『サイボーグ009』の秘密と「天使編/神々との闘い」の正体 【前編】

生誕80周年記念読本 完全解析! 石ノ森章太郎 ある本に書かれた疑問が、別の疑問を呼び起こした。

 その本とは、2018年に発行された『生誕80周年記念読本 完全解析! 石ノ森章太郎』。
 2018年は、1938年1月25日に生まれ、1998年1月28日に没した、石ノ森章太郎氏の生誕80周年にして没後20周年である。そのため、石ノ森氏に関する本がいくつも発行されたり、氏の半生を描いたテレビドラマ『ヒーローを作った男 石ノ森章太郎物語』が放映されたりした。『サイボーグ009』を軸にしながら、石ノ森作品全般の紹介や関係者へのインタビュー等で構成されたこの本もその一つだ。

 この本の「『009』誕生、そして最初の完結」と題された記事において、幕田けいた氏は、1961年に石ノ森章太郎氏が世界SF大会の取材の名目で行った世界一周旅行に言及し、次のような疑問を投げかけている。
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香港から東京に戻る飛行機の機内で、たまたま目にした雑誌「LIFE」に掲載されていた記事「Man Remade To Live In Space」を読み、アメリカで研究されている概念"サイボーグ"を知ったという。
ただし、この石ノ森がのちに語っている逸話にはちょっとした謎もあって、当該の「LIFE」は1960年7月発行。時期的には世界旅行と1年のずれがある。宇宙空間での活動のために体を改造するという記事内容は、実際に『009』作中でも言及された設定なので、石ノ森が読んでいるのは確実。もしかしたら、SF大会で入手した古雑誌だったのだろうか?
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 雑誌『LIFE』の記事がサイボーグのヒントになり、それが『サイボーグ009』に結実したということは、石ノ森章太郎氏が小学館の文庫版第1巻のあとがきや秋田書店の四六版上製本第5巻のあとがきその他で述べているから、009ファンにはよく知られた話だ。

 けれども、私が疑問に感じたのは、『LIFE』の記事がヒントになった話はいつまで紹介され続けるのだろうということだった。その話は、もういいのではないだろうか。


サイボーグ009 (第1巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス)■『サイボーグ009』の元ネタ

 私は、石ノ森章太郎氏が『LIFE』の記事をヒントにサイボーグの構想を得たという話は、ジョージ・ルーカスが『千の顔を持つ英雄』に影響を受けたという話と同じようなものだろうと考えている。

 ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズ・シリーズを構想するに当たって、神話学者ジョーゼフ・キャンベルが著した神話の構造に関する理論書『千の顔を持つ英雄』に大きな影響を受けたという。たしかにスター・ウォーズ・シリーズには神話的な要素が多々見受けられるので、ルーカスはかなり意識して神話を研究し、創作の参考にしたのかもしれない。
 だが、スター・ウォーズ・シリーズを作る上で影響を受けたものについて話すなら、神話に関する理論書に言及する前に、ルーカスには挙げるものがあるはずだ。黒澤明監督の映画やレンズマンシリーズといった、スター・ウォーズ・シリーズに先行する数々の娯楽作だ。

 ルーカスは、さすがに黒澤映画を完全に無視することはできないと考えたのだろう。『隠し砦の三悪人』に影響を受けたことは認めている。
 けれども、ルーカスが黒澤映画からいただいたアイデアはその程度ではない。『隠し砦の三悪人』に留まらず、『姿三四郎』からも『七人の侍』からも『椿三十郎』からもたくさんのアイデアの借用が見られる。『隠し砦の三悪人』は、黒澤映画を代表して名前を挙げられたに過ぎないだろう(詳しくは「スター・ウォーズに見る黒澤明」参照)。

 善悪の勢力が銀河を二分して戦う設定や大まかなストーリーラインは、E・E・スミスの名著レンズマンシリーズを下敷きにしたと思われる。「フォース」とか「シールド」とか「トラクタービーム」とか通貨単位の「クレジット」といったスター・ウォーズ世界で使われる用語も、E・E・スミスの作品に登場するものだ(詳しくは「『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』 それは新しい考えか?」参照)。

 だからジョージ・ルーカスには、神話の構造などという抽象的な話をする前に、まずストーリーは何に基づいており、キャラクターはどこから持ってきて、メカデザインやコスチュームデザインは何を真似たのか等を明らかにし、その上で全体に磨きをかける際に神話の理論を援用したんだといった具体的な話を聞きたいものだ。
 もちろん、ルーカスにそんなことを話す義務はない。どんなに他者のアイデアをパクろうが真似ようが、どのアイデアをどう組み合わせるのか、その裁量がルーカスにある以上、完成したスター・ウォーズ・シリーズはルーカスだから作れた唯一無二の作品だ。
 それに、元ネタになった諸作品にはそれぞれの著作権者がいるので、下手なことを云って権利問題に発展するのは避けたいはずだ。

サイボーグ009 (第2巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス) だから、『千の顔を持つ英雄』に学びながら神話のパターンを踏襲しましたという説明は、とても無難な回答であろう。世界の神話は特定の個人に属するものではなく、誰もその権利を主張できないから。


 『サイボーグ009』に関しても『LIFE』の記事がヒントですと云われたら、海外の雑誌にまで目を通す作者のアンテナの高さに感心こそすれ、それにケチをつける人はいないだろう。

 けれど、多くの方がお気づきのように、『サイボーグ009』にはもっと直接的な元ネタがある。アルフレッド・ベスターのSF小説『虎よ、虎よ!』(別題『わが赴くは星の群』)だ。
 この小説の主人公は、謎の科学者集団によって身体を改造されてしまう。改造人間となった彼は科学者集団のアジトを脱出し、奥歯に隠されたスイッチで起動する加速装置を駆使して、孤独な戦いを続けていく。

 『LIFE』誌なんか関係なく、『虎よ、虎よ!』を読んでいればサイボーグ009の設定を作れることはお判りいただけるだろう。
 それどころか、「奥歯に隠されたスイッチで起動する加速装置」という009の特徴は、『LIFE』を読んだだけでは絶対に出てこない。『虎よ、虎よ!』をパクればこそだ。

 秘密の科学者集団に改造されたサイボーグが彼らのアジトを脱出し、孤独な戦いに身を投じる展開は、『サイボーグ009』のみならず『仮面ライダー』にも共通する。
 しかも、『虎よ、虎よ!』の主人公は、改造の際に、顔に虎のような模様を彫られている。怒りがつのると顔の模様が浮き出るという設定は、『仮面ライダー』のマンガ版にも受け継がれている(マンガ版の本郷猛は、この"傷痕"を隠すために仮面をかぶる)。


■『LIFE』の記事をヒントにしたという伝説

 『サイボーグ009』の開始に当たっては、もう一つのエピソードがある。アイデアが時代の先を行き過ぎて、なかなか出版社に受け入れられなかったというものだ。
 少年画報社の『週刊少年キング』で『サイボーグ009』の連載がはじまる前のことを、石ノ森章太郎氏は次のように語っている。[*1]
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サイボーグのアイデアは、アメリカのグラフ雑誌『LIFE』の記事からだった。集英社の『日の丸』という月刊誌の編集者に話したのだが、ムズカシスギルと断られ、代わりに『テレビ小僧』が生まれた。
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サイボーグ009 (第3巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス) サイボーグ物が受け入れられなかったから『テレビ小僧』が誕生したというのだが、この話は疑問視されることがある。集英社の『日の丸』で『テレビ小僧』の連載がはじまったのは1959年の6月号。これは、1961年の世界一周旅行どころか、1960年7月の当該『LIFE』誌発行よりも前なのだ。だから、『テレビ小僧』連載前に集英社とサイボーグの話ができるはずがない、と云われる。

 人の記憶はあやふやだから、記憶食い違いが生じるのは仕方がないが、このエピソードに関しては、私は逆にサイボーグ(改造人間)のヒントが『LIFE』の記事によるものではない傍証だと考えている。現在では『虎よ、虎よ!』の題で知られるベスターの小説が、『わが赴くは星の群』の邦題で講談社から発行されたのは1958年だからだ。『テレビ小僧』連載の前年には、サイボーグが活躍する小説が日本で入手可能だったのだ。

 『サイボーグ009』のプロトタイプと云われる作品に、1963年発表の短編『敵 THE ENEMY』がある。この作品では、宇宙空間での活動のために改造されたサイボーグ37号が、次々に襲い来る敵と戦う様子が描かれている。これはたしかに、宇宙空間での活動のための肉体改造に関する『LIFE』の記事の内容に近い。
 『LIFE』誌の記事「Man Remade To Live In Space」によって石ノ森章太郎氏が知ったのは、サイボーグの概念そのものではなく、おそらく「CYBORG(サイボーグ)」という用語だ。この記事は「CYBORG」という用語を考案したマンフレッド・クラインズとネイザン・S・クラインに取材し、「CYBernetic ORGanism」の略称である「CYBORG」という語を紹介している。

 時系列でいえば、次のような経緯だったはずだ。

(1) 1958年 『わが赴くは星の群』、講談社から発行(『虎よ、虎よ!』の題で早川書房から発行されるのは1964年6月)。

(2) 1959年 改造人間(サイボーグ)の話が集英社に受け入れられず、代わりに『テレビ小僧』を連載開始。

(3) 1960年~1963年 1960年7月発行の『LIFE』の記事「Man Remade To Live In Space」を目にして、「CYBORG(サイボーグ)」という用語と、サイボーグなら真空中でも宇宙服なしで活動できるというアイデアを知る。

(4) 1963年 宇宙空間での活動のために改造されたサイボーグ37号を主人公とする『敵 THE ENEMY』を発表。

(5) 1964年 『週刊少年キング』1964年30号(7月19日号)にて『サイボーグ009』連載開始。はじまりは、ジョーが少年鑑別所を脱走するところから。

(6) 1964年末 『別冊少年キング』1965年1月号に読み切り短編『サイボーグ戦士』掲載。サイボーグが作られた目的・背景を考えるように少年キングの山部徹郎編集長から要請された石ノ森章太郎氏は、「反戦をテーマに」据えることとし、ブラック・ゴーストの「未来戦計画」――成層圏戦争用兵士としてサイボーグを開発する構想――や、001~008が拉致・改造された経緯を、後付けの短編として執筆する。この短編は、『サイボーグ009』単行本化の際に、「誕生編」の冒頭部に位置づけられた。[*2]

 こう考えれば、『LIFE』の記事をヒントにしたという話も、サイボーグ物が受け入れられず『テレビ小僧』がはじまったという話も両立する。

サイボーグ009 (第4巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス) ジョージ・ルーカスが『千の顔を持つ英雄』に影響を受けたと云うのが嘘ではないように、石ノ森章太郎氏が『LIFE』の記事を読んだのも嘘ではなかろう。
 ただし、『LIFE』の記事が直接ヒントになったのは短編『敵 THE ENEMY』のほう。『サイボーグ009』は、「サイボーグ」という用語を受け継いだに過ぎない(連載開始時は、成層圏戦争用兵士としてサイボーグを開発する背景はなかったから)。
 『千の顔を持つ英雄』をいくら読んでも血沸き肉躍る大宇宙の冒険活劇はできないように、『LIFE』の記事を読んだだけでは奥歯のスイッチで加速するサイボーグは誕生しない。サイボーグ物の発想の原点は、『虎よ、虎よ!』(『わが赴くは星の群』)なのだ。

 そして、ジョージ・ルーカスが具体的なネタ元を説明しないように、石ノ森章太郎氏もあえて『虎よ、虎よ!』からのパクリに触れたりはしない。『LIFE』の記事をヒントにしたという説明は、とても無難な回答であろう。


■はじまりだけではない

 よく知られているように、石ノ森作品にはパクリと思われるものが多い。たとえば、

・『漫画少年』1955年1月号から連載されたデビュー作『二級天使』の、二級天使(Angel Second Class)が一人前になるために人間界で人助けをする設定からして、フランク・キャプラ監督の映画『素晴らしき哉、人生!』(日本公開は1954年2月6日)そのままだし、
・会うたびに成長している謎の少女とのロマンス『昨日はもうこない だが明日もまた…』(1961年)は『ジェニーの肖像』(本邦初訳は1950年発行、映画版の日本公開は1951年7月3日)に*想を得た*ものだし、
・異星の知的生命体に取りつかれた主人公が、その生命体の力を得て犯罪捜査を行う『アンドロイドV』は、ハル・クレメントの『20億の針』だし(同アイデアを使った作品では『ウルトラマン』が有名)、
・人間の刑事とロボットの刑事がコンピを組む『ロボット刑事』のアイデアは、アイザック・アシモフの『鋼鉄都市』のパクリだし、
・人類文明の後を犬とロボットが受け継ぐ『ドッグワールド』は、クリフォード・D・シマックの『都市』が元ネタだし、
・新人類の主人公がサナギマンに変身する『イナズマン』は、ジョン・ウィンダムの『さなぎ』からの着想だろうし、
・サナギマンがさらに蝶のようなイナズマンに変身するのは、額に特殊な触毛が生えた新人類が活躍するヴァン・ヴォークトの『スラン』がベースだろう。

サイボーグ009 (第5巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス) 『サイボーグ009』の最高傑作と評される「地下帝国ヨミ編」だって、翼竜のような知的生物ザッタンが原人やヒトを支配し、相手を催眠状態に陥れて食べてしまう(特にヒトが大好物)という地底世界の設定は、まるまるエドガー・ライス・バローズのペルシダー・シリーズ(1914年~)からのものだ。
 ペルシダー・シリーズでは、そんな地底世界に勇敢な地上人がやってきて、ヒトを解放し、帝国を建設する。それを「地下帝国ヨミ編」では、地上人がブラック・ゴーストだったら、という形で取り入れている。[*3]
 また、「地下帝国ヨミ編」のラストシーンが、レイ・ブラッドベリの短編小説『万華鏡』をベースにしていることは、つとに有名だ(「地下帝国ヨミ編」の『週刊少年マガジン』連載は1966年30号~1967年13号、『万華鏡』を含む短編集『刺青の男』の日本での発行は1960年)。

 こんなことをくどくど書いたのは、パクリばっかりでけしからんと云いたいからではない(私は、パクリは創作活動の大事な要素だと考えている)。はたまた、こんなに元ネタに気がつきましたと自慢したいのでもない。
 『LIFE』の記事をヒントに『サイボーグ009』が構想された――という建前的な話よりも、石ノ森作品を考察する上では、先行作品の何をどう取り込んで成立したか、どこが流用でどこが石ノ森章太郎独自のヒネリなのかを探求することが大切だと思うからだ。

 特に未完のままで作者が他界してしまった『サイボーグ009』の完結編を考える上では。
 『虎よ、虎よ!』を元ネタにして『サイボーグ009』がはじまったように、とうぜんのことながら『サイボーグ009』の終わりにも元ネタがある。

(つづく)


[*1] 「あとがき」 『サイボーグ009』小学館 文庫版第1巻 1976年6月20日発行

[*2] 桑村誠二郎氏(少年キングの『サイボーグ009』担当編集者)のインタビューから 『サイボーグ009コンプリートブック』収録 2001年10月19日発行

[*3] ただし、ペルシダー・シリーズの本邦初訳は1971年であり、「地下帝国ヨミ編」(『週刊少年マガジン』1966年30号~1967年13号)執筆の前。石ノ森氏は、海外SFの紹介記事等でペルシダー・シリーズの設定を知ったのかもしれない。「地下帝国ヨミ編」執筆後、ペルシダー・シリーズは複数の出版社から競って発行されたり、映画が公開されたりして注目を集めるようになった。


サイボーグ009 (第6巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス)サイボーグ009』 [本]
作/石ノ森章太郎
初出/1964年~1992年
ジャンル/[SF] [アドベンチャー] [スーパーヒーロー]
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