『リアリティのダンス』はホドロフスキーの捏造だ

リアリティのダンス 無修正版 [Blu-ray] アレハンドロ・ホドロフスキーは頭がおかしい。
 本人が云ってるのだから間違いない。
 1970年公開の『エル・トポ』のワンシーン、ウサギの死骸が大地を埋め尽くす光景について、後年ホドロフスキーは「あの頃の私は頭がおかしかったんだ」と述懐している。1973年公開の『ホーリー・マウンテン』ではカエルたちを爆死させている。

 しかし、頭がおかしいのは「あの頃」だけではなかった。
 新作『リアリティのダンス』で、浜辺に打ち上げられた大量のイワシが足許を埋め尽くし、ピクピクのたうつシーンを見ると、撮影のためにどれだけのイワシが死に、踏み潰されたのだろうと思ってしまう。
 ホドロフスキーは芸術のためならウサギが死のうがイワシが死のうが意に介さない。40年経っても彼は変わっていなかった。

 もっとも、大量の魚が打ち上げられるシーンは、みずからの自伝を映画化した『リアリティのダンス』に欠かせなかったに違いない。
 ホドロフスキーによれば、少年時代を過ごしたチリのトコピージャの海は、電力会社による汚染のために死んだ魚が打ち上げられ、それを鳥と貧しい人が奪い合っていたという。[*]
 これほど印象的な光景を再現せずして、ホドロフスキーの自伝映画は成立しない。

 同時に、『リアリティのダンス』を観ると、突拍子もないと思われた『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』や『サンタ・サングレ/聖なる血』の情景が、ホドロフスキーにとって不変のモチーフであったことが判る。『リアリティのダンス』はお馴染みのモチーフでいっぱいなのだ。
 『ホーリー・マウンテン』や『サンタ・サングレ/聖なる血』のサーカス団、『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』の意識不明の「聖人」を世話する小人、『ホーリー・マウンテン』の「愛」を運ぶ風船等々。『リアリティのダンス』には見覚えのあるシーンが頻出し、懐かしさに嬉しくなる。

 そしてどうやら少なからぬモチーフが、ホドロフスキーの実体験に基づくらしい。
 ホドロフスキーが本作で胸の大きなオペラ歌手パメラ・フローレスを母親サラ役に抜擢したのは、彼の母親が実際に大きな胸で、オペラ歌手を志望していたからだという。歌うように話すサラを見ていると、『エル・トポ』の甲高い声でさえずる母親が思い浮かぶ。あれもホドロフスキーの母親をイメージしていたのかもしれない。
 本作や『エル・トポ』に手足のない者が大勢登場するのも、トコピージャが鉱山の街で、採掘のダイナマイトに巻き込まれて手足をなくした人がたくさんいたという事情を知れば納得だ。少年時代に目にした強烈な光景を、彼は作品に焼き付けずにいられなかったのだろう。
 ホドロフスキーが原作を書いたマンガ『Les Aventures d'Alef-Thau(アレフ・トーの冒険)』に至っては、手塚治虫著『どろろ』の百鬼丸のように体のあちこちが欠損した男がヒーローだ。しかも百鬼丸が義手や義足を付けて一見すると健常者に見えるのに対し、アレフ・トーには何もない。いまだに邦訳が出ないのは、強烈すぎるためだろうか。

 かようにホドロフスキー作品を紐解く上で重要な『リアリティのダンス』だが、これはあくまでホドロフスキーの少年時代を描いた自伝的作品だ。
 もちろん、チリでの生活をリアルに綴ったものではない。なにしろリアリティがダンスしてしまうのだから、これまでの作品同様、奔放なイマジネーションと奇想天外な物語を楽しめる映画である。
 たとえば、ロシア系ユダヤ人のホドロフスキーは、「みんなと違う」と学校でいじめられたそうだが、この出自を表現するのに主人公の少年は金髪のカツラを被って登場し、周囲の黒髪の子供たちから浮きまくる。金髪を刈ってしまったとき、ホドロフスキーの母はたいへんなショックを受けて彼を憎んだといい、この取り返しのつかない行為を映画では金髪が空中に消え失せることで表現している。

 表現だけに留まらない。
 抑圧的だったという父親は、本作では人々を救おうとする英雄的な人物だ。映画の大半は、暴力的な父親が独裁政権に抵抗し、記憶をなくし、真面目に働いて金を稼ぐようになる『エル・トポ』さながらの物語に割かれている。
 打ちひしがれていたという母親は、映画の中ではペストで死にかけの父に尿を浴びせて全快させる奇蹟の女性だ。ホドロフスキーによれば、放尿は彼女のすべてが川のようになって夫の方に流れることを示し、大きな愛を表しているという。ホドロフスキーは「たくさんの宗教の中で、尿は人を癒すものだとされています。インドのアーユルベーダなどもそうです。」と語る。

 本作で父母の性格や事績を作り変えたホドロフスキーは、「両親を再構築した」と述べている。
---
私は過去は変えられると思っています。過去というのは主観的な見方だからです。この映画では主観的過去がどういうものか掘り出して、それを変えようと思ったのです。
(略)
そして、バラバラだった家族を団結させ、子供の頃に欲しかったものを実現させました。
---

 過去を変えてしまうなんて捏造じゃないか、と思われるかもしれないが、そう、捏造が大事なのだ。
 「アンタほど自分のことも含めて捏造する人間は珍しいよ」とよく云われるという押井守氏は、過去を捏造すべきだと説く。
---
過去は捏造すべきものであって、自分がこうありたいと思ったものが自分の過去になるだけなんです。
(略)
自分は偉人の生まれ変わりだと思うことも自由だし、自分は母親を愛してた、と思い込むことだって自由でしょ。大事なのは、どうすればいまの自分を豊かにすることができるか、そこが大事なんです。
(略)
今というのは過去の上にしかないんだから。今を充実させたいというか、「今」にある種の自由を獲得したいからこそ、自分の過去を捏造するんだよ。
(略)
過去というのは「今生きられている『過去』」でしかないんだから。純然たる過去とか客観的な過去なんてどこにもないんです。
---

 押井守氏はこう述べて、寺山修司の「過去を変えるのは人間だからこそできるんだし、むしろそれが人間にとっての自由なんだ」という言葉を紹介している。
 ホドロフスキーも本作を通して両親を再構築し、子供の頃に欲しかった「団結した家族」を実現した。この映画はホドロフスキーにとって心の治療なんだという。
 「今回の映画を通して、私は生まれ変わった、というよりは、今の人生を別の角度から見るようになりました。」

 そんな映画を家族総出で作ったことも、ホドロフスキーには大きな意味があるだろう。
 長男ブロンティスが父親役、次男クリストバルが行者役、四男アダンがアナキスト役と音楽を担当し、妻パスカルが衣装デザインを務めてくれた(三男テオは事故で亡くなっている。長女ユージニアは創作・芸能活動をしていない)。
---
『リアリティのダンス』で、私は父親を許し、息子たちとの関係をもういちど見直し、そして、妻と働きました。とても個人的なアートになりました。
---

 少年時代に離れて以来、一度も戻らなかった故郷トコピージャで撮影したことも、ホドロフスキーにとっては特別な体験だったに違いない。
 家族を故郷に連れていき、家族ぐるみでホドロフスキーの過去を捏造すれば、もうこれがホドロフスキー家の歴史となろう。

 特筆すべきは、ホドロフスキーが自身の過去を捏造した個人的な作品なのに、他人が見ても面白く、実に愉快なことだ。
 あり得ない父親、あり得ない少年時代を語り、これが自分の人生だと主張するホドロフスキーの作品に接すると、過去に縛られ、「今」の自由を失った私たちはなんてつまらないことに囚われているのだろうと思う。
 所詮、私たちがどんなに過去から目を逸らしたり、過去を偽ったところで、ホドロフスキーの捏造ぶりには敵わない。過去を捏造しても堂々としているホドロフスキーこそ、私たちが見習うべき人物ではないだろうか。

 ホドロフスキーは、自分の人生をベースに物語る意義をこう語る。
---
自分の人生以上に物語ることがあるでしょうか。もし、わたしの人生が本物だと証明されれば、全ての人たちの人生も本物なはずです。子供の頃の傷は誰にでもあるものです。この物語は多くの人に共感してもらえると思います。
---

 彼の主観的な人生が本物なのであれば、たしかに誰のどんな人生も本物だ。
 いかように過去を語ろうと、いかように過去を改変しようと、私たちはそれを本物として生きていける。

 本作はすべての事象が人間の主観的な見方の産物であることを強調すべく、「その他大勢」の人々が仮面をつけて無個性になったり、写真を等身大に引き延ばした薄っぺらな人間になったりと、少年の記憶に相応する存在感しか示さない。
 まるで20世紀の前衛劇のような演出だが、その手法と描かれる内容が「本物」だから少しも陳腐ではない。それどころか、今ではかえって新鮮に感じられるかもしれない。

 この懐かしくも新鮮な映画を楽しみながら、観客は真に楽しいのは人生そのものであると気付くだろう。
 世界中の何もかも、すべての現実(reality)が私たちの周りで楽しげにダンスしているのだから。


[*] 以下、ホドロフスキーの言葉はパンフレット収録のインタビューから。
  本作について詳しく解題しているこのインタビューは必読だ。


リアリティのダンス 無修正版 [Blu-ray]リアリティのダンス』  [ら行]
監督・脚本・原作/アレハンドロ・ホドロフスキー
出演/アレハンドロ・ホドロフスキー ブロンティス・ホドロフスキー パメラ・フローレス イェレミアス・ハースコヴィッツ クリストバル・ホドロフスキー アダン・ホドロフスキー
日本公開/2014年7月12日
ジャンル/[ドラマ] [アート]
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【theme : 洋画
【genre : 映画

tag : アレハンドロ・ホドロフスキーブロンティス・ホドロフスキーパメラ・フローレスイェレミアス・ハースコヴィッツクリストバル・ホドロフスキーアダン・ホドロフスキー

⇒comment

なるほど

とともに、いかに自分が矮小で、過去に囚われてる生き物なんだということを思い返させられました。
過去をねつ造(!!!!さすがです)!!!!
なんかえらい勇気と励ましをもらった気分です、ホドロフスキーに。
と、ナドレックさんに。
ありがとうございます。
次回作が見れるのが、うれしくて、うれしくて。
もう30年くらいは生きててほしい。

Re: なるほど

sakuraiさん、こんにちは。
ホドロフスキーの新作を観られるなんて嬉しいですね。
しかも、老成して丸くなるかと思いきや、40年前とまったく変わらぬ尖り具合!
次回作として準備中の『フアン・ソロ』も公開が待ち遠しいです。

ホドロフスキーのマンガも続々と邦訳されてるし、いい世の中になったなぁ:-)

No title

> この懐かしくも新鮮な映画を楽しみながら、観客は真に楽しいのは人生そのものであると気付くだろう。

私自身は今一つ納得出来なかった映画なんですが、このナドレックさんのまとめで別の映画を思いだした。『レディ・プレイヤー1』である。ゲームの中で必死に追い求めた結果、リアルに辿り着く話。ゲームの神様がリアルを捏造していたら主人公達は最後まで到達できなかったと言う意味では似てるようで正反対かしら。

Re: No title

fjk78deadさん、こんにちは。
『レディ・プレイヤー1』は無茶苦茶面白い映画でしたが、唯一納得できないのがそこですね。
虚構の世界で遊ぶ人々に、現実を生きることもまた素晴らしいと説く……という展開はいいとして、その現実が嘘臭い(^^;
友人の彼女に惚れていたとか、度胸がなくて彼女と上手くいかなかったとか、そんなこっぱずかしい青春暗黒時代を世界中の人に知って欲しいと願うでしょうか。
やっぱり過去を捏造してこそリアル。現実を生きる処方箋は、過去を書き換えることにあるんじゃないかと思います。
Secret

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