【投稿】 ヤマト2199のデスラーはアレクサンドロスか?

 当ブログの『宇宙戦艦ヤマト2199』の記事にT.Nさんからコメントをいただいた。
 しかし、字数制限のために投稿された文のすべてはコメント欄に収まらなかったので、改めて以下に全文を掲載する。
 デスラーが一体化を熱望した星イスカンダル――そのイスカンダルという名の語源がアレクサンドロスであることを考えれば、この論考には大いに頷けよう。
 T.Nさんからは、ガミラスの政治社会やデスラーの人物像に関するみなさんの忌憚のない意見と感想を知りたいので遠慮なくコメントしてください、との伝言をいただいている。

 なお、T.Nさんに送付していただいた原稿はWordで書かれたきれいなものだったが、掲載に当たってはブログの特性を考慮して、改行位置の変更やタグの設定等、少々体裁を調整している。
 元原稿の意図を損なわないように注意を払ったが、もしも体裁の問題があればその責は当ブログ管理人にある。

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ヤマト2199のデスラーはアレクサンドロスか?

【はじめに:アレクサンドロスのようなデスラー総統】

宇宙戦艦ヤマト2199 1 [Blu-ray]2013年9月、ヤマト2199が紆余曲折の末に完結した。今作は視聴者の間でおおむね好評のようだが、登場人物中で一人、評価の割れている人物がいる。デスラー総統だ。「最後の最後で大物感が消えてしまった残念なキャラ」「結局は愛に狂った道化」という辛辣な評価をする人もいるが、私にはヤマト2199のデスラーは為政者としての側面や人間としての内面が歴史上の人物であるアレクサンドロス大王にとてもよく似ていると感じた。それは何故か?アレクサンドロスの生涯と当時の政治状況を念頭に置きながらヤマト2199を見るとデスラーの行動の謎やガミラス帝国の謎が非常にうまく説明できるからだ。順を追って説明してみよう。


ヤマト2199は今までの旧作ヤマトを集大成したリメイクで、非常に多くの作品世界の情報が物語の伏線と共に劇中にちりばめられている。それらの情報と劇場パンフレットの記述を併せて読むとデスラーの生涯(25話で死んでいればだが)とアレクサンドロスの生涯は意外にも多くの共通点があるのに気付く。例えば第3章のパンフレットにはデスラーについてこのような記述がある。

――32歳相当(地球における年齢換算)の若さでありながら、絶大なるカリスマ性を以って国民から絶大なる支持を受け、独裁者としてこの巨大帝国に君臨する。サレザー恒星暦で103年前、かつてガミラス大公国と呼ばれていたこの国家は、複数の王侯貴族による統治が行われていた。それを統一したのが、デスラーの叔父エーリク・ヴァム・デスラー大公であった。そしてエーリク死去後、再び内戦状態となった国家を再統一したのが、デスラーその人である。ガミラス大公国は解体され<大ガミラス帝星>となり、デスラーは永世総統の地位に収まった。彼は「宇宙恒久の平和を達成させる為にはイスカンダル主義の拡大浸透が必要であり、その為には他星へ進攻し武力をもって併合するのが神の意思でありガミラス民族の使命である」と説く、<デスラー・ドクトリン>を宣言。周辺惑星国家への進攻を開始したのである。



このデスラーの半生は

「分裂状態だったギリシアを統一したフィリッポスの死後、内乱状態になったギリシアとマケドニアを再統一し、『ギリシアの大儀』を唱えて東方への進攻を開始した」

アレクサンドロスの事績とよく一致する(しかもいかなる偶然なのか、デスラーの年齢がアレクサンドロスの享年と同じ32歳になっている)。また、アレクサンドロスのギリシアの大儀は主に

・ペルシア戦争でのペルシア人の国土蹂躙と神々への冒涜に対する報復
・小アジアのギリシア人をペルシア支配から解放する。

の2つからなるが、これの元になった当時のギリシア知識人の東方遠征論を見ると基本的な考え方がデスラー・ドクトリンに類似しているのに気付く。東方遠征論ではこのように説かれている。

――そもそもギリシアの土地は貧しいのに、大陸には豊かで広大な土地が耕されないまま放置されている。ペルシア人はギリシア人の不倶戴天の敵であるばかりか、柔弱で劣等な民族だ。すでにペルシア帝国の各地では反乱が起きており、戦争に打って出るには今こそ絶好の機会である。ギリシア人が一致団結して自分達の間の戦争を大陸に移し、アジアの繁栄をこの地にもたらすこと、これこそが焦眉の課題なのだ。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.104)



東方遠征論に出てくる他民族の劣等種族視や征服地に平和と繁栄をもたらすという考え方はまさにガミラス人やガミラス帝国の考え方そのものだ。このように、ヤマト2199のデスラー総統とアレクサンドロスには意外な共通点が多く、2人をとりまく政治状況も類似点が多い。アレクサンドロスを念頭に置くと、劇中では明確に語られなかったガミラス帝国やデスラーの行動の謎をわりとうまく説明する事ができる。以降の文章では次のようなトピックについてそれぞれ章を分けて考察していこうと思う。

1. オルタリアのガミラス人移民殺戮の謎――ガミラス帝国の基本的構造――
2. ガル・ディッツ拘束の謎――ガミラス軍の社会構造について――
3. 名誉ガミラス臣民の謎――デスラーの構想していた国家モデル――
4. デスラー砲の謎――デスラーは本当に狂っていたのか?――
5. デスラーのいないガミラスはどうなる?――続編の可能性も含めて――



【1. オルタリアのガミラス人移民殺戮の謎――ガミラス帝国の基本的構造】

宇宙戦艦ヤマト2199 2 [Blu-ray]ヤマト2199の15話は社会史に興味を持つ人にとっては実にショッキングなものだろう。何しろ冒頭でいきなり「さあ、殲滅のメロディーを!!」と親衛隊のギムレー長官がうそぶいてオルタリアのガミラス人移民を反乱住民ごと抹殺してしまうのだから。一体何考えてるんだギムレーは!?

普通の視聴者なら「ギムレーは人格破綻者なのだ」と考えて片づけてしまう所だが、彼の行動に合理的理由付けはできないだろうか?つまり、彼は気が狂ったのではなく確かな理由があってあんな行動をとったのだ、と考えることはできないだろうか?

一見滅茶苦茶な設問だが、不可能な事ではない。「彼らガミラス人移民団は元来、助けてバレラスに連れ帰るよりもそのまま反乱にかこつけて始末した方がいいような(政権にとって)危険な人たちだった」と考えれば、ギムレーの取った行動が無理なく理解できるのではないだろうか(現にギムレーは総督に対し、「総統への忠誠に欠けたあなたもですよ、総督」と言っている)。

つまり、ガミラスの移民政策とは、「政権に不満を持つ人達を移民の形で体よく帝都バレラスから追い出し、彼らに征服地の土地と財産を与えることで懐柔する」というものだったと考えられる。ギムレーに射殺されたオルタリア総督はこうした不平分子達の頭目的存在だったのではないか。歴史に類例を求めると、実はアレクサンドロスが同じようなことを大々的に行っている。アレクサンドロスの移民政策について、史書では次のように解説している。

――都市アレクサンドリアの建設は、しばしば大王の東西融合政策の一環として語られるが、実態を見ればそれはまったくの的外れである。そこに入植したのはギリシア人傭兵、退役したマケドニア人、地元住民の三種類で、住民にはその土地の戦争捕虜も含まれていた。このうち最も大きな割合を占めたのがギリシア人傭兵である。(中略)元をただせば彼らはギリシアの祖国を失った者達であり、フィリッポスやアレクサンドロス自身によって追放された者も含まれていた。彼らはマケドニア人と大王に強い憎しみを抱いており、帝国にとって政治的にも社会的にも危険な存在だった。
それゆえ彼らの入植には、不穏分子を僻遠の地に隔離するという狙いがあったのである。ついでに隔離という点では、マケドニア人兵士も例外ではない。前330年、アレクサンドロスは自分に批判的な発言をしたり、王の利害に反することを手紙に書いた者を集め、「無規律部隊」と名づけて見せしめにした。バクトリア・ソグディアナ地方では、反抗的と見なしたマケドニア人の不平分子を12もの軍事植民地に配分している。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.140)



アレクサンドリアに移民したのはマケドニアに祖国を征服されたギリシア人傭兵――。マケドニアとギリシアが決して一枚岩でなかったことがこれで分かるが、アレクサンドロスの移民とガミラスの移民が同じ性格であるとすれば、ガミラス人達がマケドニアとギリシアのように決して一枚岩ではなかったのではないか、との推測が成り立つだろう。もう少しアレクサンドロスの事情について見てみよう。

現在の私達はマケドニアとギリシアが一致団結して東方遠征を行ったとイメージしがちだが、一致団結どころか史書にはそのイメージを打ち砕くような記述が出てくる。

――ギリシア人はマケドニア人に征服された民族でありながら、アレクサンドロス帝国では支配者側の一員であった。では両民族の間の壁は越えられたであろうか。答えは否である。(中略)結局ギリシア人はアジアにおける征服者の一員でありながら、真の支配者たるマケドニア人に対して従属的地位に置かれた、目下の同盟者にすぎなかった。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.141~142)



アレクサンドロスの東方遠征中、ギリシアでは絶えず反マケドニア運動がくすぶり続け、ついにはスパルタで大規模な反乱が勃発した(アギスの蜂起)。実のところガミラス帝国のガミラス帝星も、これとよく似た状況だったのではないだろうか?

ヤマト2199のガミラスでは、当局が反乱分子の摘発に血眼になっている描写がたくさん出てくる(15話・17話その他多数)が、この描写自体、デスラー政権には最初からガミラス人の敵が大勢いることを示唆している。ガミラス人の政治犯は一体何故当局に睨まれたのだろうか?政権に批判的な言説を行ったからだろうか?軍役を拒否したからだろうか?もちろんそれもあるだろうが、最も数が多かったのは

「デスラーの叔父エーリク・ヴァム・デスラー大公やデスラー本人に征服されたガミラス人が反乱を企てた」

ケースだったと思われる。あらためて第3章のパンフレットの記述を思い返してみよう。このような記述だったはずだ。

――サレザー恒星暦で103年前、かつてガミラス大公国と呼ばれていたこの国家は、複数の王侯貴族による統治が行われていた。それを統一したのが、デスラーの叔父エーリク・ヴァム・デスラー大公であった。そしてエーリク死去後、再び内戦状態となった国家を再統一したのが、デスラーその人である。



パンフレットの記述からは次のような事を見て取る事ができる。

・ガミラス大公国は王侯貴族が統治する複数の公国で構成されていた。
・これらの公国の内、デスラー大公の「デスラー公国」が他の公国を征服し、ガミラス大公国を統一した。
・デスラー大公の死後、彼に征服された公国が反乱を起こしたが後を継いだデスラーによって鎮圧された。
・デスラーが20歳で即位したと仮定すると反乱が鎮圧されて(サレザー恒星暦で)十数年しか経っておらず、アレクサンドロスの故事を見てもデスラー公国から独立を企てる者が未だに大勢いる可能性が高い。


こういった事情があったからこそ、親衛隊は反乱者の摘発に血眼になり、厄介払いのような移民が行われ何かあった時には移民が始末される事態になっているのではないだろうか。

・・以上、この章をまとめると、国家としてのガミラス帝国は以下のような基本構造になっていると考えられる。


・純血ガミラス人は帝国の支配者側の一員であるが、ガミラス大公国を統一したデスラー公国の民と彼らに征服され従属的同盟者となっている他の公国の民の2種類で構成されている。
・他の公国はまだ征服されて日が浅く、絶えず反乱の芽がくすぶり続け、親衛隊は反乱の摘発に躍起になっている。
・ガミラスの移民政策は、「政権に不満を持ち反乱を企てかねない危険な人達を移民の形で体よく帝都バレラスから追い出し、彼らに征服地の土地と財産を与えることで懐柔する」という性格を持っている。


こうして、ガミラス帝国の国情の一端が明らかになった(※あくまで私の主観では)が、ではデスラーを支えるべきガミラス軍は果たして一枚岩の頼れる存在だったのだろうか?次の章ではそれについて考えてみたい。



【2. ガル・ディッツ拘束の謎――ガミラス軍の社会構造について】

宇宙戦艦ヤマト2199 3 [Blu-ray]劇中でデスラー暗殺容疑をかけられ拘束されたドメルとガル・ディッツのうち、ドメルはすぐ釈放されたにもかかわらずディッツは釈放されなかった。それは何故か――。

ヤマト2199視聴者の間で取り沙汰される謎の一つである。国軍に取って代わる事を狙う親衛隊が航宙艦隊総司令のディッツを特に目障りに思っていたからではないか、という意見も見られるが、ドメルがデスラーによりすぐ釈放されたのに対しディッツは収監されたままだったところを見ると、少なくともデスラーはディッツを必要な人物と思っていなかったと最低限言うことはできるだろう。何故だろうか?劇中のセリフやパンフレット等の情報を仔細に見ると、それに対する答えだけではなく、ガミラス軍が抱えている構造的な問題を見て取る事ができる。

そもそもガル・ディッツとはどういった素性の人物だろうか?14話で娘のメルダ・ディッツが山本に「わが家は代々軍の重責を担ってきた家系」と語っていることから、彼は名門の軍人貴族であることが分かる。また、航宙艦隊総司令として「艦隊運用の責任者」を自負し、国軍の実質的な最高司令官として振舞っている人物でもある。例えば12話で、彼は本来動かすのに総統の認可が必要な総統直属の次元潜航艦を勝手に動かしているが、そこには

「国軍の(実質的な)最高司令官は自分なのだから指揮下の部隊をどう動かそうと私の勝手だ。国軍を直接指揮して動かしているわけではない総統の認可などいちいち必要ない」

という意識が垣間見える。このエピソードや「国家元帥」の肩書きを持ち、12話でディッツがセリフで語るように「版図の拡大を推し進め」、17話や18話で実際に艦隊を指揮して動かしていたヘルム・ゼーリックの姿を見る限り、ガミラス帝国においてデスラーは軍の指揮権を一手に握っているわけではないと考えられる。つまり、ゼーリックやディッツのような名門貴族が自らの管轄下の、あるいは息のかかった国軍の部隊を自らの好きなように動かしていて、デスラーといえども国軍の全ての部隊を思いのままに動かせない状況であるということだ。この事は劇中におけるゼーリックとディッツの関係に注目するとよりハッキリする。二人の姿をもう少しよく見てみよう。

ディッツは公式設定資料集の記述によれば航宙艦隊総司令として親衛隊と内惑星防衛艦隊をのぞくガミラス外洋艦隊を指揮・統括しているが、彼の指揮する航宙艦隊は国軍中に比肩できる存在がない事から(陸軍や空軍は存在したとしても規模や重要性において航宙艦隊に遠く及ばないと考えられる)”国軍そのもの”と言って良い存在であり、その航宙艦隊を指揮する彼は事実上「国軍の実質的最高司令官」となっている。

8話のガミラス建国記念式典の最中、ディッツがデスラーに「ドメル中将を(小マゼランに)派遣しました」と事後報告する場面が出てくるが、これを見るとディッツは指揮下の部隊の運用をデスラーに説明もせず承諾を得ることもなく好きなように動かし、国制上の最高司令官であるデスラーはディッツの決定を追認するだけの状態になっている事が伺える。明らかにデスラーは国軍を最高司令官として直接指揮できていない。
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(ちなみに大統領が最高司令官として実際に指揮できているアメリカの場合なら、次のような流れになると思われる。)
1.最高司令部に相当する国家安全保障会議で参謀総長が「○○方面が現在このような状況になっています」と大統領に説明し、「○○を方面軍司令として派遣しようと考えております」と大統領に許可を求める。

2.説明を聞いた大統領が「よろしい、許可しよう」と承認する。
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一方、ゼーリックはパンフレットの記述によれば軍政面を担当する中央軍総監の役職に就いているが、この役職はそもそも軍の装備や編成の決定といった軍政の分野でのみ権限を行使できるのであって、実戦部隊を指揮して動かすことは本来できない役職だ。従って、17話のように艦隊を自ら指揮してバラン星に向かう描写は組織の原則論で考えれば本来ならありえないし、まして18話でバラン星に進入したヤマトに対して攻撃命令を出すこともできないはずだ。ところがその両方ともゼーリックが劇中で行っているということは、彼には実戦部隊を指揮する権限(特権というべきか?)もあるし実際に指揮して動かしている、まるで手勢のような部隊もあると考えざるを得ない。

こうしたゼーリックの行動を航宙艦隊総司令のディッツは制止する権限はないし、逆にゼーリックもディッツの行動を制止する権限がない様子が劇中ではいくつか描写されている。例えば以下のようなものだ。


・ゼーリック自らが銀河方面軍司令に取り立てて子分のように扱っているゲールの事例。ゼーリックは国軍の人事にもしばしば介入していて航宙艦隊総司令のディッツには阻止する権限がないと考えられる。

・8話でのゼーリックとディッツの以下のような会話。

 「(デスラーにお追従を述べるゼーリックに対し)慢心はなりませんぞ。小マゼラン外縁部では、外宇宙からの蛮族の侵入も予断を許さない」
 「ディッツ君、君は我輩が大ぼら吹きだとでも?」
 「艦隊運用の責任者として、油断はできないと申している!」
 (ドメル中将を小マゼランに派遣した、とディッツ。彼なら期待に答えてくれるだろうとのデスラーの言にゼーリックは忌々しそうに舌打ちする)

 会話から明らかなように、ゼーリックとディッツには軍の指揮と運用に関して直接の上下関係はない。そのためドメルを派遣するというディッツの決定をゼーリックは阻止できない。


これらの事例を見ると、ゼーリックとディッツは二人とも自らの管轄下の、あるいは息のかかった部隊を自らの好きなように動かしていて、デスラー以外の誰にも邪魔できない状態になっている事が分かる。しかも次元潜行艦の事例に典型的に見られるように、デスラーの承認を経ることなく自らの判断で勝手に部隊を動かすことすらあったと考えられる。こういった

 「国家元首たるデスラーが国軍の指揮権を独占できておらず、ゼーリックやディッツのような名門貴族が軍の要職に就き、権勢を振るう」

という状況は、当然のことながらデスラーにとって好ましい物ではない。本来ならば国家元首たるデスラーは最高司令官として国軍の指揮権を独占し、航宙艦隊総司令の座を兼ねていないといけないし、中央軍総監は軍政のみに権限を制限しないといけない。(近代軍では、最高司令官ではあっても軍人としては素人の国家元首を参謀本部が”補佐”し、経験不足を補うことになっている。あくまでも国家元首が最高司令官として指揮する制度になっているため、実質的な最高司令官である「航宙艦隊総司令」は存在そのものが不要であると考えられる)つまり、望ましい国家運営をしようと思えば、ゼーリックやディッツは必ず粛清しなければならない存在となってしまうのだ。

こうして、この章冒頭の問いかけである、

「劇中でデスラー暗殺容疑をかけられ拘束されたドメルとガル・ディッツのうち、ドメルはすぐ釈放されたにもかかわらずディッツは釈放されなかった。それは何故か――。」

への解答が導き出された。解答は次のようなものになるだろう。

「――国家元首たるデスラーが国軍の指揮権を独占する上でディッツは邪魔な存在だったから。」

ディッツは劇中では良識的な人物として好意的に描かれているため観客は何故ディッツが反乱容疑で収監されたままなのか分かりづらいが、あくまでデスラーの立場に立ってみるとディッツは機会を捉えて粛清しなければならない人物に十分なりうる。為政者としてデスラーはゼーリックやディッツのように軍の要職に就いて権勢を振るう名門貴族を粛清し、軍の指揮権を一手に握ろうとしていたのではないだろうか(逆に言えば、粛清される危険性を十分に自覚していたからこそ、ゼーリックはお追従を述べてデスラーに媚びへつらい、ディッツは黙々と軍務をこなしていたといえる)。

ガミラス国軍がこのような状態になっているのは、おそらくデスラー政権が誕生した時の歴史的経緯によるものだろう。前章「オルタリアのガミラス移民殺戮の謎」において、ガミラス帝国はガミラス大公国を構成する複数の公国の内、デスラー叔父の治める「デスラー公国」が他の公国を征服・併合することで形成されたと考察したが、ガミラス大公国統一の過程においてデスラー公国は敵対する公国を滅ぼす一方、帰順した敵(や自国)の大貴族には帰順と引き換えに相応の役職と権限と特権を与えていったものと想像される。その結果、

・軍政のみに権限が限定されるはずの中央軍総監が実戦部隊を指揮して戦い、本来なら不必要と思われる『航宙艦隊総司令』という役職が存在する。
・国家元首が最高司令官として直接指揮するべき(経験不足な部分は参謀本部が補佐して補う)国軍が元首以外の複数の人物によって指揮され動かされている。
・名門貴族が国軍の要職に就き、(デスラーに睨まれない範囲で)誰にも邪魔されることなく好きなようにふるまっている。

という状況が劇中で出現するに至ったと考えられる。デスラーとしては何らかの形で対処しなければ自らの身が危うい、という状況であっただろう(現に名門貴族の一人であるゼーリックが反乱を起こそうとした)。

では、デスラーはどのような手段でガミラス国軍のこういった状況に対処しようとしていたのだろうか?劇中の描写やパンフレットの記述から、デスラーは主に

・権謀術数を用い名門貴族を粛清する。
・国軍の反乱に備えて自身の親衛軍を創設する。
・国軍を一般将兵のレベルで掌握するため人材登用を行う。

という3つの手段を用いていたと考えられる。それぞれ詳述してみよう。


(その1)名門貴族の粛清
デスラーが国軍の指揮権を一元化し独占するためには名門貴族の粛清は必須であったが、ゼーリックやディッツのような名門貴族はデスラーにとって扱いに慎重を要する危険な存在だったと思われる。性急に粛清しようとすれば、最悪の場合ゼーリックとディッツが二人そろって国軍を率い反乱を起こす可能性すら考えられるからだ。実際、劇中の描写を見ると、ディッツやゼーリックは非常に慎重かつ周到なやり方で粛清されている。ディッツは15話で「総統のデウスーラが何者かの手によって爆破される」という事件が起き、総統暗殺の容疑がかけられる状態になってから処分されているし、ゼーリックは18話で衆人環視のもと反乱を扇動するという誰にも言い逃れできない状態になってはじめて粛清されている。名門貴族の粛清はそれほどまでに慎重を要する作業だったのだ。

19話冒頭で「ゼーリックに同調した反乱分子は秘密警察が内定済みです」とのギムレーの発言の後、ヒス副総統が「これで総統の治世はより安泰に」と述べているが、このセリフには単なる総統へのお追従以上の意味が含まれているだろう。危険なディッツやゼーリックは2人ともいなくなり、残る貴族達も粛清する大義名分ができたからだ。


(その2)親衛軍の創設
元ネタがヒトラーの親衛隊であると思われるデスラーの親衛隊は、劇中では一貫して否定的に描写されているが、ガミラス国軍の実情を考えるとおそらく創設は必須であっただろう。デスラーが国軍の指揮権を独占し直接指揮できていない以上、国軍の誰かが部隊を率いてクーデターを起こす可能性が常に存在したからだ。パンフレットの記述によれば、親衛隊長官のギムレーは帝国の治安維持を目的とする親衛隊を国軍に比肩するほどの軍事力を持つ組織に育て上げたとの事だが、親衛隊の武力拡充をデスラーは意図的に容認ないし黙認していた可能性が高い。親衛隊の武力と秘密警察で国軍幹部を脅すことで、デスラーは国軍幹部の度を越した専横を防ぎ、彼らによるクーデターの可能性を牽制し続けていたと考えられる。


(その3)国軍での人材登用
危険人物を粛清したりしていた軍上層部の場合とは別に、一般将兵に関してデスラーは人材登用を行い国軍を一般将兵のレベルから掌握しようとしていたと考えられる。これについてガミラス人をはじめとする多くの種族から忌み嫌われるジレル人のセレステラを登用した事例から考えると、即位したデスラーは身分や出自に関係なく自分に忠誠を誓う人物をどんどん軍中に登用していったと想像される。例えばドメルは38歳という年齢そのものや、38歳という異常な若さで将官になっている事実から

「青年将校だったガミラス内戦時代にデスラーに見出され、頭角を現した軍人の一人」

だったと思われる。彼のデスラーに対する忠誠ぶりはこういった事情に由来するのではないだろうか?また、作中ではいいところのないゲールも貴族とは大違いの洗練されていない物腰や言動、名門貴族のゼーリックに媚びへつらう姿から想像すると、

「これといった身分もないにもかかわらず将官に出世できたその他大勢の軍人の一人」

なのかもしれない。だからこそあれだけデスラーに心酔し、一般将兵も18話でデスラーが死んだと聞かされて大きく動揺していたのではないだろうか?必ずしも自分の思い通りにならない軍中枢とは裏腹に、一般将兵からは絶大な支持を受けている自信がデスラーにはあったと思われる。18話でバラン星の基幹艦隊将兵に自身の生存を見せつけるだけでゼーリックが反乱の失敗を悟った事からもそれは明らかだ。


・・以上、この章をまとめると、ガミラス軍は基本的に以下のような構造になっていると考えられる。


・国家元首であるデスラーは役職的に国家元帥や航宙艦隊総司令の上に立ち、彼らの生殺与奪を握る存在であるが、国軍の指揮に関してデスラーは指揮権を独占できていない。

・本来なら国家元首が最高司令官として国軍を直接指揮するべき(経験不足な部分は参謀本部が補佐して補う)だが、現状のガミラス国軍は元首以外の複数の人物によって指揮され動かされている。

・おそらくはガミラス帝国形成時の歴史的な理由から、ガミラス軍は軍政のみに権限が限定されるはずの中央軍総監が実戦部隊を指揮して戦い、本来なら不必要と思われる『航宙艦隊総司令』という役職が存在する(なぜなら航宙艦隊総司令は国家元首が兼ねるべきであるため独立した役職としては必要ない)という不合理な状況になっている。

・ガミラス国軍はゼーリックやディッツのような名門貴族が国軍の要職に就き、自らの管轄下の、あるいは息のかかった国軍の部隊を(デスラーに睨まれない範囲で)自らの好きなように動かしていて、デスラーといえども国軍の全ての部隊を思いのままに動かせるというわけではない。

・為政者としてデスラーはこういった名門貴族達を機会を捉えて粛清し、軍の指揮権を一手に握ろうとしている。

・劇中では一貫して否定的に描写されている親衛隊は、実のところ国軍、特に幹部クラスの度を越した専横やクーデターを防ぐ重要な役割を果たしている。

・即位以来、デスラーは自分の思い通りにならない軍中枢の危険人物を粛清する一方、身分や出自に関係なく自分に忠誠を誓う人物をどんどん軍中に登用しており(その代表格がドメルであると考えられる)、それが故に(軍中枢から縁遠い)一般将兵のデスラー支持は絶大になっている。


こうして、前章と今章においてガミラスの国家と国軍の内情を考察してみたが、デスラーの権力は非常に危うく不安定な基盤の上に成り立っていると考えられる。ほんの少し前まで内戦を行っていた分裂した国民(純血ガミラス人)に必ずしも思い通りにならない国軍(特に幹部連中)。この条件下でデスラーはどのように帝国を治めていくつもりだったのだろうか?次の章では特にその点について考察してみよう。



【3. 名誉ガミラス臣民の謎――デスラーの構想していた国家モデル】

宇宙戦艦ヤマト2199 4 [Blu-ray]第8話、グリーゼ581においてヤマトに敗れ戦死した二等ガミラス臣民のシュルツ達に対し、デスラーはその忠誠ぶりを認めて遺族を「名誉ガミラス臣民」に取り立てた――。

このエピソードはガミラスの国家システムを考える上で非常に多大な材料を与えてくれる。この「名誉ガミラス臣民」とは、いかなる地位・身分なのだろうか? この命題は以下のような疑問に分けられる。

・名誉ガミラス臣民と一等ガミラス臣民は異なる身分なのだろうか?
・両者が異なるとすれば、名誉ガミラス臣民はどのような身分であり、どのような待遇を受けるのだろうか?
・そもそもガミラス帝国で二等ガミラス臣民、一等ガミラス臣民といった身分制度が作られた理由は何なのか?そして名誉ガミラス臣民が1つの独立した身分であるならば、その存在理由は何なのだろうか?

これらの疑問について考察していくことで、国軍や純血ガミラス人の問題を数多く抱えたデスラーがどのような国家システムを構築し、ガミラス帝国をどのように治めていくつもりだったのか明らかにすることができるだろう。この章ではそれぞれ次の様に項目を分けて、順を追って考えてみよう。

 (その1)名誉ガミラス臣民と一等ガミラス臣民は違う身分か?
 (その2)名誉ガミラス臣民とはどのような身分なのか?
 (その3)ガミラスの身分制度と名誉ガミラス臣民の存在理由とは何か?
 (その4)デスラーの構想していた国家モデルについて


(その1)名誉ガミラス臣民と一等ガミラス臣民は違う身分か?
劇中で明らかになっているガミラスの身分制度の特徴は以下のようなものだ。

・純血ガミラス人は一等臣民であり、被征服民は二等臣民とされる。
・4話のシュルツとゲールの会話から判断すると、二等臣民から一等臣民への昇格は一等臣民の推薦が必要である。
・ただし、23話のノラン・オシェットの「(デスラー砲破壊の阻止を)総統が知れば自分は一等ガミラスになれる」とのセリフから、デスラーが認めれば一等臣民の推薦がなくても一等臣民に昇格できる。

23話のノランのセリフや、8話のデスラーがヒスにザルツ人遺族の身分昇格を指示する場面で一等臣民ではなく「名誉ガミラス臣民」と口にしている事実から、一等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民は異なる身分ではないかとの推測が成り立つ。これに関して、公式設定資料集[GARMILLAS]にはヴァルケ・シュルツとヒルデ・シュルツに関して次のような記述が出てくる。

――(ヴァルケ・シュルツの人物説明)冥王星をガミラスフォーミングし、そこに前線基地を築き駐留する二等ガミラス人(被征服民族)で構成された空間機甲旅団の旅団長。二等ガミラスながら、帝国への忠誠心は一等ガミラス人に負けないと自負する。
(『公式設定資料集[GARMILLAS]』 P.186)

――(ヒルデ・シュルツの人物説明の補足文)父親の名誉の戦死によって名誉ガミラス臣民となったあと、セレステラのはからいで宣伝情報相の給仕係となった。
(『公式設定資料集[GARMILLAS]』 P.190)



宇宙戦艦ヤマト2199 公式設定資料集<Garmillas>2つの記述を見ると一等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民はそれぞれ区別して記述されているように見える。したがって、一等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民はそれぞれ異なる身分であると考えても良いのではないだろうか。


(その2)名誉ガミラス臣民とはどのような身分なのか?
名誉ガミラス臣民となったヒルデ・シュルツは22話でセレステラのようなガミラス政府の要人やユリーシャ姫(と間違われた森雪)の給仕をしたり、総統府内部でユリーシャ姫に付き添う付き人のような事をしたりと、ガミラス社会の中でもかなり名誉とされると思われる仕事をしている。その様子はさながら武家の近習のように見えるが、ことによると名誉ガミラス臣民とは、アレクサンドロスの”朋友(ヘタイロイ)”に相当する地位なのかもしれない。

史書では”朋友(ヘタイロイ)”について次のように解説している。

――”朋友(ヘタイロイ)”とは仲間を意味するギリシア語で、マケドニアでは王の側近集団を表す言葉である。”朋友(ヘタイロイ)”には王の側近だけではなく部隊長クラスや比較的下位の者まで含まれ、彼らは王への忠誠と引き換えに土地や馬などの財産を与えられた。彼らの登用や解任は王の一存で決められ、マケドニア貴族だけではなく幅広い出自や階層の人々から集められた。例えばギリシア人でアレクサンドロスの書記官となったエウメネスは、フィリッポスが遠征中に滞在したギリシア都市カルデアで見出した人物である。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.184~185を要約)



つまり、二等臣民だったヒルデ・シュルツ(とその他大勢のザルツ人)はデスラーの命により一等ガミラス臣民よりも上の立場の「デスラーの朋友」に取り立てられ、朋友に相応しい役職を与えられていると想像することができるのではないだろうか。もし名誉ガミラス臣民がアレクサンドロスの”朋友(ヘタイロイ)”に相当する「デスラーの朋友」であると仮定するなら、ガミラスの身分制度の性格や存在理由について多少なりと面白い想像をすることができる。次はその事について述べてみよう。


(その3)ガミラスの身分制度と名誉ガミラス臣民の存在理由とは何か?
ガミラスの身分制度は、地球に存在した有名な帝国の身分制度と比較して、どのような特徴があるのだろうか?
ヤマト2199について評論する人の間では、ガミラスの一等・二等ガミラス臣民についてローマ帝国を想起させると指摘する意見が多い。旧作ヤマトを制作した故西崎プロデューサーが「デスラーのモデルはローマ皇帝」と述べている事からなおさらガミラスの身分制度についてローマ帝国に似ていると感じる人が多いのだろう。しかし、劇中の描写を見る限りでは、両者には一つ大きな違いが存在する。それは

「ローマ帝国では人種や民族に関係なくローマ市民権が授与されていたのに対し、ガミラス帝国では純血ガミラス人以外が一等臣民になるのは深刻な人種差別のために困難だったと思われる事」

だ。この違いのためにローマとガミラスの身分制度は、外見上似ているように感じられても実質は非常に異なるものだったと考えられる。

ローマ帝国では一般的に、ローマ市民権を与える上で人種や民族による差別は存在しなかったと考えられている(ローマ市民の墓地を発掘すると様々な人種や民族の骨が発掘される)。ローマ帝国における差別は、「ローマ市民であるか、そうでないか」という階級的な要素が民族・人種的な要素よりもはるかに大きかったとされている。

これに対し、劇中の描写を見る限りガミラス帝国では、純血ガミラス人の他種族に対する蔑視や差別が非常に一般的であると考えられる。例えばメルダ・ディッツは10話の古代や山本との会話で二等臣民を劣等種族と言い放っている。21話の強制収容所所長はザルツ人を「帝国に寄生する劣等種族」と呼んでいたし、デスラーの女性衛士達も25話でジレル人のセレステラを「魔女」と侮蔑していた。作中で「他種族への差別をしない」とされていたドメル軍団でさえ、フォムト・バーガーは20話でザルツ人に対し面と向かって「信用できない」と言い放っているし、当のドメルまでもがセレステラを「あの女は魔女だからな」と侮蔑している(19話前半のハイデルンとの会話より)。

こういった純血ガミラス人の他種族への蔑視や差別は、二等臣民が一等臣民に昇格するのに非常に悪い影響を及ぼしていたと考えられる。例えばヴァルケ・シュルツは純血ガミラス人以外をあからさまに侮蔑するグレムト・ゲールの下では決して一等ガミラス臣民に推薦してもらえなかっただろう。また、19話と20話で活躍したザルツ人の第442特務小隊はパンフレットの説明によれば「常に激戦地に送られ戦い続け、いつしか精鋭と認識されるようになった」にもかかわらず、結局誰一人として一等ガミラス臣民に取り立てられる事はなかった。ローマ帝国の場合、これ程の戦いぶりを示した外人部隊には隊員全員にローマ市民権が授与され、市民権を得た隊員全員が退役した後も部隊には”ローマ市民の”という称号を名乗ることを許される事例が多かったのとは対照的だ。

身分制度に関するヴェルテ・タランの発言を見ると、二等臣民に対するデスラー以外のガミラス政府首脳部の態度を伺うことができる。8話のガミラス建国記念式典の場において、「同化政策は順調に進んでおります」と述べたヴェルテ・タランはこう続ける。

「帰順を示した者には滅亡ではなく二等臣民としての権利を。それが帝国繁栄の礎となっております」

この発言からは被征服民の円滑な統治のために被征服民にも一定の権利を認める必要があるという考えを見て取ることはできても、更に一歩進んで帝国に有用な者を一等臣民に取り立てるという考えは全く伺うことはできない。式典に参列した高官達の顔ぶれを見ても、セレステラ以外は全て純血ガミラス人だ。ガミラス政府首脳部にとって、被征服民である二等臣民はただの統治の対象でしかなく、彼らの内から帝国に有用な者を登用するという考えはないのではないかと思われる。ただ一人、デスラーを除いては・・。

劇中においてデスラーは二等臣民を名誉ガミラス臣民に取り立てたり、多くの種族から忌み嫌われているジレル人を登用して閣僚にすらしているが、こういった行為は二等臣民達の忠誠心をかろうじてガミラス帝国に繋ぎ止める重要な役割を果たしていると考えられる。二等臣民(特にザルツ人)の間には純血ガミラス人を憎悪し、帝国そのものにも何の魅力も感じないがデスラー総統にだけは忠誠を尽くす、という人間が相当いるのではないだろうか。

ここでもし、名誉ガミラス臣民が次のような身分であるとすれば、ガミラスの一等・二等臣民の身分制度の欠陥を補い、二等臣民のデスラーへの忠誠を確保することができるだろう。

 「名誉ガミラス臣民は一等ガミラス臣民より上の”デスラーの朋友”と称すべき身分で、帝国の支配エリートはこの名誉ガミラス臣民と一等ガミラス臣民の高官・将軍・首長といった上層部とで構成される。名誉ガミラス臣民は種族を問わずデスラー個人に認められた者のみがなることができ、1代限りの身分である。名誉ガミラス臣民の子供は一等ガミラス臣民となる。」

名誉ガミラス臣民がこのような身分制度であれば、常日頃一等臣民の純血ガミラス人から屈辱的な扱いを受け、彼らの差別のため身分昇格もままならない二等ガミラス臣民達も、デスラーのためだけには働こうとするだろう。デスラーに認められさえすれば一等臣民にも、更に上の名誉ガミラス臣民になって帝国の支配エリートに仲間入りするのも夢ではないからだ(デスラーによりジレル人でありながら閣僚に登用されたセレステラはその実例となる)。

ここで述べた名誉ガミラス臣民の制度はあくまでも個人的な想像によるものだが、劇中におけるガミラスの一等・二等臣民の描写や、ヒルデ・シュルツの名誉ガミラス臣民となった経緯やその後の待遇を見る限り、ガミラスの身分制度の特徴や存在理由について、最低限次のことは言えるだろう。


・一等・二等ガミラス臣民は人種主義が非常に強いガミラスで言わば自然発生的に制定された制度で、二等臣民にも一定の権利を認め、一等臣民の推薦があれば二等臣民も一等臣民に昇格できるという具合に制度としての形は整えられているものの、純血ガミラス人の人種差別により制度が機能しなくなる危険性を孕んでいる(ヴェルテ・タランをはじめとするガミラス政府首脳部に被征服民を登用するという考えはないと思われる事がこの問題に拍車をかけている)。

・名誉ガミラス臣民は明らかに政治的な意図によって制定された制度で、劇中の描写を見る限り、一等・二等ガミラス臣民の制度の欠陥を補う役割を果たしている。


これらの事柄を踏まえたうえで名誉ガミラス臣民が上に述べたような制度であると考えれば、ガミラスの身分制度は非常にうまく機能するのではないだろうか?
 
しかしここで1つの疑問が生じる。一等ガミラス臣民以外の支配エリートとして名誉ガミラス臣民という身分が別個に用意された理由は何なのだろうか?単に一等・二等ガミラス臣民の制度の欠陥を補うだけなら、デスラーが二等臣民をどんどん一等臣民に昇格させればそれで済むはずだ。なのにあえて名誉ガミラス臣民が制定されたのは何故か?そこにはやはり、国軍や純血ガミラス人の問題を数多く抱えたガミラス帝国の国情と、それに対処しようとするデスラーの意図が深く関係していたと思われる。次はその事について考えてみよう。


(その4)デスラーの構想していた国家モデルについて
デスラーが名誉ガミラス臣民という身分を一等ガミラス臣民とは別個に制定したのは何故だろうか?その答えは次のような設問を考えれば簡単に出てくるのではないだろうか。

「一等臣民の殆どを占める純血ガミラス人はデスラーにとって信用できて頼りになる存在だろうか?」

1章と2章での考察を踏まえれば、とてもではないがそのような存在でないのは明らかだ。1章で考察したように純血ガミラス人にはデスラーの叔父やデスラー本人にガミラス統一戦争で祖国の公国を滅ぼされ、反感を抱く者が数多く存在している。そして2章で考察したように純血ガミラス人主体の国軍はクーデターを起こしかねない危険な名門貴族達が跋扈している。デスラーを支持する者が大勢いても、それと同じくらい多くの敵が存在するのが純血ガミラス人の実情なのだ。

こういった状況でデスラーは、自らの政権を確固としたものにするために種族や出自を問わず自分に忠実な人間を選抜し、政権を支える集団を作る必要に否応なく迫られただろう。名誉ガミラス臣民が制定されたのはそのためと考えられる。自らが選抜し役職につけた一等臣民の高官・将軍・首長と、やはり同じように自ら選抜した”デスラーの朋友”たる名誉ガミラス臣民が政権を支える帝国の支配エリートとなる、というのがデスラーの思い描いた国家モデルだったのではないだろうか。

名誉ガミラス臣民以外にも、デスラーは自分に忠実な人間を集めた団体をいくつも創設しているが、そのそれぞれにガミラスの国内事情が反映されているのは興味深い。例えば悪名高き親衛隊の場合、兵士と下級将校にクローン人間が使用されているのは極度の純血主義の表れであるとパンフレットでは解説されているが、それ以外の理由としてクローン兵はデスラーに滅ぼされたガミラスのどの公国とも繋がりがないため、出自的にデスラーに反感を抱きようがないという事も挙げられるだろう。また、パンフレットに記述されている〔デスラー少年団〕や〔ガミラス少女同盟〕は地球の国民国家のような(国家に対し絶対の忠誠を誓う)「国民」をゼロから作っていかねばならないガミラスの状況を実によく体現していると言える。デスラーは団体の子供達を、自分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊に育てるつもりだったと思われる。

結局のところ、デスラーの治めるガミラス帝国はどのような帝国になろうとしていたのだろうか?これを考える上で重要なのは「デスラーとの個人的関係とデスラーへの忠誠」という要素だ。ジレル人のセレステラはデスラーに登用され閣僚にまで登りつめた。ザルツ人のヴァルケ・シュルツはその忠誠ぶりをデスラーに認められ、家族を名誉ガミラス臣民に取り立てられた。純血ガミラス人のドメルは日頃の忠節のおかげで死刑にされるところをデスラーに救われたのに対し同じ純血ガミラス人でも反抗したり、忠誠を疑われた者は容赦なく粛清された。そしてデスラーに反旗を翻した者は純血ガミラス人やその他の種族を問わず全て平等に抹殺された。デスラーの帝国の本質は以下の一文に集約できるだろう。


「――デスラーが頂点に君臨し、彼にのみ忠誠を尽くす人間が種族を問わず支配エリートとして帝国の統治にあたる。出身種族ではなくデスラーへの忠誠がガミラスの支配体制の根幹となり、それのみが空前の大帝国を支える礎となる。」


この意味で、ガミラス帝国はデスラーただ一人の帝国となろうとしていたのである。


・・以上、この章をまとめると、ガミラス帝国の国家システムの実情とデスラーの構想していた国家モデルは以下のようなものと考えられる。


・ガミラスに存在する一等・二等ガミラス臣民の制度は人種主義が非常に強いガミラスで言わば自然発生的に制定された制度で、ガミラスが領土を拡大し、帝国としての体裁を整えていく過程で二等臣民にも一定の権利を認め、一等臣民の推薦があれば二等臣民も一等臣民に昇格できるという具合に制度としての形を整えていったと考えられる。

・しかしながら、純血ガミラス人の人種差別により一等・二等ガミラス臣民の制度は制度が機能しなくなる危険性を孕んでいる(ヴェルテ・タランをはじめとするガミラス政府首脳部に被征服民を登用するという考えはないと思われる事がこの問題に拍車をかけている)。

・一等臣民の大半を占める純血ガミラス人はほんの少し前まで内戦を行っていた分裂した集団であり、デスラーに反感を抱くものも多く、デスラーにとって帝国の支配エリートとして依存するには危険な存在だった。

・こういった状況でデスラーは、自らの政権を確固としたものにするために種族や出自を問わず自分に忠実な人間を選抜し、政権を支える集団を作っていった。名誉ガミラス臣民や(悪名高き)親衛隊はそういった集団の一つである。

・自らが選抜し役職につけた一等臣民の高官・将軍・首長と、やはり同じように自ら選抜した”デスラーの朋友”たる名誉ガミラス臣民が政権を支える帝国の支配エリートとなる、というのがデスラーの思い描いた国家モデルだったと思われる。

・デスラーにとって出身種族ではなく彼への忠誠のみが帝国の支配エリートとして重要な資質であり、その意味でデスラーのガミラス帝国は純血ガミラス人の帝国ではなくデスラーただ一人の帝国になろうとしていた。


こうして、ガミラス帝国の内情や国家システムまで一通り俯瞰できるところまで来た。デスラーは純血ガミラス人や国軍の問題を数多く抱えながら、ガミラスを純血ガミラス人のみの帝国から真の意味での世界帝国に発展できるかもしれない段階にまで持っていったと評価できるだろう。その意味で彼はガミラスの希代の英傑と呼ぶに値す
る。しかし、彼の事業はヤマトによって一大蹉跌を余儀なくされ、デスラー自身の一見不可解な行動によって幕を閉じててしまう。どうしてそのようなことになってしまったのだろうか?次章ではそのことについて考察してみよう。



【4. デスラー砲の謎――デスラーは本当に狂っていたのか?】

宇宙戦艦ヤマト2199 5 [Blu-ray]「第23話、デスラーはデスラー総統府に突入したヤマトをバレラスの臣民ごとデスラー砲で消し去ろうとした――。」

ヤマト2199の視聴者の間で最も評価の別れ、かつデスラーの人物像を理解し難いものにしているエピソードである。あれだけ冷静沈着で権謀術数に長けた大帝国の建国者が何故臣民達の命運も家臣達もどうでもいいと言わんばかりの事をやったのか。彼は発狂でもしてしまったのだろうか?

劇中の描写から言えるのは、デスラーのとった行動はヤマトがバレラスに来る以前から予め計画されていた事で、デスラーは狂気に陥ったわけでは決してないという事だ。根拠としては2つ挙げられる。1つは23話の総統府脱出直後、デスラーがコアシップの艦長に「予定通り」と発言している事。もう1つは第二バレラスにデスラー砲が装備されているという事実そのものだ。何故本来イスカンダルへの遷都に使用する軌道都市に過ぎない第二バレラスに、惑星を破壊できる物騒な兵器が装備されているのか。しかもこのデスラー砲は、ご丁寧にも砲口を帝都バレラスに向け発射できるようになっている。仮にヤマトが来なくてもデスラーはデスラー砲を帝都バレラスに向けて使用するつもりだったと思われる。

デスラーが狂気に陥ったのではないとすれば、彼のとった行動にはどのような理由と意味があったのだろうか?この事を考える上で参考になる人物がいる。アレクサンドロスだ。序章で言及したように、ヤマト2199のデスラー総統とアレクサンドロスには意外な共通点が多く、2人をとりまく政治状況も類似点が多い。アレクサンドロスの生涯をデスラーと対比していけば、23話でデスラーがとった行動も無理なく理解できるようになるだろう。この章ではアレクサンドロスとデスラーをそれぞれ比較するという形で上記の疑問について考察してみたい。


(アレクサンドロスとデスラー:その1)
紀元前4世紀、アレクサンドロスは極めて精強なマケドニア軍とギリシア同盟軍を率いてペルシア帝国を征服した。しかし、彼らマケドニア人とギリシア人には征服したアジア領を円滑に統治していくには一つ大きな問題があった。自分達以外の民族に対する強烈な差別意識である。例えばアリストテレスはアレクサンドロスに次のような助言をしたと史書では解説している。

――アリストテレスがアレクサンドロスのために書いたもう一遍の論説に、『植民地の建設について』がある。ここでアリストテレスは、ギリシア人達には友人や同族の人々として配慮し、彼らの指導者として振舞う事、異民族に対しては彼らの専制君主として臨み、動物や植物のように取り扱えと勧めている。異民族を動植物同然と見なすアリストテレスの言説は、当時のギリシア人が外国人=バルバロイに抱いていた感情を集約したものだ。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.87)



今日の私達の視点から見れば、アリストテレス(とギリシア人)のような認識でアジア領を支配したら、たちまち統治が立ち行かなくなるのは火を見るよりも明らかだろう。アジアの占領地の円滑な統治には地元の有力者の協力が不可欠であり、彼らの協力を得るためには彼らを侮蔑するのではなく逆に信頼を得るような措置をとらなければならない。そこでアレクサンドロスは東方の風習や風俗を取り入れ、ペルシア人貴族を高官や側近に採用していった。

ここまでの経緯をガミラスと比較すると、デスラーの事績がアレクサンドロスによく似ているのが分かる。デスラーは純血ガミラス人の軍団を率い、その進んだ科学技術と(おそらくは移民が送り込める程の人口の優越による)膨大な兵力で大小マゼランを征服していった。しかし征服した種族を円滑に統治するためにはやはり彼らの一部を「仲間」に取り込んで行く必要がある。そのため、二等臣民が一等臣民に昇格できる制度を設け、数は少ないものの純血ガミラス人以外の種族の者を閣僚に登用したり、名誉ガミラス臣民のような帝国の支配エリートに採用していった。

ところが、アレクサンドロスとデスラーの他種族の宥和政策は自らが率いてきた者達から猛反発を受けることになる。


(アレクサンドロスとデスラー:その2)
アレクサンドロスの東方協調路線に対して多くの側近や家臣が異を唱え、やがて粛清されてしまうが、それだけに留まらずアレクサンドロスは自らの帝国作りに邁進していく。彼はアジア人にマケドニア風の訓練を施して旧来のマケドニア人部隊に匹敵する規模のアジア人部隊を創設した。そして本国に帰還する古参兵とアジア人女性との間にできた子供を引き取り、自分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊養成の手筈を整えていく。それぞれ史書では次のように解説している。

――前327年にバクトリアを発つ時、アレクサンドロスは東方の属州総督たちに、若者を選抜して軍事教練を施すようにと命じておいた。訓練を担当したのは、各地の都市に残されたマケドニア人古参兵だったろう。前324年、3年間の訓練を終えたこれらの若き歩兵3万人がスーサに到着した。彼らはマケドニア風の衣服を身に着け、マケドニア式の装備と訓練を与えられていた。大王は彼らのパレードを満足して眺め、彼らを「後継者」と呼んだ。この呼称は、マケドニア人歩兵の後を継ぐのがこれら東方の若者たちであることを示している。(中略)翌年には、ペルシス総督ペウケスタスが徴募したペルシア人歩兵2万がバビロンに到着。こうして新しい兵士が大量に登場したことで、マケドニア人歩兵は数の上でも士気においても圧倒された。(中略)このような軍隊構成の変化は、アレクサンドロスがマケドニアの王からアジアの王に移行したことの反映に他ならない。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.226~227)

――オピスから1万人の古参兵が本国へ帰る時、アレクサンドロスは彼らがアジア人女性たちとの間にもうけた子供達の扱いに言及し、彼らをマケドニア風の兵士として育てる事を約束した。もしこれが実現していたら、子供達はヨーロッパに根を持たず、アジアにも特定の故郷を持たない兵士として成長したであろう。大王は彼らを、自分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊に育てるつもりだったと思われる。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.228)



アレクサンドロスの征服と神話 (興亡の世界史)彼の創ろうとしていた帝国は出身民族に関係なく彼に忠誠を尽くす人間のみが支配エリートになる世界であり、一般のマケドニア人達は帝国の建設事業の中で言わばお払い箱になりつつあった。

もしアレクサンドロスが32歳で病死しなかったら、どこかの時点で本国のマケドニア人達の怒りが爆発して大規模な反乱が起きたかもしれない。しかしその場合、マケドニア第一主義だった東方遠征以前からの宿老や朋友(パルメニオンやフィロタス、クレイトス等その他大勢)の末路を考えると、アレクサンドロスは容赦なく反乱を起こしたマケドニア人達を抹殺するか、(まるで収容所惑星のような)辺境都市へと追放したに違いない(※反乱者の辺境都市追放については第1章を参照の事)。

デスラーのデスラー砲によるバレラス砲撃は、上記のアレクサンドロスの「帝国建設のためのマケドニア人切り捨て」に相当する行為だったと思われる。1章から3章まで考察してきたように、被征服民ばかりか純血ガミラス人の中にも数多く敵を抱えるデスラーが創ろうとした帝国は、種族を問わず彼に忠誠を尽くす者のみが支配エリートになる国だった。しかし彼の帝国の未来像は、彼を支持し仕えてきた一般の純血ガミラス人や閣僚達が思い描いていた帝国像とは大きくかけ離れていただろう。彼らにとってのガミラス帝国とは、わずかな例外を除き純血ガミラス人のみが支配エリートとして君臨する世界だったと考えられるからだ。

ガミラスの閣僚達の内、ゼーリックはデスラーの同化政策を憂い、貴族社会の復権を目指して反乱を起こした(※パンフレットの解説による)。デスラー政権崩壊後のジレル人のセレステラ失脚からも明らかなように、それ以外の者もデスラーが純血ガミラス人以外の種族を登用する事に否定的だった。軍中や征服地では純血ガミラス人達の差別が横行し、きっかけさえあれば二等臣民の反乱が起きかねない状況になっていた。帝国の永続的な発展を考えれば、ガミラスは多種族が支配エリートに加わるローマ帝国のような本当の意味での世界帝国に脱皮する必要があったが、もはやバレラスの純血ガミラス人と閣僚達はその最大の障害となっていたのだった。デスラーのデスラー砲によるバレラス砲撃は、彼の帝国建設を邪魔する者達を一気に粛清しようとする行為だったのである。


(アレクサンドロスとデスラー:総括)
アレクサンドロスもデスラーも、自らが理想とする帝国を建設するために、それまで自分についてきた人々を無情にも切り捨てた(あるいは切り捨てようとした)。そしてそれを可能にするための準備も怠らなかった。アレクサンドロスの場合はマケドニア人がたとえいなくなったとしてもアジア人の軍団が後に控えていた。デスラーの場合は帝都の純血ガミラス人と閣僚がいなくなっても代わりに親衛隊と自分を支持する国軍の一般将兵がいた(バレラスが消滅したのはヤマトのせいという事にすれば、帝都に着いた基幹艦隊の将兵も納得しただろう)。二人共恐ろしく周到で、間違っても頭がおかしくなったと考える事はできない。

歴史の大局的な視点で見れば、二人の行い(支持者の切り捨てと粛清)は「唯一絶対の指導者の下、多種族が共に支配エリートとして帝国を治め、民は種族を問わず平和を享受する」ために必要な事であっただろう。(アレクサンドロスの場合は後にローマの平和として実現する。)と同時に、2人が目指した理想の帝国はマケドニアや純血ガミラスの枠内に留まる限り決して考える事の出来ないものであった。問題はその理想のために敵味方問わず夥しい数の人間を死に追いやる事ができるのかどうかだったが、まともな人間ならとてもできないその恐ろしいことを2人は行った(あるいは行おうとした)。デスラーは確かにアレクサンドロスに比肩する英雄であった。


・・こうして、ヤマト2199のデスラー最大の謎を説明づける事ができた。ヤマト2199を視聴した多くの人が「デスラーの行動が理解できない」と述べている。一体何をどうすれば今まで自分を支持し支えてきた民や家臣達を大量殺戮するマネができるのか。ある人はスターシャの愛が得られず自暴自棄になったデスラーが、彼女の呼び寄せたヤマトを撃破するのに固執したためだろうと述べ、ある人は帝国の成功で必然的に生じたバレラスの腐敗と退廃を文字通り吹き飛ばそうとでもしたのだろうかと述べている。ヤマト2199のデスラーを非難する人は、旧作のデスラーがガミラス人の未来を考える大物だったのに対し、今作のデスラーは逆にガミラス人を殺し尽くそうとするとんでもない小物だと非難する。だがしかし、3章並びにこの4章の考察を踏まえれば、事はそんな次元の話ではないとハッキリ断言できる。

第23話の劇中においてデスラーはこのような言葉を口にした。

「ガミラスはその尊い犠牲を以て、古き衣を脱ぎ捨てる」
「偉大なるガミラスの未来のため」

これらの言葉は、ガミラス帝国が純血ガミラス人のみの帝国から多種族が統治に参加する、真の意味での世界帝国に生まれ変わるという宣言である。純血ガミラス人の枠組を超え、銀河を超えた共栄圏を築くために自らの利害しか考えないバレラスの民と家臣を犠牲にするという事なのだ。ヤマトなど事を為すための丁度いいきっかけに過ぎない。「バレラス消滅はヤマトのせい」とでも言っておけば、帝都に着いた基幹艦隊の将兵も納得するだろう。

これは最早、後世の人間でしか理解も評価もし切れない次元の話だろう。アレクサンドロスのマケドニア人粛清のように…。

ものすごく大きな毀誉褒貶はあるが、アレクサンドロスとデスラーは自らの夢と理想のために帝国建設に邁進していった。しかしアレクサンドロスは帝国の建設半ばで病死し、デスラーはヤマトのために生死不明となってガミラスから姿を消した。アレクサンドロスの帝国は彼の死後崩壊してしまうが、デスラーの帝国の場合はどうなるのだろうか?次章ではその事について想像と考察を行ってみよう。



【5. デスラーのいないガミラスはどうなる?――続編の可能性も含めて】

宇宙戦艦ヤマト2199 6 [Blu-ray]第25話においてデスラーは、乗艦が爆散して生死不明の状態となり、ガミラスから姿を消した。残されたガミラス帝国はどうなるのだろうか?もし続編が作られるならガミラスのその後は製作者の胸先三寸でいくらでも変わるが、ここでは筆者個人の想像でガミラスがどうなりそうか予想してみる事にしよう。

(その1)社会面での危機
まず確実にこうなるだろうと思われるのは、

「今までデスラーと親衛隊によって抑え付けられていた帝国の諸矛盾が、彼らがいなくなった事で一気に噴出する」

という事だ。ヤマト出現以来続いていた二等臣民の蜂起が、好機到来とばかりに一気に激化するだろう。なお深刻な事に、ザルツのような今まで忠実だった種族までもが反旗を翻すかもしれない。何故なら、デスラーがいなくなった事で二等臣民が自らの境遇を改善していける見込みはほぼ完全にゼロになったからだ。

「もはやいくら帝国に尽くしてもそれを認めてくれる人物はいない。いるのは自分達を侮蔑する純血ガミラス人達とその大臣だけだ。ジレル人のセレステラも、デスラーがいなくなるとあっという間に失脚してしまった。つまりは純血ガミラス人以外は出世の見込みは一切ないという事だ。こんな国に留まる理由がどこにある?戦うべき時が来たのだ――。」

ヒスとディッツが何もしなければこういう事になってしまいかねない。特にセレステラがいなくなった事はこれ以上ないくらい悪いメッセージを二等臣民達に与えたと思われる。

帝都バレラスも平穏ではいられないだろう。デスラーとその叔父に征服された公国の人間が独立を求めてテロ、ひどい場合は武装蜂起を起こすかもしれない。もう彼らに目を光らせていた恐ろしい親衛隊はいない。パンフレットに書かれていたようなガミラス人同士の内戦が三たび勃発する可能性が少なくないと思われる。

こういった純血ガミラス人や二等臣民の独立運動に、ヒスとディッツはどう対処するのだろうか?おそらくギムレーがやっていたのと大差ない事をするだろう。間違いなく死を覚悟しているであろう彼ら決起者達を懐柔して独立を諦めさせるのは、現実問題として無理だからだ。帝国を崩壊させたくなければ、再び恐怖政治で彼らを取り締まる一方で有用な者を一等臣民にするという、デスラーと同じ政策を採らざるを得ない。

だが、そうなったらそうなったで新たな問題が生じるだろう。二等臣民を支配エリートの一員に登用するような事をすれば、純血ガミラス人達の憤激を買うに違いないからだ。デスラーの場合は大小マゼラン統一の英雄という権威があったため皆内心はともかく彼の宥和政策に従い、あからさまに従わない者は親衛隊に粛清された。しかしデスラーのような権威も暴力装置も持ち合わせないヒスとディッツがこれを行えば純血ガミラス人達は黙っていないだろう。ゼーリックが行ったような暗殺事件や反乱が起こるに違いない。
(※ちなみに、日頃皆から「お飾り」とバカにされているヒスはともかく、ディッツも皆を従わせるだけの権威がないと書いたのは劇中の描写からの判断による。第22話でディッツが収容所惑星レプタポーダから別の収容所惑星へ向かった事を思い返してみよう。デスラーに反旗を翻した彼は何故そうしたのだろうか?それは兵を集めようにも軍司令官でも何でもなくなった彼の命令を聞いてくれそうなのが、決起したごく一部の者と同じ収容所の囚人くらいしかいなかったからに他ならない。もし彼に国軍将兵の広い信望があれば、彼は他の収容所惑星ではなくおそらくは小マゼランに向かい、小マゼラン方面軍を率いて帝都バレラスに進撃しただろう。そしてそれ以前の話として、親衛隊も国軍の反乱を恐れてディッツを拘束などできないはずだ。したがって、彼には純血ガミラス人の、特に一般将兵の反感を抑え付けるだけの人望はないと考えられる。)

結局、ヒスとディッツの新政権がこういった難局を打開するには自分達がデスラーに取って代わる存在である事を実力で示すしかないと思われる。つまり、いかなる形であれ政権に反旗を翻した者は問答無用の武力で鎮圧し、対外戦争で大きな勝利を収めて帝国内にその力を誇示する事だ。まるで戦国大名のような所業だが、それ以外の方法を筆者は思いつかない。だがこういった解決策を考える事自体空しいものかもしれない。肝心の新政権の軍事力がヤマトのせいで危機的状況に陥ってしまっているからだ。


(その2)軍事面での危機
旧作のようにヤマトによって滅ぼされなかったものの、ガミラスがヤマトから蒙った被害はきわめて甚大で、新政権は軍事力によって危機を乗り越えるどころか逆に滅亡の危機に直面すると考えられる。以下に詳述してみよう。

ヤマト2199におけるガミラスの軍事力、特に戦闘艦艇の総数については作中では明確に示されていないが、次のように想像することができる。

・18話で「基幹艦隊」と称する1万隻余の艦隊がバラン星に集結していたが、この艦隊は「基幹」という呼称から考えて、通常大マゼランに置かれ戦況に応じて小マゼランや銀河系に分派される戦略予備だと思われる。

・この戦略予備がガミラス全軍の1/3~1/4の数に相当すると仮定すると、作中で「帝国防衛の要」と称される小マゼランには1~2万隻、領土を拡大中の銀河系には1万隻の艦艇が配備されていると想像される。

これらの戦力のうち、基幹艦隊はヤマトによって壊滅した。残された3000隻も二等臣民達の反乱の鎮圧に忙殺され、小マゼランや銀河系に増援として派遣されることは最早できなくなるだろう。反乱の鎮圧は本来、親衛隊の艦隊の役割だが、親衛隊の艦隊がヤマトのバレラス襲来によって全滅してしまったため基幹艦隊がその代わりを勤めざるをえないからだ。つまり、ガミラスは戦争をする上での戦力の中心を事実上喪失してしまうことになる。

これに加え、ヤマトのバラン鎮守府破壊によってワープゲートネットワークが使用不能になり、帝国内の戦力の迅速な移動ができなくなってしまった。基幹艦隊がバラン星からガミラス帝星まで通常のワープ航法で3ヶ月を費やしていた作中の描写から考えても、仮に小マゼランへ援軍を送る必要がある場合、大マゼランからは3ヶ月、銀河系からは6ヶ月以上かかる。これでは戦いに到底間に合わない。この状態でガトランティスの大侵攻を受けたら小マゼラン方面軍は一体どうなってしまうのか。援軍が全く来ない以上、ディッツが小マゼランからの撤退を許可しない限り必ず小マゼラン方面軍は全滅してしまうだろう。

このように、ガミラスの軍事力は(ヤマトのせいで)もはやガタガタで、危機を乗り越えられるとは想像しがたい。デスラーのようなカリスマ性も才覚も持たないヒスとディッツの新政権は内乱と戦争によって遠からず滅亡すると考えられる。彼らに最後の引導を渡すのは、小マゼランに進入しようとしていたガトランティスということになるだろうが、ではガトランティスの大侵攻は実際にあり得るだろうか?次はそのことについて考えてみよう。


(その3)ガトランティスの台頭とガミラス滅亡?
ヤマト2199の世界においてガトランティスが登場するとしたら、その姿はどのようなものになりそうだろうか?もし旧作のヤマト2のように「利用価値があると認めた星は植民地化し、住民を奴隷にする」(※ヤマト2各話冒頭ナレーションより)のであれば、侵入を受けた大小マゼランの人間は揃って地獄を見るだろうが、彼らはヤマト2199の世界においても旧作のような恐るべき種族になり得るだろうか?筆者個人はその可能性は十分にあると思う。何故なら、彼らには奴隷の略奪を必要とする社会状況があると思われるからだ。

ガトランティスは8話のディッツのセリフによれば、「外宇宙から飛来し小マゼランに進入しようとしている蛮族」ということになっている。ガトランティス人はそのほとんど全員が船上か都市要塞で暮らしている事になるが、この生活スタイルには一つ大きな問題がある。それは

「船や都市要塞は有人惑星と比べて余剰の人間を養う空間と資源が非常に乏しい」

ということだ。兵士も労働者もやっていない、無駄に余っている人間が元々非常に乏しいため、何かの拍子に兵士が必要だ、働き手が必要だ、という状況になった場合にたちまち深刻な人手不足になってしまう。そのため、ガトランティスの社会は慢性的な潜在的労働人口の不足とその結果としての生産物の供給不足に悩まされていると考えられる。

こうした問題を解決する一番手っ取り早い方法は、

「戦争を仕掛けて物資と奴隷を略奪する」

事だ。特に奴隷は、働き手が必要になった時だけ調達し、いらなくなったら処分できる、ガトランティス人にとって非常に使い勝手の良い存在になるだろう。こうしたやり方は人道上問題があるが、歴史的には非常に盛んに行われていた事でもある。例えば匈奴やモンゴルを初めとする北方騎馬遊牧民はしばしば南方へ大規模な人間と物資の略奪を行ってきたが、それは彼らの住む高原が元々多くの人口を養えないため、慢性的な働き手の不足とそこから生じる日用品の生産不足に悩まされてきたからだ。

もしヤマト2199の続編でガトランティスが登場するとしたらその姿は匈奴、突厥、モンゴルといった遊牧帝国のようになるかもしれない。機動力と火力に長けた強大無比な軍隊を用い、国家ぐるみで奴隷と物資を得るために征服と略奪を繰り返す、という国家だ。長期間宇宙を放浪しているガトランティスにとって、ガミラスは自分達を潤してくれる豊かで魅力的な獲物であるに違いない。さらに言えば、小競り合いとはいえ小マゼランにおける戦いでドメル将軍によって少なくない人員を失っていると思われるので、なおさら大小マゼランを征服・劫略しようとする欲求は強くなっているかもしれない。ガトランティスからすれば、戦闘によって生じた人員不足を補うため、何としても大小マゼランへの侵入を成功させ、大量の奴隷を獲得したい所だろう。

ガミラスの征服と奴隷及び資源の獲得を可能にする戦力はガトランティスに存在するだろうか?ヤマト2199に出ていたガトランティス軍は巡航艦、駆逐艦、中型空母といった小さな船ばかりで構成され、大戦艦も大型空母もなかった上に兵力自体も小規模だった。ガトランティスにとってもガミラスとの戦争はまだ本腰でなかったのは明らかで、ガミラスに進攻しようと決意すれば大型艦を多数揃えた巨大な軍団が大小マゼランになだれ込んでくるのではないだろうか。

・・結局の所、ガトランティスの大侵攻は実際にあり得るだろうか?筆者個人の考えでは、ガミラスへのガトランティスの大侵攻は確実に起きると思われる。これまで書いてきた通り、デスラーがいなくなったガミラスは内乱に見舞われると考えられるが、この機会を果たしてズォーダー大帝が見逃すだろうか?ズォーダー大帝は旧作ヤマトではひとかどの大人物として描写されていたのを考えると、彼は確実にガミラスの窮状を見抜いてガミラスへの大侵攻を開始するのではないだろうか。小マゼラン方面軍は全滅し、大小マゼランはガトランティスの侵入を受け、住民達は劫略と奴隷狩りで文字通りの地獄を見ることになるだろう。純血ガミラス人も二等臣民も、独立派も純血ガミラス第一主義者も、立場に関係なく皆平等に地獄に突き落とされる結末を迎えてしまうだろう。


(その4)デスラー復権の可能性
これまでこの第5章では、ヤマト2199の25話でデスラーが生死不明となりガミラスから姿を消した後、ガミラス帝国がどうなるかについて想像してきた。その結果は次のような惨憺たる未来だった。

「二等臣民の反乱が激化し、ガミラス人同士の内戦が再び始まり、ついにはガトランティスの大侵攻を受けてガミラスは滅亡の危機に直面する。」

続編においてガミラスが滅亡をまぬがれ生きながらえるとしたら、どのようなシナリオが考えられるだろうか?

旧作ヤマトシリーズの「新たなる旅立ち」では、ガミラス星のあるサレザー恒星系で危機に陥ったデスラーとスターシャをヤマトが救おうとしていたが、ヤマト2199の世界では、ヤマトがガミラスを救援すると言う展開は考えにくい(というより非常に無理がある)。ガミラスと地球は講和条約を結んでいないためヤマトが救援する義理はない上に、救援に行ったところで無力だからだ。万単位の戦闘艦艇を有するガミラスを滅ぼそうとしているガトランティスは、当然数万の戦闘艦艇を擁する大軍団で侵攻しているだろう。ヤマトにできることは何もない。撃沈されるだけだ(ヤマトも数百隻の艦隊を相手にすれば撃沈されてしまうのはヤマト2199の15話で明確に描写されている)。

一番ありそうで無理のないシナリオは次のようなものではないだろうか。

「滅亡の危機に直面したガミラスに、死んだと思われていたデスラーが国軍や基幹艦隊の一般将兵の支持を手中にして復権し、ガトランティスを撃破して銀河系に追い払い、ガミラス第二帝国を築く」

つまりはデスラーが救国の英雄となるというものだが、23話でバレラスを破壊しようとしてバレラスの民の支持を失ってしまった彼が復権する事などできるだろうか?一見不可能なように思われるが、実のところその可能性は十分あると思われる。何故なら、基幹艦隊やガミラス帝星以外に駐屯する国軍の一般将兵のデスラーへの支持は失われていないと考えられるからだ。

この事について、例えば基幹艦隊の一兵士になったつもりで考えてみよう。バラン鎮守府を破壊し基幹艦隊に壊滅的損害を与えてガミラス帝星(実はイスカンダル)に向かっているテロン艦(ヤマト)を追って航行中、デスラー総統暗殺容疑で収監中のはずのディッツ提督より召還命令が来た。曰く、

「デスラー総統は死んだ。新政府の統治の下、ガミラス全軍はこれより私の指揮下に入る。バレラスに向け航行中の基幹艦隊は速やかにバレラスに帰投せよ」

兵士達は皆顔を見合わせることだろう。ゼーリックがバラン星で「総統が死んだ」と大嘘を言ったばかりだというのに、これは一体どういうことか?しかも、ディッツ提督は収監されているはずではないか。クーデターが起きたのか?とにかく、帝都に戻って確かめよう・・。

こうして、帝都に戻った将兵が見たのは破壊された第二バレラスに大穴の開いた総統府、撃墜された戦艦群に倒壊したビル群という惨状だった。聞けば、親衛隊艦隊の防御を突破したテロン艦が総統府に突入し、総統府と第二バレラスを破壊してデスラー総統は亡くなったという。ここで新政権が不用意に「デスラーはバレラスの民を裏切った。彼は第二バレラスの一部を落下させてヤマトをバレラスごと葬ろうとする暴挙を行ったが、ヤマトに阻止された」と言おうものなら兵士達はこのように言うのではないだろうか?

「それは結果的にそうなっただけで、テロン艦によって総統府と第二バレラスが破壊された事実に変わりはないでしょうが!! 大体、テロン艦が総統府に突入した時あんた達は一体何をしてた?戦うどころか総統を裏切り者呼ばわりとは何事か。怖気づいてテロン人と取引でもしたのか!?」

おそらく、一般将兵達は新政権がデスラーの裏切りを発表しても納得しないだろう。それどころか逆にそのような発表をした新政権の方を裏切り者と見なすかもしれない。ヤマトにより緊急脱出を余儀なくされたデスラーを裏切ったということだ。

このように、ヤマトのバレラス突入後も(バレラス以外の)一般将兵のデスラーへの支持は失われないと思われる。もしデスラーが生きて将兵達の前に現れれば、彼らは新政権ではなくデスラーの側につくだろう。さらに言えば、ガトランティスの大侵攻でヒスとディッツの新政権が大敗北を喫し、帝国が今まさに滅亡しようという状況を迎えた時にデスラーが現れれば、将兵は皆新政権を見限り、大小マゼランを統一した建国の英雄に全てを賭けようとするだろう。国軍の将兵の支持を得たデスラーは容易に帝国の玉座に戻ることができる。そしてガトランティスを撃退することができれば、彼は(バレラスを除く)帝国全土から救国の英雄として大きな支持を受けるようになるだろう。結果的にデスラーはヤマトのバレラス襲来以前よりも確固とした支持基盤を得る事になるかもしれない。

・・こうして、二等臣民の反乱激化とガミラス人同士の内戦、そしてガトランティスの大侵攻を迎えたガミラスがどういうシナリオでなら存続しうるかについて考えてきた。結論を言えば、デスラーが国軍将兵の支持を手中にして復権し、ガトランティスを撃退して銀河系に追い払い、ガミラス第二帝国を築くというシナリオが一番自然で無理がないように思われる。たとえ帝都バレラスの民の支持が失われていても、帝国滅亡の危機を迎えた将兵達が建国の英雄であるデスラーに全てを賭けて支持すれば彼は再び帝国の主として復権する事ができる。シナリオとして不自然なものには全くならないのではないだろうか。

もしこのシナリオで続編を映像化する場合、その姿は以下のような形になるだろう。


――まず、かつて旧作ヤマトシリーズの時代に企画され、結局日の目を見なかった「デスラーズ・ウォー」が続編映画としてリメイクされ、続いて銀河系を舞台にしたガミラス第二帝国とガトランティスの抗争劇に地球が翻弄される、旧作ヤマト2と3を合わせたような続編テレビシリーズが製作される――。


このシナリオは筆者個人が想像したものに過ぎないが、これなら旧作の「さらば」のように率いる艦隊も兵もない状態でズォーダーに拾われて使い走りになり、ヤマトに敗れて自殺するという情けない姿にデスラーがならずに済むし、ゲール艦隊の生き残り数十隻だけで旧作ヤマト2や3のようにガルマン部族を解放してガルマン・ガミラスを建国するという無理のある展開を考えずに済むように思うのだが、どうだろうか?

次はこの章の最後の締めくくりとして、デスラーがいなくなりガトランティスの大侵攻を受けるまでのガミラスの様子と、生存していたデスラーがとると思われる行動をシミュレーション(もどき)の形で記述してみることにしよう。


(その5)〈シミュレーション〉デスラーズ・ウォー:ガトランティス大侵攻まで~

 ――ヤマトのバレラス襲撃から3ヵ月後――

ヒスを首班とする新政権が発足してから3ヶ月が経過した。新政権は反デスラーの兵を集めるため大マゼランを放浪中だったディッツ提督をバレラスに呼び戻し、国軍の最高司令官に据えた。ガミラスはヒスとディッツの共同統治となり、統合の象徴としてイスカンダルのユリーシャ姫が迎えられた。新政権はデスラー総統の死を発表し、デスラーの拡大政策と「恐怖政治」を変えるべく以下のような施策を行っていった。


・帝都バレラスを破壊しようとした「デスラーの愚行」を発表し、新政権こそが帝都バレラスと純血ガミラス人の利益を守る存在である事を宣言する。

・拡大政策の休止。ヤマトによって大損害を被った基幹艦隊の再編が必要だったこと、ディッツ提督が元々拡大政策に乗り気でなかった事から、ガミラスは現在戦闘中である場所以外の征服活動を休止した。

・親衛隊の解体。帝都バレラスの民の怨嗟の的になっていた親衛隊と秘密警察を解体し、囚人を釈放する。

・情報部の解体。セレステラが逃亡して管轄するものがいなくなった情報宣伝省を廃止する。元々情報宣伝省はデスラー政権とその政策の正当性を宣伝する組織であったことから、新政権にとっては存続させるわけにはいかなかった。

・名誉ガミラス臣民の廃止。デスラーによって取り立てられた名誉ガミラス臣民達は精査の上一等臣民もしくは二等臣民に降格する。


帝都バレラスで新政権が政権の地固めを行うべく奮闘していた頃、デスラーはヤマトとの戦いで九死に一生を得て銀河系に向かい航行を続けていた。ヤマトに砲撃されて乗艦のデウスーラの艦体が爆散した際、爆発の圧力でコアシップ部分がちぎれて上方に吹き飛んだために艦橋にいたデスラー達は爆発に巻き込まれずに済んだのだった。半壊状態で亜空間内を漂流していたコアシップは、デウスーラと連絡をとるためにワープゲートに潜ったゲール艦隊の生き残り数隻によって救助された。救助したガミラス艦の医務室で、デスラー達(デスラーとヴェルテ・タラン、レクター艦長に女性衛士と親衛隊員)はゲール艦隊の艦長達から、ゲール少将が次元潜行艦によって殺された事を告げられた。そして、このように勧められた。

「裏切者の新政権は総統が死んだと発表しています。このまま帝都に帰っても偽者と決め付けられ殺される可能性が高い。ここは辺境の銀河系方面に向かい、捲土重来の機会を窺いましょう」

ゲール少将の乗艦を撃破した次元潜行艦がバレラスに帰投した後、残された艦隊の艦長達は相談の上、数隻がワープゲートに潜ってデスラーと連絡を取り、ワープゲートを稼動させた残りの艦艇は銀河系に移動して銀河系のガミラス基地で合流する事にしたのだった。デスラーは艦長達の勧めを受け入れた。デスラーは僅か30隻弱の艦艇を率い、ほとんどゼロからの再出発を始めた。


 ――ヤマトのバレラス襲撃から6ヵ月後――

新政権が平穏な時を過ごせたのは最初の半年だけだった。その後次から次へと帝国各地で反乱が勃発し、、ヒスとディッツ達はその対応に追われる事になった。反乱の中でもとりわけ政権にとって衝撃的だったのが、ガミラス帝星で大規模な武装蜂起が起きたことだった。親衛隊と秘密警察を解体したため、新政権はかつてガミラス帝星に存在したいくつもの公国の復興運動を察知する事ができなかった。しかも皮肉な事に、これらの蜂起には親衛隊により収監されていた市民や国軍将校の多くが関与している事が後に明らかとなる。親衛隊が病的なまでに不平分子の取締りを行ったのは、決してただの狂気ゆえのことではなかったのだ。

ガミラス帝星以外の領土の騒乱は、時間が経過するにつれて激しくなっていった。移民団が送り込まれた星では、移民達が船を強奪してバレラスに帰ろうとする動きが見られた他、原住民と戦争状態になる事例が多発した。移民達の多くが元々デスラーにより追放同然の形で移住させられた不平分子達だったため、デスラーがいなくなった今、彼らは武器を作り帝星政府に反旗を翻したのだった。

移民団の反乱と軌を一つにして、二等臣民の蜂起も激化していった。ザルツのような今まで帝国に忠実だった星でさえも反乱が起き、国軍の二等臣民の部隊でも暴動が起きるに及んでヒスも政策の失敗を直視せざるを得なくなった。ヒスは熟考を重ね、名誉ガミラス臣民の身分降格がいかに二等臣民達の怒りを買ったかについて考えを巡らせた。一等臣民より上の身分であった名誉ガミラス臣民を復活する事はできないが、二等臣民を一等臣民に登用する事はできる。騒乱を起こしている二等臣民達を懐柔するためには、やはりデスラーの行っていた二等臣民の登用を今一度行うべきではないか・・。

しかし、ヒスの提案は閣僚達の猛烈な反対にあった。

「いつ反乱を起こすか分からないどころか今現実に反乱を起こしている二等臣民達を登用するのは、囚人に武器を持たせるに等しい愚行ではないか!」

ディッツ提督もヒスに賛意を示さなかった。

「二等臣民には既に一定の権利を保障している。これ以上の優遇は無用」

結局、新政権は武力で持って国内の騒乱を一掃し、帝国の支配のタガを締めなおす方策を採用した。帝都バレラスに戒厳令を敷き、反乱を基幹艦隊に鎮圧させる。しかし、そのやり方は親衛隊のギムレー長官がやったような皆殺しを伴う徹底的なものではなかった。非情になりきれない、さりとて懐柔策も採らない彼らの中途半端な対応は反乱がいつまでも発生し続ける泥沼の状態を生じさせたのだった。

大小マゼランが内乱状態に陥りつつある頃、デスラーは銀河系のガミラス軍基地を巡回する日々を送っていた。基地の司令官達は皆デスラーが生きているのに驚き、そして口々に問いただした。

「総統、教えて下さい、バレラスで一体何があったのですか!? バラン鎮守府が破壊されて司令部と連絡が取れない状態が続いた後、帝星司令部から突然『総統が亡くなり、ヒス副総統首班の新政権が発足した』と通達が来ました。『ガミラス軍の全部隊はディッツ提督の指揮に従え』という命令もです。ディッツ提督は総統の暗殺容疑で収監されていたのではないのですか?しかも新政権は『総統はバレラスの民を裏切った』という声明を発表しました。司令部に説明を求めましたが、『総統はバレラスを破壊しようとした』の一点張りです。一体何が起きたのですか!?」

口々に説明を請う司令官達にデスラーはバレラスにバラン鎮守府を破壊したテロン艦が襲来して緊急脱出を余儀なくされた事、テロン艦によって総統府と第二バレラスが破壊され、その直後に新政権が発足し自分が死んだと発表した事を淡々と話して聞かせた。「では裏切ったのは新政権の方なのですね」と確認する彼らにデスラーは畳み掛けるように言った。

「私はテロン艦を撃破しようとした。バレラスを破壊しようとしたというのは結果的にそうなったという事に過ぎない。しかし私はテロン艦を撃破できなかった。その事が残念でならない」

デスラーの話を聞いた司令官達は皆一様に怒りの声を上げた。テロン艦と戦うどころか総統を裏切り者呼ばわりするとは何事か。新政権の者達は何と卑劣なのか!彼らは改めてデスラーに忠誠を誓い、その指揮下に入っていった。こうした一連のやり取りをタラン達は呆れると同時に驚きの目で見ていた。デスラーは事実と嘘を織り交ぜた巧みな会話で基地司令官と将兵の心を掴み、新政権の正当性をあっさりと否定してみせたのだ。新政権はバレラスを破壊しようとした「デスラーの愚行」を発表したが、それにはデスラーを悪として宣伝し、自らの正統性を訴えようとする意図があった。しかしデスラーはその政略をいとも簡単に覆したのだった。テロン艦による帝都の被害が伝えられると、将兵達の間で新政権こそが裏切り者なのだという認識が確固としたものになっていった。破壊された総統府や第二バレラスを見れば、テロン艦が総統を狙って襲撃したのは誰でも理解できる。そして総統がそのテロン艦と最後まで戦おうとしたのはコアシップの無残にも半壊した姿を見れば明らかだった。そこでヒス達新政権が「テロン人へのこだわりは、もうない」と言ってテロン人への軍事活動を休止したのを見れば皆どう思うだろうか?テロン艦に恐れをなしたヒス達が総統を裏切り、テロン人と取引したと疑うのが自然だろう。こうして、デスラーは銀河方面軍の指揮官や将兵を巧みに味方につけていった。

政略を駆使して味方を増やす一方、デスラーは各基地の将兵達を自ら閲兵して廻った。整列する将兵を一人一人自らの目で点検し、一人の点検を終え次に移る時、彼は必ずその兵士に微かな微笑を投げかけるのだった。その微笑は彼が重臣達に見せる冷たい笑顔とは全く違う、ドメル将軍のような忠臣にのみ見せた事のある穏やかで温かい微笑であるようにタランの目には見えた。そしてデスラーは兵士の立場に応じて正に適切な言葉を投げかける。一等臣民の兵には「君が私のために勇敢に戦ったなら、私は必ずそれに報いよう」と功名心をくすぐり、二等臣民の兵には「君は私が誇りに思うような立派なガミラス人だ」と語りかけ、驚く兵に畳み掛けるように「たとえ周りがそれを認めなくても私が認める。私は最後まで君達の味方だ」と語ってプライドをくすぐる。将官ばかりか兵士達一人一人の心をも確実に掴んでいくデスラーの姿に、タラン達は今更ながらに彼がガミラス帝国建国の英雄である事を思い出すのだった。


 ――ヤマトのバレラス襲撃から1年後――

デスラーが銀河系方面軍を掌握していった結果、一時はデスラー死去の報によって崩れかけた方面軍の規律は改善され、やがて精鋭部隊としての様相を呈するようになっていった。大小マゼランの状況は銀河系に転任してきた将兵の口から逐一デスラーにもたらされていた。いつ大マゼランに戻るか。混乱の度を深めていく大小マゼランをどう立て直すか。デスラーは一人熟考を重ねていた。

一方、帝政司令部は銀河系の状況に不審の目を向けるようになっていた。大小マゼランと違い銀河系方面では大きな反乱の報はもたらされていない。情勢が安定している銀河系から兵力を転用しようとすると、指揮官達はこぞって反乱が起きかねない不穏な情勢を訴え、再考を求める通信を送ってくる。状況報告を命じると決まって要領を得ない回答をのらりくらりと送ってくるのだった。こうした中、ある告発が帝政司令部の元にもたらされた。「兵士達の間で、実はデスラーが生きているという噂が広まっている」というものだった。銀河系方面軍は将兵にデスラーの生存を秘密にするよう緘口令を敷いていたのだが、大マゼランに帰郷した兵士の口から徐々に噂が広まっていたのだ。新政権は驚愕し、もとより疑いの目を向けていた銀河系方面軍に通達を出した。

「デスラーを僭称するものを探し出し、処刑せよ」

しかし、新政権はこの命令の結果を見届ける事はできなかった。程なくもう一つの驚愕すべき知らせがもたらされたからだ。

「小マゼランに未曾有の規模の蛮族軍が侵入、当方面軍は現在これと交戦中!」

同じ頃、銀河系方面軍に2つの命令が通達された。一つは偽デスラーの捕縛・処刑命令、もう一つは銀河系方面軍の大マゼランへの移動命令である。特に2つ目は第一級の優先命令であり、非常事態であることが文面からも読み取れた。

2つの報に接し、しばらくの間熟考した後、デスラーは命じた。

「時は来た。これより銀河系方面軍の全軍を以って大マゼランに出立する」
「銀河系には通信隊を残置する。帝星司令部に伝えよ、『銀河系方面にてデスラーを僭称するものによる大規模な反乱が発生した』とな」

     
 ---〈シミュレーション〉デスラーズ・ウォー:了 ---

・・この第5章では、デスラーがいなくなった後のガミラス帝国のその後を想像し、その想像を踏まえた上であり得るかもしれないヤマト2199の続編の姿を中途まで提示してみた。「デスラーズ・ウォー」においてこの後大小マゼランがガトランティスによってどうなってしまうのか、そしてデスラーがどのようにガトランティスと戦い自らの帝国を再び築き上げていくのかについてこうなるのではないか、という想像を筆者はする事があるが、それはまた別の機会に語るべきように思われる。次の最後の章では、ヤマト2199によって極めて複雑な顔を持つようになったデスラーの人物像について、筆者個人の感想を書いてこの文章を締めくくりたいと思う。



【終わりに:これから大きく変貌しうるデスラーの人物像について】

宇宙戦艦ヤマト2199 7 (最終巻) [Blu-ray]旧作シリーズからヤマト2199に至るまで、デスラーほどキャラクターが大きく変化していった人物も珍しい。旧作シリーズにおいてデスラーは、第1作では子供アニメの典型的な悪の帝王として描かれ、ヤマト2では復讐鬼となり、新たなる旅立ちで初めてスターシャや故郷ガミラスへの愛が描写されて指導者としての側面が付与され、それ以降は帝王としてよりは武人として描かれるようになっていった。ここまで大きく変化した人物像を集大成させたと思われるヤマト2199のデスラーは、最初からいくつもの顔を持つ多面的な人物になっていた。宇宙の恒久平和を実現させようと本気で考えるロマンチストでスターシャへの愛のためにそれを為そうとする純粋な人間。それでいて人間を見下し、権謀術数を駆使して夥しい数の人を容赦なく殺す残忍さ。神の視点を持つ観客ですら理解できない殺戮行為を行おうとし、それでいてその罪を背負おうとするちぐはぐさ。こういった矛盾に満ちた人物像は、筆者にはアレクサンドロスを始めとする歴史上の多くの帝王と共通しているように思われた。

アレクサンドロスやアウグストゥス、秦の始皇帝などはいずれも人によって極端に評価が異なり、伝記や物語を見ても例外なく矛盾だらけの人物像が出てくる。彼らが善良な人間であったと書かれることは絶対にないが、その割には理想を語って人を魅了したり、孤独に苦しんだりと悪人らしからぬ人間として親しみが持てる描写が出てくる。こういった矛盾だらけで同時代の常人には全く理解し難かったであろう人物像が、ヤマト2199のデスラーと重なり合って筆者には見えた。

仮に続編があるとしたらデスラーはどのような人物になっていくのだろうか?可哀想な用心棒として生を終えてしまうのかもしれないし、大帝国を築いていく大河ドラマのような帝王になるのかもしれない。一つ言えるのは、もし彼が帝王になっていくとしたら彼は日本のアニメ史においても非常に珍しい存在になると言う事だ。何故なら、大河ドラマのような帝王の物語が描かれるのは日本のアニメでは殆どないと思われるからだ。異種族同士の理解と和解というテーマが提示されたヤマト2199の世界において、デスラーは描きようによっては世界帝国を完成させたアウグストゥスのようになり得る。ズォーダーに雇われる悲しい用心棒からそれこそ日本のアニメ史上最大の英雄までデスラーの人物像は変わる可能性を持っている。

ひょっとしたら続編が作られるかもしれない2014年の時点において、デスラーは最も大きな可能性を秘めたキャラクターであると言えるのではないだろうか?

(補論「イスカンダルの王権とデスラーの人物像について」につづく)

宇宙戦艦ヤマト2199』  [あ行][テレビ]
総監督・シリーズ構成/出渕裕  原作/西崎義展
チーフディレクター/榎本明広  キャラクターデザイン/結城信輝
音楽/宮川彬良、宮川泰
出演/菅生隆之 小野大輔 鈴村健一 桑島法子 大塚芳忠 山寺宏一 麦人 千葉繁 田中理恵 久川綾
日本公開/2012年4月7日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー] [戦争]
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【theme : 宇宙戦艦ヤマト2199
【genre : アニメ・コミック

tag : 出渕裕 西崎義展 菅生隆之 小野大輔 鈴村健一 桑島法子 大塚芳忠 山寺宏一 麦人 千葉繁

⇒comment

帝国の求心力

T.Nさん、投稿ありがとうございます。
たいへん面白く読ませていただきました。

アレクサンドロスはヤマトの世界と縁が深いですね。
『宇宙戦艦ヤマト』の原案者豊田有恒氏は、異星のネーミングを考える際に、架空のものだからといってありもしない言葉をひねり出したりはしないそうです。そんなことで、受け手にしっくりくる言葉が出るもんじゃない。そこで豊田氏がやるのが、日本人には馴染みのない外国語を持ってくることで、たとえばガミラスの前身「ラジェンドラ」星人も、インドの人名が元ネタですね。チョーラ朝のラジェンドラ1世とか、インドの初代大統領ラジェンドラ・プラサードとか。
同様に氏が外国語から持ってきたのがイスカンダル、アラビア語・ペルシア語でアレクサンドロスを指す言葉です(豊田有恒氏はインド語と説明しています)。
ヤマトの乗組員たちの目的地であり、デスラーが一体化を熱望した星イスカンダル――すなわちアレクサンドロスから本作を読み解くとは慧眼です!

ガミラスの社会や体制は、当ブログで取り上げようと考えながら手つかずになっていたテーマです。
T.Nさんの投稿のおかげで、当ブログに足りないものが埋められたように思います。

私は第二章の記事で結城信輝氏のインタビューを紹介し、デスラーをローマ帝国皇帝に例えました。
そしてシュルツたちを二等ガミラス臣民のザルツ人とした『宇宙戦艦ヤマト2199』独自の設定から、もしかしたら本作のガミラスは世界帝国の風格を備えているのではないかと期待しました。
日本のアニメや特撮に「悪の帝国」はたくさん登場しますが、世界帝国たるスケールのものはほとんどありません。多くの「悪の帝国」は、暴君が権力を振るうだけの存在で、複数の国を配下に収めた「帝国」の運営が描かれることはないと思います。複数の国や民族を統治し、国家を維持していくには、国や民族の並存を可能とする仕組みを持っていなければならないのに、アニメや特撮の「悪の帝国」は力で押さえつけようとするばかり。とうぜん内外から反抗されて、帝国は最終回までに崩壊してしまいます。

第二章を観て驚いたのは、ザルツ人が二等ガミラス臣民と云われてもデスラーに忠誠を誓い、ガミラス帝国のために戦っていたことです。被征服民に艦隊を与えて宇宙に放つとは、ガミラスはよほど帝国の運営に自信を持っているのでしょう。
これはアニメ・特撮には珍しく、帝国らしい帝国が、それも世界帝国に相応しい制度を整えた帝国が描かれるかもしれない。私はそう期待しました。

地中海世界を支配したローマ帝国の特徴は、おっしゃるとおり人種や民族に関係なくローマ市民権が与えられることですね。生まれながらのローマ人でなくても、功績があれば市民権を得られる(ユダヤ人のベン・ハーがその功績でローマ市民になったように)。
複数の国や民族からなる広大な帝国を維持する上で重要なのは、権利と義務のバランスだと思います。ある種の透明さと公平性がなければ、いずれ諸国民、諸民族に反旗を翻されてしまいます。
かつて日本列島に存在した大日本帝国は、世界帝国には及ぶべくもない小さな国でしたが、それでも植民地人に兵役義務を課す前に、まず参政権を付与して植民地人の代表を国会に送るべきだとされていました。義務を課すより権利の付与が先、というのは至極もっともな議論でしょう(1944年になるとそうも云っておられず、植民地人も徴兵されますが)。

第二章の時点で私の念頭にあったのは、どちらかといえばローマ帝国よりもイスラム帝国です。
一等臣民と二等臣民が存在するガミラスは、イスラム帝国の支配層であるムスリムと、被支配層ズィンミーを思わせました。イスラム教を信仰するムスリムと非イスラム教徒のズィンミーには、納税義務の有無等を除けばそれほど大きな違いはありません。それどころかイスラム教に改宗すればズィンミーからムスリムになれるのですから、人種や民族のように変えるに変えられないもので差別した多くの国に比べれば納得感があったのではないでしょうか。しかもイスラム帝国は、異教徒に対してイスラム教を無理強いしませんでした。異教徒が改宗してムスリムになると税を取り立てられなくなることも背景にあったそうですが、被征服民の信仰の自由が保証されたことは注目に値しましょう。

ガミラス帝国も、人種による身分の差はあるものの、二等臣民から一等臣民へ昇格する道が開かれています。本作に登場するザルツ人たちは、ガミラスの支配に納得しているように見えます。
中東の紛争や相次ぐテロのためか、世間にはイスラームにネガティブな印象を持つ人がいるようなので、ガミラス帝国について考察しつつ、イスラム世界の制度の優れた点を取り上げてみたい。第二章の鑑賞後に、私はそんなことを考えました。

ただ、懸念されたのは、本作が『宇宙戦艦ヤマト』のリメイクである以上、第26話までにガミラス帝国がヤマトに打ち負かされるに違いないことでした。
大帝国を維持するだけの優れた制度を構築したガミラスが、なにゆえヤマトごときに敗北するのか。それを見極めた上で帝国について語ろう。そう思いました。

ところが、話が進むにつれて明らかになったのは、根強い人種差別と同化政策の推進、そしてゼーリックのような純血主義者の存在です。挙句の果ては親衛隊による粛清とオルタリアの大虐殺。
これではイスラム帝国ではなくナチス第三帝国ではないか。このような帝国が幾多の国民・民族を抱えて長期にわたり存続できるはずがない。
私は、シュルツやセレステラの忠誠ぶりと、ガミラスを席巻する恐怖政治に矛盾を覚えながら、ブログで取り上げたいことが次々に出てくるのに追われ、本作の帝国像を語らないまま最終章を迎えてしまいました。


T.Nさんの論考を拝見して気づかされたのは、ガミラスを帝国の発展過程のどこに位置付けるかということです。
ローマ帝国やイスラム帝国のように何百年も続いた帝国とは違い、ガミラス帝国はデスラーが内戦を抑えて統一したばかりの若い国家。版図の拡大で沸き立ってはいるものの、帝国を永続させるだけの盤石な基盤が確立されたわけではない。現在のガミラスは、ひとえにデスラー個人の資質が支えていた、ということですね。
ガミラスが大マゼラン銀河から天の川銀河に至る大帝国でありながら、全26話で壊滅する短命国家なのを考えれば、モデルとなるのはなるほどアレクサンドロスの帝国か秦帝国あたりになるのでしょう。

であればデスラー亡き後のガミラスは、おっしゃるとおり反乱と内戦で解体へと向かうでしょう。
日本でも織田信長の死によって織田家は分裂し、戦を繰り返しましたし。

ただ、ここで効いてくるのがアレクサンドロスならぬイスカンダルの存在だと思います。
ガミラスとイスカンダルの関係については劇中でハッキリとは語られませんでしたが、ガミラス人はイスカンダル人を崇拝しているようです。おそらくガミラスはイスカンダルが宇宙に覇を唱えたころから忠実な僕として仕え、権威と権力が分裂して、イスカンダルがローマ教皇や天皇のように権威のみの存在になっても崇拝し続けてきたのでしょう。
もしかしたらガミラス人に染みついたイスカンダルへの服従心こそが、デスラーの帝国建設にとって最大の障壁だったのかもしれません。
ともかく、デスラー亡き後の新政権がヒスやディッツを中心とするなら内乱を抑えることは難しいかもしれませんが、ここにイスカンダルの第三皇女ユリーシャがいます。イスカンダル人、しかもその王族となれば、ガミラスにおける求心力はデスラー以上だと思います。
二等ガミラス臣民として押さえつけられていた諸種族の暴動はあるかもしれませんが、純血ガミラス人はユリーシャが後押しする政権には刃向わないのではないでしょうか。ヒスやディッツが重要な局面においてユリーシャの勅命の形で通達を出せば、ガミラス人に逆らえるものではないでしょう(ユリーシャは嫌がるかもしれませんが)。

そうこうするうちにスターシャ女王に御子が誕生し、ガミラスが国を挙げての祝祭となれば、当面の求心力には困らないはずです。
そのあいだに確固とした統治機構を築けるか否かが、ガミラスの、ひいてはイスカンダルの命運を決めるのかもしれません。


――そんなことを想像すると、楽しいですね。
T.Nさんに投稿していただいて、想像の余地がさらに広がりました。ありがとうございました。

No title

ヤマトによって破壊されたゲートシステムは、あくまで大マゼラン銀河と天の川銀河を繋ぐゲートの中間地点であって、大マゼランと小マゼランの間には別のハブステーションが存在する可能性があります。
他にも、バランのゲートを通過しないゲート(例えばグリーゼ581付近から銀河系外縁部へ出るゲートなどもあるかもしれません)であれば、ビーメラのゲートのように、付属するエネルギーコアから供給される動力で使用可能かもしれません。

名前の由来

う〜ん、素晴らしい考察ですね。脱帽です。まさか、アレクサンドロス大王と対比するとは。お見事としか言いようがありません。自分としては、「2199」のアベルト様には、最後まで見終わった上で、改めて惚れ直したクチです。正に常人に非ず、天才の発露を目撃した感ありです。

思えば、この二連星の設定は、最初から仕組まれた意図ーを感じます。「イスカンダル」は、女王の星ながら、名前は“男性名”、一方の「ガミラス」は、「カーミラ」を語源としてた女性名を付けられていながら、男王の星。逆転しているのが、興味深いですね。

そう言えば、「ガミラス国歌」にある、「青き花咲く大地」とは、「イスカンダル」の事ではないか、との説があり、ガミラスにとっても、イスカンダルは、神聖な故郷なのだと思います。ユリーシャ姫との接触により、加えてテロン人との接触もあって、彼らは、否応無く変わって行くように思えます。偏狭な“選民主義”から、真のイスカンダルの理想の担い手として、成熟して行く未来への希望を、願いたいです。

また、アベルト様に関しては、異星人に拾われた後、各星系を転々としながら見聞を広め、宇宙的視野を身に付けた新たな識者となって、いつか、奇跡の帰還を遂げてほしいと、夢想しています。見知らぬ異星での体験は、必ずや、彼を大きく変貌させ、大いなる成長と見識をもたらす筈です。願わくば、西欧での修行を経て賢君となった、ピョートル大帝のような未来を、見てみたいです。それから、スターシャの子の父親は、彼であってほしいと、願いたいですね。

デスラーの孤独と悲哀

T.N さん、ナドレックさん
とても面白い考察でした。
デスラーの行動について腑に落ちる部分が多々ありました。
ありがとうございます。

私もデスラーの行動理由については色々と考えていました。
その中で私が感じたのは、デスラーの悲哀です。
T.N さんの仰る通り 2199 のデスラーは矛盾を多く抱えた人物として描かれているように思います。それが彼を複雑に見せていて、見る人により印象が変わるのでしょう。

デスラーが最初に宇宙の恒久平和を目指し行動を始めたのは、スターシャを愛するが故というひどく人間くさい理由でした。
しかし、恒久平和などという大それた、ともすれば不可能だと思われることを成し遂げるためには綺麗事だけではいきませんし、そのため人間性を捨てる必要があった。
それがデスラーの惨忍性を生んだのだと思います。
これは想像でしかありませんが、彼はもともとは愛を持った優しい人間だったのかもしれません。
劇中スターシャと約束を交わす場面では彼の顔はとても穏やかに描かれていますから。
それが、"本気で"恒久平和を実現しようとしたときに、その優しさは邪魔だった。

イスカンダル星はかつて繁栄を誇った帝国でしたが、繁栄を波動砲で勝ち取ったことにより、
それを過ちであると考える、ヤマトⅢにおけるシャルバート星のような立ち位置になっていますね。
旧作のヤマトではスターシャは、明日への希望を勝ち取るのは自分自身であると言っていますが、2199 のイスカンダルは過去の過ちへの後悔により立ちすくみ、自分で行動をやめたため滅びに瀕しているのだと思えば納得がいきます。
デスラーは、その滅びゆく星と共に心中しようとするスターシャを強引にでも助けようと願い行動した。
デスラーが第二バレラスを作ってイスカンダルに降下し一つになろうとしたのも、すっかりあきらめてしまっているイスカンダルを再生させるためかもしれません。
しかし、スターシャにとってはデスラーの方法はかつてのイスカンダルの過ちを彷彿とさせるため、とても許容できず受け入れられず理解できるものではない。

デスラーの行動原理を理解できないのはスターシャが"本気"で行動を起こしたことがないからだと思います。
スターシャも王族なので、おそらく過去の過ちから武力を使うことが悪であると教えられてきたのでしょう。
そのためスターシャにはデスラーの戦いもヤマトの戦いも本質的には理解できていなかった。
2199 では"生きるために戦う"ヤマトを間近で見て、それを理解する役がユリーシャに設定されているのだと思います。イスカンダルの新たな再生の象徴としてユリーシャは 2199 に必要だったのでしょう。

そしてデスラーは人間性を捨ててまでスターシャに尽くそうとしたのに、当の本人には理解してもらえないどころか否定されすらする。
T.N さんの考察のように、純血のガミラス人は差別主義のため、どうすれば世界帝国を設立させることができるのかということが理解できない。
それにデスラーを心酔していても理解をしようとする部下はいなかったでしょう。
結局デスラーはずっと孤独であり、それが悲哀を感じさせます。
2199 コミカライズを担当されている、むらかわみちおさんの blog の7章の感想では、この孤独について言及されていますね。
こうした誰にも理解されない孤独が「たった一人の戦争」で描かれるデスラーの顔にかかる深い影に表現されているのでしょう。

もし、デスラーを理解できる可能性のある人物がいたとすれば、それはセレステラかもしれません。
セレステラはミレーネルがいなくなったあとのジレルの唯一の生き残りという孤独を抱えています。
また愛するが故に、デスラーの為に行動するといったところが、どこかデスラーと重なります。
スターシャを自分では何もしないと批判していることや、ヒルデを雇用したこと、雪に語っていた内容からして、彼女が純血のガミラス人でないことを抜きにしてもデスラーの政策を最も理解していた人物でしょう。
しかし、デスラーはセレステラすら捨て完全な孤独の道を邁進していきます。

25話でデスラーは、そんな一番近い理解者のセレステラを誤って撃ってしまい、最後に諭されたことでかつて持っていた人間性をとりもどしたのかもしれません。
デスラーにとっての不幸は、愛する人がセレステラでなかったこと、セレステラが愛を忠誠で示したために理解者として隣で一緒に歩む人物になりえなかったことでしょうか。

とりとめがなくなってしまい、的はずれなことを言っているかもしれませんがご容赦ください。
そういえば新作の映画は 2199 年内の話になる可能性が高いですね。
去年の12月8日のヤマトーク帰還式でタイトルが"2199"であることに意味があると言っていましたので。

Re: 帝国の求心力

自分のコメントに補足すると、デスラーが企てたイスカンダルとの大統合は、足利義満や藤原家を思わせなくもないですね。
娘を天皇に嫁がせて天皇の祖父となった藤原兼家や藤原道長、自分の妻を女院にした足利義満。彼らは自分の家系と天皇の家系の境界を取り払って支配力を強めました。
特に武家(権力)のトップにあった足利義満が公家(権威)のトップに昇りつめ、公武を一体化させて権勢を振るったことは、大統合の行く末を予感させます。

初めてコメントさせていただきます。

ナドレック様、T.N.様
大変興味深い考察をありがとうございました!

思えば、ナドレック様のこのブログに巡りあった事が私がヤマト2199を好きに成るキッカケでした。

さて、私は2199のデスラー総統はかなり気に入っており、恐ろしさとカリスマを兼ね備えた大人物と写っていました。
しかし、周囲の人にどうしても23話以降の行動について論理だって説明出来ず歯痒い思いをしたものでした。

「コレが必然性のある行動だった」と感覚的に判るのです。その端々は劇中で示されていましたから。でも私の国語力と補完するだけの知識が無かった…

今回、この考察を読んでストンと納得いきましたし、感銘を受けました。

この考察を念頭においてまた、最初からヤマト2199を見直してみようと思います。
きっと新たな発見が出来ると思います。

ビーメラ4とは何だったのか

みなさん、こんにちは。
やっぱりヤマト2199のことを考えるのは楽しいですね!

ところで、先のコメントに、

>二等ガミラス臣民として押さえつけられていた諸種族の暴動はあるかもしれませんが、純血ガミラス人はユリーシャが後押しする政権には刃向わないのではないでしょうか。

と書きましたが、ビーメラ4のことを考えて、いやいやそうではあるまいと考え直しました。

東島誠氏と與那覇潤氏の対談本『日本の起源』に、アカウンタビリティという概念が出てきます。ここでのアカウンタビリティとは政治的秩序が成立するための「納得させる力」を意味し、フランシス・フクヤマが近著で提示した考えだそうです。
剥き出しの暴力だけでは支配は安定しないので、政治的秩序をもたらすにはアカウンタビリティがなくてはならない。西洋世界の議会政治や法の支配はアカウンタビリティの一種であり、中国の歴代王朝が儒教道徳を基盤として、皇帝は徳をもっとも身に付けた「聖人君子」である(ことにする)のもアカウンタビリティだと云うのです。

では、デスラーは何をアカウンタビリティとして帝国を治めるつもりだったのでしょうか。

代表的な世界帝国にローマ帝国がありますが、EU(欧州連合)の設立はまさにローマ帝国の復活を思わせますね。
もちろん同一の国家ではありませんが、EUがこのまま長期にわたり存続すれば、未来の歴史家は20世紀までの欧州を指して「欧州には一時的な分裂期があった」と記すことでしょう。
欧州を一つにしようという機運が生まれたのも、EUという形で一つにできたのも、欧州人の中に「もともと一つの国だったんだから」という意識があったからではないでしょうか。だからこそ、重要な条約の調印の場にはローマが選ばれるのかもしれません(すでにEUはローマ帝国の版図を超えた広がりを見せていますが、にもかかわらず長年加盟を希望しているトルコが認められないのは、東ローマ帝国の一部だった面があるものの、その東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン帝国の一部だった面も併せ持つためかもしれません)。

デスラーは叔父の死後に内乱状態になったガミラス星を再統一しただけでなく、大マゼラン銀河も統一し、小マゼラン銀河や天の川銀河にまで版図を広げましたが、思えば大マゼラン銀河が統一されるのはこれがはじめてではありません。はるか以前に、イスカンダルが統一して帝国を打ち立てた時代がありました。
イスカンダルの版図がどこまでか正確なところは判りませんが、少なくとも大マゼラン銀河に広がる大帝国でした。これをイスカンダル帝国と呼ぶことにしましょう。
デスラーが再統一したのはガミラス星だけではなく、大マゼラン銀河も再統一だったのです。

イスカンダルは武力による制圧を恥じて、全宇宙のあまねく星々の救済を使命とすべく生まれ変わりました。その理想は立派ですが、理想だけで帝国は維持できません。武力行使を放棄したイスカンダルには、星々の争いを止めることができず、大帝国は崩壊します。
しかし、独立した星々とイスカンダルの仲が険悪になったかというと、そんなことはないでしょう。『宇宙戦艦ヤマト2199』のイスカンダルには、『宇宙戦艦ヤマトIII』のシャルバート星の設定が重ねられていますから、シャルバートが信仰の対象となったように、大マゼラン銀河の星々も、全宇宙のあまねく星々の救済を使命とするイスカンダルを慕い、信仰したと考えられます。

地政学的に、最初にイスカンダル帝国の軍門に下ったのはガミラス星であり、ガミラスがもっとも長くイスカンダルに仕えたのでしょうが、大マゼラン銀河においてはあくまでイスカンダルの「一の子分」にすぎません。
すなわち、ガミラス帝国における二等ガミラス臣民の不満の底には、「俺たちと同じイスカンダルの臣民だったくせに、一等臣民を名乗るとは何ごとだ!」という思いがあるのではないでしょうか。

帝国時代のイスカンダルの支配が圧倒的なものであり、帝国亡き後もその権威がいささかも揺らがないのは、ガミラス人の崇拝ぶりから明らかですが、イスカンダルへの信仰が純血ガミラス人にとどまらない証拠の一つがビーメラ4です。
ビーメラ4で古代たちが見つけた波動コアは*祀られて*いましたね。
私は、『宇宙戦艦ヤマト2199』のビーメラ星人がすでに滅亡している設定にされたのはなぜか、今一つ納得できなかったのですが、その理由の一つは、イスカンダルが信仰の対象であることを第16話の時点で*それとなく*匂わせるためだったのではないでしょうか。
イスカンダルを崇拝するのは純血ガミラス人に限らないということが、すでに第16話で示されていたのです。

こう考えると、デスラーが企てたイスカンダルとの大統合についても見通しが良くなります。
「同じイスカンダルの臣民だったくせに」と思っていた"二等"ガミラス臣民も、デスラーの帝国の首都がイスカンダルになり、イスカンダル女王のお膝元から号令をかけられたなら、拳を上げるのがためらわれるでしょう。その上、T.Nさんのおっしゃるように旧バレラスを破壊してガミラス守旧派、純血ガミラス第一主義者を粛清したならば、一等と二等の帝国内対立は急速に鎮静化しましょう。かつて国号をガミラス大公国から大ガミラス帝星に改めたデスラーのことですから、大統合後の国号はイスカンダル帝国に改めたかもしれません。
それはもはや単なる「ガミラスとイスカンダルの統合」ではなく、「イスカンダルの下の全宇宙の統合」であり、「伝説のイスカンダル帝国の復興」ですね。
これが一等と二等に分裂していた臣民をまとめるためのデスラーのアカウンタビリティだったのではないでしょうか。

デスラーの企ては潰えましたが、私が改めて思うのは、ユリーシャ・イスカンダルが後押しする新政権ならば、刃向わないのは純血ガミラス人のみならず、二等ガミラス臣民も同様ではないかということです。もともと一つの国であり、長年イスカンダルを信仰してきた民なのですから。
もちろん権威と信仰だけでは国家を支えられませんが、案外ヒス=ディッツ政権には猶予があるのかもしれません。

――そんなことを想像すると、ますます楽しいです。

コメントのお礼1

ナドレックさん

T.Nです。
ご感想ありがとうございます。コメントに返事を書く作業がいつの間にか文章の補論を考える作業に変貌してしまい、時間が経ってしまいました。


>日本のアニメや特撮に「悪の帝国」はたくさん登場しますが、世界帝国たるスケールのものはほとんどありません。多くの「悪の帝国」は、暴君が権力を振るうだけの存在で、複数の国を配下に収めた「帝国」の運営が描かれることはないと思います。複数の国や民族を統治し、国家を維持していくには、国や民族の並存を可能とする仕組みを持っていなければならないのに、アニメや特撮の「悪の帝国」は力で押さえつけようとするばかり。とうぜん内外から反抗されて、帝国は最終回までに崩壊してしまいます。


アニメにおいて、ナドレックさんの考える世界帝国に一番近いと思われるのは「星界の紋章」に
出てくる「アーヴによる人類帝国」だと思います。原作はSF小説ですが、小説に出てくる国家の
描写がよく再現されています。

http://www.amazon.co.jp/EMOTION-Best-%E6%98%9F%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%B4%8B%E7%AB%A0-DVD-BOX-%E4%BB%8A%E4%BA%95%E7%94%B1%E9%A6%99/dp/B0031JP4SA/ref=wl_it_dp_o_pd_S_nC?ie=UTF8&colid=2RXRI6H7LQH4S&coliid=I21T0Y4A9OR3MF

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%B4%8B%E7%AB%A0

アニメや特撮で世界帝国が描かれることが非常に少ないのは、一つにはうまく機能する「正しい帝国」にしてしまうと主人公の陣営が勝てないか、負けてしまうからだと思います。日本のアニメや特撮は元々幼児や小学生向けの単純な勧善懲悪物語からスタートし、視聴者の成長と共に内容もどんどん複雑化していく一方で、今でも物語の一部に勧善懲悪の要素を残している分野でもあります。主人公が負ける話は支持されにくいのではないでしょうか?。とはいえ、主人公が勝たないとか負けるとかいう話で人気を博した作品(例えば装甲騎兵ボトムズは戦争の決着がもはやつかない世界で主人公が愚連隊的に立ち回る話ですし、銀河英雄伝説は主人公達の陣営が敵の銀河帝国に負けて滅ぼされ、主人公達の奮闘でかろうじて1惑星に自治を認められるという話になっている。)もいくつかあるのも事実なのでこれについては確かな事は言えないかも知れません。

そして、アニメや特撮で世界帝国が描かれることが非常に少ないもう一つの理由は、やはり世界帝国のシステムを考える事が非常に難しいからでしょう。どんなふうにしたら民族紛争とか反乱とか起こらない国家システムになるのか。もし考えるとしたら、世界史だけではなく社会史や軍事史といった広範な分野の知識が必要になる。私でもガミラスの社会を考えるのにローマの社会史や軍事史、古代から現代までの軍事史を取り扱った本、アレクサンドロスやギリシアの本をいろいろ読む必要がありました。まして、作品世界をゼロから考えねばならない脚本家が直面する困難は私の場合の比ではないと思います。とはいえ、私がアニメを見ていて感じるのは、アニメの視聴者の側にも複雑で説得力のある物語世界を求める需要が確かにある、ということです。2013年の冬に私は3つのロボットアニメ(革命機ヴァルブレイブ、銀河機攻隊マジェスティックプリンス、翠星のガルガンティア)を見ていたのですが、これらの内最も反響があったと感じたのは翠星のガルガンティアでした。このアニメは作品世界の社会や風俗、国家の仕組みが細かく緻密に描写されていて、私がよく訪れるとあるサイトでもコメント欄のコメント数は非常に多く、その多くは作品の考察に費やされていました。

「かいがいの」
http://blog.livedoor.jp/kaigai_no/archives/cat_896317.html

そんなわけで、ナドレックさんの求めてやまない世界帝国が描写されるアニメや特撮もこれから出てくる可能性はあるし、私のようなファンの側でも「このような世界帝国のモデルがあり得る」と同人とかの分野で提示して活動する必要があるなと思っています。



>第二章を観て驚いたのは、ザルツ人が二等ガミラス臣民と云われてもデスラーに忠誠を誓い、ガミラス帝国のために戦っていたことです。被征服民に艦隊を与えて宇宙に放つとは、ガミラスはよほど帝国の運営に自信を持っているのでしょう。


ヤマト2199全編を見て私が思ったのは、ガミラス全軍の内2等臣民の部隊の占める割合はわずかなものでしかないのではないか、ということです。22話でフラーケン達がガミラス軍の人員不足について会話していますが、これを見る限りガミラス軍は2等臣民をうまく戦力化できていないと思われます。作中に出てきたヴァルケ・シュルツは設定では旅団長ですが、これより上の階級は師団長になり、ドメルと同格になります。彼は2等臣民の登用を嫌うガミラス軍の中では例外的な存在なのではないかと私は考えています。(逆に言えば彼はヤマト2199の時点で2等臣民が望める最高のポストに上り詰めた人物であり、それゆえザルツ人にとっては希望の星、かけがえのない人間だったのでしょう。)もしガミラスがガトランティスとの戦争の必要に迫られて2等臣民の部隊を大規模化する場合、その姿はローマの支援軍(アウクシリア Auxilia)のようになるのではないか、と考えています。具体的には以下のような形です。

・反乱の可能性を抑えるため、一つの部隊に複数の種族の兵士を混合した混成部隊にする。このようにすれば、ザルツ人やオルタリア人等の異種族同士は利害が必ずしも一致しないため、1つの種族だけで構成される部隊に比べて一部の反乱がたちまち全体に波及する危険性をかなり抑えられる。

・従来の2等臣民の部隊は旅団が最大の部隊単位であるに過ぎなかったが、支援軍の最大の部隊単位は師団となる。ガミラス軍の部隊単位としての軍及び軍団は、支援軍の師団と1等臣民の正規軍師団の混成部隊となる。

・旅団長と師団長は1等ガミラス臣民が務める。旅団長以上のポストは1等臣民が殆ど全てを占める軍団等の上級司令部との打ち合わせが増えるため、身分の違いによる軋轢が生じるのを回避するためにもそのような仕組みにする方が良い。旧来の2等ガミラス旅団の旅団長は支援軍創設に伴い全員1等臣民に昇格させる。

・支援軍の将兵は一定年数(10年程度か?)の勤務で1等臣民に昇格できる。ただし、旅団長になる者は一定年数が過ぎていなくても1等臣民に昇格する。



>第二章の時点で私の念頭にあったのは、どちらかといえばローマ帝国よりもイスラム帝国です。 一等臣民と二等臣民が存在するガミラスは、イスラム帝国の支配層であるムスリムと、被支配層ズィンミーを思わせました。イスラム教を信仰するムスリムと非イスラム教徒のズィンミーには、納税義務の有無等を除けばそれほど大きな違いはありません。それどころかイスラム教に改宗すればズィンミーからムスリムになれるのですから、人種や民族のように変えるに変えられないもので差別した多くの国に比べれば納得感があったのではないでしょうか。しかもイスラム帝国は、異教徒に対してイスラム教を無理強いしませんでした。異教徒が改宗してムスリムになると税を取り立てられなくなることも背景にあったそうですが、被征服民の信仰の自由が保証されたことは注目に値しましょう。


なるほど、ナドレックさんがイメージされていたのはイスラム帝国だったのですか!イスラム帝国もローマ同様に整った法体系を持ち、イスラム教がローマ市民権のように多種族を統合する装置として機能していたと言う点で、確かにイスラム帝国はガミラスと対比すべき世界帝国の例にできますね。私の場合はガミラスと対比する世界帝国としてローマを念頭に置きましたが、その理由の一つとして「軍隊が多種族統合の装置として大きな役割を果たしていた」という点が挙げられます。支援軍に入隊した異民族兵が25年の勤務後にローマ市民権を授与され、駐屯地近くに築かれた植民都市に住んでローマ化する、という仕組みが同化政策を推し進める軍事国家のガミラスとなんとなく相性が良いように思われたからです。文章ではガミラスの同化政策の中身について書きませんでしたが、補論としてまた考察しようと思っています。


長くなるので分けます。

コメントのお礼2

ナドレックさん

T.Nです。続きです。

>二等ガミラス臣民として押さえつけられていた諸種族の暴動はあるかもしれませんが、純血ガミラス人はユリーシャが後押しする政権には刃向わないのではないでしょうか。


たぶんここは私とナドレックさんとの間で大きな意見の相違が生じる部分だと思います。天皇の権威を背景に天下へ号令をかけた秀吉に対して北条氏が従わなかったように、イスカンダルの権威を背景にしても反乱を起こす者は出てくるのではないか、と文章を書きながら考えていました。文章でイスカンダルについて特に言及しなかったのも、「当面の帝国の安定にイスカンダルが果たせる効果はとても小さいのではないか」と考えていたからです。

これについては私達の実生活に置き換えて考えてみるといいかもしれません。私達は天皇やローマ法王を敬い崇拝していますが、それはあくまでも私達個人の財産や生活に干渉してこない範囲での話です。もし彼らが私達の生命や財産等の利害に関する事柄について『あれをしろ、これをしろ』と命令してきたら断固拒否し、抵抗するでしょう。一方、私達は政府の「税金を払え」「法律に従え」という命令にはしぶしぶ従います(少なくとも大喜びで従う人は少ないと思います)。これは私達が国家の権威を認めていることに加え、従わなければ警察等の「武力による制裁」を受ける事を知っているからです。片や命令を拒否し、片や命令に(しぶしぶ)従う。天皇・ローマ教皇と政府の違いは何でしょうか?それは天皇・ローマ教皇が権威のみの存在であるのに対し、政府は権威に加え武力と、それを行使する意思を持っている事です。

ユリーシャ姫の名で勅命が出されても、ガミラス帝星で反乱を企てる人々は「我々の問題に口を出すな!」と思うでしょう。デスラー叔父やデスラー本人に滅ぼされた公国の人間には「失った地位と財産を取り戻す」という悲願があり、それに同調する人々にも「征服された事で課せられた軍役や労役、税から逃れたい」という悲願があります。ユリーシャ姫の名前を出しただけで彼らが自らの悲願を捨て去るとは考えにくい。きれいごとで片付く問題ではなく、反乱は必ず起きると私は考えています。帝国を維持するには彼らの悲願を武力で容赦なく叩き潰し、もう絶対に叶わない願いだと諦めさせる非情さがヒスとディッツに必要でしょう。当面の間帝都の平安を維持できるかどうかは権威を背景にするかどうかに関係なく結局は武力を行使する意思の問題に帰結すると私は考えています。

そして、2等臣民の反乱に関して言えば、征服され、移民が来ることで土地と財産を奪われ、差別も侮蔑も受けている2等臣民達はユリーシャ姫の名で勅命が出されても反乱を起こし続けるでしょう。彼らが欲しているのは権威を背景にした命令ではなく、純血ガミラス人に奪われた土地と財産の奪回と待遇の改善であると思われるからです。帝国を維持するには純血ガミラス人の反対を武力で押さえつけてでも有用で有能な2等臣民を登用し、役職と地位と財産を与えて仲間に取り込み、「(2等臣民同士を)分断せよ、しかして統治せよ」というローマがやったのと全く同じ原則を貫くという見識と狡猾さがヒスとディッツに必要でしょう。

ヤマト2199の作品世界は仔細に分析すると、私達の世界にあるのと全く同じ、きれいごとで済まない生々しい現実が描かれているのに気づきます。ヒスとディッツの政権が(必ず起こると思われる)当面の混乱を克服できるかどうかは、いかなる反抗も武力で鎮圧する事を厭わない非情さと、必要な施策を見抜いて断固行う見識及び狡猾さという政治家に必要な資質を2人が持っているかどうかにかかっているのではないでしょうか?(それをやるには2人とも人間として善良すぎるのではないか…と私は考えてデスラーズ・ウォーのような小話を文章に加えた次第です。)

・・ここまではイスカンダルやユリーシャ姫についていろいろ否定的なことを書いてきましたが、ではユリーシャ姫は新政権の安定に何の役にも立たないのでしょうか?私は「当面の反乱の発生を防ぎ、起きた場合に鎮圧する役には立たないが、ヒスとディッツが(運良く)混乱を武力と政策で収拾し克服した後で、ユリーシャ姫の権威が役に立つ段階がやって来るだろう」と考えています。どういうことか?それはつまり、

「抜き差しならない利害対立を武力で清算した後の政権を安定させる段階で、政権の存在と政策を正当化するのにユリーシャ姫の権威は非常に役に立つ」

ということです。ローマ、モンゴル、中国王朝史、日本の戦国時代と洋の東西の政権が誕生し確立される過程を見て言えるのは、

「権威を後ろ盾にするなり自ら権威となるなりしても、それだけで政権が確立するわけではない」
「政権が確立されるまでに必ず武力が行使されて反対勢力と利害対立が清算される」
「権威は政権確立前後の段階では武力行使を正当化するのに使われ、政権確立後は政権の存在や政策を正当化するのに使われる」

ということです。仮にヒス・ディッツ政権が生き残った場合、内乱平定後、ユリーシャ姫は「神々に列せられるユリーシャ様に認められた我々に逆らう事は、神たるユリーシャ様に反逆するのに等しい行為である」「我々の意思は、ユリーシャ様の御意思である」と言う具合に、天下に号令するための道具になってしまうのではないかと私は思っています。スルタン達に利用されたアッバース朝のカリフや、将軍に利用された天皇のように…。



>ガミラスとイスカンダルの関係については劇中でハッキリとは語られませんでしたが、ガミラス人はイスカンダル人を崇拝しているようです。おそらくガミラスはイスカンダルが宇宙に覇を唱えたころから忠実な僕として仕え、権威と権力が分裂して、イスカンダルがローマ教皇や天皇のように権威のみの存在になっても崇拝し続けてきたのでしょう。 もしかしたらガミラス人に染みついたイスカンダルへの服従心こそが、デスラーの帝国建設にとって最大の障壁だったのかもしれません。


最初の頃は私もナドレックさんのように「ガミラスはイスカンダルの覇業に敬意を覚え、帝国が滅んだ後も崇拝し続けてきた」と考えていたのですが、ヤマト2199を考察し始めてから考えが変わってきました。「ガミラスがイスカンダルの覇業を見てきたのなら、同時に滅びる姿も目の当たりにしたはず。スターシャが武力や波動砲を禁忌としているのを見る限り、武と波動砲で覇を唱えたイスカンダルの帝国は同じく武と波動砲により相当悲惨な滅び方をしたと想像できるが、そんな姿を見ても崇拝の念は失われないものだろうか…?」という疑問が頭をよぎるようになってきました。そしてそんな風に考えながらデスラー及びイスカンダルの玉座の間に飾られている巨大な壁画を見ると、いくつか気になる点が頭に浮かんできました。

この巨大な壁画は公式設定資料集〔GARMILAS〕P.209の説明文では「古代イスカンダルとガミラスとの関係を描いた巨大壁画」とあります。絵の上段に女神イスカンダル、下段に武神ガミラスが描かれていて、絵の構図から明らかに女神イスカンダルがガミラスより上位に描かれています。しかしこの女神イスカンダルにはギリシアの女神アテナの武具や、仏像の十二神将の鎧のように武を象徴する意匠が全くありません。一方でこの壁画は女神イスカンダルが光と共に降臨し、武神ガミラスとその眷族達に光をもたらすと解釈できる構図になっています。これらの事から、古代以来のイスカンダルとガミラスの関係は次のようなものだったのではないか、と考えるようになりました。

・もしガミラスがイスカンダルの覇業を見て畏敬の念を抱くようになったのなら、女神イスカンダルに武を象徴する何らかの意匠が施されていそうなものだが、それらが全くないところを見ると古代ガミラスはイスカンダルを「武をもつ存在」とみなしていなかった可能性がある。彼らはイスカンダルの「武」以外の要素から畏敬の念を抱くようになったと想像できる。
・女神イスカンダルの光の意匠は文明の光を表していると解釈できることから、古代イスカンダルは武によってではなく文明をもたらすことで古代ガミラス人の尊敬を獲得したと想像できる。

そして、デスラーが22話の演説で「太古の昔に分かれた2つの民族」と言及している事を勘案して次のような仮説を考えるに至りました。

「ガミラス人は古代イスカンダルの帝国が国民共々滅亡した後の時代に、人員不足を補う目的でイスカンダル人により創造された種族なのではないか?」

帝国滅亡後創造されたガミラス人はイスカンダルの武の時代を書物でしか知らず、その帝国が凄惨な滅び方をする姿を見ることなくイスカンダルからずっと文明を与えられ続け、イスカンダルへの崇拝の念を保ち続けた、という可能性が考えられると思います。16話でヤマトが回収したビーメラの波動コアには400年前にガミラスがイスカンダルからワープゲートの管理を任されていた事実が記録されていましたが、これは帝国滅亡後のイスカンダルが国民が死に尽くしてしまったことによる人員不足の問題に悩んでいて、未だに管理していたワープゲートをガミラス
に任せていたということではないかと想像しているのですが、どうでしょうか?

また分けます。

コメントのお礼3

ナドレックさん

T.Nです。
さらに続きです。

>では、デスラーは何をアカウンタビリティとして帝国を治めるつもりだったのでしょうか。

>『宇宙戦艦ヤマト2199』のイスカンダルには、『宇宙戦艦ヤマトIII』のシャルバート星の設定が重ねられていますから、シャルバートが信仰の対象となったように、大マゼラン銀河の星々も、全宇宙のあまねく星々の救済を使命とするイスカンダルを慕い、信仰したと考えられます。


ガミラス帝国の国家としての理念及びイデオロギーの話になると思うのですが、順を追ってまずは大小マゼラン世界におけるイスカンダルに対するイメージや信仰の状況について考えて見ましょう。

劇中での大小マゼラン諸種族のイスカンダル人に対する対する態度は以下のようなものです。

・純血ガミラス人は21話、22話の描写から明らかにイスカンダル人に敬意を抱いている。22話のデスラーの演説やそれに対する群集の反応を見ても、「イスカンダルは尊く、崇めるのは当然」という共通認識が純血ガミラス人の間にはある。

・ザルツ人は20話の第442特務小隊の会話を見る限り、「イスカンダルは尊い」と言う考えをただ知識としてしか知らないと思われる。小隊の会話を列記すると以下のようになる。
 「(ユリーシャ姫のホログラムを囲んで)この顔をしっかり頭に叩き込め」
 「きれいな人ですね」
 「高貴な方だからな」
会話から明らかなように、隊員達は純血ガミラス人とは違ってユリーシャ姫の顔を知らない。ヤマト艦内でユリーシャ姫(実は森雪)を見つけたときも「ユリーシャ様」ではなく「イスカンダル!」と呼び捨てにしている。この事から、隊員達は「イスカンダルは尊い」という考えをただ知識として知っているだけで、イスカンダル人に心からの敬意を抱いているわけではないと思われる。一方、ヒルデ・シュルツは22話でユリーシャ姫(と間違えられた森雪)に十分敬意を払っている。彼女や第442特務小隊の事例から言えるのは、ザルツ人には純血ガミラス人のような「イスカンダルは尊く、崇めるのは当然」という共通認識はなく、イスカンダル人に対する態度は人や状況によりかなり違うと考えられる。

・ビーメラ人は17話で波動コアを祭る神殿を築いている事から、(黄金の船に乗って空からやってきた)イスカンダル人を神として崇めたと考えられる。

・ジレル人のセレステラとミレーネルは14話、22話の描写から誰がどう見てもイスカンダル人に敬意のカケラも抱いていない。

劇中の描写から言えるのは、「大小マゼラン世界におけるイスカンダルに対するイメージや、信仰の度合いや状況はそれこそ千差万別であり、1つの共通した価値観が大小マゼラン全土を覆っているわけではない」と言う事でしょう。ヤマト2199のイスカンダルは旧作ヤマトのシャルバートと設定が重ねあわされていて、シャルバートのようなイスカンダル信仰とでも呼ぶべきものが大小マゼラン世界に存在する事は劇中の描写(特に純血ガミラス人の描写)からも窺えます。しかしそれは1つの共通した価値観として諸種族の間で共有されているわけではなく、信仰の度合いやイスカンダルに対するイメージも種族や時代により大きく異なったと考えられます。

こういったイスカンダルの事情は私達の現実の世界でもあり得る事です。例えばローマ帝国は滅亡した後、ローマの栄光を唱えてその継承者であろうとした地域もあれば完全にローマの事を忘れ去ってしまった地域もあり、さらにはローマの伝統と完全に決別してしまった地域(イスラム化した北アフリカ等)もあります。ローマのイメージ自体も新約聖書の時代の「悪の帝国」から18世紀のイギリスの学者エドワード・ギボンの「人類史上最も幸福な時代」観まで随分異なり、また変遷を繰り返しています。ローマについての1つの共通した認識が広い地域で共有されているわけでは決してない。ローマについての1つの共通の見方が広い地域に定着するとしたら、それは広い地域を統べる統一権力が成立し、「ローマの栄光」を諸地域統合の大義名分として大々的に宣伝した時だけでしょう。(EUがそれをやるかどうかは定かではありませんが。)

大小マゼラン世界のイスカンダルの信仰やイメージもローマのようなものだったと考えられます。太古の昔に存在したイスカンダルの帝国は波動砲で「さあ、殲滅のメロディーを!!」とやっていたようなのでその恐怖の記憶がヤマトの時代まで語り継がれている種族もあるでしょうし(地球で言えば旧約聖書により後々の時代まで「恐怖の帝国」のイメージで語られたアッシリア帝国のようなもの)、純血ガミラス人のように古来から崇拝の念を抱き続けた種族もあるでしょう。イスカンダルについて書物で得た知識しかなく、その過去の覇業から何となく好印象を抱いているだけの種族も多いでしょう。その一方で実際にイスカンダルの救済を体験し、畏敬の念を抱くようになった種族もいると思われます。大小マゼラン世界は劇中の描写からも、非常に多様で多元的な世界だと私には思えるのですが、どうでしょうか?


・・ここまではイスカンダルの信仰について考えてきました。次はデスラーのアカウンタビリティについてここまでの考察を踏まえて考えて見ましょう。

大小マゼラン世界は劇中のオルタリアの描写や、古来よりワープゲートが存在している事実からも明らかなように、高度な文明を持つ種族が多数存在する開けた世界です。しかし一方でセレステラが25話で以下のように述懐しているように、恒星間航行技術を持つ高度な文明同士が争い滅ぼし合う事もある荒々しい一面を持つ世界でもあります。

「私達ジレルの民は人の心を読む力を持っていた。それゆえ、周りの星々から疎まれ、恐れられ、滅ぼされた」

ガミラス帝星の内乱を収拾し、即位式ないしは(デスラー公国の民による)モンゴルのクリルタイのような儀式で永世総統に就任したと思われるデスラーはこうした大小マゼラン世界を平定する大義名分として「デスラー・ドクトリン」と呼ばれるものを掲げました。第3章パンフレットでは以下のように記述されています。

――ガミラス大公国は解体され<大ガミラス帝星>となり、デスラーは永世総統の地位に収まった。彼は「宇宙恒久の平和を達成させる為にはイスカンダル主義の拡大浸透が必要であり、その為には他星へ進攻し武力をもって併合するのが神の意思でありガミラス民族の使命である」と説く、<デスラー・ドクトリン>を宣言。周辺惑星国家への進攻を開始したのである。

このデスラードクトリンこそが初期のガミラス帝国の理念であり、イデオロギーであったと考えられます。デスラードクトリンに出てくる「イスカンダル主義」とは何で、その「拡大浸透」とはどういう意味か?それぞれ次のように解釈できます。


【イスカンダル主義】
あまねく星々の知的生命体の救済を行ってきたイスカンダルを宇宙を救済に導く尊い存在として崇め、奉じようとする考え方

【イスカンダル主義の『拡大』『浸透』】
イスカンダルが尊い存在である事を広く知らしめ、より多くの人間に認めさせる事。基本的に宗教の布教と同じ所業。


この解釈を基にすると、デスラードクトリンは次のように言い換えることができます。


「大小マゼランで時おり起こる争いを収め、宇宙恒久の平和を達成させるためにはイスカンダルが宇宙を救済に導く尊い存在である事を皆に知らしめ、その威光に従わせる必要がある。その為には星々を武力で従え併合するのが何よりの近道だ。イスカンダルの偉大さと尊さを広め、その悲願である宇宙恒久の平和を実現する事こそ、我々長きにわたりイスカンダルを崇め奉じてきたガミラス民族の使命なのだ。」


デスラードクトリンがこのような考え方であれば、デスラー政権の必要性を多くの純血ガミラス人達に納得させ、戦争に協力させる事ができるでしょう。デスラードクトリンで示された「ガミラスの使命」は長年イスカンダルを崇め奉じてきたガミラス人の心に非常に訴えかけるものであったと思われます。しかもこの理念には「征服により新たな土地と財産を獲得する」という実益が伴っている。多くのガミラス人がその実益にあずかろうとデスラーの政策に協力したのではないでしょうか。

このように、デスラードクトリンに注目してみると、初期のガミラス帝国の征服活動がイスカンダルに対する共通の価値観を広める事(”布教”と呼び変えてもいい)と密接に結びついていた事が窺えます。(※こういった観点から、ガミラス帝国を征服と布教がしばしばセットになっていたヨーロッパ植民地帝国やイスラム帝国と対比させて考えることもできるでしょう。)イスカンダル信仰が存在していても信仰の程度もイスカンダルに対するイメージもまちまちだった大小マゼラン世界に、共通したイスカンダル信仰を根付かせようとするのはスターシャを愛していたデスラーにとってはごく自然な行動だったでしょう。彼が特異なのはその行動を政権の正統性を獲得するための政治プログラムに巧みに結びつけた点にあります。征服と布教を続ける事で彼は純血ガミラス人の崇めるイスカンダルの理想実現の使徒となり、擁護者になるのですから…。

こうして、イスカンダルを政権正当化のイデオロギーに巧みに取り込み純血ガミラス人の支持を取り付ける事で、デスラーは大小マゼラン世界を統一していきました。しかし統一が達成され、ガミラス帝国が多種族の帝国になると、その当然の結果として帝国は従来のデスラードクトリンに代わる多種族支配を正当化できる新たな理念を掲げる必要が出てきます。なぜならデスラードクトリンは純血ガミラス人にしか訴えかける力がないからです。同化政策や2等臣民の登用といった一連の政策から考えて、デスラーは「多種族の統合」を新たな理念の柱にしようとしたと考えられますが、人種主義の極めて強い純血ガミラス人にはこの理念はすんなりとは受け入れられない。そこで純血ガミラス人と2等臣民の両方に支配の正統性を認めさせる妙案として、「イスカンダルとの大統合」が考えられたのではないでしょうか。つまり、デスラーはイスカンダルと統合しスターシャと結婚する事で純血ガミラス人には自らが神に等しい存在になった事を示し、2等臣民には多種族の統合をその身を以って示す事を狙っていたということです。ザルツ人やジレル人の描写を見る限り、2等臣民達に対するイスカンダルの威光は征服後の喧伝(布教)にもかかわらず純血ガミラス人のような確固としたものにはなっておらず、2等臣民達に対して政権の正統性を訴えるには多少心もとないものであったと私は考えていますが、「多種族の統合を(結婚により)その身を以って示す」事は2等臣民達に対し政権の正統性を訴える上で大きな効果があったのではないでしょうか。


・・しかし、デスラーの企てた大統合はヤマトの活躍(?)により失敗し、彼は帝都バレラスの民の支持を失ってしまいました。もし仮にデスラーが生きていて復権し、ガトランティスとの戦争を通じてガミラス第二帝国を築いた場合、彼はどのように政権の正統性を確立していくのでしょうか?

ガミラス第二帝国が成立した場合、デスラーは今までとはうって変わってイスカンダルの権威を否定し、自己神格化を推し進める事で政権の正統性を確立していくのではないかと私は考えています。つまり、ヤマト3のように作戦会議中に「ガーレ・デスラー」ではなく「高貴なイスカンダル」と唱えた幕僚を射殺して「ガミラスに神は二人も要らぬ」と言い放ったり、将官の座乗艦に自らをかたどったレリーフを設置し、敬礼させる(ヤマト3でダゴン戦死の報を受けたガイデルがやったようなもの)といった光景が見られるようになると想像しています。

では、「イスカンダルの権威の否定」と「自己神格化」とはどういうことか?それぞれ詳述してみましょう。

(その1:イスカンダルの権威の否定)
まず、「イスカンダルの権威の否定」ですが、こうなるに至る事情の芽は23話から25話までのデスラーとスターシャの描写で既に散見されるようになっています。24話の描写からデスラーとスターシャは元々非常に親しい間柄であり、スターシャは人間としてのデスラーの(本当に)数少ない理解者であった事が窺えますが、2人は最後まで恋仲になることはなく政治面でも考え方の面でも溝が深まっていきました(ただし、そうなっても2人とも相手を嫌いになることは決してなかった)。スターシャはデスラーではなく古代守を愛するようになりますが、もし彼の子供を懐妊していたなら2人の亀裂は決定的なものになるでしょう。イスカンダルの女王がデスラー以外の人間の子を身篭ったとあっては「大統合」の構想は実行できない。1人の男性としても、為政者としても2人が一緒になることはもうありえないとデスラーは考えるでしょう。

こうした人間的な確執に加え、ガミラス第二帝国は政治的にイスカンダルの権威を最早必要とせず、それどころか逆にそれが重荷となり得る状況になっていると思われます。そう考える根拠としては以下のものが挙げられます。

・ガトランティスの大小マゼラン侵攻を境に、大小マゼランの人々のイスカンダルへの信望は大きく損なわれると考えられる事。侵攻したガトランティスが(ヤマト2で言及されているような)劫略と奴隷狩りを大々的に行う状況に対して、イスカンダルは人々を救うのに何一つ有効な行動をとれないため、今までガミラスが2等臣民達に対して喧伝(布教)していた「宇宙を救済する存在」としてのイスカンダルの信用は大きく損なわれると考えられる。イスカンダルが信望を失う一方で、ガトランティスを(武力で)撃退し人々を文字通りの危機から救ったデスラーは名実共に「大小マゼラン、ひいては宇宙の救済者」としての信望を大小マゼラン世界で獲得するようになる。(その意味でガトランティスとズォーダー大帝は大小マゼラン世界の政治秩序を根底からひっくり返してしまうと考えられる。)そのため、イスカンダル主義は統治の為の道具としては用無しとなってしまう。

・帝都バレラスの民の支持を失っているデスラーは都を別の場所に移すと考えられる事。その結果ガミラス帝星とバレラスは政治の中心地ではなくなり、デスラーはバレラスの純血ガミラス人達の歓心を得る為にイスカンダルを持ち上げる必要がなくなる。(後述する「支援軍」創設のためにデスラーが帝国各地を長期間にわたり巡回する結果、彼の座乗するデウスーラとそれに付随する大型居住艦が事実上の「帝国の都」になるという状況が考えられる。)

・ガミラス第二帝国はガトランティスとの戦争のために2等臣民を大規模に戦力化し(純血ガミラス人だけでは到底数が足りない)、「多種族の統合」を理念と政策の面で大々的に推し進める結果、「純血ガミラス人の帝国」から「大小マゼラン諸種族の帝国」に変貌すると考えられる事。その結果純血ガミラス人も帝都バレラス同様に「政治の中心」ではなくなり、デスラーは彼らの歓心を得る為にイスカンダルを持ち上げる必要がなくなる。「多種族の統合」を実現する具体的な装置として、2等臣民の大規模な戦力化目的で創設されると考えられる「支援軍(ローマの支援軍(アウクシリア Auxilia)と同様に「属州民」で構成され、一定の兵役期間を過ぎると1等臣民権が授与される)」が大きな役割を果たすだろう。デスラーによる2等臣民の1等臣民・名誉ガミラス臣民への登用と支援軍は2等臣民にとって、「多種族の統合」が言葉だけではない実質を伴うものである事を示す格好の制度となる。

・ガミラスが多種族の帝国となりバレラスの純血ガミラス人の政治的地位が低下していくに従い、デスラーに不満を抱くバレラスの高官達が現れ始めると思われる事。彼らはデスラーへの反抗の旗印としてイスカンダルの権威を利用しようとすると思われる。

以上のようなスターシャとデスラーの確執やガミラス第二帝国の政治状況により、デスラーは今まで行ってきたイスカンダル主義の喧伝を取りやめ、場合によってはイスカンダルの権威を否定する行動をとるようになると思われます(「ガミラスに神は二人は要らぬ」発言はそうした一例)。もちろん、ただ否定するだけでは今までの政策と齟齬が生じ、また純血ガミラス人の大きな反発を招いてしまうため、デスラーは一気にイスカンダルの権威を否定するのではなく「敬して遠ざける」ようなやり方で徐々にそれを行っていくでしょう。具体的には以下のようになると思われます。

・今までは純血ガミラス人の感情への配慮から併合されないでいたイスカンダルだが、ガミラス第二帝国ではもはや純血ガミラス人に気兼ねする必要がなくなっているため独立国ではいられなくなる。イスカンダルはガミラス第二帝国により「イスカンダルを守護する」という名目で保護領にされる。

・スターシャは王族にふさわしい生活をというデスラーの(別れの餞別としての)計らいで侍女やイスカンダル風の白い制服を着た女性衛士隊にかしずかれる生活を送るがもはや使者を出すことは叶わない状態になり、ユリーシャは従卒と目付けを付けた状態でバレラスとイスカンダルを往復することを許される、という待遇になる。


(その2:デスラーの自己神格化)
旧作ヤマトシリーズのデスラーは「この人そのうち自分を神だと言い出すんじゃないか?」と思えるような危ない一面を持つ人物でした(例えばデスラー○○などあらゆるものに自分の名前を付けたがる、ガルマンに神は二人は要らぬと言い放つ等)が、ヤマト2199のデスラーは元々の性格というよりは純粋に政治的な理由から、つまりイスカンダルの権威を否定した必然的な結果として自らが新たな権威になろうとすると思われます。そのやり方と権威になっていくプロセスは、歴史に類例を求めるなら

「人間オクタウィアヌスが神君アウグストゥスになる」

過程とよく似たものになるのではないかと想像しています。具体的には以下のようなものです。

・オクタウィアヌスはかつて自己の神格化を望んでいたカエサルが暗殺された教訓から、ローマ市内においてはあからさまな個人崇拝を慎重に避けていたが、その代わりに「アウグストゥス(尊厳者)」「プリンケプス(市民、元老院の中の第一人者)」の称号を元老院から得て権威付けを行った。これと同様に、デスラーは純血ガミラス人に配慮してあからさまに自らを神と名乗ることはしないだろう(神と言わんばかりの行動はたまにとるが)。そのかわり、旧作ヤマトシリーズのデスラーがガルマン・ガミラスで再び「総統」に選ばれたように、「大小マゼラン諸種族に推戴された」という形式で改めて「大小マゼラン諸種族の第一人者としての総統」に就任して自らの権威付けを行うことが考えられる。

・オクタウィアヌスはローマ市では神ではなく市民の第一人者として振舞ったが、ローマ以外の属州では「恩恵者」「救済者」たる神として礼拝された。史書ではこうある。

――ローマ市における皇帝礼拝は、あくまでも死後神化であり、生存中の皇帝を直接「神」として礼拝することはなかった。これに対してローマの伝統とは無縁の属州では、生前の皇帝に対するもっと直接的な崇拝が広く行われた。ギリシア諸都市では、アウグストゥスが「神の子である神なるアウグストゥス・カエサル」と呼ばれ、ヘレニズム的な「恩恵者」「救済者」として礼拝された。都市単位だけでなく、属州単位の礼拝が組織されることもあった。帝国各地でそのやり方は多様であったが、皇帝礼拝組織の中で神官や祭司の職を得ることはローマ市民にとって大きな名誉であり、また社会的上昇を遂げる手段ともなった。(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.307)

――帝政期ローマでは、属州や都市が多様な皇帝礼拝を組織して皇帝への忠誠心を表明した。そこでは礼拝組織それ自体が、ローマ市民が政治的威信を手に入れ、社会的上昇を実現する手段となっていた。ローマ皇帝礼拝は、皇帝を頂点として帝国全体を底辺から一つに統合するための巨大な装置となったのである。(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.307~308)

ローマ帝国では皇帝崇拝自体が帝国の統治機構の一つとなっていたが、デスラーも同じような仕組みを作ると考えられる。つまり、ガミラス帝星以外の惑星でデスラーを(蛮族から救った)「恩恵者」「救済者」として称え崇める組織を名誉ガミラス臣民や身分昇格した1等臣民達が設立するのを推奨するのではないか。こういった組織には例えば「デスラー記念財団」や「デスラー在郷軍人会」といったものが考えられるが、これらの組織の理事になることは名誉ガミラス臣民や身分昇格した1等臣民が惑星社会内で政治的な威信を得るのに役立つと思われる。

ローマは元々人間を神として崇める習慣を持たない社会でしたが、オクタウィアヌスは社会的反発を招かない小さな既成事実を積み重ねることで、自己の権威をゼロから確立していきました。デスラーも彼のように政治手腕を駆使することで、「あくまで人間として振舞っているが実質的に神のように崇められる」状況を作り出していくのではないかと想像しています。


・・以上、デスラーがどのように政権の正統性を確立し、続編があった場合にどう確立していく事が考えられるか考察してきました。考察ではデスラーの為政者としての一面、言わば「理性」に関わる部分に焦点を当てて考えてきました。では、人間としての一面ではどうだったのでしょうか?彼はどういった思いでこういった政策や施策を行ってきた(あるいは行っていく)のでしょうか?私個人は為政者としてのデスラーを突き動かしていたのは一にも二にもスターシャへの愛情だったのではないかと思っています。イスカンダル主義の喧伝は愛する人を万人に認めてもらいたいという感情が出発点であったし、大統合もスターシャと一緒になりたいという感情が出発点だったと思われます。デスラーが特異なのは人間らしい感情から思いついたことを冷徹で巧みな政治プログラムに仕立て上げてしまうという才能を持っていたことではないでしょうか。



――コメントに単純に返事を書くつもりが、ナドレックさんのコメントを元にイスカンダルの権威とデスラーの王権を考える作業となりました。これについては、文章を書いた時点ではほとんど考えていない事柄でした。それにしても、「ガミラスは安泰となる」という立場で想像するのと、「ガミラスは安泰にならない(そして続編へ続く)」という立場でそれぞれ想像してみるのはとても楽しいですね。反三国志のようです。著しく長い文章となりましたが、ありがとうございました。

Re: コメントのお礼3

T.Nさん、こんにちは。
コメントをたいへん楽しく読ませていただきました。

ガミラス人はイスカンダル人に創造されたというネタをここに持ってきましたか。原点回帰ですね!
T.Nさんは自己神格化の例としてアウグストゥスを挙げておられますが、コメントを読んで私は織田信長を思い浮かべました。やはり支配を完成させるには、神と自分との関係を民衆に判るように示すことが重要なのかもしれませんね(最たる例が、支配者みずからが神になることなのでしょう)。

ところで、コメントを拝見して、よく判らなかったのが「イスカンダルとの大統合」に関する部分です。
T.Nさんは、「イスカンダルとの大統合」をデスラーとスターシャの結婚とされていますが、大統合とはそれだけなのでしょうか。第二バレラスの建設や遷都を計画したのは大統合の一環ではないのでしょうか。劇中、デスラーはユリーシャ(のふりをした森雪)の了解の下に大統合の推進を宣言しますが、それがスターシャとの結婚なのでしょうか。
デスラーがスターシャと結婚すると、純血ガミラス人に対して自分がイスカンダル人のような神に等しい存在になったとアピールしたり、異種族との融和を身をもって示したりという効果も見込めるのかもしれませんが……。
政治上、王家のあいだで結婚するのはよくあることだと思いますが、スターシャの側に結婚する必要性が見られないのも気になります。スターシャに結婚に合意させるのは、遷都よりもハードルが高い気がします。

コメントの他の箇所は面白く拝読したのですが、大統合についてはもう少しご意見をいただければと思いました。

大統合の内容

ナドレックさん

T.Nです。
どうも大統合の記述が簡単過ぎたようです。

「大統合」の内容は次のようなものだと考えています。

第一段階:大統合の潜在的反対者の粛清と、第二バレラスのイスカンダル降下による首都の統合
第二段階:政権の統合によりデスラーとスターシャが共同統治者となる。
第三段階:デスラーとスターシャの結婚により2つの国の王統が統合され国家統合が完成する。

ガミラス帝国とイスカンダル王国という王を戴く2つの国が統合される以上、当然2つの王統も結婚により統合されると考えるのが自然ではないでしょうか。「結婚による王国の統合」はハプスブルク帝国を筆頭に歴史上普通に行われていた事です。(例を挙げれば、神聖ローマ皇帝カール5世や、イサベル1世とフェルナンド2世の結婚による統一スペイン誕生等が挙げられます。)

これらの結婚は家同士の政略結婚であり、当人同士の同意に関係なく行われることがしばしばでした。イスカンダルの場合も、スターシャの(最早唯一の)親族であるユリーシャの同意が得られれば、「家同士の政略結婚」の体裁を一応は整えることができます。また、「大統合」が形式上は「ガミラスとイスカンダルの対等な統合」を装いながらも実際はガミラスの「力による併合」であることを考えると、ごく形式的な体裁さえ整いさえすればスターシャの合意があるかどうかはガミラス帝国首脳部内ではほとんど問題とされないでしょう。スターシャには大統合を阻む力がないからです。(また、ガミラス国内で問題視しそうな者はデスラーの「多種族の統合」政策の邪魔になる者達同様、デスラー砲によりバレラスごと粛清される予定だった。)よって、問題となるのはガミラス国内で大統合を納得させることができるかどうかだけであり、それさえクリアできればスターシャの合意の有無に関わらず大統合と結婚は行われたと考えられます。

とはいえ、大統合の正当化目的でユリーシャ姫が大統合の承認に至った事情をガミラス政府が公式に宣伝する事は十分にありえます。その場合、次のような説明がなされるのではないでしょうか。

「もはや数人を残すのみとなった高貴なるイスカンダル人の命脈を保ち、王家の社稷を残すためにユリーシャ様はガミラス・イスカンダルの大統合とその象徴としての王家の統合を了承さ
れた」

こういった説明ならイスカンダルにとっても大統合と王家の統合(結婚)が必要であったと万人に納得させられるでしょう。滅びに瀕したイスカンダル王家が結婚により命脈を保とうとすれば、それに釣り合う相手は大帝国の支配者たるデスラー以外にないからです。


・・以上が私が考える大統合の中身です。結局はデスラーの強引な愛の無理強いに過ぎないのですが、そういった行為にすら「純血ガミラス人に対して自分がイスカンダル人のような神に等しい存在になった事を示し、2等臣民に対して異種族との融和を身をもって示す」という政治的効果を持たせてしまうのがデスラーの持つ特異な才能だったのではないか、と私は考えているのですが、こういう説明でどうでしょうか?

Re: 大統合の内容

T.Nさん、こんにちは。
ご説明ありがとうございます。T.Nさんがお考えの大統合のイメージがだいぶ理解できました。

ただ、政略結婚に当人同士の同意が関係ないことはそのとおりと思うのですが、それが「ユリーシャの同意」でなされるのは疑問に感じました。
スターシャは王位にあり、ユリーシャは王族の一人でしかなく、立場がまったく違います。ユリーシャの結婚を当人の同意なくスターシャが決めるのであれば判るのですが、スターシャの結婚をユリーシャが判断するのは、企業に例えれば社長の更迭を課長が決めるようなものかと思います。
もちろん、トップがお飾りということもありますし、日本には主君押込のような例もあります。ですが、本作のユリーシャがクーデターを企んでいたとは考えにくい。劇中でもユリーシャは、自分の役割はスターシャに報告することだけであり、結論を出すのはスターシャであると強調していました。

イスカンダル人の命脈を保ち、王家の社稷を残すために王家を統合するのであれば、ユリーシャとの結婚をスターシャに認めさせることでも良いと思うのですが、デスラーとしてはスターシャと結婚したいわけですよね。

とはいえ、「力による併合」だから形式だけ整えようにも、イスカンダルの側に、スターシャの側に、イスカンダル人の命脈を保ちたいとか、国を存続させたいという気持ちがなければ、形式すら整わない気がします。T.Nさんが挙げられた例は、統合される側にもこの婚姻を梃子にして生き延びよう/勢力を拡大しようという意図があればこそではないでしょうか。滅ぶに任せてここまで衰退したイスカンダル人が、「力による併合」に甘んじてまで生き延びようと思うでしょうか。
一人の男性もいないイスカンダルにおいて、スターシャは自分の代が最後のイスカンダル人であることを覚悟していたはずです(古代守の子を宿すまでは)。なにしろ、目の前に生殖可能なガミラス人がいるのに、何の手も打たなかったのですから。

それでもデスラーは、いずれスターシャの愛を勝ち取れると信じていたのでしょうか。
それとも、スターシャといえどもイスカンダル存続のためには政略結婚に同意するはずだと考えていたのでしょうか。デスラーとしては、無理強いされた政略結婚に不満を抱くスターシャであっても、一緒になれれば良かったのか?

そこらへんが、なんだかしっくり来ないのですが……。

デスラーとスターシャ1

ナドレックさん

T.Nです。
ナドレックさんから提示して頂いた疑問を考えるのに2ヶ月近くを費やしてしまいました。大変申し訳ありません。理屈だけでは片付けられない人間の感情を考えるのは、私にとっては大変難しい作業でした。スターシャとデスラーの件に関して、これから書く内容に納得して頂けるかどうか分かりませんが、苦手とする内容に挑戦する機会を与えて頂いたナドレックさんには感謝しております。

ナドレックさんから提示された論点として

・「ユリーシャの同意」が大統合と政略結婚を行う政治的根拠になるかどうか
・スターシャにその気がなくても国家統合の形式を整えることができるか
・デスラーは無理強いされた政略結婚でもいずれスターシャの愛を勝ち取れると信じていたのか

の3つをそれぞれ考えていきましょう。

「ユリーシャの同意」が大統合と政略結婚を行う政治的根拠になるかどうかですが、劇中の描写を見る限り、純血ガミラス人達はユリーシャの同意で問題ないと考えているようです。例えば以下のような描写が挙げられます。

・22話でユリーシャ姫が偽者だと告げるセレステラに対しデスラーが言ったセリフ

デスラー「それが何か問題なのかね?本物かどうかなど、どうでもいいことなのだよ。イス
     カンダルの第三皇女が、”大統合を承認”してくれた。そしてその事を国民が信じ
     てくれさえすればね」
ヒス  「なるほど、仰るとおりです」


・22話のデスラーの演説

「私は諸君らに希望を与えよう。民族の悲願、我々の宿命、それはガミラスとイスカンダルの大統合という希望だ!いにしえ、二つに分かれた民族が永き時を越え、今再び一つとなる時が来たのだ。この事はイスカンダルの第三皇女、ユリーシャ様の承認を得る事ができた!(群集が歓呼の声を上げて応える)…諸君、大統合という希望に向かって踏み出そう、未来に向かって歩み出そう!帝国の飽くなき前進こそ、我が友ドメルが望んでいた事でもあるのだ!」
(群集のガミラス万歳、イスカンダル万歳、総統万歳の歓呼が続く)


劇中の描写では、デスラーと閣僚達は大統合(と政略結婚)を行う政治的根拠として「ユリーシャの同意」を用いていて、純血ガミラス人の一般大衆はそれを問題なく受け入れています。王の兄弟の政治的地位は歴史上、副王のような王の代理人的存在からただの家臣と変わらない存在まで大きな幅がありますが、少なくとも一般の純血ガミラス人はイスカンダル女王の妹達を「姉妹としての上下関係があるだけで政治的にはほとんど同格の存在」であると考えていると思われます。もし一般の純血ガミラス人達が「女王の姉妹は家臣と変わらない低い地位」であると考えていればデスラー達はユリーシャの同意を大統合(と結婚)を行う根拠として用いる事ができないからです。

実際のイスカンダル女王とその姉妹の関係はナドレックさんが指摘しているように、

・劇中でユリーシャが「自分の役割はスターシャに報告することだけであり、結論を出すのはスターシャである」と強調している事
・24話でのコスモリバースシステムを渡すかどうかについてのスターシャとユリーシャの会話

から考えて王と家臣、社長と課長の関係に近いと思われます。しかし、純血ガミラス人の方はそのようには考えていない。何故なのか?これは想像するに、「イスカンダル人が姉妹3人しか残っていない」事と関係しているのではないでしょうか。つまり、肉親である姉妹3人しかいない状況では、「私が女王」「あなたは家臣で権限はない」と言ってみたところでもはや意味を為さないと純血ガミラス人達は考えているのではないでしょうか。地位や身分がどのように発生するかという問題になりますが、イスカンダルの状況は正にジョン・ボールの

「アダムが耕しイヴが紡いだ時、誰が貴族であったか」

というのと同じ状況です。従って、純血ガミラス人の社会ではデスラーや閣僚のような指導者層から一般大衆に至るまで、

「『女王の姉妹は家臣と同じ』というイスカンダル本来の身分秩序は実体がなく、姉妹は政治的に平等・同等の存在である」

と観念されていると考えられます。これこそが「ユリーシャ姫の同意」がスターシャ女王の合意なしに大統合と政略結婚を行う政治的根拠としてデスラーに用いられた理由なのではないで
しょうか。



・・次にスターシャにその気がなくても国家統合の形式を整えることが可能かどうかですが、これについては「一方的に大統合の形式作りと段取りを進めていくガミラスに対しイスカンダルは具体的な手段でこれを阻止できるか」という観点で考えてみましょう。結論を先に言ってしまうと状況はイスカンダルにとって絶望的で、スターシャに大統合の意思がなくてもイスカンダルはガミラスの大統合の形式作りと大統合の遂行を阻むことは困難です。根拠としては以下のものが挙げられます。

・まず第一に、遷都用の都として第二バレラスの建設を行うガミラスに対し、イスカンダルはそれを阻止する武力がありません。阻止できるかどうかはひとえにガミラス国内が大統合に反対するかどうかにかかっていますが、イスカンダルには純血ガミラス人を説き伏せ、反対運動を行わせる具体的な手段がありません。

・第二に、「ユリーシャ姫から大統合の承諾を得た」と発表し純血ガミラス人達を納得させてしまったガミラスに対し、イスカンダルには「ユリーシャの同意の理屈はおかしい」と純血ガミラス人に報せるための報道官も、広報組織もありません。そのためガミラスが「大統合はイスカンダルにとっても必要で、イスカンダル人もその事に同意している」という言説を大々的に流布し皆が信じる状況を覆す事ができません。

・第三に、純血ガミラス人にとってデスラーの示した大統合のビジョンは魅力的であるため、あえて反対しようとする純血ガミラス人が現れる事は期待できません。デスラーは22話の演説で「ガミラスとイスカンダルの二つの民族が一つになる」と述べていますが、この事は純血ガミラス人にとって長年崇めてきたイスカンダル人と自分達が同等の存在になることを意味します。つまり、大統合はデスラー・純血ガミラス人・2等臣民にとって次のような意味付けを持つと考えられます。

「デスラーにとっては純血ガミラス人に対して自分がイスカンダル人のような神に等しい存在になる事を意味し、純血ガミラス人にとっては自分達がイスカンダル人と同等の存在になることを意味し、2等臣民にとっては異種族との融和が象徴的な形で示される事を意味する」

こういったビジョンにイスカンダル人以外が正面きって「それは間違っている」と論駁する事は難しいし、反対するメリットもないでしょう。イスカンダルにとっては自分達に味方する者が自然に現れるとは期待できない状況になります。

・第四に、「スターシャの大統合への不同意」を口実にデスラーに反旗を翻しかねない勢力は既にほとんど一掃されている事。その可能性がある者達もデスラー砲で粛清される予定だったと思われます。

・第五に、23話で実際に行おうとしたように第二バレラスがイスカンダルに降下し、続いてガミラス人達が国家統合の式典等の準備を進めていくとイスカンダルには為すすべがない事。スターシャはユリーシャ姫(と間違えられた森雪)と同様に籠の中の鳥になってしまうでしょう。

以上の事から、ガミラスはスターシャに大統合の意思がなくても大統合の形式を整えてしまう事ができます。実際、劇中の描写においても、ガミラスは第二バレラスを建造し、大統合を正当化する言説を発表・流布し、第二バレラスをイスカンダルに降下させる、という具合に大統合の形式作りを着々と進めてきました。スターシャがこの流れに抵抗するには最早「大統合(と結婚)を拒んで自決する」という手段しか残されていないと思われます。しかしデスラーは実際に作業を推し進めていた事から判断して「スターシャはそこまでする事はあるまい」と考えていたと思われます。(さらに言えば、2人は自殺云々を考える必要がないくらい深く複雑な関係だったと思われますが、それについてはまた後で言及します。)


分けます。

デスラーとスターシャ2

続きです。


・・最後に「デスラーは無理強いされた政略結婚でもいずれスターシャの愛を勝ち取れると信じていたのか」についてですが、この問いかけは正にデスラーの人間性の根幹に関わってくる問題になると思います。

私はデスラーの考察文章の最後でデスラーを「矛盾に満ちた人物」と書きましたが、彼のスターシャに対する態度はその矛盾に満ちた人物像が最もよく現れた事例の一つだと思います。大統合の件に限らず、大帝国の建設も、星々の征服も、イスカンダル主義の布教も、デスラーはスターシャが喜ぶと思ってやっていたのでしょうか?彼女が呼び寄せたヤマトに対しても、彼女の実の妹が乗っているのを知っていながらデスラーはヤマトを葬ろうとしました。23話で「君のためだよ」と言いながら、なぜそんなことができるのか?彼女が悲しむ事をなぜ平然と行えるのか?矛盾しているではないか…!

そして、「デスラーの矛盾」に関してもう一人、スターシャ以外に考えなければならない人物がいます。セレステラです。彼女はガミラス帝国において、デスラーの「多種族の統合」政策を体現する人物でした。そしてデスラーに嘘偽りない忠誠を捧げ、彼を暗殺から救ってすらいます。デスラーも彼女を重用し、信頼していた事は作中の描写からも窺うことができます(例えば一般の家臣には君付けで呼ぶデスラーがセレステラをヴェルテ・タランやドメル同様呼び捨てにしている)。その彼女をなぜデスラーは23話において見捨てて脱出してしまったのか。しかも見捨てておきながら25話で誤って彼女を撃った際に何故ひどく動揺した表情を見せたのか。何故こうもデスラーの行動は矛盾して見えるのでしょうか??

デスラーの人間性に関して、以降の文章では次のトピックに分けて、考察していきましょう。

 1.デスラーの矛盾について
 2.デスラーの苦悩:スターシャとの関係
 3.デスラーの苦悩:セレステラとデスラー
 4.デスラーとスターシャのその後:二人の愛憎劇


(1.デスラーの矛盾について)

神の視点を持つ観客ですら理解し難い行動をとる上にそれぞれ矛盾した行動をとるデスラーの人物像は一体どのように理解すれば良いのでしょうか?

彼の行動は、観客、特に人間の感情の部分を重んじる人の目には非常に支離滅裂に見えるでしょう。スターシャに対して「君のためだよ」と言いながらどうして戦争や粛清や征服といった彼女の意に沿わないことを延々行い続けてこれたのか?人の気持ちや感情を思いやったりしないのか?どうしてこうも人の気持ちを踏みにじるような事ができるのか?デスラーには人の心がないのだろうか??

ところが、感情を全く排し、理性的で冷徹な計算や判断を重んじる観点からデスラーの行動を見るとどうなるでしょうか。彼のとってきた行動は以下の通りです。


・イスカンダル主義を政権正当化のイデオロギーに巧みに取り込み純血ガミラス人の支持を取り付ける事で、ガミラスによる大小マゼラン統一を成し遂げた。

・大小マゼラン統一後の新たな帝国の理念である「大小マゼラン諸種族の統合と融和」を象徴する行事として「ガミラスとイスカンダルの大統合」を企図し、実行に移そうとした。この「大統合」はデスラー・純血ガミラス人・二等臣民のそれぞれにとって次のような意味合いを持ち、帝国の支配を改めて純血ガミラス人・二等臣民のそれぞれに納得させる(正統化する)効果が期待できた。
  1.デスラーにとっては純血ガミラス人の歴史的な崇拝対象であるイスカンダルの
   女王と結婚する事で、自らが「神の一族の最高位者」となった事を万人に示す。
  2.純血ガミラス人にとっては「ガミラスとイスカンダルの二つの民族が一つにな
   る」事により、自分達が「神の一族」たるイスカンダル人と同等の存在になる
   ことを意味していた。
  3.二等臣民にとっては異種族との融和が象徴的な形で示される事を意味していた。

・大統合を行う上で最大の障害になる可能性があった純血ガミラス人に対し、(22話のドメル追悼式典において)大統合の利を説いて賛同させた。

・「ユリーシャ姫の同意」を口実に大統合がガミラスとイスカンダルの両者により合意されたと喧伝し、一般大衆を納得させ、イスカンダル側がどうにも反論できない状況を作り上げた。(実際のところ、滅びに瀕したイスカンダルが政治的命脈を保つには大統合と政略結婚は必要な事であると説明されれば、多くの人がこれを是とするだろう。)

・第二バレラスを建造し、大統合の形式作りを着々と推し進めていった。


このように、人間の感情的な事柄をを一切考慮しないでデスラーの行動を見ると彼の行動は為政者として全く非の打ち所がない。驚くほど理路整然としています。デスラーの矛盾した行動や人物像を理解するには、人間の行動を理性と感情の2つの面に分けて考える必要があるのではないか、と私は考えています。人間は誰しも「物事の道理に従って判断したり計算したりする」理性的な面と「自分や相手の気持ちを考え、思いやる」感情的な面を持ち、どちらを重視するかでその人の個性が出てきますが、もし重視の仕方が極端に偏っていたらどうなるでしょうか?人間的な感情よりも理性的で冷徹な計算や判断を極端に重んじていたとしたら、感情を重視する人からはどうしようもなく支離滅裂に見えても理性を重視する人からはとんでもなく合理的に見えるという矛盾した現象が生じないでしょうか?つまり、公人・為政者としてのデスラーは極端に理性的な計算を重んじ人間的な感情を軽んじる行動をとってきたが故に、人からは見方によって非常に矛盾して見えるのではないかと思われます。

実のところ、デスラーのような矛盾して見える人物像は歴史上に実在した帝王達には決して珍しくない、よく見られる特徴です。例えば次のような事例が挙げられます。


(アレクサンドロスの場合)
研究者の間でさえ、人によって極端に評価が異なることで有名な人物だが、彼は兵士や家臣に対して人間味溢れる行いをする一方で使い捨ての駒としか思えない扱いをしている。史書では次のような記述がある。

――アレクサンドロスは一般の将兵に対してどのように振る舞ったか。二つの側面
が区別できる。一方では武勇に秀でた指揮官として兵士の心をつかみ、他方では遠
征軍と王国の秩序を維持するために将兵の名誉心に訴えた。まず前者の側面から
見てみよう。
 遠征軍の中には、出発前に結婚したばかりの将兵が数多くいた。遠征一年目の冬
、王はこれら新婚の将兵に休暇を与え、本国に送り返した。この温情溢れる措置は
彼の人気をひときわ高めたという。もっとも彼の隠された意図は、彼らに子供を作
らせて将来の兵士を確保することにあったに違いない。
 イッソスの会戦直前には戦列の前を馬で走り、部隊長達の名前をそれにぴったり
の美称を付けて呼び、彼らを激励した。戦闘後は負傷した兵士を一人ひとり見舞い
、各人の手柄を聞いてそれにふさわしい褒美を与えた。
(中略)大王伝の中で最も印象に残る場面の一つは、ガドロシア砂漠横断における
逸話である。炎熱の中誰もが咽喉の渇きに苛まれていた時、数人の軽装兵が隊列
を離れ、とある岩の窪みにわずかな水を見つけた。彼らはそれを携えて戻り、兜に注
いで王に差し出した。アレクサンドロスは受け取って礼を言うと、皆が見ている目
の前で水を地面に注いでしまう。これは兵士全員を大いに元気付けた。王が捨てた
水を、誰もが自分で飲み干した気分になったという。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.203~204)

――(※ゲドロシア砂漠の横断について)紀元前325年の夏も終わるころ、アレク
サンドロスはインド洋沿岸をインダス川からペルシア湾まで横断してみせる、とい
う思いにとらわれた。マケドニア軍にとっては、不運としか言いようがない。全て
の古代の資料は60日で約750キロというこの行軍がもたらした苦難と死について、
すさまじいばかりの記録を伝えている。アレクサンドロスは少なくとも3万の戦闘
員からなる軍団とともに出発した。あとには、何千もの女と子供が延々と続いてい
た。アリアノス、ディオドロス、プルタルコス、ストラボンは、驚くほどの人員の
喪失を記録している。それは、渇き、消耗、病気によるものだった。後には、何万
もの死者が打ち捨てられたままだった。文献に書かれた死傷者数五万とか十万とい
う数字を現代の研究は真に受ける必要はないが、それでも最低限いえるのは、アレ
クサンドロスは三ヶ月で、十年間のペルシア兵との戦闘で失った兵員数をはるかに
こえる死者を配下の部隊から出した、ということである。マケドニアの密集方陣に
とって、真の敵はダレイオスではなかった。気が狂った自分達の指揮官だったので
ある。
 アレクサンドロスはなぜ砂漠を横断したのか。イランとインドの間には、もっと
安全な行軍経路があったのである。名ばかりでしかなかった軍団なら、沿岸を航行
するネアルコスの艦隊のために補給基地が確保できるルートを行軍する必要もあっ
ただろう。なんでまた、こんな荒れ果てた地域に大軍団を引きずり込んだのだろう
か。あえて理由をあげるなら、一つしかない。この横断は、アレクサンドロスにと
っては、純然たる挑戦だったのである。アレクサンドロスは個人的な栄光と冒険を
追求するために、何千もの部下を犠牲にしたのである。古代でも、この考えを支持
する人がいた。アレクサンドロスの提督ネアルコスは、不毛の地を自ら軍団を率い
て横断したというバビロニアの女王セミラミスやキュロス大王の伝説的な偉業にア
レクサンドロスは対抗心をかきたてていた、と記している。
(ヴィクター・デイヴィス・ハンセン「図説 古代ギリシアの戦い」 東洋書林 P.248)

――ローマ時代の古代史家は、<すばらしい>アレクサンドロスと<どうしようも
ない>アレクサンドロスの両面を伝えているが、その原資料は複雑な経路をたどっ
てアレクサンドロス自身の同時代人にたどりつく。<すばらしい>アレクサンドロ
スは、いわばアキレスのよみがえりで、はちきれんばかりの若さと敬虔さでヘレニ
ズムを時空の許す限りギリギリのところまで拡大した、という。<どうしようもな
い>アレクサンドロスは、誇大妄想家、のんだくれ、わがままで手が付けられない
チンピラで、行く手を阻むものをことごとく抹殺し、やがてはその地位を確立する
上で最も功績のあった忠実で才能豊かな父親の友人、仲間を抹殺してしまった、と
いう。この議論は今日もなお続いている。
(ヴィクター・デイヴィス・ハンセン「図説 古代ギリシアの戦い」 東洋書林 P.229~236)


(織田信長の場合)
日本ではいわずと知れた帝王で、時代の画期となるような施策を次々と行う一方、自ら「第六天魔王」と名乗るなど人の感情を逆撫でするような事を平気で行っている。また、譜代の重臣で近衛軍団長のような立場にあった佐久間信盛を「働きが悪い」という19ヶ条にわたる折檻状を突きつけ追放し(とはいえ佐久間は長年戦場でそれなりの実績を立てていたため、これについては懲罰的粛清と言われている)、同じく譜代の重臣で長年外交官のような活動をしてきた林秀貞を「お前はもう用済みだ」と言わんばかりに追放している。(追放の真相は不明で、林は追放がよほどショックだったのか追放から2ヵ月後に死去したと言われる)ところが人の心を何とも思わない魔王とか恐ろしい専制君主といったイメージとは裏腹に彼には気さくで温厚、しかも義理堅い紳士であった事を窺わせる逸話が多く残されている。Wikipediaから例示すると以下の通り。

・『信長公記』などの逸話によると、身分に拘らず、庶民とも分け隔てなく付き合い、仲が良かった様子が散見される。実際、庶民と共に踊ってその汗を拭いてやったり、工事の音頭を取る際などにはその姿を庶民の前に直接現している。天正9年7月15日のお盆では安土城の敷地全体に明かりを灯し、城下町の住民たちの目を楽しませるといった行動をとっており、「言語道断面白き有様」と記述され、後述の相撲大会の逸話などからも祭り好きであったと考えられ、自身が参加、主催することを好んだようである。

・長篠の戦いの時には、身分の低い足軽でありながらも自分の命を犠牲にして長篠城を落城の危機から救った鳥居強右衛門の勇敢な行為を称え、強右衛門の忠義心に報いるために自ら指揮して立派な墓を建立させたと伝えられる。その墓は現在も愛知県新城市作手の甘泉寺に残っている。信長はこのように、身命をかけて忠義を尽くした者に対しては身分の上下に関係なく自らも最大限の礼を尽くした。

・『信長公記』によれば、美濃と近江の国境近くの山中という所(現在の関ケ原町山中)に「山中の猿」と呼ばれる体に障害のある男が街道沿いで乞食をしていた。岐阜と京都を頻繁に行き来する信長はこれを度々観て哀れに思っていた。天正三年(1575年)6月、信長は上洛の途上、山中の人々を呼び集め、木綿二十反を山中の猿に与えて、「これを金に換え、この者に小屋を建ててやれ。また、この者が飢えないように毎年麦や米を施してくれれば、自分はとても嬉しい」と人々に要請した。山中の猿本人はもとより、その場にいた人々はみな感涙したという。

こうした信長の姿について、Wikipediaでは次のような(どうにも混乱した?)言及が為されている。

――信長は良く家臣の裏切りが取り立たされており、譜代の臣ではないが松永久秀、
別所長治、荒木村重らの反乱は、信長の性格に起因しているという説もある。上述
にもあるが職務怠慢とされた女房衆を成敗し、彼らを庇った桑実寺の長老にも手が
及んだとされる。その一方で情を示すこともあった。おのれを恃むところが多く、
実に気まぐれであり性格は猜疑心が強く執念深く、それが多くの謀反につながった
と指摘する研究者もいる。とはいえ柴田勝家や松永久秀の裏切りを許容するなどむ
しろ寛大という面も確かに存在するうえ、戦国時代に寝返りや裏切りは日常茶飯事
ということも考慮する必要がある。生来の家臣であるかを問わず家を第一として情
勢が有利な方につく者がいても不思議ではない時代であり、心情ではなく信長包囲
網などの情勢を不利とみて単なる状況判断から信長と敵対したなどの解釈も十分考
えられる。


(アウグストゥスの場合)
短気で残酷な側面を持ち、巧みな手腕で政敵のアントニウスの声望を失墜させ、戦争で滅ぼすといった権謀術策に長けた人物だったアウグストゥスは、3度目の妻リウィアと長年連れ添い、彼女の影響で寛大で温和な性格へと変わっていったとされる。また、後継者候補だった孫のガイウス・カエサルやルキウス・カエサル等に非常に細やかな愛情を示している(彼らにあてた手紙にはそうした愛情がつづられている)。ところが、その一方でアウグストゥスは自身の家族に対してひどい仕打ちを行い、その結果「神君の家族」は崩壊してしまった。列挙すると以下のようになる。

・妻リウィアの連れ子であり、後継者候補の一人だったティベリウスは、アウグストゥスにより妻と無理矢理離婚させられアウグストゥス自身の娘の大ユリアと再婚させられた(大ユリアの夫のアグリッパが死去したため、大ユリアの再婚相手として白羽の矢が立った)。再婚生活は破綻し、ティベリウスはある日突然全ての職務を放棄しロドス島に隠遁してしまう。(ただし、後に他の後継者候補達が病死したりアウグストゥスに追放されていなくなった後唯一の後継者となり、アウグストゥスの遺言により第二代皇帝となった。)

・アウグストゥスの2度目の妻との娘である大ユリアはティベリウスとの再婚生活が破綻した後、彼女の愛人の一人であったマルクス・アントニウスの息子ユッルス・アントニウスらと元首への内乱を謀ったとして、アウグストゥスに姦通罪で断罪されて追放される。

・大ユリアがティベリウスと再婚する前に生んでいた子供達の内、長男のガイウス・カエサルと次男ルキウス・カエサルは皇帝の後継者候補として母から引き離され、アウグストゥスの養子となった。二人は帝国各地に軍務で派遣された結果、ルキウスは病死し、ガイウスはティベリウス同様にある日突然「引退して私人になりたい」と手紙を送った末に病死した。三男のアグリッパ・ポストゥムスは後継者候補とされていたが、「性格が粗野である」として追放され、アウグストゥスの死後殺された。長女の小ユリアはアウグストゥスの厳格な方針に従って養育されたが、デキムス・ユニウス・シラヌスと共に元首アウグストゥスに対し陰謀を企てたとして姦通罪で追放された。

こうした顛末について、アウグストゥスの伝記では次のように解説されている。

――後継者をめぐる取り決めが壊れたのはアウグストゥスの落ち度ではなかった。
だが、有無を言わせず近親者の人生を変えてしまったことが、職務放棄やあげくは
自分に対する陰謀事件にまで発展させてしまった。ひょっとしたらアグリッパ、そ
してティベリウス、ガイウス、二人のユリア[大ユリアと小ユリア]とポストゥムス
といった面々である。その結果、有能かつ互いに忠誠心を持っていた「神の家族」
は完全に崩壊してしまった。残ったのは辛抱強い妻[リウィア]と、猜疑心の強い息
子[ティベリウス]だけであった。
 アウグストゥスは、自分の家族が崩壊して宮廷へと変質していくのを、長年の間
、手をこまねいて見ていた。家族のメンバー同士の普通の愛情や内輪もめも、宮廷
ではしだいに権力闘争へと発展してしまう。これは避けられない展開だったのかも
しれないが、冷酷な雰囲気にしてしまったのはアウグストゥス自身だった。他人の
感情に対する感受性の鈍さ(ティベリウスのウィプサニアに対する愛情の挫折[※
ティベリウスがアウグストゥスに無理矢理離婚させられた事件の事。ウィプサニア
はティベリウスの妻]を思い起こす人もいるだろう)や、自分の近親者をチェスの
駒のように扱う態度が、致命的な環境を生み出してしまったのだ。早晩、血縁に基
づく関係が血みどろの結末を迎えたのも驚くにはあたらないだろう。
(アントニー・エヴァリット 「アウグストゥス」 白水社 P.428~429 
※[ ]内は引用者による注釈)


分けます。

デスラーとスターシャ3

続きです。


以上に挙げた帝王達の事例を見ると、デスラーの矛盾した行動の一つ一つが歴史上の帝王と非常によく似ていることに気付きます。例えばドメルやセレステラといった真摯な忠誠を捧げてきた家臣に対し、信頼を寄せ親しく声をかけ(君付けで名前を呼ばない)、死刑にされる所を救ったりする一方でまるで使い捨ての駒のように扱う二律背反した行動はアレクサンドロスや織田信長とそっくりです。また、スターシャのような真に親しかった相手に対する二律背反した態度や仕打ちはアウグストゥスの家族に対するそれを想起させます。では、彼ら実在の帝王達はデスラーのように人間の持つ理性と感情の2つの面のうち、「人間的な感情よりも理性的で冷徹な計算や判断を極端に重んじていた」ために矛盾した人物像に見えるのでしょうか?少なくともアウグストゥスに関しては、伝記ではその人物像について次のように総括しています。

――それでは、アウグストゥス自身はどんな人間だったのか?よく知られている性
格である、冷静沈着さ、彫像が示す老いを知らない若さだけではいささか曖昧であ
る。テニスンの言葉を借りれば、「瑕がないのが瑕なほど、氷のように冷たく整い
、すばらしく無表情な」。だが、幸いなことに、古代の史料、とりわけスエトニウ
スが、アウグストゥスの本当の姿を明らかにしている。ここには姉を愛し、自分の
子供を生まなかった妻と五十年間幸せに連れ添った人物がいる。アウグストゥスは
さほど外見に関心がなく、友達づきあいがよく、自嘲的なユーモアのセンスを持ち
、堅実な判断力を備えていた。「小さなロバ君」と呼ぶガイウスが大好きだった老
人には親近感を覚えざるをえないし、リウィアを除く全ての近親者がさまざまな形
でアウグストゥスに背を向けたときの悲劇の深さも感じざるをえない。
 国家の儀礼の壮麗さやローマの記念建造物の回復と、それとは対照的な厳格な生
活様式の差は、もちろん意識的に行った政策であり、それはローマを賛美しながら
個々人の堕落に対抗しようとしたものである。だが、その質素な暮らしぶりは本物
だったようである。
 もちろん、アウグストゥスの性格には二面性があり、ヤヌスのように正反対を向
いていた。優しい家族思いの人間である反面、昔風の女たらしでもあり、質素な生
活ぶりのローマ人である一方、極秘で休暇用の邸宅を建てている。友人には誠実で
あったが、彼らの行き過ぎやときには救いようのない欠陥には目をつぶった。大き
な期待を抱いた愛情溢れる親である一方、自分のやり方を主張して無理な要求を押
し付けている。洗練された芸術のパトロンが、政治のことになると情け容赦のない
殺人者となった。
 とりわけ、アウグストゥスの公的な生活に必要だった普通の人間的な感情の抑圧
が、自分の近親者や親しい人間に対する深く強い愛情の流れをせき止めることにな
ったと思われる。こうした内面の葛藤が、自分の信頼を裏切った者に対する怒りに
駆り立てたのかもしれない。
 こうした欠陥にもかかわらず、バランスシートは黒字だった。私人としてはおお
むね時代の基準に沿って立派な生活を送り、公人としては恐ろしいことを行ったが
、ほとんどは公共の利益のためだった。
(アントニー・エヴァリット 「アウグストゥス」 白水社 P.460~461)


伝記のアウグストゥスの家族に対する仕打ちや人物像の総括の記述を見ると、アウグストゥスもまた、デスラー同様に「人間的な感情よりも理性的で冷徹な計算や判断を極端に重んじる」人間であったと思われます。つまり、公人(為政者)としてのアウグストゥスは感情を排し理性に基づく冷徹な計算や判断を極端に重んじていて、家族に対する仕打ちは彼が公人として家族に接した結果起きたことだと考えることができるでしょう。ただし、私人としての彼は家族思いの人間であり、公人としての態度とのギャップがあまりに大きいために人から矛盾して見えるのではないでしょうか。同様のことはアレクサンドロスや織田信長にも言えると思います。公人としては感情を排し理性に基づく冷徹な計算や判断を極端に重んじているため、公人として振る舞う必要のない時は一人の戦士として、あるいは温厚な紳士として人間味溢れる行いをするが、一旦公人・為政者として行動した途端、その同じ人物が人の気持ちを何とも思わない冷酷・薄情な殺戮者に変貌してしまう。どこまでも理性的で冷徹な計算に任せて行動して行く。その変貌ぶりがあまりにも大きいため、人の目には大変矛盾した人物像に見えるのではないか。

そのように考えれば、デスラーの矛盾した行動がよく理解できるのではないでしょうか。公人・為政者としてのデスラーにとって、セレステラやドメルといった忠臣はアレクサンドロスにとっての兵士や家臣と同様に自分の夢と理想を実現するための代替可能な道具に過ぎなかったし、スターシャに対する仕打ち(彼女の気持ちを無視した征服や大統合、ユリーシャの乗ったヤマトの撃破といった行動の数々)もあくまで公人・為政者として彼女に接し続けた結果だった。12話でデスラーが「我々は遠からず一つになる。君は私の放った狼が獲物に牙を突き立てるのをそこで見ていたまえ」と独白しながら冷たい笑いを浮かべたシーンは感情を排しどこまでも理性的で冷徹な計算に任せて行動して行く公人・為政者としてのデスラーの姿を象徴的に現しているというべきでしょう。しかし私人としてのデスラーは24話の以下のようなスターシャとの会話でも伺えるようにとても純粋で一途、そして繊細な人間であり――家臣達、いや視聴者にとっても信じられないかもしれないが――、23話でホログラムのスターシャの髪に手を添えた時、そして25話でセレステラを撃ってしまった時に相手に見せた彼の表情は公人・為政者としてではない彼本来の人間性が出てきた数少ない瞬間だったと思われます。 

「私の夢は、ガミラスとイスカンダルの大統合だ」
「それは無理よ。私達とあなた達とでは、思想が違いすぎる。私達の使命は…」
「ならばその使命を私が果たそう。約束するよ、君の願いはこの私が叶えてみせる。
そして全ての星に平和を…」

こうして、デスラーの矛盾した人物像について一つの見解を導き出すことができました。彼の行動や人物像については以下のように考えることができるでしょう。

・征服・大統合と大統合に伴って行われると思われるスターシャとの政略結婚は、感情を排しどこまでも理性的で冷徹な計算に任せて行動して行く公人・為政者としてのデスラーにとってスターシャの気持ちや考えに関係なく行われるべき当然の事業だった。

・しかし私人としてのデスラーは公人としての姿とは全く違うとても純粋で一途、そして繊細な人間であり、見捨ててしまったはずのセレステラを撃ってしまった時の彼の狼狽した表情は私人としての、彼本来の人間性が出てきた(劇中における)数少ない瞬間だった。

・その彼本来の人間性と公人としての姿勢のギャップがあまりにも大きい為、そして彼の感情を排し理性を極端に重んじる公人としての行動そのもののためにデスラーの人物像は視聴者により二重にも三重にも矛盾して見えると考えられる。

とはいえ、デスラーの人物像についてはまだ一つ、問題が残されています。スターシャに対して冷徹な為政者として接する事の多かったデスラーですが、スターシャの気持ちそのものについてはどう思っていたのでしょうか?デスラーにとっては征服戦争も大統合も政略結婚も、為政者として為すべき当然の行いであったにせよ、そのことでスターシャとデスラー二人の溝が深まっていく事について彼はどのように考えていたのでしょうか?この事について、スターシャ、そしてセレステラの二人の女性に焦点を当てながら考えていきましょう。


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デスラーとスターシャ4

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(2.デスラーの苦悩:スターシャとの関係)

スターシャに対し、元より愛する女性であるにもかかわらず冷徹な為政者として劇中で接する事の多かったデスラーは胸中では彼女の気持ちについてどのように考えていたのか。作中では明確に語られてはいませんが、考えるヒントとなる描写があります。25話で森雪に対して語ったセリフです。

「戦いは…必要だった。星々を従え、この宇宙を救済に導くため。そして、只一人、私の愛する人のために」

戦いをスターシャが望んでいないのを知っていながら、デスラーは彼女のために戦いは必要だったと述べている。征服、イスカンダル主義の布教、大統合、そして政略結婚といった彼女の望んでいない事の全てをデスラーは「全ては彼女のためなのだ」と無理に自分に言い聞かせ正当化していたのかもしれません。公人・為政者として人間らしい感情を抑圧することを要求される一方(アウグストゥスの伝記における「公的な生活に必要だった普通の人間的な感情の抑圧」という記述を思い起こされたい)、為政者の冷徹な計算と論理に従い数々の施策(征服、イスカンダル主義の布教、大統合、そして政略結婚)を行い、また行おうとした。しかもそれらの施策はいずれも客観的に見れば滅びに瀕したイスカンダルが政治的命脈を保つ上で必要な事ばかりだった。

「必要なのにスターシャは望んでいない事を行い、為政者として突き進めば突き進むほど彼女の心は離れていく、そんなことは分かっている、それでもいい、全ては彼女のためなのだ……。」

デスラーはそんなことを考えていたのかもしれません。では、スターシャがデスラーに対して23話で「もうやめて、アベルト…」と悲しんでいたのは、こうしたデスラーの心情を理解していたからなのか?ここで少し、デスラーとスターシャの関係について考えて見ましょう。

スターシャとデスラーの関係について留意すべきなのは、自らの望まない事が延々と行われてきたにもかかわらず、彼女がデスラーを嫌いにならなかった事です。赤の他人が「君のためだよ」と一方的な善意を延々押し付けてくればその人間を嫌悪するようになって当然なのに、スターシャにはデスラーに対しそういったそぶりが全く見られない。それどころかスターシャは24話で死んだと告げられたデスラーの事を「アベルト…」と気にかけている。この事から、スターシャは元々デスラーと非常に親しい関係だった事が伺えますが、ひょっとすると若き日の二人はただ親しいという以上の関係、恋仲といっても良い関係だったのかもしれません。24話のスターシャとデスラーの会話をもう一度思い返して見ましょう。若き日の、おそらくはガミラスが征服戦争を行う前のデスラーがスターシャに対しこう切り出します。

「私の夢は、ガミラスとイスカンダルの大統合だ」

ガミラスとイスカンダルの2つの王国、ひいては王族が統合される事の意味を考えればこのセリフはデスラーがスターシャに遠まわしにプロポーズしたとも解釈できます。それに対しスターシャは

「それは無理よ。私達とあなた達とでは、思想が違いすぎる。私達の使命は…」

と返します。既に守るべき王国を背負って立つ女王だったと思われるスターシャとしては、当然の答えだったでしょう。これ以降、二人はガミラスとイスカンダルそれぞれの為政者として相手に接するようになり、スターシャのデスラーに対する好意も表には出なくなったと思われます。そのように考えれば、23話の二人の会話は二人の複雑な関係を表す象徴的なシーンだったと考える事ができるでしょう。イスカンダルの為政者として抗議するスターシャに対し、デスラーは同じくガミラスの為政者としてスターシャに言い返します。

「抗議かね?」
「そうです」
「抗議抗議、君がここを訪れるときはいつも抗議ばかりだ。ならば、あのテロン人達にも抗議
をしてはどうかね」
「どういうこと?」
「君が呼び寄せたあの船もまた、波動エネルギーを兵器に転用している」
「そんな…」

為政者として相対した二人ですが、デスラーが話題を変えると二人の口調が変わります。

「そういえば、妹君の元気な姿、君も見てくれただろうね」
(驚いた表情のスターシャ)
「私が命じて保護させたのだ」
「何を考えているの、アベルト…」
「君のためにやっているのだ」
「やめて……」
「(スターシャを見つめて)スターシャ…」
「(同じくデスラーの目を見つめて哀願するように)お願い……」
(少しの間互いに見つめ合い、やがてデスラーがスターシャの髪(頬か?)に手を添える)
「(目を閉じて)そうか、残念だよ…」
(スターシャのホログラムが消え、デスラーは悲しそうに目を閉じる)
「(同じくスターシャもまた悲しそうに)もうやめて、アベルト……」

会話の後半では二人の公人・為政者としてではない、私人としての姿が出てきますが、最後の方で二人は互いに見つめ合い、デスラーがスターシャの髪(頬か?)に手を添えます。これはかつて互いに好意を抱いていた間柄というのでなければ、とてもではないができる行為ではない。24話の若き日の二人、そして23話の会話からは次のような二人の関係を想像する事ができるでしょう。

・かつて、若き日のスターシャとデスラーは互いに好意を抱く間柄だった。しかし、二人の為政者としての立場と政治的信条の違いから、スターシャはデスラーと一緒になるわけにはいかなかった。

・やがて二人はガミラスとイスカンダルそれぞれの為政者として相手に接するようになり、互いに抱いていた好意は人の目に触れるような形では出てこなくなった(政治的にそのような好意をあらわにする事は許されなかっただろう)。そのため、二人の関係が恋愛に発展する事はついになかった。(劇中の描写においても二人は互いに冷徹な為政者として相手に接しており、二人の本当の関係が示唆される描写は物語の終盤にならないと出てこない)

・2人は政治面でも考え方の面でも溝が深まり対立するようになってゆき、やがてスターシャはデスラーではなく古代守を愛するようになっていったが、そうなっても23話・24話の会話で示唆されるようにスターシャはデスラーを嫌いになることは決してなかった。

このように、スターシャとデスラーの関係は「嫌がるスターシャにデスラーが一方的に愛情を押し付ける」という単純な構図では片付けられない複雑なものであった事が作中の描写から窺えます。23話、24話の二人の描写からは、ガミラス・イスカンダルの大統合には次のような側面があったと言えるでしょう。

「かつて互いに好意を抱く間柄でありながら、ガミラス・イスカンダルそれぞれの為政者としての立場が二人の関係を恋愛として成就させることを許さなかった。デスラーはガミラスの為政者としての行動でその状況を変えようとしたが、スターシャはイスカンダルの為政者としての立場から、その行動を認めることはできなかった。」

二人の関係は、たとえ互いに好意を持っていても政治的立場の違いから決して恋愛が成就しない古典的悲劇のようなものと言えますが、同時に、つまるところスターシャはデスラーの本当に数少ない理解者の一人であったとも言えるでしょう。若い頃から公人としてではない本来の彼の性格と人となりを知っており、なおかつ彼が為政者の冷徹な計算と論理に従い行動している事を同じ為政者として理解できていたからこそ、スターシャはデスラーの事を嫌いもせず23話において「もうやめて、アベルト…」と悲しんでいたのではないでしょうか。

・・スターシャのデスラーへの理解と悲しみをよそに、デスラーはガミラスとイスカンダルの大統合(そして政略結婚)へと突き進んでいきますが、いくら必死に「彼女のため」と自らに言い聞かせても、それで彼女の愛が得られるのか、と問われれば彼も沈黙を持って答える事しかできなかったでしょう。ではどうすればいいのか、と考えてもそのような問いかけに答えなどあるはずがない。彼にできるのはスターシャの事をあきらめるか、そうでなければひたすら展望のないまま突き進むことだけです。彼の公人・為政者としてではない、一人の人間としての内面は誰がどう見ても無理に無理を重ねた状態だったでしょう。この事をスターシャ以外に理解していたと思われる人物がいます。セレステラです。次はセレステラとデスラーの関係に注目してデスラーの内面について考えて見ましょう。


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デスラーとスターシャ5

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(3.デスラーの苦悩:セレステラとデスラー)

25話の最後、「戦いは必要だった…」と森雪に述懐したデスラーに対しセレステラは次のようなセリフを残し非業の死を遂げます。

「もう、およし下さい、総統。…私は、ずっとあなたを…」

デスラーは森雪に「ただ一人、私の愛する人のために」戦ってきたと苦しい胸の内を窺わせる様な言葉を漏らしますが、そんな彼に対しセレステラは何を言おうとしていたのでしょうか?

25話で森雪に語っているように「人の心を読む力を持つ」ジレル人のセレステラは、その能力故にデスラーの内面や考えを深く理解していたのではないかと思われる描写が劇中ではいくつか出てきます。それらを順を追って挙げて行きながら、彼女の最後の言葉の意味について考えていきましょう。

まず最初に22話で、セレステラはユリーシャ姫に扮した森雪に対しこう語ります。

「あまねく星々、その知的生命体の救済。お姉さまのご高説、ご立派よね。自分では動かず他人を試すだけ。だけど、我らの総統は違う。銀河を超えた共栄圏を築き、それを実践なさろうとしている。自分の手を汚そうとしない、あの女とは違うの。帝国の庇護の下で、人々は初めて恒久の平和を享受できる。それこそが真の救済であり、彼にはそれができるのよ」

セレステラはデスラーの「救済」が本心からのものであると分かっているかのように語ります。彼女の言葉は本当でした。25話で森雪の前で、そしてデウスーラが爆散する寸前、デスラーは「この宇宙を救済」すると述べているからです。

続いて25話、セレステラは宙雷艇が故障してバラン星で漂流しているところをヤマトに救助されますが、何故彼女はガミラス帝星を出奔した後、大小マゼランから遠く離れたバラン星に向かったのでしょうか?銀河系辺境部にでも逃亡するつもりだったのか?そうではなく、セレステラはデスラーが生きていればバラン星に向かうに違いないと考えたのではないでしょうか。つまり、もしデスラーが生きていれば彼の性格からしてヤマトを撃破、もしくは拿捕しようとするに違いないと考え、宙雷艇がエンジントラブルを起こす程の強行軍でヤマトが必ず通過するであろうバラン星に向かったと考えることができるのではないでしょうか。この事と22話の事例を考えると、彼女がデスラーの為政者としての考えだけではなく、本来の人となりまでをも理解していた可能性は高いように思われます。

そして同じく25話、セレステラはデスラーは死んだと言おうとした森雪に対し激昂します。

「嘘よ! あの人には私が必要なの! 私を置いて、彼が、彼が死ぬはず…ないわ…」

デスラーを「あの方」ではなく「あの人」と呼んでいる事から、このセリフが家臣としてではなく一人の女性として言ったものであると分かりますが、セレステラは何故デスラーには自分が必要だと言ったのでしょうか。一人の女性として、何故デスラーに自分が必要だと言ったのか。この言葉からは彼女がデスラーを愛していたことを窺う事ができますが、それ以外にも彼女がデスラーの内面の危うさにも気付いていたと推測する事ができます。彼が抱える苦悩や危うさに気付いていたからこそ、人間的な支えとして自分が必要だとセレステラは考えていたのではないでしょうか。

そのように考えれば、25話のセレステラの最後の言葉の意味を推測し補完する事ができるでしょう。再び、デスラーが森雪の前で語った言葉を振り返って見ましょう。

「戦いは…必要だった。星々を従え、この宇宙を救済に導くため。そして、只一人、私の愛する人のために」

ただ一人愛する人(スターシャ)のためと自らに必死に言い聞かせ、彼女の望まない(が為政者の冷徹な目で見れば必要だった)全ての事をデスラーは行ってきた。そのことで政治面でも考え方の面でも彼女と対立するようになっていき、彼女の心は離れていく。それが分かっていても、為政者として突っ走る以外に進むべき道を知らなかった(そうしなければデスラーは大小マゼラン統一どころかとっくの昔に政敵に殺されていただろう)。これまでの考察を踏まえれば、こうしたデスラーの事情と苦悩をこの言葉から見て取ることができるでしょう。そんな彼に、セレステラはこう言おうとしたのではないでしょうか。

「もう、(無理を重ねるのは)およし下さい、総統。…私は、ずっとあなたを…(愛していました)。」

セレステラもまた、スターシャと同じく本当に彼のことを理解する人間の一人だったというべきでしょう。デスラーが絶対に人に明かすことのない、一人の人間としての内面を深く理解していたのは実にこの二人の女性だけだったと思われます。デスラーは劇中では孤独な独裁者として描写されていましたが、もしデスラーが為政者ではなく一人の人間として立ち止まることを許されたなら、ひょっとしたら彼の人生は劇中とはまるで変わったものになっていたかもしれません。しかし、二人のデスラーへの理解、そして愛情は一人は為政者、もう一人は家臣という立場であったためにデスラーに気付かれることはありませんでした。結果的にデスラーはかけがえのない二人の理解者を愚かにも自らの手の届かない所に追いやってしまいます。一人は別離によって、そしてもう一人は死別によって…。

・・こうして、スターシャとセレステラの二人の女性に焦点を当てることで、デスラーの内面について考えていきました。デスラーは公人・為政者としてはスターシャに対し感情を排して冷徹に接していましたが、反面、私人・一人の人間としては非常に苦悩していたと考えられます。彼とスターシャとの間には他人(と視聴者)からは非常に分かりにくい、複雑な関係と過去があり、二人とも相手への愛情と対立で心が揺れ動いている様が劇中の描写から窺えます。デスラーは結局、スターシャに対する苦悩をどうすることもできないまま、彼女との別離という悲劇的な結末を迎えてしまいました。そして、彼の苦悩を理解していたセレステラも、死別という形で失ってしまいます。政治面から見たデスラーは紛れもない英傑でしたが、人物面から見たデスラーは悲劇の人物だったと言うほかないでしょう。ここでもし、デスラーが25話で死ななかったとしたら、デスラーとスターシャの関係はどのようになっていくのでしょうか?次はそのことについて想像して見ましょう。


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デスラーとスターシャ6

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(4.デスラーとスターシャのその後:二人の愛憎劇)

23話で第二バレラスが破壊され公的には死んだものとされ、25話でデウスーラが爆散し生死不明となったデスラーですが、もし死なずに再びガミラスに復権したとしたら、デスラーとスターシャ二人の関係はどうなるのでしょうか?

ヤマト劇中において、愛情と対立の間で複雑に心が揺れ動いていた二人でしたが、もしスターシャが古代守の子供を懐妊しているなら、二人の亀裂は決定的なものになるでしょう。そしてガトランティスが大小マゼランに侵攻してきたならガミラスとイスカンダルの政治的立場は一変し、為政者としてのデスラーの、スターシャに対する扱いは大きく変わってしまうでしょう。また、セレステラの最期を目の当たりにしたデスラーの内面もまた、大きな影響を受けるに違いありません。ここでは、二人のその後はこうなるのではないか、という想像を、個人的に想像しているヤマト続編の物語と絡めて書いていこうと思います。

考察文本論の「デスラーズ・ウォー」の簡単な続きとして、デスラーが次のような形で復権したとしましょう。(詳しい経過やあらすじは省略します。)次のようなBGMを聞きながら読むと楽しめるかもしれません?

帝都防衛戦 30分耐久
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21998092

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ヒス・ディッツ政権のガミラスが内乱に陥った好機を捉え、ガトランティスが小マゼランに侵攻。小マゼラン方面軍は全滅し、小マゼランはガトランティスの手に落ちた。そしてついに大マゼランにガトランティスの大軍が侵攻し、帝国の各地が劫略と奴隷狩りの惨劇を迎える。軍事力の崩壊したヒス・ディッツ政権には為すすべがなく、帝国は滅亡の危機を迎える。そこへデスラーが銀河系方面軍を率いて潜伏先の銀河系より舞い戻り、ガミラス全軍に自身の生存を訴えた。将兵達は帝国滅亡の危機を前にして建国の英雄に全てを賭ける事を決意、全軍がデスラーの元に寝返る。ガミラス全軍を糾合したデスラーはガトランティス軍を巧妙な罠にかけて撃滅し、指揮官のバルゼーを敗死させる。続く掃討戦でデスラーはガトランティス軍を大マゼランから一掃し、帝国各地で奴隷として連れ去られようとしていた臣民を救出した。こうして大マゼランは危機を脱し、ヒス・ディッツ政権はデスラーに滅ぼされてしまう。その後デスラーは小マゼラン奪回の兵を出すが、ガトランティスは小マゼランを「無人の野」にして銀河系に移動した後だった。小マゼランをも帝国の手に取り戻したデスラーは「大小マゼラン諸種族の推戴を受ける」という形式で「大小マゼラン諸種族の第一人者としての総統」に就任、ガミラス第二帝国を建国したのだった。
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ガトランティスの大小マゼラン侵攻、そしてガミラス第二帝国の成立の結果、ガミラスとイスカンダルを取り巻く状況は一変します。具体的には以下の通りです。

・ガトランティスが劫略と奴隷狩りを行う中、イスカンダルは人々を救うための行動を何一つ取れなかったため、今までガミラスが2等臣民達に対して喧伝(布教)していた「宇宙を救済する存在」としてのイスカンダルの信望は大きく失われてしまった。一方、人々を危機から救ったデスラーは名実共に「大小マゼラン、ひいては宇宙の救済者」としての信望を大小マゼランで獲得し、その結果ガミラスとイスカンダルの立場は完全に逆転した。

・ヤマトとガトランティスにより半壊状態となったガミラス軍を再建するため、デスラーは2等臣民を大規模に戦力化した「支援軍」を創設した。(※ヤマト劇中にも出てくる従来の2等ガミラスの部隊は規模が旅団程度に留まり部隊数も多くなかったのに対し、支援軍は部隊規模が師団に拡大され部隊数も大幅に拡充される。尚、支援軍の旅団長と師団長は1等ガミラス臣民が務めるため、旧来の2等ガミラス旅団の旅団長は支援軍創設に伴い全員1等臣民に昇格する事となった。)一定の兵役期間を過ぎると1等臣民権が授与される支援軍は(古代ローマの支援軍と同様に)多種族をガミラス人として統合する装置となり、デスラーが元より行ってきた2等臣民の1等臣民・名誉ガミラス臣民への登用と相まってガミラス第二帝国は、「純血ガミラス人の帝国」から「大小マゼラン諸種族の帝国」へと変貌する事となった。この事はイスカンダルにとって、イスカンダルが「純血ガミラス人の上位に立つ至高の存在」から帝国の支配する数多の星の一つに過ぎなくなる事を意味していた。

・デスラーが支援軍創設のために帝国各地を長期間にわたり巡回した結果、彼の座乗するデウスーラとそれに付随する大型住居艦が事実上の「帝国の都」となりバレラスは政治の中心地ではなくなっていった。(デスラーはバレラスの民の支持を失っていたため、その方が好都合でもあった。)その結果、デスラーはバレラスの純血ガミラス人達の歓心を得る為にイスカンダルを持ち上げる必要がなくなった。


このようにガミラスとイスカンダルの状況が一変した結果、今まで純血ガミラス人の感情への配慮から併合されないでいたイスカンダルはもはや独立国ではいられなくなります。イスカンダルはガミラス第二帝国により「イスカンダルを守護する」という名目で保護領にされる事となります。それはガミラスとの(名目上は)対等な形での「大統合」ではなく、ただの併合でしかありませんでした。デスラーにとってイスカンダルはバレラス同様「帝国が脱ぎ捨てるべき古き衣」となっていたのでした。

イスカンダルがガミラス第二帝国に併合された後、スターシャはどうなるのでしょうか?スターシャが古代守の子供を懐妊した結果、2人の亀裂は決定的なものになるでしょう。イスカンダルの政治的価値はもはやなくなり、イスカンダルの女王がデスラー以外の人間の子を身篭った。為政者としても、そして1人の男性としても、2人が一緒になることはもうありえないとデスラーは考えるでしょう。イスカンダル併合のデモンストレーションとしてガミラス艦がイスカンダルに降下する中、イスカンダルの宮殿でデスラーとスターシャは完全な別離の会話を交わすのではないでしょうか。スターシャのお腹の子をいたわり、デスラーはスターシャに言います。

「君と君の子供が何一つ不自由しないように、私が手配しよう。私からのせめてもの餞別だ。君とはもう会うことはないだろう。……さようなら、スターシャ」

それ以降、スターシャは王族にふさわしい生活をというデスラーの(別れの餞別としての)計らいで侍女やイスカンダル風の白い制服を着た女性衛士隊にかしずかれる生活を送る事になります。しかし、「高貴なイスカンダル」と彼女達から呼ばれてはいても実質は幽閉生活であり、もはや他の星へ使者を出す事は叶わない状態になります。そしてユリーシャはデスラーの純血ガミラス人への配慮から従卒と目付けを付けた状態でバレラスとイスカンダルを往復することを許される、という待遇となったのでした。

ヤマト劇中では複雑な関係と過去を持ち、随分長い事愛情と対立の間で心が揺れ動いていたデスラーとスターシャは、別離という悲劇的な結末を迎えてしまいました。しかし、それで二人の関係が完全に終わるという事にはならないでしょう。そんなに簡単に相手への長年の想いを捨て去る事は二人共できないだろうからです。二人の愛憎劇は新たな段階を迎えることになります。

長い事「スターシャのため」と自分に言い聞かせ征服と大帝国の建設に突き進んできたデスラーでしたが、その行いを否定するスターシャと対立を深めていき、ついに別離という形で二人は袂を分かちました。別離後、デスラーは自らの行いが正しかった事をスターシャに対し証明しようと戦争と大帝国の建設にますますのめり込んでいきます。多種族の統合を推し進め、イスカンダルの権威を否定し自己神格化を推し進める事で政権の正統性を確立していく。(ヤマト3のように作戦会議中に「ガーレ・デスラー」ではなく「高貴なイスカンダル」と唱えた幕僚を射殺して「ガミラスに神は二人も要らぬ」と言い放ったり、将官の座乗艦に自らをかたどったレリーフを設置し、敬礼させる(ヤマト3でダゴン戦死の報を受けたガイデルがやったようなもの)といった光景が見られるようになる)そして銀河系に移動したガトランティスと銀河系の覇権を争い優位に戦いを進め版図をさらに拡大していく。その一方で誰も絶対に中に入れない私室の片隅で、「これがあの大帝国の支配者か」と驚く程肩を落としうなだれた姿でイスカンダルの青き鳥の羽とセレステラのホログラムの遺影を一人寂しく眺め続ける日々を送るのでした。「私にはもう、後戻りは許されない」と呟きながら…。

一方、スターシャは御付きの侍女達(英雄の妻であったエリーサ・ドメルや統合政策の申し子たる名誉ガミラス臣民のヒルデ・シュルツと考えたら面白いでしょう)に帝国時代のイスカンダルの昔語りをしながら、デスラーの行く末を見届けようとします。「ヒルデ、あなたのお話を聞かせて頂戴」とザルツやヒルデの父の話を聞いたり、彼女の子供(サーシャ)が侍女達と遊ぶ姿を眺めたりしながら、エリーサから密かにガミラスの状況や戦況についての情報を聞き続けます(実のところデスラーはエリーサがヒス・ディッツ政権につながる人物である事を知っていたが、スターシャに自らの行いを知らしめるためにあえて侍女にしていた)。デスラーの事をよく知るスターシャには、デスラーがいつかイスカンダル帝国と全く同じ過ちを犯すのではないかと思われたのでした。

彼女の危惧は的中します。デスラーは銀河系での戦いに先立ちデスラー砲艦百数十隻から成る親衛艦隊を創設していました。メダルーザや大戦艦といった、艦の前方に絶大な火力を投射できるガトランティスの大型艦艇に大小マゼランの戦いで大きな損害を蒙った戦訓を受けてのものです。宇宙を引き裂く波動砲の危険性を知りながら、「限定生産」して一度に使用する数を制限すればその危険性は回避できるとデスラーはデスラー砲艦(親衛艦と呼称)の配備に踏み切っていたのでした。その親衛艦隊が一箇所でまとめて、大々的に使用されようとしていたのです。

ガミラス軍に圧迫され地球の存在する辺境方面に移動を開始したガトランティスに対し、デスラーは太陽系でガトランティスと決戦を行う事を企図しました。太陽系周辺の星域でガトランティスが利用可能な星々を全て焼き払い、唯一残された地球でガトランティスが資源と人間を補充しようとするよう仕向ける一方、収監していたガル・ディッツとメルダを地球に降伏を勧める使者として派遣します。ガトランティスにもその名を知られていたディッツはガトランティスの耳目を地球に引き付ける餌とされたのでした。

デスラーにとってこれは大いなる余興でした。かつてスターシャが救った地球にガトランティスを招き寄せ、地球が滅亡に瀕した所でガトランティスを討ち滅ぼし地球を救済する。そして地球を従えてこう言い放つ。

「スターシャ、君に同じ事ができるかね?宇宙を真に救済に導く事ができるのは、この私なのだ」

地球での戦いはデスラーがこれまで行ってきた事の正しさをスターシャに証明するデモンストレーションになるはずでした。しかし、もしデスラー砲を百数十発一斉発射する事態となったら太陽系は一体どうなるのか。地球どころかデスラー自身も無事では済まないかもしれない、そう、かつてのイスカンダル人達のように…。

地球での決戦の計画をエリーサから知らされたスターシャは、ユリーシャに(おそらくイスカンダルの歴史の中でも最も難しい)一つの使命を託します。

「地球を、いえ、アベルトを救って欲しい」

デスラーどころかズォーダー大帝をも説得して戦いを止めさせない限り到底達成が困難な無謀な使命でしたが、ユリーシャは引き受けます。ユリーシャはエリーサとヒス・ディッツ政権の生き残り達の手引きでガミラスを脱出し、地球に向かいます。(生き残り達の一部はもはや居場所のないガミラスを去るためユリーシャに同行した。)ユリーシャとメルダ、そしてヤマトの三者による困難な冒険が再び始まろうとしていたのでした……。


・・以上、デスラーが生きていた場合のデスラーとスターシャのその後を個人的に想像しているヤマト続編の物語と絡めて書いていきました。この後物語はヤマト2とヤマト3、そしてヤマト完結編の終盤をあわせた様な形で進んでいきます。ヤマトは地球人の移住先を求めて宇宙に旅立ち、冒険と戦いを経て地球に戻ります。地球はガトランティスによりあえなく無条件降伏に追いやられます。(ガミラスの再侵攻におびえ市民生活を犠牲にしてまで再建した地球艦隊は旧作通り前哨艦隊を撃退した後全滅し、ズォーダー大帝に「力に頼る者は力により滅びる」と名言を吐かれる)そして機動要塞ゼスバーゼとデスラー艦隊の戦いと同様に都市要塞にデスラー砲が一斉発射されることになりますが、その結果波動砲を信望する全ての人間に冷や水を浴びせかける事態となります。太陽系が消滅しようとする中、ヤマトはヤマト2のようにデスラーと対決し、最期に艦そのものを犠牲にして太陽系を救います。(デスラーは旧作とは違う意味で涙を流しますが、詳細は省略)続きと詳細はまた別の機会に書ければ、と思います。

私の想像している物語においては、デスラーはヤマトとイスカンダルの巨大なアンチテーゼとなります。物語はデスラーとスターシャの愛憎劇が軸となって展開されますが、同時にデスラーの救済とヤマト(イスカンダル)の救済の対決が物語の軸となるでしょう。それともう一つ、「兵器技術に一定の制約を設け、その制約内で工夫して戦う」という方向性も物語で提示してみたい。今までの旧作シリーズでは武器の威力が際限なく増大していってかえって観てる人が白ける事になっていたので、それを何とかできればと妄想しています。実のところヤマト2199の世界では、ガミラスもガトランティスも波動砲の危険性には何百年も前から気付いていて、ガミラスは危険の回避策の研究に時間を費やし、ガトランティスは波動砲の危険性を回避できる兵器として火炎直撃砲を装備していた、と想像する事ができます。波動砲で喜んでいるのは科学技術の遅れた地球人だけだった…という事になるのではないか。

考察と同人を合わせた長文となりましたが、ご容赦願います。ここまでお付き合い頂き、どうもありがとうございました。

ここでお願いがあるのですが、今までコメントで投稿した内容を再構成し、ガトランティス戦役についての記述を加筆した投稿をしたいのですが、よろしいでしょうか?

Re: デスラーとスターシャ6

T.Nさん、こんにちは。

待ってました!
たいへん丁寧な考察、ありがとうございます。
とても面白く読ませていただきました。
英傑としての才能とポジションに恵まれたばかりに、スターシャを力ずくで守ろうとしてしまうデスラー。う~ん、いいですね!!

> ここでお願いがあるのですが、今までコメントで投稿した内容を再構成し、ガトランティス戦役についての記述を加筆した投稿をしたいのですが、よろしいでしょうか?

もちろん大歓迎です。
前回同様にお寄せください。
楽しみにしております。

文書の内容

ナドレックさん

T.Nです。
とりあえず疑問点については解消されましたでしょうか?

もしそうなら、文章を書く作業に入りたいと思います。
内容としては、今までコメントで投稿した内容を再構成したものになりますが、最後に書くヤマト続編の想像については、ガトランティスとガミラス第二帝国の開戦直前の両者の状況、戦争の経過について大幅に加筆したものにする予定です。(今までにコメント欄に書いたものが4万字程度なので文書全体で6万字程度になるでしょうか・・・?)

両者の戦争はまず間違いなく劇中に出てきたワープゲートが戦いの焦点になります。銀河系の支配を巡り、どちらもワープゲートを有効活用しようと知恵を絞る事になりますが、ワープゲートを使用した戦争の様態がどのようなものになるか、素人の拙い文章ですが一つの形を提示してみたいと思っております。また、戦争の様態を考えるにあたってはガミラス・ガトランティス双方の軍隊の兵器システムと戦い方がどのようなものであるのか考える必要がありますので、それについて考察した文書を別資料の形で作成します。図と写真を多用したいので、パワーポイントで作成し、PDFにして送るという形にしたいのですが、どうでしょうか?

考察の手法はプラモの艦艇の形状からその艦艇がどのように運用されていたのか推定し、11話冒頭ドメルの戦いの映像から両者の戦い方を推定するというものです。おそらく今まで誰も見た事がないようなものになるでしょう。ファンの間では長らくの間謎であった(?)ガトランティスの回転砲塔の使い方について、一つの見解を提示したいと思います。

Re: 文書の内容

T.Nさん、こんにちは。

はい、特段の疑問点はありません。

6万字程度であれば一つの記事で掲載可能ですね。

>それについて考察した文書を別資料の形で作成します。図と写真を多用したいので、パワーポイントで作成し、PDFにして送るという形にしたいのですが、どうでしょうか?

FC2ブログに掲載可能なファイルは、拡張子が次のものに限られます。サイズは1ファイルにつき2MBまでです(FC2ブログの有料プランであればもっと融通が利くのですが)。
 jpg/gif/png/mid/swf/ico/mp3/html/txt/css/js/rdf/xml/xsl

パワーポイントで作成した図もこれらのファイル形式にしていただければ掲載できます。
これらのファイル形式にするのが困難な場合は、別途メールでご相談ください。

なお、図や写真を使用される際は、くれぐれも著作権等を侵害しないようにご注意ください。
もちろんT.Nさんが権利を有する図等であれば何ら問題ありません。

日本では著作権侵害が親告罪であるのをいいことに、作品の画像をペタペタ貼って引用の度が過ぎるブログが見受けられます(当ブログの画像のほとんどは、Amazonが権利関係をクリアにして配信しているものです)。同じ過ちは犯したくないので、ご理解のほどよろしくお願い致します。

ゲールも……

>それは結果的にそうなっただけで、テロン艦によって総統府と第二バレラスが破壊された事実に変わりはないでしょうが!! 大体、テロン艦が総統府に突入した時あんた達は一体何をしてた?戦うどころか総統を裏切り者呼ばわりとは何事か。怖気づいてテロン人と取引でもしたのか!?


あの日和見主義者のグレムト・ゲールも、そう思っていたと思われます。

そうじゃなきゃ、30余隻の艦艇を率いて、新政権から離反し、デスラーの下に就くはずがありません。
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