『泣き虫しょったんの奇跡』への共感

瀬川晶司氏の自伝を映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』の素晴らしさを語るには、ストーリーの説明が欠かせないと思う。
ストーリーを説明すれば、『泣き虫しょったんの奇跡』の素晴らしさはお判りいただけるであろう。
したがって、本稿は『泣き虫しょったんの奇跡』のあらすじの紹介である。未見の方はご注意願いたい。
映画は、"しょったん"こと瀬川晶司が小学五年生になった春からはじまる。将棋好きだったしょったんは、担任の先生や父の言葉もあって、どんどん将棋にのめり込む。
そして早々に出現するのが、鈴木悠野(すずき ゆうや)という強力なライバルだ。同学年で将棋が強く、しかも家は隣同士という出来過ぎたシチュエーションの悠野と出会うことで、しょったんの負けず嫌いに拍車がかかる。
小学生にして対等以上のライバルが出現し、激しい戦いの火花を散らすなんて、『ちはやふる』のようなマンガのノリだ。展開が早すぎる気もするが、それだけに観ていて楽しい。
街の将棋道場へ通いはじめたしょったんと悠野は、大人相手の対局を経てめきめき強くなっていく。このあたりの描写も愉快で面白い。中学生のしょったんと悠野が大人顔負けの活躍をするのは痛快だし、彼らがちゃんと鼻を折られて、まだまだ学ぶことがあるのを教えられるのもいい。
そして、中学三年生での中学生名人戦、奨励会入会試験と、大きな試練がしょったんの前に立ちはだかる。
新進棋士奨励会とは、プロ棋士になるための養成機関だ。ここに入って26歳までに四段に昇段すればプロ棋士になれるが、この条件を満たせなければプロ棋士の道は永遠に閉ざされる。
うんうん、その過酷な制度は『聖の青春』でも語られたから知っている。だが、『聖の青春』のモデルになった村山聖(むらやま さとし)が、奨励会入会から2年11ヶ月という奇跡的なスピードでプロ棋士になった天才児だったのに対し、しょったんは22歳でようやく三段になれたものの、そこから先にはなかなか進めない。迫りくる26歳というタイムリミット、昇段をかけて三段の奨励会員たちが激突するリーグ戦、これらが映画をいやが上にも盛り上げる。
しかも、奨励会のエピソードは、心を揺さぶられる青春の光と影でいっぱいだ。
自分は何者かになれるのか、自分は何者なのかという悩み。ときにライバルであり、ときに友人である仲間たちと、傷つけ合い、慰め合う日々。タイムリミットが迫れば迫るほど、モラトリアムしてしまう人間の弱さ。そして、いち早くプロ棋士になっていく友人や、夢破れて奨励会を去る者を見るたびに、こみ上げてくる焦燥感と絶望。
ここにあるのは誰でも感じたことのある、又は今まさに感じていることばかりで、本作を観る人は共感せずにいられないだろう。
本作には、監督・脚本を務めた豊田利晃氏自身が、プロ棋士を目指して奨励会に9年間在籍していた経験が活かされている。
「ずっと奨励会の映画をやりたいと思っていて『しょったん』を読んで、これならできると思えた。親や友達、周囲との関係をすごくリアルに感じたんです。」
1969年3月生まれの豊田監督は、1970年3月生まれの瀬川晶司氏本人と1歳違い。劇中、しょったんがマスコミで報道される羽生善治氏の活躍に慄然とするシーンがあるが、1970年9月生まれの羽生善治氏はもとより、1969年6月生まれの村山聖氏や1969年10月生まれの佐藤康光氏(永世棋聖)の同世代として、豊田監督もまた将棋の世界にいたのだ。
「(引用者注・原作の小説と出会ったのは)いまから7~8年くらい前ですかね。『奨励会』の残酷さとか、相反する憎悪みたいなものもきちんと描かれていて『初めて奨励会をちゃんと捉えた小説を読んだ』という気がしたんです。『奨励会』出身といっても、僕が居たのは関西で瀬川さんは東京という違いがあるし、入ったタイミングは僕の方が早かったんですが、年齢が1つ違いだったこともあって『同じ年代の、同じような人の空気』というのが感じられた。」
「名人を目指して悪戦苦闘の日々でした。楽しみも苦しみも勝負の渦中に入ってしまうつらい時代で。勝つためにどうするかを日常から考えていく剣豪のような生活でした。海も山も行かず、普通のティーンエージャーではなくなってしまった。」
豊田監督のこの生き様が奨励会員に共通のものであろうことは、映画を観れば伝わってくる。将棋のことで頭がいっぱいのしょったんは、好意を寄せてくれる女性の気持ちにすら応えられない。

ところがしょったんは、遂に四段に上がることなく26歳に達してしまう。将棋しかしてこなかった十有余年。なのに、もう棋士になる道は閉ざされた底なしの虚無感。
私たちはマンガや小説や映画の主人公が勝ち進む姿にエールを送るが、大多数の人にとって本当の人生は挫折や敗北の連続だ。勝ち進むヒーローなんて、スポットライトが当たっているいっときの姿でしかない。
しかもしょったんは、奨励会を退会した後になって、もっと真剣に将棋をやれば良かったと独白する。そうなのだ。人は往々にして、やらなければならないと判っていてもやらずに時を過ごしてしまう。他のことをしてごまかしてしまう。そして手遅れになってから後悔する。
とても他人事とは思えないしょったんに――人間臭いしょったんに、ますます共感してしまう。
将棋と決別したしょったんが、人生を立て直そうと大学に進む努力も、どうにかサラリーマンとして生活しようとする姿も微笑ましい。
やがて、将棋のプロとして生きるのではなく、ただ楽しんで将棋を指す心境に至る様子を見ていると、とても安らかな思いがする。
これだけでも充分に素晴らしい映画になったと思うが、『泣き虫しょったんの奇跡』はここからが本筋だ。奨励会のプレッシャーがなくなったしょったんは、アマチュアながらプロ顔負けの成績を収めるようになる。プロ棋士を相手にしても勝率七割を超える戦績で、遂に、これほど強いのだからプロになれるべきだと応援する人が現れるほどになる。
当時、奨励会在籍中に四段になれなかった者に、プロになる道はなかった。
だが、多くの人の尽力と本人の意志により、しょったんは特例としてプロへの編入試験を受けられることになる。
しょったんの勤め先の同僚も上司も、将棋道場の仲間たちも、プロになるチャンスを掴んだことをみんなが喜んでくれて、応援してくれる。
すっかりしょったんに共感していた観客もまた、彼を応援する気持ちは一緒だろう。
藤原竜也さん演じる通りすがりの男性が、「旧態依然とした体制に負けないでください」としょったんに声をかけるシーンがあるが、そのとおりだと思う。
しょったんは30歳を超えてしまったけれど、プロに伍して戦っている。26歳になるまでに要件を満たした者だけが(現在の実力はいざ知らず)プロ棋士という特権を独占し続け、いま現在プロ並みの実力がある者を排除する。そういった状況は将棋界だけに留まらず、世の中のあちらこちらで見受けられる。真の実力本位とはいえないその仕組みを不条理と感じることもあるだろうし、敗者復活を認めない無情さ(かつての敗者に復活されては困るという理不尽さ)に憤りを覚えることもあるだろう。そんな市井の人々の気持ちを、本作は――瀬川晶司氏の事績は――代弁している。
しょったんを応援する将棋道場の名前が「と金クラブ」なのも泣かせる。小学生のしょったんが教室の床に散らばった駒を拾っていたとき、通りかかった先生が拾ってくれた駒が「歩」だったことにも対応している。
ちなみに、「と金クラブ」とは、豊田監督が少年時代に実際に修行していた道場の名だ。
ただ、プロへの編入を目指すしょったんの戦いは、日本将棋連盟への挑戦ではなく、奨励会への復讐でもない。好きなことをやり続けたい、その純粋な気持ちが、共感の輪を広げたのだ。
面白いのは、しょったんが「プロにも勝っているのだから、自分をプロにしろ」と主張するのではなく、周囲の人が「プロになれるように応援したい」と申し出てくれたことだ。
「やっぱり瀬川さんの人格だと思いますね。」と豊田監督は述べている。「映画を観てもらえばわかるとおり、本当に周りが応援したくなるような人なんですよ。彼じゃなかったら、こんなことは起きなかったんじゃないかな。」

「だいじょうぶ、きっとよい道が拓かれます」
あのハガキは、実際に瀬川氏宛に届いたものを、そのまま再現したのだという。
涙とともに魂が浄化されるような感覚は、スクリーンから滲み出る豊田監督の心情によるところもあるかもしれない。
わずか9歳で奨励会入会試験に合格しながら、17歳でプロ棋士をあきらめて奨励会を退会した豊田監督は、インタビューに応えてこう語っている。
「過去は変えられないですからね…。勝てなかった自分をずっと憎んでいました。でも、映画を作ることで自己嫌悪は解けた気持ちがあります。将棋への恩返しもできたし、奨励会で10代を潰したことも無駄じゃなかったんだ、このために奨励会に入ったのかもしれないんだ、と思えました。」
この映画を観た後は、とても、とても気持ちが清々しい。

瀬川晶司氏のプロ編入の後、日本将棋連盟はプロ棋士への編入試験を正式に制度化した。奨励会を経なくてもプロになる道が拓かれた。

監督・脚本/豊田利晃
出演/松田龍平 國村隼 イッセー尾形 松たか子 美保純 小林薫 永山絢斗 染谷将太 渋川清彦 駒木根隆介 野田洋次郎 新井浩文 早乙女太一 妻夫木聡 上白石萌音 石橋静河 板尾創路 藤原竜也 渡辺哲 大西信満 奥野瑛太 遠藤雄弥 山本亨 桂三度 三浦誠己
日本公開/2018年9月7日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]

⇒comment
No title
日本ってあれじゃないですか。職業を選択するチャンスが普通、一生のうち1回で、あまり世間に向けて発言力のない時にそれを決めなくちゃいけない。だから、山ほどいそうなマンガ家や歌手、画家みたいな職業のなり手はサラリーマンに取りたてられてしまう。かくいう私も小学生の時はマンガ家になりたかった。だから、奨励会みたいな予備軍はそれはそれであるだけいいのかもしれない。いやまあ、それぞれの職業でそういう下請け組織みたいなのはあるのかもしれないが、将棋の奨励会ほどメジャーじゃない。年齢の上限は上限で、上限がある事による人生の見極めという意味ではそれも優しさかもしれない。ただ、誰もが同じようなペースで将棋を指せる訳ではないので、このシステムに合わない人もいるだろう。そして、それにも再チャレンジの道が開けたのは大変素晴らしい事だ。
将棋はさせないし、マンガももうしんどいから、映画の駄文書きみたいなので、プロと勝負してプロ負かしたらプロにしてもいいよみたいな話はないすかねえ。あ、ナドレックさんと同じ土俵に立つのはやだな。コテンパンにされそうだから。
松たか子が「来る」と違いすぎて、さすが役者。
将棋はさせないし、マンガももうしんどいから、映画の駄文書きみたいなので、プロと勝負してプロ負かしたらプロにしてもいいよみたいな話はないすかねえ。あ、ナドレックさんと同じ土俵に立つのはやだな。コテンパンにされそうだから。
松たか子が「来る」と違いすぎて、さすが役者。
Re: No title
fjk78deadさん、こんにちは。
プロ棋士になれないまま40歳、50歳と歳を重ねてしまうと、人生取り返しがつかないかもしれないから、新進棋士奨励会の26歳で退会という規定は仕方ないかもしれませんね。
でも、プロ棋士へのルートが複数用意されたことは喜ばしいし素晴らしいことだと思います。
fjk78deadさんのマンガ、読みたいなぁ。ブログで公開すればいいじゃん。
私はコテンパンよりもコッペパンやメロンパンが好きです。
プロ棋士になれないまま40歳、50歳と歳を重ねてしまうと、人生取り返しがつかないかもしれないから、新進棋士奨励会の26歳で退会という規定は仕方ないかもしれませんね。
でも、プロ棋士へのルートが複数用意されたことは喜ばしいし素晴らしいことだと思います。
fjk78deadさんのマンガ、読みたいなぁ。ブログで公開すればいいじゃん。
私はコテンパンよりもコッペパンやメロンパンが好きです。
No title
普通あそこまで苦しんだ末に退会したら将棋なんてコマさえ見るのもいやになると思うんですけどね。それでも自然にふっと戻ってきたところにしょったんの「強さ」を感じます。親友の悠野や周りの人々の存在も大きいとは思いますが
Re: No title
SGA屋伍一さん、こんにちは。
本作の撮影で使われた駒は、豊田監督のものなんだそうです。
奨励会を退会して将棋は指さなくなったのに、駒は持ち続けていたんですね。
人間とは面白いものです。
本作の撮影で使われた駒は、豊田監督のものなんだそうです。
奨励会を退会して将棋は指さなくなったのに、駒は持ち続けていたんですね。
人間とは面白いものです。
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