スター・ウォーズに見る黒澤明2: 『帝国の逆襲』の沼地の意味
(前回「『スター・ウォーズ』とは何なのか」から読む)
『スター・ウォーズ』の大ヒットを受けて、ジョージ・ルーカスはこれが全九作のシリーズだと発表した。『スター・ウォーズ』はエピソード4『新たなる希望』に位置づけられる。通常、連続映画は13本前後で一作品だから、全九作とはずいぶん控え目に構想したものだ。もっともスター・ウォーズ・シリーズは一本々々が二時間以上の長編映画だから、全九作の上映時間は連続映画60本分に相当する。堂々たる大河ロマンだ。
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007にしろ寅さんにしろ、お馴染みのシリーズでもある程度独立して楽しめる話にするのが一般的だ。ところが『帝国の逆襲』は、これを観ただけでは話がよく判らないのだ。続くエピソード6が翌週に公開されるならまだしも、実際にエピソード6が公開されたのは三年後の1983年なのだから、人を食った話である。連続映画にこだわるルーカスにしか作り得ない、壮大な実験作といえよう。
にもかかわらず『帝国の逆襲』も大ヒット。単体では物語として完結しない長編映画でも興行が成立することを示した。
こののち三部作映画が流行し、中途半端なストーリーの第二部が作られるようになったのは、『帝国の逆襲』の影響が大きいだろう。
■全九作のベースにあるもの
ルーカスが全九作と発表したとき、彼の念頭には1960年の黒澤監督の作品『悪い奴ほどよく眠る』があったのではないかと私は妄想している。

『悪い奴ほどよく眠る』には聞き覚えのあるモチーフが詰まっている。しかも、長大な物語の*真ん中を切り取ったような*この映画を観たら、台頭する悪に父がどのように飲み込まれたのかという前日譚や、このあと兄妹はどうやって戦うのかという後日譚に思いを馳せずにいられない。
もとより『隠し砦の三悪人』も、真壁六郎太の率いる秋月軍が敗北するまでの前日譚や、このあと雪姫が秋月家を再興に導く後日譚を想像させる作品ではあった。だが、アクション映画として一番面白いシチュエーションは、『隠し砦の三悪人』で描いた雪姫の脱出行なのは間違いない。
これに対して社会派サスペンスの『悪い奴ほどよく眠る』は、このシチュエーションに至るまでの過程や、圧倒的な力の差がある巨悪と戦わねばならない兄妹のこれからに、映画本編に負けないほど興味を覚えさせる。
『悪い奴ほどよく眠る』の複雑なプロットを、宇宙が舞台のチャンバラ映画に拡張したら、べらぼうに面白いに違いない。
ルーカスがそう考えたかは判らないが、一つ指摘しておきたいのは『悪い奴ほどよく眠る』が黒澤映画には珍しく親子の愛と確執、そして男女の愛を取り上げた作品だということだ。他の黒澤映画にもそれらの要素はあるけれど、どうも黒澤明という人はアクションを面白くしたり社会を告発したり人類愛を謳いあげるのに忙しくて、親子や男女の描写が手薄になりがちなのだ。そんな中で、『悪い奴ほどよく眠る』は親子関係や男女関係が物語の肝になることから、黒澤映画にしては比較的時間を割いている(他の監督の作品と比べたら及ぶべくもないけれど)。
梶原一騎は『巨人の星』で親子愛を、『愛と誠』で男女の愛を、『あしたのジョー』で師弟愛を描いたという。ジョージ・ルーカスは一作目『スター・ウォーズ』で師弟愛を描いたが、親子や男女については黒澤明と同じく手薄だった。けれども『帝国の逆襲』で、ルーカスはようやく親子関係や男女関係に言及した。まるで『悪い奴ほどよく眠る』のように。
ダース・ベイダーのセリフ「I am your father.」のインパクトは、映画史に残るものだろう。前作でおじ、おば夫妻を惨殺されてもわりと平気だったルークも、このセリフには動揺する(育ての親であるおじ、おばの死に淡白な理由は後で述べる)。
ただ、当時のアニメファンにはいま一つグッと来なかったかもしれない。ロボットアニメ版『巨人の星』と呼ばれる『惑星ロボ ダンガードA』(1977年~)や、テレビアニメ『巨人の星』で親子愛をこれでもかと描いた長浜忠夫監督がその方法論をロボットアニメに持ち込んだ『超電磁マシーン ボルテスV』(1977年~)等が人気を博したことから、当時の日本のアニメでは「実は親子だった」「実は兄弟だった」「実は親子じゃなかった」「実は……」といった肉親愛憎劇が大はやりだった。『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』が公開された1980年6月は、ほぼパターンが出尽くして食傷気味の頃だった。私も正直なところ「また父か……」と思ったものだ。
とはいえ、裏を返せば親子の愛と確執の物語にはそれほど人気と需要があるわけで、痛快スペースオペラを父子の物語に変貌させたルーカスの才には敬意を表すべきだろう。
■師匠を超える人物は沼のほとりに住んでいる
前作に続いて、ルーカスは師弟関係も掘り下げた。
だからルークは、惑星ダゴバの沼地に足を踏み入れねばならなかった。

とりわけ印象的なのが、強くなったのをいいことに街で大暴れした三四郎が、師匠矢野正五郎に叱責されて庭の蓮池に飛び込む場面だ。池といっても鯉が泳ぐようなきれいなものではない。水面に草が浮き、杭にしがみつかなければ泥に足を取られて沈んでしまう、沼と呼ぶほうが相応しいものだ。夜になっても沼に漬かり続ける三四郎は、ハゲ頭の老人に慢心を諌められる。三四郎が入門した修道館は隆昌寺を本拠としており、沼に面した部屋で寺の和尚が寝起きしているのだ。三四郎は師・矢野正五郎に柔道を学ぶだけでなく、道に迷い、行き詰ったとき、沼のほとりの和尚から大切なことを学ぶのだ。
矢野正五郎がオビ=ワン・ケノービであるように、隆昌寺の和尚はダゴバの沼地でルークを導く老ジェダイ・マスター、ヨーダそのものだ。ダゴバのシークエンスは隆昌寺の再現に他ならない。『帝国の逆襲』にダゴバの修行を挿入したことで、姿三四郎としてのルーク像がよりくっきりした。正五郎や和尚や飯沼師範が車座になって語り合うところなど、まるでエピソード1~3で描かれるジェダイ評議会だ。
実は、三四郎は最初から矢野正五郎に師事したわけではない。上京した三四郎は、まず神明活殺流の柔術家・門馬三郎を訪ねている。だが、門馬三郎が柔術を気に食わない者への懲らしめに使う卑しい性根であったことや、矢野正五郎のほうが圧倒的に強かったことから、三四郎は正五郎に頭を下げて弟子入りする。あのまま門馬三郎に師事していたら、三四郎も戦いに強いだけのゴロツキになっていたかもしれない。
一作目ではダース・ベイダーがダークサイド(暗黒面)に寝返った話を聞くだけだったルークも、『帝国の逆襲』においてダークサイドに行くのかライトサイドに留まるかという選択を迫られることになる。ダゴバの洞窟では、その葛藤が具現化し、ダークサイドに堕ちた自分の幻と対峙する。その選択は、オビ=ワン・ケノービ及びヨーダに師事するのか、それともダース・ベイダーに師事するのかという、師匠を選ぶことでもある。
誤った者に師事すれば、誤った道に堕ちてしまう。『姿三四郎』の冒頭で示されるこの命題は、スター・ウォーズ・シリーズ全編を通してのテーマでもある。
いよいよ師弟の物語であることを鮮明にした『帝国の逆襲』の監督を、ルーカスの南カリフォルニア大学時代の恩師アーヴィン・カーシュナーが務めたのは興味深い。
さて、次は遂に完結編となるエピソード6、のはずなのだが、『帝国の逆襲』でハリウッドの常識を覆したジョージ・ルーカスは、黒澤映画に背中を押されるように娯楽映画の枠を外れていく。
(次回「『ジェダイの復讐』の終りはあれでいいの?」につづく)
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監督/アーヴィン・カーシュナー 制作総指揮/ジョージ・ルーカス
脚本/リー・ブラケット、ローレンス・カスダン
出演/マーク・ハミル キャリー・フィッシャー ハリソン・フォード ビリー・ディー・ウィリアムズ アレック・ギネス アンソニー・ダニエルズ ケニー・ベイカー ピーター・メイヒュー フランク・オズ デヴィッド・プラウズ ジェームズ・アール・ジョーンズ ジェレミー・ブロック
日本公開/1980年6月28日
ジャンル/[SF] [ファンタジー] [アドベンチャー]

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【theme : スター・ウォーズ】
【genre : 映画】
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