『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』 復活の予告

Good-bye 【ネタバレ注意】

 『闇金ウシジマくん』シリーズを貫くテーマの一つは「信用」だ。テレビドラマのSeason1とSeason2、そして映画のPart1とPart2のいずれも、お金のやりとりを通して目には見えない「信用」を描いていた(詳しくは「『闇金ウシジマくん』は現代の仕事人だ!」「『闇金ウシジマくん Part2』 正義とは悪だった!」参照)。

 2016年の『闇金ウシジマくん』シリーズの連打は、それを一層強調するものだ。
 2016年7月17日からはじまったテレビドラマのSeason3は、他人を信用したばっかりに家族ぐるみで洗脳され、殺人までさせられる人々を描いた。原作者の真鍋昌平氏さえも「テレビドラマでやるんですか?」と尋ねるほどハードな展開だった(それでも現実に起きた北九州・連続監禁殺人事件に比べれば、かなり抑えた描写ではある)。
 2016年9月22日公開の映画Part3では、情報商材という中身のないものを売るビジネスを題材に、人は信用すれば何にでも金を出すこと、けれども中身がなければ信用は維持できないことを描いた。

 闇金融を営むウシジマくんは信用の権化である。どこまで信用できるか相手を値踏みし、信用に応じて金を渡す。債務者が約束どおり金を返せばよし、もしも返せなければどこまでも追いかけて鉄の制裁を加える。信用に応えたかどうかだけで判断するウシジマくんにブレはない。
 闇金を利用する人間も、金を借りることで「自分の信用はゼロじゃない、社会と繋がっている」と感じるのだろう。ウシジマくんのモデルになった闇金業経験者トキタセイジ氏(偽名)は、闇金利用者をこう評している。
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今回の本(引用者註「『闇金ウシジマくん』モデルが語る 路地裏拝金エレジー」)では、客のことをクズだなんだとあえて辛辣(しんらつ)に書いているけど、彼らは別に落ちた存在じゃない。彼らなりに精いっぱい生きている。だから、"こんな自分にもまだ金を貸してくれるところがある"という、安心感を覚えて帰るヤツが多いよね。
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 ところが2016年10月22日に公開された『ザ・ファイナル』では、ウシジマくんの前に信用とは別の概念が立ちはだかった。「善意」である。善意の塊の幼馴染・竹本が登場し、ウシジマくんに信用だけで判断することの是非を問うのだ。
 竹本は他人の幸福を願っており、そのために自分が犠牲になることを厭わない。そんな竹本から見れば、貧困のどん底にある人から容赦なく金を取り立てるウシジマくんは強欲な存在だ。
 竹本とウシジマくんの考えは天と地とも離れている。だが、実はウシジマくんとて、そんな竹本がいてくれたから救われた過去がある。

 幼馴染というより、因縁の対決をするのが鰐戸(がくと)三兄弟だ。
 竹本と同じくウシジマくんの中学時代からの知り合いだが、彼らは竹本とは反対に人間の悪意を象徴している。他人を支配し、搾取するのが彼らのやり方であり、そのために誰をどれだけ傷つけようが気にしない。
 『ザ・ファイナル』は、竹本と鰐戸三兄弟という究極の善意と悪意を登場させて、彼らとウシジマくんを対決させることで、ウシジマくんが象徴する「信用」の意味を問う映画なのだ。


闇金ウシジマくん Season3 Blu-ray BOX これまで『闇金ウシジマくん』シリーズの記事を通じて、私は信用について書いてきた。
 一般的に、「信用」は「善」に近いところで語られることが多いと思う。しかし、ウシジマくんの商売は違法であり、そのむごい取り立てや債務者の人生を破壊する行為は善からはほど遠く感じる。
 そこで本作は、極め付けの善と対比することで信用の何たるかを浮き彫りにする。同時に、徹底した悪との比較によって、ウシジマくんの行為がどれほど悪いか/悪くないかを明らかにする。
 そして人の世に必要なのは善なのか信用なのか、私たちはどうあるべきかを問いかける。シリーズの掉尾を飾るに相応しい重厚なテーマである。

 善意だけで行動する竹本は素晴らしい人間だ。彼は困った人を放っておけない。他人の暮らしを良くするために、誰もが恐れる鰐戸やウシジマくんを相手に臆することなく真摯に掛け合う。
 ところが彼には、他人に与えるものが何もない。惜しみなく施しを与えようとする竹本だが、彼自身は無一文であり、金を持ってる鰐戸三兄弟に他者への便宜を図るよう頼み込むことしかできない。

 鰐戸三兄弟は、暴力の恐怖と甘い誘惑で人々を隷属させている。他人の痛みも苦しみも意に介さない邪悪な連中だが、注目すべきは彼らが大勢の人間を食わせていることだ。
 宿泊施設「誠愛の家」を運営する彼らは、そこに何十人も住まわせ、違法な労働に従事させてその上がりをせしめている。貧困者を利用する卑劣な行為だが、社会に居場所がない人間はそこにいればまがりなりにも寝床と食事にありつける。正論を吐く竹本には誰も味方しないのに、鰐戸三兄弟の命令にはみんな黙って従っている。

 ここに善意の限界と、悪を排除できないジレンマがある。
 いや、美しい正論を口にしながら何も与えられない竹本は、本当に善なのか。
 恐怖と誘惑で支配しつつ、衣食住を確保してやれる鰐戸三兄弟は、本当に悪なのか。
 善と悪とを隔てるものが本当にあるのだろうか。

ファースト・フルアルバム 「未知標」(読み:ミチシルベ) パスカルは云った。「力なき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。」と。
 力とは暴力ばかりではない。中国の古典に「経世済民」という言葉がある。世を治め、民を救済することを意味し、略して経済という。民を救済する力とは、すなわち経済力であろう。

 竹本はウシジマくんを強欲と非難し、考えを改めるように説得を試みる。金を豊富に持つウシジマくんに、貧しい人に少し与えてやれと云う。
 だが、ウシジマくんが取り立ての手綱を緩めたり、金をくれてやったりしたらどうなるだろうか。ウシジマくん一人の金で世界中の人を豊かにすることはできない。ウシジマくんの資金は雲散霧消し、早晩ウシジマくんは一文なしになるだろう。
 劇中に説明はなくても、竹本がホームレスに転落し、「誠愛の家」に身を寄せる破目になったのは、彼が持てるすべてを他者に与えてしまったからであることは容易に察せられる。「誠愛の家」で働かされる彼はあまりにも無力だ。

 実際には、ウシジマくんとて債務者の一人に過ぎない。
 ウシジマくんに金があるように見えるのは、彼が金主から高利で借りているからだ。ウシジマくんは金の一部を他者に貸し、発生した利息を回収する。そこからさらに金主へ多額の利息を返済する。ウシジマくんは金が循環するルートの結節点の一つなのだ。金はいったんそこに集まるが、すぐにまた流れ出ていく。止まらずに流れ続けるからこそ、流れを分岐させて困窮する人に金を渡すこともできる(ウシジマくんと金主の関係については、テレビドラマのSeason1で描かれている)。

 だから、ウシジマくんは金の循環を止められない。流れが止まったら、生態系の生物は死に絶える。金を与えるのは一方向に金を動かすだけで循環にならないから、やがて上流も下流も食い詰める。竹本がホームレスにならざるを得なかったように。
 無慈悲に取り立てるウシジマくんを非難する竹本に、ウシジマくんの返す言葉が問題の難しさを表している。
 「お前は金を借りる側だからそう云うんだ。金を貸すほうになってみろ。」

 本作は第一級のエンターテイメントであり、金を巡る対立や三つ巴、四つ巴の戦い等々、見どころにはこと欠かない。カタルシスも存分に味わわせてくれる。
 だが、安易な結論は示さない。

               

【チラシ付映画パンフレット】 『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』 とりわけ、善意の塊である竹本が「誠愛の家」で働く仲間たちに見捨てられ、もっと過酷な労働施設に送られて、もう社会に復帰できないであろう顛末は、この映画に勧善懲悪を期待しない観客にさえやりきれなさを残すだろう。ましてウシジマくんが社会から葬る相手が鰐戸三兄弟ではなく、たった一人の味方だった竹本であることは、不条理にすら思えよう。

 しかし、ここにこそ本作の真髄がある。
 金の循環を通して、社会の信用を維持するウシジマくんは、金の流れを寸断し、混沌とさせる竹本の善意を容認できない。《力=経済力》の裏打ちのない善意の持ち主は、一介の債務者でしかない。
 だが、竹本は労働仲間全員分の借金を一人で背負いながらも、いずれ社会に戻ってくることを予告する。誰も竹本を助けないというのに。生きては出られないという施設に送られてしまうのに。
 これはまさにイエス・キリストの生涯と同じである。

 イエスは人々に悔い改めること、他者を愛することを説いた。けれども弟子の一人に裏切られ、イエスの教えに耳を貸さない連中に引き渡される。弟子たちはイエスを見放し、逃げ出してしまう。誰も庇ってくれない中、イエスはすべての人の罪を背負って十字架にかけられ、処刑される。だが、イエスは自分の死と復活を予告していた。その言葉どおり、墓に埋葬されたイエスは三日後に復活し、弟子たちの前に現れる。逃げていた弟子たちは心打たれ、イエスの教えを広めるために奔走するようになる。
 労働施設行きを前にしても、やがて社会に舞い戻ると力強く予告する竹本の姿は、引き渡し直前のイエス・キリストに重なって見える。

 竹本がイエスだとすれば、かけがえのない友人を労働施設送りにするウシジマくんは、弟子たちの中で会計を担当し、金と引き換えにイエスを売ったユダに相当しよう。
 イスカリオテのユダは裏切り者だが、イエスはユダが裏切ることも予告していた。イエスの予告どおりユダが裏切ったからこそ、イエスの死と復活が生じ、人々の中でイエスへの信仰が高まった。彼の裏切りは避けて通れないプロセスだったに違いない。
 だから竹本とウシジマくんも、今はこうなるしかないのかもしれない。信用を「金」という形で実体化させ、それを循環させることで維持された社会では、こうせざるを得なかったのかもしれない。

 しかし、いつか竹本が再び姿を現すとき、何かが変わるかもしれない。
 逃げ出した労働者仲間の心に、何かが生じるかもしれない。
 そこから、世界は変わっていくかもしれない。
 余韻に満ちた本作のラストは、そんな思いを抱かせる。


Good-bye闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』  [や行]
監督・企画・プロデュース・脚本/山口雅俊  脚本/福間正浩
出演/山田孝之 綾野剛 永山絢斗 崎本大海 やべきょうすけ 安藤政信 間宮祥太朗 八嶋智人 真野恵里菜 太賀 モロ師岡 真飛聖 高橋メアリージュン マキタスポーツ 最上もが 狩野見恭兵 玉城ティナ YOUNG DAIS
日本公開/2016年10月22日
ジャンル/[ドラマ]
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