『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章 そして艦は行く』 西崎義展かく語りき

 『宇宙戦艦ヤマト』第1テレビシリーズが当初の予定どおり39話まであったなら、古代進の兄・守はキャプテンハーロックとして登場するはずだった。
 テレビシリーズは全26話に削られてしまいこの構想は実現しなかったが、松本零士氏の手によるマンガ版では、ヤマトを助けるキャプテンハーロックを見ることができる。
 旧作で未使用に終わった構想の数々を実現させた『宇宙戦艦ヤマト2199』でも、さすがにこれはやらないだろうと思っていたら、古代守がキャプテンハーロックの親友トチローとなって出てきたのには驚いた。

 『宇宙海賊キャプテンハーロック』のトチローはすでに故人となっており、海賊船アルカディア号の中枢大コンピューターにその意志と記憶を留めている。そのためアルカディア号は、乗組員の操作とは関係なくトチローの意思で動くことがある。
 古代守もまた、イスカンダルの技術によりその意志と記憶が保存され、コスモリバースシステムを通してヤマトと一体になった。
 最終章となる『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章 そして艦は行く』で持ち出されたまさかのハーロックネタには、見事に一本取られてしまった。

 第1テレビシリーズの第1話をきわめて忠実に再現した『宇宙戦艦ヤマト2199』は、回を追うごとに旧作から乖離していった。それは嬉しい計らいでもあり、ファンは旧作の素晴らしさを思いつつ、新作の驚くべき展開を楽しんだ。
 それでも乖離が大きくなるにつれ、本作がどのように終わるのか、期待とともに不安を募らせる人もいたに違いない。
 しかし、最後の第23~26話は、古代守の意表を突いた登場で楽しませながら、再び旧作の世界に収束した。旧作をきわめて忠実に再現した幕切れに、ファン諸氏は『宇宙戦艦ヤマト』第1テレビシリーズを見終えたときのような感慨を抱くだろう。
 本作が旧作から離れたように見えたのは、旧作とは違うことをするためではなく、別の味付けをするのでもなく、あくまで旧作と同じ内容を語り直すためであったのだ。

 旧第24話で、ガミラスを滅ぼした古代進は「我々がしなければならなかったのは戦うことじゃない。愛し合うことだった。」と口にする。
 『宇宙戦艦ヤマト』の中でもとりわけ印象深く重要な言葉だが、旧作ではあまりにもストレートで唐突なセリフだった。
 本作で作り手が取り組んだのは、このセリフの意図するものを、物語を通して受け手に感じてもらうことだった。旧作からの乖離に見えたことすらも、すべてはそのためだろう。

 本作の鍵となるものに、波動砲の扱いがある。
 『スター・キング』のディスラプターをはじめ、SFにはしばしば一撃で敵を壊滅させる最終兵器が登場する。ウルトラマンのスペシウム光線にしろ、眠狂四郎の円月殺法にしろ、ヒーローに必殺技はつきものであり、旧ヤマトの波動砲もその流れの一つだろう。
 だが本作では、波動砲が波動エンジンの悪しき使い方であると説明される。
 ディスラプターのような最終兵器と異なるのは、波動エンジンが平和利用に貢献している点だ。それは莫大なエネルギーを供給して人々の役に立つ反面、使い方によってはたいへん危険な兵器にもなる。いずれにせよ、人々の叡智を結集し、慎重な手つきで扱わねばならないもの。これはもちろん原子力のメタファーだ。
 都市を丸ごと破壊する遊星爆弾や、放射性物質による汚染という旧作の設定が、原子爆弾をイメージしているのは明らかだろう。
 ここから一歩踏み込んで、本作は爆弾を*落とされる*とか、*汚染される*といった被害者的なアプローチではなく、みずからが扱い方を問われる当事者として原子力と向き合うことを迫っている。

 それを考えさせるのが、第24話「遥かなる約束の地」において波動エネルギーを兵器にしたことを理由にコスモリバースシステムの引渡しを拒まれる驚愕の展開であり、イスカンダルとの条約にしたがい封印されてしまう波動砲だ。
 はたして波動エネルギーを兵器に転用したのはやむを得ないことだったのか、その使い方は本当に適切だったのか。
 日ごろ必殺技を繰り出すヒーローに快哉を叫ぶ私たちは、ここに至ってその心の奥底にあるものを直視させられる。


 こうして「我々がしなければならなかったのは戦うこと」かを問う一方で、本作はまた「愛し合うこと」を描く。
 古代進と森雪の愛、古代守とスターシャの愛、デスラーのスターシャへの愛、セレステラのデスラーへの愛……その多重奏は、愛とロマンと冒険心をテーマにした『宇宙戦艦ヤマト』の終章に相応しい。
 第七章の劇伴では、『交響組曲 宇宙戦艦ヤマト』に収められた名曲「明日への希望 ~夢・ロマン・冒険心~」が再現され、ヤマトの旅の終わりを飾る。故西崎義展プロデューサーは、この曲にヤマトのテーマが込められているとして、ライナーノートで次のように語っている。
 「少年よ、ロマンを持ち冒険心を持て、少女よ、愛を持ち夢を持て、いつまでもそれを忘れることなかれ」

 冒険心は旧作以上に強調され、沖田艦長の戦術は積極的なものに変わった。
 旧作の沖田艦長は、しばしば敵の前で逃げ出した。それは旧第1話の「明日の為に今日の屈辱に耐えるんだ」というセリフのとおり、単なる勇猛さよりも思慮深さに重きを置いた行動だった。
 けれども本作の沖田艦長は、「死中に活を求める」考えで難局に飛び込んだ。もちろんその判断が適切であると納得できる描写はあるが、旧作に比べるとそのスタンスは明らかに違う。
 このように冒険心を強調するのは、高度経済成長の勢いが残る旧作の放映時期と、失われた20年とも30年とも云われ、やがて日本が先進国から脱落することも懸念される本作の時期との違いからだろう。
 現代は、明日のためにこそ大胆に踏み出すことが求められているのだ。


 愛を体現するのは古代進と森雪だが、宇宙を戦禍に巻き込んだデスラーでさえその動機は愛であった。
 波動エネルギーの威力により宇宙を武力制圧したイスカンダルが、その過去を恥じてあまねく知的生命体を救済し、全宇宙に平和をもたらそうと願ったとき、スターシャの夢を叶えるべくデスラーが取った方法は、やはり武力による制圧だった。
 残念ながらデスラーの考えは正しい。

 1954年、オクラホマ大学は11歳の少年たちを集めてある実験をした。過去に面識がない少年たちをロバーズ・ケイブ州立公園に集めてサマーキャンプを開催し、集団が形成される過程を観察したのだ。
 実は少年たちの集団は二つあった。
 他の集団が存在することに気付いた少年たちは、互いに敵愾心を剥き出しにした。彼らは過去に面識がないのだから、何の恨みも因縁もない。けれども彼らは、集団内の結束を固める一方で、他の集団とは暴力沙汰も辞さないほど激しく対立した。
 ロバーズ・ケイブ実験と呼ばれるこの件は、人間が自分たち以外の集団には敵対せずにいられないことを示している。

 小さな集団を超越し、争いを抑える仕組みが国家である。
 2010年から起こったアラブの春は、リビアをはじめとする独裁政権を崩壊させた。これにより民衆は独裁者の圧制から解放されたかもしれないが、同時に力で抑え込まれてきた過激派集団も「解放」され、テロ活動が激化している。
 国家とは、人々から「暴力を振るう自由」を取り上げ、軍隊や警察等に集約させたものである。
 国同士の戦争を見て、国家の存在が戦争の原因だと考える人がいるけれど、国家は域内の暴力を独占し、人々が勝手に争うことを抑制しているのだ。
 国同士の争いを防ぐには、より大きな帝国が個々の国の軍隊等を押さえつけ、戦争の自由を奪うのが一つの解だ。ローマ帝国が地中海世界を支配して実現したパクス・ロマーナ(ローマの平和)がその例だろう。
 本作においても、ガミラスに支配されたザルツ星のシュルツは、地球人の抵抗に接して「素直に降伏すれば我々のように生きる道もあったものを」とつぶやいた。併せて被支配惑星の民がデスラーを熱狂的に支持する様子も描かれている。

 けれども、大帝国による支配が必ずしも人々にとって幸せとは限らない。

 デスラーの目的は宇宙を平和にすることではなかった。
 スターシャのために宇宙の制圧に乗り出していたデスラーは、自分の想いがスターシャには永遠に届かないと悟ったのだろう、彼女への愛の象徴である青い鳥をみずから殺してしまった。彼がスターシャの妊娠を知っていたかどうかは不明だが、スターシャの心が地球人の青年に奪われてしまったことには気付いていたのかもしれない。
 スターシャに平和な宇宙をプレゼントする夢を捨てたデスラーは、地球人の船を撃破し、ガミラスとイスカンダルの統合――すなわち両星の支配者が一つになることを無理に推し進めようとする。
 もはや彼にとっては、ガミラス臣民の命運でさえどうでも良いのだった。

 一方のスターシャも、全宇宙の知的生命体を救済する使命感が揺らいでいた。
 星の想いを封じたエレメントを触媒にして、星を再生させるコスモリバースシステム。そのエレメントには、地球を想う古代守の「心」こそが相応しい。
 古代守と別れたくないスターシャにとって、ヤマトが波動エネルギーを兵器に転用したことは、コスモリバースシステムの引渡しを拒み、守をそばに留める格好の言い訳だった。
 ここにも愛ゆえの苦悩がある。

 旧第23話「遂に来た!!マゼラン星雲波高し!!」と旧第24話「死闘!!神よガミラスのために泣け!!」におけるガミラスの本土決戦を、本作では第23話「たった一人の戦争」にまとめ、旧第25話「イスカンダル!!滅びゆくか愛の星よ!!」のイスカンダル滞在記を第24話「遥かなる約束の地」で描いた。
 このように旧作の複数話を1話にまとめて、物語のテンポを速めることはこれまでにもあった。
 逆に1話のエピソードを複数話に広げることはしなかった本作が、はじめて旧作の1話を分割したのが最終話だ。

 旧第26話「地球よ!!ヤマトは帰ってきた!!」を、本作ではデスラーの雪辱戦を描く第25話「終わりなき戦い」と、森雪の復活を描く第26話「青い星の記憶」に分けている。
 さらに、旧第26話の肝であった森雪が古代のためにみずからコスモクリーナーDを操作して犠牲となる展開は、第23話で森雪が第二バレラス破壊の犠牲になろうとするシークエンスに発展させている。
 最終話から戦闘シーンを取り除き、加藤三郎と原田真琴の結婚式や、古代守の進への愛情を交えた話にすることで、第26話は長い物語の終幕らしい余韻のある回になった。
 そして何より、旧作と同じく古代進の森雪への想いを丁寧に描写して、本作が愛の物語であることを強調している。

 森雪のなきがらを前にした古代進のモノローグ。地球を目にした沖田艦長が迎える死。
 本作は最後に旧作の流れをほぼ忠実になぞり、懐かしい『宇宙戦艦ヤマト』へと還ってきた。
 旧来のファンは、昔と同じ感慨を再び覚えることだろう。本作ではじめてヤマトを知った人も、同じ感慨を抱くに違いない。
 歳月をこえて、世代をこえて、『宇宙戦艦ヤマト』の感動が私たちの胸に迫る。

 必ずここへ帰って来るとの約束は、今こうして果たされた。
 ヤマトの前に浮かぶ赤茶けたちっぽけな星は、私たち人類が宇宙の中の小さな集団でしかないことを示している。
 ロバーズ・ケイブ実験には続きがある。
 激しく対立し、大乱闘になるほど険悪だった少年たちの集団は、協力しなければ解決できない大きな困難を経験することで関係が変わっていった。二つの集団の全員が力を合わせてトラブルを乗り越えるうちに、対立は影を潜め、良好な関係が築かれたという。
 ヤマトの乗組員とともに33万6千光年を旅した私たちは、天の川銀河の端っこにある地球が、人間同士で反目しあうほど大きな世界ではないと感じていよう。
 地球の青さを保つには、全員の力を合わせる必要があることも。


 そんな感慨とともに、この物語を送り届けてくれたすべてのスタッフ・キャストに心からの感謝を捧げたい。
 劇場で一緒に拍手した多くの方々、本作について語り合えた方々、新旧ヤマトを愛するすべての方々にも「ありがとう」と伝えたい。


宇宙戦艦ヤマト2199 7 (最終巻) [Blu-ray]宇宙戦艦ヤマト2199 第七章 そして艦は行く』  [あ行][テレビ]
第23話『たった一人の戦争』 脚本/森田繁 絵コンテ/樋口真嗣、出渕裕 演出/別所誠人
第24話『遥かなる約束の地』 脚本/大野木寛 絵コンテ/佐藤順一 演出/蛭川幸太郎
第25話『終わりなき戦い』 脚本/村井さだゆき 絵コンテ/大倉雅彦 演出/大倉雅彦、野亦則行
第26話『青い星の記憶』 脚本/出渕裕 絵コンテ/京田知己 演出/榎本明広

総監督・シリーズ構成/出渕裕  原作/西崎義展
チーフディレクター/榎本明広  キャラクターデザイン/結城信輝
音楽/宮川彬良、宮川泰
出演/菅生隆之 小野大輔 鈴村健一 桑島法子 大塚芳忠 山寺宏一 麦人 千葉繁 田中理恵 久川綾
日本公開/2013年8月23日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー] [戦争]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録
関連記事

【theme : 宇宙戦艦ヤマト2199
【genre : アニメ・コミック

tag : 出渕裕 西崎義展 菅生隆之 小野大輔 鈴村健一 桑島法子 大塚芳忠 山寺宏一 麦人 千葉繁

⇒comment

No title

とうとう終わってしまいましたねえ。
ただ一つ気になるのは、今後の続編があった場合、
デスラーの立場がかなり悪くなっちゃってる事。
あれじゃ、ガミラスから追われる身になっちゃう。
いや、余計なお世話でしたね、すみません。

No title

私もナドレックさんに「ありがとう」と伝えたい。

そして、予想外にしぶとくどこかに生き残ってるであろう藪とゲールの両氏についても頑張って生きていってほしいと思うのである。

No title

期待以上の綺麗なラストでした。

総統の巻き添えで、不本意な死を強いられたタラン(兄)に黙祷・・・。

No title

初めてコメントさせていただきます。
いつも大変参考になる論評の数々を拝見させていただき、目から鱗が落ちる思いです。

今作2199ですが、迫力ある戦闘シーンを堪能できるとともに、深く考えさせられるテーマについて真正面から取り組んだ非常に良い作品だったと感じます。

第七章はなんといっても人の想いが重厚に描かれていて良かったですね。特に古代守が印象的でした。地球を救うために発動させるべきリバースシステムを、弟のためだけに発動させてしまう。兄の心のなんたるかを示してくれたと思います。(まあ、地球の方は艦長が救ってくれましたしね。)

続編があるとすれば全く別の姿になるでしょうが、とても見てみたいと思います。

デスラーの行動原理

評論、拝見いたしました。
物語の些細な矛盾点や自分の望まない部分だけを取り上げて論評するレビューが多い中、監督が意図したであろう核心をとらえた文章と解説で非常に興味深かったです。
独裁は悪で民主主義が善だという、一元的で単純なことではなく、場合によっては独裁=秩序、民主主義=混乱という理論も成り立つ事がありますね。事実、日本でも戦国時代の覇者である徳川が永く太平の世を実現しました。
デスラーはあえて自分を悪者に貶める事で銀河の太平を実現しようとしていたと考えるならば、その行動原理にも説明がつく気がします。
でも、結局はスターシャの愛が欲しかった1人の人間だったのかもしれませんね。
出渕監督がそこまで深くキャラを掘り下げて考えてくれたことに、ヤマトへの深い愛情を感じます。

実体弾にはじまり実体弾に終わる

旧作では第二話なぜか、沖田館長と数名だけで葬ったポルメリア級強襲航宙母艦は、今回は無言の鉄の塊から放たれた実体弾により崩壊。そして、前半は何度かあったんですね実体弾のシーンが。あの鋼鉄をねじ曲げるようなめり込み方は、惚れ惚れしていました。最後はもうないかと思ったら・・・・・あそこで出してきますか亜空間。
デウスーラも実体弾を撃ちこまれちゃねえ。あえなく撃沈。あの場所からだとデスラーを助けれられるのは、フラーケンかなあ。
とにかく、波動砲ではなく最後を閉めた実体弾を使ってくれた監督に感謝です。
今回、1年半近く毎回見るたびに変わって行くストーリーに狂喜し、そしてこのブログを楽しみにしていました。最終話ぐらいになるともうガミラスには怨念もなく、彼らも大変なんだと変に納得し、花火のようにあがる、もう今後見ることもないかもしれないど派手な波動砲の照射を、ガミラス国民ともども期待の眼差しで見ていました(もう少し・・・引っ張って欲しかった・・・633工区が最初打ち損じたぐらいのノリ)。
これで、安心して眠れるちゅうもんです。

出渕監督並びにスタッフの皆さん。そして第一章で終わらせなかった全国のヤマトファンに感謝です。\(^o^)/

これからは、BDで録画のTV版を何度も見直す日々かなあ。。。

でも、。。でたよあな・・・ガトランティス帝国、アクエリアス遺跡・・・土方さんに山南さん、あれで終わらせるのかなあ。。。

最終回見ました

ついに最終回を迎えました。

旧作通りのラストシーンに思わずウルっときてしまいました。
やはり、ヤマトはあの終わり方しかないように思います。

この作品を見通して、私は監督やスタッフたちは旧作のヤマト2やヤマト3などような続編は考えていないように思えます。
第25話でデスラー艦(名前をど忘れしました)がヤマトに接舷したとき、乗り込んできたのがガミロイド兵でした。あれは「さらば宇宙戦艦ヤマト」のワンシーンにありましたし、森雪が古代進をかばって銃で撃たれるのも同じ「さらば…」にありましたね。

前にもブログで書いてありましたが、旧作をひとつのヤマトワールドとしてくくって今回の作品を設定がなされています。
ガトランティスが出てくるのもそうです。
そして、スターシャの妊娠、その相手が古代守(話の流れからそうでしょう)
これは「新たなる旅立ち」の設定そのままです。
そういえば、北野も出てましたね。

過去の作品の設定をひとつの世界観としてこの作品に網羅したうえは続編は考えられないように思います。

もし続編があるとなれば、それはこの作品を最初から最後まで見たファンひとりひとりがそれぞれ思い描けばよろしいかと思います。

そうはいってもやはり続編を期待するのはファンのわがままというものでしょうか(笑)

私としては前の方が書いてあるように一人残った藪のその後。
またはフラーケンのその後。
なんてスピンオフ的に描くのも面白いかなと思っています。

そういえば、ユリーシャの思い人って誰だったんですか?

Re: No title

haraさん、こんにちは。
一年以上にわたる旅が終わってしまいました……。感無量です。
ところで、ガミラス臣民のあいだではデスラーの立場が悪くなったかもしれませんが、それでも忠実なゲールやヴェルテ・タランがいましたから、なおも安泰ではないでしょうか。もともと旧作では、ガミラス臣民は生き残らないのですし。
でも、本作はきれいにケリをつけてくれたので、続編はなくていいと思います。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
こちらこそありがとうございます。
藪やゲールのようなキャラクターがしっかり生き延びるのも、なかなか愉快ですね。
藪は新見にいいように使われているようにも見えましたが、今頃はガトランティスあたりで真面目に暮らしているのではないでしょうか:-)

Re: No title

TSHさん、こんにちは。
最後は情感たっぷりにまとめ上げてくれましたね。
残念なのは、古代が雪を抱き上げてクルクル回るダンスが見られなかったことでしょうか:-)
ヴェルテ・タランは、あれほどデスラーの行動に反対しながらも最後まで付きしたがったので、きっとデスラーと運命を共にできて本望だったと思います。

No title

御評論、拝見させて頂きました。
すばらしい解説に感銘を受けました。

2199は、大円団でとてもよい締めくくりであったと思います。

ですがですがですが・・・・
白色彗星帝国とのお話(全26話?)も見てみたいです・・・・

この2199のクオリティで、
海底から浮上するヤマトのシーン
アンドロメダを始めとする地球艦隊・・・
ガスが取り払われた都市帝国との死闘・・・・

Re: No title

keiosさん、コメントありがとうございます。

>迫力ある戦闘シーンを堪能できるとともに、深く考えさせられるテーマについて真正面から取り組んだ

おっしゃるとおり、ここが本作最大の魅力だと思います。
戦争物は、深刻すぎたら面白くないし、逆に楽しすぎるのも不似合いなので、さじ加減が難しいでしょう。
その点、本作は実にいい塩梅でまっとうしましたね。

旧作では、進が守を強く慕うのに比べると、守の進への愛情があまり描かれていない印象がありました。
本作はこの点も見直されました。あの時点で発動させていいのか、との疑問もありますが、世界を救うとか風呂敷を広げる前に、身近な人にしっかり手を差し伸べようという意味でもありましょう。

Re: デスラーの行動原理

シンちゃんさん、こんにちは(こういう呼び方でいいでしょうか(^^;)。
記事をお読みいただきありがとうございます。

>場合によっては独裁=秩序、民主主義=混乱という理論も成り立つ

そのとおりですし、ときには民主的な独裁もあり得ます。
クーデターで権力を簒奪する独裁者がいる一方、大衆の支持を得て権力を掌握する独裁者もいます。強大な権力者がいないために何も決定されず停滞してしまう政治より、一人の権力者が即断即決する政治を大衆が支持することもあるんですね。
そんな政治のリスクは、とうぜん大衆が負うのですが。

私は本作でデスラーがどのように描かれるか気になっていました。
今回はデスラーがとても興味深い人物像になっていたので感服しています。

Re: 実体弾にはじまり実体弾に終わる

ヤマトおやじさん、こんにちは。
これまでシリーズを彩ってきた要素が、最後に花開きましたね。
オルタといい実体弾といい、ここに結びつくのかと圧倒されました!

第七章のパンフレット記載のチーフメカニカルディレクター西井正典氏のインタビューを読んで、出渕総監督はじめスタッフのみなさんのヤマトへの強い想いをいまさらながら感じました。
ライター陣が「ドリルは男のロマンです」と主張して、総監督の反対を押し切って特殊削岩弾を登場させたとか:-)
さすがです。

一年半近くのあいだ、本当に楽しい日々でした。

ご指摘のとおりフラーケンは健在だと思われるので、デスラーが生きていてもおかしくないかもしれませんね。
でも、物語は終わらせ方も肝心です。
本作はこれ以上付け加える必要のないほど見事な幕切れだったと思います。

No title

ナドレックさん こんにちは

特殊削岩弾(通称ドリルミサイル)の設定は秀逸でした。まず、武器として完成されていなかったこと、先に動いた真田副長ではなく独房入りの新見を使ったこと(アナライザとの会話も素敵)砲台屋の南部の魂に火がついたこと艦隊全滅ではなく、超ド級のドメラーズが残っていて、ここで撃ち漏らしたら結局ヤマトはどうなるかとワクワクしたこと。
やはり七色聖域での戦いは最高のクライマックスでした。

旅の終わり

旅が終わってしまいました。
ヤマトと共に我々観客も1年と数ヶ月の長い旅を終えたのですね。

第七章は劇場でボロ泣きしていました。
終わり方がどうなるか気にはなっていましたが情感たっぷりで本当に良かったですね。
まあ、雪は結局何者だったのか?とかガミラス星は今後どうなるのか?といった気になることも残ってはいるのですが。

守があの時点でコスモリバースを発動させたのは、「沖田さん、艦をお返しします。」という台詞からわかるように、自分がここで発動させても地球は大丈夫だと分かっていたからでしょう。
真田さんは、これがお前の答えなのか!と叫んでいましたが、直後に沖田によってコスモリバースは再起動します。
舞台挨拶で出渕監督が言っていたことですが、この守から雪へ、沖田から守(コスモリバース)へという魂の連鎖は、ヤマトクルーには分からず奇跡のように見えますが、実はこの物語を見ている我々だけはそのことを知っている、という形にしたかったそうです。我々は役得ですね。

さて、終わりを迎えて改めて各章を振り返ってみたら、各章の主題歌がとても良かったという思いが湧いてきました。
「星が永遠を照らしてる」は真赤なスカーフへのアンサーソングであり地球を旅立つヤマトクルーの帰りを祈る女性の歌でした。
「美しい地球を知る者よ」は青かった地球の素晴らしさを取り戻すため使命を背負い旅立つクルーの歌でした。
「真赤なスカーフ」はヤマトの宇宙を旅する男のロマンを歌っており、第三章の雰囲気にとてもマッチしていました。
「記憶の光」は記憶を無くした雪と魔女の歌をイメージした幻想的な歌でした。
「ヨーソロー 〜星の海を越えて〜」は次々とヤマトを襲う困難にも負けず、まだ旅路は長いが必ず帰り着くと誓う沖田の歌でした。
「R.I.P 〜友よ静かに眠れ〜」は激戦の末に散っていった仲間への鎮魂歌であると共に、必ず地球に帰り、また星の海で会おうという歌でした。
「愛の星」は傷つけ合ったとしても愛し合うことができる、想い合う絆が奇跡を起こす、という第七章と完全にシンクロした温かい歌でした。
全ての曲に星という単語が入っていて、宇宙を旅するヤマトの歌だなと感じさせられました。

歌にBGMに効果音に声に映像と、どれも素晴らしく、スタッフに感謝すると共に、この1年をヤマトファンの皆さんと盛り上がったことを嬉しく思っています。
とても興味深い感想を読ませていただいたナドレックさんも本当にありがとうございました。

No title

読ませていただきました。
非常に核心をついた内容で、私が思って言いたかった感想と一緒なのが驚きました。
オブチ1号さんの感想も、私が思ってた内容で・・・
最近はこういう芯をついた感想が見られなくて、寂しかったのですが、
ここで救われました。ありがとうございます。

Re: 最終回見ました

いちヤマトファンさん、こんにちは。
最後の最後に旧作をきちっとなぞった終わり方は感動的でしたね。

おしゃるとおり、本作は『さらば――』以降の要素を盛り込んでいて、それは続編のための伏線というよりも、本来なら続編で使うネタを前倒ししてしまったということだと思います。第二バレラスはヤマトIIIのデスラーパレスの準備稿がベースとのことですし。
スタッフは「後はない」覚悟で作っていたのでしょう。

たしかに藪のその後は気になりますが……。

ユリーシャの思い人とは、スターシャのことではないでしょうか。
あの発言は、必ずしも恋人に限定するものではないかと。
私は、たった二人のイスカンダル人だから大切に思っている、という意味で受け取りました。

Re: No title

未記入さん、こんにちは。
記事をお読みいただきありがとうございます。

私は鮮やかに締めくくった本作に、続編は不要ではないかと思っています。
それに、波動砲を封印することでコスモリバースシステムの提供を受けた地球が、アンドロメダを建造するのは難しいのではないでしょうか。艦首波動砲を封印したアンドロメダを見るのは忍びないです……。

ただ、本作の出来と世界観が素晴らしいことは間違いなく、この世界にもっと浸っていたい気持ちは私もみなさんと同じです。

私は続編よりも前日譚やスピンオフを見てみたいと思います。
沖田の息子が活躍する火星沖会戦とか、イスカンダルの使者を受け入れてまもなく滅んでしまったビーメラ文明の探究とか。特にビーメラの滅亡は、イスカンダル文明のなんたるかを象徴しているようで興味深いです。
本作はたくさんの想像(妄想)の余地を残してくれましたね:-)

Re: No title

ヤマトおやじさん、こんにちは。
旧作をなぞった七色星団の決戦ではありますが、微妙に旧作とは違うところがあり、それがまたワクワクさせてくれましたね!大胆な色使いの「雲」も、物語をドラマチックに盛り上げていました。
単なる当て馬かと思われた南部の活躍には目をみはりましたし。
「ドリルは男のロマン」とは、私の友人たちも昔から話していたことですが、やっぱりメカにドリルは欠かせませんね:-)

Re: 旅の終わり

オブチ1号さん、こんにちは。
2012年4月に第1話を観たとき、先は長いと感じましたが、とうとう終わってしまいました。長かったような、短かったような……。
おっしゃるとおり情感たっぷりの結末で、あぁ我々はこの結末に向けて旅していたのだと、しみじみ思いました。

>実はこの物語を見ている我々だけはそのことを知っている

この作りは、本作の端々で見られますね。
ヤマトがドメル艦隊に追いつめられたとき、ヤマトの乗組員たちはなぜドメルが引き揚げるのか判らなかったでしょうし、第二バレラスの崩壊も予期せぬことだったでしょう(これは後で森雪から聞いたでしょうが)。

逆に観客には判らないままに残された出来事も幾つかありますね。
でもそれは、「我々だけはそのことを知っている」という作りの裏返しであり、これが2199らしさなのでしょう。

よもや章ごとにエンディングテーマ曲が変わるとは思ってなかったのではじめは驚きましたが、それぞれ味わいのあるものでした。
オブチ1号さんのコメントを拝見して、なるほど各章にマッチした歌であったと改めて感じます。
特に第三章の「真赤なスカーフ」はドラマの内容ともシンクロして素晴らしいエンディングでしたが、これは別格。私はとりわけ「ヨーソロー~星の海を越えて~」にグッと来ました。

また、効果音の素晴らしさも特筆ものですね。
実体弾のぶち当たるシーンは、あの音で、あの音響があればこその迫力だったと思います。
どこもかしこも素晴らしい……。

素敵なコメントをありがとうございました。

Re: No title

九号さん、こんにちは。
本作に関しては、みなさんのコメントを拝見して気づくこと、思いを新たにすることが多々あり、私の方こそ楽しませていただきました。
どのコメントからもみなさんのヤマトに対する強い思いがうかがわれ、やっぱりそれだけ素晴らしい作品なんだと実感するところです。
ご訪問いただき、ありがとうございました。

ありがとうの一言

『艦はゆく』見て来ました。自然と涙がこぼれてしまいました。おかげでコスモスリバースシステムの再起動の理由がわからず色々な方のブログで理解した次第でした。
最初はTVでリメイク版がやると知って見ましたが、キャラの変わりように違和感を感じて馴染めませんでした。しかしアニメの線の細かさそしてコスモファルコンの発艦シーン、砲撃戦での貫通音に完全にヤられてしまいました。この制作スタッフ只者じゃないと。
そしてこちらのナドレックさんのブログが私のヤマト鑑賞に色々と知識を与えてくれて何倍にもあらゆる角度から楽しくヤマトを見ることが出来ました。
本当にありがとうございました。
それと三つばかし質問と感想を。
一つはラストの地球が元の姿に戻るシーンですが、逆回転してたなんてウワサを見ましたが本当ですか?
もう上映終わってしまったから早くてTVでしか確認できないのが残念。
二つめは、デスラーの狂気の沙汰の行動で色々と賛否がありますが、私的にはデスラーの様々なシーンから観た人が感じ取れればと。徳川機関長の言葉をかりれば「真実は一つではない。でも事実は一つなんじゃよ。」と。仮にも全宇宙を支配しようとしているお方があまり人間じみたストーリーをされすぎるのもなぁと思って普通じゃやらないわあんなコトで良しと思ってます。
三つめは願わくば今、映画やTVで観ている子供達が自分達が子供の頃に味わった感動を得てくれればなぁと願ってます。
小さい子達がヤマトの感動を語りついでくれればヤマトは本当の意味で永遠なものになってくれると思ってます。
長々とコメントしてしまい大変申し訳ありませんでした。
ナドレックさんのブログに感謝です。
またTV見ながらBD観ながら参考にさせていただきます。

ピカデリーの熱気

いつも感想を楽しみにしている一人です。
ヤマトの感想は毎回読むたびに映像が目に浮かぶようで
そうそうそうよね~と拝読させていただいてます。
加藤くんの結婚式やイスカンダルの水着とか、戦闘シーンの間のこんな緩急のつけ方が楽しかったです。

私も新宿行ってきました。
普段レディースデー専門なので、ピカデリーはものすごく男性が多かったのでちょっとビクビク。
異様な熱気に包まれていましたね。
映画のOPが佐々木功氏のヤマトだったので、それだけでうるっとしてしまいました。

ところでトラックバックを貼らせていただきました。
ヤマトだけに特出した感想ではなかったのですが。
よろしくお願いします。

Re: ありがとうの一言

かっつさん、こんにちは。
砲撃戦での貫通音は迫力ありましたね。これだけでも劇場で観て大正解でした。
人気作のリメイクはたいへん難しいものだと思いますが、こういうやり方もあるんですね。今後リメイクのあり方を考える上で、本作は指標になることでしょう。
ラストの地球の回転方向には取り立てて違和感を覚えませんでしたけど、逆だったのでしょうか。テレビやBDで確認してみたいと思います。

デスラーは、たぶん本作でもっとも扱いの難しいキャラクターでしたね。旧シリーズでも振れ幅の大きいキャラクターだったし、彼の行動を描くことがストーリー全体を左右しますから。
その意味で、これはこれで一つのデスラー像でしょう。
私も記事本文でデスラーの言動について触れましたが、あくまで私の解釈ですので、おっしゃるとおり観客一人ひとりが感じ取って楽しめば良いと思います。

>願わくば今、映画やTVで観ている子供達が自分達が子供の頃に味わった感動を得てくれればなぁと願ってます。

本当にそうですね。
子供の頃に接したものがいかに後々まで影響するかは自分たちがよく知っているので(^^;、子供たちがこの作品からいろいろなものを感じ取ってくれればいいですね。
コメントありがとうございました。

Re: ピカデリーの熱気

るたさん、コメントありがとうございます。
あの結婚式や水着のオンパレードは、本作でもっとも意外な展開です:-)
イスカンダルの海を見て、ヤマトにこんなに女性がいたっけ、と驚きました。
その一方、旧作の「古代だけが森雪の死を悲しんで、みんなは地球を目前にして浮かれている」シチュエーションを再現するために、本作では森雪の死が伏せられる等、細かい配慮も怠りない。
旧作よりも羽目を外してるようでいて、ちゃんと旧作を尊重している作りには感心します。

ヤマト上映時の新宿ピカデリーは、本当に異様な熱気でしたね!
第五章以降は前夜祭で観たのですが、いい歳のオジサン・オバサンがあちこちで輪になって熱弁を振るっている:-) グッズ売り場の長い列も、大人買いしていくオジサンたちも、他の映画の上映ではなかなか見ない光景でした。
毎回一瞬にして売切れてしまうチケットを確保するのはたいへんでしたけど、もうヤマト新章の上映がないかと思うと寂しいです。

るたさんのブログにもお邪魔させていただきます。
今後ともよろしくお願い致します。

No title

初めてコメント差し上げます。
ヤマトがきっかけでブログを拝見させていただくようになりました。
さまざまな考察とても参考になりました。
私も劇場に行き結末まで見てきてはいるのですが、TV放送が残すところ最終回のみとなり、劇場では短縮になったという部分を楽しみにしつつ、終わってしまうんだなと感慨深い気分です。
深読みするのが私の悪い癖でもあるのでしょうが、劇場で見てから今までずっと気になっていたことがあります。
それはコスモリバースシステムに必要なエレメントのことです。結果的には古代守がイスカンダルで亡くなったことにより、古代守の残した想いがその役目を果たすことになった訳ですが、もし古代守がイスカンダルに保護されることがなかったら、一体どうなっていたんでしょう?
こんなことを考えるのは私だけでしょうか?

Re: No title

YUKAさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

それ、気になりますよね!
もしも古代守がいなかったら、別の誰かが選ばれたかもしれませんね。
本作では、ヤマト到着時に偶然古代守の「記憶」が用意されていましたが、スターシャが地球に使者を出した時点でそんな算段はできなかったはず。だから本当は、ヤマトがインカンダルに達したときに人身御供を決める大抽選会が行われる予定だったのかも……。

No title

続編とアンドロメダかぁ。
続編があったとしても波動エンジンを起動させるオリジナルの波動コアが2機しかないので
アンドロメダの量産は出来ないやろなぁ。
オモシスみたいなトンチを効かせた何らかの言い訳が必要でしょうね。
2199のコスモリバースシステムの搭載のため波動砲を封印したのはイスカンダルとの条約だけが理由ではなく別の理由も追加で必要でしょう。
ビーメラ星で入手した波動コアを転用してヤマト級二番艦を建造しましたってのは有りですかね。
とか、アンドロメダの量産化に必要な波動コアユニットのコピーを地球軍が建造しましたってのはありですかね?
真田技師長の反対を押し切り地球滅亡寸前までいった地球の軍の幕僚たちは波動コアを解析して
勝手にイスカンダルとの条約の解釈を捻じ曲げ新規で波動コアの複製物を作りましたってオチで。
しかしイスカンダルより劣る地球の技術では波動コアの完全コピーは出来ず擬似的動作しかしないって
設定でどうですかね。
旧作の拡散波動砲の設定を活かして且つ量産化出来た理由として
兵器としての波動砲は地球の劣った技術では収束できず拡散波動砲としてしか製造出来ないって理由とか
ユリーシャが持ってきた図面通りで波動エンジンを作っても地球製の擬似的な波動コアでは定格出力が出せず波動エンジンのサイズ自体を数倍から数十倍大きくしなければ波動砲を発砲出来るくらいの出力が得られないとか。
恒星間航行船として必須のワープ機能がそこまで艦体サイズを超巨大化させないと出力が得られないとか
旧作のやたらにデカイあのアンドロメダの大きさの理由付けも必要になってきますよね。

ま、旧作のヤマト2に相当する作品か劇場版さらばのリメイクとしてヤマト2202製作してくれないかなぁ

Re: No title

続編待ってますさん、こんにちは。
何とでもやりようはある、ということですね:-)

ただ、『ヤマト2』をリメイクして、その後の展開はどうしましょう。『永遠に』『ヤマトIII』…と順番にリメイクするだけではビジネス的な広がりが見込めませんし、『完結編』までリメイクしたら終わってしまいます。

今後のビジネスを考えるとしたら、ストレートな続編よりも「ヤマト」の名を冠した関連作品・別作品に発展していくのではないでしょうか。
第一話のコメントにも書きましたが、本作にバンダイビジュアルも参加して「ヤマト」というビッグネームを引っ張りだしたのは、それだけ業界に危機感があったからでしょう。
見方を変えれば、『ヤマト2199』が成功すればガンダムのような産業化も夢ではなくなります。ガンダム同様、「ヤマト」ブランドの下に幾多の作品群が作られるかもしれません。その中には『ヤマト2199』と世界観を共有する作品もあるでしょうし、ヤマトの名前が出る他には共通点がない作品もあるかもしれません。
それらをひっくるめて、ガンダムのように1000億円規模の市場に育てば云うことないのでしょうが、さて。

No title

先ほどテレビ版25話が終了しました。

映画だけでは見られなかったカット映像も見ることが出来、いよいよ終わった感があります。もやもやっとしていた、ディッ提督、フラーケン、そしてゲーーール君のその後がわかり完全にすっきりしました。
デスラーさん。あなたには、ヤマトは渡しませんよ。

ここまで締めて頂くと、すでに続編の気持ちも薄れてきました。出渕監督及びスタッフの方々に感謝し、完全版になった全26話を通しでみてみたいと思います。
そのときは、ナドレックさんのこのブログも参考にさせて頂きますね。長い道のりでした。。。まさに”ありがとう!以上だ”ですね。

Re: No title

ヤマトおやじさん、こんにちは。
テレビ版25話には驚きました。なにしろ劇場の短縮版では触れていなかったキャラクターたちの身の振り方、特に藪の消息が判りましたからね!
ザルツ人と日本人は見分けがつかないという設定はアニメならではのものでしょうが(実写でやったら不自然になってしまう)、巧くやったもんだと思います。
これで第七章を観た後のモヤモヤ感がなくなり、スッキリしましたね。

まったく長い道のりでした。
でも、楽しい時間でした。
ありがとうございます。

ユリーシャ革命

ここまで「2199」を見て、改めて思うのは、ユリーシャの存在が、いかに「ヤマト世界」を変えたかという事です。実に、彼女こそが、今作の影の主役と言えるでしょう。この、たった1人が加わった事で、物語は、劇的に変わりました。思うに、彼女の役割とは、端的に言えば、ヤマトによる過剰な破壊を防ぎ、ガミラス星を滅ぼさないように導く事、と見えました。これは、まるでより良い形への、歴史改変のようです。昨今何かと話題の、新「スタートレック」の分岐した歴史を思い出しますね。実に興味深いです。

Re: ユリーシャ革命

ICAさん、こんにちは。
ほとんどの登場人物は旧作に原形がありますけど、ユリーシャは本作オリジナルの存在ですからね。
おっしゃるとおり、ヤマトにイスカンダル人が乗艦しているシチュエーションは想像以上に作品世界を広げたと思います。たとえば二ヶ国間の戦争のさなかに国連の査察官が乗艦するようなものでしょうか。
ユリーシャの存在により、イスカンダルは単なる目的地ではなく、一つの勢力としての位置付けを得ましたね。

お礼

仕事や私事で忙しく劇場で観れず、かと言ってTVでは観たくないというあまのじゃくな性格からBD発売でようやく最終巻を鑑賞し終えました。
そしてナドレックさんの感想を読み、皆さんの感想を劇場公開後の2か月後の今頃拝見させて頂き、これで私の2199が終わったことに感動している次第です。
BD7巻、決して安い金額ではありません。最終巻が期待外れであれば購入した事が全て後悔となったところでしたが、本当に良かったと思います。

自分自身の感想ですが、第7巻で唯一解せないのがデスラーでした。
スターシアへの愛情は原作からのものでもあるとはいえ、総統に登り詰めた人間ならこのような行動を起こすはずがないとも思ってしまいました。
恋愛で動くとは少々安っぽい男になってしまったなぁという感想です。
ただ・・・これ以上のものを描けるのかというと難しいなぁと思っていたのですが、ナドレックさんの感想を読み、ああ、なるほど、そうなのかもしれないな。と一人納得して終えました。
このBD購入や劇場鑑賞のきっかけはこのナドレックさんの日記であることはこのブログに書かさせて頂きました。
そしてこの2199はナドレックさんの第7巻の感想を読んで本当に終結したように思えます。

また第1話から観たいと思います。ありがとうございました。


ところで・・・・続編には反対です。スピンオフも反対です。はい(笑)。

Re: お礼

はーしゅさん、こんにちは。
返事が遅くなり申し訳ありません。

続編にもスピンオフにも反対ですか:-)
そうですね。私もどちらもなくていいと思います。しいて云えば続編よりもスピンオフの方が好ましいですが、これほど見事に終わった物語には何も付け加えないのが理想的ですね。
でも2014年の新作公開が発表されてしまいましたから、何か出てくるんですよね……。
ヤマト2199の新作よりも、たとえば『宇宙空母ブルーノア』のリメイクにでも挑んでくれる方が面白いかも。どんな出来になろうとも、その心意気だけで私は拍手喝采します。

二年ほど前になりますか、ヤマト2199を全七章に分けて劇場公開すると知ったとき、その形式には無理があるんじゃないかと思いました。
映画を七本つくるならともかく、テレビ放映を前提に制作した26話を七つに分けるなんて、各章が中途半端すぎて付き合ってらんないのではないかと。
でも、それは杞憂でしたね。各章それぞれ映画一本以上の見応えがあって、素晴らしい時間を過ごせました。
とりわけ第七章は、これまでの長大な物語を回収する役割に相応しく、実にきれいな終わり方でした。もっと描いて欲しいことがたくさんありましたけど、潔い絞り込み方は、作り手がヤマトのなんたるかを良く理解されている証拠だと思います。

たしかにデスラーの心情は判りにくく、私が記事で書いたことは一つの解釈でしかありません。
でも、セリフで全部説明してしまう親切な(お節介な)作品が多い中、少しくらい判りにくい方が余韻があって良い気がします:-)

長いあいだお付き合いいただきありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。

No title

こんにちは。

更に遅い返事となります。
2014年に劇場公開されるのは完全新作なのですね。続編には反対でしたが出てしまうのであれば応援したい気分です。
さて、どうせ作るのなら全く違うストーリーで作ってほしいものです。
オリジナル作品は酷い出来となるのが普通ですが、このスタッフならば期待したいと思います。

ところで、BDはTV版と若干違うのですね。ストーリー自体は同じなのですが、絵の修正はもちろん、BGMやカットとかも少し違うとか。
TV版を録画しておいたら良かったと後悔してます。
ただ、感想を読む限りBD版が良いようですので、そこは安堵しております。

他の感想も楽しみに読んでおります。今後ともよろしくお願いいたします。

Re: No title

はーしゅさん、こんにちは。
そうなのです。TV版は劇場・BD版と違うのです。
わずかな違いではありますが、それが大きい。
なにしろTV版では、本作の掉尾を飾るべくわざわざ追加で制作した劇伴「地球の緑の丘(旅立ち~帰還、そして明日への希望)」が流れないのです。
私は記事本文で「明日への希望」のことを書きましたが、TV版しか見ていない人には何のことやら判らないでしょう。オリジナル・サウンドトラックPart.3のライナーノートにも「明日への希望」のことが書かれていますが、これも意味が判らないと思います。
劇場・BDで楽しんだのであれば、いっそTVは見ない方が穏やかな気持ちでいられるかもしれません:-)

No title

はじめまして、興味深く拝読させていただきました。

BD組で、改めて全話を通し観した勢いからあちこちウロウロしてこちらにたどり着きました。
他所ではガミラス本星の処遇以降に割に好意的でない意見が散見されて(旧作好きの友人もイマイチな反応をしておりました)、本作の諸々の改変に感心していた自分としましてはやや居住まいが悪かったのですが、こちらにて深く掘り下げられた評論を見て改めて「良く出来た作品なのだ」と再確認した次第です。

殊にラストシーンの「奇跡」は初見の際に声を上げて感動したほどで、思えば本作の宇宙戦艦ヤマトはユリーシャが目覚めるまでその記憶を辿って航海していた船です、はじめから「人の意思で進路を採る」ことが暗示されていたのだ、と再見で気付き、感慨を深くしておりました。
これを「魔法だ」「ファンタジーだ」と言うのはお門違い(それだったら旧作は「オカルト」です)、100年前なら電子レンジだって魔法の品でしょう、原理は解らなくとも意図や意味はは伝わります。奇跡はそれを起こす、あるいは起こるプロセスが大事です、人事を尽くして天命を待つ、だからこそ旧作では私には釈然としなかった雪の唐突な復活が本作では感涙にむせぶ名シーンとして見事にリメイクされました。

他にも旧作の細かいエピソードの再構築や再定義も素晴らしく、こちらの解説やコメント欄の皆様の解釈などを読んでいるとすぐにでもまた観直したくなって来ます、勝手に燃料をいただいて行きます。ありがとうございました。

ところで、最終話で雪の死亡を受けて古代が駆けつけたシーン、投げ落とした上着の袖がシステム横の水に浸かっています、これが進の雪への想いと記憶を守に伝えたのではないか、と踏んでいるのですが、いかがなものでしょう?

Re: No title

NorthWestさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
ガミラス本星の処遇以降に好意的でない意見があるのですか。
私もNorthWestさん同様に感心しております。これ以上のまとめ方はないだろうと感じました。
たしかに魔法やファンタジーに見える描写もありますが、理系バカの真田さんがクラークの第三法則(充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない)を口にしていますからね。私たちには魔法に見えるほど進んだ技術を表現しているのでしょう。

> 投げ落とした上着の袖がシステム横の水に浸かっています、これが進の雪への想いと記憶を守に伝えたのではないか、と踏んでいるのですが、いかがなものでしょう?

進の想いが守に伝わったことを示す表現ですね。
進の服の袖、光を伝える水、光る花……これらを映すことで、守が進の想いを汲み取る過程を表現していますね。
具体的な何かがこのルートで伝播したと考えるべきかどうなのか、それは受け手の解釈によると思います。
受け手がそれぞれ好きに解釈して、♪みんなその気でいればいい:-)

続編の想像をめぐらすと…

ナドレックさん、

はじめまして。
評論、興味深く拝見させていただいてました。
本当に、今度のスタッフは旧作を見事にリメイクしましたね。

さて、来年、続編が劇場公開されるとのこと。
楽しみでもあり、不安でもあります。
これまで張られた伏線で、まとめていないもの・・

それは地球人とガミラスのDNAがなぜ同じなのか?ということ。(11話)
スターシャと古代守が生殖可能なのも、DNAが同じだからでしょう。
この点が、単なるご都合主義なのではなく、理由あることなのだ、と、このスタッフなら語ってくれるのではないかと期待しております。

その謎は・・同じく伏線のまま放っておかれている亜空間ゲートを作った古代文明の存在がかかわっているのでは?

こんな想像をめぐらすのも楽しいことですね!


おそまつでした!

--
まつごろう

Re: 続編の想像をめぐらすと…

まつごろうさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

おっしゃるとおり地球人とガミラス人の繋がりについては明らかにして欲しいところです。
第四章の記事で取り上げた「我々はどこから来てどこへ行くのか。」というセリフの意味は、まだ充分に説明されてないように思います。
過去のヤマトシリーズを再構成した本作ですが、『宇宙戦艦ヤマト 完結編』のディンギル人が1万年前に地球から移住した地球人類だったり、ガミラス人が天の川銀河に栄えたガルマン民族の一支族だったりに見られるような、恒星間・銀河間の移住ネタが放置されたままですし。
イスカンダル文明の恩恵にあずかりながら滅んでしまったビーメラ星人についても知りたいものです。

新作がどんな内容になるのか楽しみですね!

No title

続編待ってますの2回目の投稿です。
DVDとBD版は劇場限定先行販売のBDと通常販売のDVDの初回版で特典映像として入ってるおまけとか、
オーディオコメンタリーで触れられてる内容の事を聞いて自分なりの想像を以って書いたんです。
ガンダムのような一大産業に育って欲しいコンテンツではありますが。
お金儲けしか考えてない従来のスポンサー様には汚されて欲しくない作品ではありますが
39年前の本放送時の頃の子供のように純真さだけでは生きていない
汚れた大人になってしまった、現実の自分。
「さらば」とかヤマト2のメカのアンドロメダが大きいので拡散波動砲の扱いとか
オリジナルには無かった波動コアの存在など2199の設定を活かした
旧作ファンの中年以降のファン層にも納得の出来る破綻の無いメカ設定とか脚本と演出
クオリティの高い作品なら続編や外伝的スピンオフ作品もありありですね。
地球産の擬似的波動コアのアイディアはガンダムダブルオーの太陽炉にヒントを得ています。
旧作には無かった島大介のお父さんの最初の戦死とか地球軍本部が沖田さんを解任してまで
宣戦布告もなしに先制攻撃した現実も2199で語られた新設定です。
古代守が異星人とだって理解しあえると説いた理想と2199で語られた愛するってテーマと
相反する要素として地球軍の肥大した防衛意識とかで波動コアの複製と波動エンジンを搭載した
新型新造艦としてアンドロメダは建造されるのではないかと想像します。
いずれにせよ、これまでの我慢を強いられた残念なヤマトにはならないで欲しいですね。
少々残念な出来の復活偏の三部作の第2部と第3部との整合性をどうとるのかとか。
復活偏の制作は中止されるのか?
渾身の出来栄えの2199の製作に携わったスタッフの労苦に報いる
よい作品になって欲しいと一ファンとして願っております。

Re: No title

続編待ってますさん、こんにちは。
そういえば、芹沢虎鉄局長の動向が不明ですね。
2199の後半では姿を見せなくなっていましたが、実はアンドロメダを建造してたりして:-)

数十年のあいだヤマトファンは我慢と諦めを強いられましたが、2199を味わってしまった以上、もう残念なヤマトには戻らないで欲しいです。
どんな作品にも云えることですが、とりわけ2199が示したのは、作品の完成度を高めるのが作り手の哲学であり歴史観だということです。その掘り下げがあればこそ、上澄みである作品が輝きを増す。
2014年に公開される新作も、そこをしっかり押さえてくれるといいですね。

考察文の投稿許可願い

ナドレックさん、こんにちは。
いつも楽しく拝見させて頂いております。

「風立ちぬ」の記事のコメント欄で9/8に
「ヤマト2199のデスラーの考察文を書く」と書きましたが、
ようやくできました。

3万8000字の長文になるのですが、投稿してもよろしいでしょうか?

内容としてはガミラスの社会、軍隊の社会的側面、国家システムに
ついて想像を交えながら考察したものになっています。ついでに続編が
あるとしたらこのような話もあり得るのではないか、という小話も加えて
あります。

Re: 考察文の投稿許可願い

T.Nさん、こんにちは。
おお、遂に完成ですか!
もちろん投稿OKです。
FC2ブログのコメント欄に何文字まで入力できるか私は知らないのですが、もしもうまく投稿できない場合にはご相談ください。

ヤマト2199のデスラーはアレクサンドロスか?

ナドレックさんこんにちわ。
考察文の投稿許可ありがとうございます。
今回は極端に長い文章ですが、その分ネットでも書籍でも見られない特色的な内容になっていると信じております。



≪ヤマト感想:ヤマト2199のデスラーはアレクサンドロスか?≫

【はじめに:アレクサンドロスのようなデスラー総統】

2013年9月、ヤマト2199が紆余曲折の末に完結した。今作は視聴者の間でおおむね好評のようだが、登場人物中で一人、評価の割れている人物がいる。デスラー総統だ。「最後の最後で大物感が消えてしまった残念なキャラ」「結局は愛に狂った道化」という辛辣な評価をする人もいるが、私にはヤマト2199のデスラーは為政者としての側面や人間としての内面が歴史上の人物であるアレクサンドロス大王にとてもよく似ていると感じた。それは何故か?アレクサンドロスの生涯と当時の政治状況を念頭に置きながらヤマト2199を見るとデスラーの行動の謎やガミラス帝国の謎が非常にうまく説明できるからだ。順を追って説明してみよう。


ヤマト2199は今までの旧作ヤマトを集大成したリメイクで、非常に多くの作品世界の情報が物語の伏線と共に劇中にちりばめられている。それらの情報と劇場パンフレットの記述を併せて読むとデスラーの生涯(25話で死んでいればだが)とアレクサンドロスの生涯は意外にも多くの共通点があるのに気付く。例えば第3章のパンフレットにはデスラーについてこのような記述がある。


――32歳相当(地球における年齢換算)の若さでありながら、絶大なるカリスマ性
を以って国民から絶大なる支持を受け、独裁者としてこの巨大帝国に君臨する。サ
レザー恒星暦で103年前、かつてガミラス大公国と呼ばれていたこの国家は、複
数の王侯貴族による統治が行われていた。それを統一したのが、デスラーの叔父
エーリク・ヴァム・デスラー大公であった。そしてエーリク死去後、再び内戦状態とな
った国家を再統一したのが、デスラーその人である。ガミラス大公国は解体され<
大ガミラス帝星>となり、デスラーは永世総統の地位に収まった。彼は「宇宙恒久
の平和を達成させる為にはイスカンダル主義の拡大浸透が必要であり、その為に
は他星へ進攻し武力をもって併合するのが神の意思でありガミラス民族の使命で
ある」と説く、<デスラー・ドクトリン>を宣言。周辺惑星国家への進攻を開始したの
である。


このデスラーの半生は

「分裂状態だったギリシアを統一したフィリッポスの死後、内乱状態になったギリシ
アとマケドニアを再統一し、『ギリシアの大儀』を唱えて東方への進攻を開始した」

アレクサンドロスの事績とよく一致する。(しかもいかなる偶然なのか、デスラーの年齢がアレクサンドロスの享年と同じ32歳になっている。)また、アレクサンドロスのギリシアの大儀は主に

・ペルシア戦争でのペルシア人の国土蹂躙と神々への冒涜に対する報復
・小アジアのギリシア人をペルシア支配から解放する。

の2つからなるが、これの元になった当時のギリシア知識人の東方遠征論を見ると基本的な考え方がデスラー・ドクトリンに類似しているのに気付く。東方遠征論ではこのように説かれている。


――そもそもギリシアの土地は貧しいのに、大陸には豊かで広大な土地が耕され
ないまま放置されている。ペルシア人はギリシア人の不倶戴天の敵であるばかり
か、柔弱で劣等な民族だ。すでにペルシア帝国の各地では反乱が起きており、戦
争に打って出るには今こそ絶好の機会である。ギリシア人が一致団結して自分達
の間の戦争を大陸に移し、アジアの繁栄をこの地にもたらすこと、これこそが焦眉
の課題なのだ。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.104)

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%BE%81%E6%9C%8D%E3%81%A8%E7%A5%9E%E8%A9%B1-%E8%88%88%E4%BA%A1%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2-%E6%A3%AE%E8%B0%B7-%E5%85%AC%E4%BF%8A/dp/4062807017


東方遠征論に出てくる他民族の劣等種族視や征服地に平和と繁栄をもたらすという考え方はまさにガミラス人やガミラス帝国の考え方そのものだ。このように、ヤマト2199のデスラー総統とアレクサンドロスには意外な共通点が多く、2人をとりまく政治状況も類似点が多い。アレクサンドロスを念頭に置くと、劇中では明確に語られなかったガミラス帝国やデスラーの行動の謎をわりとうまく説明する事ができる。以降の文章では次のようなトピックについてそれぞれ章を分けて考察していこうと思う。


1.オルタリアのガミラス人移民殺戮の謎――ガミラス帝国の基本的構造――
2.ガル・ディッツ拘束の謎――ガミラス軍の社会構造について――
3.名誉ガミラス臣民の謎――デスラーの構想していた国家モデル――
4.デスラー砲の謎――デスラーは本当に狂っていたのか?――
5.デスラーのいないガミラスはどうなる?――続編の可能性も含めて――




【1.オルタリアのガミラス人移民殺戮の謎――ガミラス帝国の基本的構造】

ヤマト2199の15話は社会史に興味を持つ人にとっては実にショッキングなものだろう。何しろ冒頭でいきなり「さあ、殲滅のメロディーを!!」と親衛隊のギムレー長官がうそぶいてオルタリアのガミラス人移民を反乱住民ごと抹殺してしまうのだから。一体何考えてるんだギムレーは!?

普通の視聴者なら「ギムレーは人格破綻者なのだ」と考えて片づけてしまう所だが、彼の行動に合理的理由付けはできないだろうか?つまり、彼は気が狂ったのではなく確かな理由があってあんな行動をとったのだ、と考えることはできないだろうか?

一見滅茶苦茶な設問だが、不可能な事ではない。「彼らガミラス人移民団は元来、助けてバレラスに連れ帰るよりもそのまま反乱にかこつけて始末した方がいいような(政権にとって)危険な人たちだった」と考えれば、ギムレーの取った行動が無理なく理解できるのではないだろうか。(現にギムレーは総督に対し、「総統への忠誠に欠けたあなたもですよ、総督」と言っている)

つまり、ガミラスの移民政策とは、「政権に不満を持つ人達を移民の形で体よく帝都バレラスから追い出し、彼らに征服地の土地と財産を与えることで懐柔する」というものだったと考えられる。ギムレーに射殺されたオルタリア総督はこうした不平分子達の頭目的存在だったのではないか。歴史に類例を求めると、実はアレクサンドロスが同じようなことを大々的に行っている。アレクサンドロスの移民政策について、史書では次のように解説している。


――都市アレクサンドリアの建設は、しばしば大王の東西融合政策の一環として語
られるが、実態を見ればそれはまったくの的外れである。そこに入植したのはギリシ
ア人傭兵、退役したマケドニア人、地元住民の三種類で、住民にはその土地の戦
争捕虜も含まれていた。このうち最も大きな割合を占めたのがギリシア人傭兵であ
る。(中略)元をただせば彼らはギリシアの祖国を失った者達であり、フィリッポスや
アレクサンドロス自身によって追放された者も含まれていた。彼らはマケドニア人と
大王に強い憎しみを抱いており、帝国にとって政治的にも社会的にも危険な存在だ
った。それゆえ彼らの入植には、不穏分子を僻遠の地に隔離するという狙いがあっ
たのである。ついでに隔離という点では、マケドニア人兵士も例外ではない。前330
年、アレクサンドロスは自分に批判的な発言をしたり、王の利害に反することを手紙
に書いた者を集め、「無規律部隊」と名づけて見せしめにした。バクトリア・ソグディア
ナ地方では、反抗的と見なしたマケドニア人の不平分子を12もの軍事植民地に配
分している。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.140)


アレクサンドリアに移民したのはマケドニアに祖国を征服されたギリシア人傭兵――。マケドニアとギリシアが決して一枚岩でなかったことがこれで分かるが、アレクサンドロスの移民とガミラスの移民が同じ性格であるとすれば、ガミラス人達がマケドニアとギリシアのように決して一枚岩ではなかったのではないか、との推測が成り立つだろう。もう少しアレクサンドロスの事情について見てみよう。

現在の私達はマケドニアとギリシアが一致団結して東方遠征を行ったとイメージしがちだが、一致団結どころか史書にはそのイメージを打ち砕くような記述が出てくる。


――ギリシア人はマケドニア人に征服された民族でありながら、アレクサンドロス帝
国では支配者側の一員であった。では両民族の間の壁は越えられたであろうか。
答えは否である。(中略)結局ギリシア人はアジアにおける征服者の一員でありな
がら、真の支配者たるマケドニア人に対して従属的地位に置かれた、目下の同盟
者にすぎなかった。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.141~142)


アレクサンドロスの東方遠征中、ギリシアでは絶えず反マケドニア運動がくすぶり続け、ついにはスパルタで大規模な反乱が勃発した(アギスの蜂起)。実のところガミラス帝国のガミラス帝星も、これとよく似た状況だったのではないだろうか?

ヤマト2199のガミラスでは、当局が反乱分子の摘発に血眼になっている描写がたくさん出てくる(15話・17話その他多数)が、この描写自体、デスラー政権には最初からガミラス人の敵が大勢いることを示唆している。ガミラス人の政治犯は一体何故当局に睨まれたのだろうか?政権に批判的な言説を行ったからだろうか?軍役を拒否したからだろうか?もちろんそれもあるだろうが、最も数が多かったのは

「デスラーの叔父エーリク・ヴァム・デスラー大公やデスラー本人に征服されたガミラ
ス人が反乱を企てた」

ケースだったと思われる。あらためて第3章のパンフレットの記述を思い返してみよう。このような記述だったはずだ。


――サレザー恒星暦で103年前、かつてガミラス大公国と呼ばれていたこの国家は
、複数の王侯貴族による統治が行われていた。それを統一したのが、デスラーの叔
父エーリク・ヴァム・デスラー大公であった。そしてエーリク死去後、再び内戦状態と
なった国家を再統一したのが、デスラーその人である。


パンフレットの記述からは次のような事を見て取る事ができる。

・ガミラス大公国は王侯貴族が統治する複数の公国で構成されていた。
・これらの公国の内、デスラー大公の「デスラー公国」が他の公国を征服し、ガミラス
 大公国を統一した。
・デスラー大公の死後、彼に征服された公国が反乱を起こしたが後を継いだデスラ
 ーによって鎮圧された。
・デスラーが20歳で即位したと仮定すると反乱が鎮圧されて(サレザー恒星暦で)十
 数年しか経っておらず、アレクサンドロスの故事を見てもデスラー公国から独立を
 企てる者が未だに大勢いる可能性が高い。


こういった事情があったからこそ、親衛隊は反乱者の摘発に血眼になり、厄介払いのような移民が行われ何かあった時には移民が始末される事態になっているのではないだろうか。

・・以上、この章をまとめると、国家としてのガミラス帝国は以下のような基本構造になっていると考えられる。


・純血ガミラス人は帝国の支配者側の一員であるが、ガミラス大公国を統一したデ
 スラー公国の民と彼らに征服され従属的同盟者となっている他の公国の民の2種
 類で構成されている。
・他の公国はまだ征服されて日が浅く、絶えず反乱の芽がくすぶり続け、親衛隊は
 反乱の摘発に躍起になっている。
・ガミラスの移民政策は、「政権に不満を持ち反乱を企てかねない危険な人達を移
 民の形で体よく帝都バレラスから追い出し、彼らに征服地の土地と財産を与える
 ことで懐柔する」という性格を持っている。


こうして、ガミラス帝国の国情の一端が明らかになった(※あくまで私の主観では)が、ではデスラーを支えるべきガミラス軍は果たして一枚岩の頼れる存在だったのだろうか?次の章ではそれについて考えてみたい。



【2.ガル・ディッツ拘束の謎――ガミラス軍の社会構造について】

劇中でデスラー暗殺容疑をかけられ拘束されたドメルとガル・ディッツのうち、ドメルはすぐ釈放されたにもかかわらずディッツは釈放されなかった。それは何故か――。

ヤマト2199視聴者の間で取り沙汰される謎の一つである。国軍に取って代わる事を狙う親衛隊が航宙艦隊総司令のディッツを特に目障りに思っていたからではないか、という意見も見られるが、ドメルがデスラーによりすぐ釈放されたのに対しディッツは収監されたままだったところを見ると、少なくともデスラーはディッツを必要な人物と思っていなかったと最低限言うことはできるだろう。何故だろうか?劇中のセリフやパンフレット等の情報を仔細に見ると、それに対する答えだけではなく、ガミラス軍が抱えている構造的な問題を見て取る事ができる。

そもそもガル・ディッツとはどういった素性の人物だろうか?14話で娘のメルダ・ディッツが山本に「わが家は代々軍の重責を担ってきた家系」と語っていることから、彼は名門の軍人貴族であることが分かる。また、航宙艦隊総司令として「艦隊運用の責任者」を自負し、国軍の実質的な最高司令官として振舞っている人物でもある。例えば12話で、彼は本来動かすのに総統の認可が必要な総統直属の次元潜航艦を勝手に動かしているが、そこには

「国軍の(実質的な)最高司令官は自分なのだから指揮下の部隊をどう動かそうと
私の勝手だ。国軍を直接指揮して動かしているわけではない総統の認可などいち
いち必要ない」

という意識が垣間見える。このエピソードや「国家元帥」の肩書きを持ち、12話でディッツがセリフで語るように「版図の拡大を推し進め」、17話や18話で実際に艦隊を指揮して動かしていたヘルム・ゼーリックの姿を見る限り、ガミラス帝国においてデスラーは軍の指揮権を一手に握っているわけではないと考えられる。つまり、ゼーリックやディッツのような名門貴族が自らの管轄下の、あるいは息のかかった国軍の部隊を自らの好きなように動かしていて、デスラーといえども国軍の全ての部隊を思いのままに動かせない状況であるということだ。この事は劇中におけるゼーリックとディッツの関係に注目するとよりハッキリする。二人の姿をもう少しよく見てみよう。

ディッツは公式設定資料集の記述によれば航宙艦隊総司令として親衛隊と内惑星防衛艦隊をのぞくガミラス外洋艦隊を指揮・統括しているが、彼の指揮する航宙艦隊は国軍中に比肩できる存在がない事から(陸軍や空軍は存在したとしても規模や重要性において航宙艦隊に遠く及ばないと考えられる)”国軍そのもの”と言って良い存在であり、その航宙艦隊を指揮する彼は事実上「国軍の実質的最高司令官」となっている。

8話のガミラス建国記念式典の最中、ディッツがデスラーに「ドメル中将を(小マゼランに)派遣しました」と事後報告する場面が出てくるが、これを見るとディッツは指揮下の部隊の運用をデスラーに説明もせず承諾を得ることもなく好きなように動かし、国制上の最高司令官であるデスラーはディッツの決定を追認するだけの状態になっている事が伺える。明らかにデスラーは国軍を最高司令官として直接指揮できていない。
-------------------------------------------------------------------------
(ちなみに大統領が最高司令官として実際に指揮できているアメリカの場合なら、
次のような流れになると思われる。)
1.最高司令部に相当する国家安全保障会議で参謀総長が「○○方面が現在この
  ような状況になっています」と大統領に説明し、「○○を方面軍司令として派遣し
  ようと考えております」と大統領に許可を求める。
2.説明を聞いた大統領が「よろしい、許可しよう」と承認する。
-------------------------------------------------------------------------

一方、ゼーリックはパンフレットの記述によれば軍政面を担当する中央軍総監の役職に就いているが、この役職はそもそも軍の装備や編成の決定といった軍政の分野でのみ権限を行使できるのであって、実戦部隊を指揮して動かすことは本来できない役職だ。従って、17話のように艦隊を自ら指揮してバラン星に向かう描写は組織の原則論で考えれば本来ならありえないし、まして18話でバラン星に進入したヤマトに対して攻撃命令を出すこともできないはずだ。ところがその両方ともゼーリックが劇中で行っているということは、彼には実戦部隊を指揮する権限(特権というべきか?)もあるし実際に指揮して動かしている、まるで手勢のような部隊もあると考えざるを得ない。

こうしたゼーリックの行動を航宙艦隊総司令のディッツは制止する権限はないし、逆にゼーリックもディッツの行動を制止する権限がない様子が劇中ではいくつか描写されている。例えば以下のようなものだ。


・ゼーリック自らが銀河方面軍司令に取り立てて子分のように扱っているゲールの
 事例。ゼーリックは国軍の人事にもしばしば介入していて航宙艦隊総司令のディッ
 ツには阻止する権限がないと考えられる。
・8話でのゼーリックとディッツの以下のような会話。

   「(デスラーにお追従を述べるゼーリックに対し)慢心はなりませんぞ。
    小マゼラン外縁部では、外宇宙からの蛮族の侵入も予断を許さない」

   「ディッツ君、君は我輩が大ぼら吹きだとでも?」

   「艦隊運用の責任者として、油断はできないと申している!」

   (ドメル中将を小マゼランに派遣した、とディッツ。彼なら期待に答えてくれ
    るだろうとのデスラーの言にゼーリックは忌々しそうに舌打ちする)

 会話から明らかなように、ゼーリックとディッツには軍の指揮と運用に関して直接
 の上下関係はない。そのためドメルを派遣するというディッツの決定をゼーリック
 は阻止できない。


これらの事例を見ると、ゼーリックとディッツは二人とも自らの管轄下の、あるいは息のかかった部隊を自らの好きなように動かしていて、デスラー以外の誰にも邪魔できない状態になっている事が分かる。しかも次元潜行艦の事例に典型的に見られるように、デスラーの承認を経ることなく自らの判断で勝手に部隊を動かすことすらあったと考えられる。こういった

 「国家元首たるデスラーが国軍の指揮権を独占できておらず、ゼーリックやディッツ
 のような名門貴族が軍の要職に就き、権勢を振るう」

という状況は、当然のことながらデスラーにとって好ましい物ではない。本来ならば国家元首たるデスラーは最高司令官として国軍の指揮権を独占し、航宙艦隊総司令の座を兼ねていないといけないし、中央軍総監は軍政のみに権限を制限しないといけない。(近代軍では、最高司令官ではあっても軍人としては素人の国家元首を参謀本部が”補佐”し、経験不足を補うことになっている。あくまでも国家元首が最高司令官として指揮する制度になっているため、実質的な最高司令官である「航宙艦隊総司令」は存在そのものが不要であると考えられる)つまり、望ましい国家運営をしようと思えば、ゼーリックやディッツは必ず粛清しなければならない存在となってしまうのだ。

こうして、この章冒頭の問いかけである、


「劇中でデスラー暗殺容疑をかけられ拘束されたドメルとガル・ディッツのうち、
ドメルはすぐ釈放されたにもかかわらずディッツは釈放されなかった。それは何
故か――。」


への解答が導き出された。解答は次のようなものになるだろう。


「――国家元首たるデスラーが国軍の指揮権を独占する上でディッツは邪魔な
存在だったから。」


ディッツは劇中では良識的な人物として好意的に描かれているため観客は何故ディッツが反乱容疑で収監されたままなのか分かりづらいが、あくまでデスラーの立場に立ってみるとディッツは機会を捉えて粛清しなければならない人物に十分なりうる。為政者としてデスラーはゼーリックやディッツのように軍の要職に就いて権勢を振るう名門貴族を粛清し、軍の指揮権を一手に握ろうとしていたのではないだろうか。(逆に言えば、粛清される危険性を十分に自覚していたからこそ、ゼーリックはお追従を述べてデスラーに媚びへつらい、ディッツは黙々と軍務をこなしていたといえる。)

ガミラス国軍がこのような状態になっているのは、おそらくデスラー政権が誕生した時の歴史的経緯によるものだろう。前章「オルタリアのガミラス移民殺戮の謎」において、ガミラス帝国はガミラス大公国を構成する複数の公国の内、デスラー叔父の治める「デスラー公国」が他の公国を征服・併合することで形成されたと考察したが、ガミラス大公国統一の過程においてデスラー公国は敵対する公国を滅ぼす一方、帰順した敵(や自国)の大貴族には帰順と引き換えに相応の役職と権限と特権を与えていったものと想像される。その結果、

・軍政のみに権限が限定されるはずの中央軍総監が実戦部隊を指揮して戦い、本
 来なら不必要と思われる『航宙艦隊総司令』という役職が存在する。
・国家元首が最高司令官として直接指揮するべき(経験不足な部分は参謀本部が
 補佐して補う)国軍が元首以外の複数の人物によって指揮され動かされている。
・名門貴族が国軍の要職に就き、(デスラーに睨まれない範囲で)誰にも邪魔される
 ことなく好きなようにふるまっている。

という状況が劇中で出現するに至ったと考えられる。デスラーとしては何らかの形で対処しなければ自らの身が危うい、という状況であっただろう。(現に名門貴族の一人であるゼーリックが反乱を起こそうとした。)

では、デスラーはどのような手段でガミラス国軍のこういった状況に対処しようとしていたのだろうか?劇中の描写やパンフレットの記述から、デスラーは主に

・権謀術数を用い名門貴族を粛清する。
・国軍の反乱に備えて自身の親衛軍を創設する。
・国軍を一般将兵のレベルで掌握するため人材登用を行う。

という3つの手段を用いていたと考えられる。それぞれ詳述してみよう。


(その1)名門貴族の粛清
デスラーが国軍の指揮権を一元化し独占するためには名門貴族の粛清は必須であったが、ゼーリックやディッツのような名門貴族はデスラーにとって扱いに慎重を要する危険な存在だったと思われる。性急に粛清しようとすれば、最悪の場合ゼーリックとディッツが二人そろって国軍を率い反乱を起こす可能性すら考えられるからだ。実際、劇中の描写を見ると、ディッツやゼーリックは非常に慎重かつ周到なやり方で粛清されている。ディッツは15話で「総統のデウスーラが何者かの手によって爆破される」という事件が起き、総統暗殺の容疑がかけられる状態になってから処分されているし、ゼーリックは18話で衆人環視のもと反乱を扇動するという誰にも言い逃れできない状態になってはじめて粛清されている。名門貴族の粛清はそれほどまでに慎重を要する作業だったのだ。

19話冒頭で「ゼーリックに同調した反乱分子は秘密警察が内定済みです」とのギムレーの発言の後、ヒス副総統が「これで総統の治世はより安泰に」と述べているが、このセリフには単なる総統へのお追従以上の意味が含まれているだろう。危険なディッツやゼーリックは2人ともいなくなり、残る貴族達も粛清する大義名分ができたからだ。


(その2)親衛軍の創設
元ネタがヒトラーの親衛隊であると思われるデスラーの親衛隊は、劇中では一貫して否定的に描写されているが、ガミラス国軍の実情を考えるとおそらく創設は必須であっただろう。デスラーが国軍の指揮権を独占し直接指揮できていない以上、国軍の誰かが部隊を率いてクーデターを起こす可能性が常に存在したからだ。パンフレットの記述によれば、親衛隊長官のギムレーは帝国の治安維持を目的とする親衛隊を国軍に比肩するほどの軍事力を持つ組織に育て上げたとの事だが、親衛隊の武力拡充をデスラーは意図的に容認ないし黙認していた可能性が高い。親衛隊の武力と秘密警察で国軍幹部を脅すことで、デスラーは国軍幹部の度を越した専横を防ぎ、彼らによるクーデターの可能性を牽制し続けていたと考えられる。


(その3)国軍での人材登用
危険人物を粛清したりしていた軍上層部の場合とは別に、一般将兵に関してデスラーは人材登用を行い国軍を一般将兵のレベルから掌握しようとしていたと考えられる。これについてガミラス人をはじめとする多くの種族から忌み嫌われるジレル人のセレステラを登用した事例から考えると、即位したデスラーは身分や出自に関係なく自分に忠誠を誓う人物をどんどん軍中に登用していったと想像される。例えばドメルは38歳という年齢そのものや、38歳という異常な若さで将官になっている事実から

「青年将校だったガミラス内戦時代にデスラーに見出され、頭角を現した軍人の一人」

だったと思われる。彼のデスラーに対する忠誠ぶりはこういった事情に由来するのではないだろうか?また、作中ではいいところのないゲールも貴族とは大違いの洗練されていない物腰や言動、名門貴族のゼーリックに媚びへつらう姿から想像すると、

「これといった身分もないにもかかわらず将官に出世できたその他大勢の軍人の一人」

なのかもしれない。だからこそあれだけデスラーに心酔し、一般将兵も18話でデスラーが死んだと聞かされて大きく動揺していたのではないだろうか?必ずしも自分の思い通りにならない軍中枢とは裏腹に、一般将兵からは絶大な支持を受けている自信がデスラーにはあったと思われる。18話でバラン星の基幹艦隊将兵に自身の生存を見せつけるだけでゼーリックが反乱の失敗を悟った事からもそれは明らかだ。


・・以上、この章をまとめると、ガミラス軍は基本的に以下のような構造になっていると考えられる。


・国家元首であるデスラーは役職的に国家元帥や航宙艦隊総司令の上に立ち、彼
 らの生殺与奪を握る存在であるが、国軍の指揮に関してデスラーは指揮権を独占
 できていない。
・本来なら国家元首が最高司令官として国軍を直接指揮するべき(経験不足な部分
 は参謀本部が補佐して補う)だが、現状のガミラス国軍は元首以外の複数の人物
 によって指揮され動かされている。
・おそらくはガミラス帝国形成時の歴史的な理由から、ガミラス軍は軍政のみに権
 限が限定されるはずの中央軍総監が実戦部隊を指揮して戦い、本来なら不必要
 と思われる『航宙艦隊総司令』という役職が存在する(なぜなら航宙艦隊総司令は
 国家元首が兼ねるべきであるため独立した役職としては必要ない)という不合理
 な状況になっている。
・ガミラス国軍はゼーリックやディッツのような名門貴族が国軍の要職に就き、自ら
 の管轄下の、あるいは息のかかった国軍の部隊を(デスラーに睨まれない範囲で)
 自らの好きなように動かしていて、デスラーといえども国軍の全ての部隊を思いの
 ままに動かせるというわけではない。
・為政者としてデスラーはこういった名門貴族達を機会を捉えて粛清し、軍の指揮権
 を一手に握ろうとしている。
・劇中では一貫して否定的に描写されている親衛隊は、実のところ国軍、特に幹部
 クラスの度を越した専横やクーデターを防ぐ重要な役割を果たしている。
・即位以来、デスラーは自分の思い通りにならない軍中枢の危険人物を粛清する一
 方、身分や出自に関係なく自分に忠誠を誓う人物をどんどん軍中に登用しており
 (その代表格がドメルであると考えられる)、それが故に(軍中枢から縁遠い)一般
 将兵のデスラー支持は絶大になっている。


こうして、前章と今章においてガミラスの国家と国軍の内情を考察してみたが、デスラーの権力は非常に危うく不安定な基盤の上に成り立っていると考えられる。ほんの少し前まで内戦を行っていた分裂した国民(純血ガミラス人)に必ずしも思い通りにならない国軍(特に幹部連中)。この条件下でデスラーはどのように帝国を治めていくつもりだったのだろうか?次の章では特にその点について考察してみよう。



【3.名誉ガミラス臣民の謎――デスラーの構想していた国家モデル】

第8話、グリーゼ581においてヤマトに敗れ戦死した2等ガミラス臣民のシュルツ達に対し、デスラーはその忠誠ぶりを認めて遺族を「名誉ガミラス臣民」に取り立てた――。

このエピソードはガミラスの国家システムを考える上で非常に多大な材料を与えてくれる。この「名誉ガミラス臣民」とは、いかなる地位・身分なのだろうか? この命題は以下のような疑問に分けられる。

・名誉ガミラス臣民と1等ガミラス臣民は異なる身分なのだろうか?
・両者が異なるとすれば、名誉ガミラス臣民はどのような身分であり、どのよう
 な待遇を受けるのだろうか?
・そもそもガミラス帝国で2等ガミラス臣民、1等ガミラス臣民といった身分制度
 が作られた理由は何なのか?そして名誉ガミラス臣民が1つの独立した身分で
 あるならば、その存在理由は何なのだろうか?

これらの疑問について考察していくことで、国軍や純血ガミラス人の問題を数多く抱えたデスラーがどのような国家システムを構築し、ガミラス帝国をどのように治めていくつもりだったのか明らかにすることができるだろう。この章ではそれぞれ次の様に項目を分けて、順を追って考えてみよう。

 (その1)名誉ガミラス臣民と1等ガミラス臣民は違う身分か?
 (その2)名誉ガミラス臣民とはどのような身分なのか?
 (その3)ガミラスの身分制度と名誉ガミラス臣民の存在理由とは何か?
 (その4)デスラーの構想していた国家モデルについて


(その1)名誉ガミラス臣民と1等ガミラス臣民は違う身分か?
劇中で明らかになっているガミラスの身分制度の特徴は以下のようなものだ。

・純血ガミラス人は1等臣民であり、被征服民は2等臣民とされる。
・4話のシュルツとゲールの会話から判断すると、2等臣民から1等臣民へ
 の昇格は1等臣民の推薦が必要である。
・ただし、23話のノラン・オシェットの「(デスラー砲破壊の阻止を)
 総統が知れば自分は1等ガミラスになれる」とのセリフから、デスラ
 ーが認めれば1等臣民の推薦がなくても1等臣民に昇格できる。

23話のノランのセリフや、8話のデスラーがヒスにザルツ人遺族の身分昇格を指示する場面で1等臣民ではなく「名誉ガミラス臣民」と口にしている事実から、1等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民は異なる身分ではないかとの推測が成り立つ。これに関して、公式設定資料集[GARMILLAS]にはヴァルケ・シュルツとヒルデ・シュルツに関して次のような記述が出てくる。


――(ヴァルケ・シュルツの人物説明)冥王星をガミラスフォーミングし、そこに前線
基地を築き駐留する2等ガミラス人(被征服民族)で構成された空間機甲旅団の旅
団長。2等ガミラスながら、帝国への忠誠心は1等ガミラス人に負けないと自負する。
    (『公式設定資料集[GARMILLAS]』 P.186)

――(ヒルデ・シュルツの人物説明の補足文)父親の名誉の戦死によって名誉ガミ
ラス臣民となったあと、セレステラのはからいで宣伝情報相の給仕係となった。
    (『公式設定資料集[GARMILLAS]』 P.190)


2つの記述を見ると1等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民はそれぞれ区別して記述されているように見える。したがって、1等ガミラス臣民と名誉ガミラス臣民はそれぞれ異なる身分であると考えても良いのではないだろうか。


(その2)名誉ガミラス臣民とはどのような身分なのか?
名誉ガミラス臣民となったヒルデ・シュルツは22話でセレステラのようなガミラス政府の要人やユリーシャ姫(と間違われた森雪)の給仕をしたり、総統府内部でユリーシャ姫に付き添う付き人のような事をしたりと、ガミラス社会の中でもかなり名誉とされると思われる仕事をしている。その様子はさながら武家の近習のように見えるが、ことによると名誉ガミラス臣民とは、アレクサンドロスの”朋友(ヘタイロイ)”に相当する地位なのかもしれない。

史書では”朋友(ヘタイロイ)”について次のように解説している。


――”朋友(ヘタイロイ)”とは仲間を意味するギリシア語で、マケドニアでは王の側
近集団を表す言葉である。”朋友(ヘタイロイ)”には王の側近だけではなく部隊長ク
ラスや比較的下位の者まで含まれ、彼らは王への忠誠と引き換えに土地や馬など
の財産を与えられた。彼らの登用や解任は王の一存で決められ、マケドニア貴族だ
けではなく幅広い出自や階層の人々から集められた。例えばギリシア人でアレクサ
ンドロスの書記官となったエウメネスは、フィリッポスが遠征中に滞在したギリシア
都市カルデアで見出した人物である。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.184~185を要約)


つまり、2等臣民だったヒルデ・シュルツ(とその他大勢のザルツ人)はデスラーの命により1等ガミラス臣民よりも上の立場の「デスラーの朋友」に取り立てられ、朋友に相応しい役職を与えられていると想像することができるのではないだろうか。もし名誉ガミラス臣民がアレクサンドロスの”朋友(ヘタイロイ)”に相当する「デスラーの朋友」であると仮定するなら、ガミラスの身分制度の性格や存在理由について多少なりと面白い想像をすることができる。次はその事について述べてみよう。


(その3)ガミラスの身分制度と名誉ガミラス臣民の存在理由とは何か?
ガミラスの身分制度は、地球に存在した有名な帝国の身分制度と比較して、どのような特徴があるのだろうか?ヤマト2199について評論する人の間では、ガミラスの1等・2等ガミラス臣民についてローマ帝国を想起させると指摘する意見が多い。旧作ヤマトを制作した故西崎プロデューサーが「デスラーのモデルはローマ皇帝」と述べている事からなおさらガミラスの身分制度についてローマ帝国に似ていると感じる人が多いのだろう。しかし、劇中の描写を見る限りでは、両者には一つ大きな違いが存在する。それは

「ローマ帝国では人種や民族に関係なくローマ市民権が授与されていたのに対し、
ガミラス帝国では純血ガミラス人以外が1等臣民になるのは深刻な人種差別のた
めに困難だったと思われる事」

だ。この違いのためにローマとガミラスの身分制度は、外見上似ているように感じられても実質は非常に異なるものだったと考えられる。

ローマ帝国では一般的に、ローマ市民権を与える上で人種や民族による差別は存在しなかったと考えられている(ローマ市民の墓地を発掘すると様々な人種や民族の骨が発掘される)。ローマ帝国における差別は、「ローマ市民であるか、そうでないか」という階級的な要素が民族・人種的な要素よりもはるかに大きかったとされている。

これに対し、劇中の描写を見る限りガミラス帝国では、純血ガミラス人の他種族に対する蔑視や差別が非常に一般的であると考えられる。例えばメルダ・ディッツは10話の古代や山本との会話で2等臣民を劣等種族と言い放っている。21話の強制収容所所長はザルツ人を「帝国に寄生する劣等種族」と呼んでいたし、デスラーの女性衛士達も25話でジレル人のセレステラを「魔女」と侮蔑していた。作中で「他種族への差別をしない」とされていたドメル軍団でさえ、フォムト・バーガーは20話でザルツ人に対し面と向かって「信用できない」と言い放っているし、当のドメルまでもがセレステラを「あの女は魔女だからな」と侮蔑している(19話前半のハイデルンとの会話より)。

こういった純血ガミラス人の他種族への蔑視や差別は、2等臣民が1等臣民に昇格するのに非常に悪い影響を及ぼしていたと考えられる。例えばヴァルケ・シュルツは純血ガミラス人以外をあからさまに侮蔑するグレムト・ゲールの下では決して1等ガミラス臣民に推薦してもらえなかっただろう。また、19話と20話で活躍したザルツ人の第442特務小隊はパンフレットの説明によれば「常に激戦地に送られ戦い続け、いつしか精鋭と認識されるようになった」にもかかわらず、結局誰一人として1等ガミラス臣民に取り立てられる事はなかった。ローマ帝国の場合、これ程の戦いぶりを示した外人部隊には隊員全員にローマ市民権が授与され、市民権を得た隊員全員が退役した後も部隊には”ローマ市民の”という称号を名乗ることを許される事例が多かったのとは対照的だ。

身分制度に関するヴェルテ・タランの発言を見ると、2等臣民に対するデスラー以外のガミラス政府首脳部の態度を伺うことができる。8話のガミラス建国記念式典の場において、「同化政策は順調に進んでおります」と述べたヴェルテ・タランはこう続ける。

「帰順を示した者には滅亡ではなく2等臣民としての権利を。それが帝国繁栄の礎
となっております」

この発言からは被征服民の円滑な統治のために被征服民にも一定の権利を認める必要があるという考えを見て取ることはできても、更に一歩進んで帝国に有用な者を1等臣民に取り立てるという考えは全く伺うことはできない。式典に参列した高官達の顔ぶれを見ても、セレステラ以外は全て純血ガミラス人だ。ガミラス政府首脳部にとって、被征服民である2等臣民はただの統治の対象でしかなく、彼らの内から帝国に有用な者を登用するという考えはないのではないかと思われる。ただ一人、デスラーを除いては・・。

劇中においてデスラーは2等臣民を名誉ガミラス臣民に取り立てたり、多くの種族から忌み嫌われているジレル人を登用して閣僚にすらしているが、こういった行為は2等臣民達の忠誠心をかろうじてガミラス帝国に繋ぎ止める重要な役割を果たしていると考えられる。2等臣民(特にザルツ人)の間には純血ガミラス人を憎悪し、帝国そのものにも何の魅力も感じないがデスラー総統にだけは忠誠を尽くす、という人間が相当いるのではないだろうか。

ここでもし、名誉ガミラス臣民が次のような身分であるとすれば、ガミラスの1等・2等臣民の身分制度の欠陥を補い、2等臣民のデスラーへの忠誠を確保することができるだろう。

 「名誉ガミラス臣民は1等ガミラス臣民より上の”デスラーの朋友”と称
 すべき身分で、帝国の支配エリートはこの名誉ガミラス臣民と1等ガミ
 ラス臣民の高官・将軍・首長といった上層部とで構成される。名誉ガミ
 ラス臣民は種族を問わずデスラー個人に認められた者のみがなること
 ができ、1代限りの身分である。名誉ガミラス臣民の子供は1等ガミラ
 ス臣民となる。」

名誉ガミラス臣民がこのような身分制度であれば、常日頃1等臣民の純血ガミラス人から屈辱的な扱いを受け、彼らの差別のため身分昇格もままならない2等ガミラス臣民達も、デスラーのためだけには働こうとするだろう。デスラーに認められさえすれば1等臣民にも、更に上の名誉ガミラス臣民になって帝国の支配エリートに仲間入りするのも夢ではないからだ。(デスラーによりジレル人でありながら閣僚に登用されたセレステラはその実例となる。)

ここで述べた名誉ガミラス臣民の制度はあくまでも個人的な想像によるものだが、劇中におけるガミラスの1等・2等臣民の描写や、ヒルデ・シュルツの名誉ガミラス臣民となった経緯やその後の待遇を見る限り、ガミラスの身分制度の特徴や存在理由について、最低限次のことは言えるだろう。

・1等・2等ガミラス臣民は人種主義が非常に強いガミラスで言わば自然
 発生的に制定された制度で、2等臣民にも一定の権利を認め、1等臣民
 の推薦があれば2等臣民も1等臣民に昇格できるという具合に制度とし
 ての形は整えられているものの、純血ガミラス人の人種差別により制
 度が機能しなくなる危険性を孕んでいる。(ヴェルテ・タランをはじめとす
 るガミラス政府首脳部に被征服民を登用するという考えはないと思われ
 る事がこの問題に拍車をかけている)
・名誉ガミラス臣民は明らかに政治的な意図によって制定された制度で、
 劇中の描写を見る限り、1等・2等ガミラス臣民の制度の欠陥を補う役
 割を果たしている。

これらの事柄を踏まえたうえで名誉ガミラス臣民が上に述べたような制度であると考えれば、ガミラスの身分制度は非常にうまく機能するのではないだろうか?
 
しかしここで1つの疑問が生じる。1等ガミラス臣民以外の支配エリートとして名誉ガミラス臣民という身分が別個に用意された理由は何なのだろうか?単に1等・2等ガミラス臣民の制度の欠陥を補うだけなら、デスラーが2等臣民をどんどん1等臣民に昇格させればそれで済むはずだ。なのにあえて名誉ガミラス臣民が制定されたのは何故か?そこにはやはり、国軍や純血ガミラス人の問題を数多く抱えたガミラス帝国の国情と、それに対処しようとするデスラーの意図が深く関係していたと思われる。次はその事について考えてみよう。


(その4)デスラーの構想していた国家モデルについて
デスラーが名誉ガミラス臣民という身分を1等ガミラス臣民とは別個に制定したのは何故だろうか?その答えは次のような設問を考えれば簡単に出てくるのではないだろうか。

「1等臣民の殆どを占める純血ガミラス人はデスラーにとって信用できて頼
りになる存在だろうか?」

1章と2章での考察を踏まえれば、とてもではないがそのような存在でないのは明らかだ。1章で考察したように純血ガミラス人にはデスラーの叔父やデスラー本人にガミラス統一戦争で祖国の公国を滅ぼされ、反感を抱く者が数多く存在している。そして2章で考察したように純血ガミラス人主体の国軍はクーデターを起こしかねない危険な名門貴族達が跋扈している。デスラーを支持する者が大勢いても、それと同じくらい多くの敵が存在するのが純血ガミラス人の実情なのだ。

こういった状況でデスラーは、自らの政権を確固としたものにするために種族や出自を問わず自分に忠実な人間を選抜し、政権を支える集団を作る必要に否応なく迫られただろう。名誉ガミラス臣民が制定されたのはそのためと考えられる。自らが選抜し役職につけた1等臣民の高官・将軍・首長と、やはり同じように自ら選抜した”デスラーの朋友”たる名誉ガミラス臣民が政権を支える帝国の支配エリートとなる、というのがデスラーの思い描いた国家モデルだったのではないだろうか。

名誉ガミラス臣民以外にも、デスラーは自分に忠実な人間を集めた団体をいくつも創設しているが、そのそれぞれにガミラスの国内事情が反映されているのは興味深い。例えば悪名高き親衛隊の場合、兵士と下級将校にクローン人間が使用されているのは極度の純血主義の表れであるとパンフレットでは解説されているが、それ以外の理由としてクローン兵はデスラーに滅ぼされたガミラスのどの公国とも繋がりがないため、出自的にデスラーに反感を抱きようがないという事も挙げられるだろう。また、パンフレットに記述されている〔デスラー少年団〕や〔ガミラス少女同盟〕は地球の国民国家のような(国家に対し絶対の忠誠を誓う)「国民」をゼロから作っていかねばならないガミラスの状況を実によく体現していると言える。デスラーは団体の子供達を、自分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊に育てるつもりだったと思われる。

結局のところ、デスラーの治めるガミラス帝国はどのような帝国になろうとしていたのだろうか?これを考える上で重要なのは「デスラーとの個人的関係とデスラーへの忠誠」という要素だ。ジレル人のセレステラはデスラーに登用され閣僚にまで登りつめた。ザルツ人のヴァルケ・シュルツはその忠誠ぶりをデスラーに認められ、家族を名誉ガミラス臣民に取り立てられた。純血ガミラス人のドメルは日頃の忠節のおかげで死刑にされるところをデスラーに救われたのに対し同じ純血ガミラス人でも反抗したり、忠誠を疑われた者は容赦なく粛清された。そしてデスラーに反旗を翻した者は純血ガミラス人やその他の種族を問わず全て平等に抹殺された。デスラーの帝国の本質は以下の一文に集約できるだろう。


「――デスラーが頂点に君臨し、彼にのみ忠誠を尽くす人間が種族を問わず支配
エリートとして帝国の統治にあたる。出身種族ではなくデスラーへの忠誠がガミラス
の支配体制の根幹となり、それのみが空前の大帝国を支える礎となる。」


この意味で、ガミラス帝国はデスラーただ一人の帝国となろうとしていたのである。


・・以上、この章をまとめると、ガミラス帝国の国家システムの実情とデスラーの構想していた国家モデルは以下のようなものと考えられる。


・ガミラスに存在する1等・2等ガミラス臣民の制度は人種主義が非常に強いガミラ
 スで言わば自然発生的に制定された制度で、ガミラスが領土を拡大し、帝国とし
 ての体裁を整えていく過程で2等臣民にも一定の権利を認め、1等臣民の推薦が
 あれば2等臣民も1等臣民に昇格できるという具合に制度としての形を整えていっ
 たと考えられる。
・しかしながら、純血ガミラス人の人種差別により1等・2等ガミラス臣民の制度は制
 度が機能しなくなる危険性を孕んでいる。(ヴェルテ・タランをはじめとするガミラス
 政府首脳部に被征服民を登用するという考えはないと思われる事がこの問題に
 拍車をかけている)
・1等臣民の大半を占める純血ガミラス人はほんの少し前まで内戦を行っていた分
 裂した集団であり、デスラーに反感を抱くものも多く、デスラーにとって帝国の支配
 エリートとして依存するには危険な存在だった。
・こういった状況でデスラーは、自らの政権を確固としたものにするために種族や出
 自を問わず自分に忠実な人間を選抜し、政権を支える集団を作っていった。名誉
 ガミラス臣民や(悪名高き)親衛隊はそういった集団の一つである。
・自らが選抜し役職につけた1等臣民の高官・将軍・首長と、やはり同じように自ら
 選抜した”デスラーの朋友”たる名誉ガミラス臣民が政権を支える帝国の支配エリ
 ートとなる、というのがデスラーの思い描いた国家モデルだったと思われる。
・デスラーにとって出身種族ではなく彼への忠誠のみが帝国の支配エリートとして
 重要な資質であり、その意味でデスラーのガミラス帝国は純血ガミラス人の帝国
 ではなくデスラーただ一人の帝国になろうとしていた。


こうして、ガミラス帝国の内情や国家システムまで一通り俯瞰できるところまで来た。デスラーは純血ガミラス人や国軍の問題を数多く抱えながら、ガミラスを純血ガミラス人のみの帝国から真の意味での世界帝国に発展できるかもしれない段階にまで持っていったと評価できるだろう。その意味で彼はガミラスの希代の英傑と呼ぶに値する。しかし、彼の事業はヤマトによって一大蹉跌を余儀なくされ、デスラー自身の一見不可解な行動によって幕を閉じててしまう。どうしてそのようなことになってしまったのだろうか?次章ではそのことについて考察してみよう。



【4.デスラー砲の謎――デスラーは本当に狂っていたのか?】

「第23話、デスラーはデスラー総統府に突入したヤマトをバレラスの臣民ごとデスラー砲で消し去ろうとした――。」

ヤマト2199の視聴者の間で最も評価の別れ、かつデスラーの人物像を理解し難いものにしているエピソードである。あれだけ冷静沈着で権謀術数に長けた大帝国の建国者が何故臣民達の命運も家臣達もどうでもいいと言わんばかりの事をやったのか。彼は発狂でもしてしまったのだろうか?

劇中の描写から言えるのは、デスラーのとった行動はヤマトがバレラスに来る以前から予め計画されていた事で、デスラーは狂気に陥ったわけでは決してないという事だ。根拠としては2つ挙げられる。1つは23話の総統府脱出直後、デスラーがコアシップの艦長に「予定通り」と発言している事。もう1つは第二バレラスにデスラー砲が装備されているという事実そのものだ。何故本来イスカンダルへの遷都に使用する軌道都市に過ぎない第二バレラスに、惑星を破壊できる物騒な兵器が装備されているのか。しかもこのデスラー砲は、ご丁寧にも砲口を帝都バレラスに向け発射できるようになっている。仮にヤマトが来なくてもデスラーはデスラー砲を帝都バレラスに向けて使用するつもりだったと思われる。

デスラーが狂気に陥ったのではないとすれば、彼のとった行動にはどのような理由と意味があったのだろうか?この事を考える上で参考になる人物がいる。アレクサンドロスだ。序章で言及したように、ヤマト2199のデスラー総統とアレクサンドロスには意外な共通点が多く、2人をとりまく政治状況も類似点が多い。アレクサンドロスの生涯をデスラーと対比していけば、23話でデスラーがとった行動も無理なく理解できるようになるだろう。この章ではアレクサンドロスとデスラーをそれぞれ比較するという形で上記の疑問について考察してみたい。


(アレクサンドロスとデスラー:その1)
紀元前4世紀、アレクサンドロスは極めて精強なマケドニア軍とギリシア同盟軍を率いてペルシア帝国を征服した。しかし、彼らマケドニア人とギリシア人には征服したアジア領を円滑に統治していくには一つ大きな問題があった。自分達以外の民族に対する強烈な差別意識である。例えばアリストテレスはアレクサンドロスに次のような助言をしたと史書では解説している。


――アリストテレスがアレクサンドロスのために書いたもう一遍の論説に、『植民地
の建設について』がある。ここでアリストテレスは、ギリシア人達には友人や同族の
人々として配慮し、彼らの指導者として振舞う事、異民族に対しては彼らの専制君
主として臨み、動物や植物のように取り扱えと勧めている。異民族を動植物同然と
見なすアリストテレスの言説は、当時のギリシア人が外国人=バルバロイに抱いて
いた感情を集約したものだ。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.87)


今日の私達の視点から見れば、アリストテレス(とギリシア人)のような認識でアジア領を支配したら、たちまち統治が立ち行かなくなるのは火を見るよりも明らかだろう。アジアの占領地の円滑な統治には地元の有力者の協力が不可欠であり、彼らの協力を得るためには彼らを侮蔑するのではなく逆に信頼を得るような措置をとらなければならない。そこでアレクサンドロスは東方の風習や風俗を取り入れ、ペルシア人貴族を高官や側近に採用していった。

ここまでの経緯をガミラスと比較すると、デスラーの事績がアレクサンドロスによく似ているのが分かる。デスラーは純血ガミラス人の軍団を率い、その進んだ科学技術と(おそらくは移民が送り込める程の人口の優越による)膨大な兵力で大小マゼランを征服していった。しかし征服した種族を円滑に統治するためにはやはり彼らの一部を「仲間」に取り込んで行く必要がある。そのため、2等臣民が1等臣民に昇格できる制度を設け、数は少ないものの純血ガミラス人以外の種族の者を閣僚に登用したり、名誉ガミラス臣民のような帝国の支配エリートに採用していった。

ところが、アレクサンドロスとデスラーの他種族の宥和政策は自らが率いてきた者達から猛反発を受けることになる。


(アレクサンドロスとデスラー:その2)
アレクサンドロスの東方協調路線に対して多くの側近や家臣が異を唱え、やがて粛清されてしまうが、それだけに留まらずアレクサンドロスは自らの帝国作りに邁進していく。彼はアジア人にマケドニア風の訓練を施して旧来のマケドニア人部隊に匹敵する規模のアジア人部隊を創設した。そして本国に帰還する古参兵とアジア人女性との間にできた子供を引き取り、自分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊養成の手筈を整えていく。それぞれ史書では次のように解説している。


――前327年にバクトリアを発つ時、アレクサンドロスは東方の属州総督たちに、若
者を選抜して軍事教練を施すようにと命じておいた。訓練を担当したのは、各地の都
市に残されたマケドニア人古参兵だったろう。前324年、3年間の訓練を終えたこれら
の若き歩兵3万人がスーサに到着した。彼らはマケドニア風の衣服を身に着け、マケ
ドニア式の装備と訓練を与えられていた。大王は彼らのパレードを満足して眺め、彼
らを「後継者」と呼んだ。この呼称は、マケドニア人歩兵の後を継ぐのがこれら東方
の若者たちであることを示している。(中略)翌年には、ペルシス総督ペウケスタス
が徴募したペルシア人歩兵2万がバビロンに到着。こうして新しい兵士が大量に登場
したことで、マケドニア人歩兵は数の上でも士気においても圧倒された。(中略)こ
のような軍隊構成の変化は、アレクサンドロスがマケドニアの王からアジアの王に移
行したことの反映に他ならない。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.226~227)


――オピスから1万人の古参兵が本国へ帰る時、アレクサンドロスは彼らがアジア人
女性たちとの間にもうけた子供達の扱いに言及し、彼らをマケドニア風の兵士として
育てる事を約束した。もしこれが実現していたら、子供達はヨーロッパに根を持たず
、アジアにも特定の故郷を持たない兵士として成長したであろう。大王は彼らを、自
分だけに忠誠を誓い、自分の意のままに活用できるエリート部隊に育てるつもりだ
ったと思われる。
(森谷公俊 「アレクサンドロスの征服と神話」 講談社 P.228)


彼の創ろうとしていた帝国は出身民族に関係なく彼に忠誠を尽くす人間のみが支配エリートになる世界であり、一般のマケドニア人達は

Re: ヤマト2199のデスラーはアレクサンドロスか?

T.Nさんにいただいたコメントが途中で切れてしまったので、別の記事を設けてそちらに全文を掲載しました。
http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-468.html

新しいデスラー総統の像に救われました

ナドレックさま T.Nさま

はじめまして alchemilla(アルケミラ)といいます。
ヤマトクルーの談話室から参りました。

2199をみていろいろな議論を目にしていますと
みなさま、いろんな知識や鮮明な記憶をお持ちですが、
私の記憶はデスラー総統にかかわるものしか
思い出されてこないので、自分がヤマトのファンでなく 
デスラー総統のファンだったことを思い知らされた者です(笑)


ガミラス帝国が若い国家で、一枚岩ではなく(ゼーリックの反乱など)、総統は
国の運営に苦労しているんだろうな・・・とは感じていました。

しかし、為政者とは?という視点をもっていなかったので
1)7章のデスラー総統を評する部分では、どこのブログ等でも「中二病」などと
書かれいること
2)じぶん自身も古き衣を脱ぎ捨てる必要があるとしてもバレラスを破壊して
第2バレラスをイスカンダルに降りたたせる意味が理解できないこと


この2点で、映画館で見た昨年夏から心が晴れませんでした。
大変苦しく、T.Nさんのご投稿を見た今日までずっと
今年公開の新しい映画では「デスラー総統は絶対に生きていないでほしい」と
思っていました。(単にエゴですね)


7章を見たのが隣県の映画館で150kmほど離れていたのですが
帰りは言葉にならなくて、殆ど泣きながら高速を運転して戻りました。
#危ない車でした(+_+)

しかし「為政者と考えればさして矛盾しない」というのは
私にとっては心の霧が晴れるものでした。

2199が真の意味でのリメイク(そのままを「きれいな絵」にするのでなく
言いたかったことを深めながら見る人に伝える)したのですから
そのなかで大切なキャラクターであるデスラー総統もまた
リメイクされ深みが出たのだと思うようになりました。

ずっと、「出渕総監督はデスラー総統が好きとおっしゃっていたのに
なんでこんな風に変えたの?」とおもって(半分恨んで)いましたが
それは私の視野がせまかっただけなんですね。

ただ、同時にデスラー総統のキャラクターに深みが出た分だけ
この方の「孤独と苦悩」は また一段と深くなったのかとおもうと
胸が痛くなります。
この感じは、ガトランティスで雌伏していたときに感じていた痛さです

商業ベースでは考えられないでしょうが、
どこか別の世界(パラレルワールドとか来世とか)でもいいので
私人として幸せに過ごしてほしいなぁともかんがえてしまいます。
#魅力はなくても、、、静かに幸せに、、と

とりとめがなくなってきました。
そして、自分の気持ちを中心に書いていますね。
こんな人はやっぱり「見識を広げること」を意識的にするのが
必要なようです。

ありがとうございました

追伸:ご紹介の本を読んでみようかと思います。

Re.新しいデスラー総統の像に救われました

alchemilla様

T.Nです。
文章を読んで下さりありがとうございました。

考察文の本論は「なぜデスラーはバレラスを破壊しようとしたのか」についてガミラスの国政と絡めて考えてみたものでしたが、読んで頂いたヤマトクルーの方達から「第2バレラスをイスカンダルに降りたたせる意味」とは何かとご指摘を受け、また、コメントでのご意見やコメント欄におけるナドレックさんとの意見交換の中で大統合とデスラーの人物像について考える必要があると感じ、今回の文章を書いた次第です。なので、文章における私個人の見解は皆様の協力により作り上げられたといっても過言ではありません。大変感謝致しております。

実のところ、本論を書いた時点ではデスラーの人物像については「どうも歴史上の人物に似ている気がする」と漠然と感じている程度で殆ど考えてはおりませんでした。ですが、多くの方からご指摘を受けデスラーの人物像についてきちんと考えようと思い立ち、実際に伝記や歴史書を読んだ結果、「2199のデスラーの人物像は歴史上に実在した人物と非常に似ている」と考えるようになりました。今回の文章はそういった考えの下で書いた次第です。

考えてみると、旧作のデスラー総統も十分中二病どころか中二病の源流のような人物だなあと思います。デスラー○○と名前をつけ、古代守に密かな想い人を「寝取られ」、ガルマンの双子星に想い人の名前をつけるという具合に今頃のアニメ的要素が満点です。実に偉大なキャラクターであり、人物だと思います。

2199のデスラーが「中二病」だというのは、私自身もアニメをたくさん見る(今期は蟲師、シドニアの騎士、ピンポン、ジョジョ、ニセコイ)ので首肯できるところがあります。今のアニメの文脈で見ればそう見えても不思議はない、と。しかし歴史書を好んで見る身からすると、2199のデスラーとスターシャの関係はアニメでよく見られる関係というよりはシェイクスピアやジャン・ラシーヌの古典悲劇のようにも見えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%8C
個人的にはアニメの文化的バックボーンを持たない外国の人間が見たらデスラーとスターシャの関係をどう思うだろうと興味が尽きません。

デスラーの孤独と苦悩は旧作シリーズでは話にこれといった影響を及ぼしませんでしたが、今回続編が作られるならしっかり物語におりこんで欲しいものです。現在私はコメント欄の文章を再構成し、個人的に妄想している続編の物語を加えた文章を書いているのですが、デスラーの孤独と苦悩、スターシャとの愛憎劇を物語の中心にしたいと考えております。個人的にはデスラー総統はズォーダー大帝の用心棒になるよりはガミラスに復権して大帝と銀河の覇権を賭けて争う方が話が派手になって面白いと思っているのでそれらと「デスラーの孤独と苦悩」をどう混ぜるか思案しています。数ヵ月後文章ができた暁にはまたご意見を頂けたら幸いです。

どうもありがとうございました。


Re: 新しいデスラー総統の像に救われました

alchemillaさん、T.Nさん、こんにちは。

デスラーは中二病と云われてるんですか。
私は自分が中二の頃から変わっていないので、そんな認識はありませんでした(^^;

2199の他の例に漏れず、デスラーもまた旧シリーズの全要素を棚卸しした上で形作られているので、複雑なキャラクターになりましたね。
第二章の感想において、私は「シリーズを通じてデスラーほど変質したキャラクターはいないだろう」と書きましたが、2199のスタッフは変質前後のデスラーを凝縮して一人の人物にするという難題に挑んでいます。第1テレビシリーズの尊大な支配者デスラー、『新たなる旅立ち』以降のスターシャを愛するデスラー、これらを混合するのはたいへん難しい作業だったでしょう。タランのように、一人だったものを分割するなら容易なのに、デスラーに限ってそれはできないところにスタッフのデスラーへの思い入れを感じます。
それだけにデスラーの心情は判りにくく、類型化が進むと云われる昨今のキャラクターには当てはならない、大人の読み解きを必要とする人物になったのではないでしょうか。

この点で、T.Nさんの論考を拝読して膝を打つところが多々ありました。
判りやすくてキレイに終わる作品は、それだけのものでしかありません。2199は第七章で敢えてデスラーの本心を説明せずに終わらせることで、受け手の心に引っかかりを残してくれました。おかげで2199のファン諸氏は、こうしてデスラーについて考察する楽しみが得られました。

私が第1テレビシリーズで一番好きなキャラクターはデスラーなのですが、2199は私のデスラー像を壊すことなくリメイクしてくれて本当に感謝しています。

新作が公開されたら、また語りたいことがたくさん出てくることでしょう。
楽しみですね。
Secret

⇒trackback

  トラックバックの反映にはしばらく時間がかかります。ご容赦ください。


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

宇宙戦艦ヤマト2199第七章「そして艦は行く」感想。

京都第二回上映で観てきました。明らかに物販並んでる人、多いだろw。こんなに多いの

『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章/そして艦は行く』(2013)

『宇宙戦艦ヤマト2199』が一先ず完結しました。 色々な想いが錯綜してなかなかまとまらないのですが、思うがままに書き殴って行きます。ネタバレ全開になりますが、ご容赦のほ

『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章 そして艦は行く』超ネタバレ注意

「地球か...何もかも皆懐かしい」 「ありがとうー以上だ」 ------ ああ、

宇宙戦艦ヤマト2199 第七章「そして艦は行く」

監督:出渕裕 脚本:森田繁、大野木寛、村井さだゆき、出渕裕

[『宇宙戦艦ヤマト2199/第七章 そして艦は行く』を観た(前篇)]

☆朝一で観てきました。  新宿ピカデリーは、大勢のファンが詰めかけているにもかかわらず、現場の管理が整然として、なんらストレスなく鑑賞できました。  さあ、いよいよ、ヤ

宇宙戦艦ヤマト2199/第七章 そして艦は行く

最後まで見応えある内容で面白かった。

『宇宙戦艦ヤマト2199 第七章そして艦は行く』を新宿ピカデリー1で観て、大絶賛ふじき★★★★★(ネタバレ)

五つ星評価で【★★★★★そんな展開に持っていくのかに前回から変わらずにワクワク】 個人的に今、社会人として終電まで残業が続いたり、代休が貰えない休日出勤が続いたりとい ...

宇宙戦艦ヤマト2199 第七章  総監督/出渕 裕

【声の出演】  菅生隆之(沖田十三)  小野大輔(古代 進)  桑島法子(森 雪/ユリーシャ)  山寺宏一(デスラー) 【ストーリー】 ワープアウトによって、イスカンダルとガミ

[『宇宙戦艦ヤマト2199/第七章 そして艦は行く』を観た(2)]

☆(これまでのあらすじ)・・・[『宇宙戦艦ヤマト2199/第七章 そして艦は行く』を観た(前篇)]をクリック参照のこと!    ◇  さて・・・、私・・・、気づいちゃったんです・・...

宇宙戦艦ヤマト2199 第七章(第二十三話〜第二十六話)

宇宙戦艦ヤマト219の第七章を鑑賞しました。これをもってヤマト2199は全て終了です。
最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示