『日本のいちばん長い日』 1967年版と2015年版はここが違う

日本のいちばん長い日 豪華版(3枚組) [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 前回の記事「『日本のいちばん長い日』は宮城事件を描き切ったか?」に、梅茶さんからコメントをいただいた。
 記事では掘り下げなかったところを突いていただき感謝に堪えない。
 以下は、梅茶さんのコメントへの返信として書いたものである。

梅茶さんのコメント】(引用に際して改行を入れました)
---
タイトル:一抹の不安…
(前略)
前作がお気に入りの私にとって、この新作はなぜか一抹の不安を感じてまだモヤモヤしています。
確かに戦争を終わらせるために奮闘した人々を中心に描いていますが、昭和天皇をはじめ、すべての人々が美しく描かれすぎていて、これだけ人格者がいてくれたら、万が一戦争が起こっても大丈夫なんじゃないか、日本人には人格者がたくさんいるから心配することはないんじゃないか、とまで楽観視される危険性にモヤモヤしてしまう不安神経症の自分が頭をもたげてくるのです。
ましてや、これが海外で上映されると、日本人は過去に回帰しつつあるのではないか、と疑心暗鬼されてしまうのではないか、とまで。
原田真人監督の作品は好きなので、批判する気はさらさらないし、思いは伝わってくるのですが、いかんせん前作と比べて見てしまうと、1968年の空気感と2015年の空気感の違いが、反省と苦渋にまみれたヨレヨレの日本人と、自信を取り戻し優秀さを自覚し始めた日本人とが浮き彫りになってしまうのです。
確かに阿南陸相の描き方は軍国主義者としての描かれ方が強い前作の方が危険度は高いのですが、役所さんが当時の陸相としてのリアル感が乏しいためか、軍人を美化して捉えられてしまいそうなんです、山本五十六さんの時はそうは思わなかったのに、不思議なんですよね。
---

 梅茶さん、コメントありがとうございます。

 岡本喜八監督の1967年版『日本のいちばん長い日』も面白いですね。1967年版のほうが臨場感やエネルギーは勝っているかもしれません。
 2015年版『日本のいちばん長い日』を作るに当たって、原田眞人監督はエピソードの取捨選択に悩まれたことでしょう。戦争終結の通達を無視して出撃してしまう部隊とか、軍を送り出す国民たちの熱狂ぶりが削られたのは残念です。
 ただ、1967年版が上映時間157分でほぼ24時間のことを描くのに対し、2015年版はたった136分で四ヶ月半の出来事を描きますから、テーマもスコープも別物と考えるべきでしょうね。

 たしかに映画が公開された1967年と2015年では世間の様子も違うと思いますが、私の受け取り方は梅茶さんの「反省と苦渋にまみれたヨレヨレの日本人と、自信を取り戻し優秀さを自覚し始めた日本人」とは異なります。

 1967年版の中には、終戦の儀に臨むに当たって「日本帝国の葬式だ」というセリフがあります。そして三船敏郎さんが演じる阿南陸相は若者たちに平和な国を作ることを託します。終戦をもって大日本帝国は滅亡し、新たに日本国が誕生したのです。1967年といえば東京オリンピックと大阪万博の狭間の時期です。古い時代に決別し、新しい日本を発展させるべく、前進していくときでした。1967年版からは、軍国主義の国はこうしてなくなったんだと、みんなのエネルギーは復興と新しい時代を切り開くことに向けていくべきなんだという強烈なメッセージを感じます。

 2015年の映画が、半世紀前と同じメッセージを発するわけにはいきません。
 復興を遂げ、戦後70年も経った日本で、「さあ新しい時代だ」と鼓舞するわけにはいきますまい。「平和」や「民主主義」は尊いけれど、もはや目をキラキラさせて新たに築くイメージは持てません(あくまでイメージの話です)。「戦後民主主義の賞味期限切れ」が指摘されるのは、こういう点を踏まえてのことでしょう。本作が1967年版と印象の違う映画になるのはとうぜんのことです。


日本のいちばん長い日 [東宝DVD名作セレクション]■敗戦を知った少年が書いたこと

 1967年版では閣僚や将校の私生活が一切描かれなかったので、どのような背景の人物なのか映画だけでは皆目見当が付きませんでした。説明せずとも公開当時の人には知られていたのかもしれません。
 2015年版は各人の私生活や人間性をきっちり描いています。映画としてはこれが正攻法で、1967年版が省略しすぎなのだと思います。
 本作の登場人物がみんな人格者として描かれているとのご指摘ですが、実際みなさん立派な方だったのではないでしょうか。
 阿南陸相だって、国家存亡の危機にあって陸相に任命され、クーデターを起こす青年将校からも担がれるくらいですから、さぞかし人望のある方だったのでしょう。家には仕事をほとんど持ち込まない、いいお父さんだったそうです。[*]

 では、人格者がいてくれたら、万が一戦争が起こっても大丈夫なのかというと、それは別問題です。
 いずれ稿を改めて詳述したいと思いますが、立派な人、美しい心根を持った人であることと、その人の判断能力が優れているか、その行動が周囲に幸せをもたらすかは関係ありません。「地獄への道は善意で敷き詰められている」とも申します。軍人を人格者として描いても、だから日本は心配いらない、大丈夫だということにはならないでしょう。それどころか、映画に映し出されるのは、これほど人格者が揃っていても戦争にはボロ負けするということです。ここから観客が、日本は大丈夫と感じることはないのではないでしょうか。

 大丈夫というよりも、危険なのは美しさに殉じてしまうことかと思います。
 1945年8月15日、敗戦を知った14歳の少年は日記にこう綴りました。
 「我々の考えとしては、あくまで闘い、最後の一人まで戦って、死にたいのである。(略)たとえ、大和民族が絶えてしまおうとも、恥さらしな降伏をするよりも、世界の人々から、日本人は最後の一人まで戦って敗れたとたたえらえる方がよい。」
 軍国少年らしい純粋さがうかがえます。ある意味、美しい思いとも云えるでしょう。心配いらないとか、大丈夫とか、彼は全然期待していません。現在でも、非武装中立を貫いて世界の人々から日本人は最後まで戦力を持たなかったと称えられれば、他国に攻められて絶えてしまっても構わないと主張する人がいます。美しい思いに殉じたい欲求は、昔も今も変わりません。

 劇中でこういう危険な傾向を見せるのが青年将校たちであり、それを止めるのが人格者たる大人たちという構図になっているのが本作です。戦争終結の通達が出たにもかかわらず出撃を命令する厚木基地の司令官のシークエンス等がカットされたことで、本作では対立構造がシンプルになりました。

 1967年版の青年将校たちはエネルギーに満ちています。その主張に説得力があります。阿南陸相も徹底抗戦を主張する軍国主義者として描かれます。阿南陸相を演じる三船敏郎さんの存在感はさすがです。
 これらの描写は危険ですが、どんなに軍国主義を力強く描いても、ラストにおける平和な民主的社会への希望と期待はさらに力強く、軍国主義の印象を払拭してくれます。青年将校の決起を促すビラ撒きは、なんだか安保反対の運動と重なるような気がしてきます。

 他方、2015年版のラストには平和と民主主義を希求する強烈な描写がありません。だから軍国主義を否定しきれていないような気がして不安になるのではないでしょうか。なにしろ青年将校を止める人格者たちも、軍国主義の片棒を担いだ人たちなのですから。


日本のいちばん長い日オリジナル・サウンドトラック■誰がブレーキをかけるのか

 しかし、2015年版は1967年版のようなラストを用意できないがために、全体のバランスをチューニングし直しています。
 それが端的に表れたのがキャスティングだと思います。
 1967年版で笠智衆さんが演じた誠実な好々爺のような鈴木首相と2015年版の山崎努さんの老獪な鈴木首相とのコントラストは面白いし、暴走する畑中少佐の狂気は1967年版の黒沢年男さんも2015年版の松坂桃李さんも甲乙つけがたい。新旧両作とも素晴らしいキャストですが、一人だけ、なんだか釣りあわない人物がいます。海軍大臣米内光政(よない みつまさ)です。

 米内光政は、山本五十六、井上成美とともに米英との戦争に反対し、ドイツとの同盟にも反対した人物です。山本五十六亡きあとは本土決戦を主張する陸軍を抑えるため尽力しました。海軍がほぼ壊滅した戦争末期、米内光政が踏ん張らなければ海軍は陸軍に吸収され、海軍大臣のポストは消滅していたかもしれません。そうなれば、内閣で陸軍大臣に対抗する人間がいなくなり、陸軍の主張どおり本土決戦が実行され、数千万の国民が死んでいたかもしれません。本作の原作者半藤一利氏が高く評価する人物です。

 陸軍大臣阿南惟幾(あなみ これちか)を抑えにかかる重要な役どころですから、貫禄、人望、英知、どこをとっても阿南惟幾に負けない人物として描く必要があります。1967年版では、阿南陸相を演じる三船敏郎さんに匹敵するキャストとして、米内海相役に山村聰さんがキャスティングされました。これには誰もが納得するはずです。日本演劇界で最も多く総理大臣を演じた俳優といわれる山村聰さんほど相応しい人はいないでしょう。
 1967年版では軍国主義にアクセルを踏む阿南陸相とブレーキをかける米内海相のぶつかり合いが見どころでもありました。映画の最後で阿南の傍らに米内がいるのも、この二人の対決が映画の主軸の一つだったからでしょう。

 ところが、2015年版で米内光政を演じたのは中村育二さんです。
 中村育二さんも素晴らしい役者さんですが、悪役や腹黒い役も多く(原田眞人監督の前作『駆込み女と駆出し男』では裏で糸を引く老中・水野忠邦役)、必ずしも貫禄、人望、英知が売りではありません。そんな中村育二さんを米内光政役にキャスティングしたことが、本作の肝だと思います。
 中村育二さん演じる米内海相に、阿南陸相を止めるほどの迫力はありません。映画の見どころといえるほど両大臣がぶつかり合うわけでもありません。最後に阿南の傍らにいるのは阿南の妻であって米内ではありません。米内が阿南の弔問に訪れるエピソードはカットされました。1967年版に比べると、ずいぶんと米内光政の扱いは小さくなりました。

 では、誰が阿南陸相にブレーキをかけるのか。
 米内光政の扱いが変わったのは、阿南惟幾像が変化したからに他なりません。本作の阿南惟幾は危うい軍国主義者ではなく、自制できる人格者なのです。ブレーキをかけてもらう必要はありません。

 梅茶さんが美化と感じられたのは、1967年版の軍国主義者としての阿南惟幾像と比べてのことだと思います。役所広司さん演じる立派な阿南惟幾は、1967年版に比べれば美化なのかもしれません。しかし、阿南惟幾を危険な軍国主義者としたまま美化すれば、それは危ない映画ですが、本作は阿南の人物像を覆しているのです。阿南はブレーキをかけてもらわねばならない危険な人物ではなく、彼自身がブレーキ役として陸軍の暴走を抑えていた。本作はそう描いています。
 24時間のことしか描かない1967年版では、ポツダム宣言の受諾を知った陸軍将校が一気にクーデターに走るように見えますが、四ヶ月半の出来事を描く2015年版では、前から爆発しそうな陸軍を長期にわたって阿南が抑えてきた様子が見られます。ときに軍国主義的なことを口にするのも、陸軍将校の思いを代弁してやってガス抜きを図るためです。そして将校たちの気持ちが自分から離反しないように気を付けながら、彼らが暴走しないように牽制しています。

 さらに、阿南の自害の意味も両作では異なっています。
 1967年版の阿南は軍国主義の象徴ですから、彼の死は軍国主義の終わり、大日本帝国の終わりを表しています。
 遺書の「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」の文字もはっきりと映し出されました。大罪とは何か、国を敗戦に追い込んだ陸軍軍人として思うところがあったのか、それを知るのは阿南本人だけでしょうが、1967年版の映画は陸軍大臣が詫びながら死んでいったことを明らかにして、大日本帝国を過去と葬り、新しい時代を切り開かねばならないことを観客に訴えます。

 他方、2015年版の映画に遺書は映りません。そもそも阿南は軍国主義の象徴ではなく、陸軍の暴走を抑えようとした人物として描かれています。
 その彼の死も、陸軍の暴走を抑えるための努力の一つなのでしょう。宮城事件は鎮圧されましたが、阿南はまだ陸軍には終戦に同意しない者が多いことを知っています。第二、第三の宮城事件を防がねばなりません。そのためには、単に戦争終結の通達を出すだけでなく、軍全体に冷水を浴びせ、戦意を喪失させる必要があります。そのために彼が取った手段がみずからの死です。
 宮城事件を起こした青年将校は、阿南を担いで陸軍全体の決起を促すつもりでいました。阿南は、自分が御輿に担がれるポジションにあることを自覚しています。御輿がなくなってしまえば御輿は担げません。阿南は文字どおり体を張って、決起の可能性を潰したのです。

 三船敏郎さんの演じる阿南惟幾は、たしかに腹を切りそうなほど凄みのある軍国主義者ですが、役所広司さんの阿南はそんな凄みを漂わせないのに腹を切ってしまいます。新旧両作の阿南惟幾像の違いが、自害の意味も違うものにしたのではないでしょうか。


決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)  お気づきかもしれませんが、私は記事内に反戦的なことを書きませんでした。
 何かを成し遂げる、達成することだけでなく、ときには止めることも大切で、止めさせた人は偉大だ、ということばかり書きました。成し遂げた人が称賛され、栄誉を手にすることは多々ありますが、止めた人、止めさせた人が称賛されることは滅多にないので、敢えて止めることを強調したのです。

 反対するだけでは、止まらないものは止まりません。反対するよりも、止めるための知恵や行動が必要とされることがあります。もしかすると、止めるほうが成し遂げるよりも難しいかもしれないのです。
 戦後民主主義の賞味期限が切れ、「平和」とか「民主主義」という言葉の訴求力が失われつつあるのなら、止めるために全力を尽くした人たちの姿を通して止めることの偉大さをアピールするのが、現代に"日本のいちばん長い日"を作る意義ではないか。
 半世紀近くのときを隔てた二つの『日本のいちばん長い日』を観て、そんなことを考えずにはいられないのです。


[*] 読売新聞 2015年7月31日夕刊

日本のいちばん長い日』  [な行]
監督/岡本喜八
出演/三船敏郎 山村聡 笠智衆 宮口精二 志村喬 高橋悦史 黒沢年男 加藤武 土屋嘉男 田崎潤 平田昭彦 中村伸郎 天本英世 浜村純 小林桂樹 加山雄三 新珠三千代
日本公開/1967年8月3日
ジャンル/[戦争] [ドラマ]

日本のいちばん長い日 豪華版(3枚組) [Blu-ray]日本のいちばん長い日』  [な行]
監督・脚本/原田眞人
出演/役所広司 本木雅弘 山崎努 松坂桃李 堤真一 神野三鈴 大場泰正 キムラ緑子 小松和重 中村育二 山路和弘 中嶋しゅう 蓮佛美沙子 井之上隆志 木場勝己 戸田恵梨香 松山ケンイチ
日本公開/2015年8月8日
ジャンル/[戦争] [ドラマ]
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【theme : 戦争映画
【genre : 映画

tag : 原田眞人 役所広司 本木雅弘 山崎努 松坂桃李 堤真一 神野三鈴 大場泰正 キムラ緑子 小松和重

⇒comment

No title

観ている最中は、阿南大臣は忠臣蔵の大石内蔵助の心情のように見えましたが、その幕の引き方に、西南戦争の南洲西郷隆盛を感じました。。。何と言っても陸軍ですからね。。

ブレーキをかけること

思いの込められたご返答、ありがとうございます。やっぱり役所広司さんの阿南陸相、山崎さんの鈴木貫太郎首相、そして本木雅弘さんの昭和天皇がこの映画の肝、だったんですね。アクセルをかけるな!、と叫び続けるよりも、どうしたらブレーキがかかるのか、画策し、実際にブレーキをかけることがどれだけ大変な作業と人材が必要のか、それを描くためには、あのような人物描写が説得力を持って私達に訴えかけてくれますよね。確かにあの時代でも、現代でも、誰もが悲惨な戦争を好んで始めるわけではない、ただ、失敗や過ちに瞬時に気づいて立ち止まり、方向転換する経験に乏しい未熟な国だっただけ、なのかも知れませんね。地獄への道…、という比喩は、人格者が無力、というわけではなく、協力しあえば踏みとどまることができる、という希望を、昭和天皇、鈴木首相、阿南陸相に感じ取ることができます。ただ、私は昭和天皇が大好きなので、彼が普通の人間として悩み、苦しみ、必死で耐えて日本を支えてくれた姿を、等身大のヒーローとして描いて欲しかったという無意識のうちの願望があったため、少し欲求不満が残ってしまったのかも知れません。でも、その方が誤解を招きやすいですよね。美しさとか危なさは、表現する上で、ある種の覚悟が必要なのかも知れませんが、尺の制限のある映画で奮闘される原田真人監督にはエールを送りたいです。

No title

こんばんは。
私も梅茶さんと同じような感覚を持ちましたので、ナドレックさんのこちらの返答、大変参考になりました。
私は「アメリカン・スナイパー」でも同じような不安にかられましたので、戦争に関してアレルギーなのかもしれません。

>危険なのは美しさに殉じてしまうことかと…
そうですよね。
でも特攻といい、男たちの大和といい、男の人は国に殉じる話とか好きですよね。(約1名単細胞が身近にもいます/笑)
だからか、山崎努演じる鈴木首相はとても魅力的に見えました。
政治家には個人の信念とかどうでもいいから、しぶとい調整役に徹してほしいと思う私はロマンが無さすぎるかもしれません(笑)

Re: No title

@なかばやしさん、こんにちは。
なるほど。自分の考えを表に出さず、腹芸で時間を稼いでいくのは大石内蔵助のようですね。
役所広司さんは『最後の忠臣蔵』でも腹を切っていますが、こちらはただ忠義のために死ぬようで私は好きではありません。本作の死には合理的な必然性があり、納得させられました。

Re: ブレーキをかけること

梅茶さん、こんにちは。

> 私は昭和天皇が大好きなので、彼が普通の人間として悩み、苦しみ、必死で耐えて日本を支えてくれた姿を、等身大のヒーローとして描いて欲しかったという無意識のうちの願望があったため、少し欲求不満が残ってしまったのかも知れません。

私が突破口と書いたのも、本作の描写はまだ序の口だと思うからです。
とりあえず昭和天皇を正面から描く作品が誕生したので、今後テレビドラマや映画でその生涯が取り上げられると面白いですね。

原田監督も本当はもっと昭和天皇を描きたかったそうです。
---
半藤先生の原作を読んで、これは昭和天皇を主役のひとりとして描かなければ成立しない話だろうとも思いました。岡本監督がやりたくてもできなかったことを、いつか誰かが映画にしなくてはいけないなと。
(略)
この映画の中では、鈴木貫太郎と阿南陸軍大臣の疑似家族を描いていますが、本当だったらもっと突っ込んで、昭和天皇と母の貞明皇后の関係も描きたかった。この母子はすごく屈折した関係で、「日本国民が死に絶えても戦った方が良い」といった事を言っていたお母さんですから、そこには何十年と続く確執があった。それを描くのは理想ですけど、今日本人がそこまで受け入れられるかも分からなかったし、上映時間も3時間を超えてしまうので、これからの課題とする事にしました。昭和天皇と鈴木貫太郎と阿南陸軍大臣の3人により、緊迫した状況をいかに切り抜けられたという事を描いた。
---
http://getnews.jp/archives/1092282 (引用に際して誤字を訂正しました。)

3時間を超えても描いて欲しかったと思いますが、「これからの課題」だそうなので、いつか映画になるといいですね。

Re: No title

mi~yaさん、こんにちは。

> 特攻といい、男たちの大和といい、男の人は国に殉じる話とか好きですよね。

昭和天皇の母・貞明皇后は「日本国民が死に絶えても戦った方が良い」と云っていたそうですから、女性も好きですね。ただ、男性は死ぬ側として行動することを求められますが、貞明皇后は自分が率先して死ぬとは云わなかったでしょうね。
米国の南北戦争では戦争に行きたくない南部の男性たちが徴兵反対運動を起こしましたが、南部の女性たちの「戦争に行かない男とは私たちは結婚しない」キャンペーンにより、強力なダメージを受け、運動は挫けてしまったそうです。「ガラスの天井」(女性が昇進を阻まれ、男性のように昇っていけない)ならぬ「ガラスの地下室」(男性ばかりが危険な仕事やストレスの多い役回りをさせられて、女性のように安泰な場所に立てない)というやつですね。地位だの報酬だのに釣られて、実は命をすり減らしていることに気づかない男が愚かなんですが。フェミニズムに対置するマスキュリズムという概念については、いずれブログで取り上げたいと思います。
(ご参考:見えない男性差別~生きづらさの理由 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150220/277791/ )

ともあれ、戦った方が良いと云う貞明皇后と戦いを終わらせたい昭和天皇の確執を描いたら、見応えたっぷりの映画になるでしょう。まだまだ手付かずの題材はあるんですね。

楽しみです♪

ナドレックさん、ありがとうございます。1967年版を見てから、鈴木貫太郎自伝、昭和天皇独白録などを読み漁り、今も興味は尽きません。あの頃を知る重臣、関係者などが語る昭和天皇は、一言では言い尽くせないほどの人物として胸に迫ってきます。まだまだ、公表されない部分もあるかと思いますが、少しでも一番近い実像として、世に送り出して欲しいなと思っています。

Re: 楽しみです♪

梅茶さん、こんにちは。
『昭和天皇実録』が黒塗りなしで公表されたことですし。
いろいろな人が映画等で描くことで、一面的でない、立体的な人物像が浮かび上がるといいですね。

悪の陸軍

こんにちは。今回の原田版を観て、ぐっとくる家族ドラマに感動した1人です。ラジオから流れてくるWe'll meet again をじっと聴きいる阿南を観て泣きました。ああ、この人、本当は家族の元に帰りたかったんだろうなあ。
しかし、戦争ドキュメントドラマとしては、ん?と違和感を覚え、これはどこから来るんだろう?と、慌ててDVDで岡本版を観てみました。そして、頑固一徹な三船敏郎、また、黒沢年男と天本英世のガーガーがなる狂気の演技を確認して、これこそが私のイメージしていた陸軍だよと一安心。…ん?なんで安心してるんだ?私?
この安心感がどこから来るのか、ちょっと考えてみました。

私、いわゆる日曜朝の特撮ヒーロー番組の「大きなおともだち」でして(;^_^昨今のヒーロー番組を定点観測しております。
で、最近のヒーロー物語のトレンドは、最初は勧善懲悪で走りながらも、次第に敵側の行動の理由が明らかになり始め、本当にこのまま相手を倒し続けていいの?と終盤戦でいったん待ったがかかる構成。
善悪が立ち位置で変わっていくのです。こっちが善でそっちが悪と、容易に決めつけ難い展開になっていく。
敵がヒーロー側に寝返る展開は歓迎されます。
しかし、敵の行動論理自体がヒーロー側の正当性に疑問を抱かせるものになると、途端に視聴者からブーイングが起きる。どっちも正しい、どっちも間違ってる、誰が悪いと決めつけられない。そんなのヒーロー番組じゃない!と非難が集中する。で、その中でどうしようもない悪のラスボスが登場すると、皆安心する。皆、善悪の仕分けをしたがるんです。で、自分が善側だと確認して安心する。

2つの「日本の1番長い日」での陸軍の扱いは、それに通じるものがあるんじゃないかなあと。
つまり、岡本版では陸軍=悪と描いているように私には見えて、善悪の仕分けをしたがる私には座りがいい。
じゃあ、なんで陸軍を悪と決めつけると安心するんだろう?
戦争は一部の特別な悪の狂気が引き起こすもの。今の日本はあんなキチ○イ集団じゃないから戦争はもう起きない、と安心するからだと思います。
ところが原田版はそうは安心させてくれない。役所広司は、家ではいいお父さん。松坂桃季は信念の完遂を求める、若きエリート将校。あれ?「悪の」陸軍の筈なのに、意外と身の回りに居そうな人達ばっかりじゃん?こんな家族や友人に対してはいい人達が、何故戦争に固執する?
彼ら陸軍の背中を押しているのは、間違いなく世の中の空気なのです(残念ながら原田版ではそこは描ききれていなかったけど)。
昨年、朝日の慰安婦「捏造」問題真っ盛りの時に、モロにその空気を体験しました。仕事で60代以上の方達と接する機会が多いのですが、その人達の空気が凄かったです。去年の3月に書き留めておいたメモから一部抜粋します。
....................
怖い。
おばちゃん達の近隣諸国に対する差別と悪口が最近とみに激化している。

なにか悪いことをした人がいれば「あの犯人きっと○○人よ」
そうじゃなかった時は
「○○人に唆されている」
で、実際そうだった時は
「ほら、○○人は皆そうだ」

そして、誇らしげに言う。日本人が1番礼儀正しくて優しいと。近隣諸国に対しての悪口は、あいつらが実際悪いことをしているんだからしょうがない、日本人はもっと怒るべきだと。
自分の国に誇りを持つことは悪いことではないし、60代以上の人達は「バカだの○○だの」みたいな侮蔑的表現を小さい頃から普通に使って育ってきた世代なのだから、仕方ないところもある。
だが怖いのは、感化された若い世代が、同じようなことを口にし始めたことだ。
隣国のポップス、ドラマが大好きで、何度も隣国に遊びに行っている、同じ職場の20代の女の子の発言に背筋が凍った。
「○○国には遊びに行きたい。でも人も国民性もあまり好きじゃない。私は彼らを見下してる」
驚いて、旅行先で○○人からあきらかに見下されたり嫌な目にあったのか?ときいてみたら、そんなことはない、普通に接してもらったと。昔は確かに純粋に隣国が好きでよく行ってたけど、今はたぶん日本人が1番だと確認したくて行きたいんだとのこと。その子は今も隣国ポップスシンガーの**が好きで日本で行われるライブに足繁く通ってる。
え?なんで?
だって皆悪くいってるし、新聞やテレビやネットでも悪く言ってるし、実際に行ってみたら独特な匂いするし、トイレ汚いし。**さんは日本が好きで、日本語も上手だからいいの、とのこと。
そんなもんかもしれない。彼女にとってはクラスのいじめられっこにたいする噂話や悪口と同じ類のものだろう。
言わないと他の強いおばちゃん達によく思われない、同じように悪口を言われるかもしれない。そんな無言のプレッシャーが彼女を無意識に空気に同調させ、隣国を悪いものと断定させる。実際に隣国の人達に嫌な目に遭わされたことなんかないのに。
そして私も意見が言えなくなっている。ここで隣国を擁護しようものなら、人間関係が難しくなって後々の仕事が難しくなる。積極的に悪口は言わないまでも、職場での隣国に対する中傷を黙ってきいている。
戦争前のような空気感。
この国がいつのまにか無自覚に戦争を容認する雰囲気になりつつあることに慄いている。
こんな空気は私の職場周りだけなんだろうか?
怖い。
........................

陸軍が悪と決めつけられない事態が生じると、いやでもこのことに目を向けざるを得なくなってくる。ここが原田版の1番怖いところだと思います。
戦争を起こすのは、陸軍の狂気ではなく、隣の気のいいおばちゃん達の「流行り」に乗った差別感、優越感。その空気に呑まれて何も言わない私も同罪。
今現在の職場では、やはり「流行り」に乗ったおばちゃん達が戦争反対って言ってるけど、さて、10年後はどうなってるのでしょうか?

人様のブログで長いコメントを書き込んでしまい、申し訳ありません。記事の趣旨と少しズレてしまいましたが、この怖さをここでならきいてもらえるかな?と思ってしまったので。乱文長文失礼いたしました。

Re: 悪の陸軍

marurikororiさん、こんにちは。
たいへん興味深いコメントありがとうございます。
marurikororiさんの問題意識には大いに首肯するところです。

たしかに岡本監督の1967年版は「陸軍=悪」と描いていて、そこが判りやすいから観客は没入しやすい。他方、原田監督の2015年版はそう単純ではないために、娯楽性や没入感が損なわれます。私は2015年版のそこが気に入っているのですが、好みの分かれるところでしょう。

私は特撮ヒーロー番組を見なくなって久しいので(卒業する気は毛頭なく、時間に追われて見られないのですが)、最近は善悪を容易に決めにくい展開になっているとは存じませんでした。素晴らしいことですね。
かつて富野喜幸(現:由悠季)監督が『海のトリトン』や『無敵超人ザンボット3』で描き、視聴者を喜ばせた善悪の逆転劇が、いまやヒーロー物語のトレンドになっているとは。

『無敵超人ザンボット3』の後、テレビアニメでは善も悪も関係ない戦争状態を描いた『機動戦士ガンダム』が登場し、単純な善悪の区別に物足りなくなっていた視聴者に熱狂的に受け入れられて時代を画すわけですが、特撮ヒーロー番組では視聴者がブーイングするとは面白いですね。
もちろんmarurikororiさんがおっしゃる視聴者とは、児童や幼児ではありますまい。「大きなおともだち」の多くは、特撮ヒーロー番組の世界に変わって欲しくないのでしょうか。それとも特撮ヒーロー番組の作り手に、視聴者を納得させるだけの娯楽性を担保する力量がないのでしょうか。

私は日本のアニメ・特撮・マンガと並行して米国のスペオペ小説やマンガを読んでいたので、子供の頃から日米のヒーロー物の違いが気になっておりました。どうして日本のヒーロー物の悪党はいつまで経っても悪党なんだろう。どうして日本のヒーローは悪党を矯正したり和解したりせずに殺しちゃうんだろう。そもそもどうして善悪を単純に仕分けるのだろう。
そんなひっかかりから書いたのがこちらの記事です。

■『SPACE BATTLESHIP ヤマト』を惑わせる3つの「原作」
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-182.html

■『キック・アス』 あなたが戦わない理由は?
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-194.html

みんなが善悪の仕分けをしたがるのは、本能ともいえる人間の性質かもしれませんね。
「善」と「悪」と呼んでますが、誰もが自分は善側だと思っているのですから、単に「俺たち」と「奴ら」の仕分けでしかありません。
このことについては、こちらの記事で取り上げました。

■『ウエスト・サイド物語』 マリアの不思議
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-419.html

■『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章 そして艦は行く』 西崎義展かく語りき
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-435.html

二つ以上の国が戦争に至るまでには経済的、政治的な対立があるでしょうが、その根本には対立を許す空気、感情があるはずですね。
誰もが「善」と「悪」――「俺たち」と「奴ら」を仕分けせずにいられないとしたら、20代の女性が他国の悪口を云ったり、善悪がはっきりしないヒーロー番組にブーイングするのは自然なことかもしれません。
では、自然な気持ち、感情を、そのまま発露させていいのか。この点について、西洋と東洋とでは考え方が異なるようです。次の記事をお読みいただければと思います。

■『ワールド・ウォーZ』 ラストはもう一つあった
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-433.html

(つづく)

Re: 悪の陸軍

(承前)

最近の特撮ヒーロー番組が勧善懲悪の思いで突っ走ることに待ったをかけるようになったなら、政治的正しさとしては一歩前進かもしれません。次代を担う子供が見る番組として好ましい変化だと思います。
テレビ番組や映画には、フィクションであることを活かして、感情を抑え込むトレーニングの場となることも期待されます。ブーイングがあったとしても、番組の作り手は覚悟の上で変化させているのでしょう。

■『劇場版 FAIRY TAIL 鳳凰の巫女』でトレーニングをしよう!
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-359.html

実のところ、悪のラスボスが登場してみんなが安心するのはまんざら悪いことではないと思います。
ラスボスだけを悪者にして解決を図ることには一定の効用があり、米国の作品でも(現実の米国の施策でも)見られます。次の記事をご参照いただければと思います。

■『ヒックとドラゴン2』 今度は戦争だ
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-542.html

■『ハンナ・アーレント』が発信するのは何か?
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60代以上のおばちゃんたちが「日本人が1番礼儀正しくて優しい」と話しているのは面白いですね。60代以上の方々が若い頃の日本は物騒で、あちこちでテロが起こり、学生は殺し合っていたというのに。
オフィスや工場の爆破で死傷者が出て、停まっているクルマがあれば手作りのロケット弾の搭載を疑われたものです。日本人テロリストの活動は国内にとどまらず、海外でも無差別に人を殺しまくっていました。先ごろ、中東で武装集団に捕らわれた日本人二名が殺される事件がありましたが、日本人テロリストは数十人を一気に殺しちゃいます。現在世界を恐れさせている自爆テロは、日本人のやり口が広まったものと云われているんですよね。
おばちゃんたちは、自分の青春時代を彩ったニュースの数々を忘れてしまったのでしょうか。

書店に並ぶ他国の悪口を書いた本を買っていくのはその世代(曽野綾子作品の読者層)と云われますから、さもありなんと思います。
おばちゃんたちの他国蔑視と戦争反対は、根っこのところで一貫しているのかもしれません。
戦争は一国ではできませんから、必ず相手があります。だから戦争を回避するには二つのことを同時にしなければなりません。自国が攻めないようにすることと、他国に攻められないようにすることです。
誰もが戦争には反対だと思いますが、中には前者(自国が攻めないようにすること)ばかり主張して、後者(他国に攻められないようにすること)はなおざりな人がいます。どうしてそういうことになるかというと、心の奥底に戦前の五大国の一員だった頃の意識、すなわち日本はアジアで唯一近代化を果たした国であり、日本には他国を攻める力があるけれど、他国に日本を攻める力なんてあるはずない、という周辺国を侮蔑する気持ちがあるからではないでしょうか。本人はそんなつもりではないかもしれませんが、他国に日本と同等以上の実力も行動力もあると本当に認めるなら、後者についても主張するはずです。

日清戦争に勝った大日本帝国の国民は清(中国)を舐めきっていました。だから、軍や政府の背中を押して戦争を拡大させました。そういう他国を見下す気持ちが、今は他国が日本を攻めることを心配しないという形で表れているのかもしれません。

そんなおばちゃんたちを、テレビ番組や映画でトレーニングするのはもう手遅れかもしれません。
そこで対立を弱める方法の一つとして、フォルトライン理論が挙げられます。この理論は次の記事で紹介しました。

■『KANO 1931海の向こうの甲子園』は親日映画なの?
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60代以上のおばちゃんたちが他国の悪口を云うのは、「日本人である自分たち」と「外国」のあいだに断層があるからです。この断層がなくなることはないでしょう。そんなときは断層をもっと増やしてしまうのです。

「日本人である自分たち」対「外国」という構図に、たとえば「高齢者」対「若者」という断層を持ち込みます。20代の女性と一緒になって「○国では55歳で定年だって。日本も55歳以上は姥捨て山に捨てちまえばいいのに」と発言してみましょう。
○国を罵っていたおばちゃんたちは「○国の高齢者はたいへんね」と同情し、悪口の矛先が変わるかもしれません;-)

冗談はさておき、「陸軍=悪」と決めつけることのメリットは、陸軍の廃止に合わせて、対立を許す空気や感情も悪として封じられることにあったと思います。1967年版『日本のいちばん長い日』は、「悪」を排して生まれ変われという号令でありました。
しかし1967年版の公開から半世紀を経て、日本は変わり切れていないことが明らかになってきました。軍部と一緒になくすはずだった諸々の「悪」は、隣のおばちゃんにも若い女の子にもその他大勢の人々にも息づいていたのです。
それはそうです。それは掃いて捨てられるようなものではなかったのですから。

ではどうするか。
そこを考えさせるのが、2015年版『日本のいちばん長い日』の優れたところだと思います。
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