『at Home アットホーム』 最後まで残る危険地帯

at Home [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 できることなら宣伝はまったく目にしないで劇場に足を運ぶべきだろう。
 もちろん、未見であれば以下の記事も読まないほうがいい。

 『at Home』は犯罪映画でありながら、なんともしみじみとした味わいのある作品だ。
 しいていえば、『長屋紳士録』(1947年)や『しあわせの隠れ場所』(2009年)に近いかもしれない。『長屋紳士録』は孤児を押し付けられた女がなんだかんだ云いつつ面倒をみる話、『しあわせの隠れ場所』は白人の金持ちが身寄りのない黒人少年を引き取る話だ。いずれも見ず知らずの子の面倒をみるうちに情がわき、強い絆で結ばれていく物語だった。

 しかし、例に挙げた両作が人情や感動に重きを置くのに対し、『at Home』はそこまで感動に流れない。涙をそそられはするものの、本作の価値は感動とは別のところにある。

 内容を紹介するのは簡単だ。ポスターやチラシに印刷された「俺が盗んできた家族は、誰にも奪わせない。」という惹句がほぼすべてを語っている。駄目押しにチラシの裏には「俺たちは最強の家族だ。たとえ、他人同士でも。」と書かれている。これで映画のネタはほとんど割れてしまうから、宣伝にはもっと気を使って欲しいと思う。

 それはともかく、本作の特徴は「家族」全員がフラットな立場にあることだ。
 『長屋紳士録』や『しあわせの隠れ場所』は、子供を「引き取る」話だった。そこにはすでに所帯があった。行き場のない子供が所帯に馴染み、融和する過程を描いていた。
 だが、竹野内豊さん演じる主人公には、前提となる家庭や所帯がない。彼もまた行き場がなく孤独な人間であり、たまたま子供と「合流」する。同じように孤独な者たちが少しずつ「合流」し、やがて五人に膨れ上がる。

 面白いことに、本作には『長屋紳士録』のような引き取る際の葛藤はないし、『しあわせの隠れ場所』のような融和に向けて乗り越えるべき苦労もない。これらの要素があればドラマは盛り上がるはずだし、葛藤や苦労があればこそ、その後の感動は大きくなるはずだ。客受けを考えればここを描かない手はないのだが、本作はあっさり省略してしまう。

 それはこの「家族」の実質がシェルターであるからだろう。シェルター、すなわち避難所である。
 「家族」になるまでの葛藤や苦労に代わって本作で描かれるのが、「家族」に出会う前のめいめいの辛い過去だ。親に放置されていた子供、虐待されていた子供、夫に殴られ続けた妻……その苦労と辛さを強調するために、彼らが出会ってから「家族」になるまではあっさりと済まされたのだろう。
 彼らは行き場がなかったのだ。身を寄せ合い、家族ごっこを演じるしかなかったのだ。そこに苦労があったとしても、元の家へ、親許へ、夫の許へ戻ることに比べればはるかにマシなのだ。

 ここが本作の肝である。
 かつて日本は不自由な国だった。ほんの150年前まで強固な身分制度に縛られ、職業選択の自由はおろか、住む場所を変えることも、おちおち旅することも許されなかった。今でも職業選択ひとつとっても男性が助産師になれない性差別や定年になったら退職しなければならない年齢差別があるけれど、自由なこともずいぶん増えた。職場が嫌なら辞めてもいい。地域や学校が嫌なら引っ越しても転校してもいい。
 ところが、まだまだ自由に程遠いものがある。それが家族だ。親が嫌でも変えられないし、子供も自由には変えられない。養子を取る、里子に出すということもあるが、子供を自由に変えることとは違うだろう。「当然だ」と云う人が多いはずだ。「それが家族だ」とおっしゃるかもしれない。

 しかし、家族が素晴らしいとは限らない。家庭が憩いの場とも限らない。
 それは家庭内の犯罪の動向からもうかがえる。

  親族が被害者である事件の検挙件数の推移(罪名別)

 法務総合研究所の研究部報告45「家庭内の重大犯罪に関する研究」から、図「親族が被害者である事件の検挙件数の推移(罪名別)」を見てみよう。ここでいう親族とは、親、配偶者、子、兄弟姉妹等のことである。
 傷害事件が平成12年から急増したのは、配偶者に対する暴行・傷害を検挙するようになったこと、特に平成13年にDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)が施行されて配偶者による暴力が顕在化するようになったことが影響している。
 その点、従前より顕在化しやすかったはずの殺人には大きな変化が見られない。昭和50年代の600件超から平成初期の400件程度までは減少傾向にあったが、その後は500件前後で横這いだ。

 これはおかしい。
 人類の暴力は減少し続けている。日本の殺人事件の被害者総数も、人口10万人あたりの被害者数も減る一方だ。
 なのに、親族が被害者の殺人には大きな変化がないとはどういうことか。

  被疑者と被害者との関係別検挙件数・面識率・親族率の推移

 殺人事件全体は減っているのに親族間の殺人は減らないのだから、殺人事件に占める親族間の殺人の割合が高まるのはとうぜんだ。上に引用したのは法務総合研究所の研究部報告50「無差別殺傷事犯に関する研究」の図「殺人 被疑者と被害者との関係別検挙件数・面識率・親族率の推移」だ。図の上のほうで横這いしている線は面識率で、9割近くの被害者が面識のある者(親族、友人・知人、職場関係者、交際相手等)に殺されたことを示している。見ず知らずの人に殺されるのはとても珍しいことなのだ。

 図の真ん中あたりでジワジワ上昇しているのが親族率だ。被害者が親族の事件が検挙件数に占める割合である。平成16年に、親族に対する事件の割合が、親族を除く面識者に対する事件を上回って以来、その割合は高まり続け、平成23年には52.2%に達している。
 親族といっても、滅多に会わない親戚がわざわざ殺しに来ることはないだろうから、あなたが殺されるとしたら、同居の家族や密に交流している親子兄弟が犯人である可能性が高いのだ。ましてや殺人までには至らない暴力や衝突は、いったいどれだけあることだろう。
 もちろん、平成16年を境に家族が憎み合うようになったとか、親や子が凶暴になったわけではない。他人同士の殺し合いが減ったため、親族に対する殺人が相対的に浮上したのだ。

 昭和の日本はテロだの暴力団の抗争だの派手な事件にこと欠かず、殺人ぐらいじゃニュースバリューがなかったが、近年は見知らぬ他人に殺されるだけで全国ニュースになるほど治安が良い。
 しかし、防犯パトロールに取り組んでも、防犯カメラを設置しても、不審者への警戒を呼び掛けても、治安対策から零れ落ちてしまうのが家庭の中だ。そこが最後まで残る危険地帯だ。

 円満な家庭も多いに違いない。家の外より内のほうが危険だなんて、考えられないかもしれない。
 「血の繋がった家族だもの。」
 映画でそんなセリフが語られるとき、多くは家族をポジティブに捉えている。
 だが、私たちの前には、殺人事件に占める親族率の上昇という厳然たる事実がある。

at Home (角川文庫) もっと自由があったなら、引っ越しするように家族を変えられたなら、もしかしたら危険は減るかもしれない。
 『at Home』が興味深いのは、五人の家族がみんな赤の他人であり、全員の合意で家族を結成したことだ。フラットな立場にある五人が一堂に会してキックオフミーティングを開催し、呼び名や役割を決めて、納得の上で家族に参加する。大人の判断で子供を引き取るのではなく、子供が主体的に「この家の子にしてください」と申し入れる。そんな家族のはじめ方はどうだろう。
 たまたま子供として生まれたから、たまたまこの子の親になったから家族なのではなく、自分で選び、納得ずくで参加した家族だから愛おしい。本作はそんな物語だ。

 本作の提示する家族像は伝統的な常識から外れている、倫理に反すると思う人がいるかもしれない。
 そこで本作が仕掛けるのが、犯罪者一家という設定だ。お父さんは泥棒、お母さんは詐欺師、お兄ちゃんは偽造・変造の職人さん。この設定が風変わりなのは、犯罪がファミリービジネスではないからだ。マフィアの一家を描いた『ゴッドファーザー』をはじめ、家族で犯罪を手掛ける映画は多い。しかし本作は、世間の父や母や子がそれぞれ別の仕事に就くように、互いに関係のない犯罪に手を染めている。それは本作が本質において犯罪映画ではないからだろう。犯罪者一家という設定は、観客の倫理感や常識を打ち砕くカモフラージュに過ぎない。泥棒だから、詐欺師だから、けったいなことをしでかすだろう。そう思わせることで倫理感のハードルを下げ、伝統から乖離した家族像を受け入れさせている。
 ストーリーの上では、犯罪者一家であることと、他人が身を寄せ合う"偽"家族であることとの関連は薄い。けれども犯罪者一家という非常識があることで、"偽"家族という非常識が陰に隠れ、この奇妙な家族に存在感を与えている。


 考えさせられたのが、映画の進行を"次男"の作文に重ねたことだ。
 小学生の"次男"が学校の授業で家族をテーマに作文を書く。それを読み上げる教室のシーンと過去のいきさつを交互に描いて、「家族」の成立と現在の家族同士の繋がりを端的に示す。
 一見すると単純な作りだが、ここには幾つもの皮肉が込められていよう。

 一つは、「家族」をテーマに作文を書かせ、級友や保護者の前で発表させる残酷さへの批判だ。今どきこんな無神経なことをする小学校が現実にあるかどうか判らないが、このシーンは家族を肯定的に捉えて疑わない人々への皮肉であろう。家族からの虐待や暴力を描いた本作だからこそ、家族の素晴らしさを語らせることの無情さが伝わってくる。

 もう一つは、顕在化しない真実があるということだ。作文の中では、"父親"は便利屋さんと書かれている。"次男"はこの家族の中に生まれたのだと書かれている。どれもデタラメでありながら、発表を聞く保護者たちは疑問に思わない。こんな調子で、危険な状況の家族があっても周囲は気づけないのではあるまいか。

 家庭の実態を隠しながら、"偽"家族のことを誇らしげに発表する"次男"に、一筋縄ではいかないこの映画の魅力が象徴されている。


 ラストに至って"偽"家族たちは罪を償い、あるいは足を洗って真っ当に暮らすようになるのだが、映画はそこから先を描くことができない。
 はたして、犯罪者一家という非常識な設定で覆い隠さなくても、自由な家族のあり方が受け入れられる日は来るのだろうか。


at Home [Blu-ray]at Home』  [あ行]
監督/蝶野博
出演/竹野内豊 松雪泰子 坂口健太郎 黒島結菜 池田優斗 國村隼 村本大輔 千原せいじ 板尾創路
日本公開/2015年8月22日
ジャンル/[ドラマ] [犯罪]
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【theme : 邦画
【genre : 映画

tag : 蝶野博 竹野内豊 松雪泰子 坂口健太郎 黒島結菜 池田優斗 國村隼 村本大輔 千原せいじ 板尾創路

⇒comment

No title

ナドレックさんがご紹介されていたので見てまいりました。映画の展開と演出はかなりTV的な感じがしたり、脚本の緩さのようなものを感じて時に辛かったのですが、家族となった経緯を明かしていく場面の盛り込みに救われました。今の時代に意味ある提起をしている映画だと思いました。ご紹介、有難うございます。
鑑賞後に予告編を見ると大切な場面を次々とネタバレしているのでそれは無いでしょうと思います。

このなつ海外で大きな一軒家に少々長く滞在しました。そこはB&Bなのでいろんな人が宿泊しますが、宿主さんは朝食を作りに来るだけで、宿泊者がリビングや台所、ガレージを自由に使ってました。
一緒に食事したり、互いの話をしたり、身の上や仕事の話をいじり倒したりして、疑似家族的でした。
ホテルに泊まるのでなくビラでもなく、こういう関係性が生じる居住体験は悪くないです。
時代が与えてくれていた枠組みがなくなり、戸惑いの中を生きているような日々ではないかとおもうだけに、どういう関係性を構築し続けていくかは私たちの緊急かつ大切な課題なのかもしれませんね。
という浅い所感で終わります。

No title

新型のエリート一家だとも思いました

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
それは無いでしょうと思いますよね。私は鑑賞前に予告編を見ていたので、本編を観てガックリしました。

新型のエリート一家とは云い得て妙ですね。
血縁やイエに頼らなくても他者との関係を構築できる彼らは、精神的なエリートなのかもしれません。

私はこちらの記事にも通じるものを感じました。

■「シングルマザー専用」のシェアハウスに住んでいます
 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278874/082400002/

夫婦と子供で構成されるファミリーばかりのコミュニティには入れなかったシングルマザーが、母子家庭の共同生活に加わることで安定した毎日を過ごせるようになったといいます。
私は本作の「家族」をシェルターと表現しましたが、あの一軒家はまさにシェアハウスなんでしょうね。

國村隼さんが演じるゲンジはさしずめお祖父さんのポジションですから、祖父母(に相当するキャラクター)の存在を掘り下げるとより面白かったかもしれません。
少子高齢化する日本では、祖父母の位置づけを見直すことに一定の意義があるのではないかと考えています。

No title

そう言えば、同じ原作者が書いた『ストレイヤーズ・クロニクル』も二つの集団の戦いと融和を書いていましたが、彼等の集団を家族とするなら、その関係性はフラットでした。何となく、それはサイボーグ009とかを思い起こさせる。すると、あれやこれやは家族と言うよりチームに近いのか? 逆に言えば、チームでいられるような家族と言うのが理想的な家族なのかもしれない。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
『サイボーグ009』は初めのうちこそチームっぽいですが、だんだん家族的になってしまいますけどね(^^; ギルモア博士がおじいちゃんで、003がおっかさんみたいな。
家族は家族で良いところがたくさんあるのですが、そのあり方は多様でいいと思います。その意味で、この作品はけっこう大事なことを伝えていると思うのです。
Secret

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