『マエストロ!』 さあ、練習しよう!

『マエストロ!』Blu-ray&DVDセット 豪華版 マエストロ(maestro)とは、英語のマスター(master)に当たるイタリア語だ。尊敬すべき偉大な指揮者を意味している。
 そんな言葉を題名にした映画『マエストロ!』を観て、私は設定の妙に感心した。上手い線を狙ったものだ。

 本作の冒頭で、ヴァイオリニストの主人公は不採用通知を受け取ってしまう。
 有名なプロのオーケストラでありながら、スポンサーの倒産のために解散を余儀なくされた中央交響楽団。他のオーケストラに再就職する楽団員がいる一方で、どこにも採用してもらえず、やむなくアルバイトで生計を立てる楽団員もいた。
 本作は、そんな"売れ残り"楽団員が再び集まり、コンサートに向けて練習に練習を重ねる物語だ。

 この設定の特徴は、彼らが超一流の音楽家ではないところにある。コンサートマスターを務める主人公は、高望みをやめれば就職口が見つかりそうだが、他の楽団員は運送業に精を出したり、コンビニのバイトでしのいだりの毎日だ。『のだめカンタービレ』の主人公が、才能に恵まれ、金銭的に困ることもなく、音楽だけに邁進するのとは大違いだ。
 しかも本作が上手いのは、全員がプロの音楽家だった点である。"売れ残り"とはいえ、彼らはプロオーケストラのオーディションを勝ち抜いて、一度は楽団員になった者たちだ。何の素養もない連中の寄せ集めとは違う。

 これは極めて中途半端な設定だ。
 思い起こせば、『のだめカンタービレ』の野田恵も『エースをねらえ!』の岡ひろみも『ガラスの仮面』の北島マヤも、優れた才能の持ち主だった。超一流の才能を秘めているのに、本人も周りも気づかない。そこを偉大な師匠に見出され、埋もれた才能を開花させていく。そんな物語をずいぶん見てきた。
 一方で、才能があるんだかないんだか判らない連中が、特訓に耐え抜いて、チームワークを発揮し、一丸となって、勝利を手にする物語もある。弱小チームだったのが嘘のように、みんな大活躍したりする。
 どちらのパターンも魅力的だし、主人公を応援したくなるけれど、しょせんはフィクション、面白い読み物でしかない。

 凡庸な私は、これらの物語にリアリティを感じられなかった。
 誰も(自分すら)知らないけれど、誰かに見出してもらえれば世界に通用する才能を秘めている自分。そんな空想は変身願望としては面白い。魔法でお姫様にしてもらったり、改造されて仮面ライダーになったりするようなものだ。面白いけれど私の物語ではない。
 後者のパターンも、リアルとは思えない。向き不向きも、得意不得意も考慮せずに、たまたまそこに居合わせたメンバーが頑張ればことごとく勝利するなんて、そんなことがないとは云わないけれど、あまり我がこととは思えない。

 だから『マエストロ!』の中途半端な設定が貴重なのだ。
 ここには、開花するのを待っている天才的な人物は一人もいない。
 さりとて、なんの取り柄もないわけではない。曲がりなりにも、プロオーケストラに滑り込んだ人たちだ。スーパースターでもないし、引き抜かれるほど注目されてもいないけれど、とりあえずそれなりに仕事はしている。
 程度はともあれ、多くの人にはこんな立場が身近なのではないだろうか。凡庸な私でも、否、凡庸な私だから、この『マエストロ!』には引き込まれた。


 ある分野で飛び抜けた活躍をするのに、少なからず影響すると考えられるものがある。
 生まれ持った遺伝子だ。
 『モンスターズ・ユニバーシティ』の記事に書いたように、人にはどうにもならない向き不向きがある。遺伝子の組合せがたまたま早く走ることに向いていた人と、そうではない人を横並びにして、早さを競わせるのは酷な話だ。同じように練習し、同じように努力しても、遺伝子の段階で違いがあれば、本人にはどうにもならない。双子を比較した研究は、人間の能力に遺伝子に影響されるものがあることを明らかにした。
 『モンスターズ・ユニバーシティ』は、努力しても好成績を収められないマイクと、さしたる努力もなく成績のいいサリーの二人を対比して、個人の適性を測りきれない社会の物差しを痛烈に批判した作品だった。

 では、適切な遺伝子さえあれば大活躍できるのか。
 残念ながらそうでもない。遺伝子の情報が花開くには、細胞の働きが必要だ。
 山中伸弥氏は、遺伝子と細胞を「楽譜と演奏者」に例えている。遺伝子は楽譜に書かれた音符のようなものだ。音符が書かれていなければ、その音は出ない。ベートーヴェンが『運命』を楽譜に書き起こさなかったら、あの名曲を耳にすることはなかっただろう。

 細胞の働きは、楽譜を読んで演奏する行為に当たる。同じ楽譜に基づいても、演奏家により音楽は変わる。楽団が違ったり指揮者が違ったりすれば印象が異なるのはもちろんのこと、同じ楽団、同じ指揮者であっても過去の演奏とまったく同じになるとは限らない。指揮者の解釈や、楽団の調子や、コンサートホールの環境や聴衆の反応が、二つとない音楽を奏でさせる。細胞もまた、周囲の環境や本人のコンディションの影響を受けながら、遺伝子の情報を発現させたり、とどめ置いたり、大きく反応したり、ささやかに反応したりと、様々に活動する。だから同じ遺伝子を持つ一卵性双生児といえども、外見が変わったり成績が異なったりする。

 たとえ、ある分野に適した遺伝子の組合せでも、適切に細胞を働かせなければ成果は出ない。そして細胞を働かせるには、努力も練習も必要だ。遺伝子の組合せが早く走ることに向いていても、走る練習をしなければ、細胞はその遺伝子の情報を発現させないかもしれない。努力し続けなければ、細胞は別のことをはじめてしまうかもしれない。

 そんな生物の仕組みを考えると、本作のキャラクターの位置付けが見えてくる。
 彼らの遺伝子は、相応に音楽家に向いているのだろう。おそらく子供の頃から演奏が得意だったのだろうし、音楽が好きなのだろうし、これまで音楽を続けられるくらいの適性があったのだ。超一流の音楽家になるかどうかはともかくとして、まったく不向きなわけではないのだ。
 ただ、大きく花開いてはいない。遺伝子はあっても細胞の働きが充分ではない。再就職できない"売れ残り"になってしまうのは、細胞がサボっているからだ。

 本作が全編を通じて描くのは、細胞をいかに働かせるかである。
 それはひとえに練習だ。
 『マエストロ!』は、"売れ残り"楽団員たちが稽古場に集まるところからはじまり、紆余曲折を経ても練習し続ける彼らを描く。金銭的な困難や楽団員同士の反目もあるけれど、それらのエピソードを過度に取り上げることなく、物語は練習風景に収斂していく。


 散り散りだった楽団員が再び集まってコンサートを開く映画といえば、2010年公開の『オーケストラ!』が思い浮かぶ。
 しかし、『オーケストラ!』では練習風景が描かれなかった。勝手気ままな元楽団員や、彼らを集める苦労話や、謎めいた因縁話に彩られ、音楽活動についてはほとんど描写がなかった。それなのに、クライマックスはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で盛り上がってしまう。

 音楽映画としてはちぐはぐなのだが、この映画の主眼は差別問題だからこれでも良かった。コミカルな展開の陰で語られるのはユダヤ人への差別、迫害の歴史であり、演奏される音楽は人々の調和の象徴だから、劇中のコンサートは成功してしかるべきだった。実際の演奏を担当したハンガリー放送交響楽団(別名ブダペスト交響楽団)の見事な仕事ぶりは云うまでもない。
 とはいえ、数十年のブランクがある元楽団員が、リハーサルを一度もせずに名演奏を行うなど、およそ現実的ではない。音楽家の日々の修練を軽んじた、あり得ない展開だ。

 それだけに、ひたすら練習に励む『マエストロ!』が心地好い。
 中盤で逼迫した財政状況が判明し、楽団員はギャラが出ないことに動揺するが、中の一人がこんなセリフを口にする。「ギャラって、お金だけなのかな。」
 オーケストラの面々が集まって、みんなで演奏できる喜び。どんな形であれ、音楽を続けられる喜び。練習もその一環だから、辛いけれど楽しいのだ。

 どんな分野も同じだろう。楽しいからやりたくなるし、楽しいから続けられる。
 タカラヅカの演出家小柳奈穂子氏は、「人に動いてもらうにはどうしたらいいか」を問われてこう答えている。
 「人間、楽しいと思ったことにはポテンシャルを発揮するので、各自の行動の意味とその必要性、そこに関わっていることの楽しさを伝えようとすること。」
 人間だけではない。イルカショーのトレーナーは、イルカが楽しいか、飽きないかと考えながらショーを作るそうだ。イルカにとって、いかに今が楽しいかが重要であるからだという。
 人間とイルカでは、事情が違うだろうか。なんの、人間もイルカも、遺伝子という楽譜を読んで細胞が演奏する同じような生物にすぎない。


 また、本作はクラシック音楽のみならず、社会がはらむ構造的な問題にも目を向けている。
 スポンサーの倒産で一度は散り散りになった"売れ残り"楽団員を前にして、再結成コンサートを企画した天道徹三郎はこう宣言する。
 「稼げるオーケストラにする!」

 これは難しい問題だ。
 2008年、大阪府は大阪センチュリー交響楽団(現日本センチュリー交響楽団)に対する補助金の削減を打ち出し、2011年度に補助金を打ち切った。運営費の大半を補助金に頼っていたオーケストラは、一時存続すら危ぶまれた
 日本クラシック音楽マネジメント協会(現日本クラシック音楽事業協会)で「我が国におけるクラシック音楽に関する調査研究」の責任者を務め、自身も音楽家である伊東乾氏は、楽団への補助金削減に懸念を表明しつつ、調査で明らかになったクラシック音楽産業の二つのポイントを強調した。
---
1つのポイントはクラシック音楽は入場料などの収入だけではペイしていない事実。ローカルにはみんな痛感していたことを、業界全体の数字で確認できたこと。つまり補助がなければ成立しないという現実が数字を伴って明確になりました。日本の洋楽にとって、現状では補助は必要不可欠なものです(欧米でもです)。補助がなければ存続自体が困難になってしまいます。

そして、もう1つのポイントは、そうした補助金に依存する体質がいろいろなレベルで業界サイドにも存在していること、そして、やや耳が痛い話ですが、これが産業としての発展の阻害要因になっていること。内部から克服してゆかねばならないという課題が明確化されました。
(略)
「入場料収入はこれ以上入ってくるわけがないから」「欧米ではより大規模な補助が当たり前だから」などとして、もっぱら官費などによる補助に頼るようになってしまうと、リピーターに支えられて生きた命を持つはずのライブパフォーマンスが、下手をすれば官費に養われる発表会になってしまいかねない。ほとんど観客がいない、税金で賄われる「同時代の音楽」に、どれほど社会的な生命が宿るのか。本当の意味での危機がここにあると私は考えます。
(略)
この2番目の指摘は、業界に厳しい注文をするものでもあります。若造の私が楽壇の責任ある立場の人に集まってもらい、補助金依存体質になっている部分があればそれはマズイといった、財務の本当の話もしました。当然「生意気である」と大変な反発にも遭いましたし、人によっては「よく頑張ってくれた」と強力な応援も受けました。
---

 『マエストロ!』の序盤において、主人公が楽団員に発した言葉が思い出される。
 「『運命』も『未完成』も何百回も演奏した曲だから、ま、気楽にやりましょう。」
 まさにこのセリフが、伊東氏に危機感を抱かせたものを表しているだろう。劇中の中央交響楽団は、生きた命を持つライブパフォーマンスを忘れ、スポンサーに養われる発表会に堕していたのではないだろうか。
 これは何もクラシック音楽に限らない。補助金をはじめとする保護の下でパフォーマンスの衰えた産業はいたるところにある。
 「稼げる○○にする!」
 この空欄に自分が携わる業種を入れて、達成できているかを自問すれば、ギクリとする人もいるはずだ。

 そんな問題意識を通奏低音としながら、本作はクラシック音楽を存分に楽しませてくれる。
 なにしろ演奏されるのはベートーヴェンの交響曲第5番『運命』とシューベルトの交響曲第7番『未完成』だ。お馴染みの名曲を、ベルリン・ドイツ交響楽団の演奏で聞かせてくれる。なんとも嬉しい時間なのだ。


『マエストロ!』Blu-ray&DVDセット 豪華版マエストロ!』  [ま行]
監督/小林聖太郎
出演/松坂桃李 miwa 西田敏行 古舘寛治 大石吾朗 濱田マリ 池田鉄洋 モロ師岡 村杉蝉之介 小林且弥 河井青葉 中村倫也 斉藤暁 嶋田久作 松重豊 宮下順子 中村ゆり 綾田俊樹 石井正則 でんでん 淵上泰史 木下半太
日本公開/2015年1月31日
ジャンル/[ドラマ] [音楽]
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【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 小林聖太郎 松坂桃李 miwa 西田敏行 古舘寛治 大石吾朗 濱田マリ 池田鉄洋 モロ師岡 村杉蝉之介

⇒comment

No title

なるほど。

的確な指揮により高度の技術を発揮する、で『アベンジャーズ』を連想したりしたけど、そもそも普通の人じゃないから当てはまらなかった。普通の人をまとめて一丸になって成功させる指導者の物語・・・・・・『ドキュメンタリー・オブ・AKB』か。あの映画の中のタカミナがマエストロ。各楽団員とマエストロのエピソードはなかったけど、構造的には近いのかもしれない。

それはそれとして、miwaちゃんが可愛かったです。miwaちゃんのあんなところやこんなところを指揮したいなあ。

No title

やけにリアルでしたよ。
リアルすぎ。
なもんで、音楽にもっとロマンを求めたかったのかもです、あたし。

今や、息子らの演奏だけで泣いちゃうおかあちゃんです。
たかが高校生のブラバン集団ですが、毎日毎日、それこそ唇はれあがるくらいに練習してるんですよ。
あの練習風景はとっても良かったです。
でも、あのくらいのレベルの方々に言わせリャ、なにいってんだ!この指揮者は!!!な気持ちもわかりますわ。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
あぁ、『ドキュメンタリー・オブ・AKB』は観ていないのです。残念。

miwaさん、可愛いですね。もっと映画に出ないかな。

Re: No title

sakuraiさん、こんにちは。
現実に練習している息子さんたちの演奏を前にしたら、感極まっちゃうでしょうね。
やっぱり練習する姿には感動がありますね。

売れないプロの話

ナドレックさん、こんにちは。

T.Nです。

「オーケストラの面々が集まって、みんなで演奏できる喜び。どんな形であれ、音楽を続けられる喜び。練習もその一環だから、辛いけれど楽しいのだ。」

という指摘は古くて新しい問題だな、と思いました。物事に打ち込む人間なら誰もが共感する事が映画に描写されているのだ、と記事を見て思いました。また、

「劇中の中央交響楽団は、生きた命を持つライブパフォーマンスを忘れ、スポンサーに養われる発表会に堕していたのではないだろうか。」

という指摘にも成る程と思いました。この映画はまさに演奏者の普遍的なテーマを扱っているのでしょう。

この記事に触発されて映画を見たところ、私は少し違った感想を持ちました。次のような内容です。映画を一度しか見ていないのでうろ覚えの記憶を元に大雑把な文章になったのをご容赦願います。



【基本的には、売れないプロの話】

プロというのはお金をもらったその瞬間からプロ、という話を野球やコメディアンや歌手などのインタビューで聞いた事がある。プロにとってお金をもらう、即ちそれだけで食べていける、という事実は表現者、あるいは芸能者としての矜持の源になっているのだろう。そのプロが売れない、お金を稼げない、となった場合に何を表現者や芸能者としての心のよりどころにするのだろうか、というのがこの映画のテーマになっていると私には感じられた。

映画を見ると、登場人物は原作
http://sokuyomi.jp/product/maesutoro_001/CO/1
と比べて売れないプロとしてのポンコツぶりが強調されているように感じる。演奏者は病気持ちだったり腕が錆付いてたり、指揮者までもがどこの馬の骨とも知れない怪しげな人物だ。こういう人たちがコンサートの「興行成功」のために喧嘩したりしながら奮闘するのだが、そこまではごくありふれたストーリーで、コンサートが成功して次のコンサートをさあやろうか、というシーンになるころには私は愚かにも退屈して欠伸が出てしまいそうになっていた。

ところが、そのコンサートが開演するシーンで私は出かけていた欠伸が引っ込んで画面に引き付けられてしまった。なんと観客が独りしかいない!このシーンを見て、私は「ああ、この映画は売れないプロそのものを描写した映画なのだな」と思った。この映画は演奏者が成功するというサクセスストーリーなんかでは決してなかったのだ!

コンサートをやるまで、楽団員達はギャラがでるか怪しいコンサートをやるのを拒否したりしていた。その彼らがたった一人の観客のために演奏を始める。客が一人しかおらずギャラが出ないのに。彼らが演奏をしたのは、観客が指揮者の奥さんで自分達の演奏を真摯に聞いてくれる事が分かっていたからだと私には思えた。

売れないプロは何を心のよりどころとして活動を続けていくのか。プロの矜持の源たるお金が得られないならプロとして何を心のよりどころとするのか。それは自分達の芸能を茶化すでもなく無視するでもなく真摯に鑑賞し、意見してくれる人のために活動する、ということではないだろうか。

その事に思い至ってあらためて映画を振り返ってみると、映画のあらゆる部分が「売れない(稼げない)なら何のためにプロとして活動するのか」というテーマに沿って物語が組み立てられているように見えてきた。

例えば指揮者の伊東が楽団員の一人に駅で「演奏してみろ」と言うシーンがある。すっかり腕がなまくらになっていて自信もなくしていた彼が、駅の人達から喝采を受ける事でみるみるかつての腕を取り戻していく。

当初見たときは特に何も感慨なく見過ごしてしまったのだが、後から思い返すとあれは映画のテーマを象徴するシーンの一つだったのだ、と私は思った。あの駅の演奏シーンは、考えてみればものすごい光景だ。アマチュアのストリートミュージシャンでさえ、銭函を置いて観客が小銭を入れられるようにしている。それが紛いなりにもプロで食ってきた人間が、タダで腕前を披露しているのだ。プロとしてはイレギュラーな行為を、バイオリン奏者に行わせたのは何か。決して伊東の指示だけでやったのではない。観客が演奏を真摯に聞いてくれるのを見たからやったのだ、と考える事ができないだろうか。

そして、楽団員の練習シーンもまた、「真摯に聞いてくれる、意見してくれるからやる」という文脈で解釈する事が可能だ。映画では、楽団員達はしばしば指揮者の伊東の意見にムカッとして反発するが、結局は伊藤の指揮を受け入れる事になった。何故だろうか。たとえ芸能者としての腕前が怪しくなっていても、プロである以上自己主張はあって当たり前である。それが何故どこの馬の骨とも分からない伊東の指揮を受け入れる事になったのか。その指示や意見が的確だった事もあるが、何よりも楽団員達が、伊東が自分達の音楽を真摯に聞き意見してくれる存在である事に気付いた事が大きかったのではないか。だからこそ、伊藤の指揮を受け入れ、果ては彼の奥さんのためにギャラの出ない演奏をするまでになったのではないだろうか。

結局のところ、表現者や芸能者にとって、自分達の芸能を茶化すでも揶揄するでもなく真摯に見てくれ、意見してくれる人はたとえたった一人しかいなくともかけがえのない存在であり、宝であるといえるのではないか。プロでもアマでも、表現に携わる人間にとって、自分の作品をきちんと見てくれ、意見してくれる事ほどありがたい事はないのだ。マエストロという映画は、「売れないプロ」の姿を描写する事によって、それを想起させる構成になっているといえるのではないだろうか。

Re: 売れないプロの話

T.Nさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>映画のあらゆる部分が「売れない(稼げない)なら何のためにプロとして活動するのか」というテーマに沿って物語が組み立てられているように見えてきた。

同感です。
その道に邁進する者に「何のために活動するのか」という普遍的な問いかけがなされた作品だと思います。


その際、

>プロというのはお金をもらったその瞬間からプロ

ということと、

>プロにとってお金をもらう、即ちそれだけで食べていける

ということの違いもまた、見逃せない要素ですね。
お金を貰っているけれどそれだけで食べていけるわけではない、というポジションもありましょう。
受け手(聴衆・観衆)とは別のところからお金を貰っている、というケースもありましょう。
解散前の中央交響楽団は、プロオケだけど聴衆の入場料でペイしてるわけではなく、(おそらく企業のCSR活動の一環である)スポンサー料で養われる状態だったと思われます。

するとそこには、スポンサー(あるいは補助金)のおかげでお金は貰えている中で、表現者、芸能者としての矜持をいかに保つか、というテーマも浮かび上がってくるように思います。
何も表現者、芸能者に限りません。政党交付金を貰う政党はどこを向いて政治活動をしているのか、地方交付税交付金を貰う地方公共団体がどれだけ地域振興に取り組めるのか。問われるものは多岐にわたります。

本作は、「何のために活動するのか」という問いかけに多面的にアプローチした作品なのだと感じます。
Secret

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