『万引き家族』 インビジブル ピープルを巡って

万引き家族【映画小説化作品】 【ネタバレ注意】

 「血のつながりについて、社会について、正しさについて、10年くらい自分なりに考えて来たことを全部この作品に込めようと、そんな覚悟で臨んでいます。」
 『万引き家族』の制作に当たって、是枝裕和監督は語った。

 たしかに、『万引き家族』にはこれまで是枝監督が考えてきたこと、過去の作品で描いてきたことが詰め込まれ、同監督の集大成といえる。
 本作が描くのは、小さな一軒家に同居する「祖母」「父」「母」「母の妹」「息子」「娘」の六人家族だ。一家が家族ぐるみで犯罪に手を染めているような宣伝・紹介記事が目につくから念のために記しておくと、「父」治は建設現場の日雇い労働者だ。「母」信代は洗濯工場で、「その妹」亜紀は風俗店で働いている。いずれも一家を養うような収入ではなく、みんなが当てにしているのは「祖母」初枝の月六万円の年金だ。
 治は「息子」祥太に万引きの技を仕込み、その技で家族の日用品を賄っている。『万引き家族』という題名の由来の一つはここにある。

 物語は、この家族に「娘」ゆりが加わるところからはじまる。親に虐待され、ネグレクト(育児放棄)に近い状態で放置されていた幼女を見かねた治と信代は、幼女を拾って面倒みることにした。
 彼ら六人は、誰一人として血の繋がりがない。結婚も養子縁組もしていない。だから、法律上は家族ではない。成り行きから身を寄せ合い、「父」や「母」や「祖母」のように振る舞っているだけだ。その点で蝶野博監督の『at Home アットホーム』に近いけれど、あの映画の家族ほど結束力もなければ、それぞれの役割を理想的に演じているわけでもない。祥太少年は、いまだに治を「お父さん」と呼ぶことができない。本作の家族は、お互いに悪口も云えば、隠しごともする。法的に認められないことを除けば、これこそ普通の家庭だろう。

 これまでも是枝監督は、家族というボンヤリしたものの輪郭を描こうとしてきた。治と祥太のように、父と息子が血の繋がりの有無を気にして戸惑う物語は『そして父になる』で描き、籍が入ってなければ家族じゃないのかという疑問は、離婚した夫婦とその子供を題材にした『奇跡』や『海よりもまだ深く』で取り上げた。
 また、『誰も知らない』ではネグレクトの果てに貧困状態に追い詰められた子供たちを描き、『三度目の殺人』では親に虐待されている子を赤の他人が"保護"したら罪なのかを問うた。
 『海街diary』は、不倫に走った父が不倫先の女性とのあいだに設けた娘と、彼女を迎え入れる三姉妹の話だが、これは「妹」の亜紀――「祖母」初枝を捨てて不倫に走った男が後妻とのあいだに設けた子供の娘――の設定に通じる。『海街diary』の四姉妹の父は同じ男だが、本作はさらに進めて、前夫の孫――血の繋がりはまったくない――を家族として迎え入れる。

 『万引き家族』という題名のもう一つの意味は、おそらくこの家族の成り立ちにある。
 遠い昔に夫に捨てられ、孤独に死んでいくしかなかった初枝は、夫を奪った女の孫・亜紀を、亜紀の本当の家族には黙って自分の"家族"にしてしまった。亜紀は、妹さやかのような"いい子"ではなかったから、本当の家には居場所がなかったのだ。治は、信代の夫を殺して信代を自分のものにした。そして治と信代は、パチンコ店の駐車場のクルマに放置されていた男の子を連れてきて、祥太と名付けた。さらに今度は幼女まで連れてきた。
 誰も彼も本来の家族――血が繋がっていたり、法律上家族とみなされる者――が他にいたにもかかわらず、初枝の家で家族になった。本来の家族から見たら、盗まれた、奪われた者たちだ。他の家から万引きしてきた家族、それが初枝の家に暮らす者たちだった。


万引き家族「オリジナル・サウンドトラック」 愛情の有無、血の繋がりの有無。それが家族にとって何なのか。どのような意味を持つのか。これまで是枝監督が作品を通して考えてきたそれらのことが、本作には全部込められている。
 そしてもう一つのもの、愛情でもなく血の繋がりでもなく、もしかしたらそれら以上に大切かもしれないもの、「お金」を巡って本作は展開する。
 「きっかけは、死亡通知を出さずに親の年金を不正に貰い続けていた家族が逮捕された事件に触れたことでした。他人から見たら嘘でしかない『死んだと思いたくなかった』と言う家族の言い訳を聞いて、その言葉の背景を想像してみたくなりました。」[*1]

 是枝監督が最初に思いついたのは、「犯罪でしかつながれなかった」というキャッチコピーだったという。[*2]
 本作の家族は、万引き窃盗を是としながらも、まがりなりにも働いていた。だが、治が建設現場の怪我で働けなくなり、信代は洗濯工場を解雇され、いよいよ初枝の年金だけが頼りになる。

 「作っている感情の核にあるものが喜怒哀楽の何かと言われると、今回は"怒"だったんだと思います。」と監督がいうように[*2]、そこには世間の冷たい仕打ちがある。

 怪我をしても労災保険が給付されると思った治は、はじめのうちこそ働かずに金がもらえるとのんびり構えていた。けれども労災保険はおりず、そのことは彼を窃盗行為に追いやった。病気で働けないのに公的手当が支給されず、生活に行き詰る労働者を描いて、本作同様カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞した『わたしは、ダニエル・ブレイク』を思わせる内容だ。

 洗濯工場の経営者は、信代と同僚の二人を呼び出した。どちらをクビにするか二人で話し合えというのだ。本来は労働者同士で団結し、経営者に対して地位の保全を求めるべきなのだが、どちらをクビにするか話し合いだした瞬間に、二人のあいだに対立が生じてしまう。同僚を解雇するか否かを従業員に投票させる映画『サンドラの週末』を思わせる、経営者の卑劣なやり口だ。だが、労働組合のない小さな洗濯工場ではいかんともしがたく、信代は仲が良かった同僚によって辞めさせられてしまう。

 こうして世間によって追いつめられた果てに、初枝が死ぬ。初枝の死亡通知を出せば、老齢年金の支給は止まる。

 「年金詐欺を働いていたり、親が子どもに万引きを働かせていたり、そういった事件が報道されるとものすごいバッシングが起きますよね。」本作を思いついたきっかけに関連して、是枝監督はそう語る。「当たり前ですけど、悪いことをしていたんだから。でももっと悪いことをしている人が山ほどいるのに、それをスルーしておいて、なぜ小さなことばかりに目くじらを立てるんだろうって。」[*2]

 "他人から見たら嘘でしかない「死んだと思いたくなかった」と言う家族の言い訳"……この家族にとって、死とは何だったのか。何を認めたくなかったのか。
 愛する者の死を受け入れられない、死亡手続きをするのが辛い。死者への愛情が深ければ、そういうこともあるだろう。だから是枝監督は、あえて血縁でもない、法的には家族ですらない本作の六人を設定した。外見的にはこんな言い訳が出そうもない家族を用意して、彼らが老婆の死を隠してまで守ろうとしたものを浮き彫りにする。
 本作を観れば、観客誰しも彼らの暮らしがいつまでも続いて欲しいと願うはずだ。信代とゆりが親に虐待された痕を見せっこする光景や、治が男の子の名前を自分の本名"祥太"にして、祥太少年が父親に愛される状況を演出しようとする涙ぐましい姿など、胸が締めつけられるシーンでいっぱいだ。

 映画の終盤、死体遺棄の罪に問われた信代は云う。「捨てたんじゃない。拾ったんです。捨てた人っていうのは他にいるんじゃないですか。」

 


誰も知らない (是枝裕和監督メッセージカード(全1種共通) 付) [Blu-ray] 年金の不正受給事件から着想した本作は、巣鴨子供置き去り事件を題材にした『誰も知らない』(2004年)以来の、怒りを込めた作品だという。
 「『歩いても 歩いても』(08)で自分の身の回りのモチーフを切実に、狭く深く掘るという作業を行ってから、『海よりもまだ深く』(16)までそれを続けてきて、なるべくミニマムに、社会へ視野を広げずに撮ってみるという考え方をいったんひと区切りさせたんです。だからもう一度立ち返ったということじゃないでしょうか、原点に。」[*2]

 是枝監督のこの言葉からは、二通りの作品群があるように受け取れる。一つは『歩いても 歩いても』から『海よりもまだ深く』に至る「自分の身の回りのモチーフを切実に、狭く深く掘る」映画。もう一つは『歩いても 歩いても』より前の『誰も知らない』(2004年)や、『海よりもまだ深く』より後の『三度目の殺人』(2017年)そして本作(2018年)のような「社会へ視野を広げた」映画だ。
 たしかにこの二通りに分けられるのだろうが、それとは別に、『歩いても 歩いても』も『海よりもまだ深く』も、そして『誰も知らない』も『三度目の殺人』も本作も含めた括り方があると私は思う。そこには、『歩いても 歩いても』(2008年)と『海よりもまだ深く』(2016年)のあいだに発表された『そして父になる』(2013年)やテレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(2012年)も入る。


 その"括り方"とともに、是枝監督の「怒り」について考えてみたい。
 是枝監督がインタビュー[*2]で「怒りで作られたものはやはり強いんです。喜怒哀楽の中の怒で作っているものが、僕の中で何作かありますが、それは結果的に強い作品になっている」と述べているように、本作を含めた幾つかの作品からは監督の強い憤りが伝わってくる。その作品を観る者もまた、怒らずにはいられないだろう。では、監督の怒りは誰に向けられたものなのだろうか?
 政府だろうか? 社会だろうか? 世間だろうか? そのいずれでもあるだろうが、是枝作品はそんな漠としたものへの怒りで成り立っているのだろうか。

新・日本の階級社会 (講談社現代新書) 橋本健二氏はその著書『新・日本の階級社会』において、日本が五つに分かれた階級社会に突入したと述べている。[*3]
 その階級とは、資本家階級、新中間階級、旧中間階級、正規労働者、アンダークラスだ。それぞれの階級に顕著な特徴は次のとおり。

 ・資本家階級:経営者・役員、女性は少ない
 ・新中間階級:被雇用の管理職・専門職・上級事務職
 ・旧中間階級:自営業者・家族従業者
 ・正規労働者:被雇用の事務職・販売職・サービス職・その他マニュアル労働者
 ・アンダークラス:非正規労働者(パート、アルバイト、派遣社員)、女性が多い(パート主婦は含まず)、未婚者が多い

 かつて最下層だった労働者階級は、収入が安定した正規労働者の階級と、不安定な非正規労働者のアンダークラスに分かれ、今ではアンダークラスが日本の最下層に位置している。

 ここで注目すべきは新中間階級だ。就業人口の20.6%を占める新中間階級は、「教育水準が高く、情報機器を使いこなし、収入もかなり多く、豊かな生活をする人々」で、「資本家階級以外の他の階級に比べれば明らかに恵まれており、いまある格差の構造のなかで既得権を持つ階級」である。個人の平均年収は499万円、世帯の平均年収は798万円。その程度の収入は「かなり多い」とは云えないという意見もあるだろうが、旧中間階級の平均個人年収が303万円、アンダークラスの平均個人年収が186万円の今の日本では、とても多いほうなのだ。

 彼らは、「日本では以前と比べ、貧困層が増えている」と問われれば「そう思う」と答えるにもかかわらず、「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」かを問われると「とてもそう思う」と答える人がもっとも少ない層だ。彼らは「格差が拡大している事実は認めるが、現状の格差が大きすぎるとはいえない」と考える傾向にある。しかも彼らは所得再分配を支持しない傾向も強い。「理由はともかく生活に困っている人がいたら、国が面倒をみるべきだ」「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」という設問に対して、「そう思わない」と答える人が多数を占める「冷淡」な人々だ。

 どんな人が新中間階級になったかは、世代で見ると判りやすい。
 新中間階級出身者の初職をみると、1960年代生まれでは47.9%が初職時から新中間階級だが、1970年代生まれでは39.5%にまで低下してしまう。代わってアンダークラスになった人が、6.7%から12.9%へと倍増している。
 また、管理職に昇進することで新中間階級へ移動した人が加わった現職時点では、1960年代生まれの新中間階級出身者の66.9%が新中間階級になっているのに、1970年代生まれの新中間階級出身者だと49.7%しかいない。

 ひらたくいえば、新中間階級の多くを占めるのは、バブル景気の崩壊前に正社員になり、後輩を指導する機会に恵まれて、管理職になれた人々だ。バブル崩壊後だと正社員になる機会が激減する上、たとえ正社員になれても、もうほとんど新人が入ってこないので部下・後輩を指導する経験なんてなかなか積めない。

 新中間階級に分類される人の中には、自分の実力で収入や地位を獲得したと考えている人がいるかもしれないが、同世代の中では頑張ったのかもしれないが、上に挙げた数字が示すように、そもそも機会がなかった他の世代に比べればはるかに恵まれていたのだ。なのに、たまたま1960年代に生まれて既得権を得られただけでありながら、生活に困っている人、恵まれない人の面倒をみる国の仕組みが必要とは思わず、ましてそのために税金を増やされるなんてまっぴら御免と考える。そういう人々だ。

 是枝裕和監督も1960年代生まれ、1962年6月の生まれである。
 是枝監督が「自分の近いところにあるものを描くときは、登場人物の名前を"良多"にしている」とまでいうほどの、いわば監督の分身ともいえる良多たちもことごとく1960年代生まれだ。
 『歩いても 歩いても』の横山良多や『ゴーイング マイ ホーム』の坪井良多を演じた阿部寛さんは、1964年6月生まれ。横山良多は今でこそ失業中だが、医者の息子であり教育水準が高く、豊かな生活を送ってきたのだろうことは想像にかたくない。坪井良多はCM制作会社のエグゼクティブ・プロデューサーだ。陰では若手社員にバカにされているが、湾岸地域のタワーマンションに住む高給取りである。『そして父になる』の野々宮良多を演じた福山雅治さんも1969年2月の生まれ。野々宮良多は大手建設会社のエリート社員で、自分の豊かな生活と高学歴を鼻にかけている。
 是枝監督が、自分の身の回りのモチーフを切実に、狭く深く掘ろうとして登場させる分身たちは、典型的な新中間階級といえよう。
 良多だけに留まらない。『三度目の殺人』で福山雅治さんが演じたエリート弁護士重盛朋章も、勝ち続けることだけを考える自信満々の男だった。

海よりもまだ深く [Blu-ray] 『海よりもまだ深く』の篠田良多に至り、ようやく新中間階級ではない"良多"が登場する。またも阿部寛さんが演じた篠田良多は、一応定職に就いているが、小説家になる夢を追い続ける一方、ギャンブル狂いがやめられず、年金暮らしの母に金をせびるありさまだ。
 篠田良多の先にあるのが、本作の治こと祥太である。非正規労働に就きながら、初枝の年金を当てにする祥太を演じたのは、1963年11月生まれのリリー・フランキーさん。本作公開時点で55歳の是枝裕和監督と、53歳の阿部寛さんのちょうど中間に位置づく54歳だ。『空気人形』で人形の持ち主であるファミレス従業員を演じた板尾創路さんも1963年7月生まれの54歳。『誰も知らない』で、育児を放棄した母けい子を演じたYOUさんは、阿部寛さんと同じく1964年の生まれだった。

 ここまで年齢が近い俳優がキャスティングされるのは偶然ではあるまい。なにも年齢に基づいてキャストを決めてるわけではなく、監督が役者に求める人間性が、滲み出る人生経験が、同じ世代の人でなければ満たせないものなのだろう。"良多"と名乗るか否かにかかわらず、是枝監督は自分を、そして自分と同世代の人々を観察し、その生き方を描いてきたのだ。

 早稲田大学を卒業し、大手制作会社に就職してキャリアを重ねた是枝監督にとって、新中間階級の良多たちは自分にとても近い存在だろう。
 同世代の友人知人も見てきたはずだ。同じ頃に生まれ、同じ時代の息吹を浴びて育った彼ら。今では企業の要職に就いたり、専門家やリーダー的存在になっている人も多いだろう。彼らこそ新中間階級の中核だ。
 そんな彼らは、格差が拡大している事実を認識しながら、そのことを問題視していない。この程度の格差は大きすぎるとはいえないと思い、困窮する人を国が支援するような金の使い方には反対する。

 長年、恵まれた生活の中で自分の家族のことだけを考える"良多"を描いてきた是枝監督が、久しぶりに"良多"を離れてスポットライトを当てたのが、行き場がなく、身を寄せ合い、老婆の年金だけを頼りに生きる「万引き家族」だ。彼らは、普段は新中間階級の良多たちの視界に入らない人々だ。犯罪者として報道されることで、せいぜいバッシングのネタとして浮上するだけの存在だ。

 治の怪我が労災に認定されていれば、少しは助けになっただろう。信代がクビにならなければ、せめて次の働き口がすぐに斡旋される仕組みがあれば、まだましだったろう。この家族の暮らしを見て、年金詐欺はいけませんなどと云えるだろうか。正直に初枝の死を届け出ることは、年金の支給停止を招くだけではない。残った五人の生活が粉々に打ち砕かれてしまうのだ。

 この映画はフィクションだ。彼らは実在の家族ではない。だが、このようにギリギリの中で生きる人はどこにでもいるだろうし、もっとひどい境遇の人もいるはずだ。
 なのに、一方で、生まれた時代や環境のおかげで豊かな生活を送りながら、生活に困っている人がいたら国が面倒をみるべきとも、豊かな人からの税金を増やして恵まれない人への福祉を充実させるべきとも思わない人がいる。格差を知らないわけではないのに。以前と比べて貧困層が増えているかと問われれば、そう思うと答えているのに。知っているのに何もしようとしない人たち。
 それが自分の世代、自分の友人知人、自分たちなのだと自覚したときに感じるのは、怒りしかあるまい。

 是枝監督は怒っているのだ。貧困が増し、格差が拡大しているのに、平気でいられる自分たちに。要職に就いたり、リーダーとなって、事態を改善するのにもっとも適した場所にいるはずなのに、何もしない自分たちに。これまで格差が大きくなることを許し続け、これからも許しそうな自分たちに、自分に!


[*1] 「是枝裕和の新作は犯罪家族の物語 リリー×安藤サクラ×松岡茉優×樹木希林」 CINRA.NET 2018年1月5日

[*2] 公式サイトのインタビュー

[*3] 橋本健二 (2018) 『 『新・日本の階級社会』 講談社


万引き家族【映画小説化作品】万引き家族』  [ま行]
監督・原案・脚本・編集/是枝裕和
出演/リリー・フランキー 安藤サクラ 樹木希林 松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ 池脇千鶴 高良健吾 緒形直人 森口瑤子
日本公開/2018年6月8日(2018年6月2日先行上映)
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : ヒューマン・人間ドラマ
【genre : 映画

tag : 是枝裕和 リリー・フランキー 安藤サクラ 樹木希林 松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ 池脇千鶴 高良健吾

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笑顔の絶えない家族

折しも、幼い女の子が虐待の末に命を落とした事件がニュースとなり、少なくともこの映画を見に足を運んだ観客達は、鬱々としたやりきれない気分のまま、しばらくの間はこの家族のことが頭を離れないことでしょう。
心を揺さぶられる映画ではあるけれど、なんとも言えない怒りが生半可なレビューをさせない圧力をかけてきて、もやもやしてしまいます。
ナドレックさんのレビューを読んで、気持ちの持って行き場所が見つかったような気がします。
大ファンである安藤サクラさんが出ているからと映画館に足を運んだ私は、彼女が演じる信代が最後に見せた涙と笑顔に、心を持って行かれてしまいました。彼女が報われるためならと、何かができそうな気がします。

Re: 笑顔の絶えない家族

梅茶さん、こんにちは。

>生半可なレビューをさせない圧力

おっしゃるとおりですね。何かに特出した映画ならそこを褒めればいいのですが、すべてにおいて完璧な映画には言葉がありません。しかも、題材が題材です。私はブログに取り上げるのを諦めようかと思いました。
お読みいただけば判るとおり、実は映画についてはあまり語っていません。是枝監督がこの映画を撮らずにいられなかった今の環境、この時代というものを少しでも書き記しておこうと思ったのです。娯楽として消費できる作品ではありませんからね。

役者さんはいずれも素晴らしく、本年度の映画賞を総なめにするのではないかと思いますが、とりわけ安藤サクラさんには魅せられました。
是枝監督が「想像をはるかに超えて素晴らしかったので、どんな理由で彼女にオファーしたのか、もはや思い出せないんです。彼女でなければどうなっていたんだろうと思うくらい、本当に素晴らしかった」と絶賛するのももっともですね。
http://cinema.pia.co.jp/news/175034/74599/
Secret

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