『スリー・ビルボード』 アメコミファンに捧ぐ
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And still no arrests? (まだ犯人は捕まらない?)
How Come, Chief Willoughby? (どうして、ウィロビー署長?)
しんどい映画だ。
娘をレイプされ殺された母の怒り。その母の怒りをぶつけられる警察官たちの怒り。警察官を失う妻の怒り。差別される小人や有色人種の怒り。『スリー・ビルボード(三つの看板)』は、怒らずにいられない出来事の連続だ。
その怒りは共感を伴う。怒りの原因が、誰もが感化されそうな怨みつらみにあるからだ。娘が襲われ殺さたなら、怒る気持ちは痛いほど判る。不道徳な警察官に一方的に殴られたり、その現場を目撃したら、激しい憤りを覚えるはずだ。だから観客は怒る主人公に、登場人物たちに思い入れ、一緒になって怒りを覚える。
怒りにはエネルギーを要するから、怒りが連続する本作を観るのはしんどい。観終わる頃にはへとへとだ。
それほどまでに共感させ、感情移入させながら、本作は同時に観客の共感を拒絶する。
同情すべき母親ミルドレッドは、あまりにも凶暴な性格で、当の娘にも嫌われていた。ミルドレッドが怒りをぶつけたエビング警察署のウィロビー署長は、紳士的で真面目な人物だった。観客は、感情移入した人物のろくでもなさを知り、袋叩きになればいいと思っていた人物の意外な面を見せられる。挙げ句の果てに、怒りをぶつける相手を間違えて、早合点から濡れ衣を着せていたことが判明する。
主人公に共感して、ともに怒りに燃え上がり、悪い奴をぶちのめすのを見てスッキリ、とはいかないから、本作は疲れるのだ。
にもかかわらず面白く観られるのは、『スリー・ビルボード』がパンチの利いたブラックコメディでもあるからだ。
虐げられた者がさらに別の者を虐げる残酷さ、滑稽さ。その皮肉な構図と絶妙なセリフの間合いが、終始笑いを誘う。
映画の舞台はミズーリ州だが、実際の看板はテキサス州の州間高速道路10号線沿いにある。英国出身のマーティン・マクドナー監督が、20年前に米国を旅した折に三つの看板を見かけたことが、本作をつくるきっかけだったという。
その看板は、1991年に亡くなったキャサリン・フルトン・ペイジの父親ジェームズ・フルトン氏が立てたものだ。怒りを込めて看板を立てたフルトン氏は、事件を解決してくれるなら感謝の看板に変えるつもりでいるそうだが、いまだその日は来ていない。
マクドナー監督はあくまでも看板にインスパイアされ、実際の事件がどういうものかは知らなかったという。
それでも、そんな看板を立てずにいられない怒りを彼は感じとった。そして、これは母の怒りだと解釈したところから、『スリー・ビルボード』の物語が生まれた。
本作で、とりわけ怒りを覚えずにいられない人物が、エビング一の乱暴者ジェイソン・ディクソン巡査だ。
もちろん娘をレイプし殺した犯人は許せないが、ディクソン巡査は事件をほっぽらかして、有色人種に暴力を振るい、いや気に入らなければ白人だろうと誰だろうと暴力を振るい、それをちっとも悪いこととは思わない、独善的でわがままで鼻持ちならない人間だ。ディクソンが広告代理店に乗り込んで、何の罪もない経営者に暴力の限りを尽くす場面は、目を背けたいほど凄惨だった。
こんな人物が警察官をやってるのだから、ミルドレッドが警察に怒るのはもっともなのだ。観客だれしもそう思うに違いない。
映画は、被害者の母ミルドレッドと暴力警察官ディクソンの対立と憎みあいを軸に展開する。
いったいなぜ、こんな人物がよりにもよって警察官になったのか。
それに関する説明はなくとも、ディクソンの持ち物から観客は察することができる。
あまりの素行不良に警察を追い出されたディクソンが、去り際に持ち出したのはマンガだった。彼にとって大事なものはそれしかなかったのだ。

マンガ好きで暴力的な人物といえば、ジェームズ・ガン監督の『スーパー!』の主人公が思い浮かぶ。あの主人公は、みずからスーパーヒーローの役を果たそうとして、悪と認定した人間を半殺しにして歩いていた。『スーパー!』は、悪(に見えた相手)を倒す喜びと、暴力を振るう快感を存分に描いた映画だった。
キャラクター物のTシャツといえば、『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』のランも思い出される。カンフー使いのランは、いつもアクション仮面のTシャツを着ているほどアクション仮面のファンだった。正義の味方のアクション仮面にならって、街の悪を退治したいと願っていた。この映画では、ランの狂った正義感が、街の人々を不幸にした。
ディクソン巡査はとんでもない乱暴者だが、彼が攻撃するのは敬愛するウィロビー署長に迷惑をかけた(と彼が認定した)人間や、母との関係をバカにした人間だ。彼の主観において、彼は正義の味方なのだ。
短絡的でマザコンで、他者とまともにコミュニケーションできない独善家のディクソンを象徴するものとして、マクドナー監督が配したのがマンガだった。
撮影するマンガを選ぶ上で、マクドナー監督はマーベルやDCのような大手の作品は出したくなかったのだという。『スーパー!』の主人公のように、少々マニアックな領域に入り込んだ人物としてディクソンを描きたかったのかもしれない。また、スーパーマンやキャプテン・アメリカのような有名なヒーローには、観客各位の思い入れや思い込みがあるから、そういったバイアスを避けたい気持ちもあったのだろう。
もちろん、マンガ好きな人間が乱暴者だったり、独善的だったりするわけではない。
マンガがしばしばヒーローによる私刑を描き、「正義」や「戦う理由」を取り上げることを思えば、マンガを手掛かりに人物を造形するのは妥当な手段といえるだろう。マンガ好きなら、このテーマにニヤリとするはずだ。
驚くのは、立場も考えも違うはずのミルドレッドとディクソンが、一周回って同じ場所に立つことだ。
悪と認定した者を容赦せず、怒りのままに暴力を振るったミルドレッド。ディクソンがしたのも同じことだ。
正義の人にも狂人にも見える彼らの姿を通して、本作は観る者に問いかける。独善的な正義を振り回して暴力を振るうのと、正義について何も考えず、あるいは考えたふりをして何もしないのと、どちらが正しいと思うのかと。
ある人はこの映画を観て、ディクソンが改心したと受け取るかもしれない。
またある人は、ミルドレッドがディクソン同様の狂気に囚われたと受け取るかもしれない。
あるいは、二人は想いを共有できたことで、もう気が済んだのかもしれない。
観客の心の中に何があるかで、受け止め方は異なるだろう。
ディクソンが着ていたTシャツが、何がしかを示唆するかもしれない。
彼のシャツに描かれていたのは『Incorruptible』。それは、悪党だった男がスーパーヒーローになる物語だ。スーパーヒーローが悪党になる物語『Irredeemable』のスピンオフである。
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監督・制作・脚本/マーティン・マクドナー
出演/フランシス・マクドーマンド ウディ・ハレルソン サム・ロックウェル アビー・コーニッシュ ジョン・ホークス ピーター・ディンクレイジ ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ ルーカス・ヘッジズ ケリー・コンドン
日本公開/2018年2月1日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [コメディ]

【theme : ヒューマン・人間ドラマ】
【genre : 映画】
tag : マーティン・マクドナーフランシス・マクドーマンドウディ・ハレルソンサム・ロックウェルアビー・コーニッシュジョン・ホークスピーター・ディンクレイジケイレブ・ランドリー・ジョーンズルーカス・ヘッジズケリー・コンドン
⇒comment
No title
旅から帰ってきた二人が、事件を裏から操っていた真の黒幕「ミルドレッドの前夫とディクソンの母」を二人がセックスしている最中に叩き殺すみたいな終わり方だとスッとしていいんだけどなあ。
Re: No title
fjk78deadさん、こんにちは。
因果応報は娯楽映画の大事な要素ですからね。映画では、いけ好かないミルドレッドの前夫とディクソンの母に何の咎めもなかったので、観客は不完全燃焼でしょうね。
必ずしも因果応報とはならない世の中をどう生きるか、というのが本作のテーマではありますが。
因果応報は娯楽映画の大事な要素ですからね。映画では、いけ好かないミルドレッドの前夫とディクソンの母に何の咎めもなかったので、観客は不完全燃焼でしょうね。
必ずしも因果応報とはならない世の中をどう生きるか、というのが本作のテーマではありますが。
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見応えがあって良い。