にいるのはゴーランド率いるガトランティス艦隊であり、ヤマトの攻撃で多くのガトランティス乗組員が殺された。原発を稼働させて、国民の生活や産業を支えるのとはわけが違う。
 このように性質の違う問題を、重ねられると考えて現代を映したつもりになるのは、あまりにも乱暴だ。

 「使わないと世の中、成り立っていかない」と云って最終兵器の引き金を引くことを肯定するなど、世界から核兵器をなくすために努力している多くの人を愚弄するものだし、それが原発問題に重なるなんて、原発の安全な稼働のために大勢の人が尽力している現状であまりに失礼な言い草だ。
 その程度の認識だから、せっかく2199で除かれた「宇宙放射線病」という用語を、うかつにも使ってしまうではないだろうか。詳しくは「『宇宙戦艦ヤマト2199』 佐渡先生の大事な話」をご参照いただきたいが、2202を観ていると現実社会に対する認識の甘さを感じる。


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 2 [Blu-ray] そもそも2202の受け手のほぼ全員が、波動砲のような最終兵器の発射ボタンを押す立場にいない。生活の中で、大勢の他人の命を奪う選択を迫られている人が、受け手の中にどれだけいるというのだろう。
 不本意でもやらざるを得ないことは、人生にたびたびあるかもしれない。だからといって、波動砲の引き金を引くことを持ち出すのは飛躍し過ぎだ。この状況をもってして社会の映し鏡とするのはいくらなんでも無理がある。独りよがりに過ぎるであろう。

 しいて原発問題を当てはめるなら、波動砲ではなく波動エンジンのほうだろう。
 波動エンジンは宇宙を航行するためのものであり、兵器としての使用が第一目的ではない。波動エンジンを使わなくても宇宙を航行できることはできるが、所要時間やエネルギー量、補給等の面で、恒星間旅行では現実的ではない。
 そんな波動エンジンを停止せざるを得なくなったらどうするか。エネルギー供給が止まる、機械が止まる、日常の生活にも困る。このままでは、人々を救うという旅の目的を達成できないのではないか。使わないと世の中、成り立っていかないのではないか。――というアジェンダの設定の仕方であれば、身近に感じられ、生活にたとえられ、現代を映す鏡として意味あるものに感じられたかもしれない。


 ビートたけしさんの往年のギャグに「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」というものがあった。一人だったらやってはいけないと判ることでも、周りもやるなら構わない。倫理感も合理的な判断も消え失せる。そんな人間の愚かさと恐ろしさを痛烈に皮肉ったギャグだと思った。たとえ一人になっても何が正しいか考えようという努力を放棄し、「同志との彼我一体的な心情的連帯感」に呑み込まれ、みんなで同じことをすれば安心するのはいかにも日本人らしい。
 2202における波動砲封印問題の"解決方法"を見て思い出したのがこのギャグだった。2202はブラック・コメディなのだろうか。私には笑えないのだが。


■釣り合わない選択肢

宇宙戦艦ヤマト2199 4 [Blu-ray] このように、『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』では身近に感じられず、生活にたとえられず、現代を映す鏡とは感じらない選択を迫られるシチュエーションが連続する。
 その最たるものが、全編を通じたクライマックスである最終回の国民投票だ。

 2202がどのような結末を迎えるか問われた福井晴敏氏は、次のように語っていた。
---
これまで視聴してきた側は、古代たちがどう戦い、どう苦しんできたのかを画面の向こう側のこととして、観て、知っているわけですが、最終的な選択というのがまた突きつけられることになります。

でも、それに答えられるのは、観ているあなた達なんです。
これは比喩ではないですし、画面の向こうから語りかけるわけではないんですが、本編を観ながらいきなり自分が当事者になった感覚を味わうことになると思います。
それは、フィクションの中で想像してということではなく、観ている人たちもつい数年前にこのような選択を突きつけられたはずで、その時にどうしましたかということを改めて考えさせる最終回になっていると思います。
---

 ここでいう「つい数年前」とは、2011年の東日本大震災を指しているのだろうか。観ている人たちが一様に何かを迫られたつい数年前の出来事といえば、東日本大震災をおいてないと思う。
 巨大地震と太平洋岸の大津波、そして大火災は、東日本の広範囲にわたり大きな被害をもたらした。原子力発電所、火力発電所、水力発電所が停止し、各地の送変電設備は故障して、日本各地に電力不足を引き起こした。東京電力では輪番停電を実施し、多くの家庭や事業所が停電の影響を被った。

 最終回で提示された「最終的な選択」とは、古代進と森雪の二人の命と、時間断層のどちらを取るかという選択だった。

 外界よりも時間が10倍進む時間断層。これを使えば10日かかることを1日で、10年かかることを1年で終えられる。短期間に波動砲艦隊を揃えられたのも、時間断層内に軍需工場を設けたからだ。この時間断層を利用すれば、高次元世界にいる古代と雪を救出できるという。ただ、古代と雪の救出作戦を決行すれば、時間断層は消滅し、二度とその恩恵にはあずかれない。それでも二人を救出するか。それとも時間断層を維持するか。
 2202の最終回ではこの選択を国民投票に付すこととし、救出を呼びかける真田さんと、時間断層の必要性を訴える芹沢虎鉄統括司令副長が、それぞれ地球連邦の国民に演説する。はたして投票の結果はいかに。国民は古代と雪を救出すべきと考えるのか、時間断層の存続に軍配を上げるのか――。

 福井氏の念頭にあるのが東日本大震災だとすれば、私にはこの「最終的な選択」があの大災害の状況とどう結びつくのか今一つピンと来ない。
 あのとき、人の命を犠牲にしてでも設備を存続しろなんて声があっただろうか。被災地に取り残された人、孤立した人を救うために、多くの人が努力したし、原発事故に対処するために危険な任務を遂行した人もいた。被害の大きい人も小さい人も、被災地から遠く離れて安全だった人も、自分や家族や周囲の人、見ず知らずの人のために、それぞれが自分にできることをしていたと思う。

 それとも、福井氏の念頭にあるのは、中東で日本人の渡航者が武装組織の人質になった事件だろうか。このとき、救出のために武装組織に身代金を払う払わないで、世論はずいぶん割れた。
 しかし、この事件の人質と古代・雪とでは帰れなくなった事情が違い過ぎる。武装組織との交渉という難題が横たわっている人質事件に比べれば、古代・雪の場合は遭難事故のようなもので、そこに行きさえすれば助けられると判っているのだ。

 古代と雪の救出と、時間断層の存続を天秤にかけることにたとえられる、つい数年前に突きつけられた「このような選択」とは、何を指すのだろうか。私にはよく判らない。

 

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 2 [Blu-ray] 劇中の国民投票が身近に感じられたり、生活にたとえられたり、現代を映す鏡たり得るかはともかくとしても、この選択の描き方はおかしい。選択肢が釣り合っていないのである。
 「最終的な選択」「自分が当事者になった感覚を味わうことになる」というからには、2202を観てきた側が身につまされるような、身に覚えがある選択肢が用意されるべきだろう。だが、およそ時間断層の存続を選ぶ国民がいるとは思えないのだ。

 なぜなら、時間断層の存在は政府のトップシークレットとして、国民に隠蔽されてきたからだ。2202を観ている観客/視聴者とは違い、劇中の国民はそんなものの存在も、地球復興にどう役立ったのかも、対ガトランティス戦にどんな意味を持つのかも、まるで知らされていなかった。突然芹沢がテレビに出てきて、時間断層は役に立ちますと云ったところで、大多数の国民にとって何の重みもありはしない。

 人間は、いま持っているものを失うことはとても恐れるが、いま持っておらず、これから得られるかもしれないものについてはそれほど重視しない。行動経済学のプロスペクト理論では、これを損失回避性と呼ぶ。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによれば、得られることによる満足度の上昇に比べて、失うことによる満足度の低下は二倍以上だという。人間の行動が必ずしも合理的ではないことを明らかにしたこの理論により、ダニエル・カーネマンはノーベル経済学賞を受賞した。
 時間断層の存在を知らなかった国民にとって、時間断層を「自分たちが持っているもの」として実感するのは難しい。産業に役立つとか「地球百年の大計を考えて判断を下すべき」と芹沢が訴えたところで、大多数の国民は関心を持たないだろう。もうガミラスとの戦争からの復興も進み、ガトランティス戦での傷も癒えてきた国民には、今の生活さえ損なわれなければそれでいいのだ。

 もしも政府が早くから時間断層の存在を公にし、国家の基盤として大々的に宣伝・活用していたなら話は違っていたはずだ。すみやかに復興できたのも時間断層のおかげ、対ガトランティス戦を切り抜けたのも時間断層のおかげと国民も認識できただろうし、時間断層を活用した産業が発展し、日々の糧を得るのに時間断層が欠かせないという人も増えていたに違いない。
 そんなときに、これから時間断層を消滅させます、時間断層を利用していた企業は潰れます、関連産業に従事していた人やその家族はもう食べていけませんと云われたら、猛反発されたはずだ。人間は、いま持っているものを失うことをとても恐れるから。
 けれども、芹沢たちはそうしてこなかった。

 他方、ガミラスとの戦争でヤマトが地球を救ったことは誰でも知っている。第十一番惑星にガトランティスが侵攻したとき、生き残った子供はヤマトが救ってくれると信じていた。帝星ガトランティスが太陽系を襲ったときも、人々はヤマトに期待した。ヤマトは希望の象徴として人々の胸にしっかり刻み込まれているのだ。
 それはヤマトという船だけでなく、乗組員も同じである。英雄の丘に建てられた亡き沖田艦長の像が、ヤマトの乗組員が英雄視されていることを示している。沖田艦長だけでなく、ガトランティスとの戦いで犠牲になった乗組員たちみんなの名も丘の碑に刻まれているのだ。
 その乗組員の中でも戦術長だった古代進と船務長だった森雪が、高次元世界で"生きて"いる。居場所も判っているし、助けられる。いま助けなければ、二人の存在は永遠に失われる。

 この状況下で国民投票をしたら、多くの票が二人の救出に流れるだろうことは想像にかたくない。


 2202の最後を飾る「最終的な選択」を、身近に感じられ、生活にたとえられるものにしようと思うなら、時間断層の恩恵にあずかる市井の人々を描くべきだった。時間断層で急速に培養したワクチンに救われて喜ぶ子供とか、時間断層から続々と届けられる復興資材に沸く人々とか、それらによって暮らしぶりが変わっていく歳月とか、描こうと思えばできることはたくさんある。
 そのような、生活に密接に絡んだ時間断層の存在意義を見せられた上で、国民投票のシークエンスが展開したなら、観ている側も自分ならどうするだろうと当事者になった感覚を味わったかもしれない。

 あるいは、ヤマトが希望の象徴として尊重されておらず、乗組員たちの名が碑に刻まれるようなこともなく、古代も雪も政府の制止を振り切って勝手に危険地帯に足を踏み入れて帰れなくなった連中であるとされていたなら、それでも救出すべきと思うのかと問うのであれば、現実感をもって受け止めたかもしれない。
 二人の救出を訴える真田さんは、全国民に向けて演説する。「英雄だから犠牲を払ってでも救う価値があると考えるのは間違っています。もし、彼と彼女を救うことで自分もまた救われると思えるなら、……ぜひ二人の救出に票を投じてください。」これは設問の仕方が間違っている。劇中において古代と雪が英雄扱いされているのは揺るぎない事実であり、その否定しようのない前提がある上で「彼と彼女を救うことで自分もまた救われると思えるなら」と論を進めるのは、とどのつまり二人の英雄と自分とを同一視してくださいと持ち掛けているに等しい。国民のナルシシズムをくすぐっているだけだ。
 まったく無名の、どんな功績があるかなんてほとんどの国民が知りもしない赤の他人だけれど、そんな人を救うことで自分もまた救われると思えるなら……と問いかけてはじめて、観ている人たちに自分が当事者になった感覚を味わわせることができるだろう。私たちが現実に目にするのは、国民的英雄と自分とを同一視できるような機会ではなく、見知らぬ他人が窮地に陥っている場面ばかりなのだから。

 おそらくこの国民投票も、作り手の中では現代を映す鏡としての位置づけであり、作り手にこれを書かせた現実の何かがあるのかもしれない。
 だが、現実の捉え方が浅く、あるいは見当違いなために、残念ながらピンと来ない。いま生きていく上での何を何にたとえているのか判らないのだ。2202には随所にメタファーらしきものが見え隠れするけれど、中途半端なメタファーは見る者をイラつかせるだけだ。

 福井氏は「SFの社会批評的な機能って、とくに大人が見るときには重要なところだ」と述べている。
 大人の鑑賞に堪えられる批評を展開するには、現実を的確に捉え、深い洞察力をもって、充分に掘り下げる必要があるだろう。

(つづく)


宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 4 [Blu-ray]宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第四章「天命篇」』  [あ行][テレビ]
第11話『デスラーの挑戦!』
第12話『驚異の白色彗星帝国・ヤマト強行突破!』
第13話『テレザート上陸作戦・敵ミサイル艦隊を叩け!』
第14話『ザバイバル猛攻・テレサを発見せよ』

監督/羽原信義  副監督/小林誠  原作/西崎義展
シリーズ構成/福井晴敏  脚本/福井晴敏、岡秀樹
キャラクターデザイン/結城信輝
音楽/宮川彬良、宮川泰
出演/小野大輔 桑島法子 鈴村健一 大塚芳忠 山寺宏一 神谷浩史 手塚秀彰 甲斐田裕子 内山昂輝 神田沙也加 田中理恵 麦人 千葉繁 石塚運昇 東地宏樹 赤羽根健治
日本公開/2018年1月27日
ジャンル/[SF] [アクション] [戦争] [ファンタジー]
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現実社会に対する認識

ナドレックさん

「現実社会に対する認識の甘さ」 まさにその通りだと思います。
福井氏の発言を読むたびに、ピントがずれていると感じていました。

波動砲と原発/核兵器についてナドレックさんが深い考察を書かれているので、「安保」の表現について疑問に思ったことを書きます。
ガミラスがまともな国家であれば、総力を挙げて地球に協力することなどあり得ません。(それなりの協力はします。)
軍事同盟や安全保障条約を結んでいても、自国の防衛が第一です。
ましてや国が乱れ、反体制派が惑星間弾道弾を持っているような状況では、主力艦隊はもちろん次元潜航艦も本土防衛に使用するはずです。
さらに、大小マゼランの防衛もあります。
自国領土ではない遠い地球に関しては、リスク対応として時間断層に破壊装置を仕掛けておく、というところではないでしょうか。

今回もキレッキレの

今回もキレッキレの批評、素晴らしいです。
地球とガトランティスの艦隊戦で物量対物量にものを言わせた「大変頭の悪い消耗戦」を繰り返す描写といい、芹沢が自分に言い聞かせるように「次元断層さえあれば…!」というセリフといい、ああこれはきっと最終戦間際に次元断層が消失するんだな。慌てて艦隊温存の命令を発令するも届かず全艦隊が全滅して残る戦艦はヤマトだけになるのだなと想像してましたが「そんなことはなかったぜ!」
てっきりストーリー上、大きなどんでん返しをもたらす装置かと思いきや、本当に最後まで「なんか知らんけど便利な魔法の部屋」扱いで心底ビックリしました。何の比喩にもなってなくね?
芹沢先生の演説もご指摘の通り、我々にも劇中の一般市民にも届きませんでしたが、これはてっきり「ヤマトクルーの敵側」と思われた芹沢が実は裏ではヤマトをフォローしていて、敢えて説明不足の演説をしたのも国民投票で古代たちを救うためなのかもと深読みしました。
実際はあまりにも説明不足なので真相はまったく不明です(笑)
説明セリフはやたら多い癖にまったくの説明不足というのは2202の特徴のような気がします。
てか映像作品なんだから「絵」で語りなさいよ、と。
雑文失礼しました。

Re: 現実社会に対する認識

Pinさん、こんにちは。

映画監督の押井守氏は、「シミュレーターとして使えるのがいい映画」とおっしゃっています。
たとえば、戦争映画を引き合いに出し、
---
シミュレーターとして使えるのがいい映画。ある状況で、今回だったら戦争を行っている社会の中で、自分だったらどう感じるか、どう行動するのかを考える。ひいては観た人が、今、自分を取り巻く状況に似たものがないか、と不安になってしまう。そういうのが戦争映画。でなければ、「第二次大戦を舞台にした」単なるエンタメ作品です。
---
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00088/092600004/?P=2
と述べています。
まったくそのとおりだと思います。

福井晴敏氏も「現代を映す鏡にならなくては意味がない」とおっしゃってはいるのですが、地球とガミラスとの同盟が日米安保の不安を映しているか、日米安保のシミュレーターたり得るかと云えば、答えはNOですね。劇中の地球・ガミラス同盟は、単に一緒に戦争しているだけのものでしかありません。ただ同盟しましたではなく、他ならぬ日米安保と重なると云えるほどに日米安保の実情を捉えているのか、それが何かを掘り下げているのか、はなはだ疑問です。
ガミラスの基地がガトランティスに占拠されれば、連合艦隊を結成して対抗する。地球が危機に陥ればガミラス艦隊が馳せ参じる。ほのぼのしたいい話ですが、喧嘩と聞けば駆けつける熱血番長マンガの友情と軍事同盟とを履き違えているように思います。

どうしてこんなことになってしまうのかというと、人間の存在を無視しているからですね。
地球人類はほんの三年前にガミラスによって全滅させられそうになりました。よりによってそのガミラスのために戦うことを兵士たちはどう思うか。死んだ兵士の家族や友人たちはどう感じるか、ということに本作はまったく目を向けていません。
ガミラスにしたって、はるか彼方の地球のためにわざわざ軍を出すことに納得しない兵もいるでしょう。その兵にも家族や友人がいます。自分の子供や配偶者が地球のために死ぬなんて絶対に許せない人たちがいることでしょう。そして民主化されたガミラスには、そんな人たちの気持ちを汲んだ議員もいるでしょう。
そうしたことへの考慮が――人間ドラマが本作にはないと思います。

Re: 今回もキレッキレの

かずさん、こんにちは。

>説明セリフはやたら多い癖にまったくの説明不足というのは2202の特徴のような気がします。

そうですね。
感想の第五章でも述べましたが、観ていて「また説明ゼリフが始まった」という思いと「もっと説明してくれなきゃ判らない」という思いが併存するのが2202ですね。どちらかの思いを抱く作品はままありますが、どちらも味わえる作品は珍しい(^_^;)

時間断層は、『ヤマト2』の第8話「宇宙気流!脱出不可能」に出てきた、時間の流れが異常に早い宇宙のサルガッソーを元ネタにしたのでしょうが、『ヤマト2』のような衣服がボロボロになったり植物が瞬く間に繁茂したりといった描写はなく、大量生産を可能にする工場程度の位置づけだったのは残念です。『ヤマト2』の珍妙な描写がいいとは云いませんが、単なる量産工場にとどまらず、時間の流れが異なることを活かした奇想があれば面白くなったかもしれませんね。
Secret

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