『犬ヶ島』の七人の侍

Ost: Isle of Dogs CD, Import 【ネタバレ注意】

 もともと犬の映画を作りたかったのだ、とウェス・アンダーソン監督は云う。
 「ジェイソン・シュワルツマンとロマン・コッポラと僕は、当初ゴミ捨て場に捨てられた犬達を主人公に映画を作りたいと思っていた。だけど同時に日本を舞台にした映画を作りたいとも思っていたんだ。日本に関すること、日本映画への愛を示すような映画を作りたいとね。とりわけ、黒澤への愛を。この物語の舞台は、どこにすることもできたけど、でも、日本の架空の場所を舞台にした映画にしよう!ということになった。」

 捨てられた犬たちが人間に反旗を翻す『犬ヶ島』は、日本を舞台とするに相応しい。
 「地獄だ」と漏らす人がいるほど、日本の犬の惨状は痛ましいからだ。
 2016年度に殺処分された犬は一万頭以上。多くの方々の努力によって殺処分数は年々減っているが、まだまだ多い数字だ。薄情な飼い主たちのせいで、毎年多くの犬が捨てられ、殺されている。

 ゴミ捨て場だった犬ヶ島は、かつて「ゴミ島」と呼ばれていた。今では犬まで捨てられるようになったので、「犬ヶ島」と呼ばれだした、というのが本作の設定だが、このゴミの島の描写も日本らしい。
 現在は公園が整備され、人々の憩いの場となっている夢の島は、かつて悪臭漂うゴミの島として知られていた。都内から出る膨大なゴミの廃棄先だったのだ。当時の様子は、たとえば『宇宙猿人ゴリ』(後に『スペクトルマン』に改題)のゴミ怪獣ダストマンの回や、『ルパン三世』第1シリーズの最終回でのゴミの中のルパンのアジトからもうかがうことができる。


■架空の日本

 劇中、本作の舞台は20年後の日本であると説明されるが、それは映画が公開された2018年から20年後なのではなく、「60年代に考えた20年後の未来」のことであるという。
 だから、本作にはロボット犬やドローンが登場する一方で、ブラウン管の白黒テレビや草履をはいた学生のような古めかしいものが映し出される。ウェス・アンダーソン監督が「ぼくと日本とのつながりはすべて映画が出発点なんだ」と語るとおり、過去百年に及ぶ日本映画がフィルムに収めてきた光景が、すべて一緒くたになって凝縮されたのが本作の描く日本だ。1960~1970年代の日本を象徴するゴミの島が登場するのも、この作品ではおかしくあるまい。

 その他にも、作り手の日本文化への造詣の深さはいたるところに窺える。和太鼓や歌舞伎やスシやラーメン等々、日本にあるものや、かつてあったものが片っ端から並べられているのだ。現代の日本に生きる日本人には、ちょっと思いつかないごった煮感覚だ。
 「なかには、もっともな理由はないけど入れたものもある」とまでアンダーソン監督は述べている。「たとえば、相撲の場面。あの場面って、物語の展開には全く関係ないんだ(笑)。でも、どうしてもパペットをつくって動かしてみたかった。たった3秒の取組だとしてもね。」

 気が遠くなるような労力を要するストップモーションアニメーションで、物語の展開に関係ないものを入れるなんて気違い沙汰だ。同じくストップモーションアニメーションで作られた映画『ボックストロール』には、作品づくりの苦労を切々と訴える自虐ネタがあって観客の笑いを誘ったが、そんな愚痴を織り込みたくなるほどたいへんな作業なのだろう。にもかかわらず相撲の場面をわざわざ入れるのだから、「日本のありとあらゆる好きなことを網羅して、ひとつの物語に落とし込もうとしたんだ」というアンダーソン監督の熱い想いにおそれ入る。

 本作の公開に合わせて来日したとき、アンダーソン監督は「この映画の日本は僕のイマジネーションでできていて、日本の文化や日本の方々、そして何より日本の映画にインスピレーションを受けている。日本人のみんなからすると、慣れ親しんでいることと異なる部分もあるかもしれないけれど、とにかくみんなには楽しんでほしいと思っているよ。」とコメントしたそうだ。


■「最終的解決」

 映画冒頭の地図からすると、犬の根絶を推進する小林市長が治めるメガ崎市は神奈川県茅ヶ崎市に当たり、陸地がいくつも繋がった犬ヶ島は伊豆諸島を指しているように見える。

グランド・ブダペスト・ホテル だが、本作は日本の、いや世界のどこにでもありそうな話として受け止めるべきだろう。権力者の力強い演説に心酔したり、利益誘導に釣られたりして、権力者の支持者となり、不正や疑惑を解明しようとする反対派の声に耳を貸さない人はどこにでもいよう。犬たちを収容所に隔離し、さらに毒ガスで全滅させようとする小林市長の計画は、ナチス・ドイツが約600万人ものユダヤ人を虐殺したユダヤ人問題の「最終的解決」を思わせる。本作は、前作『グランド・ブダペスト・ホテル』でナチスの勢力拡大に見舞われるヨーロッパの架空の国を描いたウェス・アンダーソン監督らしい、問題意識に富んだ作品だ。

 本作は犬派の人間と反犬派の人間の対立を描いているが、小林市長ら反犬派がなぜそれほどまでに犬を根絶させたいのか、具体的な説明はない。反犬派の本性が猫派であり、この戦いが犬と猫の生き残りをかけたものであることは示唆されるものの、作り手は猫を前面に出すことを巧妙に避けている。
 それはもちろん、反犬派の存在に一定の説得力を与えつつ、『キャッツ&ドッグス』のようなあからさまな犬対猫の映画にしないためだろう。本作が取り上げているのは、他者(この場合は犬)を迫害する者たちと、彼らに同調して昨日までの友(飼い犬)を平気で差し出す人間の残酷さである。この状況はいつの時代も、地球上のどこででも起こり得るから、背後に猫がいるか否かといった特定の事情を追及するのは本作において重要ではない。


■黒澤明とウェス・アンダーソン

 『犬ヶ島』は、強大な権力を握る反犬派に対して、窮地に立った犬たちと、犬を愛する少年が立ち向かう物語だ。
 それは、ウェス・アンダーソン監督が「この作品に最も影響を与えた監督」として名前を挙げた黒澤明監督の代表作『七人の侍』(1954年)を彷彿とさせる。ゴミに埋もれた犬ヶ島――黒澤監督にはゴミだらけの街を舞台にした『どですかでん』もある――に捨てられながら優れた戦闘力で生き抜いてきた五頭の犬――五頭のグループと敵対する他のグループとが、風の中で間合いを詰める描写は『用心棒』のようだ――と、犬ヶ島へやってきた小林少年が、少年の愛犬スポッツを見つけるために旅をする。そして、五頭と一人からなる一行が、遂に小林少年と強い絆で結ばれたスポッツに会うことで、"七人"が揃うのだ。

 "七人目"となるスポッツの設定は、なんとも憎いものだ。
 『七人の侍』の七人目、三船敏郎さんが演じた菊千代は、侍のようでありながら実際は農民だった。彼はよそ者の侍と村人たちとの架け橋となり、みんなが団結するきっかけを作る。
 本作のスポッツは、島外から運ばれて捨てられた犬でありながら、島の先住犬と情を交わし、今や先住犬たちの一員となっていた。スポッツは、捨てられた犬たちと先住犬の架け橋となり、小林市長一派と戦うためにみんなが団結するきっかけを作る。

 黒澤映画の音楽を思わせる曲が多い本作だが、そのものズバリ『七人の侍』のテーマ曲が流れる場面は、たいへんに盛り上がる。

 また、犬たちとは別に巨悪を暴こうとするメガ崎高校の日刊マニフェスト部の部員たちにも注目だ。彼らは、親世代の不正を糺そうとする若者世代を描いた黒澤映画『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)の主人公たちに連なる存在だ。


■宮崎駿とウェス・アンダーソン

 ウェス・アンダーソン監督が、「この作品に最も影響を与えた監督」として挙げたもう一人は、宮崎駿監督だ。
 「宮崎映画の素晴らしさの一つは、そのディテールへのこだわりと沈黙にあるように思う。宮崎の映画には自然が描かれていて、平穏な瞬間があり、そしてアメリカのアニメ映画では普通観ることにない独自のリズムというものがある。それにものすごくインスパイアされたんだ。だから作曲家のAlexandre Desplatとスコアを作っている時に、音を抑えないといけないと思った瞬間がいくつもあった。映画が静粛を必要としていたんだ。それは、間違いなく宮崎映画からの影響なんだ。」

 このインタビューを読むと、宮崎監督からの影響は技巧的な面が大きいように感じられるが、影響はそれに留まらないだろう。小林少年やメガ崎高校の生徒たちの行いが、不正な権力者を倒すのではなく、不正をやめさせ、改心させる方向にむかっているからだ。

 宮崎監督はかつて講演で、道理にもとること、薄情なことを大人がしそうになったとき、子供なら止められるのではないかと述べている。他人にいさめられようが、懇願されようがやめない人でも、さすがに我が子に止められたら考え直すのではないか。宮崎監督は、願望をこめてそう語っている。その願いは、たとえば『崖の上のポニョ』の親子に見ることができる。

 本作の小林少年やメガ崎高校の生徒たちが挑むのは、単なる腐敗した大人ではない。自分の親や保護者であり、ついこのあいだまで犬と一緒に暮らしていた人たちだ。その親たちが自分たちの目の前で大切な仲間、家族だったはずの犬たちを殺そうとしている。少年少女は犬たちを救うとともに、そんな親たちの姿を見なくて済むように闘っているのだ。
 私はここに、宮崎駿監督の作品と共通するものを感じた。
 一方で子供たちが大人に一泡吹かせ、鼻をあかす作品もあるけれど、本作は、大人たちの道理にもとる行為を食い止めようとする点で、そのような映画より宮崎監督の作品に近い気がする。

 黒澤明、宮崎駿両監督の影響を受けたと語るウェス・アンダーソン監督だが、何よりも両巨匠から強く受け継いだのは、ヒューマニズムであろうと思う。


 なお、殺処分に関して、日本では犬よりも猫の殺処分数のほうが遥かに多いことを書き添えておく。


Ost: Isle of Dogs CD, Import犬ヶ島』  [あ行]
監督・制作・原案・脚本/ウェス・アンダーソン
原案/ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマン、野村訓市
出演/ブライアン・クランストン エドワード・ノートン ビル・マーレイ コーユー・ランキン ジェフ・ゴールドブラム ボブ・バラバン スカーレット・ヨハンソン リーヴ・シュレイバー グレタ・ガーウィグ ティルダ・スウィントン フランシス・マクドーマンド F・マーレイ・エイブラハム 渡辺謙 ハーヴェイ・カイテル オノ・ヨーコ 野村訓市 伊藤晃 夏木マリ 山田孝之 松田翔太 松田龍平
日本公開/2018年5月25日
ジャンル/[アドベンチャー] [ファンタジー] [SF]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : ウェス・アンダーソン ブライアン・クランストン エドワード・ノートン ビル・マーレイ コーユー・ランキン ジェフ・ゴールドブラム ボブ・バラバン スカーレット・ヨハンソン リーヴ・シュレイバー グレタ・ガーウィグ

⇒comment

No title

ちょっと映画から離れてしまうのだけど、

職場に「ビッグコミック・オリジナル」が置いてある事から知ったマンガ「しっぽの声」が、今、ちょっと凄いです。連載中のは今、殺処分ゼロを行った行政による飼育崩壊とかが描かれてます。善意が仇になるのは本当ドラマとしてキツイ。

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
注目すべきマンガをご紹介いただき、ありがとうございます。ネットの試し読みで第一話を読み、「これは!」と思って急いで単行本を買いました。
マンガ制作に協力している杉本彩さんの本も買いました。杉本彩さんの活動はブログや主催団体のWebサイトで存じてはいましたが、本は読んだことがなかったので。
まずは『しっぽの声』を読み進めていますが、胸が潰れそうです。
Secret

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