『かぐや姫の物語』 高畑勲の「罪と罰」とは?

 【ネタバレ注意】

 2013年、高畑勲監督は実に14年ぶりとなる新作映画を発表した。
 『かぐや姫の物語』は、まさに高畑アニメの集大成ともいうべき大傑作だ。これまで世界中を泣かせ、喜ばせ、感動させてきた高畑勲作品のあらゆる要素がここに結実している。
 72歳で長編アニメからの引退を宣言した宮崎駿監督よりも、さらに年上で78歳になる高畑監督が発表したこの長編は、心して観たい作品である。

 何年か前のこと、私は都内にしては閑静なところにある弥生美術館を訪れた。武部本一郎画伯の回顧展が行われたからだ。
 武部画伯は多くの児童書やSF小説の挿絵を手掛けた人なので、本を好きな方にもファンが多いだろう。『火星のプリンセス』のヒロインを描いた絵は、米国のSFファンも魅了したという。『ガラスのうさぎ』のか弱い少女の絵も印象的だ。
 ところが回顧展で伺った話では、武部画伯の絵はあまり児童書に使われなくなったという。武部画伯のみならず、今や多くの画家の絵が使われなくなったそうなのだ。

 代わって児童書に採用されているのは、アニメのような絵だ。
 くっきりした輪郭線でキャラクターを描き、顔も服も濃淡なく彩色するセル画のための技法が、児童書にそのまま持ち込まれて表紙を飾っている。出版社の人間がこのようなアニメ絵を好きなわけではない。こういう絵でないと子供が読んでくれないそうなのだ。テレビ絵本やフィルムコミックの普及と併せて、なんとか子供に本を手に取ってもらおうとする工夫の結果が、アニメ絵を表紙にした児童書なのだろう。
 私は武部画伯をはじめ多くの画家の個性的な挿絵が好きだったし、同時にアニメも好きだったので、複雑な心境だった。

 当代一のアニメーション演出家・高畑勲監督はドキュメンタリー映画『いわさきちひろ ~27歳の旅立ち~』に出演して、淡い水彩画で知られるいわさきちひろさんの魅力について語っている。
 高畑監督は「68年、長女が保育園から持ち帰った絵本にあった輪郭線のないタッチに「この絵で成立するのか」と驚いた一方、子供の不安な気持ちや想像力が内包されていると感心し、ファンになった」という。

 アニメをセル画で作るために確立されたアニメ絵は、アニメーションの技法の一つでしかない。ましてや絵というものは、画材にしろ表現の仕方にしろ、描き手ごとに、作品ごとに千差万別でいいはずだ。
 そんな当たり前のことすら忘れてしまうほど、日本の商業アニメは「アニメ絵」一色に覆われている。

 かくいう私も、高畑監督が1999年に『ホーホケキョ となりの山田くん』を発表したときは、その意義がよく判らなかった。
 水彩画のような淡い描き方は原作に沿っているわけでもなし、『おじゃまんが山田くん』のようなセル画調で良いのではないかと思った。
 けれども、高畑監督が『ホーホケキョ となりの山田くん』以来14年ぶりに発表した『かぐや姫の物語』では、絵柄と内容が密接に結びついていた。

 日本最古の物語『竹取物語』を原作とするこの映画は、美しい絵巻物を紐解くようにはじまる。
 墨と筆で描いたような人物、動物、風景と、淡い彩色が織りなす映像は、あたかも鳥獣人物戯画が動き出したかのようだ。
 物語の背景となる平安時代、その時代性と絵巻物らしいリアリティを打ちだすのに、この絵柄が貢献していることは論をまたない。現代のコンピューター技術があればこそ実現できた映像は、今どきのはやりや風潮に流されることなく、千年以上経っても色褪せない物語を再現している。
 その堂々とした風格に圧倒されるばかりだ。


 『ホーホケキョ となりの山田くん』で挑戦した技術に磨きをかける一方で、芝居については1968年の監督デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険』以来のこだわりを貫いている。

 『太陽の王子 ホルスの大冒険』では絵を描くより先に声を収録するプレスコ方式を採用した。
 日本製アニメの多くが採用しているアテレコでは、絵コンテマンがキャラクターに演技をさせて、役者は絵を見ながらそれに合わせている。
 しかし、プレスコならば絵を気にせずに役者が全身全霊をあげて演技できる。絵コンテを描く人やアニメーターは役者のセリフ回しや息遣いを汲み取って、キャラクターの動作を描き込んでいける。そのような方式だからこそ、『ホルス』では平幹二朗さん、市原悦子さん、東野英治郎さんら名優たちが演技をリードした。

 このやり方は他の高畑アニメでも採用されており、本作も同様だ。
 地井武男さん、宮本信子さん、田畑智子さんをはじめ、そのまま舞台化、実写化してもおかしくない実力あるキャストを揃えたのも、高畑監督の演技重視の姿勢の現れだろう。

 そして本作は、内容もこれまでの高畑アニメの流れにある。
 日常の描写を積み重ねながら少女のたくましさを浮き彫りにしていくところは、『パンダコパンダ』(1972年)のミミ子や『じゃりン子チエ』(1981年)を思い出させるし、そんな少女が空飛ぶ妖精を目にするファンタジックな描写は『赤毛のアン』(1979年)を彷彿とさせる。
 自然豊かな地方でのびのび育った少女が、都会の息苦しさと上流階級の厳しいしつけにさいなまれる本作に、『アルプスの少女ハイジ』(1974年)との類似を見る人も多いに違いない。
 かぐや姫は時に無邪気に、時に横柄に振る舞い、感情の振幅がとても大きい。本当の自分を取り戻そうと雪原をさまよう彼女はまた、人間の心と悪魔の心のあいだで葛藤する『太陽の王子 ホルスの大冒険』のヒロイン・ヒルダの再現に他なるまい。[*1]

 『アルプスの少女ハイジ』に見られるように、「都会」と「反都会的な理想の共同体」の対比は高畑アニメの重要なモチーフだが、後年の『おもひでぽろぽろ』(1991年)や『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)では「理想の共同体」のはかなさも描かれた。[*2]
 かつてアルムの山や東の村に「理想の共同体」を託した高畑勲監督も、「戦後民主主義の希望と挫折の総括」[*2]と云われる『平成狸合戦ぽんぽこ』では「理想の共同体」を目指す闘争の苦い顛末を描き、『ホーホケキョ となりの山田くん』ではもう家族という共同体しか残されていない現代人を描いた。
 そして「理想の共同体」を信じられた頃を振り返るように、労働運動に燃えていた60年代を代表する『ひょっこりひょうたん島』や、東映動画(現東映アニメーション)に入社してアニメーション人生のスタートを切った1959年当時に大人気だった『月光仮面』を劇中に登場させた。

 とはいえ、昔を懐かしんでも仕方がない。
 本作のかぐや姫は何度も「理想の共同体」に帰ろうとするが、そこはすでに無人だったり、彼女の居場所となる位置を別の女性が占めていたりして、単純に昔に帰れるわけではないことが示される。
 『ハイジ』よりも『ホルス』よりもずっと前、高畑監督が演出志望の新人のときに出したプロットが本作の元になっていることを考えれば、本作は過去の高畑アニメの集大成であると同時に、もっと早く作られるべきだった高畑アニメの原点とも云えよう。


 千年以上前の作品を原作にしたこともあって、高畑監督は表面的な今日性は排除している。
 はやりすたりから解放された本作に込められたのは、百年経っても千年経っても変わることのない人の心であり、百年経っても千年経っても変わらない面白さだ。

 もっとも高畑監督は、かぐや姫の現代人らしさを強調している。
 「僕はわがまま娘を描いているんです。わがままなのが、現代の娘の最大の特徴でしょ。僕はなにも昔の物語をそのまま描こうと思ったんじゃない。現代の娘があの時代にタイムスリップして、その時代の中で何をしたか。それを観ることが大きなテーマになるんじゃないかと思ったんだ」
 もちろん、少女を主人公にした作品をつくり続けた高畑監督にとって、「わがまま娘」は悪口ではない。因習に縛られず、自由闊達なヒロインを世に送り出してきた高畑監督は、千年前の物語にも同様の主人公を据えたのだ。
 その人物造形が原作の展開にピタリとはまるのだから、これはもう原作者も同じように考えていたとしか思えない。

 本作も高畑監督の作品らしく、原作には極めて忠実だ。
 高畑監督は原作をないがしろにすることはない。普遍性を持たせるため、あるいはボリュームを増すために脚色することはあっても、原作ファンが反発するようなアレンジを施すことはない。その脚色は原作を深く掘り下げた結果であり、脚色することで原作の行間を埋めているのだ。
 ときには、原作者よりも原作をよく理解しているのではないかと思うほどの掘り下げぶりだ。

 本作も、日本人なら誰もが知っているかぐや姫の物語をほぼ忠実になぞり、原作から外れたことは起こらない。
 にもかかわらず、原作が語らないかぐや姫の心情をきめ細かに描写し、私たちが知らなかった本当のかぐや姫の物語を作り上げている。ストーリーを知っているからこそ、千年ものあいだ日本人が誰も気づいてやれなかったかぐや姫の秘められた気持ちや背景に驚かされる。その確かな心理描写にうならされるのだ。

 『竹取物語』は、月からやってきたかぐや姫が反骨精神を発揮して権力者を袖にした挙句、また月へと還っていく話だ。
 説話が源流と云われるように奇想天外な物語だが、とりわけ不可解なのは姫が犯したという罪だ。かぐや姫は罪を犯したために月の世界から地上に降ろされたという。月から迎えがやってくるのは、罰の期限が過ぎたからだ。
 姫が犯した罪がこの物語の根幹でありながら、原作は最後までそれが何かを明かさない。

 『かぐや姫』の映画化を検討した際、鈴木敏夫プロデューサーは高畑監督に訊かれたという。
 「かぐや姫は、月の人でしょう。数ある星の中で、なぜ地球へやってきたんですか」
 「なんで一定期間いて、月に戻ったんですか?」
 「地球へ来て、彼女はどんな気持ちで、毎日をどう生きてたんですか?」
 「なんで、また元に戻らなければならなかったのか」
 答えに窮した鈴木プロデューサーは、誰もが知っていると思っていたかぐや姫の物語に未知なる広がりがあることに気づかされた。

 本作に驚くとともに感動するのは、「姫の犯した罪と罰」という惹句のとおり、その罪と罰が明らかにされて、それがストンと腑に落ちるからだ。

 半村良氏の代表的な伝奇SFに『妖星伝』がある。松本零士氏のマンガ化によってご存知の方もいるだろう。
 江戸時代を舞台に、特殊な能力を持つ鬼道衆と異星文明を描いた娯楽小説だが、巻を追うにつれて仏教用語が頻出し、生命や宇宙に思いを馳せた哲学的な内容になっていく。
 特に印象的な言葉が「奈落」である。「奈落の底」「奈落に落ちる」という表現もあるように、暗くて深い下の方を指す言葉であり、劇場では舞台や花道の下の空間を奈落と呼ぶ。これはもともとサンスクリット語の「ナラカ」から来ており、地獄を意味する言葉だ。
 『妖星伝』では、この言葉のルーツが宇宙にあると語られる。高度な文明を発達させた異星人は、宇宙の片隅に異様な星を発見する。そこでは生命体が他の生命体の血肉を貪っており、みずからが生きるために他者を殺さねばならなかった。そのおぞましさを嫌悪した異星人は、この星を奈落と呼んだ。奈落(地獄)とは宇宙一の妖星――私たちの住む地球だったのだ。

 『竹取物語』でも、かぐや姫を迎えに来た天人は地球を「穢れた所」と呼ぶ。
 清らかで美しく不老不死の天人からすれば、地球は穢れた土地であり、短い一生をただただ争いごとに費やして死んでいく人間たちは賤しい存在でしかない。
 だとすれば、かぐや姫が地上に降ろされた理由も判る。彼女は流刑者なのだ。穢れた地上にいること自体が罰なのだ。

 たしかに『竹取物語』を改めて読んでみれば、そうとしか思えない。姫と一緒に授かった金で贅沢な暮らしをする翁、姫の心を射止めんと虚言を弄する貴族たち。いずれも天人から見れば賤しい行いでしかなく、地上の醜さを表している。
 そんな場所にたった一人で何年も住まわせるとは、なんてひどい罰なのだろう。あまりにもむごい仕打ちである。
 文庫本にしたらごく薄い『竹取物語』に、大長編『妖星伝』に匹敵する風刺と哲学が込められていたことに、本作を観て私ははじめて思い至った。

 では、そんなひどい罰を受けるほどの罪とは何だろうか。かぐや姫は何をしてしまったのか。
 本作では、それを姫自身が説明している。彼女の罪は、地球に憧れたことだと。穢れた地球、賤しい生物たち、そんなものに興味を持ったことが天人にとっては罪なのだ。
 だから彼女は地上に降ろされた。あそこは危険だと諭しても聞き分けのない子が、だったら一人で行ってみなさいと懲らしめられるように。もう帰りたいと音を上げたなら、連れ戻してあげようという約束で。そのときには地球の嫌な思い出なんかきれいに消してあげようという配慮までしてもらって。

 千年も語り継がれた『竹取物語』から、こんなストーリーを紡ぎだした高畑勲監督には脱帽だ。
 この罪と約束を中心にかぐや姫の物語を語り直すことで、誰もが慣れ親しんだ『竹取物語』はまったく新たな相貌を見せはじめる。

 本作のクライマックスは、虚飾に満ちた都の暮らしに嫌気が差したかぐや姫が、それでも地球には素晴らしいものがたくさんあることを思い起こして、苦悩するところである。
 せっかく地球に来たというのに、自分は何をしていたのか。地球には様々な生き方、様々な暮らし方があり、けっして穢れているだの賤しいだのと決めつけるべきではない。そこに思いを馳せず、一瞬でも地上にはいたくないと思ってしまった自分の愚かなことよ。
 かぐや姫は叫ぶ。「私は生きるために生まれてきたというのに!」

 かつてヒューマニズムを前面に打ち出していた黒澤明監督は、歳とともに作風が変化した。70代で撮った『影武者』や『乱』では、天から人間界を批判するような目線になり、厭世的な気分が漂っていた。
 かつて「理想の共同体」を夢見た高畑アニメも、現実の苦さを前にして徐々にそのトーンを変えてきた。
 それでも高畑監督は、地球の生き物を見下ろす天人の目線に同化せず、人間と一緒になって野山を駆け回る天人の少女を主人公に据えることで、人間の、生命の、地球の素晴らしさを謳い上げた。天人から見れば人間は無知で愚かな存在かもしれないが、少女は彼らを肯定した。地球を丸ごと肯定した。
 高畑監督が到達したこの境地の、なんと感動的なことか。

 天の羽衣をまとったかぐや姫は、天人の一人となって月へ還ってしまう。
 だが、本作でかぐや姫は、月に向かいながらそっと地球を振り返る。
 原作にはない高畑勲の演出である。


[*1] 人間の心と悪魔の心の二面性を併せ持ち、市原悦子さんをして「こんな複雑な主人公ははじめて」と驚かせた少女ヒルダの源流は、レフ・アタマーノフ監督の『雪の女王』(1957年)に登場した「素直な顔」と「すさんだ顔」を持つ少年カイであろうことが、おかだえみこ著「日本のアニメを変えた人―高畑勲の軌跡 作家論・高畑勲」にて示唆されている。

[*2] 高畑・宮崎アニメの描く「理想の共同体」とその変質については、佐藤健志著「共同体への夢と幻滅~ジブリ作品はどこに行くか」に詳しい。

[*1]、[*2]ともに、『キネマ旬報臨時増刊1995年7月16日号 宮崎駿、高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』所収

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監督・原案・脚本/高畑勲  脚本/坂口理子
出演/朝倉あき 高良健吾 地井武男 宮本信子 高畑淳子 田畑智子 立川志の輔 橋爪功 上川隆也 伊集院光 宇崎竜童 古城環 中村七之助 朝丘雪路 仲代達矢
日本公開/2013年11月23日
ジャンル/[ドラマ] [ファンタジー]
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【theme : ジブリ
【genre : 映画

tag : 高畑勲 朝倉あき 高良健吾 地井武男 宮本信子 高畑淳子 田畑智子 仲代達矢 橋爪功 上川隆也

⇒comment

こんにちは。

コメントとTB、ありがとうございました。

「竹取物語」を高畑監督の解釈で、
新たな息吹を吹き込んでいたと思います。

ラストに地球を振り返る姫のシーンはとりわけ印象的でした。

御門

こんにちは。
TB&コメントありがとうございます。

この映画は、はじめはストーリーと絵を見るのに一生懸命でしたが、2回見ると色々なメタファーが含まれた深い作品だった事に気づき、2回目の方が感動しました。

言われてみると御門とグルンワルドに似ているかも?

今も昔も…

姫はやはり地球の住人ではない「客」であり、
根源的な「切実さの無さ」がどうしても白々しかったです。

資本家家系のお嬢さんが活気あふれる労働者や市井に憧れる構図は、
よく描かれるんですけど、むしろ生存そのものを肯定するが故に、
結局のところは地球にも「月世界」的なものが築かれるんだよなぁと。

集団に還元される個もとい「私」の苦しみですよね。
生存感と実生存の混同、「感」に意義付けしつつ築きあげたらある日「私」が唾棄され、
集団にとっての「私」の道具性が顕になって、自由意思だの何だのと苦しむ青臭いフェーズ。
実際には月世界に成ってないんですが。

シマックの『都市』なんかも通じるな~と思いながら、
またニーチェっぽくて、メッセージは少し懐かしいと感じました。
前時代的な拡大の物語の中では響いたかなとも思いました。
でも実際今自分が果たして地球にいるのか月世界にいるのか、いやどうしたって地球だろ、と、
庶民が確認するには良い映画だったと思いました。

No title

だから最後に仏様と天女の一団が必要だったんですね。納得です。
まだ一回しか見てないので今週に2回目を。

地井さん・・・

こんばんは・・・
興味深く読ませていただきました。

確かに、地球に憧れたこと自体罪なのかもしれないですね。
その地球に生きる意味を見出して、もっと暮らしていたい。と思いながら戻されてしまった姫が切ないです。

プレスコ方式のおかげで、地井さんの翁が聞けてよかったです。
声優さんもみんな素晴らしかたったです~。

圧巻

「風立ちぬ」に続いてお爺さんたちの仕事に打ちのめされました。
誰もが知る物語から、こんな深遠なテーマを引き出すとは。
非の打ち所が無い完璧な娯楽映画でした。
もう何度か観てしまいそうです。

こんばんは

トラコメありがとうございますノシ

日本のアニメには抵抗があるんですが、ナドレックさんが大絶賛しているのを見て、騙されたと思って見に行って来ました。
いや、すごいですね、これ。高畑監督が『おおかみこども』をやるとこうなるんだ、という。まあおおかまいじゃないか・・・たけのここどもか・・・

日本のサブカルチャーって事前の了解事項や「それは言わないお約束」みたいなのが多くて、私はなんか距離感を感じてしまうのすが、やっぱり、作る方は、その前提となっている設定に「なんで?」という疑問を持って、掘り下げたほうがいいですよね。
それだけでも、マンネリと言われていたものはこれほどまでに新鮮なものに見えてしまうという。
勉強させてもらいました。

Re: こんにちは。

BROOKさん、こんにちは。
高畑監督の解釈、素晴らしいですね。
しかも凄いのは、最初の着想から55年を経てもアイデアが揺らいでないことです。
『かぐや姫の物語』と『風立ちぬ』の新作発表会見において、東日本大震災を受けて手を加えたり、修正した部分はあるかを問われた鈴木プロデューサーは、次のように答えています。
「あの時、すでにシナリオはほぼできていました。どんなことがあってもゆるぎないものを作ろうと思ってましたから、そのことで影響はありませんでした。」
http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/1212/05kaze_kaguya_sk.html

なかなかこう云えるものではありません。さすが!

Re: 御門

masalaさん、こんにちは。
宮崎駿氏のセンスなのか、主人公に敵対する相手には四角い顔の人物が思い浮かぶジブリ作品において、御門の面長な顔は珍しいですね。この長さは、ヒルダを妹にして苦しめたグルンワルドに匹敵すると思ったのですが、記事本文では黙ってました:-)

試写会と初日に足を運びましたが、観れば観るほど晴らしさに圧倒されます。
試写会後に書いた感想をようやく公開できてスッとしました:-)
本作は墓まで持っていきたい一本です!

Re: 今も昔も…

akさん、コメントありがとうございます。
ニーチェですか!
最後の迎えのシーンは阿弥陀来迎図から構想したそうですが、たしかに本作のかぐや姫はカミ様ホトケ様の世界を否定し、大地の素晴らしさを強調してるんですよね。
なるほどー!

『都市』との対比で云うと、天人を見送る私たちは哀れな犬に相当しましょうか(^^;

> いやどうしたって地球だろ

まったくです:-)

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
『妖星伝』では、地球を観察する異星人をポータラカ人と云います。ポータラカとは極楽浄土のことです。そこから地獄のような地球を見下ろす構図が似ているなと思いました。
ところで高畑監督は、阿弥陀来迎図の中で楽器を演奏している天人たちを見て、悩みのないサンバのような音楽だろうと考えたそうです。
私たちにとっては悲しい別離のシーンが、天人にとっては姫の帰還を喜ぶ祝祭になっている。そのギャップが衝撃的でした。

Re: 地井さん・・・

マリーさん、こんにちは。
最後の最後、赤ん坊の姿のかぐや姫のショットで幕を閉じるのが印象的ですね。地球に生を受けたことを改めて噛み締めよう、そんな意図が伝わってくる、高畑監督にしては珍しいイメージショットでした。

出演陣もさすがですね。高畑作品のキャスティングはいつも圧巻ですが、本作はとりわけ素晴らしいと思いました。
五人の公達がとうとうと話す場面の面白さ!橋爪功さんの武勇伝はプレスコならではですね。

Re: 圧巻

ノラネコさん、こんにちは。

> 非の打ち所が無い完璧な娯楽映画でした。

まったく同感です。完璧な映画というものがあることを思い知らされました。
しかも、誰もが知ってるストーリーをそのまま映画にして!
以前の記事でも書きましたけど、優れた作品はストーリーがバレててもちっとも損なわれないんですよね(落語やシェイクスピア劇のように)。
絵画を鑑賞するように、音楽を聴くように、何度観ても堪能できる映画ですね。
貴ブログにも書かせていただいたように、長編アニメーションは今から「『かぐや姫の物語』以降」というたいへんな時代に入ったのだと思います。

Re: こんばんは

ゴーダイさん、こんにちは。
アニメファンだった私が日本のアニメを見なくなったのも、事前の了解事項や「それは言わないお約束」が増えたからです。
高畑勲氏や宮崎駿氏のようにアニメーションの黎明期を切り開いてきた人には、もちろん「事前」も「お約束」もありませんでした。
彼ら先人の成果を後進の人たちが真似するうちに、先人が苦労して切り開いた背景や必然性が置き去りにされ、単なる事前の了解事項や「それは言わないお約束」になってしまったように思います。
でも高畑勲氏や宮崎駿氏は、それらが所与のものではなくて、事情があっての結果に過ぎず、状況が変われば(変えれば)従わなくて済むことを知っています。私が今も両氏の作品なら足を運ぶのは、「事前の了解事項」への甘えがないからです。
それはたとえば、日本のアニメーションももともとは世界と同じくプレスコ方式で作っていたのに、テレビアニメの量産時代になって早く安く作れるアフレコ方式が主流になってしまったことや、誰でも彩色できるように、ハッキリした輪郭線の内側に同じ色を塗り込める"ぬり絵方式"のセル画になってしまったことを、「当たり前」とは思わない姿勢です。
『赤毛のアン』第1話を観たときにその新しさ(お約束の打ち破り方)に衝撃を受けましたが、本作もまた衝撃的でした。

さらに高畑監督の凄いのは、徹底的に考え抜いて作品をつくっていることですね。
映画やテレビドラマを観ていると、しばしば「不勉強だなぁ」「思慮不足だなぁ」と感じることがあります。でも、高畑作品にはそれがない(宮崎作品も)。
ゴーダイさんのブログにもコメントしましたけど、当記事で紹介したキネマ旬報臨時増刊の大塚康生氏のインタビューが面白いのです。
宮崎駿氏について「宮崎さんは全部ブッ壊して自分流にしてからやりますから。(略)原作の否定から始めるんです。」と説明する一方で、高畑勲氏について次のように語っています。
「もの凄い勉強家です。勉強で映画を作るというくらい勉強します。百科事典から何から全部ね、膨大に勉強して上澄みで映画を作ります。(略)その時は勉強したから好きになってるんです。そういう独特のアプローチをするんです。
『じゃりん子チエ』でも、あれはあの世界が好きにならなきゃ出来ないですよ。大阪行ったり、(原作)本をボロボロになるまで読み込んでね。それで(原作者)はるき悦巳さんの気持ちというものを、ものの見事に出してました。(略)あれは紛れもなく100パーセントはるき悦巳さんの世界です。高畑さんの凄さはそこなんです。」

受け手が子供の頃は、作り手の知識・経験の方が遥かに上回っているので、どの作品も面白く思えますが、受け手が大人になるとなかなかそうはいきません。ちょっとやそっと作り手が勉強しても、中途半端な知識のひけらかしは受け手に見透かされてしまいます。
だから、膨大に勉強しながら「上澄みで映画を作る」のが肝心なんですね。
高畑監督は本当に凄い人だと思います。

No title

「風立ちぬ」は個人的にはとてもよかったけれど、若い人には面白くないかもね…とも思ったのですが、これは誰もが知っている物語をそのまんまでこんなに面白く描けるなんて!と感激しました。(だからYahooのレビューでけなしてる人が多いのにびっくりしました…)
個人的にはかぐや姫の罪と罰にナウシカ(原作)を思い出したりもしました。
延々続く泥沼の戦争ののち、究極の平和を拒否するナウシカには大変衝撃を受けたものですが、(設定ははるかに平和ながら)かぐや姫にも同じものを感じました。
月の平安より、雑駁な地球と人間の生を愛するかぐや姫の物語は、映画を見慣れすぎの私にも稀にみる素直に感動できる映画でした。
ラストの音楽がまた意表をつく感じで面白かったです(笑)

Re: No title

mi~yaさん、こんに/ちは。
この映画をけなす人がいるんですね!
普通は好きな映画をけなされると悲しかったり残念だったりしますが、本作の場合は全然気になりません。それほど圧倒的な素晴らしさでした。
けなす人の存在は、生物多様性が保たれてることの証明でしょうか:D

本作で注目すべきは石作皇子のセリフだと思います。
人の云うことをあまり聞かないかぐや姫が、石作皇子の「ここではないどこかへ」という誘いには心震えてしまいます。これこそかぐや姫がもっとも動揺した言葉でしょう。
結局のところ石作皇子の言葉は信じるに足るものではありませんでした。このエピソードはコミカルに描かれていますが、幸せは「ここではないどこか」にはないという主張は『かぐや姫の物語』全編を貫いています。
いや、『かぐや姫の物語』にとどまらず、高畑作品の多くに見られる主張でありましょう。『赤毛のアン』において、華やかな都会を満喫したアンが土産話を「でも私が一番嬉しかったのは、このグリーンゲイブルズが見えてきたときよ」と締めくくったように。
社会を批判することがあっても、それでも「今ここ」を肯定する(肯定せざるを得ない)高畑監督の心情にグッと来ました。

ラストの音楽も良かったですね。意表をつかれました。

No title

はじめまして。
私も映画の非常に練りこまれた脚本に唸らされました。
ただ、仏教世界に対する認識がないと、普通の人は姫の犯した「罪と罰」について理解ができないのでは・・・とも思いました(尤も単に「竹取物語」としてみても十分面白いのですが)。
私の映画への理解度が間違ってないか心配で他に見た人の感想をググって調べていたところ、
このブログを見つけて安心した次第です(恥)。
ちなみに姫に対する「罰」については、
私はナドレックさんとは少し認識が違います。
穢れた地球に飛ばされたことは「罰」の一環ではあってもメインではないと思うのです。
姫は「月世界には戻りたくない」と言ってましたし、姫にとっては決して罰とはいえないのです。
姫に対する「罰」は、かつて月から地球を眺めて時折り涙を流していた人のように
姫自身も地球の暮らしを完全には忘れられないまま、二度と戻れない地球を月世界から眺めるしかない、ということなのではないでしょうか。
地球(俗世)で喜怒哀楽や驚き、感動を知ってしまった姫には
極楽浄土においてそれが最大の罰だと思えるのです。

Re: No title

未記入さん、こんにちは。
返信が遅くなり申し訳ありません。
映画の解釈は人それぞれなので、未記入さんの解釈もありますね。
ただ、姫の心情としてはそのとおりでも、罰を定めた天人の視点で考えるといささか矛盾が生じるように思います。

一つは、天人が姫を迎えに来たときに、「罪の償いの期限が終わったので、こうしてお迎えにやってきた」と述べていることです。刑期を終えたので赦してやろう、と天人は云ってるので、月に戻った姫が地球を思って苦しむことを罰と考えていたなら、この言葉は嘘になってしまいます。

二つ目に、天人が地球のことを穢れた所、人間を賤しい者と呼んでいることです。そんな地球に下ろされるのは、天人にとって残酷でひどい罰のはずです。姫が月に戻りたがらないのは想定外であり、天人の意図としては姫が地球の穢れを目の当たりにしたら懲りるはずだと考えるのではないでしょうか。
もしも姫が月に戻っても地球のことを思い続けることまで意図していたとすれば、天人は地球が魅力的な世界であることを、少なくとも姫がまた行きたくなるほど良いところであることを認めたことになります。それでは地球に憧れた姫を罰したことに一貫性がありません。

また、そもそも地球に下ろす前と姫の状況が変わりません(短期間ながら地球に滞在したことで、ますます地球への思いが強まってしまい、状況が悪化するやもしれません)。天人にとってもたいせつな幼い姫を穢れた地球に下ろしたのは、地球なんかに憧れない良い子に成長させるためでしょうから、地球のことなどきれいさっぱり忘れてくれなければせっかくの流刑が無駄骨になってしまいます。

ここに挙げた天人のセリフは『竹取物語』のものですが、この映画は『竹取物語』の物語はそのままに、そこに内包された真の物語を描くことが狙いですから、高畑勲監督もこのような天人のスタンスを踏まえて本作を構想したものと思います。
なので、天人が課した罰としては、地球への流刑がすべてではないでしょうか。

本記事は試写会で鑑賞した直後に私の思いで書いたものですが、その後刊行された『かぐや姫の物語 ビジュアルガイド』に高畑勲監督の企画書全文が掲載されており、そこには監督の意図が綴られています。高畑監督らしく、企画書というよりもかぐや姫に関する論文に近いもので、『竹取物語』と『今昔物語』を比較したり、過去の解釈の妥当性を検証しながら、『竹取物語』が語らなかった真の物語を解明しようとしており、たいへん興味深いものです。
パンフレットにも収録された文章には、姫が地球にやってきた理由を「月の人たちにとっては、罰として地上の穢れを姫に体験させるため」と書かれていますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。
Secret

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かぐや姫の物語

■「かぐや姫の物語」(2013年・日本) 監督=高畑勲 声の出演=朝倉あき 高良健吾 地井武男 宮本信子  日本最古の物語とされる「竹取物語」は、これまで数々の映像化がなされてきた。僕らは幼い頃からそれを幾度も目にしてきた。小学校高学年の頃には、竹取物...

映画・かぐや姫の物語(試写会)

2013年 日本 11/11名鉄ホールにて舞台挨拶がありました鈴木敏夫&西村義明プロデューサー主人公・かぐや姫の声優を務めた朝倉あきさん主題歌「いのちの記憶」作詞・作曲・歌の二階堂和美さん伴奏はベース(和美さんのご主人)のみ、ナマで「いのちの記憶」が聞け...

映画「かぐや姫の物語」@イイノホール

 今回、私は試写会で本作を2回見る事が出来た。 一回目、文芸春秋さん主催。日曜日の夜の試写会はお子さんから年配の方まで幅広い年齢層で女性客が多い。客入りは7~8割くらいだ。二回目、AOLさんに招待された。平日夜の試写会の客入りは7割弱位でかなり空席が目立つ。

かぐや姫の物語

切なくて悲しくて美しい!  

『かぐや姫の物語』 試写会で鑑賞〜

                     姫の犯した罪と罰。 『かぐや姫の物語』 監督・原案・脚本・・・高畑勲 製作・・・氏家齋一郎 音楽・・・久石譲 主題歌・・・二階堂和美 声の出演・・・朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、...

かぐや姫の物語

姫の犯した罪と罰(試写会)

かぐや姫の物語

試写会で観ました。正直予告を見た時全然期待していませんでした。絵もシンプル過ぎひん?って思ったのと、「姫の犯した罪と罰」というキャッチコピーに、こういう意味ありげなコピーは怪しい予感がしたんで。ダルくなりそうな。しかも上映時間が2時間17分という長さで...

『かぐや姫の物語』

生きているという手応えさえあれば、幸せだった。 日本最古の物語「竹取物語」を大胆に新解釈することもなく、ただかぐや姫の心情を中心に描くことで見事に大人の、そして家族の ...

かぐや姫の物語

さて、ジブリの高畑監督最新作 風立ちぬと同時公開がここまで遅れたんですよね 高畑監督は火垂るの墓、平成狸合戦ぽんぽこ、そして初期の世界名作劇場のイメージです 独特のタッチの作画とかぐや姫が題材ということで個人的には気になっていたので見てきました 風立ちぬも夏に見ているんですが、個人的にはかぐや姫のほうが好みでしたね あらすじ 今は昔、竹取の翁が見つけた光り輝く竹の中か...

[映画『かぐや姫の物語』を観た(寸評)]

      ☆・・・観てきました。  『まどか☆マギカ 叛逆の物語』の三観目と連続して見たのですが、そのクライマックスの「忘却」についての論じ方が、似ている点もあり、こちらの作品の方が、よりクールに描いている点もあり、その符号が興味深かった。  私は、常...

和製アルプスの少女ハイジ。『かぐや姫の物語』

「竹取物語」を題材にスタジオジブリの高畑勲監督が手掛けた劇場アニメです。

かぐや姫の物語

感想にネタバレ含みます。 ↓ ・ ・ ・ ・ ・ 1. テーマは高畑版「生きねば。」 生きろとか生きるって素晴らしいとかはジブリ作品の共通するテーマですが、今回も同じくです。 50億と8年間かけてスタジオジブリのプロが作ってるのだから、褒めざるを得ないようなクオリティではあります。 でも何か褒めきれない部分もあり… 例えばカップル...

「かぐや姫の物語」かぐや姫が望んだものに気づいた先にみたお金では手にできない本当に望んだ身近な幸せ

「かぐや姫の物語」は高畑勲監督の最新作で原作「竹取物語」を忠実に描いた作品で、私たちが良く知る竹取物語のかくや姫の視点から観たストーリーである。ありふれた実に有名な作 ...

『かぐや姫の物語』

もうちょっと高畑勲なりの大胆な解釈とかが加わっているのかと思ったけれど、まんま「竹取物語」だった。 超綺麗なアニメで「竹取物語」を作っているだけ。 まぁその「超綺麗な」 ...

『かぐや姫の物語』 2013年11月9日 一ツ橋ホール

『かぐや姫の物語』 を試写会で鑑賞しました。 凄い勢いで成長するから前半30分のペースなら1時間で終わると思った 【ストーリー】  諸事情によりストーリーを記載しておりません。   ↑  だそうです(笑)...cinematodayです。 ということなので、この映画はストーリーを明かしてはいけないのかな。。。 みなさんのコメントを見ているち一般的な話だということらしいのですけど 私は昔...

かぐや姫の物語

高畑勲監督が『竹取物語』をもとに8年の時間を掛けて創り上げたアニメです。 あの御伽噺がどんな長編映画になるのだろうと気になっていました。 水彩画のような独特の絵の迫力と生きることへの強烈な想いに圧倒されるような作品でした。

かぐや姫の物語

昔々、竹取の翁(おきな:老人)と妻の嫗(おうな:老女)は、光り輝く竹の中で眠っていた小さなお姫様を大切に育てていた。 姫は地元の子どもたちと一緒に野山を走り回る元気な女の子に成長したが、竹から出てくる金(こがね)で裕福になった翁は、都で姫を立派な女性に育てようと決心する。 住み慣れた山里を離れ、貴人の娘としての教育を受けた絶世の美女かぐや姫の元には求婚者が殺到するのだが…。 アニメーション。

『かぐや姫の物語』 (2013)

溺れて然るべき、壮麗おとぎ話! 巨匠だからこそ造りえた、贅沢かつ冒険心に溢れた一級品であった。 本作は、宮崎駿としのぎを削り、日本のアニメーションの礎を築いたレジェンド、高畑勲監督作。製作期間8年、50億円(!)の巨費を投じた、まぎれもない超大作だ。 ...

たけのこ、パタリロ、アントニオ猪木(違)〜「かぐや姫の物語」〜

注※ネタばれで書きますのでこれから行かれる方は鑑賞後に。 予告編でのあのスピード感あふれる墨絵風な絵に まず度肝ぬかれましたね。 どんな展開になるのかまるで想像がつかなくて。 桜の下で嬉しそうにはしゃいでいる姫の笑顔と バックで流れるうたにとっても心...

映画『かぐや姫の物語』

 新宿ピカデリーにて『かぐや姫の物語』を鑑賞してきました。各回最大客席数の1番シアター(580席)での上映ですが、なぜか唯一小さな5番シアター(157席)で上映している11:40の回で。月曜日の午前中ですが、そこそこの入りでした。  元々は興味のない作品でした。『…

かぐや姫の物語・・・・・評価額1800+円

かぐや姫が、本当に欲しかったもの。 巨匠・高畑勲が78歳にして挑んだのは、日本における物語の祖にして最初のSFファンタジー、「竹取物語」の初の長編アニメーション映画化である。 137分の上映時間は、比類するものの無い至高の映画体験。 天土火水、森羅万象の中の生命への慈愛が、スクリーンから溢れ出る。 ここにあるのは作家の小宇宙に再構築された、この美しき世界そのものだ。 作品の志向...

高畑勲監督14年ぶりの新作「かぐや姫の物語」とその思想

高畑アニメと出会ったのは、忘れもしない小学校4年生の時であった。僕が通う岡山大学

かぐや姫の物語 ★★★★

数々の傑作を生み出してきたスタジオジブリの巨匠、高畑勲監督が手掛けた劇場アニメ。日本で最も古い物語といわれる「竹取物語」を題材に、かぐや姫はどうして地球に生まれやがて月へ帰っていったのか、知られざるかぐや姫の心情と謎めいた運命の物語を水彩画のようなタッ...

かぐや姫の物語

子供の頃から記憶にある竹取物語は竹からうまれたかぐや姫がなんでか知らないけど月に帰っていくものだった。それが貴族の世界に憧れた老夫婦の願いを叶えるために姫となった娘の悲劇だったのだ。ほとんど無駄なシーンがないほど完璧な映画になっていた。

ネタバレ編:高畑勲[監督]『かぐや姫の物語』(2013年)を観た。

◯ネタバレ編:高畑勲[監督]『かぐや姫の物語』(2013年)を観た。 ※少しだけ

[映画][☆☆☆☆★]「かぐや姫の物語」感想

 「ホーホケキョとなりの山田くん」以来14年ぶりとなる、高畑勲監督(兼・脚本、原案)最新作は、「竹取物語」を基にした長編アニメーション。 まったく何の変哲もない、我々のよく知るごく当たり前の「かぐや姫」。にもかかわらず、これほどまでに観る者の心を惹きつけ、

映画「かぐや姫の物語」

映画「かぐや姫の物語」を鑑賞しました。

『かぐや姫の物語』

14年ぶりという新作、高畑勲渾身の一作か。ストーリーは「竹取物語」そのまま。原作では語られない姫の心情を高畑解釈で細やかに載せた作品でした。動く水彩画のような滑らかなアニメーションはどれほどの労力を要したか推して知るべし。時間とお金をかけ、丁寧に創られた...

『かぐや姫の物語』

□作品オフィシャルサイト 「かぐや姫の物語」□監督・原案 高畑 勲 □脚本 高畑勲、坂口理子 □キャスト(声) 朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、          田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院 光、宇崎竜童、          ...

「かぐや姫の物語」は人間の業の肯定の物語である

高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」を鑑賞。 この作品は、かぐや姫が地球で生まれ、育ち、人と出会い、そして月へ帰る。 かぐや姫が生きる中で起こった出来事の喜怒哀楽を見事に切り取った、 タイトル通り、「かぐや姫の物語」といえる作品だ。 そんな「かぐや姫の物語」は人間の業を描いた作品であるともいえる。 「かぐや姫の物語」におけるかぐや姫の人物像。そして感情。 本作を見て一番強く思...

いのちの記憶~『かぐや姫の物語』

 光る竹の中から、小さな女の子を見つけた竹取の翁(地井武男)は、家に連 れ帰り竹取の媼(宮本信子)とともにその子を育てる。たけのこのように急成長 した少女は、都に移り住み 「かぐや」 という名の美しい姫となった。  高畑勲監督、14年ぶりの作品。正直、この日本を代表する映画監督に対し、 宮崎駿ほどの思い入れはない。作品の全てを観ているわけでもないし、本作 の公開を知った時も...

かぐや姫の物語

 『かぐや姫の物語』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。 (1)高畑勲監督が、製作期間8年、総製作費50億円を費やして作ったアニメだということで、映画館に行ってきました。  本作は、原作の『竹取物語』にかなり忠実に従いながらも(登場人物を若干増やしていますが)、な...

『かぐや姫の物語』を観てきた!?

『かぐや姫の物語』を観てきました。かぐや姫の物語 - 映画.com いやいや久しぶりの高畑監督作品ということで初日満員でした。 ストーリーは日本人なら誰でも知っている昔話。それをかぐや姫を含めた周りの人たちの感情や振る舞いを交えた形で再現した物語です。まぁこう言ってしまえばそれまでの作品なんですが、ジブリ作品にありがちな強気の眼ジカラの強いおなごをかぐや姫にあてはめてくれた感じでした。 ...

かぐや姫の物語/朝倉あき

スタジオジブリの巨匠・高畑勲監督が14年ぶりに手がけた劇場アニメーション映画最新作は「竹取物語」を題材にかぐや姫の運命を水彩画のような繊細なタッチで描き上げた物語です。 ...

「かぐや姫の物語」 生命力のある線

宮崎駿監督と並ぶスタジオジブリの2枚看板の高畑勲監督の最新作です。 当初は「風立

かぐや姫の物語

ジブリ高畑勲監督最新作、筆書き風の優しい線で描かれたアニメ映画『かぐや姫の物語』を観てきました。 ★★★★★ 優しい画風で、とことん美しい竹取物語に感動しました。 誰もが知っている竹取物語のプロットに忠実に、ジブリ流の情熱とノスタルジックな演出で味付けされた...

『かぐや姫の物語』('13初鑑賞99・劇場)

☆☆☆☆- (10段階評価で 8) 11月23日(土) 109シネマズHAT神戸 シアター8にて 15:20の回を鑑賞。

映画「かぐや姫の物語」感想

11月23日(土)公開の「かぐや姫の物語」を鑑賞してきました。 【送料無料】【先着特典:映画「かぐや姫の物語」音源CD(ジャケットと別絵柄の紙ジャケ仕様)... あらすじ: 今は昔、竹取の翁が見つけた光り輝く竹の中からかわいらしい女の子が現れ、 翁は媼と共に大切に育てることに。 女の子は瞬く間に美しい娘に成長しかぐや姫と名付けられ、うわさを聞き付けた男たちが 求...

かぐや姫の物語

2013年11月25日(月) 21:00~ TOHOシネマズ川崎5 料金:0円(フリーパスポート) パンフレット:未確認 予告編、出し惜しみすぎ 『かぐや姫の物語』公式サイト フリーパスポート21本目。 ジブリにしては、客が入っていないようだ。 高畑勲の前作「山田くん」よりはマシだろうけど。 上の画像は、最初の予告編で出てきたものだが、これ自体の扱いは物語の中盤。決してクライマッ...

かぐや姫の物語

【監督】高畑勲 【出演】朝倉あき/高良健吾/地井武男/宮本信子 【公開日】2013年 11月23日 【製作】日本 【ストーリー】 この地で、ひとりの女性が生きた。笑い、泣き、喜び、怒り、その短い生の一瞬一瞬にいのちの輝きを求めて。数ある星の中から彼女は何故地球を選んだのか。この地で何を思い、何故月へ去らねばならなかったのか。姫が犯した罪とは、その罰とはいったい何だったの...

「かぐや姫の物語」

月から来た娘は、自分らしく生きることを許されなかった。

かぐや姫の罪について考える

ジブリ高畑勲監督が描くかぐや姫。 彼女の罪とは何だったのか。    【送料無料】かぐや姫の物語 [ 高畑勲 ]価格:462円(税込、送料込) 彼女の罪については、以下のページがある。 『かぐや姫の物語』考察。「姫の犯した罪と罰」とは何か(エキサイトレビュー) 「虫…

「かぐや姫の物語」 (2013 ジブリ)

わたしはいまだにわからないのだけれど、高畑勲の前作「ホーホケキョとなりの山田くん

かぐや姫の物語

かぐや姫の物語 '13:日本 ◆監督:高畑勲「ホーホケキョとなりの山田くん」 ◆主演:朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院光、宇崎竜童、古城環、中村七之助、橋爪功、朝丘雪路、仲代達矢、三宅裕司 ◆STORY◆今...

映画 かぐや姫の物語

JUGEMテーマ:映画館で観た映画    ◆スタジオジブリ作品    「かぐや姫の物語」を姫の罪と罰に焦点を当てた作品と言うことで    昔読んだ絵本と違う印象を持ったので見に行ってきました。    映画観はお子様が大勢いて、映画中に話し出すは ...

かぐや姫の物語  監督/高畑 勲

【声の出演】  朝倉 あき (かぐや姫)  高良 健吾 (捨丸)  地井 武男 (翁)  宮本 信子 (媼) 【ストーリー】 今は昔、竹取の翁が見つけた光り輝く竹の中からかわいらしい女の子が現れ、翁は媼と共に大切に育てることに。女の子は瞬く間に美しい娘に成長しか...

今までにない画で見せるかぐや姫

2日のことですが、 映画「かぐや姫の物語」を鑑賞しました。 またまた、ジブリの新作で 今回は久々 高畑勲監督作 まずは その画の新鮮さ、美しさ まるで水墨画のような この表現だけで見る価値はあるし、画期的といえるかと またそれが効果的に使われていて 物語は題...

かぐや姫の物語

【概略】 竹の中から生まれ、すぐに成長して美しい娘に育ち、求婚者たちを次々と振ったあげく、満月の夜、迎えにきた使者とともに月へと去ってしまう――かぐや姫はいったい何のために地球にやってきて、なぜ月へ帰ることになったのか。この地で何を思い生きていたのか。かぐや姫の罪とは、その罰とはいったい何だったのか。 アニメーション 生きているという手応えさえあれば、幸せだった。 繊細で...

かぐや姫の物語

2013年 日本 137分 ドラマ/ファンタジー 劇場公開(2013/11/23) 監督: 高畑勲 制作: スタジオジブリ 企画: 鈴木敏夫 原案: 高畑勲 脚本: 高畑勲 音楽: 久石譲 主題歌: 二階堂和美「いのちの記憶」 声の出演: 朝倉あき:かぐや姫 高良健吾:捨丸 地井...

高畑勲を語りたい 高畑勲 『かぐや姫の物語』

今日からまた一週間姪っ子をあずかることになりました。かわいいんですけど初日から体

かぐや姫の物語

アカデミー賞、ノミネートまでいったのですが、惜しかったですね。まるで、水墨画のようなタッチだけど、無駄を削ぎ落したビビッドな動きが両立していて感動的。日本人なら、誰もが知っている「かぐや姫」及び、「竹取物語」は古典で学校で習い、原書を覚えさせられたので、「わぁ、あの時代(の図や、微妙な習慣)を映像化すると、こうなるのですね」という意味でも感慨無量でした。古典に、人間的要素が肉付けされていて、...
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