『ジャージー・ボーイズ』はミュージカルじゃない

 ひどくチグハグな取り合わせに思えた。
 『ジャージー・ボーイズ』は1960年代に数々のヒットを飛ばした伝説のグループ、ザ・フォー・シーズンズをモデルにしながら、虚構を交えた実録物だ。しかも原作はトニー賞受賞のブロードウェイ・ミュージカル。華やかなステージ、心躍るヒット曲、波乱に満ちた成功物語だ。
 そんな作品を、よりによってクリント・イーストウッドが監督するとは!?
 アクション大作『ファイヤーフォックス』を撮った頃ならいざ知らず、『許されざる者』で人生のやるせなさを描き、『グラン・トリノ』で達観し、『チェンジリング』や『J・エドガー』でアメリカの暗部にメスを入れた老監督が、84歳で発表する新作がロック、ポップス満載の青春群像だなんて、違和感いっぱいじゃないだろうか。

 しかし、映画が完成してみれば、これはイーストウッドならではの端正な作品だった。
 並みの監督なら、ブロードウェイ・ミュージカルをスクリーンに再現することに注力し過ぎて、映画のスタイルを置き去りにしたかもしれない。
 けれどもクリント・イーストウッドは達観した老監督らしく、成功もあれば失敗もあるやるせない人生を、しみじみとした語り口でスクリーンに映し出した。

 イーストウッドはインタビューでこう述べている。
 「作品のテーマはあくまで4人の男の物語で、たまたま彼らが音楽を選んだだけだ。音楽でなくてもよかったんだ。」
 ブロードウェイ・ミュージカルの映画化でありながら「音楽でなくてもよかった」なんて、いったい他の誰が口にできるだろう。

 きっと2000年の映画『スペース カウボーイ』について尋ねられても、こう答えたに違いない。「作品のテーマはあくまで4人の男の物語で、たまたま彼らが宇宙を選んだだけだ。宇宙でなくてもよかったんだ。」
 『スペース カウボーイ』の頃はまだ、イーストウッドに「歳を取っても若いヤツには負けないぞ」という鼻息の荒さがあり、それが映画を無骨なものにしていたが、本作のイーストウッドは若者の無軌道さを包み込み、慈愛をも感じさせる。

 イーストウッドはこうも述べている。
 「私はこの作品をミュージカルだと思っていない。むしろストーリー重視でアプローチした。」
 驚くべき発言だ。普通はミュージカルであることをわきまえて作るだろうに。
 ところが言葉の綾ではなく、本当にイーストウッドはこの作品をミュージカルではないものにしまった。

 既存の作品をミュージカルにすることは多い。たとえばロジャー・コーマン監督の映画をブロードウェイ・ミュージカルにした『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』、ジョン・ウォーターズ監督の映画をブロードウェイ・ミュージカルにした『ヘアスプレー』、フェデリコ・フェリーニの映画『8 1/2』をブロードウェイ・ミュージカルにした『NINE』あたりが思い浮かぶ。いずれもミュージカルから再映画化され、ミュージカル映画としても発表されている。
 このようにミュージカル化(歌や踊りを足し算)する例は珍しくないが、ミュージカルとして成功を収めた作品をわざわざミュージカルではなくしてしまうアンミュージカル化(歌や踊りを引き算する)は珍しいに違いない。
 そんなことができるのも、俳優・監督だけでなく、映画音楽も担当するほど音楽への想いと才能に溢れたクリント・イーストウッドだからだろう。

 映画『ジャージー・ボーイズ』がミュージカルではないことは、ご覧になればお判りだろう。
 ミュージシャンの物語だから歌に溢れた映画だが、それらはステージのシーンやレコーディングのシーンや、ラジオから流れるBGMにとどまっている。
 ピアニストのエディ・デューチンの生涯を綴った『愛情物語』が、音楽に溢れていてもミュージカルではなかったように、本作もあくまで音楽映画だ。
 
 けれども、舞台『ジャージー・ボーイズ』はそうではない。ブロードウェイをはじめ各地で上演されたこの舞台は、堂々のトニー賞ミュージカル作品賞の受賞作品だ。オリジナルのミュージカルナンバーを作らずに、既存のヒット曲をかき集めてミュージカルに仕立てるジュークボックス・ミュージカルの一つである。
 映画同様にフォー・シーズンズのステージのシーンで歌っているが、そこにはミュージカルらしい振付が施されている。

 私はミュージカルが好きだと書いたことがあるけれど、ミュージカル映画なら何でも歓迎するわけではない。ミュージカル映画は変だからだ。
 なにしろ登場人物が道端で突然歌い出したり、突然踊り出したりするのだ。ミュージカル嫌いの友人は、不自然だから嫌だと云う。まったく同感だ。
 突然歌い出したり、突然踊り出したりしてこそミュージカルだと云われるかもしれないが、私はそうは思わない。そこには歌いたくなるほどの感情の高まりがあり、踊りたくなるほどの気分の高揚があるはずだ。それが観客に伝わるかどうかが肝だと思う。

 嬉しいことや悲しいことに遭遇した主人公が歌を口にする。そこまではともかくとしても、歌いたいほどの感情を共有してるはずのない周りの人まで歌ったり、踊りたくなるほど気分が高揚しているわけでもない赤の他人が一緒に踊り出したりすると、もうダメだ。私には付いていけない。
 『ウエスト・サイド物語』のシャーク団の面々が「アメリカ」を歌い踊ってもおかしくないのは、アメリカに対する屈折した思いを彼らが共有しているからだ。『マイ・フェア・レディ』で教会に行く一団が声を合わせて「時間どおりに教会へ」を歌うのが自然なのは、みんな結婚を祝う気持ちでいるからだ。
 感情が伝播し、共有されていることを示唆してなければ、コーラスにも群舞にも共感できない。

 舞台では事情が異なる。
 目の前で役者が歌い踊る臨場感や、息遣いが聞こえて、汗まで見える迫力が、観客を引きずり込んで舞台の一員にしてくれる。コーラスや群舞の人たちは、観客自身が歌い踊りたい気持ちを代弁している。だから、主人公の周りの人のコーラスにも群舞にも違和感は覚えない。

 それに引きかえ、スクリーンに映る出来事を客観視する映画では、舞台ほどには臨場感が伝わらない。
 その差を解消しないまま舞台と同じことを映画でやってしまうから、不自然に感じられるのではないだろうか。
 ロバート・ワイズ監督は映画『サウンド・オブ・ミュージック』を大胆な空撮ではじめた。『ウエスト・サイド物語』では冒頭に長大なオーバーチュアを配し、俯瞰のショットではじめたりした。これらは、出だしで観客の頭をガツンとやって、劇場という異空間に引きずり込むためだろう。『レ・ミゼラブル』が非日常的な嵐のシーンではじまることにも、同様の効果があろう。

 イーストウッドは舞台を映画に移植しなかった。舞台の魅力と映画の魅力は違うことを知っているからだろう。舞台の映画化作品を観てもピンと来ないことが多いけれど、イーストウッドのアプローチには感心した。
 イーストウッドは舞台作品を解きほぐし、一つひとつの構成要素に分解した。歌は歌で、ストーリーはストーリーで研ぎ澄ませた。歌に関するイーストウッドのこだわりがうかがえるのは、集客力のあるスターを排して、舞台版のキャストを中心に据えたことだ。プロデューサーも自分で兼ねるイーストウッドだからできることに違いない。加えてイーストウッドは歌を事前に録音せず、キャストに生で歌わせたという。舞台で繰り返し歌ってきたキャストの最高の活かし方だ。

 分解された各要素が映画として再構成されたとき、出来上がったものはミュージカルには思えなかったが、そこに何の問題があろう。
 本作の歌とストーリーと人間ドラマには、熟練の監督が磨きぬいた気品と味わいがある。「ブロードウェイ・ミュージカル」という枠に囚われず、ゴテゴテ飾り付けたりもせず、引き算しながら紡ぎ出した4人の男の物語に舌を巻くばかりである。


 映画ならではの演出も楽しい。
 たとえばタバコ。
 喫煙率が2割を切った現代とは違い、60年代はタバコを吸うのが珍しくなかった。古い時代を表現するため、喫煙シーンを出す映画は珍しくない。
 本作でも吸い殻の入った灰皿がたびたび映る。舞台では灰皿の中まで見えないが、映画だから灰皿を映すだけでヘビースモーカーがいることが判る。

 もちろん、むやみに喫煙シーンがあるわけではない。あからさまに喫煙描写があるのは、4人のうちでトミーだけだ。
 『フライト・ゲーム』が離陸早々の飛行機内で主人公にタバコを吸わせることで、その堕落ぶりを演出したように、喫煙するのはダメ人間の印である。
 本作では、トミーがグループ崩壊の原因になることをタバコで示唆している。
 フランキーの娘の無軌道さを象徴するのもタバコだった。

 倒れた自転車を家の前に置くことで家庭の不和を示唆したり、本作は小技を効かせた楽しい演出でいっぱいだ。

 そして最後の最後、フィナーレにおいて、イーストウッド監督はミュージカルシーンもお手の物であることを見せつける。フォー・シーズンズの4人はもちろん、すべての人物が再登場し、歌と踊りをふんだんに披露するのだ。
 この転調がいかしている。ミュージカルにするとなったら徹底的に舞台らしく見せている。
 役者たちが再登場して歌いながら締めくくる映画はときどきあるけれど、イーストウッドはそれを映画的ではないと考えているのだろう。やるならとことん舞台的に。その切り替えが実に愉快だ。
 さすがに本作では踊らないだろうと思っていたクリストファー・ウォーケンまでが、熱いダンスを披露してくれる。
 映画館を出るときは最高に楽しい気分だ。


ジャージー・ボーイズ ブルーレイ&DVDセット (初回限定生産/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]ジャージー・ボーイズ』  [さ行]
監督・制作/クリント・イーストウッド
出演/ジョン・ロイド・ヤング エリック・バーゲン マイケル・ロメンダ ヴィンセント・ピアッツァ クリストファー・ウォーケン マイク・ドイル レネー・マリーノ エリカ・ピッチニーニ
日本公開/2014年9月27日
ジャンル/[音楽] [ドラマ] [伝記]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : クリント・イーストウッド ジョン・ロイド・ヤング エリック・バーゲン マイケル・ロメンダ ヴィンセント・ピアッツァ クリストファー・ウォーケン マイク・ドイル レネー・マリーノ エリカ・ピッチニーニ

⇒comment

No title

良く出来たミュージカル映画だと思いますけどねえ。
脚本も振り付けも舞台版と同じスタッフだし。
作りとしてはディズニーの「ハイスクールミュージカル」と同じだと思う。

Re: No title

CANDYさん、コメントありがとうございます。
リンク先の記事で、原作となったブロードウェイの舞台が「分類で言えば、プレイ・ウィズ・ミュージックという呼び方が正しいのだろう」と評されてるくらいなので、「原作からしてミュージカルじゃない」という意見が寄せられるかと思ってましたが、CANDYさんのコメントをいただいてホッとしました。この記事を書いた甲斐がありました。
実際のところ分類がミュージカルであってもなくても何ら支障はないのですが、ミュージカル嫌いの私の友人のような人が、ミュージカルと聞きつけてこの映画を避けたりしないといいな、と思います。

ミュージカル

嫌いなナドレックのさんの友人(?)です。
違うか。

はるばる遠出をして見に行ったのですが、甲斐がありました。もろにツボです。
いい感じにぐりぐりしていただきました。
と思っていたら、当地でも上映することになりまして、また見れますわ。

また見たい!!と思える作品って、いいなあ~と思います。

Re: ミュージカル

sakuraiさん、こんにちは。
これほど素敵な作品なのに、米国での評価は今一つなんですよね。ヒットもしなかったし。
Rotten Tomatoesによればポジティブに評価している評論家は53%、Metacriticでは54点です。
米国人にはイーストウッド監督の叙情やわびさびが判らないのでしょうか。
せめて日本ではプッシュしたいです。

こんばんは。

日本では、
イーストウッドというだけで、
シネフィル(H教授信奉者)と呼ばれる人たちに
“無問題”と歓迎される風潮があるのですが、
アメリカには
そのような教祖的映画評論家はいないのかなと、
あらぬことを考えてしまいました。
是々非々ということでしょうか?

Re: こんばんは。

えいさん、こんにちは。
おぉ、当ブログではじめて「シネフィル」という書き込みがありました!
私は割と最近までシネフィルなる言葉を知らなくて、死ね死ね団の一味かと思ってました(^^;

世間知らずの私は「“無問題”と歓迎される風潮」に接していないのですが、付和雷同的に動くのは日本人らしいですね。
米国では(特にユダヤ系の人とか)、先人とは違う意見を表明することを重視しているのではないでしょうか。
Secret

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