『怪盗グルーのミニオン危機一発』 すべてを引っくり返すラスト

 【ネタバレ注意】

 数ある007映画の中でも、特別に好きなのが『007/カジノ・ロワイヤル』だ。
 といっても、2006年に公開されたダニエル・クレイグ主演の映画ではない。大勢の007がバカ騒ぎする1967年版の方だ。007のパロディというよりも『電撃フリント』のバカバカしさに近いこの映画は、そのしっちゃかめっちゃかな混乱ぶりや、本家をしのぐ豪華キャストとサイケデリックな雰囲気で、60年代らしい奔放さに溢れている。
 とりわけ、バート・バカラックが作曲し、ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスが参加したサントラは名盤中の名盤だ。
 その『007/カジノ・ロワイヤル』の敵役はドクター・ノオならぬドクター・ノア。ウディ・アレン演じるドクター・ノアはメガネをかけたうらなりで、コンプレックスの塊だった。

 だから『怪盗グルーの月泥棒 3D』には大いに楽しませてもらった。
 60年代のスパイ映画を髣髴とさせる珍発明の数々や、鮮やか過ぎる色彩感覚、そして何よりドクター・ノアを思わせる仇敵ベクターとの戦い。ベクターの外見は若い頃のウディ・アレンにそっくりだ。
 『怪盗グルーの月泥棒 3D』は、1967年版『007/カジノ・ロワイヤル』のファンにとって、この上なく楽しい作品だった。

 それは続編『怪盗グルーのミニオン危機一発』も同様だ。
 本作は、引退したグルーに諜報機関が接触し、現場復帰を促すところからはじまる。『007/カジノ・ロワイヤル』が、引退した伝説のスパイ、ジェームズ・ボンド卿にスパイへの復帰を請うところからはじまるのと同じである。
 そしてグルーは前作のような泥棒稼業ではなく、正真正銘、諜報機関のエージェントとして活躍する。

 本作は本物のスパイアクションとして、前作以上に往年のスパイ映画を踏まえた作りになっている。
 グルーの相棒となるエージェント、ルーシー・ワイルドが繰り出すのは、ダニエル・クレイグの現代的007シリーズではお目にかかれなくなった秘密兵器だ。ルーシーの愛車が海に飛び込んで潜水艇に変形するのは、懐かしい『007/私を愛したスパイ』(1977年)のロータス・エスプリそのものである。さらにクルマが空を飛ぶのは、『ファントマ/電光石火』(1965年)だろうか。

 配給の東宝東和もスパイ映画を意識しているのだろう。『怪盗グルーのミニオン危機一発』という邦題がそのことをよく表している。
 「危機一発」という言葉は、007シリーズを配給していた日本ユナイト映画の宣伝総支配人であり、映画評論家としても活躍した水野晴郎氏が考案したという。髪の毛一本の際どい状況を表す「危機一髪」と、銃を構えたジェームズ・ボンドの「一発」をかけたもので、007シリーズ二作目の公開時に『007/危機一発』として使われた(リバイバル時に『007/ロシアより愛をこめて』に改題)。
 本作の邦題が「危機一髪」ではなく『ミニオン危機一*発*』なのは、初期007シリーズのようなスパイアクションであることの表明だ。


 けれども、原題はあくまで『Despicable Me 2』。日本語にすれば「見下げはてた私 2」だ。
 前作が子供たちとの楽しいドタバタの裏にあるダメ人間グルーの心情を綴っていたように、本作も中年男グルーのダメっぷりを暴いている。
 前作のグルーは親子関係に悩み、悪事を働くことでしか自分をアピールできない哀しい男だった。すったもんだの末、親や孤児たちとの関係を構築できたグルーが、本作で頭を悩ますのは異性関係である。

 いい歳こいて独り者のグルーに、女性を紹介しようとする人が現れる。
 けれど、これがグルーには大迷惑。グルーには深い深いトラウマがあり、女性と付き合うのが苦手なのだ。
 このエピソードが泣かせる。幼稚園時代、グルーがちょっと女の子に触れただけで、「グルー菌だ~!」と大騒ぎしてみんな逃げてしまったのだ。
 こういう穢れを嫌うかのような行為は日本にも色濃く存在し、社会を歪めているが、グルーもまたそんな行為の被害者だったのだ。
 だから、子供や同僚のように女性を感じさせない相手ならまだしも、女性とデートなんかした日にはグルーらしくない振る舞いをしてしまう。

 しかもグルーは、ハゲを気にしているようだ。
 前作の記事でグルーの外見は怪盗ファントマを模したのだろうと書いたように、ハゲの怪盗には先達がいるのだし、近頃はハゲがトップスターの証でもある。
 ハゲでも堂々としていれば良いものを、グルーはそうもいかないらしい。

 敵役である怪盗エル・マッチョに前作のベクターほどの存在感がないのも、グルーにとっての真の「敵」が女性であり、女性と良好な関係を築くことが本作のゴールだからだろう。
 この映画は、様々なコンプレックスや苦手意識を克服しようともがくグルーの身につまされる話なのだ。


 ところが!
 本作はモテないグルーが女性と良好な関係を築いてメデタシメデタシ、では終わらない。

 事件が解決し、グルーの恋も実って大団円。グルーとルーシーを祝福し、オール・フォー・ワンのグラミー賞受賞曲『I Swear』をカバーして歌い出すミニオン(手下)たち。
 この場面のミニオンの服装は、なんと銀のタキシードだ。あまりにも時代錯誤なコスチュームで、なんだかヴィレッジ・ピープルが出演した1980年のミュージカル映画『ミュージック・ミュージック』みたいである。この映画、ヴィレッジ・ピープルが歌うナンバーの楽しさもあって私は嫌いじゃないのだが、不名誉極まりない第1回ゴールデンラズベリー賞の最低作品賞を受賞してしまった怪作だ。

 なんて思っていたら、本作の締めくくりは『ミュージック・ミュージック』の挿入歌であり、全世界で大ヒットした『Y.M.C.A.』の大合唱ときたもんだ。
 しかもインディアンに道路工事人にポリスマンと、ヴィレッジ・ピープルそっくりのコスプレまでして。
 日本ではこの曲を西城秀樹さんが『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』の題でカバーして健康的に歌い上げたが、原曲を歌ったヴィレッジ・ピープルはゲイっぽさを売りにしたグループだ。彼らの代表曲『Y.M.C.A.』もゲイ賛歌である。
 いやはや、グルーとルーシーの結婚を祝う曲がゲイ賛歌とは、あまりにも倒錯してるのではないだろうか。

 そこで、ハタと気付くのである。
 そもそも本作の冒頭では、グルーが女装姿を披露していた。
 怪盗エル・マッチョは、フレディ・マーキュリーのステージ衣装のように胸元全開のコスチュームだ。男性美を強調したエル・マッチョが、秘密兵器に頼るグルーを揶揄するよりも、女性へのアンチテーゼであることは容易に察しがつく。
 エル・マッチョには息子がいるから、彼が女性と結婚している可能性はある。とはいえ、彼に似ても似つかないハンサムな息子が、グルーの娘たちのように養子である可能性は否定できない。

 多くの国・地域が同性結婚を認めている現在、異性と良好な関係を築くことだけが幸せであるかのような表現は片手落ちだ。
 映画の作り手はそう考えたに違いない。
 だから同性愛にも目配りしていることをしっかりアピールし、最後は性別に関係なく『Y.M.C.A.』で踊りまくるのだ。


 さて、本シリーズの魅力といえば、何といっても気楽なミニオンたちである。
 やることなすこと間が抜けてて、さらわれてもノンビリと誘拐ライフを楽しんでしまう愉快なヤツら。彼らを見てると、なんだか魂が癒される。
 どこの国でも、ミニオンを前面に出して宣伝するほどの人気者だ。

 そこで、とうぜんのことながらシリーズ第三弾はミニオン中心の映画が予定されている。
 その名も『ミニオンズ』!
 60年代好きの映画制作者は遂に舞台を60年代に設定し、グルーと出会う前のミニオンたちの活躍を描く。
 時の流れのはじめから存在し、そのときどきでもっとも野心的な悪者に仕えてきたミニオンたち。愛すべきバカさから、主人を次々に破滅させた彼らは、新たな主人としてサンドラ・ブロック演じる悪玉スカーレット・オーバーキルに仕えようとする。スカーレットは、発明家である夫のハーブ・オーバーキルとともに世界征服を企んでいたのだ!
 ――という話だそうで、今からとても楽しみだ。


怪盗グルーのミニオン危機一発 ミニオンBOX  3Dスーパーセット(E-Copy)数量限定生産 [Blu-ray]怪盗グルーのミニオン危機一発』  [か行]
監督/ピエール・コフィン、クリス・ルノー
出演/スティーヴ・カレル クリステン・ウィグ ラッセル・ブランド ベンジャミン・ブラット スティーヴ・クーガン ミランダ・コスグローヴ
日本語吹替/笑福亭鶴瓶 中井貴一 山寺宏一 芦田愛菜 中島美嘉 宮野真守 須藤祐実 矢島晶子 伊井篤史
日本公開/2013年9月21日
ジャンル/[ファミリー] [コメディ] [ファンタジー] [アドベンチャー]
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⇒comment

びっくりしました

>エル・マッチョが、秘密兵器に頼るグルーを揶揄するよりも、女性へのアンチテーゼであることは容易に察しがつく。

そうだったのか~~!これはゲイ礼賛映画っていったいなんのこと?って思ってたらw
確かに、あっちのほうが恋愛の形に多様性がありますよね。
日本ではサブカル(BLとか)で昇華させてはいるけど、例えばリアルな養子とかって欧米に比べると少ないですし・・・中国とかと一緒で血筋が重要なのかなあ?(^_^;)

それとミニオンっててっきりネファリオ博士が「バナナと脂肪酸で作った」と思ってました(゚д゚lll)歴史上で、いろんな悪党に仕えてきたのか~・・・なんかちょっとさみしいなw
なんというか使い魔的なアレなんですね。

007がモチーフって言うのは1作目でも感じていて(ベクターの基地への侵入シーンのBGMとか)、だから同じくスパイパロディアニメの『カーズ2』と共通点が多いんですね。

Re: びっくりしました

田代剛大さん、こんにちは。
記事に書いたのはあくまで私の解釈なので、こんな感想もあるという程度で受け流していただければと思います。
ただ、ちょっと話は変わって先日のTwitterでのやりとりに関連するのですが、作品の判りにくさでは宮崎駿監督の『風立ちぬ』や押井守監督作よりこういうコメディの方が上回っていると思います。
先日、押井守監督の『イノセンス』を観ましたが、劇中で「ここは引用」とか「ここはペダンチック」ということがあからさまに示されていました。『風立ちぬ』にしても、『神曲』とか『ファウスト』とか堀辰雄の『風立ちぬ』のようによく知られているもの(現物は読んでいなくても、マンガ化や映画化作品を通して接する機会のあるもの)が多く示唆されています。
ところが本作のようなコメディは、判る人も判らない人も相応に笑えるようにネタがたっぷり投入されているので、判らないところがあったことすら気付かずに終わってしまいます。判らないことに気付かないから、後で調べたりせず、判らないことはいつまでも判らない。たとえ判らないことに気付いても、だいたい笑えちゃうからそれで終わりにしてしまう。
そういう意味で、コメディはハードルが高いと感じています。
グルーがエル・マッチョのアジトに忍び込むときの音楽が『未知との遭遇』であるとか、明らかに判る人だけ判ればいいという使い方ですよね。『未知との遭遇』のような有名作ならともかく、いったいどれだけのネタが埋め込まれているのやら。

ところで、日本は中国ほど血筋重視じゃない気がします。イエを存続させるために養子を迎える風習は、日本の固定した身分制度が生み出したものでしょう。今ではよほどの旧家でないと、こういうことはしないかもしれませんが。
ゲイとの関連でいえば、日本では同性結婚が法的には認められていないので、同性パートナーとの生活を法的に裏付けるために養子縁組するケースがあるようです。それはそれで不便がありそうですが。

ミニオンはバナナから造った、とグルーが一作目で云ってましたね!
本作ではそのことに触れていませんが、ミニオンがバナナを食べるシーンを見て、「それは共食いでは!?」とドキドキしました。
このようなミニオン誕生の矛盾についても、次作で説明されることを期待しています。
たぶん、ネファリオ博士がバナナを原料に人造人間の実験をしているところにミニオンが紛れ込むとか、くだらない理由しかない気がしますけど:-)
Secret

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