『ペット』も『ルドルフとイッパイアッテナ』も、それはいけない
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2016年の夏、ペットにまつわる二本の映画が公開された。ペットにまつわるといっても、二本の映画はそれぞれ様相がかなり異なる。だが、いずれの作品にも気がかりなところがあった。
奇しくも同時期に公開された二本は、米国の大手映画会社ユニバーサル・スタジオの子会社イルミネーション・エンターテインメントが制作したオリジナルアニメ『ペット』と、日本の児童文学を原作にポケットモンスターシリーズのスタッフらが制作した『ルドルフとイッパイアッテナ』だ。
『ペット』の原題が「The Secret Life of Pets(ペットたちの秘密の生活)」であるように、また『ルドルフとイッパイアッテナ』の惹句が「人間は、知らない。ボクらのヒミツ。」であるように、どちらも人間が知らないところでの犬や猫の行動が描かれる。
といっても、その方向性はかなり違う。
『ペット』は、『ミニオンズ』のイルミネーション・エンターテインメントが制作しただけあって、教訓や感動は二の次のドタバタコメディだ。教訓や感動がないではないが、それ以上にバカバカしい展開とくだらないやりとりが続く愉快で楽しい映画である。
一方の『ルドルフとイッパイアッテナ』は、迷子になった飼い猫ルドルフが野良猫イッパイアッテナと暮らしながら、勇気と友情と和解と学ぶことの大切さに気づいていく物語。教訓と感動がぎっしり詰まった、ボロ泣き必至の作品だ。
どちらを観るのがいいか、と考えるのは野暮だ。こういうときは、どちらも観るのが粋ってものだ。

そもそもペットとは何なのかを知っておくべきだろう。ペットの代表格といえば犬と猫だ。映画『ペット』には鳥や爬虫類やウサギ等も登場するが、主人公は犬である。いったい犬はいつから人間の伴侶になったのだろうか?
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最も一般的な仮説は次の通りだ。可愛い生き物に弱い狩猟採集民が、オオカミの子どもを見つけて飼い始めた。飼いならされたオオカミは狩りの能力を発揮するようになり、たき火を囲みながら一緒に暮らしているうちに犬へと進化した。
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ブライアン・ヘアとヴァネッサ・ウッズはこんな説を紹介しつつ、その反証を挙げている。
・オオカミが家畜化された時代、人類は競合相手の肉食動物にあまり寛容ではなかった。約43,000年前、現生人類がヨーロッパにわたってから、サーベルタイガーやジャイアント・ハイエナなどの大型肉食動物は皆殺しにされ、氷河期の動物はほとんど絶滅してしまった。
・オオカミを狩りに利用したという部分も説得力がない。人間は自分たちだけでも、どの大型肉食動物より狩りに秀でていた。
・オオカミは大量の肉を消費する。オオカミ十頭には毎日シカ一頭が必要だ。エサを与えるのも、奪い合うのも人間にとって負担だし、逆にオオカミからは期待できない。

ブライアン・ヘアとヴァネッサ・ウッズは一般的な仮説の問題点を挙げつつ、こう疑問を呈す。
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人間は歴史的に、オオカミを家畜化するどころか排除してきた。この数世紀、ほぼすべての文化で狩りの対象となり、絶滅に追い込んでいる。
もしこの関係が過去数世紀の真実だとしたら、当初の疑問に戻ることになる。オオカミはどのように人間に受け入れられ、飼い犬に進化したのだろうか?
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「最も可能性が高いのは」彼らは私たちに認識の転換を迫る。「人間からオオカミにアプローチしたのではなく、オオカミが人間にすり寄ったという説だ。」
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(略)
おそらく、人間の居住地の隅にあるゴミ捨て場をあさることがきっかけになったはずだ。勇敢だが攻撃的なオオカミは人間に殺され、大胆で人懐っこいオオカミだけが受け入れられた。
(略)
つまり、親切な人間がオオカミの子どもを拾ったのではなく、オオカミの方がわれわれを選んだ可能性が高い。
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そしてほんの二~三万年のあいだに、人間はすっかり犬に飼いならされた。
かつて犬は狩猟や牧羊の役に立ち、番犬にもなったから、犬と人間はWin-Winの関係だった。しかし現在、多くの家庭でのんびり寝ている犬は狩猟もしなければ牧羊もせず、人間が築いたセキュリティシステムに守られてぬくぬくとしている。
明らかに彼らは生態ピラミッドの最上位にいる。狩猟や牧羊等に携わる人を除けば、多くの人は犬に食糧や住まいを一方的に提供するために毎日せっせと働いている。犬がオモチャを持ってくればヘトヘトになるまで投げてやり、犬がひっくり返って「お腹を撫でろ」と命じれば嬉々としてなでなでする。
人類を支配しているのが何者なのか、云うまでもないだろう。
猫に関しても同様だ。猫はネズミのような(人間にとっての)害獣を獲るから、害獣駆除に役立つという実用的な面もあるが、古代エジプトの時代、すでに猫は家を守る女神バステトとして崇められていた。今でも多くの人が、昼寝ばかりしている猫に奉仕するため、多くの時間を割いている。
「pet」という単語がペット(愛玩動物)を指す名詞であるだけでなく、「優しく撫でる。かわいがる。」という動詞の意味もあるように、犬や猫たちは撫でられ、かわいがられることを武器に人間を手なずけている。

それを思えば、『ルドルフとイッパイアッテナ』のおかしなところに気づくだろう。
人間の文字を読める不思議な猫イッパイアッテナは、今でこそ野良として暮らしているが元は飼い猫だ。米国へ転居することになった飼い主が、独りでも生きていけるようにと転居までの一年のあいだ文字を教えてくれたのだ。
だが、これは猫に対する姿勢としておかしい。これまで住みかと食事を人間に確保してもらって過ごしてきたイッパイアッテナを、独りぼっちで放り出してはいけない。飼い主がするべきなのは文字を教えることではなく、転居先に一緒に連れて行くことだ。一緒に暮らせない事情があるなら、新たな飼い主を捜してやるべきだった。転居まで一年もあるというのに、転居後のことを何も手配しないまま、イッパイアッテナを捨てて野良猫にするのは間違っている。
『ルドルフとイッパイアッテナ』は動物の愛護がテーマではなく、猫に例えて人間の生き方を示した作品だから、一人で生きていくことの厳しさや勉学に励むことの大切さを強調するのは判る。しかし、だからといって飼い主が捨てていくのを是とするわけにはいかないだろう。
原作が書かれた1986年当時なら、それほど問題視されなかったかもしれない。しかし1990年代以降のペットブーム、さらには2010年代からの猫ブームを経て動物愛護の重要性が認識されてきた2016年現在、飼い主の無責任な行動に疑問を抱かずにはいられない。せっかくの素晴らしい作品なのだから、野良猫の扱いについてもっと配慮が欲しかった。

迷子になっていたルドルフは、艱難辛苦の末に飼い主リエちゃんの家に帰り着く。しかし、そこに待っていたのは新しい仔猫だった。「猫は一匹しか飼っちゃいけない」というリエちゃんの家の決まりを知ってルドルフはショックを受ける。
これも1980年代ならではの設定だろう。当時は、猫なんて一匹飼えば充分と思われていたのかもしれない。しかし、2015年現在、猫を飼っている世帯の平均飼育数は1.77匹だ。猫と暮らす人にとって、もはや二匹いるのが普通なのだ。
リエちゃんの家は共同住宅ではなく一戸建てなのだから、管理規約で飼育数が制限されるわけでもない。「猫は一匹しか飼っちゃいけない」というのは、おそらく猫を欲しがるリエちゃんを諌めるために彼女の親が口にしたものだろう。それだけのことなのだから、ルドルフを野良にするくらいなら二匹飼えばいいのだ。一匹いるだけでも幸せなのだから、二匹いれば幸せも二倍になろう。
なのに一匹しか飼えないという言葉に悩み苦しむルドルフが、歯痒くってしようがない。こんなことで野良猫を増やしてしまう物語が、悔しくって見てられない。
しかも『ルドルフとイッパイアッテナ』には、人間に飼われるより野良として生きるほうが自由で尊いような描写もある。知恵と教養を身につけて逞しく生きていくことの素晴らしさを、野良の暮らしに重ねているのだ。
2015年だけで21,593頭もの犬が、79,745匹もの猫が、引き取り手のないまま殺処分されているというのに、人間に飼われなくていい(飼われないほうがいい)かのような描写がたまらなく悲しかった。

『ペット』に登場する動物たちはマンハッタンのアパートで暮らしている。主人公マックスは、捨て犬だからはっきりしないがおそらくジャック・ラッセル・テリアらしき男の子。愛嬌のある顔立ちですばしっこい小型犬のジャック・ラッセル・テリアは、『アーティスト』をはじめ数々の映画でお馴染みの犬種だ。マックスの友だちはパグのメル、ダックスフントのバディ、セキセイインコのスイートピー、トラネコのクロエ、そしてガールフレンドのポメラニアン、ギジェットだ。ポメラニアンは『タイタニック』のヒロインが抱いていた犬である。
マックスの飼い主ケイティは、道端に捨てられていた彼を拾って愛情たっぷりに育ててきた。物語は、ケイティが保健所から雑種の大型犬デュークを引き取ることからはじまる。彼らの住むアパートに頭数制限なんてない。住人がみずからの責任で、できる範囲で飼えばいいのだ。
かくあるべきだと思った。引っ越すからと捨ててしまったり、たった一匹しか飼えないと決めて野良暮らしを強いるのに比べて、捨て犬を拾ってきたり、保健所から犬を引き取ってきて、それが特別でもなんでもなく自然なこととして描かれる『ペット』は爽やかだった。
『ペット』は全編バカバカしいドタバタが続くけれど、その根底には人間とペットの関係がどうあるべきか、深い配慮が働いている。

高度な社会性を持ち、群れの中の序列を意識する犬にとって、よそからやってきた新しい犬は群れの秩序を脅かす存在だ。まして、仔犬の頃からケイティの愛情を独り占めにしてきたマックスにとって、突然現れたデュークは邪魔者でしかない。
犬の多頭飼いをするときは、先住犬を優先させるのが鉄則だ。何をするにも先住犬のほうを先にして、一番は自分だと感じさせてあげなければいけない。たとえば、食事をあげるときはまず先住犬に与え、先住犬が安心して食べられるのを見計らってから新しい犬に食事をあげる。こうして先住犬が一番だと実感させるとともに、大事な食事が新しい犬に邪魔されないか見てやるべきだ。それでも先住犬が拗ねてしまい、何年にもわたって機嫌が直らないこともある。先住犬との相性をみるために、試行期間を設ける人も少なくない。
そんな考慮が必要なのに、ケイティはいきなりデュークを連れてきて、すぐにマックスと対等に扱ってしまう。これではトラブルになるのもとうぜんだ。
もちろんペットの映画をつくるからには、作り手もそんなことは承知だろう。
本作は動物たちが繰り広げる愉快で楽しいドタバタコメディだが、騒動のきっかけは常に人間の迂闊さにある。人間が至らないばっかりに、動物たちに無用な争いが起きてしまうのだ。捨てられたペットたちの人間への復讐計画はその最たるものだろう。
本作のバカバカしい笑いの裏には、人間社会に対する作り手の厳しく辛辣な眼差しがある。
『ペット』も『ルドルフとイッパイアッテナ』もそれぞれにいいところがあって楽しめる映画だ。
だが、それだけで終わらせず、鑑賞後に動物と暮らすことについてすこーし考えてみるのはどうだろうか。
![ペット ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/71ILgoxlx9L._SL160_.jpg)
監督/クリス・ルノー、ヤーロウ・チェイニー
出演/ルイス・C・K エリック・ストーンストリート ケヴィン・ハート ジェニー・スレイト エリー・ケンパー レイク・ベル スティーヴ・クーガン ダナ・カーヴィ ボビー・モナハン アルバート・ブルックス
日本語吹替版の出演/設楽統 日村勇紀 永作博美 中尾隆聖 山寺宏一 佐藤栞里 沢城みゆき 銀河万丈 宮野真守 梶裕貴
日本公開/2016年8月11日
ジャンル/[コメディ] [ファミリー] [アドベンチャー] [犬]
『ルドルフとイッパイアッテナ』 [ら行]
監督/湯山邦彦、榊原幹典
出演/井上真央 鈴木亮平 八嶋智人 古田新太 大塚明夫 水樹奈々 寺崎裕香 佐々木りお 毒蝮三太夫
日本公開/2016年8月6日
ジャンル/[ドラマ] [アドベンチャー] [ファミリー]

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No title
猫は一匹しか飼っちゃいけない」というルールについてのルドルフなりの解決方法
「俺は猫をやめるぞお~、JOJO~!」
「俺は猫をやめるぞお~、JOJO~!」
Re: No title
>ふじき78さん
そしてルドルフ1世を名乗った彼の人類支配がはじまった。
そしてルドルフ1世を名乗った彼の人類支配がはじまった。
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トラックバックの反映にはしばらく時間がかかります。ご容赦ください。ルドルフとイッパイアッテナ
大好きな飼い主リエちゃんに可愛がられ、岐阜県で幸せに暮らしていた黒猫のルドルフ。 ところが、長距離トラックの荷台に迷い込んでしまい、大都会・東京へ来てしまった。 そこで出会ったのは街のボス的存在のトラ猫イッパイアッテナ。 自分が住んでいた場所が分からないルドルフは、イッパイアッテナと共にノラ猫として生きていくことに…。 アニメーション。
『ルドルフとイッパイアッテナ』を新宿ピカデリー9で観て、そう閉めるとは思わなかったふじき★★★(18禁感想)
▲どろろと百鬼丸みたいに、ルドルフが実はメスであっても全然驚かないね。
五つ星評価で【★★★ラストの閉じ方についてはちょっとやられた】
飽きはしないし、主役の二匹を ...
ルドルフとイッパイアッテナ
同時期公開で内容も一部かぶる「ペット」に比べてCGの技術は全然かなわないけど、ストーリーは原作付きというのもあり、こちらのほうが断然お気に入りでした。 作品情報 2016年日本映画(アニメ) 監督:湯山邦彦、榊原幹典 声の出演:井上真央、鈴木亮平、八嶋智…
ルドルフとイッパイアッテナ
【概略】
岐阜県で暮らしていた黒猫・ルドルフは、ある日、長距離トラックの荷台に舞い込んで気付けば大都会・東京に。そこでルドルフは人間の文字を理解するボス猫・イッパイアッテナと出会う。
アニメーション
有名児童文学のアニメ映画化ですが、正直私は原作をご存じない。ハイ残念!斉藤洋さんの作品は「白狐魔記」シリーズくらいしか。
原作はどうなのかわかりませんが、本作に限って言えば...
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