『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』のヒミツ

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ Soundtrack(前回「『ウォルト・ディズニーの約束』 原作者が出した驚きの条件」から読む)

 『ウォルト・ディズニーの約束』の公開後、またも実在の人物を取り上げた映画の監督をオファーされたジョン・リー・ハンコックは、二度それを断っている。だが、脚本を読んで彼は考えを変えた。そして作り上げたのが、『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』だ。

 映画が描くのは世界的なハンバーガーチェーンのマクドナルド。誰もが知るこの企業の名前が「マクドナルド」なのは、ハンバーガーレストランを考案し、営業しはじめたのがマクドナルド兄弟だからだ。ではマクドナルド兄弟とその一族は、世界的なハンバーガーチェーンの経営で成功し、富と栄光を得られたのか。
 答えは否だ。マクドナルド社の公式サイトに書かれた会社の歴史は、レイ・クロックなる人物の成功物語だ。そこにはわずかに、地方都市でマクドナルドという兄弟が効率的なレストラン運営をしていたこと、彼らが代理人を探していたことが記されている。あとはマクドナルドコーポレーションを創業したレイ・クロックが、いかに素晴らしい仕事をしたかという話ばかりだ。

 しかし、マクドナルド兄弟が本当に代理人を探してまでハンバーガーレストランをチェーン店化したいと考えていたなら、彼らはその後も創業家としてマクドナルド社にかかわり続けたに違いない。マクドナルド社とは無関係な「ザ・ビッグM」というハンバーガーレストランを細々と営むことにはならなかったはずだ。
 『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』は、画期的なハンバーガーレストランを考案し、仕事に誇りをもっていたマクドナルド兄弟が、他人にアイデアを利用され、不本意なものに作り変えられ、あろうことかマクドナルドのビジネスから追い出される過程を描いている。

 マクドナルド兄弟が考案したのは、早くて安くて手軽に食べられるレストランの運営方法だった。後にファーストフードレストランと呼ばれることになるそれは、味と品質とサービスにこだわるマクドナルド兄弟ならではのものだった。
 日本マクドナルドの創業者、藤田田氏の回顧録だったと思うが、はじめてマクドナルドの店舗を見たとき、厨房の床が濡れていないことにとても驚いたという話を読んだことがある。日本では、料理店の厨房といえば水やら汁やらが飛び散ってビショビショなのが当たり前。料理人は長靴を履いて仕事をする。ところがマクドナルドでは床が乾いており、店員が長靴を履くこともない。それを目にして、これまでにないレストランだと実感したそうだ。

 さて、1954年、マクドナルド兄弟が数店舗のレストランで堅実な経営をしていたところに、セールスマンのレイ・クロックが現れる。様々な商材を扱ってきたこの男が、ミルクシェイク用ミキサーの販売で苦戦しているときに、ミキサーを八台も買いたいと連絡してきたのがマクドナルド兄弟だったのだ。
 ここから映画は、マクドナルド兄弟と契約して巨大なレストランチェーンを立ち上げていくレイ・クロックと、地方都市にとどまってマクドナルドの名に恥じないレストランを営もうとするマクドナルド兄弟との攻防戦になっていく。マクドナルド兄弟はレイ・クロックに様々な注文をつけて、マクドナルドというレストランはどうあるべきかを説き続ける。チェーンを拡大して利益を上げたいレイ・クロックは、兄弟の細かい注文がわずらわしい。いちいち兄弟の承認を得ていたら、彼の思い描く偉大なレストランチェーンは実現できないのだ。

ウォルト・ディズニーの約束 MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray] この攻防は、『メアリー・ポピンズ』の世界を厳密に守るように注文を出す作家P・L・トラヴァースと、自分が作りたい映画を実現するためにあらゆる手を使うウォルト・ディズニーの戦いに似ている。
 『ウォルト・ディズニーの約束』ではあまり描かれなかった契約の問題が、本作では焦点となる。契約の文言がレイ・クロックの暴走を抑え、あるいはマクドナルド兄弟の足をすくう。

 『ウォルト・ディズニーの約束』のような甘いラストは待っていない。最終的にマクドナルド兄弟がマクドナルドから追い出され、レイ・クロックが富と栄光を独り占めにすることは、多くの人の知るところなのだから。
 ここには、自分が苦労して生み出し、大切にしていたものを、他人に好きにされてしまう不条理がある。自分が考えた「マクドナルド」(あるいは「メアリー・ポピンズ」)が変質し、違うものになっていくのに、世間の人々はそれを「マクドナルド」(あるいは「メアリー・ポピンズ」)として受け入れ、喜んでいる残酷な事実がある。
 そこには同時に、他人が考案したものを取り上げ、勝手にいじってでも成功しようとする人間の貪欲さがある。


■帝国のヒミツ

 ハンバーガー帝国を築く礎が、不動産にあるのも面白い。レイ・クロックは、チェーン店を支配するために土地を押さえた。
 それまで、フランチャイジーが店を出すときは、土地を借りてその上に店舗を構えていた。土地を買うのに比べればそのほうが手元の資金が少なくて済むからだ。
 ところがレイ・クロックは、不動産会社を立ち上げて店舗用の土地を購入し、それをフランチャイジーに貸し出した。こうすることでクロックは、マクドナルドのフランチャイザーとしてロイヤルティーを得るだけでなく、マクドナルド社とは別の大地主として地代を稼ぎ、そのうえ発言力を増すことに成功した。

 外食産業で伸びていると思わせながら、実は不動産業で権力を握るレイ・クロックのやり口に、私は中内功氏が率いたダイエーグループを思い出した。
 かつて大手スーパーとしてその名を轟かせたダイエーは、小売業でありながら他業種企業のM&Aを繰り返し、「戦略なき拡大」と揶揄された。そのM&Aの目的が、実は相手企業そのものよりもその企業が持つ不動産であると喝破して、ダイエーの本質が不動産業であると論じたのが山根節氏[*1]だ。土地所有にこだわることなく小売業として急成長したイトーヨーカ堂(現セブン&アイ)とは対照的に、ダイエーは土地を所有し、それを担保に借入れをした。ダイエーの店舗ができると生活のインフラが整ったことになり、周辺を含めて地価が上がる。地価の上昇分が担保余力を生み、さらに店舗投資をするときの資金を生み出す。そしてまた、新しく投資した土地の地価が上がっていく。この好循環により、"不動産業"のダイエーは成長した。
 不動産を背景にした権力構造について、山根節氏は次のように説明している。
---
不動産による含み益はフローの利益と違って、経営効率の追求の結果としてもたらされるものではない。株主や従業員などに分配される実現利益でもない。資金に困ったときなどに企業が売却でもしない限り、表面に現れない。しかし不動産の実質的所有者(つまりオーナー)の権力の支えになる。何故ならばたとえフローの利益の上で業績が悪くても、十分な含み資産を持っていれば、銀行などがオーナーの経営権に介入することはできない。経営能力に難があっても、オーナーの地位は安泰である。したがって拡大の証しとして、含み資産を築き上げることができれば、オーナーの存在を世の中にアピールすることができる。不動産の含み益は、まさに「所有権」を誇示する論拠となる。
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 こうして建設された巨大な企業グループは、「ダイエー帝国」と呼ばれるまでになった。バブル崩壊後の地価の暴落により、この帝国は瓦解してしまったが、本作の副題に「ハンバーガー帝国のヒミツ」と名付けたのは、創業者(ファウンダー)の野望と権力志向を上手く表していると思う。


■成功のヒミツ

 マクドナルド兄弟の目から見れば、とんでもないオオカミ野郎で許しがたいほど強欲なレイ・クロックだが、米国人が共感し、応援するのはマクドナルド兄弟ではなく、レイ・クロックのほうではあるまいか。
 劇中のクロックがクラレンス・フロイド・ネルソン博士の『(The Power Of The Positive(積極性の力)』のレコードに耳を傾けて自分を鼓舞する姿に、共感・共鳴する人は少なくないはずだ。この架空の学者の架空のレコードは、あきらかに1952年にノーマン・ヴィンセント・ピール博士が発表した本『The Power of Positive Thinking(積極的考え方の力)』をモデルにしている。マーブル協同教会で60年以上にわたり牧師を務めたピールは、ポジティブシンキングを唱えて多くの人に影響を与えた。
 また、朗読を吹き込んだレコードを販売して人々を啓発するネルソン博士のスタイルは、アール・ナイチンゲールが1956年に発表した『ザ・ストレンジスト・シークレット』にならっているともいわれる。

 ピール牧師の人気は、米国におけるキリスト教の変容を表している。森本あんり氏によれば、変容の最たるものが成功に関する考え方であるという。
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アメリカでは、成功は神の祝福の徴(しるし)と考えられている。神が幸運を与えてくれなければ、どんなに努力しても、成功することはない。逆に、成功していれば、それは神が祝福してくれたことの証である。
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 この論法でいけば、どの町にもマクドナルドの看板を立て、世界中にチェーンを拡大して大成功するのは、神に祝福されることなのだ。他方、素晴らしいレストランの運営方法を考案しておきながら、それを広めず、儲けようとしないのは、せっかく神が与えてくれたチャンスをふいにしている。
 レイ・クロックがマクドナルドを世界に広めてくれたおかげで、世界中の人々が早くて手軽でおいしい食事にありつけるようになった。その結果、彼は富と栄光を手に入れた。
 みんなを幸せにして、神に祝福されたのは、レイ・クロックか、マクドナルド兄弟か。


フィリックス・ザ・キャット AAM-401 [DVD] 映画の世界も同様だ。
 オットー・メスマーの創造したフィリックス・ザ・キャットを真似して、ウォルト・ディズニーはジュリアス・ザ・キャットを作った。猫ばかりじゃまずいと、ディズニーはウサギのオズワルド・ザ・ラッキー・ラビットを考案するが、その権利をユニバーサルに握られて悔しい思いをする。ウサギがダメならネズミだとばかり、ディズニーはオズワルドによく似たミッキーマウスをデビューさせて、対抗する。
 幸いにもミッキーマウスは人気を得るが、ミッキーマウスの開発の中心であり、アニメーション作りでも中心人物だったアニメーターのアブ・アイワークスが、映画の成功にもかかわらず自分は称賛されないことに不満を抱いてディズニーの許から去ってしまう。

ミッキーマウス/B&Wエピソード Vol.1 限定保存版 (初回限定) [DVD]オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット 限定保存版 (期間限定) [DVD] そんな食うか食われるかの世界で生きてきたウォルト・ディズニーは、『メリー・ポピンズ』の原作者を怒らせようとも原作からの改変を辞さなかった。もしも原作者P・L・トラヴァースの意見を聞き入れて、アニメーションのペンギンを出さず、ミュージカルにはせずにエドワード朝時代の音楽を使い、バート役をディック・ヴァン・ダイクではなくリチャード・バートンかローレンス・オリビエにしていたら、ヒットしたかどうか判らない。映画を大ヒットさせたディズニーは、やっぱり自分の判断が正しかったと考えたことだろう(だから、ぬけぬけと続編の映画化をトラヴァースに打診できたのだろう)。トラヴァースが、『メリー・ポピンズ』の舞台化に米国人が関わることを許さなかったのは、そんな米国人気質が嫌だったのではないだろうか。
 P・L・トラヴァースがウォルト・ディズニーの改変に怒ったのは、レイ・クロックがマクドナルド兄弟の意向を無視してミルクの入っていないミルクシェイクもどきを売り出し、ディック・マクドナルドを激怒させたことを思わせる。[*2]


 『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』のエンディングでは、クロックの妻が莫大な財産を寄付に注ぎ込んだことが紹介される。その慈善的精神は称賛されようが、同時に考慮しておくことがある。『熱狂する「神の国」アメリカ』の著者、松本佐保氏は次のように語る。
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聖書には多くの財産を持っていると天国の門を入れないとあり、その財産を捨てる「喜捨」(仏教やイスラム教とも共通)を奨励する教えがありますが、それは「喜んで捨てる」のであって、強制的にお金を徴収される税を忌み嫌うのです。
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 病に倒れたマック・マクドナルドを見舞いに来たレイ・クロックが、病室の壁の十字架を目にして気圧される場面は、この映画のテーマが米国の変容した宗教と、ひいてはそれが引き起こす社会の歪みであることを示している。
 成功が神の祝福の徴と考えられている米国で、大成功したレイ・クロックと、クロックに追い込まれて兄が病気になってしまったマクドナルド兄弟の、どちらが神に祝福されているかは明白だ。だが、本当にそう判断して良いのだろうか。ここまで人を追い詰めて、他人の持ち物をむしり取ることが、本当に神の意に適っているのだろうか。病室の十字架は、マクドナルド兄弟が敬虔なキリスト教徒であることを示すとともに、十字架を見て気圧されるレイ・クロックが敬虔さを忘れていたことを知らしめる。

 ジョン・リー・ハンコック監督は、みずから脚本も手掛けた『しあわせの隠れ場所』でも、短いが重要な場面を挿入していた。
 この映画は、米国南部の裕福な白人家庭がホームレスの黒人少年を引き取り、共に暮らしていく感動物語だ。教養があり、社会的にも経済的にも成功している白人一家は、ホームレスの少年よりも圧倒的に神に祝福されているはずだった。だが、はじめて少年と食卓を囲んだとき、白人一家がすぐに食事に手を付けようとするのに対し、黒人少年は手を組んで感謝の祈りを捧げはじめた。白人一家はあわててフォークを元の位置に戻すと、一緒に祈りを捧げるのだった。
 成功者である自分たちは、神に祝福されているし、その行為はことごとく正しい。傲慢にもそう思い込んで、敬虔さを、真の信仰を置き去りにしてきたのではないか。そう気づかせる場面だった。

 レイ・クロックは、こんな言葉を残している。
 「勇気を持って、誰よりも先に、違ったことをしよう。チャレンジしない限り、決して成功は無い。あきらめず頑張り通せば、夢は必ず叶う。」
 素晴らしい言葉だ。こんにちに至るまで、マクドナルドコーポレーションの創業者(ファウンダー)レイ・クロックを尊敬し、人生の手本にしてきた人は多いはずだ。

 彼はこんな言葉も残している。
 「もしも競争相手がおぼれていたら、そいつの喉にホースを突っ込んでやる。
 これが成功するということなのか。神に祝福された者のすることなのか。

 映画のラスト、レイ・クロックは成功者としてスピーチするために、身支度を整え、去っていく。その後ろ姿が鏡に映っている。
 だが、鏡の像はピントがボケて、誰の姿なのかはっきりしない。自身の成功を誇りながら他人を踏みにじっているその人物は、レイ・クロックなのかもしれないし、彼の後に続こうとする有象無象の野心家たちかもしれない。ひょっとすると、それは客席にいるあなたなのかもしれない。


[*1] 山根節・山田英夫・根来龍之 『「日経ビジネス」で学ぶ経営戦略の考え方』 日本経済新聞社、1993

[*2] 後年、シェイクはミルクを入れたものに戻されたという。


ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ Soundtrackファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』  [は行]
監督/ジョン・リー・ハンコック
出演/マイケル・キートン ニック・オファーマン ジョン・キャロル・リンチ リンダ・カーデリーニ パトリック・ウィルソン B・J・ノヴァク ローラ・ダーン
日本公開/2017年7月29日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ジョン・リー・ハンコック マイケル・キートン ニック・オファーマン ジョン・キャロル・リンチ リンダ・カーデリーニ パトリック・ウィルソン B・J・ノヴァク ローラ・ダーン

⇒comment

No title

> この論法でいけば、どの町にもマクドナルドの看板を立て、世界中にチェーンを拡大して大成功するのは、神に祝福されることなのだ。

十字軍遠征みたいすなあ(大東亜帝国みたいと言ったら怒られるかな?)

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
劇中でレイ・クロックもマクドナルドの店舗を広げることを教会建設になぞらえていましたものね。どの町にもあって、人々が集い、幸せになる場所。
Secret

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