『バリー・シール/アメリカをはめた男』 主演は断然トム・クルーズ

バリー・シール アメリカをはめた男 ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray] トム・クルーズが悪漢を演じるとは!
 観客がそう驚くのを見越した配役なのであろう。トム・クルーズといえば、『ミッション:インポッシブル』シリーズのヒーローや、『ジャック・リーチャー』シリーズのヒーローや、『オブリビオン』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』等のヒーローや、とにかくヒーローやカッコイイ役を数多く演じてきた俳優だ。そのトムが麻薬まみれの(文字どおり頭から麻薬を被った)犯罪者に扮するのだから、意外性はたっぷりだ。

 『バリー・シール/アメリカをはめた男』でトム・クルーズが演じるのは、実在した天才パイロット、バリー・シールだ。彼は航空会社で旅客機のパイロットを務めていたが、類まれな腕を見込まれてCIAにスカウトされる。米国に敵対する中南米の国々に潜入し、航空写真を撮るように要請されたのだ。破格の報酬と、高度な操縦テクニックを持つ彼にしかできないことに惹かれて、シールはこの任務を引き受ける。ここからバリー・シールの非合法な職業人生がはじまった。

 やがて、CIAからパナマの独裁者・ノリエガ将軍に向けた物資の運搬もこなすようになったシールだが、抜群の操縦テクニックで国境も地形もものともせずに飛び回る彼の活躍は、別の組織からも目を付けられた。コロンビアの麻薬カルテル「メデジン・カルテル」である。組織を率いる麻薬王パブロ・エスコバルは、ノリエガ将軍に荷物を渡して空っぽになった帰路の飛行機にコカインを積んでいけとシールに命じた。これを引き受けたシールは、CIAからの報酬と麻薬密輸の上がりでみるみる財を成していく。
 さらにCIAの要請で、彼はニカラグアの反政府勢力「コントラ」へ武器を輸送した。米国の期待に反して、コントラに本気で政府を倒すつもりがないことに気づいたシールは、コントラに持たせても無意味な武器を横流ししはじめる。

 CIAはシールにどっさり武器を持たせる。武器を運んだシールはコントラではなく武闘派麻薬カルテルに渡して大儲け。帰路にはカルテルから託されたコカインを満載して米国へ戻りまた大儲け。CIAからは報酬をたんまり貰う。
 こうしてバリー・シールは金の使い道に困るほどの大金持ちになり、あちこちに寄付しまくって地元の名士に納まった。当時シールが稼いだ金は9,700万ドル(約220億円)といわれている。[*]
 なんともふざけた話である。本作は、1980年代に実際にあった出来事に、疑惑としてささやかれたこと等を織り交ぜてこしらえた物語だ(ダグ・リーマン監督は、本作を「真実に基づいた楽しい嘘」と説明している)。

 ここまで読んで気づいた方もおられるだろう。邦題の副題『アメリカをはめた男』は正しくない。バリー・シールはアメリカ合衆国をはめようと悪巧みをしたわけではないからだ。
 シールに違法な偵察飛行を依頼したのはCIAだし、大量の武器を違法に運ばせたのもCIAだ。シールを脅してコカインを運ばせたのは麻薬カルテルだし、シールが運んだ武器を戦いに使わなかったのはコントラだ。
 トム・クルーズが演じるバリー・シールは、ただ請われるままに飛行機を飛ばしてるだけなのだ。

 インタビュー[*]に答えたダグ・リーマン監督の言葉が面白い。
 「僕がこの映画を大好きな理由は、決して麻薬ビジネスの話ではないことだ。バリーにとっては、自分がなにを載せて飛んでいるかはどうでもいいこと。彼は荷物の重量しか気にしていない。もしCIAが彼の飛行機に銃を積みたがっても、麻薬カルテルがコカインを積みたがっても、バリーはそれで構わないのさ。」

 本作のカラーを明確にする上で、主人公をトム・クルーズが演じることは決定的に重要だった。
 他の俳優が演じたらバリー・シールは悪人に見えたことだろう。CIAを欺き、麻薬を密輸し、武器を横流しして大金をせしめる男は、普通に考えれば悪人だ。
 けれども本作を観れば、バリー・シールを悪く描く気がないことは明らかだ。監督の言葉からも、シールを陽気な飛行機バカとして描くつもりだったことが判る。
 そして、どんなに悪事を働いても、それがどんなに重い犯罪行為でも、ちっとも悪い奴に見えず、陽気な兄ちゃんのイメージで押し通せる俳優といえば、世界広しといえどもトム・クルーズしかいまい。

 本作は、徹頭徹尾、犯罪行為がモチーフであり、まぎれもなく犯罪映画だ。にもかかわらず、犯罪者のはずのバリー・シールを悪人らしく描かないとすれば、本作は何を描いているのだろうか。


Ost: Amercan Made Import すべては本作の原題が物語っている。
 『バリー・シール/アメリカをはめた男』の原題は『American Made』、すなわち「アメリカ製」だ。
 バリー・シールの非合法な人生を切り開いたのは政府、コントラのようなやる気のない組織に大量の武器を与えようと考えたのも政府、シールの麻薬密輸を見逃して増長させたのも政府だ。さすがのシールも逮捕はされるが、彼に利用価値ありと認めた政府はすぐさま解放してしまう。シールが世界を股に掛けた犯罪を行い、米国を麻薬禍に陥れ、犯罪組織に武器を渡して武力闘争を激化させたのも、みんなみんな元はと云えば政府が悪い。

 CIAの実態をまとめた『CIA秘録』を読むと、CIAのバカさ、へっぽこぶりに情けなくなるが、その雰囲気を物語仕立てで再現したのが本作なのだ。ここで描かれるのは、犯罪を取り締まり治安を維持すべき政府機関が雁首揃えながら、合成の誤謬で結果的に犯罪者を支援することになってしまう情けなさだ。
 国際的な悪事、紛争が、米国政府の間抜けさゆえに起こっているというのだから、原題『American Made(アメリカ製)』の皮肉は痛烈だ。

 本作の監督ダグ・リーマンは、実話に基づいた『フェア・ゲーム』でCIA、ひいては政府の無能と怠慢をシリアスなタッチで描いていた。本作ではコミカルなタッチに変えたものの、政府の無能と怠慢を描くことには変わりない。そこに共通するのは、徹底した批判精神に他ならない。

 ただし、本作を特徴づけるのは、政府の無能と怠慢を嘆いたり怒ったりするのではなく、おちょくってしまおうという姿勢だ。コミカルなタッチにもかかわらず本作が楽しく笑える映画になっていないのは、本作のやっているのがおちょくりだから。政府をとことんおちょくりながら、これもまた我が国の実態なのだと観客に認識させている。
 「批判」には、悪いところを直視して良くしようとする前向きな意欲があるが、「おちょくり」の背後にあるのは、もはや良くならないという諦観だ。それでも敢えて政府をおちょくるメリットは、さすがに誰もおちょくりの相手を頼りにしようとは思わなくなることだろう。政府が社会の実態を正確に把握し、的確な施策を打ってくれるだろうなんて期待する気が失せてしまう。

 役人が立てる作戦は、しょせんは社会主義国の経済政策のようなものだ。それは間違いと失敗の連続で、間違いを正す力も働かない。
 本作が示すのは、政府のやることなんてどれもこれも裏目に出て、かえって国民の利益を損なってしまうという教訓だ。それは同時に、国民一人ひとりがしっかりしようという呼びかけでもある。

 映画は、米国政府が性懲りもなく「イラン・コントラ事件」として知られる作戦に乗り出すところで終わる。
 イラン・コントラ事件――この大スキャンダルによって、米国政府は国交を断絶していた敵対国のイランに武器を供給し、イランと戦争中の友好国イラクを危機に陥れていたこと、さらに"やる気のない"コントラに資金援助をしていたことが世界に知れ渡るのである。
 もう笑うしかないではないか。


[*] 月刊シネコンウォーカー No.142/2017年10月14日発行


バリー・シール アメリカをはめた男 ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]バリー・シール/アメリカをはめた男』  [は行]
監督/ダグ・リーマン(ダグ・ライマン)
出演/トム・クルーズ ドーナル・グリーソン サラ・ライト・オルセン ジェシー・プレモンス ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ アレハンドロ・エッダ マウリシオ・メヒア
日本公開/2017年10月21日
ジャンル/[アクション] [犯罪] [コメディ]
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【genre : 映画

tag : ダグ・リーマン ダグ・ライマン トム・クルーズ ドーナル・グリーソン サラ・ライト・オルセン ジェシー・プレモンス ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ アレハンドロ・エッダ マウリシオ・メヒア

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No title

なんだってえ、「アメリカン・メイド」って題名なのに、アメリカ人のちょっとHなメイドさんが出てくる映画じゃないんだってえ?

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
私はてっきり亡くなったアメリカ人を探して黄泉の国を巡る「アメリカン冥途」かと思いました。
Secret

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