『アイアムアヒーロー』はゾンビ映画なの?

アイアムアヒーロー 豪華版 [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 どんなテーゼにもアンチテーゼは出てくるものだ。

 私は「『ワールド・ウォーZ』 ラストはもう一つあった」の中で、ゾンビ映画がもっぱら米国で盛んな理由を考察した。裏を返せば、日本ではゾンビ映画が成立しにくいということでもある。

 だが、そんな思いがあればこそ、私は日本ならではのゾンビ映画が出てくることを期待していた。米国のゾンビ映画と同じことを日本でやっても説得力がなさそうだが、人間とゾンビの違いとは何か、ゾンビになるということは何を意味するのかを突き詰めていけば、日本の風土に根差した日本らしいゾンビ映画を作れるのではないか。そんなことを夢想していた。
 素人考えながら、たとえば日本でお馴染みの「鬼ごっこ(増え鬼)」や「穢れ思想」を組み合わせれば日本的ゾンビは不可能じゃないはずだ、とも思った。

 しかし、それは意外なところからやってきた。『アイアムアヒーロー』は実に日本らしく、米国のゾンビ映画とはまったく違う論理で構築された傑作だった。もちろん、私の素人考えなんぞはるかに凌駕していた。

 面白いことに、『アイアムアヒーロー』を評して、米国でさんざん作られてきたゾンビ映画らしさに満ちた作品ということも可能である。表面的には過去のゾンビ物のパターンをきっちり踏襲しているからだ。
 けれども、日本人は西洋人と同じようにゾンビ化に恐怖を覚えられるだろうか。ゾンビになることに恐怖や嫌悪を感じなければ、いくらゾンビ物のパターンが踏襲されようと面白がれるはずがない。先の記事で私が疑問を呈したのはそこだった。

 そこで、まずはゾンビ物のパターンがどのようなものかをおさらいしよう。
 「『ワールド・ウォーZ』 ラストはもう一つあった」で引用させていただいたotokinoki氏の「ゾンビもののストーリー定形」を踏まえながら、本作の特徴を検討してみる。


■「ゾンビもののストーリー定形」との比較

 otokinoki氏が提唱する定形は四つからなっていた。

0)大前提として、終末映画である。直接描かれなくても、人類滅亡が暗示されている。
→『アイアムアヒーロー』が描くゾンビ化進行の凄まじさは、人類の滅亡を充分に暗示している。

1)ゾンビに追い立てられた主人公たちは逃げ場の無い場所に閉じ込められて、小さいコミュニティでのサバイバルを行う
→アウトレットモールに閉じ込められた主人公たちが小さいコミュニティでサバイバルを行う様は、ゾンビ映画の定石どおりだ。

2)職業も思想も違う人々は疑心暗鬼と不安に囚われ、最初はなんとかなると思っていたコミュニティは崩壊する。
→『アイアムアヒーロー』の進行はまったくこの通りだ。

3)崩壊した隠れ家を主人公は飛び出し、また別の隠れ場所を見出すが、そこにもゾンビが満ちている(終末の暗示)
→主人公らは崩壊したアウトレットモールを飛び出す。別の隠れ場所を見出すところまではいかないものの、それだけに終末の予感を拭いきれない。


 本作のストーリーは、見事に「ゾンビもののストーリー定形」のとおりだ。これだけを見ると、『アイアムアヒーロー』はまるで工夫のない、ありふれた映画のように思える。

 では、人物の造形についてはどうだろうか。
 次にotokinoki氏が提唱する「ゾンビものの登場キャラクター定形」と比較してみよう。


アイアムアヒーロー コミック 1-20巻セット (ビッグコミックス)■「ゾンビものの登場キャラクター定形」には合っていない

1)軍人の作戦は失敗し、結果的に崩壊を呼び寄せ、軍人キャラは主人公よりも早く死ぬ。
→本作に軍人に当たる人物はいない。政府関係の人間は序盤に一人登場するが、何をするでもなくすぐに犠牲になってしまう。
作戦に失敗して崩壊を呼び寄せるのはアウトレットモールを支配する金持ちでプレイボーイの伊浦やならず者たちだが、彼らを軍人キャラとはいえまい。

2)ゾンビを科学的に利用しようとか、儲けようなどの強欲なキャラは惨めな死に方をする。
→ゾンビを科学的に利用しようとか、儲けようとするキャラはいない。自分の支配欲を満たそうとする人物としては伊浦がいるけれど、ゾンビを利用するわけではなく、この分類には入りそうもない。

3)キャラクターの性格は、基本的に変わることはなく、人格的に成長しない
→本作は主人公、鈴木英雄(すずき ひでお)の成長物語であり、妄想に逃げてばかりでうだつの上がらない彼が、一人前のヒーローになっていく様が描かれる。


 このグダグダぶりはどうしたものか。ストーリー定形にはピタリとはまった本作なのに、キャラクター定形にはサッパリ合わない。主人公が人格的に成長するところなど真逆ではないか。

 なにもこの定形がゾンビ映画の必須要件というわけではないけれど、ストーリーとキャラクターでこんなにも違う結果が出るとは興味深い。
 『アイアムアヒーロー』が典型的なゾンビ映画だと思う人は、おそらくストーリー定形との合致に注目しているのだろう。だが、ストーリーという器の中に入っているのは、既存のゾンビ物とは相容れない別の「何か」だ。


■ガンアクションの合理性

 映画『アイアムアヒーロー』が公開された2016年は、ゲーム『バイオハザード』第一作の発売からちょうど20年だ。
 この間、ゲーム業界と映画業界は互いに刺激し合いながらゾンビ物の市場を大きくしてきた。それ以前からゾンビ物の映画はあったけれど、血まみれで醜いゾンビたちが華麗なヴァンパイアや俊敏な狼男や悲劇的なフランケンシュタインの怪物らを凌駕して人気者の座を獲得したのは、ゲームとの相乗効果があればこそだろう。

 動きが鈍いゾンビは射撃の標的にうってつけだし、既に死んでいるから(もはや死なないと云うべきか)破壊しても良心の呵責を覚えなくて良い。まさしくアクションゲームに最適のキャラクターだ。
 2002年公開の映画版『バイオハザード』とそのシリーズの大ヒットもあって、ゾンビ物はすっかり世の中に定着した感がある。

 『アイアムアヒーロー』が巧いのは、このゾンビ物の発展の歴史を踏まえたことにある。

ゾンビランド [Blu-ray] ゾンビ物の人気の一端はゲームファンが支えており、彼らにとってゾンビ物はアクション、特にガンアクションを楽しむものだ。
 2009年の『ゾンビランド』はゾンビの世界で生き残るためのルールなんてものを打ち出して、既成のゾンビ物の定石を徹底的に活かした作品だが、この映画は引きこもりでゲームおたくのコロンバスと銃の名人タラハシーを主人公にすることで、「室内でゲームに興じるのが好き」で「ガンアクションを楽しみたい」観客の嗜好をすくい取った。

 『アイアムアヒーロー』ではマンガ家のアシスタントを務める主人公がクレー射撃の名人でもあると設定し、室内派のおたく的嗜好とガンアクションを両立させた。
 クレー射撃の名人がマンガ好きだなんて無茶苦茶な設定に思えるものの、ゾンビ物の発展の歴史を見ればどちらの要素も欠かせないのは明らかだし、幸い麻生太郎第92代内閣総理大臣(クレー射撃の元オリンピック日本代表で、大のマンガ好き)という実例があるから、非現実的と云われるおそれもない(『アイアムアヒーロー』原作の連載開始は、麻生氏の内閣総理大臣在任期間中だ)。

 では、ゾンビ物のストーリー定形をそのまま利用して、ゲームファンの好みに合う要素を盛り込んだから、本作はこんなに面白いのだろうか。
 そうではあるまい。普通なら、そんな安易な作りにしたら薄っぺらくて目も当てられない。


■『アイアムアヒーロー』に至る系譜

 私は先の記事「『ワールド・ウォーZ』 ラストはもう一つあった」において、西洋でゾンビ映画が盛んなのは、西洋では社会秩序を保つために理性(システム2)で感情や直感的な行動(システム1)を抑え込む必要があると考えられているからだと書いた。理性を喪失(ゾンビ化)すれば秩序が崩壊するという恐怖に、常にさらされ続けているのだ。

 ところが、本作の主人公英雄を取り巻く環境は、崩壊するのを惜しむようなものではない。アシスタント先のマンガ家松尾は横暴で異性にだらしがないし、アシスタント仲間は英雄のことなんか歯牙にもかけない。マンガを持ち込んでも編集者に相手にされず、同棲中の徹子には将来性がないとなじられる。それもこれも、英雄が社会生活に適していないからだ。みんなそれなりに立ち回って社会を上手く泳いでいるのに、英雄にはそれができない。
 映画後半のアウトレットモールのコミュニティではもっと惨めな思いをする。傲慢な伊浦や乱暴なサンゴらに支配され、服従を強いられる。

ボーイズ・オン・ザ・ラン [DVD] この設定は『アイアムアヒーロー』の原作者花沢健吾氏のもう一つの映画化作品『ボーイズ・オン・ザ・ラン』とおんなじだ。『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の主人公田西も、うだつが上がらず、何をやってもパッとせず、バカにされながら生きていた。
 ただ、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』と本作が違うのは、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の田西は結局惨めなまま、バカにされたまま社会の中で生きていかなければならないのに、本作では社会が勝手に崩壊し、クレー射撃の腕くらいしか取り柄がなかった英雄がヒーローになることだ。

 観客にしてみれば、マンガ家松尾が死んでもアシスタント仲間が死んでも伊浦たち一党が死んでも、全然悲劇ではない。彼らは最初から嫌なヤツだった。ゾンビになって、死んじまって、清々するというものだ。伊浦なんか、早くゾンビになれと願ったくらいだ。徳井優さんが演じるアベサンは悪い人ではなかったし、サンゴも少しはいいところを見せたけれど、それは映画をドラマチックにするためのほんの少しの味付けに過ぎない。
 本作の根底にあるのは、ゾンビになる(理性を失う)恐怖と戦いながらサバイバルする西洋風のゾンビ映画ではなく、社会に適合して上手く生きてる嫌なヤツらに対して、ゾンビ化したことを大義名分に復讐する話なのだ。

 先の記事では、西洋が理性(システム2)で感情や直感的な行動(システム1)を抑え込もうとする一方、東洋では合理主義をごちゃごちゃこねまわす(システム2)よりも素直なまごころ(システム1)をそのまま発揮することが重視されると述べた。
石に刻め 本作において社会秩序を担っている者、社会に適合して上手く立ち回っている者たちは、まさに合理主義をごちゃごちゃこねまわしてばっかりの、退治されるべき連中だ。マンガ家になることを夢見る純朴な英雄こそ素直なまごころの持ち主であり、彼がヒーローとして受け入れられる世の中のほうが、真に調和のとれた世界なのだ。

 私は本作を観て、過去のゾンビ映画よりも『高校大パニック』(1978年)を思い出していた。石井聰亙(現・石井岳龍)監督の名を一躍知らしめたこの映画は、体面を守るばかりの学校に激昂した一人の生徒が銃を手にして教師を射殺、大暴れする作品だ。「数学できんが、なんで悪いとや!」という彼の叫びは、一世を風靡した。

 本作が「ゾンビものの登場キャラクター定形」に即してないのはとうぜんなのだ。ストーリー定形には沿っていても、人間関係やドラマ部分が、すなわち社会の捉え方が欧米のゾンビ映画とまったく違うのだから。
 他のゾンビ映画によく見られる軍人キャラは、既存の社会秩序を体現しており、彼が死ぬことで社会崩壊の危機が一層高まる。だが、本作の英雄にとって、息苦しい社会の崩壊は危機でも何でもないから、『アイアムアヒーロー』では軍人キャラの死を描く必要がない。
 また、他のゾンビ映画では、周囲の人々が理性を失っても自分だけは理性的でいられるかがテーマとなるから、主人公にこれ以上の人格的な成長は求められない。しかし本作では、せっかく社会が変わった(崩壊した)のに、いつまで妄想に逃げているのかと自問することが求められる。

 それだけではない。ストーリー定形に沿っているように見えるところも、その意味するものは異なっている。
 たとえば、ストーリー定形の二番「最初はなんとかなると思っていたコミュニティは崩壊する」を本作は忠実になぞっているが、アウトレットモールのコミュニティは英雄を苦しめた「社会」の縮小再生産であり、女子高生比呂美との充実した二人旅を邪魔するものでしかない。コミュニティの連中がアウトレットモールの屋上からゾンビを見下ろして暮らしていることが、コミュニティの嫌らしさを象徴している。だから英雄はアウトレットモールの者たちを全滅させることで、コミュニティから解放される。

 銃を撃つことをためらわなくなった英雄は、一回り成長したご褒美に元看護師のヤブを得て、美女二人に囲まれたモテモテ状態で旅に出る。
 従来のゾンビ映画なら、ここはストーリー定形の三番「崩壊した隠れ家を主人公は飛び出し、また別の隠れ場所を見出すが、そこにもゾンビが満ちている」という絶望感をたたえたラストになるところだが、既存の人間社会が苦痛だった英雄にとって、ゾンビを撃ち殺しながらの美女との旅は最高のものに違いない。


 本作のスリルとサスペンスそしてテンポの良さを、国内外を問わず観客誰もが楽しむだろう。
 しかし本作の裏には、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の田西のように唇を噛みしめて生きてきた男たちの反逆の気持ちが込められている。たまたま今の社会秩序に適合できたからって大きな顔をしている連中に、戦いを挑む物語なのだ。
 どろどろしたルサンチマンの噴出と、東洋的な思想を重ね合わせ、欺瞞に満ちた社会をぶち壊す。その破壊力が『アイアムアヒーロー』を特別な作品にしている。

 それを素直なまごころと呼んでいいのか、私には判らないけれど。


アイアムアヒーロー 豪華版 [Blu-ray]アイアムアヒーロー』  [あ行]
監督/佐藤信介  原作/花沢健吾
出演/大泉洋 有村架純 長澤まさみ 吉沢悠 岡田義徳 片瀬那奈 徳井優 塚地武雅 マキタスポーツ 片桐仁 風間トオル
日本公開/2016年4月23日
ジャンル/[ホラー] [サスペンス] [ドラマ]
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【theme : ゾンビ映画
【genre : 映画

tag : 佐藤信介 大泉洋 有村架純 長澤まさみ 吉沢悠 岡田義徳 片瀬那奈 徳井優 塚地武雅 マキタスポーツ

⇒comment

破壊と適応

ありがとうございます。この映画の本当の意味するところを納得することができました。社会への適応は、純粋さだけでは困難だし、誰もが感じている生き辛さへの不満を爆発させる力強さがあるから爽快感を感じてしまったのかも知れません。ゾンビをやっつける場面が最初は正視できなかったのに、そのうち平気になってくる自分に怖さを覚えたので、溜め込んだ不満や憎しみを爆発させることを肯定するような本作に、犯罪への一線を越えることへの共感と捉えかねない危なさも感じてしまったのです。そのうち、もういいからゾンビになっちゃえば、みたいに多勢に適応しようとする自分も見えてきて、理性って、捉えどころがないものなんだなぁといろいろ考えさせられる映画でした。英雄が最後に自分の名前をヒーローだと言わなかったところが、私的には救われた気がしました。

Re: 破壊と適応

梅茶さん、コメントありがとうございます。
人々が理性的に振る舞うことで秩序が保たれてるのが社会なのか、個々人が素直に生きたい気持ちを押し潰す圧力となっているのが社会なのか、捉え方はいろいろだと思います。
その捉え方の違いにより、ゾンビ物のようなジャンル映画であっても豊かなバリエーションを持たせられる。本作はそのことを如実に示していますね。

劇映画はしょせん娯楽なので、いくら暴力的でも構わないと思います。暴力の衝動を溜め込んだまま現実を生きていくよりは、ゾンビなどという架空の存在を相手にしたフィクションで思う存分発散させたほうがいい。
その意味で、どろどろしたルサンチマンを思いっ切り噴き出させる映画はそれだけで価値があると思います。

本作の最後で、英雄は自分の名前をヒーローだと云わなくなりますね。あそこで観客はフッと我に返り、また日常に戻っていくのでしょう。

そうでしょうか?

ゾンビ映画では、『アイアムザヒーロー』的なキャラは、『バタリアン』、『キャプテン・スーパーマーケット』、『アンデッド』、『ショーン・オブ・ザ・デッド』、『ゾンビーワールドへようこそ』などで、80年代から現代まで連綿と語られており、完全に定型化してると思われます。
当然、その流れに『ゾンビランド』があり、『アイアムアヒーロー』が続いています。
特に『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)の影響は大きいでしょう。(ダメ社員が、世界の崩壊でヒーローになることを望む・・・と構造も似ていますし、映画版『アイアムアヒーロー』の妄想の繰り返しは『ショーン・オブ・ザ・デッド』の映画技法の引用です)

80年代にすでにゾンビ映画ブームはあり、アジアでも亜流のゾンビ映画であるキョンシーものが作られ、ヒットし、日本でもテレビ放送されてます。
それが『幽幻道士』シリーズで、落ちこぼれチーム(有能な者もいますが)がキョンシー退治をしながら活躍するロードムービー(『西遊記』をベースにしているのでしょうが)があります。

発散と救済

ナドレックさん、ありがとうございます。今までモヤモヤしていてものが、ふっ切れたような気がします。
ある作家の方が、「物語は私にとって救済である」とおっしゃっていました。フィクションには、そういった一面があり、だから四六時中、テレビでは殺人事件のサスペンスが流れ、ゴジラやゾンビが暴れまくる物語の中で、私達は溜め込んだ殺意や不満を発散させるのですね。日常に戻れば戻ったで問題は解決されているわけではないけれど、同じように苦しんでいた物語の主人公が嘘がない分だけ慰めになってくれるのかも知れませんね。

Re: そうでしょうか?

ぺぐもんさん、コメントありがとうございます!
返事を書いていたらとても長くなってしまったので、別の記事として公開しました。
ご笑覧ください。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-576.html

No title

丁寧な返信ありがとうございます。

別記事の方にも返信させていただきました。

Re: 発散と救済

梅茶さん、こんにちは。
一つ気をつけなくちゃいけないのは、エンタメはあくまでエンタメ、フィクションはあくまでフィクションと観客が自覚することですね。ドキュメンタリーと称する映画でさえ、暗闇の中で銀幕に映し出されるのは作家が取捨選択して繋ぎ合わせた"物語"ですから、鑑賞中はいくら没頭していても、館内が明るくなったら観たものを突き放して作品との距離を取り直さなきゃいけない。
そんなの当たり前だ、判ってるよ、と多くの人は思っているでしょうし、劇中人物と同じことを現実に行うような単純な人間はまずいないでしょうが、作品から滲み出る人生観や世界観は作り手の目を通して現実世界が反映されたものですから、受け手の心にいくばくか浸透するところがあると思います。それをただ浸透させるのではなく、咀嚼したり濾過したり押し戻したりが必要なはずなのですが、そういう必要性を認識して劇場に足を運んでいる人がどれだけいるのか……。

羽住英一郎監督のようにエンディングをNG集にして映画の余韻をわざとぶち壊してくれる人もいますが、そんな気遣いをしてある映画は稀なので、しばしば観客は映画に酔いしれたまま劇場を後にしてしまうのではないでしょうか。

その点、本作は最後に観客が気持ちを切り替えられるようになっていて、上手い作りに感心します。

一線を越えること

ナドレックさん、ありがとうございます。まさにそうですね。
かつて手塚治虫さんの漫画「鉄腕アトム」が、暴力的で教育上良くないと批判された時代もありました。それでも私達は善悪の一線を越えることなく物語を咀嚼してきました。ダーティハリーが悪人達を胸のすくようにやっつけてくれたり、名探偵コナンが殺人事件を鮮やかに解明してくれたり…。
ただ、CGの技術が発達することにより、どんな残虐でグロテスクなシーンも映像化されるようになり、これが耐えられるなら殺人も戦争もできるかも?みたいな錯覚が起きるんじゃないかなと、アトムを糾弾した昔のPTA みたいな心境になってしまったのが正直なところです。
ただ、どんなにリアルに映像化されるようになっても、たとえばコメディにしちゃって、その辺の善悪の捉え方をあいまいにしたり、お涙頂戴の美化されたメロドラマにしたりする脚本自体に責任があるような気がします。
どんなにエログロな物語に接しても、現実に一線を越えるかどうかは、本人の責任であるのは変わらぬルールですが、作り手がいかに物語を着地させるかで、映画館を出る時の後味は、だいぶ変わってきますよね。
ストレス発散で自分自身をメンテナンスできるエンタメは、ストレス社会になくてはならないアイテムですが、だからこそ、作り手は、そこに作品としての価値を刻みこんで欲しいなと思ってしまいました。



Re: 一線を越えること

梅茶さん、こんにちは。

>作り手がいかに物語を着地させるかで、映画館を出る時の後味は、だいぶ変わってきますよね。

おっしゃるとおりですね。
私は、描写が残虐なことやグロテスクなことはあまり問題視していません。走ってくる蒸気機関車の映像に観客が逃げ出す時代ではありませんから。
それよりも心の奥底を揺さぶる感動や、当たり前のことのような何気ない描写のほうが、抵抗なく受け入れられてしまいそうで怖いです。そういうものこそ、作り手も受け手も細心の注意が必要ではないかと思います。
まぁ、作り手がどんなに注意を払っても、ひとたび発表してしまったら後は受け手次第なのですが。
せめて、そういった問題を認識して創作に取り組んでいる作り手を応援していきたいと思います。
Secret

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