『アクアマン』 世界は英雄を待っている

Aquaman (Original Motion Picture Soundtrack) Import 【ネタバレ注意】

「王は国のためにだけ戦う。みんなのために戦う者が必要なの。」
(A king fights only for his own nation. You fight for everyone.)

 『アクアマン』は面白い物語のお手本だ。
 なにしろそのプロットは1980年の映画『フラッシュ・ゴードン』にそっくりなのだから、面白いに決まっている。

 とてもマッチョで、地元ではヒーロー扱いされている男が、異世界に入り込んで超文明に仰天する。ところがそこは高度な科学を有する一方で、倫理観の欠如した王に支配され、戦雲急を告げている。主人公は王に対抗して単身戦うも、マッチョなだけではどうにもにならず、あっさり敗北。王女に助けられた彼は、逃避行の最中に諸国を巡り、王をしのぐ英雄となって、悪王に抵抗する勢力を糾合する……。
 
 こうしてあらすじを書いてみると、『フラッシュ・ゴードン』も『アクアマン』もまったく変わるところがない。
 1930年代にマンガ連載がはじまった『フラッシュ・ゴードン』は、映像化されるたびに同じストーリーを繰り返している。1980年版はさすがに照れ隠しにセルフパロディになっているが、2018年公開の『アクアマン』はところどころにユーモアを散りばめつつも大真面目に作っている。それでヒットするのだから、とどのつまり米国人はこういう物語が好きなのだ。
 「こういう物語」のルーツをたどれば、『フラッシュ・ゴードン』の原作マンガに影響を与えた(とジョージ・ルーカスが云っている)エドガー・ライス・バローズのSF小説「火星シリーズ」が浮かび上がる。バローズは、異星を舞台にした「火星シリーズ」のみならず、地球の地底世界を舞台にした「ペルシダーシリーズ」等、同趣向の作品を量産し、20世紀初頭の米国で人気を博した小説家だ。

 第一作が1912年に発表された「火星シリーズ」は、『ジョン・カーター』の題で2012年に映画にもなったからご存知の方も多いだろう。元南軍騎兵大尉のジョン・カーターが火星(執筆当時は火星人がいるかもしれないと考えられていた)に転生し、火星の人々の超文明に仰天する。ところがそこは高度な科学を持っている一方で、倫理観の欠如した王に支配され(以下略)。
 1914年からはじまった「ペルシダーシリーズ」は、『地底王国』の題で1976年に映画にもなったからご存知の方も多いだろう。コネチカット州の鉱山主デヴィッド・イネスが新発明の鉄モグラで地底に行くと、(「火星シリーズ」の超文明の裏返しで)原始的な世界に仰天する。ところがそこは高度な精神文明を持ち、人間を襲う怪物マハールに支配され(以下略)。

 エドガー・ライス・バローズだけでなくその亜流作家も含めれば、同趣向の作品がどれだけ発表されたことか。
 重力が地球の三分の一の火星ではジョン・カーターが火星人の三倍の跳躍力と三倍の怪力を発揮できる設定や、デヴィッド・イネスと相棒の技師アブナー・ペリーが地上の科学知識を使って原始的な地底人を驚かす設定など、つまりは現代社会では当たり前の知力体力でも異世界では有利に働く設定は、2010年代の日本の「異世界転移」モノなどと呼ばれるジャンルでも見られたようだ。

 「人間が異世界へ渡って何らかの活躍をする」だけなら、黄泉国へ行ったイザナギや、冥界を旅したオルフェ等の神話までもが「異世界転移」モノになってしまうが、ここでは、現代社会では当たり前の知力体力でも(物理的特性や技術レベルの異なる)異世界においては有利に働くところがミソだ。このような設定は、ときに受け手の現実逃避や英雄願望といった気持ちの代弁にもなる。マーク・トウェインが1889年に発表した『アーサー王宮廷のヤンキー』も、アーサー王の時代に転移した現代人が科学技術の知識を活かして名声を得るという点で、相通ずるものと云えるだろう。

 ところが、本作のアクアマンは人間社会では超人的な能力を発揮するスーパーヒーローだが、母の故郷アトランティスでは他の人々とたいして変わらない。異父弟オーム王との決闘では善戦するも負けてしまう。
フラッシュ・ゴードン [Blu-ray] 『フラッシュ・ゴードン』に至っては、クイーンが主題歌で「Just a man with a man's courage」と歌うようにただ勇敢なだけの男である。アメリカンフットボールの花形選手(原作ではポロ選手)というだけで、なんの特殊能力も持ち合わせていない。

 実は「火星シリーズ」のジョン・カーターも、作者バローズが地球と火星の重力の違いを忘れてしまったのか、驚異的な跳躍力や怪力を使うのははじめのうちだけで、だんだん使わなくなってしまう。火星の戦士と相まみえるときは、鍛錬の賜物である剣技を活かして対戦した。
 「ペルシダーシリーズ」のデヴィッド・イネスも、地底世界の文明化のためにその知識を役立てはしたが、冒険行においては単身(あるいはヒロインと)危険な土地に放り出されてしまい、科学知識で有利に立ち回るどころではなかった。
 これらの作品における地球と火星の重力の違いとか、地上の科学知識があることは、物語序盤で主人公を印象づけるために使われるだけで、ストーリーが転がり出せば用済みなのだ。


 では、アクアマンの特徴は何かと云えば、一つには貴種流離譚の変形であることだ。アクアマンことアーサー・カリーは、アトランティスの女王アトランナの息子であり王位継承者だ。地上人のあいだではスーパーヒーロー「アクアマン」と呼ばれ、悪党退治に精を出しているけれど、いずれアトランティスの王位継承問題に決着をつけねばならない。
 火星に転生したジョン・カーターも、冒険の末にヘリウム帝国の王女(皇帝の孫娘)と結ばれてヘリウムの王子となるし、デヴィッド・イネスも王の娘と結婚して王族に列せられる。

 こうしてみると米国人は、王様も貴族もいない「自由と平等の国」を作ったわりには王様というものに憧れているように見える。アクアマンの名がアーサーであること、誰にも抜けなかったトライデント(三叉槍)を引き抜いて真の王であることを証明してみせることから、アーサー王伝説を題材にしていることは容易に知れるが、かといって現代の米国人がアーサー王伝説に心酔しているわけではない。

 100年以上前のSF小説の主人公ジョン・カーターやデヴィッド・イネス、1930年代のマンガの主人公フラッシュ・ゴードン、そして21世紀の大ヒット映画の主人公アーサー=アクアマン、これら大衆文化の主人公に共通する真の特徴は、公明正大な人間であり、王になるよりもっと気高く崇高なことを成し遂げて人々の支持を得る点だ。
 ジョン・カーターは戦争に明け暮れる火星の国々を和睦させ、すべての国に号令するWarlord(大元帥)の称号を贈られる。デヴィッド・イネスは地底世界のアモズ族やサリ族、メゾプ族らを同盟させ、ペルシダー帝国を建国し、その初代皇帝に就任する。
 フラッシュ・ゴードンは惑星モンゴを旅して森林王国アーボリアや空中都市の鷹族と手を結び、モンゴ全土を支配するミン皇帝を打ち倒す。彼はなんの称号も地位も得ないが、モンゴの民はフラッシュ・ゴードンに感謝する。
 そしてアクアマンは、アトランティス一国の王になるだけではなく、他の国々を含めた海底の大戦争をやめさせて、七つの海に平和をもたらす。
 ここに共通するのは、自由と平等を信条とする米国人が、聞き分けのない各国指導者を諌め、米国の理念の下に世界を統合するパターンだ。米国人が本当に好きなのはこのパターンなのだ。

 これは19世紀に実在した米国史上最大のヒーロー、エイブラハム・リンカーンの事績に重なる。
 アメリカ合衆国の state 又は commonwealth を日本では「州」と訳しているが、「州」は一つひとつが連邦を構成する国である。この国々が反目し、北部諸州からなる勢力と南部諸州の勢力に分かれて激突した大戦争が19世紀後半の南北戦争であり、その犠牲者数はいまだ米国史上最大だ。そして奴隷解放宣言を発布してこの戦争を終わらせ、諸州を統合したのが北軍の最高司令官リンカーン大統領なのだ。
 海底の国々の大戦争をやめさせ、すべての海に平和をもたらすアクアマンは、まさしく合衆国大統領の役どころだ。

火星のプリンセス―合本版・火星シリーズ〈第1集〉 (創元SF文庫) この手のヒーロー物の元祖を創造したエドガー・ライス・バローズの父が元北軍少佐で、実業家としても成功した人物である一方、エドガー自身は職業軍人になれず職を転々としていたことや、処女作『火星のプリンセス』の最初の原稿を出版社に送ったのがリンカーン生誕100周年事業で世の中が盛り上がった時期からまもないことを考えると、(敗軍の)南軍大尉で定職に就けなかったジョン・カーターが異世界では数々の戦いに勝利して、世界の最高司令官たるWarlord(大元帥)になる物語は、失敗続きの人生だったエドガーがせめてフィクションの中ではリンカーンのように活躍したくて書いたようにも思えてくる。
 バローズ以前の小説が、みずから王になったり、あるいは王に仕えて成果を上げたりすることをもってハッピーエンドにしていたこととの大きな違いがここであろう。世襲ではなく、みずからの実力と崇高な理念、そして民衆の支持によって栄光を勝ちえて、その者の前では世襲の王ですら指示に従う。それが米国人の好む物語だ。
 米国が「世界の警察官」を自認し、世界各地の紛争に介入した第二次大戦後の歴史は、良くも悪くも米国人が大好きなヒーロー物の実践のようでもある。


 本作公開時の米国大統領ドナルド・トランプはアメリカ第一主義を掲げ、国際的な枠組みから離脱する意向を打ち出している。そのトランプを支持する人と批判する人で米国は分裂し、深い亀裂が生じていた。
 また、英国のEU離脱は世界に衝撃を与えた。他の国々でも、国際的な枠組みを乱してでも自国の主張を優先する動きが目立つようになってきた。

アーサー「俺はリーダーの器じゃない。王にはなれない。」
メラ王女「王ならこれまでもいたわ。いま必要なのは王以上の存在なの。」
アーサー「王を超える者とは何だ?」
メラ王女「英雄よ。」
Arthur Curry: I'm no leader. I'm not a king.
Mera: Atlantis has always had a king. Now it needs something more.
Arthur Curry: Well, what could be greater than a king?
Mera: A hero.

 もちろん、現実にはどこからともなく英雄が現れて世界を平和にしてくれるなんてことはない。
 だからこそ、この映画が必要だ。
 私たち一人ひとりの心の中の英雄を育むために。


Aquaman (Original Motion Picture Soundtrack) Importアクアマン』  [あ行]
監督/ジェームズ・ワン
出演/ジェイソン・モモア アンバー・ハード ウィレム・デフォー パトリック・ウィルソン ニコール・キッドマン テムエラ・モリソン ドルフ・ラングレン ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世 マイケル・ビーチ ルディ・リン ジュリー・アンドリュース
日本公開/2019年2月8日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [スーパーヒーロー] [SF]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ジェームズ・ワン ジェイソン・モモア アンバー・ハード ウィレム・デフォー パトリック・ウィルソン ニコール・キッドマン テムエラ・モリソン ドルフ・ラングレン ヤーヤ・アブドゥル=マティーン二世 マイケル・ビーチ

⇒comment

No title

えーと、

アーサー「王を超える者とは何だ?」
ピエール瀧「ヘロよ。」

そうか、そうだったのか。やめられない、止まらない。

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
fjk78deadさんにしてはギャグが滑ってますね……。
あと、ピエール瀧さんが使っていたのはヘロインではなくコカインだそうです。
ヘロインはダウナー系でコカインはアッパー系だから、サントリーホールでクラシック音楽を聴くのとクラブで踊るのくらい違うと思います。

No title

羽生結弦のように滑り続ける男ふじき

力石瀧「終わった。何もかも」
ジョー「まさか、あそこでアッパーで来るとは思わなかったよ」
力石瀧、握手が出来ずに倒れる。
Secret

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