『崖の上のポニョ』 名前を呼び捨てにさせるって!?

崖の上のポニョ [DVD] 先の記事「『崖の上のポニョ』 嵐の夜に子供を置き去りって!?」に、はるさんからコメントをいただいた。
 以下は、はるさんのコメントへの返事として書いたものである。

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 はるさん、こんにちは。
 なるほど、字幕だと呼び捨てが気にならないかもしれませんね。

 鈴木敏夫プロデューサーによれば、『崖の上のポニョ』がアメリカ人の眼から観てとんでもない映画であるもう一つの理由は、母親の名前を呼び捨てにするからだそうです。『ジブリの森とポニョの海』で宮崎監督や鈴木プロデューサーにインタビューしたロバート・ホワイティング氏も「アメリカなら親を呼び捨てにすることは怒られます。」と云ってます。米国人は気さくにファーストネームで呼び合うのに、これは興味深いことですね。
 日本でも親を呼び捨てにする五歳児は、宗介とクレヨンしんちゃんくらいだと思いますけど:-)

 鈴木プロデューサーはこの点について「おそらくリサという女性は、たとえ相手が5歳であっても一個の人格と認める。親や兄弟であってもそういう関係であるだろうと思うんです。多分それをやりたかったんだと思うんですよね。」と述べています。
 町山智浩氏は「人の親として『崖の上のポニョ』で許せないこと」として「自分たちの名前を息子に呼び捨てにさせている過剰に民主主義的な両親」も挙げているそうで、賛否はともかく鈴木プロデューサーと同じような捉え方をされているようです。

 宮崎監督と付き合いの長い鈴木プロデューサーがそう云うんならそうなんでしょうけど、私はちょっと違うことも考えています。
 宮崎監督は歴史に詳しい方です。かなり勉強されています。軍事マニアなのでもともと戦史には詳しいのですが、黒澤明監督との対談で、時代劇を作りたいけど、その時代の人間の歩き方とか、風俗、習慣が判らないとずいぶん悩まれていました。その宮崎監督が遂に『もののけ姫』に着手したとき、高い高いハードルをとうとう越えたのかと感慨深いものがありました。『もののけ姫』は、歴史学者の網野善彦氏が「中世についてずいぶん勉強された上でつくられている」と感歎したことでも知られています。
 歴史に詳しいというのは過去の出来事をよく知っているという意味ではなくて、歴史観、史実に裏打ちされた文明観を持っているということです。

 中世を含めた日本史を知るのであれば、とうぜん言霊や諱(いみな)についても宮崎監督はご存知でしょう。諱とは本名のことです。
 ウィキペディアでは諱に関連して次のように説明しています。
 「漢字文化圏では、諱で呼びかけることは親や主君などのみに許され、それ以外の人間が名で呼びかけることは極めて無礼であると考えられた。これはある人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができると考えられたためである。」

 私たちは現在でも昭和天皇のことを裕仁(ひろひと)さんとは呼びませんし、現在の天皇は陛下とか天皇陛下と呼ぶことが多く、明仁(あきひと)さんとは口にしません。勤め先では社長とか理事とか先生といった役職・敬称で呼びかけるでしょう。一歩踏み込んでもせいぜい姓で呼ぶまでで、名(ファーストネーム)を呼ぶことはまずありません。

 そういう文化にあって、あえて名を呼ぶとはどういうことか。
 宮崎監督が生半可な考えで採用したはずはありません。
 なにしろ数年前に、名前を奪われて自分を見失ってしまう『千と千尋の神隠し』を作ったばかりなのです。姓の設定がなく、「お父さん」とか「お母さん」といった呼称も用いず、耕一、リサ、宗介という本名を直接呼び合うことで繋がっている家族が、『千と千尋の神隠し』と対照をなすのは明らかでしょう。
 濃厚なアニミズムが噴き出したような本作の世界において、離ればなれになりながらも平静を保とうとする家族には、諱を呼び合うほどのパワーが必要なのかもしれません。

 嫌いなフジモトに付けられたブリュンヒルデという名をあっさり捨ててしまうポニョ。
 宗介にポニョという名をもらったことを祝福するグランマンマーレ。
 本作の世界観は、名付ける、名を呼ぶことにより築かれる関係を重視するものです。
 そこには、お互いに通り名で呼び合い、本当に信頼できる相手にしか真の名(まことのな)を明かさない物語、宮崎監督が愛してやまない『ゲド戦記』の影響もあると思います。

 本作は多くの人に鑑賞されましたが、アメリカはともかく、日本において諱を呼ぶことの文化的な意味が汲み取られていないようなのは残念です。

 はるさんのおっしゃるとおり、作品を再度観る機会が有るのは素晴らしいことです。
 優れた作品は見るたびに発見がありますね。


崖の上のポニョ [Blu-ray]崖の上のポニョ』  [か行]
監督・原作・脚本/宮崎駿 (環境依存文字を避けるため「崎」と表記した。)
出演/山口智子 天海祐希 所ジョージ 土井洋輝 奈良柚莉愛 矢野顕子
日本公開/2008年7月19日
ジャンル/[ファミリー] [ファンタジー]
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