『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』 事件の裏にいる者
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ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの過去のスパイダーマン映画、すなわちサム・ライミ監督のスパイダーマン三作(2002年~2007年)とマーク・ウェブ監督のアメイジング・スパイダーマン二作(2012年~2014年)は、いずれも純愛物語だった。
サム・ライミ監督作では、三作すべてを通じて主人公ピーター・パーカーと幼馴染MJ(メリー・ジェーン・ワトソン)の関係が描かれた。
マーク・ウェブの監督作では、ピーターの高校のクラスメート、グウェン・ステイシーとの愛が綴られた。
これらのスパイダーマン映画は、超人的な力を得てしまったピーターがみずからの生き方を考える物語であるとともに、悪漢と戦う痛快な活劇であり、一人の女性を想い続けるラブストーリーだった。
ところが、ジョン・ワッツ監督の『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)と『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』は様子が違う。
前作『スパイダーマン:ホームカミング』の頃のピーター・パーカーはリズ・トゥームスにぞっこんだったのに、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』ではMJ(ミシェル・ジョーンズ)のことが大好きだと公言している。『スパイダーマン:ホームカミング』からはマーベル・スタジオが制作するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に組み込まれたことにより、MCUの雑なところが出てしまった印象だ。
なにしろMCUでは、ハルクことブルース・バナーが大切な恋人ベティのことを忘れてしまったようだし、『アイアンマン3』でお互いが大切な存在であることを確かめあったトニー・スタークとペッパー・ポッツは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で早くも別居している。物語の進行のためであろうが、キャラクターの心情や恋愛関係がいささかぞんざいに扱われている気がしないでもない。
前作の終わり方から、本作がMJとの関係構築を扱うことは予想されてはいたものの、実際にピーターの心変わりを目にすると、以前のシリーズとは違うなぁ(MCUらしいなぁ)と思わずにはいられなかった。
もっとも、前作のピーターとリズは深く付き合っていたわけではなく、ホームカミングパーティーに行く約束をしただけの間柄だから、高校生の恋はこんなものと割り切るべきかもしれない。
ネッドとベティがくっついたり離れたり、メイおばさんとハッピーがくっついてるようなくっついてないようなという恋愛模様がピーターを取り巻くのは、ピーターとMJの相思相愛の仲を際立たせるためなのかもしれない。
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MCUを代表した形だろう、トニー・スタークとスターク・インダストリーズがスパイダーマンの世界に登場するようになったのだ。トニー・スタークのみならず、トニーの運転手だったハッピー・ホーガンの登場は、スターク・インダストリーズの存在感を効果的に強めている。
おかげで、ピーター・パーカーは、大富豪トニー・スタークと大企業スターク・インダストリーズの後ろ盾を得て、一介の高校生ではアクセスできないような資産と先端技術に触れることになる。
このことが過去のシリーズと比べてどのような違いを生じさせたのかというと、これまでお馴染みだった大富豪ノーマン・オズボーンと彼が率いる大企業オズコープの出番がなくなったのである。
サム・ライミ版もマーク・ウェブ版も、一貫してピーター・パーカーは一介の高校生ではアクセスできないほどの資産や先端技術に触れていた。オズボーン親子やオズコープとの接点があったからだ。おかげでピーターは最先端の研究に関わったりして、物語のスケールはアップした。
ところが、『スパイダーマン:ホームカミング』になってトニー・スタークとスターク・インダストリーズが登場すると、劇中の大富豪や大企業の地位は彼らが占めてしまった。似通った位置づけのノーマン・オズボーンやオズコープの出る幕はなくなった。
この変更は、作品に重要な示唆をもたらした。
これまで、大富豪ノーマン・オズボーンやその息子ハリー・オズボーンは、ピーターの後ろ盾になったりもしたが、同時にピーターをスケールの大きな陰謀に巻き込み、彼を苦しめる悪党だった。大企業オズコープはその陰謀の拠点であり、大きな災厄の中心であった。だから、ノーマン(あるいはハリー)・オズボーンが大金持ちで大企業を率いる設定なのは、彼らがスーパーヴィランとして超兵器を開発し、大掛かりな陰謀を実行できる背景として必要なのだと思われた。
これまでは判りにくかったのだが、オズボーン親子とオズコープの代わりにトニー・スタークとスターク・インダストリーズが登場したことで、スパイダーマンが何と戦っていたかがはっきりした。スーパーヒーローの筆頭に数えられ、アベンジャーズの中心メンバーでもある大富豪のトニー・スタークと、彼が率いる大企業スターク・インダストリーズも、実はオズボーン親子やオズコープと同じく「悪」だったのだ。
前作『スパイダーマン:ホームカミング』の悪役エイドリアン・トゥームスは、家族思いのよく働く男だった。『アベンジャーズ』の戦いの後の残骸処理を市から請け負った彼は、人を雇い、トラックを購入し、懸命に働いていた。異星人チタウリが遺した残骸の扱いにも慣れ、さあこれからというところで、彼から仕事を奪ったのがトニー・スタークだ。
トニー・スタークにしてみれば、チタウリと戦って街を破壊してしまった自分に片づける責任があると思ったのかもしれない。チタウリが残した残骸は貴重な/危険なものだから、自分のところの専門家が扱うべきだと考えたのかもしれない。いずれにせよ、家族を養うため、理系の名門校に娘を通わせるために熱心に仕事していたエイドリアンを、トニー・スタークは失業させた。
仕事を奪われたことがきっかけで、エイドリアン・トゥームスは違法行為に手を染めるようになる。
本作の悪役クエンティン・ベックは、スターク・インダストリーズで働いていた。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で誰も金を出さない研究の例としてトニーが紹介したB.A.R.F.システムこそ、クエンティン・ベックが開発に携わったものだった。しかし、彼の発明はトニー・スタークに相手にされず、抗議するとクビにされてしまった。その恨みから、彼は悪の道を進むようになる。
クエンティン・ベックに協力するウィリアム・ギンター・リーヴァもまたスターク・インダストリーズの従業員だった。『アイアンマン』で、トニー・スターク並みの発明をできないことを重役になじられていたのが彼だった。トニー・スタークがなじったわけではないけれど、従業員の職場環境と処遇については当時スターク・インダストリーズのCEOだったトニーに責任がある。
エイドリアン・トゥームスの件にしろクエンティン・ベックの件にしろウィリアム・ギンター・リーヴァにしろ、トニー・スタークが悪意をもって害をなしたわけではない。
しかし、巨大な企業グループを率いる彼の無思慮、無配慮が、彼らを犯罪者に追い込んだ。
悪事に走った本人に問題があるのはもちろんだが、大富豪の独善と無配慮が犯罪を誘発した点で、トニー・スタークはノーマン・オズボーン同様に世に害悪をなす存在だ。
「悪い人間はいない。悪い状況があるだけだ。」
これは映画『神と共に 第二章:因と縁』のセリフである。
けだし、エイドリアン・トゥームスはトニー・スタークに仕事を奪われなければ犯罪に走ることはなかったろう。彼は世界を征服したいわけでもなく、人類を抹殺したいわけでもなく、ただ家族との生活を維持できる収入が欲しかっただけなのだから。クエンティン・ベックもウィリアム・ギンター・リーヴァも、彼らの仕事と能力が納得のいく形で評価されれば、少なくとも会社にいられなくなるような事態に陥らなければ、悪事を働くことはなかったかもしれない。
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「機会の均等」とは、誰もが公平に機会に恵まれることだ。身分や出身地や性別等で差別され、機会が奪われることがあってはならない。誰でも総理大臣を目指していいし、男女の別なく保育士になっていい。
では、「機会の均等」さえ配慮されていれば、その人がどういう人生をたどるかは本人の意志や努力次第なのだろうか。
そうではない。いくつかの点で本人の努力次第とはいえない。
トニー・スタークを見れば判るだろう。トニー・スタークは大成功した実業家ハワード・スタークの子に生まれ、金で解決できるあらゆるものを手に入れられる環境にいた。教育も資源も何でも意のままにできるところから彼は人生をスタートした。「機会の均等」といえば口当たりはいいが、生まれた家の収入を含めてすべての人のあらゆる環境を完全に均等にするのは不可能だ。均等にする努力はなされるべきだが、いくら努力しても不均衡をゼロにはできないだろう。
トニー・スタークが天才発明家であることも「機会の均等」の難しさを示している。トニー・スタークに匹敵する発明ができないことでウィリアム・ギンター・リーヴァが叱責されるシーンが示すように、トニー・スタークは生まれながらの天才なのだ。そういう遺伝子をもって生まれたのだ。遺伝子がどういう組み合わせになるかは偶然の産物だから、誰にも与えられないし、生まれた後に天才に変えることもできない。発明の天賦の才がトニー・スタークをトニー・スタークたらしめ、他者が同じ才能を持てないのであれば、はなから機会の均等などありはしない。
もちろん、トニー・スタークは生まれたときから発明家だったわけではない。山中伸弥氏は、遺伝子を楽譜に例える。名曲の楽譜があっても楽器の練習をしなければ名演奏はできないように、天才の遺伝子をもっていてもその遺伝子の情報を発現させる努力をしなければ――科学技術を学んだり研究開発にいそしんだりしなければ――優れた発明家にはなれない。その努力ゆえにトニー・スタークは偉大なのだ。とはいえ、彼が人生のスタート時点においてすでに他人よりも有利な位置にいたことは否定できない。
現代の日本に目を向ければ、生まれた時代によって所属できる階級が異なることが知られている。
橋本健二氏によれば、現代の日本社会は五つの階級に分かれており、1960年代に生まれていれば約半数の人が初職時から新中間階級と呼ばれる恵まれた層に属せるが、1970年代生まれになるとこの率が四割足らずに低下するという。代わって倍増しているのが、アンダークラスと呼ばれる底辺の人々だ。
生まれる時代なんて本人には選べないし、機会を均等にしてあげられる人はいない。そこにはただの偶然しかない。
このような状況下で「機会の均等」のみを――実現するとか、実現すれば世の中が良くなるとか――標榜するのは欺瞞と云うものだろう。
機会が均等になるように制度設計を見直しても、真の均等は果たし得ないとなれば、「結果の平等」も同時に目指さなければならないだろう。すなわち、生じてくる不平等な境遇を放置しないということだ。
何も万人にまったく同じ環境を押し付けようということではない。エイドリアン・トゥームスには堅気の仕事が必要だった。クエンティン・ベックやウィリアム・ギンター・リーヴァには彼らの技術を生かせる場が必要だった。
いずれもトニー・スタークの立場であれば提供できたはずだ。けれどもトニーは――高い倫理観と優れた頭脳を持つ傑人でありながら――そんな配慮ができなかった。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』では奨学金の新設を発表したが、すでにMITに進学できた学生に研究資金を給付するような取り組みでは不十分だったのだ。その結果として生まれたのが、エイドリアン・トゥームスが扮する怪人バルチャーであり、クエンティン・ベックがケープをまとった怪人ミステリオだ。「結果の平等」を考慮しない社会が、悪人を生み、治安を悪化させるのだ。
こうしてみると、バルチャーやミステリオの戦う相手がスパイダーマンだったことにも合点がいく。
バルチャーやミステリオのように経済的なダメージを受けたり社会的な居場所を失った人間を、大富豪のアイアンマンや王族のソーやブラックパンサーが成敗したのでは、強者が弱者を叩き潰すことにしかならない。
平凡な家庭に育ち、偶然スーパーパワーを身に付けてしまっただけの高校生ピーター・パーカー――ヒーロー稼業が忙しくて好きな子と過ごす時間を作ることもままならない彼は、本作でもトニー・スタークの大いなる遺産「E.D.I.T.H.(イーディス)」を譲り受けながら、その強大な力に戸惑いを隠せずにいる(ちなみに、E.D.I.T.H.を制御する眼鏡型コントローラーは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でトニー・スタークがB.A.R.F.システムを操作するときにかけていた眼鏡の発展形だろう)。
ピーター・パーカーの家はトゥームス家ほども豊かではないし、『スパイダーマン:ホームカミング』でトニー・スタークに認められようと功を焦り過ぎて失敗し、戦力外通告された彼の経験は、スターク・インダストリーズを解雇されたクエンティン・ベックやウィリアム・ギンター・リーヴァに通じよう。
そんな境遇のピーターだから――それでも悪に走ることのなかったピーターだから、バルチャーやミステリオと戦える。戦う資格がある。
そこに私は感激した。
富める者、表舞台で活躍する者の陰には、挫折して苦しむ者がいるということ。その挫折や苦しみは、まさに富める者がいることの裏返しであり、――たとえ富める者らに悪意がなくても――社会に渦巻く不安や不満を増やして、悪事を誘発しかねないこと。そこから目を逸らせない、映画の作り手たちの社会への眼差しに感激した。その誠実さに好感を抱いた。
前作のラストで、トニー・スタークが金にあかせて開発したスーツの受け取りを拒否したピーターが、トニー・スターク亡きいま、どんなヒーローになっていくのか。彼の真価が問われるのはこれからだ。
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監督/ジョン・ワッツ
出演/トム・ホランド サミュエル・L・ジャクソン ゼンデイヤ ジェイク・ギレンホール コビー・スマルダーズ ジョン・ファヴロー マリサ・トメイ ジェイコブ・バタロン マーティン・スター J・B・スムーヴ アンガーリー・ライス トニー・レヴォロリ レミー・ハイ ヌーマン・アチャル J・K・シモンズ
日本公開/2019年6月28日
ジャンル/[SF] [アクション] [アドベンチャー] [スーパーヒーロー]

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【theme : アクション映画】
【genre : 映画】
tag : ジョン・ワッツトム・ホランドサミュエル・L・ジャクソンゼンデイヤジェイク・ギレンホールコビー・スマルダーズジョン・ファヴローマリサ・トメイジェイコブ・バタロンマーティン・スター
⇒comment
No title
> バルチャーやミステリオのように経済的なダメージを受けたり社会的な居場所を失った人間を、大富豪のアイアンマンや王族のソーやブラックパンサーが成敗したのでは、強者が弱者を叩き潰すことにしかなない。
スパイダーマン以外だとアントマンぐらいですかね。蜘蛛とか蟻とか小さい世界だ。
スパイダーマン以外だとアントマンぐらいですかね。蜘蛛とか蟻とか小さい世界だ。
Re: No title
ふじき78さん、こんにちは。
ここでは珍しく平仮名のハンドルですね。
アントマンことスコット・ラングは、金に困ると泥棒しちゃうからなぁ。どちらかというとエイドリアン・トゥームスやクエンティン・ベックに近いところにいるので、彼らの側に引き込まれてしまうかも(^^;
ここでは珍しく平仮名のハンドルですね。
アントマンことスコット・ラングは、金に困ると泥棒しちゃうからなぁ。どちらかというとエイドリアン・トゥームスやクエンティン・ベックに近いところにいるので、彼らの側に引き込まれてしまうかも(^^;
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『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』『アラジン』『賭ケグルイ』『響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ』『ハンターキラー 潜航せよ』
摘まんで5本まとめてレビュー。トーホーシネマズ縛りで。
◆『スパイダーマン ファー・フロム・ホーム』トーホーシネマズ日比谷1
ネタバレあり
▲画像は後から。
五つ星評価で【★★★★真剣な子供と嘘つきな大人】
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ホモじゃないけどDT感マシマシでトムホ可愛い。
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『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』
スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム
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原題:Spider-Man: Far From Home