『ブリグズビー・ベア』 僕たちの映画
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多くの人が『ブリグズビー・ベア』を観て、深く共感したに違いない。
映画の紹介文を読むだけだと、ずいぶんエキセントリックな作品に思える。
――赤ん坊の頃から25年、有害物質に覆われた地上を避けて、地下のシェルターで両親と三人きりの生活を続けてきたジェームスにとって、子供向けの教育特撮番組『ブリグズビー・ベア』が人生のすべてだった。毎週の新作を見るのはもちろん、過去の膨大なビデオも繰り返し見てきたから、彼の頭にはすべてのストーリーが刻み込まれている。
ブリグズビー・ベアの言葉は彼の人生訓であり、ブリグズビー・ベアの行動は彼の模範だった。彼の人生の課題は、ブリグズビー・ベアを困らせるサン・スナッチャー(太陽の誘拐犯)を倒すことだった。
そんな彼の家へ、ある日たくさんの警察官が押し寄せてくる。
そして彼は告げられるのだ。彼が両親だと思っていた男女は誘拐犯であり、彼が外の世界と接触できないように閉じ込めていたのだと。『ブリグズビー・ベア』は、キャラクタービジネスに長けた偽両親が彼だけのために作った偽番組であり、視聴者は彼しかいないのだと。偽両親が逮捕された以上、『ブリグズビー・ベア』の新作がつくられることはもうないのだと。
こうして"監禁状態"から"解放"されたジェームスは、本当の父母と妹と暮らす羽目になる。待ち受けていたのは、水泳、カヌー、バスケットボール等のスポーツや外遊びと、それらを押し付ける、もとい一緒の時間を過ごそうとする父や母であった――。
要約だと伝わりにくいが、映画をご覧になった方はお判りだろう。"監禁状態"のジェームスはとても幸せだったに違いなかった。学校にも行かず、働きもせず、毎日々々特撮番組を見るだけの生活。こんな暮らしを夢見る人は少なくないはずだ。
かくいう私も、子供の頃は授業が終われば飛んで帰って、テレビアニメと特撮番組を見る生活だった。当時は朝も夕もアニメを放映していたし、特撮番組が週に何本もあったから、時間の許す限りそれらを見ていた。
私の場合は生活のほとんどがテレビ視聴(ときどき読書)に捧げられていたが、人によってはそれがゲームだったり、フィギュアだったり、アイドルだったり、その他いろんなものに置き換わるだろう。
いずれにせよ、好きなものにどっぷり浸ったジェームスの生活は理想的な生き方に見える。
それだけに、"救出"されて、興味のないスポーツや人付き合いといった"現実"を突き付けられたジェームスの戸惑いはよく判る。
『ブリグズビー・ベア』に夢中で何が悪いのか。なぜ『ブリグズビー・ベア』を卒業しなければならないのか。

だが、『ブリグズビー・ベア』を見て大きくなったジェームスにとって、『ブリグズビー・ベア』を否定されることはこれまでの全人生を否定されるも同じだった。大事なことは、みんな『ブリグズビー・ベア』から学んで成長したのだ。
鑑賞中、私は切なくてならなかった。私も親からアニメや特撮を見るなと云われたし、愛読していたテレビマガジンのバックナンバーも捨てさせられた。結局アニメや特撮は卒業しなかったが(好みが変わって、外国作品の比重が大きくなったが)、ジェームスが直面した苦しみ悲しみはよく判る。
偽の親を演じるのが、よりによってマーク・ハミルだなんて、いかにも泣かせる。米国の多くの青少年は、マーク・ハミルが演じたスター・ウォーズ・シリーズの主人公ルーク・スカイウォーカーから、人生や道徳について学んだことと思う。マーク・ハミルの位置づけは、日本でいえば仮面ライダー1号こと本郷猛役で知られる藤岡弘、さんに当たるだろうか。その彼がジェームスの肩に手を置いて、日々「強くあれ」と語りかけるのだ。もはや、ルーク・スカイウォーカーが自宅にいて、「ダークサイドに堕ちないように心を強く持て」と言われるに等しい。ジェームスへの影響の大きさが察せられよう。
にもかかわらず、実の親がそんなものは忘れろと言うのだ。そのショックたるや、たいへんなものだろう。
好きなことを好きであり続ける。ただそれだけなのに、変人扱いされて苦労するジェームスだが、そんな彼の救いになるのが、同好の士の存在だ。
『ブリグズビー・ベア』の新作が見られないジェームスは、みずから『ブリグズビー・ベア』の続きを作ろうとする。二次創作というやつだ。はじめは彼一人の妄想でしかなかったが、彼の考えに共鳴した映画好きたちが集まり、構想はにわかに現実味を帯びてくる。

本作をつくった監督のデイヴ・マッカリーと、脚本のケヴィン・コステロと、原案・脚本・主演のカイル・ムーニーも、サーグッド・マーシャル中学の頃からの友人であるという。本作のアイデアを最初に思いついたのも、中学時代のことだそうだ。本作の主人公ジェームスの人物像は、ジェームスを演じたカイル・ムーニーに近いのだという。
ジェームスの熱意は、すでに好きなことを"卒業"していた人の情熱をも呼び戻す。こわもて刑事として登場したヴォーゲルは、映画作りに奔走するジェームスに接して、忘れていた演劇熱を再燃させる。ヴォーゲルがジェームスの映画に出演するうち、ジェームス以上のこだわりで演じるようになるのが微笑ましい。
ひとむかし前だったら、社会に適合しないジェームスの"矯正"とジェームスの抵抗が映画の題材になっただろうに、本作ではジェームスへの共感の輪が広がり、だんだん多くの人がジェームスに巻き込まれていくのがとても愉快だ。
社会に適合させられそうになる映画は過去にもあった。名高いところでは、『カッコーの巣の上で』(1975年)や『時計じかけのオレンジ』(1971年)あたりが挙げられよう。
ただ、それらの映画が社会的・政治的メッセージを帯びていたのに対し、本作はもっと個人的な、趣味・好みといった次元の問題を取り上げている。
スクールカーストでいえば、社交性に乏しく、趣味の世界に入り込んでるジェームスは、カースト下位層の「ナード」に位置づけられよう。スクールカーストの上位には外交的でスポーツが得意な「ジョック」と呼ばれる男性や「クイーンビー」と呼ばれる女性たちがいる。ジョックとは、2010年代の日本で「リア充」と呼ばれる層に相当しよう。
このカーストは強固なものだったようで、過去、多くの映画において、主人公(ヒーロー)はスポーツマンタイプの肉体派が務め、室内で趣味に没頭する内向的な人物は脇役に甘んじていた。映画を作る上で、その内容を社会の認識に一致させるのは当たり前の配慮だし、映画をヒットさせるには「リア充」たる層を呼び寄せるデートムービーとしての役割も求められるだろうから、これはとうぜんの設定だろう。
一方で、ナード出身の監督がナードの観客に向けた映画では、ジョックへの恨みが爆発し、たとえばホラー映画などではチャラチャラした若者が真っ先に殺されるのが定番だった。

STEM教育(Science, Technology, Engineering and Mathematicsを重視した教育)の推進や、非ジョック出身者の社会的成功等もあって、学生に求められることの優先順位が変わってきているのだろうか。
本作には、パーティー会場に入り込んだジェームスが、うっかりジョックやクイーンビーとおぼしき男女に話しかけてしまう場面がある。このときは、映画好きのスペンサーがすかさず助けに入り、「あいつらバカだから」と云ってジェームスを引き離した。その後、二度とジョックたちが出てくることはない。ジェームスたちはジョックと対立するでもなく、ジョックに屈せず頑張るのでもなく、もはや彼らなど眼中にないのだ。世の中にはいろいろな人がいるのだから、上とか下とか関係なく、各人が好きなことをしていればいい。
スクールカーストの厳格さと、映画好きな連中の惨めさを冷徹に描いた2012年の日本映画『桐島、部活やめるってよ』の世界とはたいへんな違いだ。
『ブリグズビー・ベア』を好きなジェームスは、その性向を変えなくても周りに受け入れられた。受け入れられるどころか、彼の映画作りは多くの賛同を得て、称賛された。
今の社会に起こりつつある変化は、かくあるべきなのだろう。
だからこそ、まずは映画『ブリグズビー・ベア』を作ったデイヴ・マッカリーとケヴィン・コステロとカイル・ムーニーと関係者の方々を、全力で称賛したい。
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監督/デイヴ・マッカリー 原案/カイル・ムーニー
脚本/ケヴィン・コステロ、カイル・ムーニー
出演/カイル・ムーニー マーク・ハミル クレア・デインズ グレッグ・キニア ジェーン・アダムス マット・ウォルシュ ミカエラ・ワトキンス ライアン・シンプキンス ホルヘ・レンデボルグ・Jr アンディ・サムバーグ
日本公開/2017年6月23日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

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赤ん坊の頃に誘拐され、偽の両親のもとで彼らが制作した教育番組「ブリグズビー・ベア」だけを見て育った25歳の青年が、初めて外界に出たことから巻き起こる騒動を描いたコメディドラマ。スタッフ・キャストにはテレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」のチームが集結。ジェームスの育ての父親テッドを「スター・ウォーズ」シリーズのマーク・ハミル、カウンセラーのエミリーを「ロミオ&ジュリエット」のクレア・デーンズ...
「ブリグズビー・ベア」
自分の好きなことに共鳴してくれる他人が現れるのって、すごい幸運じゃない?