『空飛ぶタイヤ』 三菱自動車 横浜タイヤ脱落母子死傷事故

「空飛ぶタイヤ」オリジナル・サウンドトラック Soundtrack 【ネタバレ注意】

 『空飛ぶタイヤ』は、三菱自動車が起こした数々の事件・不祥事の中でも、とりわけ痛ましい出来事の一つ、2002年の横浜母子三人死傷事故を題材にした作品だ。
 1992年から2004年のあいだに、タイヤハブ破損によって大型車のタイヤが脱落する事故が51件(脱落に至らなかったハブ破損事故を含めると57件)も発生したが、三菱自動車は整備不良と主張し続けていた。そんな中で、母子三人が死傷する悲劇が起きた。

 本作に登場する自動車メーカーの社名は「ホープ自動車」だが、ブランドカラーが赤いことや財閥系の企業であること等、三菱自動車の実話がモデルであることはありありとしている。
 池井戸潤氏の同名小説の映像化は、2009年のWOWOWでのテレビドラマに続いて二度目である。スポンサーに気兼ねなく作れる有料放送や映画ならではの作品といえようか。

 本作の主人公は、長瀬智也さんが演じる中小運送会社の社長、赤松徳郎。私が密かに現代の三船敏郎と目している長瀬智也さんだけあって、中小運送会社の熱血社長を実に力強く、それでいて人間臭い好漢として演じている。
 トラックのタイヤ脱落事故の原因が自社の整備不良にあるといわれ、警察に踏み込まれた上に、世間から批難され、銀行には融資を止められて、絶体絶命のピンチに陥りながら、自社の従業員に落ち度がないことを立証しようと歯を食いしばって闘う赤松社長の姿には、人間の尊厳とは何なのかを教えられる。


空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫) その闘いはとても見応えがあるのだが、本作の魅力はそれだけではない。
 赤松社長の闘いが表から事件に迫るものだとすれば、裏から迫るのが、もう一人の主人公というべきホープ自動車の販売部カスタマー戦略課長沢田悠太だ。ディーン・フジオカさん演じる沢田課長は、赤松社長とは対照的に大企業の歯車の一人として行動する、クールで理知的な人物として描かれる。
 当初は赤松社長をうるさいクレーマー程度に考え、追い払おうとしていた沢田は、ふとしたことから品質保証部の動きに疑問を持ち、車両製造部課長の小牧、品質保証部係長の杉本とともに、事件の真相に切り込んでいく。

 自分の属する集団に誇りを抱き、外部の誹謗中傷から自分たちの「共同体」を守るつもりだった沢田が、もしかしたら悪いのは自分たちのほうではないか、外部の人間の云うことに耳を傾けるべきではないかと考えを改めていく過程が見ものである。

 本作は三菱自動車をモデルにした自動車メーカーが舞台だが、このような問題は私企業に限らないだろう。人間だれしも身内が可愛い。自分が属する集団は立派で正しく、尊敬される存在であって欲しい。それが企業でも、学校でも、地域の共同体でも国家でも、抱く思いはみな同じだ。
 けれども世の中には、完璧で一点の曇りもなく、まったく変化の余地のないほど完成された集団なんてありえない。
 もしも集団に、そのやっていることに、誤りが、欠陥があったらどうするのか。

 ホープ自動車の常務取締役、狩野威(かのう たけし:三菱自動車の副社長で三菱ふそうトラック・バス株式会社の会長だった宇佐美隆(うさみ たかし)がモデルであろう)がとった手段は隠蔽だった。欠陥を揉み消し、外部からの指摘は突っぱね、あくまで自分たちは正しいと云い張った。
 従業員の大多数は欠陥があることなど知らないから、自分たちこそ正しいと信じるし、外部のクレーマーは迷惑な存在としか思わない。どうせ金目当ての云いがかりだろうぐらいにしか考えないのだ。
 彼らにとって、自分たちが正しいと主張することが愛社精神なのだろう。

 それだけに、品質保証部係長の杉本のセリフは印象的だ。「私はホープ自動車が好きなんです。だから黙っていられなかった。」
 彼はホープ自動車を愛するがゆえに、欠陥を認めて、誤りを正し、二度と同じ過ちを繰り返さない集団になって欲しかった。会社が嫌いなのではない。憎いのでもない。好きだからこそ、多くの人が知らない、あるいは目をつぶりたくなる欠陥を白日の下にさらし、社会に対して胸を張れるようにきちんと対処したかった。

 本作は、集団内部の告発者の苦悩と、集団の残酷さにスポットライトを当てている。
 内部のある者は正々堂々と告発文を発信し、組織に善処を求めた。ある者は情報を外部にリークして、外圧で組織を変化させようとした。いずれも悩み抜いた末の行動だが、その結果として彼らは懐柔策を提示されたり、組織の中で疎んじられたりする。
 自分の行為で組織が傷つくかもしれないし、組織の一員たる自分もただでは済まないかもしれないのだ。それでも告発すべきなのか、できるのか。組織を、共同体を愛するとは何なのか。


【映画パンフレット】空飛ぶタイヤ 三菱自動車では、2000年に23年間にわたるリコール隠しが発覚し、2004年には1996年から続いた別のリコール隠しが発覚し、2012年には2005年からリコールを引き延ばしていた事案が発覚し、2016年には25年にわたって燃費データを偽装し続けていたことが発覚した。
 2004年のリコール隠しの発覚後、三菱商事から転籍して三菱自動車の再建に取り組んだ益子修CEOは、2016年の燃費不正事件を振り返り、会社の弱点について次のように述べている。
---
 会社というのは面白いもので、問題の原因が自分の中にではなく外にある場合、ものすごい力を発揮します。
 私自身も実際に体験してみて分かったことですが、リーマンショックや東日本大震災、タイの洪水、円高……。この10年間で本当にたくさんの危機に直面してきましたが、いずれも一致団結して乗り越えることができました。
(略)
 でも会社というものは、自分で自分の問題を解決するのはものすごく弱い。
(略)
 社内調査で私自身、(燃費不正を起こした)何人もの社員にインタビューをしました。そこで「ああ、そうか」と思ったのは、ある社員にこう言われた時です。「益子さんは、先輩から『これ(燃費の測定方法)はこういうふうにやるんだぞ』と言われて、『それは本当に法規に適合したやり方ですか?間違ってないですか?』と指摘できますか?」と。
(略)
 事を荒立てたくない。今やっていることを否定したくない。事なかれ主義。こうした考え方を生んでいたのが、MMC(三菱自動車:引用者注)の中で長い時間をかけて形成されてきた「たこつぼ文化」だったのではないかと思います。若い時から「上司には『できない』ではなく『答え』を持ってこい」と教育されてきたと聞いています。

 このこと自体は全面否定できません。部下が常に「できない」と言っていたら、何も進歩しませんから。ただ、「工夫して答えを探してみなさい」は分かるけど、「できないとは絶対に言うな」になってしまうのが良くなかった。
---

 益子CEOは会社について述べているが、他の組織でも同様のことが云えるだろう。
 競技会では大活躍する強豪チームが、チーム内のハラスメントに関しては長いあいだ手を打てずにいた話など、しばしば報じられるところだし、行政機関等には自分で自分の問題を解決できない例がゴロゴロしているだろう。


 だが、ことを荒立てなければ平穏にやり過ごせるほど世の中は甘くない。
 三菱自動車がリコールを隠しているあいだに、横浜では若い母親が、山口ではトラック運転手が死亡するなど、痛ましい事件が続発した。
 「欠陥のあるクルマは動く凶器だ。それを放置することは犯罪だ。」
 劇中のセリフが耳に残る。

 本作では、ホープ自動車を指して「財閥系だ」「相手が大きすぎる」と表現されたが、あくまで赤松運送と比較してのことであって、実際にはこんな組織が巨大企業として存続できるはずがなかった。もともと完成車メーカーとしては小規模だった三菱自動車は、2016年の燃費不正事件をきっかけに三菱グループとは関係のないルノー=日産アライアンスに買収された
 自分たちが間違っている、そう認められない者の末路であった。


 さて、映画を作るには多くの人や組織の協力が必要だ。
 本作のエンドクレジットには、多くの協力先の名前が並ぶ。
 取材協力、衣装協力、撮影協力等々の会社の中に、もしも三菱自動車の名前があったなら、あぁ三菱自動車は過去を冷静に客観視できるようになり、本当に生まれ変わったんだなと、感心されたに違いない。


「空飛ぶタイヤ」オリジナル・サウンドトラック Soundtrack空飛ぶタイヤ』  [さ行]
監督/本木克英  脚本/林民夫
出演/長瀬智也 ディーン・フジオカ 高橋一生 深田恭子 岸部一徳 笹野高史 大倉孝二 寺脇康文 ムロツヨシ 中村蒼 小池栄子 阿部顕嵐 和田聰宏 升毅 佐々木蔵之介 谷村美月 浅利陽介
日本公開/2018年6月15日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス]
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【theme : ヒューマン・人間ドラマ
【genre : 映画

tag : 本木克英 長瀬智也 ディーン・フジオカ 高橋一生 深田恭子 岸部一徳 笹野高史 大倉孝二 寺脇康文 ムロツヨシ

⇒comment

No title

「空飛ぶタイヤ」というタイトルに違和感があります。何か明るい気がしてしまう。「空飛ぶ」というキーワードが明るいイメージなのか。ここでの「空を飛ぶ」は「脱輪」だからネガティブな内容なのだけど。

そう言えば車を擬人化した「仮面ライダードライヴ」の必殺技は脱輪だったような気がする。やばいじゃん。

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
『空飛ぶタイヤ』、とても秀逸な題名だと思います。
おっしゃるとおり、「空飛ぶ―」は明るく楽しいイメージです。ところが、続く言葉が飛ぶはずのない「タイヤ」。なんとも不思議な、面白そうな題名に惹かれて見てみると、飛ぶはずのないもの、飛んではいけないものが飛んだことによる大いなる悲劇が待っている。この落差が、本作を一層印象深くしています。

ありえないことを題にした作品には『沈まぬ太陽』がありますが、あの作品が重々しい題が示すとおりの重い内容だったのに比べ、本作は題と内容のギャップが著しいのがミソですね。
Secret

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