『馬鹿まるだし』 笑えなくても喜劇?

 【ネタバレ注意】

 1964年公開の『馬鹿まるだし』は、14年前にシベリア帰りの安五郎が町に現れたところから始まる。
 本作は安五郎の"馬鹿まるだし"な半生を描き、山田洋次監督にとって初の喜劇作品だそうである。

 私が観た劇場ではご年配の観客が多く、みなさん何度も笑っていた。

 たとえば、安五郎が浄念寺にやってきて、障子の陰にいる人物を憧れの御新造さん(桑野みゆき)だと思い込んで話しかける場面。
 「御新造さん、あっしゃあ…」とデレデレ話していると障子の向こうの人物がヒョイと顔を出す。それはなんと、うるわしき御新造さんではなく、和尚の女房きぬ(高橋とよ)であった。
 ここで場内に笑いが起こる。
 障子の陰にいる人物が御新造さんじゃないことは判り切っているのだけれど、年配の観客は笑う。
 きぬが突然顔を出したことに、「あらっ」と声を上げている老婦人もいる。
 映画の公開当時は、場内一杯の観客がこの調子で大笑いしていたのだろう。

 お約束の場面で、約束通りに笑う。
 年配客とご一緒すると、昔の映画鑑賞の雰囲気が味わえて面白い。


 ところで私も、安五郎のバカなエピソードの連続には笑ってしまった。
 その笑いは、失笑に近い。

 安五郎の馬鹿さとは、バカ正直でおだてに乗りやすく、損得勘定ができないことだ。それを愚かと云うは易し。
 何度バカを見ても、またおだてられて御輿に乗ってしまう。

 そんな安五郎を見ているうちに、観客の目線は、バカを繰り返す安五郎ではなく、憧れのマドンナである御新造さんに同化していく。御新造さんは安五郎を案じ、諌め、バカな行為に「やれやれ」と思っている。
 私たちは御新造さんと一緒になって、失笑しながらも安五郎を見守っていく。


 「いまの日本じゃ、あんな大人物はいないよ。」
 場面が1964年に移り僧侶が安五郎を偲ぶとおり、損得勘定から自由な安五郎は、ある意味で大人物であり、それは公開当時も21世紀の現代も変わらない。
 安五郎の憎めない行動の数々に、観客の口もとはついほころんでしまうだろう。

 本作に大笑いできるか否かは、世代や時代によりけりだ。
 しかし観客の口もとをほころばせる点において、『馬鹿まるだし』はまぎれもなく喜劇である。



 そんなバカ正直な安五郎だが、長年にわたって芦津町の人々を騙し続けたことがある。

 御新造さんの夫がシベリアで亡くなっていることである。
 安五郎は、シベリアで御新造さんの夫とおぼしき人物に出会ったことを話しながらも、御新造さんのあまりの喜びように口ごもってしまう。
 御新造さんが夫の死を知っていれば、受け入れていれば、その後の安五郎との関係も違うものになったかもしれない。
 しかし安五郎は、その事実を自分だけの胸に秘め、御新造さんに憧れるからこそ悲しませないようにする。そして御新造さんが夫の生還を待つ姿を見つめ続けることになってしまう。

 やがて御新造さんも夫の死亡通知を受け取ることになるのだが、それは安五郎が失明し、一時の羽振りの良さも消え失せたのちだった。
 このときも、もしも安五郎が健康で、町中から親分と慕われた勢いがあれば、悲しみにくれる御新造さんに手を差しのべられたかも知れない。
 
 つくづく安五郎は悲しい男である。
 そして、その安五郎の気持ちと、運命の皮肉に気付いたからこそ、御新造さんは涙するのである。



 さて、本作には谷啓を除くクレージーキャッツの面々が顔を出している。簡単にメモしておこう。

  犬塚弘: 安五郎の子分、八郎。安五郎が落ちぶれても最後まで付いていく。

  桜井センリ: 煙突に登る工員・伍助。

  安田伸: エリート社員の山形。

  石橋エータロー: 御新造さんと親しく話す中学教師。

  植木等: ナレーションと成人したボン(ノンクレジットでの出演)。
       浄念寺住職の息子という設定だが、植木等は実際に浄土真宗・常念寺住職の息子である。


馬鹿まるだし』  [は行]
監督・脚本/山田洋次  脚本/加藤泰
出演/ハナ肇 桑野みゆき 犬塚弘 植木等 桜井センリ 安田伸 石橋エータロー 長門勇 藤山寛美 渥美清
日本公開/1964年1月15日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

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tag : 山田洋次 加藤泰 ハナ肇 桑野みゆき 植木等

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