『近松物語』を改めて受け止めよう

近松物語 4K デジタル修復版 Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 「午前十時の映画祭9」の作品解説に「溝口健二監督の代表作の一本」と書かれる『近松物語』(1954年)。公開当時のキネマ旬報ベストテンで第5位、キネマ旬報社の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編」(1999年)では第49位にランクインする名作だ。
 そんな作品に私ごときが何か書くのは気が引けるのだが、作品の受け取り方は時代とともに変化しても良いと思うので、ここに取り上げる次第である。

 本作は、1683年に処刑された男女の実話に基づいて書かれた近松門左衛門の人形浄瑠璃『大経師昔暦』と、同じ事件を扱った井原西鶴の浮世草子『好色五人女』中の「中段に見る暦屋物語」を源流とする。
 大経師(だいきょうじ、暦の印刷・発行を一手に引き受けて大儲けしていた職人の長)の妻おさんと、大経師に忠義を尽くす手代の茂兵衛との悲恋物語を、たとえば「午前十時の映画祭9」の公式サイトでは次のように紹介している。
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身分が違う男女の道ならぬ恋を、厳しくも美しく描いた溝口健二監督の代表作の一本。おさんは京都で大店を営む大経師・以春の若妻。茂兵衛は店で働く腕利きの経師職人。二人は不義密通の疑いをかけられ、やむなく駆け落ちするが―。
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 小学館の「日本大百科全書(ニッポニカ)」では、千葉伸夫氏が次のように解説している。
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大経師の妻おさん(香川京子(かがわきょうこ)、1931― )と手代の茂兵衛(長谷川一夫(はせがわかずお))は、不義をはたらいたと誤解されたことから家を抜け出し、二人の道行が始まる。身分の違いによる拘束を、男女の結び付きの強さに逆転させ、道行から処刑までの道程を清楚(せいそ)に、また凛然(りんぜん)と描き出して、格調の高い作品に仕上げ、近松の文芸が醸し出す世界を垣間(かいま)見せた。
(略)
撮影は、ローキートーン(暗い画調)による日本家屋の美的な陰影に妙味を見せ、テーマである封建制度の暗さも象徴する見事な画面となった。
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 『近松物語』はこれらの解説のとおりの作品だし、観客が思い返す内容もこのとおりに違いない。
 本作がまず強調するのは、大経師・以春の非人情ぶりである。以春は、茂兵衛が病に臥せっていても仕事に駆り出し、大金持ちのくせに兄弟姉妹が困窮してても意に介さない。彼は冷酷な守銭奴であり、その上、下女のお玉が主人に逆らえないのをいいことに手を出してしまう助平親父だ。映画全編を通して、観客に悪者として印象づけるべく描かれている。
 以春の下で店を取り仕切る助右衛門も悪党で、主人への忠義もなければ、店の繁栄も考えず、ひたすら自分が可愛いだけの薄汚い人間だ。
 おさんの兄・道喜もだらしがない。放蕩三昧で借金をこさえ、あるいは店の不正経理で首が回らなくなり、そのたびに嫁に行った妹に助けを求め、金持ちの以春から金を引き出させようとしておさんを困らせる。

 こんな人間たちに囲まれているから、兄の無心に心を痛めるおさんが憐れに感じられるし、こんな主人でも忠義を尽くす茂兵衛が立派に見えるし、茂兵衛への恋心を抱えながら以春に弄ばれるお玉が可哀想に思える。
 姦通したと誤解されて出奔せざるを得なくなる茂兵衛とおさんのことを、観客誰しも同情するに違いない。なにしろ、茂兵衛役は天下の二枚目スター長谷川一夫さん、おさんは前年の『ひめゆりの塔』の可哀想な学徒役も記憶に新しい香川京子さんだ。物語の筋も演出も、二人に好感と同情が集まるように計算されている。

 そして、形ばかりの結婚や身分差に縛られて自由に愛し合うこともできず、それどころか姦通した男女は死刑、不義者を出した家は取り潰しという社会の過酷さが、二人の悲恋をますます盛り上げる。
 だからこそ、本作は「身分が違う男女の道ならぬ恋を、厳しくも美しく描いた」と評され、「封建制度の暗さ」がテーマと説明されるのだろう。
 本作公開の少し前、1947年の刑法一部改正までは姦通罪が存在した当時の日本の観客には、姦通罪のない戦後民主主義下で育った現代の観客以上に作品が重く感じられたに違いない。

 けれども、私には、本作がこういった評とはいささか違って感じられた。
 現代の私から見れば、茂兵衛もなかなかの悪党なのだ。

 

 可哀想に主人に弄ばれていたお玉は、最初に茂兵衛に相談している。夜な夜な主人が寝所に忍んでくるのを、息を殺して受け入れなければならないのは地獄だったろう。意を決して、それを片想いの相手、茂兵衛に打ち明けたのに、こともあろうか茂兵衛は我慢しろという。おさんが知ったら大騒ぎになる、辛い思いは胸に留めて主人に忠義を尽くすのが奉公人の心得だと、こんこんと説くのである。
 そりゃあ、お玉一人が我慢すれば、お家は安泰、茂兵衛が陰ながら慕うおさんも傷つかずに済むかもしれない。
 だが、そのためにお玉が払う犠牲は大き過ぎる。なのに、茂兵衛は結局お玉のためには何もしてやらない。家のためには個人がどんなに踏むにじられても構わないという、恐ろしい因習を押し付けているのは茂兵衛なのだ。

 その上、茂兵衛は不正経理にも手を染める。
 おさんが実家の兄に無心され、金の工面に困っていることを知った茂兵衛は、私にお任せくださいとニコニコしながら引き受ける。安請け合いしてどうするのかと見ていると、なんと茂兵衛は主人のハンコを勝手に用いて、いそいそと空手形を切り出すのだ。虚偽の取引をでっち上げて金を捻出し、おさんの実家に横流ししようというのである。

 考えてみよう。社長夫人が金に困っているからといって、経理課長が伝票を捏造して会社の金を不正に引き出し、社長夫人に渡したら、とんでもない不正行為だ。
 しかも助右衛門と茂兵衛の会話からすると、彼らはこのような不正を日常的に行っていたらしい。経理部長と経理課長が結託して、日頃から空手形を切っていたのだ。助右衛門に手形偽造を見つかった茂兵衛は、いつもやってることじゃないかと釈明するのだから呆れてしまう。


 犯罪学者ドナルド・R・クレッシーは、人が不正を働くきっかけとして「動機(pressure)」「機会(opportunity)」「正当化(rationalization)」の三つを挙げ、「不正のトライアングル」と呼んだ。この三つが揃うとき、人は不正行為に走るという。
 茂兵衛に関していえば、この三要素は次のように当てはまる。
・動機……主人の妻おさんの窮状をなんとかしてやりたい(しかも茂兵衛はおさんに惚れている)。
・機会……主人のハンコを託されることがあり、書類を偽造する機会にはことかかない。
・正当化……主人の妻を助けるのは奉公人としてとうぜんのこと。これもお家のためであり、それこそ忠義というものだ。それに、空手形を使った金のやりくりはいつもやってることだから、今回だけダメということはあるまい。

 米国では、2001年に発覚したエンロン事件を期に企業の内部統制が強化され、不正会計事件はなくなったと云われるが、同様に内部統制を強化したはずの日本では、いまだに不正会計事件が相次いでいる。それも、従業員個人が私服を肥やすためというよりも、組織のため、仲間のために手を染めることが少なくない。今も日本には茂兵衛のような忠義者が多く、一般に公正妥当と認められる手続きよりも仲間内の都合を優先させる風土があるのかもしれない。
 民間企業でさえこのとおりだから、何ごとも企業より遅れがちな公的機関や非営利組織の状況は推して知るべしだろう。

 「不正のトライアングル」が完成すると不正が行なわれるのだから、不正を防ぐにはトライアングルの一角を崩せば良い。
 たとえば、大経師・以春が妻の悩みに耳を傾け、無心してばかりの兄について一緒に心配してあげる人物だったら、それだけで茂兵衛がみずからおさんを助けるという「動機」が消え失せ、「不正のトライアングル」は崩れ去る。
 以春という人間の問題は、兄弟姉妹が困窮しても意に介さないけちん坊であることや、下女に手を出す好色漢・卑劣漢である前に、まず「不正のトライアングル」の発生を防げない経営者としての無能さにある。こんな人物が経営者の座について権力を握ることがなければ、事件が生じる環境にはならなかったのである。


 それでも茂兵衛が忠義の矛先を誤らなければ、本作の悲劇は起きなかった。
 茂兵衛が不正経理なんかしなければ、以春に茂兵衛を罪人扱いする口実を与えることはなかった。
 そもそも、性的行為を強要されて苦しむお玉の声に真摯に耳を傾け、きちんと解決に向けて動いていれば――以春と妻おさんが仲違いしたり、公にした茂兵衛やお玉が以春からいじめられる可能性はあったが――お玉が云い寄る以春を避けるために「茂兵衛と夫婦になる約束をした」なんて嘘をついて以春を激昂させることもなかったろうし、おさんが以春を咎めようとこっそり動くこともなかったろう。

 そうすれば、誤解に誤解が重なって、茂兵衛とおさんが洛中引回しのうえ磔にされて死を迎えることもなかったはずだ。家から不義者を出したことで以春と助右衛門が追放されたのはいい気味のようにも感じられるが、家が取り潰しになって大勢の職人や下女たちが働き口を失ったのだから、やはりこんな事態は避けるべきだった。お玉の行く末は劇中ではハッキリ描かれていないが、おそらく史実のとおり姦通を手引きした罪で首をはねられたことだろう。
 それもこれも、茂兵衛の「忠義心」が自身の行為を正当化し、非道なことを見逃したり、不正を行ったりしたせいだ。

 映画は後半、茂兵衛とおさんの悲恋で盛り上がるから、観客はつい、ひどい奴らのために愛し合う男女が可哀想な目に遭う物語として受け止めそうになる。
 だが、二人に同情する気持ちは、二人を無垢で善良だと思うことに繋がりかねない。

 金が必要なことを以春に正直に云い出せないおさんがお玉の嘘に乗っかって保身を図る様や、茂兵衛の身勝手な忠義心を、映画の作り手はちゃんと描いている。だから本作は、不正を糺そうとせず、その場しのぎの嘘で切り抜けようとした者が報いを受ける因果応報の物語だ。
 みんなの和を乱し、自分の立場を悪くすることを恐れずに、ダメなものはダメ、おかしいものはおかしいとハッキリ声を上げる勇気。それがなかったばっかりに、茂兵衛は自分と愛するおさんの命を失い、所属する集団の全員を破滅させてしまうのだ。

 映画のラスト、刑場に連れていかれる茂兵衛とおさんの表情は幸福そうであったという。映画を二人の悲恋物として見れば、二人はあの世で結ばれるという解釈もできよう。だが私には、二人の恋の成就よりも、集団のために自分を押し殺し、みずからも不正に加担していた環境からようやく解放された清々しさが顔に出たように思えるのである。これは何も封建制度下に限ったことではない。

 緻密な脚本と人間描写の確かさと、そして名優たちの共演等々、この作品の魅力はこれからも長く語り継がれるに違いない。
 しかし、その評価は時代とともに変わるだろうし、時代とともに変えるべきでもある。『近松物語』は、悲恋物、愛の物語としてばかりでなく、現代にも通じる倫理観を問う物語として積極的に評価することができるのではないだろうか。
 時代が変わり、見方が変わるとき、新たな側面から輝きを放ちはじめるのが真に優れた作品であろうから。


近松物語 4K デジタル修復版 Blu-ray]近松物語』  [た行]
監督/溝口健二
出演/長谷川一夫 香川京子 南田洋子 進藤英太郎 小沢栄 菅井一郎 田中春男 浪花千栄子 石黒達也 十朱久雄 荒木忍 東良之助
日本公開/1954年11月23日
ジャンル/[ドラマ] [ロマンス] [時代劇]
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【genre : 映画

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封建時代に生きる二人の恋物語を通して「人間解放」をうたいあげる。近松の「大経師昔暦」おさん茂兵衛の物語を透徹したリアリズムで描いた溝口晩年の傑作。
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