『崖の上のポニョ』は大人には厳しいか?
![崖の上のポニョ [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41%2ByK044gqL._SL160_.jpg)
長男の宮崎吾朗氏は1967年1月の生まれ。
たしかに息子さんが成長するにつれ、作品の対象年齢は上がっている。
1972年 宮崎吾朗氏 5歳 『パンダコパンダ』
1973年 宮崎吾朗氏 6歳 『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』
1978年 宮崎吾朗氏11歳 『未来少年コナン』
1984年 宮崎吾朗氏17歳 『風の谷のナウシカ』
そして息子さんが成人するときに、宮崎冒険活劇の集大成たる『天空の城ラピュタ』(1986年 宮崎吾朗氏19歳)を制作し、その後は息子さんの年齢にかかわらず作品を生み出している。
1988年 宮崎吾朗氏21歳 『となりのトトロ』
その宮崎駿監督が、対象年齢をグッと下げて『パンダコパンダ』以来となる5歳児向けの『崖の上のポニョ』を作ると聞いて、さては初孫かと思料したところ、本作が公開された2008年に、社内保育園を竣工したことや(すなわち、保育園が必要なほどスタッフにお子さんの誕生が相次いだ)、自身の初孫を授かったことを知った。
なるほど幼児向けの作品をつくる原動力に満ちるはずだ。
出来上がった本作は、子供たちの元気と自由を凝縮した魅力に溢れている。
津波に襲われた街をポニョと宗介がボートに乗っていくところなど、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』を思い出して懐かしく感じた人も多いだろう。
藤岡藤巻と大橋のぞみによる1度聞いたら頭から離れない主題歌と相まって、子供にも、もちろん大人にも楽しい作品だ。
しかし『パンダコパンダ』を作ったときの宮崎駿監督は31歳、対して『崖の上のポニョ』を作ったときは67歳。36年前と同じように奔放には作れない。
労働組合の書記長も務めた宮崎監督だが、経営者を悪者扱いする階級闘争的な要素はルパン三世シリーズ『さらば愛しきルパンよ』(1980年)を最後に影を潜め、世の中はそんなに単純ではないことを作品に滲ませていくようになる。
そんな宮崎監督が、いままた子供に向けて楽しく自由奔放な作品をつくるにはどうしたらいいだろう。
本作で宮崎監督が出した結論、それは「たいへんなことは大人が引き受ける」ことだ。
『崖の上のポニョ』ではたいへんなことが起こっている。
津波のために街は水没、物的・人的被害は甚大だ。
しかもそれはポニョのせいだ。宗介にもかかわりがある。
誰もが文句を云いたい、悪者を探して糾弾したいシチュエーションだ。
しかしそれは大人の世界でのこと、大人が処理すべきこと。
幼児に不安を抱かせたりつらい思いをさせてはいけない。
これがもっと成長した少年・少女が相手なら、応分の責任を自覚させるという考えもあろう。
でも5歳の宗介や人間になったばかりのポニョは、大人が守るべき存在だ。
得てして「成長物語」は褒め言葉のように使われるが、宮崎監督は成長と称して大人の苦労の一端を担わせるようなことはしない。
だからこの映画に出てくる大人たちは、みんな子供に優しい。災害やその対策で苦労する姿は見せず、朗らかに振る舞う。客席の子供たちが大人に抱く期待と信頼を裏切らない。
わずかに描かれるのは、宗介の母リサとポニョの母グランマンマーレが、子供たちから離れて話し合うシーン。
それはそうだ、2人には相談すべきことがたくさんある。
でも具体的な話の内容を子供たち(客席の子供たちも含めて)に聞かせはしない。諸問題は大人だけで受け止めるのだ。子供たちが楽しく暮らせるように。
上映終了後、楽しげに主題歌を口ずさむ子供たちに囲まれつつ、宮崎駿の突きつけたものの重さを感じながら、私は映画館をあとにした。
![崖の上のポニョ [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/41%2ByK044gqL._SL160_.jpg)
監督・原作・脚本/宮崎駿 (環境依存文字を避けるため「崎」と表記した。)
出演/山口智子 天海祐希 所ジョージ 土井洋輝 奈良柚莉愛 矢野顕子
日本公開/2008年7月19日
ジャンル/[ファミリー] [ファンタジー]

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⇒comment
No title
>でも具体的な話の内容を子供たち(客席の子供たちも含めて)に聞かせはしない。諸問題は大人だけで受け止めるのだ。子供たちが楽しく暮らせるように。
なるほど。謎が解けました。
この描き方は、この映画の基本的姿勢から生まれているんですね。
>しかしそれは大人の世界でのこと、大人が処理すべきこと。
幼児に不安を抱かせたりつらい思いをさせてはいけない。
TB、ほんとうにありがとうございました。
なるほど。謎が解けました。
この描き方は、この映画の基本的姿勢から生まれているんですね。
>しかしそれは大人の世界でのこと、大人が処理すべきこと。
幼児に不安を抱かせたりつらい思いをさせてはいけない。
TB、ほんとうにありがとうございました。
Re: No title
えいさん、こんにちは。
コメント&TBありがとうございます!
この作品は何だかとりとめなくて、はっきり説明されないことが多いのですが、それはそうなんですよね。5歳の子供が、世界で起きてるすべてを理解するはずもないし理解する必要もない。大人なら背景を知れば納得できることでも、5歳児にとっては理解の範疇を超えた未知のことがらだったりします。
フジモトやグランマンマーレが何者で何をしているのか、詳しい説明はないまま映画は終わりますが、世の中の5歳児が、お父さんの仕事の詳細や、お母さんが家計簿と睨めっこして何を考えているかなんて、本当に理解するはずはありません。
だから、この映画を観た子供たちにとっては、実生活と同じように判らないことがたくさんあったけどポニョも宗介も頑張った!と思えれば充分なのでしょう。
コメント&TBありがとうございます!
この作品は何だかとりとめなくて、はっきり説明されないことが多いのですが、それはそうなんですよね。5歳の子供が、世界で起きてるすべてを理解するはずもないし理解する必要もない。大人なら背景を知れば納得できることでも、5歳児にとっては理解の範疇を超えた未知のことがらだったりします。
フジモトやグランマンマーレが何者で何をしているのか、詳しい説明はないまま映画は終わりますが、世の中の5歳児が、お父さんの仕事の詳細や、お母さんが家計簿と睨めっこして何を考えているかなんて、本当に理解するはずはありません。
だから、この映画を観た子供たちにとっては、実生活と同じように判らないことがたくさんあったけどポニョも宗介も頑張った!と思えれば充分なのでしょう。
TBありがとうございます
こんにちは。TB、ありがとうございました。
「大人の問題を子供に押し付けない」
なるほど!納得です。
私も作品を見たときは「すべての元凶はポニョやろ~」なんてツッコミを入れていたものですが(汗)、出てくる大人はみんな優しいなぁと感じたのも事実。
大人の事情はできるだけ出さないようにしていたのですね。監督的には子供が何も考えずに「ポーニョポーニョポニョ♪」と歌える作品が作りたかったのかも。。。
「大人の問題を子供に押し付けない」
なるほど!納得です。
私も作品を見たときは「すべての元凶はポニョやろ~」なんてツッコミを入れていたものですが(汗)、出てくる大人はみんな優しいなぁと感じたのも事実。
大人の事情はできるだけ出さないようにしていたのですね。監督的には子供が何も考えずに「ポーニョポーニョポニョ♪」と歌える作品が作りたかったのかも。。。
リサという不思議な母親
GAKUさん、こんにちは!
>子供が何も考えずに「ポーニョポーニョポニョ♪」と歌える作品が作りたかったのかも。。。
そうですね。
『となりのトトロ』が『パンダコパンダ』のセルフリメイクだとすれば、『崖の上のポニョ』は『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』のセルフリメイクと云えましょう。
いずれも、主題歌が脳裏に焼きついて離れない。子供たちはずっと歌い続けることでしょう。
『パンダコパンダ』二部作も、突っ込みどころは満載です。
なにしろパンダが日本語を喋るし、二足歩行するし、子供が一人暮らししているし
でも童話にツッコミを入れても詮ないですよね。
そして、ポニョを『パンダコパンダ』二部作と対比してみると、いろいろなことが見えてきます。
たとえば宗介の母リサの謎。
クルマの運転は荒っぽいし、宗介とはお互いに呼び捨てだし、ご飯を作らずに酔いつぶれてしまうし…。
ハイハーバーやスラッグ渓谷のおかみさん達とはずいぶん違います。明らかに、宮崎駿監督が描く母親像ではありません。
グランマンマーレや、赤子を抱いたボートの女性には、母性への憧れを込めて描いているのに。
実はもう1人、宮崎アニメにはいるんですね。
クルマの運転が荒くて、上下関係を気にせず誰とでも呼び捨て。家事に精出すところなんて見たことない人…。
そうです、峰不二子です。
リサは、宮崎監督が描く「大人の女性」像なのです。「母親」像ではなく。
おそらく宮崎監督は、宗介も『パンダコパンダ』のミミ子と同様に一人暮らしにしたかったんだと思います。大人抜きで子供だけの大冒険をさせたかったのでしょう。
でも、ゴジラ映画と併映の小品を作っていた頃ならいざ知らず、67歳の今になって「崖の上の一軒家に5歳児が1人で暮らしていました」では自分が納得できない。
だからしぶしぶ同居の大人を出したのでしょう。本当は、隣家のお姉さんでも大家さんの娘でも良かったんだけれど、やっぱり宗介に母親がいないのは不自然なので、いちおう設定上は母親にした、と。
けれども宮崎監督のまなざしは、母親よりも、成人した娘とか、職場の女性社員を見る目に近い(宮崎監督に娘さんはいないので、息子の嫁さんと云うべきでしょうか)。
リサが親らしくないことにご批判の向きもあるようですが、峰不二子が子育てしたら、あんな感じだと思うんですよねぇ
>子供が何も考えずに「ポーニョポーニョポニョ♪」と歌える作品が作りたかったのかも。。。
そうですね。
『となりのトトロ』が『パンダコパンダ』のセルフリメイクだとすれば、『崖の上のポニョ』は『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』のセルフリメイクと云えましょう。
いずれも、主題歌が脳裏に焼きついて離れない。子供たちはずっと歌い続けることでしょう。
『パンダコパンダ』二部作も、突っ込みどころは満載です。
なにしろパンダが日本語を喋るし、二足歩行するし、子供が一人暮らししているし

でも童話にツッコミを入れても詮ないですよね。
そして、ポニョを『パンダコパンダ』二部作と対比してみると、いろいろなことが見えてきます。
たとえば宗介の母リサの謎。
クルマの運転は荒っぽいし、宗介とはお互いに呼び捨てだし、ご飯を作らずに酔いつぶれてしまうし…。
ハイハーバーやスラッグ渓谷のおかみさん達とはずいぶん違います。明らかに、宮崎駿監督が描く母親像ではありません。
グランマンマーレや、赤子を抱いたボートの女性には、母性への憧れを込めて描いているのに。
実はもう1人、宮崎アニメにはいるんですね。
クルマの運転が荒くて、上下関係を気にせず誰とでも呼び捨て。家事に精出すところなんて見たことない人…。
そうです、峰不二子です。
リサは、宮崎監督が描く「大人の女性」像なのです。「母親」像ではなく。
おそらく宮崎監督は、宗介も『パンダコパンダ』のミミ子と同様に一人暮らしにしたかったんだと思います。大人抜きで子供だけの大冒険をさせたかったのでしょう。
でも、ゴジラ映画と併映の小品を作っていた頃ならいざ知らず、67歳の今になって「崖の上の一軒家に5歳児が1人で暮らしていました」では自分が納得できない。
だからしぶしぶ同居の大人を出したのでしょう。本当は、隣家のお姉さんでも大家さんの娘でも良かったんだけれど、やっぱり宗介に母親がいないのは不自然なので、いちおう設定上は母親にした、と。
けれども宮崎監督のまなざしは、母親よりも、成人した娘とか、職場の女性社員を見る目に近い(宮崎監督に娘さんはいないので、息子の嫁さんと云うべきでしょうか)。
リサが親らしくないことにご批判の向きもあるようですが、峰不二子が子育てしたら、あんな感じだと思うんですよねぇ

TBありがとうございます。
私にはいまいちでした。
>ポニョのせいだ。宗介にもかかわりがある。
にしても、糾弾されるべきとは思わなかったし、
>リサが親らしくないこと
にも違和感はなかったし、
宮崎作品を嫌いなわけでもないし(だったら見ません)
でも今一つ、子供の気持ちにはなれなかったです。
>ポニョのせいだ。宗介にもかかわりがある。
にしても、糾弾されるべきとは思わなかったし、
>リサが親らしくないこと
にも違和感はなかったし、
宮崎作品を嫌いなわけでもないし(だったら見ません)
でも今一つ、子供の気持ちにはなれなかったです。
naruhodo
TBありがとうございました。
私も「結局ポニョのせいじゃん」って思ってたのですが、それを大人同士で解決する、と。
確かにその通りですね。
これってバアちゃん達が歩けるようになってたりする描写から、結局あの村の人々は皆死んでしまった(もしくはポニョ側の世界につれて行かれてしまった)のだと思っています。その上でナドレックさんのブログを読むと、ポニョが泡にならないよう宗助をお慰みモノとして献上してよいかというお話合いがあのリサとグランマンマーレによってなされたのだということなのかと思っています。宗助が何も知らずに幸せに暮らすにはそれがよいとリサも納得させられたのでしょう。そのために必要だったのが純粋にポニョを思う宗助の気持ちを確かめる3つの質問だと。そんな感じで合ってますかね?
最初はなんだかよくわからない話にしか見えなかったのですが、深読みしていくととてつもなく面白く恐ろしい話のように思えてきました。
私も「結局ポニョのせいじゃん」って思ってたのですが、それを大人同士で解決する、と。
確かにその通りですね。
これってバアちゃん達が歩けるようになってたりする描写から、結局あの村の人々は皆死んでしまった(もしくはポニョ側の世界につれて行かれてしまった)のだと思っています。その上でナドレックさんのブログを読むと、ポニョが泡にならないよう宗助をお慰みモノとして献上してよいかというお話合いがあのリサとグランマンマーレによってなされたのだということなのかと思っています。宗助が何も知らずに幸せに暮らすにはそれがよいとリサも納得させられたのでしょう。そのために必要だったのが純粋にポニョを思う宗助の気持ちを確かめる3つの質問だと。そんな感じで合ってますかね?
最初はなんだかよくわからない話にしか見えなかったのですが、深読みしていくととてつもなく面白く恐ろしい話のように思えてきました。
作品の変遷
はじめまして、こんにちは。
『パンダコパンダ』から36年も経っているのですね。
子どもと一緒に見直してみると、また新たな発見があって面白いと思います。
リサという母親像について私は多少違和感を覚えていましたが、
宮崎監督の作品を制作する環境の変化から考えるとなんとなく納得できそうです。
『崖の上のポニョ』、考察してみると深いですね。
TBありがとうございました。
『パンダコパンダ』から36年も経っているのですね。
子どもと一緒に見直してみると、また新たな発見があって面白いと思います。
リサという母親像について私は多少違和感を覚えていましたが、
宮崎監督の作品を制作する環境の変化から考えるとなんとなく納得できそうです。
『崖の上のポニョ』、考察してみると深いですね。
TBありがとうございました。
Re: TBありがとうございます。
KGRさん、こんにちは。
>私にはいまいちでした。
この映画は、対象年齢が狭いですからね。
大人向けのカタルシスは用意されていないですし。
>でも今一つ、子供の気持ちにはなれなかったです。
子どもの気持ちにはならなくて良いのではないでしょうか。
ナウシカ以降の宮崎アニメは、映画の枠外にほろ苦さを漂わせていると思います。
本作では枠内をいっそう楽しくするために、ほろ苦さはことごとく枠外に追いやられていますが、それが判るだけにかえって苦味がある、と私は思います。
苦さをみんな枠内に入れると、『火垂るの墓』のように辛くなってしまいますしね
>私にはいまいちでした。
この映画は、対象年齢が狭いですからね。
大人向けのカタルシスは用意されていないですし。
>でも今一つ、子供の気持ちにはなれなかったです。
子どもの気持ちにはならなくて良いのではないでしょうか。
ナウシカ以降の宮崎アニメは、映画の枠外にほろ苦さを漂わせていると思います。
本作では枠内をいっそう楽しくするために、ほろ苦さはことごとく枠外に追いやられていますが、それが判るだけにかえって苦味がある、と私は思います。
苦さをみんな枠内に入れると、『火垂るの墓』のように辛くなってしまいますしね

Re: naruhodo
takakussさん、こんにちは。
本作をクトゥルフ神話に関連して考えてみるのも面白いですね。
>結局あの村の人々は皆死んでしまった(もしくはポニョ側の世界につれて行かれてしまった)
なるほど、洪水の後の世界は、なんだか妙に浮世離れしていますからね。
こういう解釈もアリだと思います。
ただ、私は別の考えです。
宮崎駿監督という人は(お会いしたことはありませんが)、現実の世の中でジタバタすることに重きを置く人だと思います。
また『崖の上のポニョ』は、近藤勝也作画監督の娘さんや、宮崎駿監督ご自身のお孫さん、そしてこれから生まれてくる子どもたちのための映画です。大冒険の結末が彼岸に行くことでは、子どもに説明できない。
バアちゃん達が歩けるようになったことについてですが、『アルプスの少女ハイジ』でクララがハイジの元気パワーに当てられて歩けるようになりますよね。
あれを集団でやったら面白いだろう、なんてノリだったのではないかと思います。
いちおう伏線としては、冒頭でポニョが宗介のケガを直す場面があるので、グランマンマーレなら歩けるようにするなど造作もないでしょう。
本作をクトゥルフ神話に関連して考えてみるのも面白いですね。
>結局あの村の人々は皆死んでしまった(もしくはポニョ側の世界につれて行かれてしまった)
なるほど、洪水の後の世界は、なんだか妙に浮世離れしていますからね。
こういう解釈もアリだと思います。
ただ、私は別の考えです。
宮崎駿監督という人は(お会いしたことはありませんが)、現実の世の中でジタバタすることに重きを置く人だと思います。
また『崖の上のポニョ』は、近藤勝也作画監督の娘さんや、宮崎駿監督ご自身のお孫さん、そしてこれから生まれてくる子どもたちのための映画です。大冒険の結末が彼岸に行くことでは、子どもに説明できない。
バアちゃん達が歩けるようになったことについてですが、『アルプスの少女ハイジ』でクララがハイジの元気パワーに当てられて歩けるようになりますよね。
あれを集団でやったら面白いだろう、なんてノリだったのではないかと思います。
いちおう伏線としては、冒頭でポニョが宗介のケガを直す場面があるので、グランマンマーレなら歩けるようにするなど造作もないでしょう。
Re: 作品の変遷
たまきさん、こんにちは。
私は『パンダ・コパンダ雨ふりサーカスの巻』が大好きなので、宮崎駿監督がここへ回帰してくれて嬉しいです。
リサは成長したミミ子、宗介は成長したパンちゃん、闖入者であるポニョはトラの子、なんて見方も楽しいですね。
でも宮崎駿監督は同じところへ戻ったわけではありません。
そもそも宮崎駿監督は、アクション志向型なのに主張するのはヒューマニズム、という二律背反を抱えた人だと思います。
→ http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-64.html#comment75
『崖の上のポニョ』を作ったときの宮崎駿監督は67歳。
同じ矛盾を抱えた黒澤明監督は、この年齢のころ『影武者』や『乱』などの暗い作風の映画をつくっていました。
宮崎駿監督は『乱』のような領域を通らずに、浮世のしがらみから解放された『まあだだよ』の世界に突入しつつあるようですね。
私は『パンダ・コパンダ雨ふりサーカスの巻』が大好きなので、宮崎駿監督がここへ回帰してくれて嬉しいです。
リサは成長したミミ子、宗介は成長したパンちゃん、闖入者であるポニョはトラの子、なんて見方も楽しいですね。
でも宮崎駿監督は同じところへ戻ったわけではありません。
そもそも宮崎駿監督は、アクション志向型なのに主張するのはヒューマニズム、という二律背反を抱えた人だと思います。
→ http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-64.html#comment75
『崖の上のポニョ』を作ったときの宮崎駿監督は67歳。
同じ矛盾を抱えた黒澤明監督は、この年齢のころ『影武者』や『乱』などの暗い作風の映画をつくっていました。
宮崎駿監督は『乱』のような領域を通らずに、浮世のしがらみから解放された『まあだだよ』の世界に突入しつつあるようですね。
No title
ナドレックさん、重ねて失礼します。
抽象的で説明しない表現として、黒澤明『夢』、テレンス・マリック『ツリー・オブ・ライフ』、宮崎駿『崖の上のポニョ』は非常に似通っていると思うのですが、もしよろしければご意見をお聞かせください。3作品とも、死後の世界への怖れと救いを描いていると個人的には感じるのですが・・・。
手前ミソながら、私の拙いブログの『ツリー・オブ・ライフ』の記事にナドレックさんの疑問への私なりの回答を掲載させていただいております。よろしければご意見いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
抽象的で説明しない表現として、黒澤明『夢』、テレンス・マリック『ツリー・オブ・ライフ』、宮崎駿『崖の上のポニョ』は非常に似通っていると思うのですが、もしよろしければご意見をお聞かせください。3作品とも、死後の世界への怖れと救いを描いていると個人的には感じるのですが・・・。
手前ミソながら、私の拙いブログの『ツリー・オブ・ライフ』の記事にナドレックさんの疑問への私なりの回答を掲載させていただいております。よろしければご意見いただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
Re: No title
Questさん、こんにちは。
『ツリー・オブ・ライフ』へのコメントから場を変えましたが、おっしゃるとおり宮崎駿監督と黒澤明監督には共通点があると思います(テレンス・マリック監督については、論じられるほど作品を観ておりません)。
両監督の共通点とは、一つには先のコメントで述べたように、アクション志向型なのに主張するのはヒューマニズム、という二律背反を抱えていること。
もう一つは、緻密で論理的な映画作りを極めてしまい、その後は既存のフレームワークの破壊に転じたことです。それが、抽象的で説明しない表現――具体的に説明する表現に背を向けることに繋がるわけですね。
これを老境とか、死を前にしてと評する向きもあるようですが、それは違うだろうと思います。両監督の後期の作品は、一つの方向を極めた人だから取り組める次のステップであって、何も極めていない若い人には取り組めない領域なのだと思います。
それに、ある作品が創作者の晩年のものか否かは、創作者が亡くなってから後世の研究者が考えることでしょう。99歳でも新作を発表する新藤兼人監督もいれば、61歳の作品が遺作になってしまう森田芳光監督もいます。
『もののけ姫』の頃から「これが最後」と云い続けている宮崎駿監督が、この先どれだけの作品を作るかなんて誰にも判りません:-)
また、私は挙げられた作品が死後の世界に関連するものとは考えていません。
これについては、貴ブログにコメントしようと試みたのですが、字数制限に引っかかって受け付けられませんでした(T_T)
そのため、貴ブログにコメントしようとしていたことを以下に記載します。
コメントがあちこちに飛んで申し訳ございませんが、平にご容赦ください。
以下はQuestさんの『ツリー・オブ・ライフ』に関するコメント↓からの続きです。
http://blog.livedoor.jp/atribecalled/archives/6542873.html#comments
--
丁寧なコメントありがとうございます。
少々判らないところがあるので教えてください。
Questさんは、
「異界」=「あの世」=「死後の世界」
とされているように思えましたが、この等式の成り立ちがよく判りませんでした。
たしかに宮崎駿作品には「異界」が登場することがあります。
しかしこの「異界」は、人間社会では認知されていないという意味で異界ではあるものの、そこにあるのは自然や精霊(八百万の神)であり、それもまたこの世界の一部(一員)であると宮崎駿氏は考えているのではないでしょうか。
すなわち、この世界には人間の認知している部分と認知していない部分とがあり、すべてを含めてこの世界が成り立っている。人間の理解が至らないために時に対立が生じるものの、本来は人間もこの世界の一員であることを自覚しなければならない。そんな風に宮崎駿氏は考えているように思えます。
そして、ここでいう「世界」とは、あくまで此岸のことであって、あの世(彼岸)とは違うと思うのです。
宮崎駿氏が描いてきたのは、「この世」と「あの世」という別々のものの対立や融和ではなく、「この世」の中での齟齬や理解ではないでしょうか。
つまり私は、宮崎作品を観るに当たって、
「異界」≠「あの世」=「死後の世界」
と考えているので、『崖の上のポニョ』を観ても「死」を意識しませんでした。
Questさんの等式の成り立ちについて、詳しく教えていただければと思います。
もう一つ疑問なのですが、死には再生が必ず伴うのでしょうか。
たとえばキリスト教では死だけでなく再生の概念を有します。私も『冬の小鳥』の感想では死と再生について述べましたが、それはキリスト教を前提とした映画だったからです。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-168.html
しかし祖霊信仰が根強い日本では、死者は再生するのではなく「カミサマ」「ホトケサマ」として私たちの身近に存在し続けると考えます。後に仏教の影響で「転生」の考え方が入ってきましたが、それは再生とは異なります。
宮崎駿氏は『崖の上のポニョ』の制作に当たって「『人魚姫』からキリスト教色を払拭した」と述べていますし、そもそも一神教を好きじゃない人なので、死と再生をセットで考えてはいないと思います。
『ツリー・オブ・ライフ』も、表面的にはキリスト教的な要素を散りばめながら、実際には(当ブログに書いたように)過度なキリスト教色を避けているので、「死」と「生」は語っても「再生」には触れません。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-264.html
おそらくQuestさんがコメント後半で再生と対置して述べている「死」と、コメント前半であの世との関連で述べている「死」は、異なる概念を指しているのではないかと思料しますが、いかがでしょうか。
『ツリー・オブ・ライフ』へのコメントから場を変えましたが、おっしゃるとおり宮崎駿監督と黒澤明監督には共通点があると思います(テレンス・マリック監督については、論じられるほど作品を観ておりません)。
両監督の共通点とは、一つには先のコメントで述べたように、アクション志向型なのに主張するのはヒューマニズム、という二律背反を抱えていること。
もう一つは、緻密で論理的な映画作りを極めてしまい、その後は既存のフレームワークの破壊に転じたことです。それが、抽象的で説明しない表現――具体的に説明する表現に背を向けることに繋がるわけですね。
これを老境とか、死を前にしてと評する向きもあるようですが、それは違うだろうと思います。両監督の後期の作品は、一つの方向を極めた人だから取り組める次のステップであって、何も極めていない若い人には取り組めない領域なのだと思います。
それに、ある作品が創作者の晩年のものか否かは、創作者が亡くなってから後世の研究者が考えることでしょう。99歳でも新作を発表する新藤兼人監督もいれば、61歳の作品が遺作になってしまう森田芳光監督もいます。
『もののけ姫』の頃から「これが最後」と云い続けている宮崎駿監督が、この先どれだけの作品を作るかなんて誰にも判りません:-)
また、私は挙げられた作品が死後の世界に関連するものとは考えていません。
これについては、貴ブログにコメントしようと試みたのですが、字数制限に引っかかって受け付けられませんでした(T_T)
そのため、貴ブログにコメントしようとしていたことを以下に記載します。
コメントがあちこちに飛んで申し訳ございませんが、平にご容赦ください。
以下はQuestさんの『ツリー・オブ・ライフ』に関するコメント↓からの続きです。
http://blog.livedoor.jp/atribecalled/archives/6542873.html#comments
--
丁寧なコメントありがとうございます。
少々判らないところがあるので教えてください。
Questさんは、
「異界」=「あの世」=「死後の世界」
とされているように思えましたが、この等式の成り立ちがよく判りませんでした。
たしかに宮崎駿作品には「異界」が登場することがあります。
しかしこの「異界」は、人間社会では認知されていないという意味で異界ではあるものの、そこにあるのは自然や精霊(八百万の神)であり、それもまたこの世界の一部(一員)であると宮崎駿氏は考えているのではないでしょうか。
すなわち、この世界には人間の認知している部分と認知していない部分とがあり、すべてを含めてこの世界が成り立っている。人間の理解が至らないために時に対立が生じるものの、本来は人間もこの世界の一員であることを自覚しなければならない。そんな風に宮崎駿氏は考えているように思えます。
そして、ここでいう「世界」とは、あくまで此岸のことであって、あの世(彼岸)とは違うと思うのです。
宮崎駿氏が描いてきたのは、「この世」と「あの世」という別々のものの対立や融和ではなく、「この世」の中での齟齬や理解ではないでしょうか。
つまり私は、宮崎作品を観るに当たって、
「異界」≠「あの世」=「死後の世界」
と考えているので、『崖の上のポニョ』を観ても「死」を意識しませんでした。
Questさんの等式の成り立ちについて、詳しく教えていただければと思います。
もう一つ疑問なのですが、死には再生が必ず伴うのでしょうか。
たとえばキリスト教では死だけでなく再生の概念を有します。私も『冬の小鳥』の感想では死と再生について述べましたが、それはキリスト教を前提とした映画だったからです。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-168.html
しかし祖霊信仰が根強い日本では、死者は再生するのではなく「カミサマ」「ホトケサマ」として私たちの身近に存在し続けると考えます。後に仏教の影響で「転生」の考え方が入ってきましたが、それは再生とは異なります。
宮崎駿氏は『崖の上のポニョ』の制作に当たって「『人魚姫』からキリスト教色を払拭した」と述べていますし、そもそも一神教を好きじゃない人なので、死と再生をセットで考えてはいないと思います。
『ツリー・オブ・ライフ』も、表面的にはキリスト教的な要素を散りばめながら、実際には(当ブログに書いたように)過度なキリスト教色を避けているので、「死」と「生」は語っても「再生」には触れません。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-264.html
おそらくQuestさんがコメント後半で再生と対置して述べている「死」と、コメント前半であの世との関連で述べている「死」は、異なる概念を指しているのではないかと思料しますが、いかがでしょうか。
No title
ナドレックさん、こんにちは。
丁寧なご返信ありがとうございます。また、返事が遅れてしまい申し訳ないです。
>黒澤明と宮崎駿の二律背反
黒澤明の全作品を鑑賞したわけではありませんが、あえて言わせていただくと私もその通りだと思います。誤解を恐れず極端に言えば、暴力(アクション)描写が得意な人道主義者みたいな傾向ではないかなと思います。
それが不思議な魅力を秘めているような気もします。もしかしたら構造的に「娯楽としての王道」を正しく歩んでいるのかもしれません。
>緻密なプロットから既存フレームの破壊へ
同じく、老境とかはあまり関係ない気がします。緻密なプロットを極めた者だけが持てる、新しいことをしようとすると必然的に選択肢に上がる演出傾向だと感じます。(関係ないですが、北野武が『みんな~やってるか!』について、映画を壊そうとしたけど、映画の事をよくわかっていないと壊すこともできなかった、と語っていたのを思い出しました)
演出家の年齢というよりも(もちろん相応のキャリアがあれば年齢も上がりますが)、どのような作品を撮ってきたのか、ということの方が重要な気がします。
しかし、演出方針とは違い、後述の「死」に関係することですが、演出者自身の年齢が影響を及ぼすような領域もあるのではないかなとも感じます。その一つがテーマ選択だと思います。
仰る通り「遺作」がいつになるのかは、(宮崎駿については考えたくもないですが)事が起こってみないとわかりません。
しかし、監督の年齢を考えると、おそらくはご自身も周りも今がキャリア前期であるとはみなしていないでしょう。キャリアは後期に来ており、過酷なアニメーション現場を考えるともう無理なんかできないし、むしろ「死」や「老い」とかそういうテーマ選択に「説得力が出てきてしまう」年齢だと勝手ながら思います。
もちろん、ずっとお元気に長生きして安定的に作品を発表でき(そうあってほしいです)、これからもたくさんの宮崎作品を鑑賞できる幸せを得れるかもしれません。
仰る通り、宮崎駿が晩年なのかまだまだこれからなのかは今はわかりませんよね。ただ、確実に言えるのは、毎年、1941年生まれの監督のご年齢が上がっていくことだけです。
当初の予測に反してこの部分が長くなってしまいましたが(笑)、「死を意識する」ことと、「実際に死が訪れる」ことは全く別の事ではないかなと思うのです。それなりのご年齢であれば、「死」を意識してもおかしくないし、若い演出家にはない説得力や深みも出てくるでしょう。そのことと、晩年がいつかということはあまり関係がないと思うのですがいかがでしょうか。長生きや短命は結果であって、予測不可能だということだと思います。
さて、ナドレックさんのご質問についてですが・・・
> 「異界」=「あの世」=「死後の世界」
とされているように思えましたが、この等式の成り立ちがよく判りませんでした。
>この世界には人間の認知している部分と認知していない部分とがあり、すべてを含めてこの世界が成り立っている
>人間の理解が至らないために時に対立が生じるものの、本来は人間もこの世界の一員であることを自覚しなければならない。
ナドレックさんが仰る通り、この世界を構成している一部同士での齟齬と無理解、そして不寛容であることに間違いはないと思います。ただ、それに対しての理解や寛容が描かれてはいるものの、根本的な解決にはなっていないのも特徴だと思います。サンはアシタカを理解しても一緒に住めないわけですよね。
そして、どちらかと言えばワンダーランドの色合いが濃かった、主観的あるいは常識的人間世界と対比しての「異界」が、『ナウシカ』以来の「死」の濃いイメージを再び纏いだしたのが『千と千尋』あたりからで、例えばカオナシとともに電車に乗っていくシーンなどは三途の川を渡っているようにも見えました。
『ハウル』では「老い」という「予定外の出来事」を真摯に取り組んでいますよね。描かれ方として、少女がすぐ腰が痛くなるなど老人世界に入り込んでしまうという一種の「異界」だと思います。
「異界」=「あの世」というか、作品によって描かれているものは違うのではないかな、と考えています。そして、「人間(常識)的世界」と「異界」がどの作品も必ず「並立」していて、ナドレックさんが仰るように、それが「世界」そのものなんだということですよね。
その「並立」しているものが初めて「ひとつ」になった、漫画版ナウシカでも描かなかったことを初めて描写したのが『ポニョ』ではないかと思います。
今まで「並立」している状態の中での対立や融和だったものが、根本的に一つになってしまった。サンとアシタカがタタラ場やシシ神の森で共に住んでしまうようなことを初めてやってのけたと思います。
『ポニョ』のグランマーレや妹たちなど海の世界、リサや宗介のいる人間世界、この二つが融合する津波はやはり「死」の象徴であり、「あの世」が出現してしまったというロジックを用いることで2つの世界の接着剤にしたんじゃないかなと思うのですがいかがでしょうか。海の世界が「あの世」ではなくて、「並立」から「融合」に転じた世界が「あの世」であるということです。
リサや宗介、ポニョやグランマーレも「あの世」に迷い込んだから「ひとつ」になれた、逆に言えばそこまでのウルトラCを演出しないと「並立」状態は解消されないということでもあると思うのですがいかがでしょうか。宮崎駿はずっと希望を描いてきましたが、どこか悲観や諦念(うまくいくとは限らないよ、というようなメッセージ)を感じてしまうのもこの部分じゃないのかなと感じます。
次に「死と再生」についてですが、『ポニョ』の流れでこの表現にしましたが、これはちょっと言葉足らずでした。申し訳ないです。
正確に言えば「喪失と希望」であると考えます。3日後にキリストが復活した「再生」ではなく、死者が神様になることでもなくて、何かを失うという「喪失」と何かを見出すという「希望」はワンセットである(その順番が逆になれば悲劇が生まれる、宮崎駿はこの喪失→希望の順番を必ず守っています)ということです。
また、仰る通り宮崎駿は明らかに多神教の影響が強い方ですよね(そうじゃなければ『千と千尋』なんて作れないですよね)。
津波という喪失があったけど、(それがあったからこそ)宗介がポニョを受け止めるという希望が生まれた。『ポニョ』に即して書けば、こんなかんじでしょうか?
長い駄文でお邪魔してしまいました。ナドレックさんはどうお考えになられたのかお聞かせ願えれば幸いです。
丁寧なご返信ありがとうございます。また、返事が遅れてしまい申し訳ないです。
>黒澤明と宮崎駿の二律背反
黒澤明の全作品を鑑賞したわけではありませんが、あえて言わせていただくと私もその通りだと思います。誤解を恐れず極端に言えば、暴力(アクション)描写が得意な人道主義者みたいな傾向ではないかなと思います。
それが不思議な魅力を秘めているような気もします。もしかしたら構造的に「娯楽としての王道」を正しく歩んでいるのかもしれません。
>緻密なプロットから既存フレームの破壊へ
同じく、老境とかはあまり関係ない気がします。緻密なプロットを極めた者だけが持てる、新しいことをしようとすると必然的に選択肢に上がる演出傾向だと感じます。(関係ないですが、北野武が『みんな~やってるか!』について、映画を壊そうとしたけど、映画の事をよくわかっていないと壊すこともできなかった、と語っていたのを思い出しました)
演出家の年齢というよりも(もちろん相応のキャリアがあれば年齢も上がりますが)、どのような作品を撮ってきたのか、ということの方が重要な気がします。
しかし、演出方針とは違い、後述の「死」に関係することですが、演出者自身の年齢が影響を及ぼすような領域もあるのではないかなとも感じます。その一つがテーマ選択だと思います。
仰る通り「遺作」がいつになるのかは、(宮崎駿については考えたくもないですが)事が起こってみないとわかりません。
しかし、監督の年齢を考えると、おそらくはご自身も周りも今がキャリア前期であるとはみなしていないでしょう。キャリアは後期に来ており、過酷なアニメーション現場を考えるともう無理なんかできないし、むしろ「死」や「老い」とかそういうテーマ選択に「説得力が出てきてしまう」年齢だと勝手ながら思います。
もちろん、ずっとお元気に長生きして安定的に作品を発表でき(そうあってほしいです)、これからもたくさんの宮崎作品を鑑賞できる幸せを得れるかもしれません。
仰る通り、宮崎駿が晩年なのかまだまだこれからなのかは今はわかりませんよね。ただ、確実に言えるのは、毎年、1941年生まれの監督のご年齢が上がっていくことだけです。
当初の予測に反してこの部分が長くなってしまいましたが(笑)、「死を意識する」ことと、「実際に死が訪れる」ことは全く別の事ではないかなと思うのです。それなりのご年齢であれば、「死」を意識してもおかしくないし、若い演出家にはない説得力や深みも出てくるでしょう。そのことと、晩年がいつかということはあまり関係がないと思うのですがいかがでしょうか。長生きや短命は結果であって、予測不可能だということだと思います。
さて、ナドレックさんのご質問についてですが・・・
> 「異界」=「あの世」=「死後の世界」
とされているように思えましたが、この等式の成り立ちがよく判りませんでした。
>この世界には人間の認知している部分と認知していない部分とがあり、すべてを含めてこの世界が成り立っている
>人間の理解が至らないために時に対立が生じるものの、本来は人間もこの世界の一員であることを自覚しなければならない。
ナドレックさんが仰る通り、この世界を構成している一部同士での齟齬と無理解、そして不寛容であることに間違いはないと思います。ただ、それに対しての理解や寛容が描かれてはいるものの、根本的な解決にはなっていないのも特徴だと思います。サンはアシタカを理解しても一緒に住めないわけですよね。
そして、どちらかと言えばワンダーランドの色合いが濃かった、主観的あるいは常識的人間世界と対比しての「異界」が、『ナウシカ』以来の「死」の濃いイメージを再び纏いだしたのが『千と千尋』あたりからで、例えばカオナシとともに電車に乗っていくシーンなどは三途の川を渡っているようにも見えました。
『ハウル』では「老い」という「予定外の出来事」を真摯に取り組んでいますよね。描かれ方として、少女がすぐ腰が痛くなるなど老人世界に入り込んでしまうという一種の「異界」だと思います。
「異界」=「あの世」というか、作品によって描かれているものは違うのではないかな、と考えています。そして、「人間(常識)的世界」と「異界」がどの作品も必ず「並立」していて、ナドレックさんが仰るように、それが「世界」そのものなんだということですよね。
その「並立」しているものが初めて「ひとつ」になった、漫画版ナウシカでも描かなかったことを初めて描写したのが『ポニョ』ではないかと思います。
今まで「並立」している状態の中での対立や融和だったものが、根本的に一つになってしまった。サンとアシタカがタタラ場やシシ神の森で共に住んでしまうようなことを初めてやってのけたと思います。
『ポニョ』のグランマーレや妹たちなど海の世界、リサや宗介のいる人間世界、この二つが融合する津波はやはり「死」の象徴であり、「あの世」が出現してしまったというロジックを用いることで2つの世界の接着剤にしたんじゃないかなと思うのですがいかがでしょうか。海の世界が「あの世」ではなくて、「並立」から「融合」に転じた世界が「あの世」であるということです。
リサや宗介、ポニョやグランマーレも「あの世」に迷い込んだから「ひとつ」になれた、逆に言えばそこまでのウルトラCを演出しないと「並立」状態は解消されないということでもあると思うのですがいかがでしょうか。宮崎駿はずっと希望を描いてきましたが、どこか悲観や諦念(うまくいくとは限らないよ、というようなメッセージ)を感じてしまうのもこの部分じゃないのかなと感じます。
次に「死と再生」についてですが、『ポニョ』の流れでこの表現にしましたが、これはちょっと言葉足らずでした。申し訳ないです。
正確に言えば「喪失と希望」であると考えます。3日後にキリストが復活した「再生」ではなく、死者が神様になることでもなくて、何かを失うという「喪失」と何かを見出すという「希望」はワンセットである(その順番が逆になれば悲劇が生まれる、宮崎駿はこの喪失→希望の順番を必ず守っています)ということです。
また、仰る通り宮崎駿は明らかに多神教の影響が強い方ですよね(そうじゃなければ『千と千尋』なんて作れないですよね)。
津波という喪失があったけど、(それがあったからこそ)宗介がポニョを受け止めるという希望が生まれた。『ポニョ』に即して書けば、こんなかんじでしょうか?
長い駄文でお邪魔してしまいました。ナドレックさんはどうお考えになられたのかお聞かせ願えれば幸いです。
Re: No title
Questさん、こんにちは。
当ブログを開設したのは、『崖の上のポニョ』について語りたかったのも大きな理由なので、コメントをいただけてとてもうれしいです。
>むしろ「死」や「老い」とかそういうテーマ選択に「説得力が出てきてしまう」年齢だと勝手ながら思います。
そうですね。
私は宮崎作品に「死」はあまり感じないのですが、「老い」は前面に出るようになったと思います。
かつては『未来少年コナン』のおじいのように後の世代に希望を託して退場するだけだった老人が、『ハウル』にしろ『ポニョ』にしろ物語の中核にデンと構えるようになりました。これは監督の年齢と関係するでしょうね。
けれども近作の老人たちが、後を託していなくなるのではなくしっかり存在感を示し続けるのは、「年寄りだからってすぐには退場しないぞ」というポジティブなスタンスのような気もします:-)
ただし、私は「宮崎作品に「死」はあまり感じない」と書きましたが、そもそも「死」という言葉に抱くイメージが私とQuestさんとでは異なるように思います。
私にとっての「死」とは「無」であり「終わり」であり、三途の川の先には何もありません。したがって「死」という言葉を介して、並立したりひとつになるような"世界"を想定していません。
おそらくここがQuestさんと異なるために、おっしゃることに思い至らなかったのだと思います。単に言葉に対する個人のイメージの違いなわけで、お手間を取らせてしまいました。
そして、宮崎駿氏が組合活動の闘士だったこと等を考え合わせるに、Questさんが「死」という言葉に込めたものは、「グレート・リセット」のようなものかもしれないと思いました。
大きな出来事(災い)が起こり、それがこれまでのすべてを(文字どおり)洗い流して、人々の対立が解消され、みんなで新たなステージに立つ。それを「アウフヘーベン」と表現してしまうとベタですが、『崖の上のポニョ』の津波はまさしくそんな位置付けかと。
それは宮崎氏にとって「革命」が成就した世界なのかもしれません。
その津波や水没は、宮崎駿氏がしばしば取り上げるモチーフです。
『ルパン三世 カリオストロの城』での湖の決壊、『未来少年コナン』の大津波、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』の大洪水、いずれもそれまでの状況を急転回させる事態です。『未来少年コナン』では農漁業で暮らすハイハーバーの人々と工業中心のインダストリアの人々の対立が最高潮に達したところへ大津波が襲い、人々は武器を放り出して命からがら高台に逃げ、結果みんなで仲良く農作業に従事することになります。『ルパン三世 カリオストロの城』のジョドーはすべてが濁流に飲み込まれる様子を見て、抵抗するのをやめます。
まさしく、水に流して仲良くなるのです。
ですから、Questさんは『ポニョ』で「初めて「ひとつ」になった」と書かれていますが、私は必ずしも初めてではないと思います。『ポニョ』の津波と同様な描写は、かつての宮崎氏の作品では頻繁に見られたからです。
けれど、あたかもソ連の衰退と崩壊に歩調を合わせるかのごとく、宮崎アニメでこのような革命的事態は描かれなくなります。かつては労働者が資本家を打ち倒せばみんなが幸せに暮らせると考えられた時代もありましたが、大人が直面した世界はそんなに単純じゃなかった。そして、もう赤い思想じゃ飛躍できないと豚になった中年男は自嘲し、サンもアシタカも仲良く一緒に暮らしたりはしない。そうこうするうちに、老いは否応なく忍び寄ってくる。
これが最近の――『風の谷のナウシカ』以降の宮崎アニメの特徴でありました。
ところが、『崖の上のポニョ』に至って注目すべきことが起こります。
宮崎駿氏が、しばらく避けていた「ひとつになること」を久しぶりに描いたのです。先のコメントに書いたように『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』のセルフリメイクともいえる本作では、久しぶりに津波が襲い、久しぶりに街が水没します。そして、通常であれば交わることのない人間たちとグランマンマーレたちとが、事態を共有します。
そのように作品を変化させた原動力は、本文に書いたように宮崎氏の初孫の誕生でしょう。自身の孫だけでなく、スタッフの子供たちに囲まれることで、昔のように夢いっぱい、希望いっぱいの作品を作る気になったのでしょう。
宮崎駿氏はとても身近なものに触発されてアニメを作る人ですし、それは本作の惹句「半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある。 -宮崎駿-」がよく表しています。
もちろん、氏は昔と同じ地点に舞い戻ったわけではありません。
Questさんの表現を借りるなら「人間(常識)的世界」と「異界」との融合は果たしたわけですが、「うまくいくとは限らないよ」という思いもあって、でもその思いを映画のフレームの外へ押しやって子供の目には触れないようにした、というのが、私が本文で述べたことです。
また、グレート・リセットによる過去の喪失があってこそ、未来への希望が抱けるという点で、おっしゃるとおり『崖の上のポニョ』は「喪失と希望」の物語でもあろうと思います。
けれども、本当に過去はただ洗い流せば良いのか、グレート・リセットなんかしたら惨憺たる焦土しか残らないのではないか、そんな葛藤も本作からは感じられます。
その葛藤から目を逸らせるために、本作は過剰に幼稚な視点を必要とし、主人公を5歳児にまで低年齢化しなければならなかったのでしょう。
なお、宮崎駿氏の労働運動関係については、『コクリコ坂から』の記事でも取り上げました。
こちらもご笑覧いただければ幸いです。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-256.html
当ブログを開設したのは、『崖の上のポニョ』について語りたかったのも大きな理由なので、コメントをいただけてとてもうれしいです。
>むしろ「死」や「老い」とかそういうテーマ選択に「説得力が出てきてしまう」年齢だと勝手ながら思います。
そうですね。
私は宮崎作品に「死」はあまり感じないのですが、「老い」は前面に出るようになったと思います。
かつては『未来少年コナン』のおじいのように後の世代に希望を託して退場するだけだった老人が、『ハウル』にしろ『ポニョ』にしろ物語の中核にデンと構えるようになりました。これは監督の年齢と関係するでしょうね。
けれども近作の老人たちが、後を託していなくなるのではなくしっかり存在感を示し続けるのは、「年寄りだからってすぐには退場しないぞ」というポジティブなスタンスのような気もします:-)
ただし、私は「宮崎作品に「死」はあまり感じない」と書きましたが、そもそも「死」という言葉に抱くイメージが私とQuestさんとでは異なるように思います。
私にとっての「死」とは「無」であり「終わり」であり、三途の川の先には何もありません。したがって「死」という言葉を介して、並立したりひとつになるような"世界"を想定していません。
おそらくここがQuestさんと異なるために、おっしゃることに思い至らなかったのだと思います。単に言葉に対する個人のイメージの違いなわけで、お手間を取らせてしまいました。
そして、宮崎駿氏が組合活動の闘士だったこと等を考え合わせるに、Questさんが「死」という言葉に込めたものは、「グレート・リセット」のようなものかもしれないと思いました。
大きな出来事(災い)が起こり、それがこれまでのすべてを(文字どおり)洗い流して、人々の対立が解消され、みんなで新たなステージに立つ。それを「アウフヘーベン」と表現してしまうとベタですが、『崖の上のポニョ』の津波はまさしくそんな位置付けかと。
それは宮崎氏にとって「革命」が成就した世界なのかもしれません。
その津波や水没は、宮崎駿氏がしばしば取り上げるモチーフです。
『ルパン三世 カリオストロの城』での湖の決壊、『未来少年コナン』の大津波、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』の大洪水、いずれもそれまでの状況を急転回させる事態です。『未来少年コナン』では農漁業で暮らすハイハーバーの人々と工業中心のインダストリアの人々の対立が最高潮に達したところへ大津波が襲い、人々は武器を放り出して命からがら高台に逃げ、結果みんなで仲良く農作業に従事することになります。『ルパン三世 カリオストロの城』のジョドーはすべてが濁流に飲み込まれる様子を見て、抵抗するのをやめます。
まさしく、水に流して仲良くなるのです。
ですから、Questさんは『ポニョ』で「初めて「ひとつ」になった」と書かれていますが、私は必ずしも初めてではないと思います。『ポニョ』の津波と同様な描写は、かつての宮崎氏の作品では頻繁に見られたからです。
けれど、あたかもソ連の衰退と崩壊に歩調を合わせるかのごとく、宮崎アニメでこのような革命的事態は描かれなくなります。かつては労働者が資本家を打ち倒せばみんなが幸せに暮らせると考えられた時代もありましたが、大人が直面した世界はそんなに単純じゃなかった。そして、もう赤い思想じゃ飛躍できないと豚になった中年男は自嘲し、サンもアシタカも仲良く一緒に暮らしたりはしない。そうこうするうちに、老いは否応なく忍び寄ってくる。
これが最近の――『風の谷のナウシカ』以降の宮崎アニメの特徴でありました。
ところが、『崖の上のポニョ』に至って注目すべきことが起こります。
宮崎駿氏が、しばらく避けていた「ひとつになること」を久しぶりに描いたのです。先のコメントに書いたように『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』のセルフリメイクともいえる本作では、久しぶりに津波が襲い、久しぶりに街が水没します。そして、通常であれば交わることのない人間たちとグランマンマーレたちとが、事態を共有します。
そのように作品を変化させた原動力は、本文に書いたように宮崎氏の初孫の誕生でしょう。自身の孫だけでなく、スタッフの子供たちに囲まれることで、昔のように夢いっぱい、希望いっぱいの作品を作る気になったのでしょう。
宮崎駿氏はとても身近なものに触発されてアニメを作る人ですし、それは本作の惹句「半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある。 -宮崎駿-」がよく表しています。
もちろん、氏は昔と同じ地点に舞い戻ったわけではありません。
Questさんの表現を借りるなら「人間(常識)的世界」と「異界」との融合は果たしたわけですが、「うまくいくとは限らないよ」という思いもあって、でもその思いを映画のフレームの外へ押しやって子供の目には触れないようにした、というのが、私が本文で述べたことです。
また、グレート・リセットによる過去の喪失があってこそ、未来への希望が抱けるという点で、おっしゃるとおり『崖の上のポニョ』は「喪失と希望」の物語でもあろうと思います。
けれども、本当に過去はただ洗い流せば良いのか、グレート・リセットなんかしたら惨憺たる焦土しか残らないのではないか、そんな葛藤も本作からは感じられます。
その葛藤から目を逸らせるために、本作は過剰に幼稚な視点を必要とし、主人公を5歳児にまで低年齢化しなければならなかったのでしょう。
なお、宮崎駿氏の労働運動関係については、『コクリコ坂から』の記事でも取り上げました。
こちらもご笑覧いただければ幸いです。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-256.html
No title
ナドレックさん、重ねて失礼します。また、ご丁寧なご返答ありがとうございます。
私も拙ブログをはじめた動機の一つが、こうやって他の方と映画について語り合えたらいいな、という思いからでして、非常に有意義な交流が持てて嬉しいです。
>Questさんが「死」という言葉に込めたものは、「グレート・リセット」のようなものかもしれないと思いました。
その通りだと思います。
文字通り、対立や無理解を一度水に流すということですよね。私は拙い表現力しか持ち合わせていないのに、ナドレックさんによって非常にわかり易く解説していただいて、自分が思っていることを整理していただいたようで妙にスッキリしました(笑)
その「グレート・リセット」ですが、「無血」なのか「血が流れる」のか、という大きな違いがありますよね。無血革命なのか内戦とかクーデターみたいなものなのかというか。そういった葛藤(血を流してもいいのか?)は漫画版ナウシカでしつこいぐらいに述べられていると思います。
私が個人的に感じることですが、宮崎駿は無血革命を信じてはいないんじゃないかなと思います。仰る通り組合活動の闘士だった監督ですし、「革命」には闘争やある種の破壊が必ず伴うという認識があるんじゃないかなと。
分かりやすく言うと、血が流れない革命なんてないよ、ということです。
私が、宮崎駿に「死」の匂いを感じるのもこの部分であり、それが顕著に出ているのが漫画版ナウシカ(これは革命に失敗した・・・と見せかけて成功??)や『ポニョ』(これは成功した)ではないのかなと思います。
監督のご年齢を考えたときに、再びこのテーマに帰ってきたというか、原点回帰的な動きとなったのは、やはりご自身のご年齢も関係しているのかなと勝手ながら邪推したわけであります。本当のところはおそらくご本人以外にはわからないでしょう。しかし、身近なことに大きな影響を受ける演出家であるというのは非常に納得できます。
そういった大人の事情はフレーム外へ押しやっているというのも、本当にその通りだと思います。おそらく劇中の津波で相当数の人が亡くなっているはずなのに、そういったことを説明するような直接的な描写を避けていますよね。子供に見せるようなものじゃないわけですよね。
>『ポニョ』の津波と同様な描写は、かつての宮崎氏の作品では頻繁に見られた
これは完全に私の不明からくる間違いでした。「初めて」ではなく「久しぶりに」とか「原点回帰的に」とか、そういった表現をすべきでした。『ナウシカ』以降の宮崎駿は、おそらくはマルクス主義とかの文脈でいえば「転向」をした後であるわけですよね。私も『コナン』や『パンダコパンダ雨ふりのサーカス』は楽しく鑑賞していたはずなのですが、どこか『ナウシカ』以降の宮崎駿という固定観念が強かったみたいです。ここは訂正したいと思います。
>その葛藤から目を逸らせるために、本作は過剰に幼稚な視点を必要とし、主人公を5歳児にまで低年齢化しなければならなかったのでしょう
その通りだと思いますし、そこがこの作品のキモかもしれないですね。
無邪気なテーマソングや、ポニョが魚のように飛び跳ねる大波の上を走り抜けるシーンなどを観ると、そんな革命とかグレート・リセットとか子難しいことはいらないし、子供たちが楽しめたらそれでいいじゃないか!みたいな痛快な躍動感を感じます。
さんざん「死」とか暗い話をしてきてなんですが、宮崎駿、まだまだお若いですよね(笑)
余談ですが、最近、手塚治虫の『ジャングル大帝』を再読したのですが、『もののけ姫』にすごく似ていますよね。順番的には『もののけ姫』が『ジャングル大帝』に似ていると言うべきでしょうが(笑)
人間世界VS動物世界という構図を持ちつつ、良い人間もいれば悪い人間もいて、それは動物界でも全く同じで。対立と融和がごちゃ混ぜに描かれつつ、お互いに手を取り合う「友愛」が必要だ、みたいな感じでしょうか。
高畑勳の『ハイジ』で天才的に詳細な場面設定を担った宮崎駿ですが、そもそもファンタジーの基本は「異界」にある、つまりは日常の生活から離れた世界観にどれだけ説得力を持たせられるか、というディティールへのこだわりが優れたファンタジーへと直結するのであれば、宮崎駿ほどのファンタジー作家もなかなかいないのではないかなと思います。
宮崎駿は「異界」を描いてきた演出家だ、と以前に記述しましたが、突き詰めると、ものすごく基本に忠実なファンタジー作家であるのかなと感じました。
長々と失礼しました。
私も拙ブログをはじめた動機の一つが、こうやって他の方と映画について語り合えたらいいな、という思いからでして、非常に有意義な交流が持てて嬉しいです。
>Questさんが「死」という言葉に込めたものは、「グレート・リセット」のようなものかもしれないと思いました。
その通りだと思います。
文字通り、対立や無理解を一度水に流すということですよね。私は拙い表現力しか持ち合わせていないのに、ナドレックさんによって非常にわかり易く解説していただいて、自分が思っていることを整理していただいたようで妙にスッキリしました(笑)
その「グレート・リセット」ですが、「無血」なのか「血が流れる」のか、という大きな違いがありますよね。無血革命なのか内戦とかクーデターみたいなものなのかというか。そういった葛藤(血を流してもいいのか?)は漫画版ナウシカでしつこいぐらいに述べられていると思います。
私が個人的に感じることですが、宮崎駿は無血革命を信じてはいないんじゃないかなと思います。仰る通り組合活動の闘士だった監督ですし、「革命」には闘争やある種の破壊が必ず伴うという認識があるんじゃないかなと。
分かりやすく言うと、血が流れない革命なんてないよ、ということです。
私が、宮崎駿に「死」の匂いを感じるのもこの部分であり、それが顕著に出ているのが漫画版ナウシカ(これは革命に失敗した・・・と見せかけて成功??)や『ポニョ』(これは成功した)ではないのかなと思います。
監督のご年齢を考えたときに、再びこのテーマに帰ってきたというか、原点回帰的な動きとなったのは、やはりご自身のご年齢も関係しているのかなと勝手ながら邪推したわけであります。本当のところはおそらくご本人以外にはわからないでしょう。しかし、身近なことに大きな影響を受ける演出家であるというのは非常に納得できます。
そういった大人の事情はフレーム外へ押しやっているというのも、本当にその通りだと思います。おそらく劇中の津波で相当数の人が亡くなっているはずなのに、そういったことを説明するような直接的な描写を避けていますよね。子供に見せるようなものじゃないわけですよね。
>『ポニョ』の津波と同様な描写は、かつての宮崎氏の作品では頻繁に見られた
これは完全に私の不明からくる間違いでした。「初めて」ではなく「久しぶりに」とか「原点回帰的に」とか、そういった表現をすべきでした。『ナウシカ』以降の宮崎駿は、おそらくはマルクス主義とかの文脈でいえば「転向」をした後であるわけですよね。私も『コナン』や『パンダコパンダ雨ふりのサーカス』は楽しく鑑賞していたはずなのですが、どこか『ナウシカ』以降の宮崎駿という固定観念が強かったみたいです。ここは訂正したいと思います。
>その葛藤から目を逸らせるために、本作は過剰に幼稚な視点を必要とし、主人公を5歳児にまで低年齢化しなければならなかったのでしょう
その通りだと思いますし、そこがこの作品のキモかもしれないですね。
無邪気なテーマソングや、ポニョが魚のように飛び跳ねる大波の上を走り抜けるシーンなどを観ると、そんな革命とかグレート・リセットとか子難しいことはいらないし、子供たちが楽しめたらそれでいいじゃないか!みたいな痛快な躍動感を感じます。
さんざん「死」とか暗い話をしてきてなんですが、宮崎駿、まだまだお若いですよね(笑)
余談ですが、最近、手塚治虫の『ジャングル大帝』を再読したのですが、『もののけ姫』にすごく似ていますよね。順番的には『もののけ姫』が『ジャングル大帝』に似ていると言うべきでしょうが(笑)
人間世界VS動物世界という構図を持ちつつ、良い人間もいれば悪い人間もいて、それは動物界でも全く同じで。対立と融和がごちゃ混ぜに描かれつつ、お互いに手を取り合う「友愛」が必要だ、みたいな感じでしょうか。
高畑勳の『ハイジ』で天才的に詳細な場面設定を担った宮崎駿ですが、そもそもファンタジーの基本は「異界」にある、つまりは日常の生活から離れた世界観にどれだけ説得力を持たせられるか、というディティールへのこだわりが優れたファンタジーへと直結するのであれば、宮崎駿ほどのファンタジー作家もなかなかいないのではないかなと思います。
宮崎駿は「異界」を描いてきた演出家だ、と以前に記述しましたが、突き詰めると、ものすごく基本に忠実なファンタジー作家であるのかなと感じました。
長々と失礼しました。
Re: No title
Questさん、こんにちは。
おおお、ここで『ジャングル大帝』を持ってくるとはさすがですね!
手塚治虫はディズニーアニメ『バンビ』のコミカライゼーションを手掛けており、『ジャングル大帝』が『バンビ』の強い影響下にあることは良く知られています。
そして『もののけ姫』で描かれた人間界や自然界における対立と融和は、元をたどれば『ジャングル大帝』で、さらには『バンビ』で描かれたものなわけです。『もののけ姫』に登場するシシ神やヤックルがシカもしくはシカを模した姿をしていること、『もののけ姫』の主人公の名がアシタカで、バンビは北米に棲息するアカシカであること等を考えると、ディズニーから連綿と続くアニメ・マンガの系譜が浮かび上がるように思います。
おおお、ここで『ジャングル大帝』を持ってくるとはさすがですね!
手塚治虫はディズニーアニメ『バンビ』のコミカライゼーションを手掛けており、『ジャングル大帝』が『バンビ』の強い影響下にあることは良く知られています。
そして『もののけ姫』で描かれた人間界や自然界における対立と融和は、元をたどれば『ジャングル大帝』で、さらには『バンビ』で描かれたものなわけです。『もののけ姫』に登場するシシ神やヤックルがシカもしくはシカを模した姿をしていること、『もののけ姫』の主人公の名がアシタカで、バンビは北米に棲息するアカシカであること等を考えると、ディズニーから連綿と続くアニメ・マンガの系譜が浮かび上がるように思います。
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【Story】
5歳の少年宗介はある日、浜でさかなの子ポニョと出会うことでその寂しさも...
崖の上のポニョ
ストーリーは、よくわかってないままに。
「ポ~~ニョ、ポニョポニョ、さかなのこ~」という歌に魅かれて「崖の上のポニョ」を鑑賞。
「UCとしまえん」は、土曜のレイトショーにしては少なめかと思ったんだけど。
「崖の上のポニョ」の上映されるスクリーンのある3階...
崖の上のポニョ
宮崎駿監督の作品は大好き持っているDVDやビデオを観る機会も一番多いかもしれないなぁ~『ハウルの動く城』以来4年ぶりの新作を家族で楽しみにしていた―【スタッフ・キャスト(声優)】*監督・原作・脚本 宮崎駿 *音楽 久石譲*宗介の母・リサ(山口智子) ...
崖の上のポニョ
大人に希望を。
子供に夢を。
2008-54『崖の上のポニョ』を鑑賞しました。
映画を鑑賞しました。秊 2008-54『崖の上のポニョ』(更新:2008/07/24) 評価:★★★★☆ ねむねむポニョの可愛さに★四つにしました。 宮崎駿監督が造り上げた人魚姫物語。 歌の印象とポニョがトトロのメイの様に純朴な
映画感想アニメ2連発『ポケモン』vs『崖の上のポニョ』
今回は、アニメ三昧。先ずは、『ポケットモンスター ギラティナと氷空の花束シェイミ』内容旅を続けるサトシたちの前に、一匹の汚れたポケモンが現れる。洗っても調子の悪そうなので、ポケモンセンターへと。そして、回復したポケモン・シェイミは、生意気な言葉で『お花...
崖の上のポニョ
可愛いオハナシでしたね。宮崎版・人形姫? 「魔女の宅急便」と同じく、ただ、眺めてるだけで充分に楽しかったです。キビシー意見も少なくなかったみたいですが、コドモ目線に帰れた感覚が、なかなかに新鮮
空中ならぬ、水中や波の表現。不思議を大らかに許容しちゃう...
『崖の上のポニョ』 (2008) / 日本
原作・脚本・監督:宮崎駿製作:鈴木敏夫声の出演:山口智子、長嶋一茂、天海祐希、奈良柚莉愛、土井洋輝、柊瑠美、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子公式サイトはこちら。<Story>海を臨む崖の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、瓶に入り込んで動けなくなっていたさか...
崖の上のポニョ・・・・・評価額1550円
「芸術は爆発だ!」と言ったのは岡本太郎だったが、「崖の上のポニョ」は正しく宮崎駿のイマジネーションの爆発だ。
物語そのものは、よく知...
『崖の上のポニョ』(2008)
最初にポニョのキャラを見た時、「なんじゃこりゃ?」「キモチワルーイ」と思い、次にフジモトをはじめとする主要キャラのデザインを見て、「あー、こりゃダメだ。どうしても好きになれない~」と結局映画館に行きませんでした。
生理的な嫌悪感というんでしょうか、自分...
崖の上のポニョ@試写会
さすがのジブリ、試写会は親子連れを中心に大盛況。
会場の厚生年金会館はもうすぐ売却予定。ここ黒字なのにねぇ。今後の試写会はどうなるのかしら。
それほど詳しいストーリーには触れてませんが、公開前につき、ネタバレとっても注意です。小さな映画館で観る、かわ...
「崖の上のポニョ」試写会
日曜の午後から出かけるのはちょっと面倒と思いながらも「崖の上のポニョ」の試写会に行ってきました。
ストーリーは人魚姫にかなり似ている気がしますが、海の中のシーンなどとても絵がキレイ。クラゲがふわふわと漂っていたり、魚たちがのんびりと泳ぐシーンを見てい...
映画 「崖の上のポニョ」
映画 「崖の上のポニョ」 を観ました。
劇場鑑賞「崖の上のポニョ」
「崖の上のポニョ」を鑑賞してきました「ハウルの動く城」から4年。宮崎駿監督の次なる挑戦は、CGを一切用いず、手描きでアニメを作るという原点に立ち返ることだった。ストーリーは・・・ある日、崖の上の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、クラゲに乗って家出してきた...
「崖の上のポニョ」守り信じて受け入れた先にみた愛するという事の意味
「崖の上のポニョ」は宮崎駿監督4年ぶりの新作で、海に住む魚のポニョが海を冒険中に少年に助けられて人間を好きになるが、ポニョの育て親に再び連れ戻されるが再び兄弟の助けを得て少年に会いに向かうストーリーである。宮崎監督4年ぶりの作品という事で公開前から大き...
崖の上のポニョ
宮崎駿作品が、満を持して4年ぶりにスクリーンに登場{%女の子お知らせhdeco%}
「崖の上のポニョ」:清澄庭園前バス停付近の会話
{/kaeru_en4/}おい、この手水鉢の中に何か見えたぞ。
{/hiyo_en2/}ひょっとして、ポニョかしら。
{/kaeru_en4/}うーん、あれは海にいる魚だからな。
{/hiyo_en2/}うん、海で生まれたんだけど、人間になりたくて一生懸命努力する魚の女の子。
{/kaeru_en4/}って、人間にな
崖の上のポニョ
「もう映画は撮らない」
何度となく引退を宣言しながら撮り続けている宮崎駿監督。
今回は『ゲド戦記』の原作者を激怒させたいわく付きの最新作、『崖の上のポニョ』を観てきました。
★★★★
未曽有のセル画アニメ体験。
スクリーンを埋め尽くす優しいタッチの手書き画...
『崖の上のポニョ』
息子宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』の作風に触発されてケツに火が点いたと言われている宮崎駿監督が原点に立ち返ろうとしているような感じがした、世代的にはとても懐かしさが漂う映画でした。確かに前評判通り感動作品ではなく、どちらかといえば小学生低学年向けの内容のた...
崖の上のポニョ
この夏はこれ、と決めていたのになかなか観なかった映画にやっと行ってきました。宮崎駿の最新作「崖の上のポニョ」。 始まるなり、お話そのものに入り込めず、やたら気がついたのはこれまでの宮崎アニメを思い出させること。まず、ポニョは半魚人の時は「千と千尋の神隠..
完全に子供向け。『崖の上のポニョ』
5歳の少年が、さかなの子ポニョと出会う物語です。
映画「崖の上のポニョ」
崖の上のポニョ 映画館にて鑑賞
監督 宮崎駿
音楽 久石譲
声出演 山口智子 長嶋一茂 天海祐希 所ジョージ、柊瑠美、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子
2008年
『崖の上のポニョ』
----この夏の大本命!
宮崎駿アニメ、ついに登場。
確かこれって『人魚姫』をモチーフにしているんだよね。
でも、この目と目が離れたファニーフェイスの女の子が人魚姫って
ちょっと想像つかないニャあ。
「そういえば、この子が人間になった姿は
まだどこにも出ていな
崖の上のポニョ
アンデルセン原作の童話「人魚姫」を基に、人間になりたいと願うさかなの子と5歳の男の子の友情と冒険を生き生きと描く。
宮崎駿監督作品。
いきなり最初から海中のきれいさにうっとりとやられました。
ポニョがわりとすぐ出てきてくれるので、娘も大喜び。
声を出して...
「崖の上のポニョ」
海辺にそそり立つ崖の上の一軒家に住む5歳の男の子宗介は、ある日、海でビンに詰まった小さな金魚を拾いました。
「ポニョっとしてるからポニョ。」と名付け、「僕が守ってあげるからね。」と可愛がりますが、突然襲ってきた波にポニョがさらわれて、離れ離れになってし
崖の上のポニョ
BAKA BAKA BAKA BAKA・・・
崖の上のポニョ
崖の上のポニョ [DVD](2009/07/03)不明商品詳細を見る
「ポーニョポーニョポニョ魚の子~」という歌がこの一週間くらい頭の中にこびりついて離れ...
「崖の上のポニョ」宮崎駿
2008日本
監督・脚本・原作:宮崎駿
声の出演:山口智子(リサ)所ジョージ(フジモト)
観たぜ、ポニョ。
いや~反則というか直球というか
「子供」「母性」「老い」「地域社会」「自然回帰」そして「人間讃歌」
だよ。
驚いたね~
でも、よく考えると、「ナウシ...
「崖の上のポニョ」
「崖の上のポニョ」試写会 東京厚生年金会館で鑑賞
今年の夏のスタジオジブリ作品は巨匠宮崎駿監督のこの作品。
日本人はもちろん世界中から期待される作品です。
「ハウルの動く城」からはや4年がたちつくられたオリジナル作品は、人魚姫をモチーフに作られた完全...
崖の上のポニョ
オフィシャルサイト
2008 日本
原作・脚本・監督:宮崎駿
声の出演:山口智子/長嶋一茂/天海祐希/奈良柚莉愛
ストーリー:海を臨む崖の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、瓶に入り込んで動けなくなっていたさかなの子・ポニョを助けた。一緒に過ごすうちにお互いのこと...
「崖の上のポニョ」
遅くなりましたが、『崖の上のポニョ』感想、簡単ですが載せておきます。
「ポ~ニョ、ポ~ニョ、ポニョ♪」と口ずさんでみてはいかがです?(笑)
「崖の上のポニョ」(2008)日本
監督 宮崎駿
声の出演 山口智子/長嶋一茂/天海祐希/所ジョージ
<「千と千尋の神隠し」...
【映画】崖の上のポニョ
崖の上のポニョ
(2008)
思いがけずネタバレを見てしまう前に『崖の上のポニョ』を見てきた。
スゴイ映画ではあると思う。
けれどもそのスゴ...
映画『崖の上のポニョ』
神戸松方ホールにて試写会。 「ポニョ役の(奈良)柚莉愛ちゃんと宗介役の土井(洋輝)くんが、初号試写を見ている間ずっと落ち着きがなく、『子供が喜んでいないのでは』」とか、「スタッフの家族を招いて行われた試写でも子供たちから反応がなく、『子供たちのために作..
『崖の上のポニョ』
□作品オフィシャルサイト 「崖の上のポニョ」□監督・原作・脚本 宮崎駿 □キャスト(声優) 山口智子、奈良柚莉愛、土井洋輝、長嶋一茂、所ジョージ、天海祐希、吉行和子、奈良岡朋子、矢野顕子■鑑賞日 7月20日(日)■劇場 チネチッタ■cyazの満足度 ★★★
「崖の上のポニョ」
絵本が映画の世界になりました。
ぐにょぐにょ、むにゅむにゅ、ぼよぼよ、くにょくにょ、どろり~んと、
手描きに拘った世界は、曲線の乱舞。
妹たちの群像は好きだわ。
そして、偉大なる母性の中に、全ては包まれているのでした・・・
デジタル化の波に逆行する
崖の上のポニョ
♪ポーニョ、ポーニョ、ポニョ、さかなの子
青い海からやって~きた!
ポーニョ、ポーニョ、ポニョ、ふくらんだ
まんまるおなかの女の子~♪
実際の映画を観る前から、この主題歌が、
すっかり頭にはりついてしまいました!
海辺の小さな町の、崖の上に建つ一軒家...
【崖の上のポニョ 】
【監/原/脚】 宮崎駿
【音楽】 久世譲
【主題歌】 「崖の上のポニョ」 藤岡藤巻と大橋のぞみ
【配給会社】 2008/東宝
...
『崖の上のポニョ』・・・宮崎駿の優しい世界
劇場で観る予定のなかった『崖の上のポニョ』を、休日にしては珍しく早起きしたせいなのか、それとも昨夜テレビでやってた『となりのトトロ』のせいなのか、急に観たくなり初日にフラリと衝動鑑賞(笑)
家を出る前にネットで席を確保しておいてよかった。早めに劇場に着...
320「崖の上のポニョ」(日本)
人間になりたかった魚
海辺の小さな町で崖の上の一軒家に暮らす宗介はある日、頭がジャムの瓶にはまり困っていたさかなの子を助け出す。ポニョと名付けられたその子はクラゲに乗って家出してきたところだった。それ以来、彼らは互いを好きになる。しかしポニョは、人間...
崖の上のポニョ
近年の作品になるにつれ、難解になっていった宮崎監督作品だが、本作では宮崎作品の原点に戻ったような印象を受けた。
崖の上のポニョ
生まれてきてよかった。
話題のポニョ、観ました。
…実は観たのは丁度1週間前の映画の日。すぐに感想を! と思っていたんですけれど、なんかね~色々と考えてしまいまして…考えに詰まるというか(いや、別に何も考えずに観てもいいんだけど) ハッキリ言ってしまうと「消...
「崖の上のポニョ」
映画アニメ 「崖の上のポニョ」 観ました
宮崎 駿 監督 2008年 日本
今日は真直ぐ帰宅する気になれず、通常料金なのに観て来ました。
誰も否定する人はいません。
どっぷりファンタジー肯定の世界で癒されてきました。
地球温暖化もなんのそ...
★「崖の上のポニョ」
今週はハッピーマンデー付きの3連休なので、二日連続オールナイト敢行のシネコンたち。
一日目は、前作「ゲド~」でズッコケたスタジオジブリの反撃作。
やっぱり宮崎駿が監督しないと、ダメなのねーーー。
崖の上のポニョ
海を臨む崖の上の一軒家に住む5歳の少年、宗介は、海辺で敏に入り込んで動けなくなっていた生き物を発見。助け出し、ポニョと名付けます。一緒に過ごすうち、心を惹かれあう二人ですが、ポニョは、父親のフジモトにより、海に連れ戻されてしまいます。それでも、宗介を忘
水もれ宗介
「崖の上のポニョ」
崖の上のポニョ
2008年8月24日(日) 16:30~ 日比谷スカラ座 料金:1250円(チケットフナキで前売り券購入) プログラム:600円 『崖の上のポニョ』公式サイト 上映終了後の子供の叫びがすべてを物語っている。「えっ、もう終わり!?」 物語の中盤にクライマックスが来て、最後
[『崖の上のポニョ』二観目]
☆今回は、一緒に行く人がいなかったので、「可愛さ」を堪能しようと、また、絵や話の細かい点を見直したくて、もう一度、『ポニョ』(1回目の感想はクリック!)を観に行った。
・・・やっぱ、魚ポニョは可愛いな^^
眠っている時のスヤスヤ顔や、お腹が可愛い^^
...
崖の上のポニョ
観てきました。
<新宿バルト9>
監督:宮崎駿
原作:宮崎駿
脚本:宮崎駿
美術監督:吉田昇
崖の上の一軒家に母親と暮らす5歳の少年、宗介は、ある朝海で瓶にはまっている不思議な金魚を助ける・・・。
何だか巷では賛否両論なこの作品。
まあ、それだけ大勢
大人以上、親未満には伝わり難い●崖の上のポニョ
5才のロミオとジュリエット。
『崖の上のポニョ』
崖の上のポニョ - goo 映画
海を臨む崖の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、
瓶に入り込...
崖の上のポニョ・・・新味は無し
監督・原作・脚本: 宮崎駿
キャスト
(声の出演)
リサ☆山口智子
ポニョ☆奈良柚莉愛
宗介☆土井洋輝
耕一☆長嶋一茂
フジモト☆所ジョージ
グランマンマーレ☆天海祐希
ポニョのいもうと達☆矢野顕子
トキ☆吉行和子
ヨシエ☆奈良岡朋子
他
【ス
崖の上のポニョ
ポーニョ ポーニョ ポニョさかなの子 青い海からやってきた___。
とっても可愛らしい声で歌う、大橋のぞみちゃんに感激!!
全世界待望のスタジオジブリ最新作は、4年ぶりとなる、宮崎駿監督のオリジナル作品。
少年と少女、愛と責任、海と生命。神経症と不安の....
崖の上のポニョ ─ 子供の不思議や勢いをただ感じるべし ─
─ 子供の不思議や勢いをただ感じるべし ─
2006年の『ゲド戦記』以降、スタジオジブリが製作した話題の新作『 崖の上のポニョ 』(2008年/日本:アニメ)。ゲドは宮崎吾郎が製作し“心の闇”をテーマにした毒のある内容でしたが、今作はそれとは対極に位置するような完...
「崖の上のポニョ」感想
今更ですが、見ました。見終わった感想は、「面白かったよ」という一言が家族全員から出て来る映画でした。3つ☆半
こりゃ~子供が飽きずに...
【崖の上のポニョ】
脚本・監督:宮崎駿
かなり前から予告で流れていて、歌がずっと耳について離れませんでした。やっと公開です!
「ヘルパーの仕事をする母リサと船乗りの父耕一と三人で崖の上の家に住む五歳の宗介。
ある日、海で拾った金魚・・のような魚をポニョと名付けて可愛
崖の上のポニョ
んーーーー、。。。。
「崖の上のポニョ」難しく考えないで…。
そんなわけで、“ポニョ”であります。「崖の上のポニョ」(東宝)。予想通り、夏休み映画興行ブッちぎりの1位を独走中!宮崎駿監督、4年ぶり(オリンピックかい!)の新作。事前に申しておりましたとおり“我が娘・かぁたん(仮名・6歳)”と、“娘と映画 第6弾”として...
あの子が大好き~『崖の上のポニョ』
Ponyo on the cliff by the sea
さかなの子・ポニョは、ジャムの瓶にはまっていたところを5歳の少年・宗介に
助けられる。宗介を好きになり...
崖の上のポニョ(評価:◎)
【監督】宮崎駿
【声の出演】山口智子/長嶋一茂/天海祐希/所ジョージ/土井洋輝/奈良柚莉愛/柊瑠美/矢野顕子/
吉行和子/奈良岡朋子
【公開日】...
崖の上のポニョ
崖の上のポニョ
監督 宮崎駿
日本 2008
【映画評】崖の上のポニョ
人間になりたがった人魚と少年の物語。
『崖の上のポニョ』劇場鑑賞
「続いて観ちゃえ~~!!」 の2本目。カードの割引と、Tポイントを使って、これまた無料鑑賞してきました(^^)vピークも過ぎて、ゆったりと観れました!!.。゚+..。゚+. .。゚+..。゚+(C)2008二馬力・GNDHDDT『崖の上のポニョ』2008年日本作品 監督:宮崎駿声の...
崖の上のポニョ
[E:notes]ポーニョポーニョポニョさかなの子[E:notes] とってもキ
崖の上のポニョ
『崖の上のポニョ』観てきました。
テレビなどでも何かしら耳に入ってくる“ポニョ”というフレーズに誘われて…
あらすじ(goo映画より)...
映画評「崖の上のポニョ」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2008年日本映画 監督・宮崎駿
ネタバレあり
崖の上のポニョ
【2008年・日本】試写会で鑑賞(★★★★☆)
「ハウルの動く城」以来、4年ぶりとなる宮崎駿監督のオリジナル最新作。
崖の上で暮らすリサ(声:山口智子)と5才になる宗介(声:土井洋輝)の母子。父親の耕一(声:長島一茂)は、船の航海士で留守をしている。ある日...
崖の上のポニョ 観てきました
夏休みも終わりに近づいてきましたが、ようやく崖の上のポニョを観てきました。
『崖の上のポニョ』
生まれてきてよかった。
■海辺の小さな町で崖の上の一軒家に暮らす宗介はある日、頭がジャムの瓶にはまり困っていたさかなの子・ポニョを助け出す。ポニョはクラゲに乗って家出してきたところだった。それ以来、彼らは互いを好きになる。しかし、ポニョはある時
崖の上のポニョ
魚かな 人間かな 関係ない
宮崎アニメは、ほぼ全作観ているはずだけれど・・・、何を隠そう、劇場鑑賞は本作が初めてである。何も隠してないけどね。
見終わった直後、マジに呟いていたよ、「どうなの?どうなの?」と。そして、物差しにラピュタやトトロを持...
崖の上のポニョ
宮崎駿監督が4年ぶりに手がけた、アンデルセンの童話「人魚姫」を基にした心温まるファンタジー。
<あらすじ>
海を見下ろす崖の上一軒家に住む宗介は、浜辺で瓶に入り込んで動けなくなっていた魚の子供ポニョを助けた。一緒に過ごす内に、お互いのことを好きになる2
崖の上のポニョ
賛否両論色々あるらしい『崖の上のポニョ』を見に行く。
見終わっての感想は、うーん、不思議な話だったなぁ…。
路線としては『となりのトトロ』とかの感じなんだろうけど、トトロみたいに終盤の盛り上がりとか、ワクワク感がちょっと足りないかも。
一...
【崖の上のポニョ】
ポニョ、かわいいねぇ [:楽しい:]【あらすじ】5歳の少年宗介は、海辺の小さな町のがけの上の一軒家で暮らしていた。市街地から外れた彼の家の周囲には何もさえぎるものはなく、ただただ青く美しい海と空が広がっている。仕事で留守になりがちな父親の不在を寂しく思って
『崖の上のポニョ』(DVD)
【PONYO】
2009年/東宝/101分/'09年7月3日DVDリリース
【オフィシャルサイト】
監督:宮崎駿
出演:山口智子、長嶋一茂、天海祐希、所ジョージ、土井洋輝、奈良柚莉愛、吉行和子、奈良岡朋子、柊瑠美
どうもすっきりしない「崖の上のポニョ」
原作・脚本・監督:宮崎駿製作:鈴木敏夫声の出演:山口智子、長嶋一茂、天海祐希、奈良柚莉愛、土井洋輝、柊瑠美、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子どうもすっきりしない。子供向けに作った水準の高いアニメだとは思う。 命を大切に。 約束は守る。と、言うメッ...
映画「崖の上のポニョ」
2008/8/1やっと鑑賞。
109シネマズ木場は、夏休みとあって大勢の子どもたち。
騒がしくしないかとちょっと心配だが、まあしょうがないかな、と悟っておく。
予告は「ハンコック」「20世紀少年」
ちょっとこの映画、この観客とはミスマッチ。
**
宮崎駿脚本・監...
【崖の上のポニョ】 インスマウス面
ロードショー当時に劇場に観に行った友人からは「人魚姫がベースと思われるなんだかよくわからない子供向け映画」という触れ込みあり。子供向けなら観なくていっかぁと放置していたのであるが、先日の金曜ロードショーでやっと鑑賞と相成った。
とは言え宮崎アニメなので...
崖の上のポニョ
「崖の上のポニョ」監督宮崎駿音楽久石譲声の出演*山口智子(リサ)*長嶋一茂(耕一)*天海祐希(グランマンマーレ)*所ジョージ(フジモト)*土井洋輝(宗介)*奈良柚莉愛(ポニョ)*柊瑠美(婦人)*矢野顕子(ポニョのいもうと達)*吉行和子(トキ)*奈良岡朋子(ヨシエ...
崖の上のポニョ
ジブリ作品です。全国数百万のポニョファンの方には申し訳ない。私、これ純粋には見れなかったヨ@@;
この作品は本来「子供向け」に作られたので大人目線だと納得いかない部分もある、というのが定説なのですが…ほんとだった!!!
ちなみに弟は「化け物だろ!!」と...
『崖の上のポニョ』('08初鑑賞95・劇場)
☆☆☆☆☆ (5段階評価で 5)
7月19日(土) 109シネマズHAT神戸 シアター9 にて 16:55の回を鑑賞。{%夏webry%}
崖の上のポニョ <ネタバレあり>
ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子 映画を観に行く前から 頭の中で回ってたけど 観に行ったら更にふとした時に 何気に歌ってしまう、恐ろしや ポニョの歌絵がキレーで可愛かった今回はCGを使って無いそうで 手書きのええ感じが出てたなぁ宗介は5歳の男の...
『あっ、波の上って走れるんだ』って思ったら、僕の勝ちですね」宮崎監督の狙いがズバリ「崖の上のポニョ」
前アップで、「DVD:「崖の上のポニョ」再見。あらためて観て監督の狙いがわかった!」と強気のコメントをした。
直感的にビリビリきたことなので、そのまんま投稿。
その後。
もしかして同じようなことを考えている人がいるんじゃないかと思ってごにょごにょ調べていた...
崖の上のポニョ
生まれてきてよかった。
【関連記事】
崖の上のポニョ 壁紙
ジブリにルパンの豪華ラインナップ
ポニョにナウシカ、ちょっとウハウハすぎるじゃないの!2月の金曜ロードショー!これだけでも豪華メニューなのに、来週はわたしがこよなく愛する「ルパン三世」ですよ!?どうしてくれよう、この豪華ラインナップ!今日はオードブル、「崖の上のポニョ」。映画公開時、結...
「崖の上のポニョ」
2008年/日本
監督/宮崎 駿
声の出演/山口 智子
所 ジョージ
天海 祐希
宮崎駿監督最新作。「ポ~ニョポニョポニョ さかなの子~♪」というテーマソングが頭の中でエンドレスに鳴っております(笑)。
さて、...
崖の上のポニョ
お友達親子と映画「崖の上のポニョ」を観てきました~。
ええと、ネタばれしない程度にどこまで感想書いていいのやら。
話自体は宮崎駿監督の今までの作品に比べると少しあっさりとした感じはありましたが、
「生まれてきてよかった」という映画のキャッチコピーを思う
『崖の上のポニョ』
海辺の小さな町
崖の上のポニョ
クライマーズ・ハイが予想外に良かったので、
その後見ちゃうか見ないべきか迷ったのですが、後に観ました。
相川梨絵氏のブログ
http://ameblo.jp/aikawa-rie/entry-10115125502.html
では酷評だったので、心配してたのですが、
オイラは良かったですね。
映画の...
『崖の上のポニョ』
ジブリアニメだというのに、ついうっかり、寝てしまった。映画の前のランチで、ブルーハワイなんか飲んだせいだ。その上、クーラーがきいて、いいシートで、快適だったんだもの。 ストーリーは、含みがタップリなようでもあり、単純なようでもあり、感想は、人それぞれい...
【映画】崖の上のポニョ
2008年 日本 110分 監督 宮崎駿 鑑賞@松江SATY東宝
宮崎駿の引退宣言のあとの第一作だ。現場に復帰する気になったのは、
長男・宮崎吾朗の「ゲド戦記」2006年に刺激されたからだろう。
まだまだ自分が腕は上だと言う確信が持て、「父親を殺す」という
挑戦的な内容...
崖の上のポニョ
ブログネタ:夏休み映画、何か見た?
参加中
♪ポーニョ ポーニョポニョ
ずいぶん前に、予告編で一回聞いただけで
この部分は覚えてしまった、恐るべしテーマソング。( ^ _ ^;
とはいえ、この映画、全く興味がなかったのだけれど、
Cafesta時代からのお付き
崖の上のポニョ (2008)
ようやく ポニョ を見てきました{%カエルwebry%}
ポ~ニョポ~ニョポニョ♪
崖の上のポニョ☆独り言
あぁ、刷り込み効果は偉大なり(笑)ぽーにょ♪ ぽにょぽにょ さかなの子♪洗脳されて(笑)『崖の上のポニョ』レイトショーで観てきました。仕事帰りで、これから行くの?っと同僚に驚かれてましたが^^;;;だって、ぽにょ だもん♪元気だもーーん♪(半分ナチュラルハ...
崖の上のポニョ
今日は今夏の目玉映画の一つでもあるジブリの、そして宮崎駿監督の新作「崖の上のポニョ」を見てきました!ぽにょってきましたよ!!
ベースとなっているのは言わずと知れた有名童話「人魚姫」。
崖の上の家に住む幼稚園児のソウスケはある日海で金魚のような子供...
崖の上のポニョ
ぽ~にょぽ~にょぽにょさかなのこ♪で有名な、「崖の上のポニョ」をイオン下田で観てきました~。
話としては、海辺の街に住む男の子、ある日、男の子は瓶に挟まって抜けなくなった金魚を助け、ポニョと名付けるが・・・、という感じ
崖の上のポニョ
魚の女の子ポニョは、好奇心から父親の船を飛び出し、一人海の中を流されていく。5歳の少年・宗介は打ち上げられたポニョを見つけ、ポニョに「僕が守ってあげる」と約束する。宗介と接するうちに宗介に対する明確な好意が芽生えたポニョは、人間になりたいと強く願うよう...
『崖の上のポニョ』 2008-No51
手書きで描かれる宮崎アニメ。
人間になりたい さかなの子・ポニョ。
そのポニョを助けた崖の上の一軒家に住む5歳の宗介くんの
ち...
崖の上のポニョ
『崖の上のポニョ』
2008年・日本
宮崎駿が送る病気なアニメーション。
タイトルで「崖の上の」と言っているが、本当は海の中のポニョだ。
...
「崖の上のポニョ」
何とも雑な作劇だ。マジメに脚本を書く気があるのかと疑ってしまう。ポニョの“生みの親”と思われる海底に住む男は元々“人間”だったらしいのだが、どういう経緯でそうなったのか不明(海洋汚染の元凶である人類に嫌気がさしたから・・・・というバカみたいな単純な理...
崖の上のポニョ(2008/日本) 75点
崖の上のポニョ
崖の上のポニョ / Ponyo
監督:宮崎駿
出演:奈良柚莉愛、土井洋輝、山口智子、長嶋一茂、天海祐希、所ジョージ、柊瑠美、...
崖の上のポニョ
不思議なことが多いけど、それが何故なのかいつかわかる・・・
崖の上のポニョ
映画館でも見ず、
DVDでも見ないでいましたので、
今回の地上波が初めてです。
ジブリ映画としては珍しく見たいと思わなかった映画だったわ...
★「崖の上のポニョ」
今週はハッピーマンデー付きの3連休なので、二日連続オールナイト敢行のシネコンたち。
一日目は、前作「ゲド~」でズッコケたスタジオジブリの反撃作。
やっぱり宮崎駿が監督しないと、ダメなのねーーー。
崖の上のポニョ
CGを使わない映像は、手描きの良さを感じさせて素晴らしいものでした。
[Review] 崖の上のポニョ
人間の世界と、魚の世界。決して相容れない二つの世界に生きる子供たち。
人間になりたい魚の女の子ポニョと、人間の男の子宗介との出会い。ポニョを守ると誓ったものの、魚の子だからか人間と異なる行動や理念に、宗介は少しずつ戸惑いを隠せなくなっていく。一緒にいる...
『崖の上のポニョ』
監督・原作・脚本:宮崎駿
声の出演:山口智子、天海祐希、所ジョージ 他
海の側の崖の上に住む5歳の宗介は、ある日海で空き瓶にハ...
映画『崖の上のポニョ』
映画『崖の上のポニョ』を見たよぉ~
メディア 映画 Anime
上映時間 101分
製作国 日本
公開情報 劇場公開(東宝)
初公開年月 2008/07/19
ジャンル ファミリー/ファンタジー/ドラマ
解説・・・
「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」の宮崎駿監...
『崖の上のポニョ』 @新宿ピカデリー
海を臨む崖の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、瓶に入り込んで動けなくなっていたさかなの子・ポニョを助けた。一緒に過ごすうちにお互いのことを好きになる2人だが、ポニョの父親・フジモトによってポニョは海へ連れ戻されてしまう。それでも宗介を想い、人間になりたいと願
『崖の上のポニョ』’08・日
あらすじ海辺の小さな町。崖の上の一軒家に住む5歳の少年・宗介は、ある日クラゲに乗って家出したさかなの子・ポニョと出会う・・・。感想早く観たかったけど、しばらく待ったらジブリ作品はTVで、放送してくれるからお金もったいないし、一昨日まで我慢してきたポニョ...
映画 「崖の上のポニョ」
予告編の歌、ひどすぎてとても観ようとは思っていなかった。
公開直前になって大人の男性の歌声も一緒に入ることによってちょっとマシに…。...
『アバター』
…現代先進社会の精神性を象徴するような、言わば「ガンダム」タイプの兵器と、生身の肉体の“アバター”との対決というのが、個人的には一番痛快な、この映画のハイライトだった。
『崖の上のポニョ』
崖の上のポニョ (監督 宮崎駿) [DVD] 実はジブリ作品を映画館で観るのは初めて。 海の底のクラゲたち、魚たち、水の中から見上げる水面の光、息をのむ美しさ。 崖の上のソウスケの家と、周りの風景。色鉛筆で描いたような可愛らしさ、それが動き出した感動。 波の上
『崖の上のポニョ』 | 生きることの手ざわりを獲得してゆく子供たち
スタッフの方々は、魚ばかり描かされて本当にご苦労様と言いたい。まず気づかされたのは、登場人物たちが丁寧に名前を呼び合うこと。相手の名前を覚えてはじめて関係性が密度の濃いものになってゆく。母子の間でさえ名前で呼び合う。面白いのは、そうすることによって母親...