『バケモノの子』の正体

バケモノの子 (スペシャル・エディション) [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 主人公のバケモノに熊徹と名づけて熊だと思わせ、相棒が猿、僧侶が豚とは、細田守監督はフェイントが巧い。

 細田監督の発想はストレートだ。子供の成長に合わせてアニメーションを作った宮崎駿監督以上に判りやすい。
 結婚して親戚が増えると、親戚が集まる『サマーウォーズ』を作り、出産・子育てする人を目の当たりにすると『おおかみこどもの雨と雪』を作り、自分が子供を育てはじめると『バケモノの子』を作る。細田監督の人生の節目や出会いがそのまま作品になっている。

 「前作『おおかみこども』では、子どもと母親を描きました。今作を表現するなら、“父と子”になるのかと思います。」
 そう語る細田監督は、公式サイトのインタビューでこうも述べている。
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3年前の前作『おおかみこどもの雨と雪』公開後、僕に息子が生まれたことが、やはり一番大きなキッカケかもしれません。前作では「子どもを育てるお母さんというのは大変な思いをして育てている、それが素晴らしい」という映画がないな、というのが着想のキッカケでした。今回考えたのは「子どもがこの世の中で、どうやって成長して大きくなっていくのだろう」ということ。
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 『バケモノの子』は、親が子に伝えたいことに満ちている。子供にこんなことに気づいて欲しい、そんな細田監督の思いに溢れている。
 その一つが「強さ」についてであろう。
 本作の主人公蓮(れん)は強くなりたいと願い、バケモノの世界の暴れん坊・熊徹の弟子になる。熊徹に九太(きゅうた)と名づけられた彼は、熊徹の下で強くなり、怪物を退治するまでになる。プロットは少年マンガの王道のような物語だ。
 以前テレビのインタビューで、大きくなったら何になりたいか訊かれた男の子が「スーパーサイヤ人」と答えていたのを思い出す。実に男の子らしい答えだ。『ドラゴンボール』の主人公カカロットは異世界(地球)で悟空と名づけられ、師匠の下で修業に励む。強さを追及する彼はメキメキと腕を上げ、やがてスーパーサイヤ人となって数々の怪物を退治する。スーパーサイヤ人に憧れる子供は世界中にいるだろう。

 だが、ちょっと待て、と諭すのが細田監督だ。
 本作は『ドラゴンボール』のプロットによく似ていながら、その斜め上を行く。

 熊徹は確かに強い。しかし、人徳がない。教え方も下手だから、これまで弟子が居ついたためしがない。自分一人で強くなった熊徹は、弱いヤツへの接し方が判らないのだ。

 もっと象徴的なのが二郎丸だ。猪のバケモノのこの少年は、強いヤツが好きなんだと公言する。同時に、弱いヤツを見るとムカッ腹が立つと口にする。ひ弱な九太をいじめたくせに、九太が強くなると仲良くする。こういう少年は珍しくない。打算から強い者におもねっているのではなく、純粋に仲間うちに強いヤツがいると嬉しくて、弱いヤツがいると腹立たしいのだ。社会心理学でいう黒い羊効果というやつだ。
 ストーリー上、九太と対峙するのは二郎丸の兄・一郎彦だが、「強さ」への向き合い方の極北として九太のキャラクターと対照をなすのが二郎丸だ。

 強くなるのは悪いことではない。しかし細田監督は、腕っぷしの強さを誇る傲慢な子にはなってほしくないのだ。強い者が弱い者を守る、といった上から目線も良しとしない。
 だから、九太たちは真の「強さ」とは何かを探求する旅に出る。数々の賢者に教えを請い、「強さ」の多様さを知る。武術を身につけたり、格闘で勝つばかりが強さではないのだ。
 そして、ひ弱な少年が強くなって怪物を退治する――そんな少年マンガの王道のような物語には珍しいことに、九太は学業に精を出す。修行で学校に行かなかった分を取り戻し、進学しようとする。

 親として細田監督も子供にはちゃんと勉強してもらいたいに違いない。そういう思いもあるだろうが、九太が勉学に励む理由はそれだけではない。
 一人ぼっちで、強くなるんだと粋がっていた頃の九太は世間知らずだった。格闘術に強くなった九太は、自分が世界を知らないことを知っている。「強さ」とは何かを探求したからこそ至った境地だ。
 素晴らしいことに、世の中には世界のいろんなことを手際よくまとめた教科書という本があり、いろんなことを教えてくれる学校という場所がある。これを利用しない手はない。


バケモノの子 オリジナル・サウンドトラック(限定生産盤) Limited Edition どうも本作は『ドラゴンボール』のようでいて、そのアンチテーゼのようでもある。奇妙だな、と思っていたが、エンドクレジットで謎は氷解した。
 参考文献として中島敦の『悟浄出世』が挙げられていたのだ。
 中島敦の小説『悟浄出世』と『悟浄歎異―沙門悟浄の手記―』は、『わが西遊記』を構成する連作短編だ。沙悟浄の目を通して、自我について思索した作品である。なるほど『バケモノの子』は、プロットにおいてもテーマにおいても『悟浄出世』『悟浄歎異―沙門悟浄の手記―』が下敷きだろう。

 最強のバケモノ孫悟空は、猪八戒や沙悟浄にとって妖術や戦いの師匠でもある。ところが教え方が下手なのだ。変身の術の稽古でも、悟空は「だめだめ。てんで気持が凝らないんじゃないか、お前は。」「もういい。もういい。止めろ!」と怒鳴りつけてしまう。
 これは『バケモノの子』の熊徹のキャラクターそのものだ。

 怒鳴る悟空を、悟浄は冷静に観察している。
 「悟空によれば、変化の法とは次のごときものである。すなわち、あるものになりたいという気持が、この上なく純粋に、この上なく強烈であれば、ついにはそのものになれる。なれないのは、まだその気持がそこまで至っていないからだ。」
 これも、熊徹が九太に云っていたことと同じだ。熊徹も、剣術は胸の中の剣を振るうんだと云っていた。

 『悟浄出世』の沙悟浄は、「俺とはいったいなんだ?」と悩んでいる。そういえば、九太も同じことを口にしていた。
 悩んだ沙悟浄は賢者たちに教えを乞うため旅に出る。九太の旅のモチーフはここから来ていたのか。

 『バケモノの子』を観ていると、しきりと『ドラゴンボール』が思い出されたのもとうぜんだ。両者ともに、その源流には『西遊記』があるのだから。[*]
 してみると、各キャラクターの位置づけも明らかになってくる。

 無学で粗野だが戦いの腕はズバ抜けている暴れん坊の熊徹は孫悟空だ。猿のバケモノじゃそのまま過ぎるからだろう、本作では熊のように強く、猿のように体力があることになっている。バケモノの世界「渋天街(じゅうてんがい)」では剣を抜くことを禁じられ、みんな鞘のまま戦う決まりになっているのも、如意棒の棒術が根底にあるからだろう。

 相棒の多々良(たたら)は猪八戒に相当しよう。『ドラゴンボール』では豚のウーロンが該当するが、本作では主人公を熊にしてしまったので、代わりに多々良が猿である。

 多々良の代わりに豚顔になった百秋坊(ひゃくしゅうぼう)は、沙悟浄に相当する。
 えッ、百秋坊は僧侶だから三蔵法師じゃないの? あるいは豚顔だからこっちが猪八戒じゃないの? と云われそうだが、『西遊記』の沙悟浄は沙和尚とも呼ばれ、本来は僧の姿をしているのだ。『ドラゴンボール』のヤムチャには沙悟浄の面影がほとんど残っていないけれど、剃髪して僧衣を着ている百秋坊はまだ沙悟浄に近い。
 本作の語り部として熊徹や九太の行動を冷静に観察する様子は、『悟浄歎異』で仲間を観察する沙悟浄の態度を受け継いでいる。

 劇中で熊徹、九太、多々良、百秋坊の四人で旅をするのも『西遊記』そのものだ。
 ここまでくればお判りだろう、バケモノの熊徹(孫悟空)、多々良(猪八戒)、百秋坊(沙悟浄)とともに旅する唯一の人間、九太は三蔵法師なのだ。熊徹は賢者の話を聞いてもピンと来なかったようだが、九太はこの旅からも多くを学ぶ。

 えッ、三蔵法師は悟空の師匠じゃないの? 九太は熊徹の弟子なんだから立場が逆じゃないの? と云われそうだが、『西遊記』の三蔵法師は必ずしも悟空の上に立つばかりの人物ではない。それどころか『悟浄歎異』では、弱くて意気地がなくて妖怪にすぐに掴まってしまう存在として描かれている。孫悟空には「世話の焼ける先生だ。」「あぶなくて見ちゃいられない。」などと文句を云われる。それでも沙悟浄は、か弱い三蔵法師の心の中に貴い強さがあることを見抜いている。そして孫悟空の三蔵法師に対する気持の中に、本人は自覚せずとも本能的な畏敬、美と貴さへの憧憬が加わっていることも見抜いている。
 二人を観察する沙悟浄は「二人とも自分たちの真の関係を知らずに、互いに敬愛し合って(もちろん、ときにはちょっとしたいさかいはあるにしても)いるのは、おもしろい眺めである。」と述べている。これは熊徹と九太の修行を見つめる宗師の「どちらが師匠か判らぬのぅ」というセリフに通じよう。

 九太が勉強熱心なのはとうぜんなのだ。苦労して天竺へお経を取りに行くほどの高僧がモチーフなのだから。『ドラゴンボール』でもブルマは発明家で、かろうじて学のある人物だった。
 バケモノの世界で多くの者と出会い、多くを学び、人間界に帰ってくる九太=蓮は、まさしく西域を旅してお経を持ち帰る法師である。
 いろんな経験をして、立派な大人になって欲しい。そんな親の気持ちがこの作品には充満している。
---
自分自身が親となって実感したことでもあるのですが、子どもというのは親が育てているようでいて、実はあまりそうではなく、もっと沢山の人に育てられているのではないかなという気がするのです。父親のことなんか忘れて、心の師匠みたいな人が現れて、その人の存在が大きくなっていくだろう。そうしたら、父親、つまり僕のことなんて忘れちゃうかもしれない(笑)。それが微笑ましいというか、それぐらい誇らしい成長を遂げてくれたら嬉しいなということを自分の子どもに対して思うのです。子どもが沢山の人から影響を受けて成長していく様を、この映画を通して考えていきたいです。
---
 公式サイトの細田監督の言葉だ。

 熊徹は、名実ともに九太の心の師匠になる。
 誰にでもそういう人がいるのではないだろうか。たとえ会ったことはなくても、尊敬し、影響を受けた人物。そういう存在が人を成長させるのだ。熊徹はその象徴なのだ。

 人間界に戻った九太は勉強を続ける。帰国した玄奘三蔵が『大般若経』を翻訳して経典を世に広めたように、人間界に戻ってからこそやることがたくさんあるのだ。


[*] 細田守監督は、本作をつくるに当たり強く影響を受けた作品としてジャッキー・チェン主演の『スネーキーモンキー/蛇拳』を挙げている。
 鳥山明氏がもっともインパクトを受けた映画が『燃えよドラゴン』とジャッキー・チェン主演の『ドランク・モンキー/酔拳』であり、『ドラゴンボール』誕生のきっかけにジャッキー・チェン映画があったことはつとに有名。
 両作に共通する、弱っちい若者が達人の下で修業を積み、師とともに敵対する道場の一派と戦うフォーマットは、ジャッキー映画の流れを汲むものでもあろう。


バケモノの子 (スペシャル・エディション) [Blu-ray]バケモノの子』  [は行]
監督・原作・脚本/細田守  脚本協力/奥寺佐渡子
出演/役所広司 宮崎あおい 染谷将太 広瀬すず リリー・フランキー 大泉洋 津川雅彦 山路和弘 宮野真守 山口勝平 長塚圭史 麻生久美子 黒木華 大野百花 諸星すみれ
日本公開/2015年7月11日
ジャンル/[ファンタジー] [青春] [アドベンチャー]
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【theme : アニメ
【genre : 映画

tag : 細田守 役所広司 宮崎あおい 染谷将太 広瀬すず リリー・フランキー 大泉洋 津川雅彦 山路和弘 宮野真守

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補記

ジブリの宮崎作品はすべてピクサーのジョン・ラセターが英語版を作っている。基本的には作品を編集しない、何も変えない約束で。しかし『千と千尋の神隠し』のときは、ジブリに内緒で最後のシーンにひと言セリフを加えていた。
「千尋、明日から学校だからね」と。
ジブリの鈴木プロデューサーは、アメリカ的なものを痛烈に感じたという。現実離れした冒険、あのような経験は経たけれど、明日からはリアルな日常に戻るのだ。子供に対してこのままで終わらせてはいけないといったことを含む、短く深いひと言だと。
 ―『ジブリの森とポニョの海 宮崎駿と「崖の上のポニョ」』 2008年 角川書店―

細田監督作品がヨーロッパやアメリカなど多くの国で公開されるのは、子供をリアルな日常に引き戻すところにもあるのかもしれない。

No title

「ひつじのショーン」を観て、数日後にこちらの映画を観たのですが、両方の作品の温かいこと。対象年齢は異なっても応援歌であることには違いがないような。
日本のアニメーションでは宮崎監督があまりにも凄いのでしょうね。超越するのは並大抵のことではないし、私のようないち観客の頭にはその水準みたいなのが刷り込まれてしまっていますのでなおさら細田監督の真価が分りかねてました。
でも今回どこかで観たようなシーン(宮崎だけでなく、ほかの映画にヒントを得たようなシーンも多々)がちりばめられているだけに、却って細田監督の面白さやよく練られた展開がぐっと迫ってきました。
過去の3作も好きですが、これはもっとも好きになりました。ドカンと胸に響きそして残ります。
連(九太)は結果として、正しい道(文武両道)をたどったのだと思います。それは勉強させられている真っ最中の生徒や学生には励みになるメッセージじゃないでしょうか。
等身大のテーマを大胆に追いかける監督の今後がますます楽しみです。

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。

>勉強させられている真っ最中の生徒や学生

そうですね。
学校に通っているときは「させられ」感でいっぱいだったりしますが、振り返ってみれば勉学に集中できた時間は貴重です。
九太が熊徹の弟子になって修行する一方、みずから勉強もはじめる展開は、たしかに励みになるでしょうね。

文武両道も大切ですね。
どうも我が国には「理系と文系」や「体育会系と文化系」を二項対立のように扱う向きがありますが、できる人は両方できるし、両方やるから見えてくるものもあるように思います。

細田監督のお子さんはまだ小さいので、本作のメッセージはちょっと早すぎるような気もしますけど(^^;

No title

細田監督が子供を意識して映画を作ってくれているなら、冗談でも何でもなく、いつか性教育の映画を作ってくれたらいいな。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
それ、けっこう大事だと思います。
『ふしぎなメルモ』の路線はあとが続いてませんからね。

こんばんは

よくも悪くも細田守は演出の人だという事が改めて分った作品でした。
ただ宮崎駿と違うのは、現段階では可能な限りロジカルなものを目指そうとしてることかも(笑
次はもっと上手くなってそうですもんね。
なるほど「悟浄出世」を読むとこの映画のコンセプトがかなり紐解けそうですね。
悟浄目線で悟空を観察するとは面白そう。

Re: こんばんは

ノラネコさん、こんにちは。
細田監督がロジックをぶち壊す境地に至るのはまだ先のことだと思うので、当面はロジカルでカッチリしたものの完成を目指していただきたいですね(^^)

本作では、バケモノと違って人間だけが心に闇を宿す存在です。
中島敦氏の『悟浄出世』では、本来悩みなど持たぬバケモノが人間を食うと自分は何者なのか悩みだしてしまいます。特に悟浄は重症で、「自分」というものへの疑いを拭えない。「俺とはいったいなんだ?」と苦悩することを止められません。
ここらへん、本作はかなり影響を受けてるんじゃないかと思います

記事本文に書いたように、『悟浄出世』の悟浄は疑問の答えを求めてあらゆる賢人、仙人、哲学者を訪ねます。それでも疑問は解消しません。
そんなときに観音様が現れてこう云います。
「玄奘の弟子の一人に悟空なるものがある。無知無識にして、ただ、信じて疑わざるものじゃ。なんじは特にこの者について学ぶところが多かろうぞ。」
こうして、知識知見を追い求めていた悟浄は、無知無識で行動あるのみの悟空から学ぶことになります。
これは無知蒙昧で質朴な愚夫愚婦たることを重視した陽明学に連なる考え方ですね。

本作が学識よりも無知無識(自然体)であることを重視するだけで終わってしまえば、ある意味伝統的な思想というだけのことです。
でも、本作は勉学も重要であることに舞い戻ります。
この点が中島敦作品の模倣ではないプラスアルファであろうと思います。本作の主人公を沙悟浄ではなく三蔵法師に擬したゆえんですね。
Secret

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