『47RONIN』 真の主人公は誰だ!?

 『47RONIN(フォーティーセブン・ローニン)』のビジュアル――特に城と城下町が一体になって広がる光景が気に入ったので、翌日小田原城を歩きながら『47RONIN』のことを考えていた。
 北条氏が豊臣軍と戦うために籠った小田原城は首都圏から気軽に足を延ばせる距離にあり、復元事業のおかげもあって往時の姿を楽しむことができる。近隣の学校や店舗も小田原城にならってデザインされている上、鎧兜の貸し出しサービスを利用する観光客が侍姿で歩き回るので、城の周辺は別世界のようだった。

 けれども、観光としては小田原城を大いに楽しみながら、『47RONIN』のワクワクした感じはさほど覚えなかった。
 なぜだろう、と考えて、ハタと気付いた。
 日本の城には色がない。小田原城をはじめ、どの城もモノトーンなのだ。鶴ヶ城の赤瓦でさえ、間近で見てようやく赤みがかっていることが判る程度にすぎない。
 それはそれで風格があるけれど、『47RONIN』の赤穂城や長門の城には豊かな色彩があって面白い。細部のデザインをよくよく見れば、日本の城や神社仏閣を参考にしていることが判る。だが、赤穂城に朱塗りの柱が立っていたり、ダークな長門の城から炎のような光が漏れていたりと、面白いアレンジが施されている。
 日本の城に色彩を取り入れるとこんなにも印象が変わるとは、新鮮な驚きだった。

 『47RONIN』は、私たちの住む世界とは別の地球、別の日本を舞台にしたファンタジーだ。
 ハイファンタジー(異世界で展開されるファンタジー作品)といえども、世界観を構築する上では何かをモチーフにせざるを得ない。作品の作り手は無から創造することはできないし、受け手もまったく未経験の世界には親しみを感じられないからだ。
 そこでこれまでハリウッド映画が主にモチーフにしてきたのが、中世ヨーロッパだった。
 それに対して本作は18世紀の日本を題材に、侍や姫君が登場するユニークな世界を構築した。

 いや、ハリウッド映画としてはユニークだと思うが、日本ではこのような超現実的な時代劇も珍しくない。
 日本には伝奇小説の伝統があり、石川賢氏らのマンガ家も好んで伝奇物を描いてきた。映画界においても『魔界転生』、『里見八犬伝』、『タオの月』等々、魑魅魍魎や異星人が跋扈する時代劇を作っている。
 それでも日本人の場合はどうしても歴史的な"常識"が邪魔をして、実在するものを踏襲しがちだ。特にビジュアル面ではリアリティとの兼ね合いを気にせざるを得ない。

 この"常識"に挑んできたのが小峰リリー氏である。
 デザイナーの小峰氏は劇団☆新感線の芝居『蛮幽鬼』や『シレンとラギ』に、侍風でありながら朝廷風でもあり、さらには中国風、ときには西洋風にも見える独特の衣装を提供してきた。
 日本の歴史上のいつかどこかを舞台にしたそれまでの新感線の芝居から、日本が舞台では語れないことを扱う芝居への変化を、衣装面から支えていた。

 そんな小峰氏の仕事に感服していた私にとって、『47RONIN』の衣装や美術は大いに刺激的だった。
 『終戦のエンペラー』を観れば、外国人の美術スタッフでも過去の日本を緻密にリアルに再現できることが判る。一方で、リアリティのたがを外せば本作のようにユニークな世界が作れるのだ。
 そこに広がるのは、ロドニー・マシューズのファンタジーアートのような幻想性と18世紀の日本が融合した摩訶不思議な世界だった。


 物語のモチーフは、人形浄瑠璃や歌舞伎の人気演目『仮名手本忠臣蔵』で知られる元禄赤穂事件だ。
 47人の赤穂浪士が吉良邸を襲撃したこの事件は、映画に小説にテレビドラマにと繰り返し取り上げられている。豊田有恒氏に至っては、47隻の宇宙戦艦が敵異星人を討ちに行く『地球の汚名』なんてSF小説を書いたほどだ。
 西洋でも、稲垣浩が監督し、三船敏郎が出演した1962年の映画『47 Samurai (原題:忠臣蔵 花の巻・雪の巻)』で知られているという。名作『Seven Samurai (原題:七人の侍)』より40人も多いのだから、米国の映画ファンはタイトルを聞いただけで胸が躍ったかもしれない。

 本作は純然たるファンタジーだから史実とは大きく乖離しているが、独自に盛り込まれた要素には意外なほど日本へのリスペクトと日本文化への造詣の深さが感じられる。
 キアヌ・リーヴスが演じるオリジナルのキャラクター、混血児・魁(カイ)が天狗に武芸を学んだ設定は、牛若丸(後の源義経)の伝説を思わせる。
 菊地凛子さん演じる妖婦ミヅキに、『南総里見八犬伝』の玉梓を見る人も多いはずだ。

 もっとも大きな特徴は、日本人や日系人俳優が大挙して出演していることだろう。
 日本が舞台の忠臣蔵なんだから当たり前――ではない。映画では日本人に見えさえすれば良いのだから、本物の日本人をキャスティングする必要はない。アメリカ映画では、しばしば日本人の役を英語が流暢な韓国系、中国系の俳優が演じている。にもかかわらず本作は、キアヌ・リーヴスを除く主要なキャラクターが日本人ばかりな上に、本当に日本人・日系人をキャスティングしている。

 しかも、主人公を演じる大スター、キアヌ・リーヴスの出番が極めて少ない。物語は真田広之さん演じる大石内蔵助が進行させてしまい、キアヌ・リーヴスの見せ場はほとんどない。
 なんと当初の構想では、公開された映画よりもっと出番が少なかった。
 『ワールド・ウォーZ』に負けず劣らず、本作の制作も混乱していた。撮影開始時に1.7億ドルだった予算は2.25億ドルに膨れ上がり、公開時期は二度にわたって延期された。その原因の一つには追加撮影がある。クライマックスのためにキアヌ・リーヴスのアップを撮ったり、龍と戦うシーンを追加していたのだ。
 キアヌ・リーヴス最大の見せ場である龍との戦いが、当初の撮影予定になかったとは驚きだ。
 それどころか、追加撮影するまで彼は最後の戦闘シーンに存在さえしなかった
 たしかに、映画のクライマックスは大石内蔵助たちの戦いが中心で、キアヌ・リーヴス演じるカイは別行動を取っている。カイのシーンが丸々なくてもストーリーに支障はない。
 これではキアヌ・リーヴスが主演とはいえまい。
 追加撮影がなければ、映画は真田広之さんの活躍を描いて幕を閉じるところだったのだ。本来の忠臣蔵のとおり、大石内蔵助が主人公になるところだった。

 映画会社は、追加撮影をさせた上でカール・リンシュ監督から映画を取り上げ、本作を仕上げたという。
 公開されたバージョンも、これはこれでなかなか楽しい。麒麟や龍と戦うところなど、若き日の真田広之さんが主演した 『里見八犬伝』(1983年)のノリである。

 だが、追加撮影する前の、カール・リンシュ監督が当初構想していた映画も観てみたい気がする。
 クライマックスにキアヌ・リーヴスを登場させるつもりのなかったカール・リンシュ監督とは何者なのか。
 カール・リンシュ監督は「以前から四十七士の史実やエピソードについては知っていたよ。」と語る。リンシュ監督は11歳のときに交換留学で1ヶ月ほどを東京で過ごし、日本文化とアートに触れたという。北斎の世界観に魅了された彼の目には、日本がファンタジーの世界に映ったそうだ。
 リンシュ監督は忠臣蔵の映画化に際して、次のような姿勢で臨んだという。
---
日本には“忠臣蔵”のマスターピースと呼べる素晴らしい作品がちゃんと存在しているんだ。僕たちがそれらと競い合うことなんて絶対不可能だ。だったら、僕たちにしか出来ない“忠臣蔵”、つまり“ハリウッド・ファンタジー・エピック忠臣蔵”を作ろうというということになる。ただし、物語の核である忠義・名誉・復讐・正義はしっかり語る。シンプルで普遍的なこのテーマは時代はもちろん、国境や言葉を越える力をもっているからだ
---

 本作の登場人物は、しばしば「武士道」を口にする。
 リンシュ監督が大切にした「忠義」や「名誉」を象徴する言葉が武士道である。
 しかし、忠臣蔵をファンタジーとして撮りつつ、武士道の精神は変えまいとしたリンシュ監督だが、彼が大切にした物語の核もまたファンタジーだったかもしれない。
 なぜなら、米国人の知る武士道とは、新渡戸稲造が米国人向けに書いた本の中のことだからだ。
 1900年、米国在住の農学者新渡戸稲造は、欧米人に向けて英書『Bushido: The Soul of Japan』を刊行した。新渡戸稲造は武士でも何でもないし、そもそもその時代、すでに武士が消滅して久しい。
 彼はただ、欧米人に日本人のことを説明するに当たって、西洋の騎士道を引き合いに出しただけだった。

 日本人なら知っているように、かつて武士は忠義を重んじたりしなかった。もしも忠義を重んじていたら、秀吉はいつまでも織田家に仕えただろうし、小早川秀秋が寝返ることもなかったはずだ。
 忠義が重要視されるようになったのは、中国由来の朱子学が江戸幕府の正学とされ、朱子学者林羅山が身分制度を正当化する「上下定分の理」を打ち出してからだろう。この外国由来の歴史の浅い精神を新渡戸稲造が「The Soul of Japan」として紹介したことから、欧米人の中に「武士道に生きる日本人」像が形作られていく。
 本作に登場する侍に、日本人が違和感を覚えるのもとうぜんだ。中国由来の思想と西欧のオリエンタリズムが生み出した「武士」像は、市井の人には関係ないのだから。

 カール・リンシュ監督は日本の文化をいつも考えており、撮影現場でも「本当にこれで正しい礼儀なのか? 作法なのか?」と心配していたという。
 大丈夫。日本人だって多くの人は正しい礼儀作法なんか知らないから。


[*] 「武士」像の成立と普及については、次の文献を参照されたい。
   橘玲 (2012) 『(日本人)』 幻冬舎


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監督/カール・リンシュ
出演/キアヌ・リーヴス 真田広之 浅野忠信 菊地凛子 柴咲コウ 赤西仁 田中泯 ケイリー=ヒロユキ・タガワ
日本公開/2013年12月6日
ジャンル/[アクション] [ファンタジー] [時代劇]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : カール・リンシュ キアヌ・リーヴス 真田広之 浅野忠信 菊地凛子 柴咲コウ 赤西仁 田中泯 ケイリー=ヒロユキ・タガワ

⇒comment

No title

ハリウッドごっこは面白かったんですが、ビジュアルが日本らしさを出した上で、もちっととんでもない方向に進んでほしかったです(絢爛豪華な色を付けるとどうも中華っぽく見えちゃって)。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
カール・リンシュ監督は浮世絵が好きみたいですからね。
浮世絵は色鮮やかだし、リンシュ監督は知らないかもしれないけど絵巻物もきらびやかですから、絢爛豪華な色を付けるのも日本の美術としておかしくないと思うのです。
本作が面白いのは、モノトーンの城に日光東照宮や厳島神社のような色彩を混入させた点ですね。日本人はついつい城と神社を別物と考えてしまいますが、観光に訪れる外国人からすれば、同じ日本の建築物。その仕切りを取っ払えなかった日本人の固定観念の強さを思い知らされた気がします。
宮崎県の鵜戸神宮なんて、ロケーションの奇抜さもあってまさに本作のようなビジュアルですね。

あけまして

おめでとうございます。
思いっきりだらだらした正月を送らせていただき、やっと動き出しました。
今年も、いろいろとご教授願います。

なんだか見たのも、随分と前に感じてしまったくらいに時が経ってしまいました。
今年の目標はさっさと書くこと!これしかないっす。
あとは骨を折らないことだな。

うーん、そう考えると、日本への理解とリスペクトが、きっちりとあるのが諸外国で受けなかった理由かもしれませんね。
人間って、そうそう割り切れない生き物なんだなあ~と、この映画見ながら感じました。

今年もよろしくお願いします。

Re: あけまして

sakuraiさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

本作は日本のみならず各国でも淋しい成績になってしまいましたね。
私は切腹というものを肯定的に捉えていないのですが、本文からのリンク先でリンシュ監督は「吉良が浅野を討ち、浅野を失った大石たちが吉良を討つ。しかし、大石たちは復讐を果たすのと引き換えに大きな代価を払い、そこで復讐の円環が閉じるんだ」と語り、切腹を復讐の連鎖を閉じるものとして評価しています。単なる見世物として面白がるのではなく、これほどまでに忠臣蔵に入れ込んで作ってくれたのだから、せめて日本ではヒットすれば良かったのですが……。

47RONIN☆ハリウッドデビューは大成功

追加した部分というのは、キアヌリーブスが龍と戦うシーンだったのか
的外れなことを考えてたなあ(反省しきり)

里見八犬伝をもう一度見たいと
YouTubeでちょこちょこと見たとき
こんなにファンタジーだったのかと驚いたけど
それほどまでに私はいやな年の取り方をしてしまったかも(再び反省)
検索するまでは、単純にわくわくして楽しかった記憶しかなかったのに

「こどものこころをもち続けること」とはこのことか

荒野の忠臣蔵47RONINというタイトルを気に入っていたけど

「里見八犬伝と47RONIN」でも、おしていきたいなあ


Re: 47RONIN☆ハリウッドデビューは大成功

きゅうりさん、こんにちは。
今『里見八犬伝』を観て驚くのは、薬師丸ひろ子さんと真田広之さんのラブシーンが延々と続くことでしょうか。公開当時は話題になりましたね。

>「里見八犬伝と47RONIN」でも、おしていきたいなあ

『里見47犬伝』なんて題名はいかがでしょうか。
Secret

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