『風立ちぬ』 宮崎駿と堀越二郎を繋ぐのは誰だ?

 宮崎駿監督の育った家は、戦争中とても景気のいい家だった。
 自動車の個人所有が一般的ではなく、しかも原油不足から民間では木炭自動車が使われていた当時にあって、彼の父はガソリンの自家用車に乗っていた。世間が食糧難で、食べる物が何もない中、宮崎家はおひつでご飯を食べていた。

 叔父が社長、父が工場長を務める宮崎航空興学は、軍需産業の一員として飛行機部品を組み立てていた。栃木県の工場には千数百人の工員がいたというから、ちっぽけな町工場ではない。なるほど、裕福な一族だったのだろう。

 だが、未熟な女の子たちを臨時工として動員しても、できた翼は規格に合わない。規格に合わなくても、検査官の軍人にポケットマネーを渡せば通ってしまう。
 それで特攻隊の青年たちが乗る飛行機は、できたときから機関銃に穴が開いていないような欠陥品だったという。
 エンジンは油がボトボト漏るし、1000馬力のはずが500馬力しか出ない。そういう飛行機に青年を乗せて、戦場を飛ばせていたのだ。
 男はみんな兵隊に引っ張られる時代だったが、軍需産業に必要だからと手を回すことで、宮崎監督の父方の親戚は戦争に行くこともなかった。

 映画『風立ちぬ』には空襲のシーンがある。
 宮崎駿監督もまた空襲を経験している。
 といっても、1941年1月生まれの宮崎監督は、1945年7月の宇都宮空襲のときにわずか四歳半。だから記憶は不確かだろうが、それでも焼夷弾で町中が燃える中を小さなトラックで逃げたこと、女の子を抱いた近所のおばさんが「乗せてください」と駆け寄ってきたことは憶えているという。
 宮崎監督はそのときのことを回想して、次のように述べている。[*1]
---
自分が戦争中に、全体が物質的に苦しんでいる時に軍需産業で儲けてる親の元でぬくぬくと育った、しかも人が死んでる最中に滅多になかったガソリンのトラックで逃げちゃった、乗せてくれって言う人も見捨ててしまった、っていう事は、四歳の子供にとっても強烈な記憶になって残ったんです。それは周りで言ってる正しく生きるとか、人に思いやりを持つとかいうことから比べると、耐え難いことなわけですね。それに自分の親は善い人であり世界で一番優れた人間だ、っていうふうに小さい子どもは思いたいですから、この記憶はずーっと自分の中で押し殺していたんです。それで忘れていまして、そして思春期になった時に、どうしてもこの記憶ともう一回対面せざるを得なくなったわけです。
(略)
自分のどっかの根本に、自分が生まれてここまで生きて来たってことの根本に、とんでもないごまかしがあるっていうふうに気がついたんです。
---

 その問題と対決した宮崎青年は、とうぜん親とも喧嘩した。
 そして、あのとき運転していたのが自分だったらトラックを止めただろうかと自問する。

 その宮崎駿監督が、『コクリコ坂から』に続いて『風立ちぬ』に取り組んだのは必然といえよう。
 宮崎監督は、身の周りを意識しながら作品を創ってきた人だ。
 長年、我が子や孫に向けてアニメーションを創ってきた宮崎駿氏は、企画・脚本を手掛けた『コクリコ坂から』で二つのことに挑戦した。一つは自分自身と向かい合うこと、もう一つは現実の戦争に取り組むことだ。
 だから『コクリコ坂から』の時代設定を労働運動に励んだみずからの青年期に重ね合わせるとともに、ほとんど知られていなかった朝鮮戦争の事件を物語に絡めている(詳しくは「『コクリコ坂から』 忘れ去られたモデルとなった事件」をお読みいただきたい)。
 『コクリコ坂から』でそこまでした宮崎監督にとって、もう一歩踏み込んだ先にあるのが、幼少期から戦闘機や戦車が好きだった軍事オタクの自分と、空襲で逃げ惑った第二次世界大戦だ。
 それは、「軍需産業のおかげで育った自分」という一つのテーマに収束する。

 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが『風立ちぬ』のパンフレットに書いているように、アニメーター宮崎駿の得意技は戦闘シーンだ。『長靴をはいた猫』(1969年)、『どうぶつ宝島』(1971年)、『アリババと40匹の盗賊』(1971年)等の激しい剣戟や追いかけっこ、あるいは『空飛ぶゆうれい船』(1969年)の戦車や『未来少年コナン』(1978年)の巨大飛行機のド迫力。その躍動感は他の追随を許さない。
 戦闘機や戦車が大好きで、生き生きとした戦闘シーンを描くにもかかわらず、作品では必ず平和を希求する宮崎駿。
 その矛盾した自分自身にメスを入れることが、アニメーション作家・宮崎駿に残された課題ではないか。そう考えてきた宮崎ファンは、私だけではないはずだ。

 鈴木プロデューサーも同じ考えだったようだ。
 鈴木プロデューサーは、宮崎監督がモデルグラフィックス誌に連載した漫画『風立ちぬ』の映画化を持ちかけた気持ちを次のように語っている。
---
宮崎駿は一九四一(昭和十六)年生まれ。子どものころは戦争中。だから、宮さんの言葉を借りれば、物心ついたときに絵を描くとなると、戦闘機ばかり。でも、一方では大人になって反戦デモにも参加する。相矛盾ですよね。
(略)
その矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべきなんじゃないか。僕はそう思った。年も年だし。これはやっておくべきじゃないか、と。
---

 鈴木プロデューサーの提案に対して、宮崎監督は当初「あの漫画は趣味で描いているんだ。趣味を映画にするなんてあり得ない」「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。大人のための映画はつくっちゃいけない」と猛反対したという。
 しかし「趣味で描いている」とは、「子供のためと自分を縛らず、自分に素直に描いている」という意味だろう。

 鈴木プロデューサーは、数ヶ月後にようやく『風立ちぬ』の映画化に取り組むことにした宮崎監督の想いを紹介している。
---
戦争反対でありながら、一方では兵器関係のものが好きだし、恋愛小説なども好き。「なんで自分みたいなものができたのだろう?」ということをこの映画の中で明らかにしたいということで、原作も苦労して描いていましたが、改めて映画にする時にもそれが非常に大きなテーマとなっています。
---


 このテーマに迫るため、宮崎監督は三人の人物を合成して本作の主人公「堀越二郎」を作り上げた。
 その一人は、ゼロ戦[*2]の設計主務者として有名な堀越二郎。1903年に生まれ、飛行機の開発一筋に歩んだ人物である。
 宮崎監督は堀越二郎氏に、飛行機が好きなところや軍需産業に関わることや、時間に追われながらモノ作りに打ち込む姿勢等の多くのものを仮託している。

 もう一人は、小説家の堀辰雄。堀越二郎氏より一歳下の同時代人だ。
 婚約者を肺結核で亡くした堀辰雄氏は、その体験を基に小説『風立ちぬ』を発表した。
 これまで大人の恋愛を描いたことのない宮崎監督は、『風立ちぬ』から多くのエピソードを借用している。草むらでイーゼルを立てて絵を描くヒロイン。病に臥せるヒロインを訪ねて、庭に面した大きなフランス窓から入っていく主人公。廊下をあわただしく走る看護師の姿に、かき立てられる不安感……。

 もっとも、小説『風立ちぬ』のヒロイン節子があまりにか弱く従順な女性であるためか、宮崎監督は自作のヒロインとしてもっと自立した強い女性を求めたようだ。
 本作のヒロイン里見菜穂子(さとみ なおこ)のベースは、堀辰雄氏の別の小説『菜穂子』の黒川菜穂子である。黒川菜穂子は勝手に療養所を抜け出すような行動的な女性であり、名前のみならず、その行動力も本作に活かされている。
 本作の菜穂子が二郎の上司・黒川の許に身を寄せるのも、小説『菜穂子』の影響だろう。

 けれども、宮崎監督が堀辰雄氏を持ち出したのは、何も恋愛要素を拝借するためばかりではない。
 満州事変から四年が過ぎ、堀越二郎氏が海軍の要請により戦闘機の開発に邁進していた1935年に、世俗を離れ、高原の療養所で婚約者と自分の二人だけのことを考えて暮らした堀辰雄氏。頑張れば頑張るほどどんどん戦争を引き寄せた堀越二郎氏とは対照的に、堀辰雄氏の世界には愛する女性と自分の二人しかいなかった。彼女の父ですら、堀辰雄氏の世界では闖入者だった。

 堀越二郎と堀辰雄。
 二つの生き方が同時に存在したのが当時の日本だ。それを劇中では、ドイツ人の友人カストルプの「この山にいると、満州国を作ったことも、国際連盟を脱退したことも、みんな忘れてしまう」という言葉で指摘している。
 そして兵器関係が好きだし、恋愛小説も好きな宮崎駿監督にとって、そのどちらもが自分のルーツたり得る。
 本作が、堀越二郎氏一人の評伝とはならなかったのも頷けよう。

 とはいえ、自分がアニメーションの世界に入るきっかけになるほど心酔していた『白蛇伝』ですら、描いてることに嘘があると批判する宮崎駿監督だ。[*1]
 小説『風立ちぬ』も単純には取り入れない。
 先に述べたヒロイン像の違いはもとより、仕事もせずに女と二人で療養所に引きこもる男なんて、(それが実話だったにせよ)宮崎アニメではあり得ない。だから本作の二郎と菜穂子は、二人の暮らしと二郎の仕事を両立させようと無理を重ねる。
 また小説『風立ちぬ』が、長いあいだ男女二人きりで過ごしながら額へのキス(ルパンがクラリスにしたように)しか描写しないことの不自然さを批判するように、本作では宮崎アニメには珍しくキスシーンがたっぷりある。その上、寝床をともにするシーンまである。

 さて、本作の主人公が実在した堀越二郎氏と堀辰雄氏をごちゃまぜにしたものであることは、宮崎駿監督がみずから企画書に書いている。
 だが、私は同時代に生きたもう一人の人物が重ねられていると思う。というよりも、その人物と重ねるために、同時代の堀越二郎氏と堀辰雄氏が取り上げられたのではないかと思う。
 それは、宮崎監督の父親だ。
 宮崎監督の父君は関東大震災のときに九歳だったそうだから、堀辰雄氏より十歳若い。それでも敗戦当時四歳だった宮崎監督にしてみれば、三氏ともたいして違いはない。

 戦闘機の部品を組み立てる企業を経営し、検査官にポケットマネーを渡して規格に合わなくても通してしまった父親。
 戦闘機の設計技師として軍需産業に従事した堀越二郎氏と、軍需産業のおかげで育った宮崎監督は、戦闘機の部品工場の経営者である父親を通してはじめて一つに繋がるのだ。
 鈴木プロデューサーも、この主人公はもしかしたら宮崎監督のお父さんなのではないかと思ってそれを指摘したら、「自分の親父を知りたい。この作品で」と答えが返ってきたという。

 今年72歳になる宮崎監督も知らない父親たちの若かりし時代。
 それを丁寧にたどることで、国全体が物質的に苦しんでいる時に軍需産業で儲け、人が死んでる最中に滅多になかったガソリンのトラックで逃げちゃって、乗せてくれって言う人も見捨ててしまうような人間と、世界で一番優れた善い人であるべき自分の親とが同一人物であり得るということを、理解しようとしたのではないだろうか。

 併せて、宮崎監督の胸にはひとり父親だけでなく、戦前を生きた同時代人たちへの思いもあろう。
 本作の完成報告会見に臨んだ宮崎監督は、「昭和初期の激動期である20年間に生きた、自分の親父も含む多くの人へのいろいろな思いも描いている」と語っている。[*3]


 だがしかし、矛盾に対する答えを探し求めても、見つかるのは矛盾でしかなかった。
 宮崎監督は、実在した本庄季郎をモデルとする登場人物の口を借りて、劇中幾度も「矛盾だ」とつぶやいている。
 本作には実にたくさんの矛盾が存在する。
 見知らぬ子供にシベリア(羊羹カステラ)を差し出してやる一方で、軍用機の開発に邁進する主人公。
 肺結核は感染するというのに、愛する夫を床に誘う妻。
 妻との一日一日を大切に生きていると云いながら、空気の澄んだ療養所にいるべき妻の隣でタバコを吸う主人公。

 劇中では明示的に語られない矛盾もある。
 技師たちの自主勉強会で、二郎が新型機の構想について語るシーンがある。その優れた速度や旋回性能に、聞く者はみな興奮するが、二郎はこれでは機体が重すぎると云ってその構想を先送りしてしまう。
 けれども、この二郎の構想がやがてゼロ戦として結実することは、多くの人の知るところだろう。
 では、機体を軽くするために、二郎はいかなる工夫を凝らすのか。
 軽量化を徹底するため、実のところゼロ戦にはパイロットを護るべき防弾板が搭載されていなかった。防弾ガラスも防弾燃料タンクも搭載されていなかった。
 無敵と思われたゼロ戦は、このような弱点を突かれ、日本はやがて多くのパイロットを失うことになる。

 本作はその詳しい経緯を描くことなく、戦闘機の残骸の山に立ち尽くす二郎の姿に切り替わる。
 飛行機に憧れる少年の楽しい夢から幕を開けた本作は、美しい草むらで朽ち果てる戦闘機の夢で幕を閉じる。
 世は矛盾に満ちたままだ。
 いや、そもそもそれは矛盾ではないのだ。
 私たちは同じ集団の仲間と協力して、互いに守りあう本能を持っている。同時に、他の集団を攻撃する本能も持っている。平和を好み助け合う気持ちも、攻撃を好む気持ちも、私たちの心の中に並存している。それが私たちなのだ

 それを知ってなお、私たちは生きることを試みなければならない。
 なぜか?
 それは風が吹いているから。

 風立ちぬ、いざ生きめやも。[*4]


[*1] 宮崎駿監督の戦争中の暮らしや思い出については、次の文献に詳しい。また、この中で『白蛇伝』を取り上げて、ヒロインに「人間は魂という素敵なものを持っている」と云わせながら、人間の顔をいいかげんに描く作品づくりを強く批判している。
 「宮崎駿講演採録 アニメーション罷り通る (なごやシネフェスティバル'88にて)」
 『キネマ旬報臨時増刊1995年7月16日号 宮崎駿、高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』所収

[*2] 「ゼロ戦」ではなく「零戦」と表記すべきとの意見もあろうが、筆者にとってゼロ戦の原体験はテレビアニメ『0戦はやと』であるため、アニメ関係の記事では漢字表記にしない。

[*3] 2013年7月12日 読売新聞夕刊

[*4] ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節を堀辰雄氏が訳したもの。堀辰雄著『風立ちぬ』の中に、たびたび掲げられている。


風立ちぬ [Blu-ray]風立ちぬ』  [か行]
監督・原作・脚本/宮崎駿
出演/庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 野村萬斎 風間杜夫 竹下景子 志田未来 國村隼 大竹しのぶ
日本公開/2013年7月20日
ジャンル/[ドラマ] [青春] [ロマンス]
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【theme : スタジオジブリ作品
【genre : 映画

tag : 宮崎駿 庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 野村萬斎 風間杜夫 竹下景子 志田未来 國村隼

⇒comment

政治的発言…

今回の宮崎駿さんの政治的発言の背景として、興味深く読みました。勿論、発言に賛同は出来ませんが。

なるほど・・・

宮崎さんの自己矛盾がテーマ?だった割には主人公って淡々としていたというか、そこまで過剰に葛藤を描かなかったですよね。
それと『火垂るの墓』みたいにもっと戦争の悲惨さを描くかと思ったら、そういう際どいシーンはあくまでも夢のシーンで描いていて、そこらへんはうまいなあって思いました。

私はドラマの『官僚たちの夏』とか『不毛地帯』とか(すいません小説は読んでません)、昭和の働く男の話好きなんですが、やっぱりジブリってテイストが「少女漫画」ですよね。それが女性層にも受ける秘密なのかなあって。

ゼロ戦の顛末興味深かったです。ひとつうんちくができた!w

はじめまして

はじめまして、いつも興味深く拝読しています。

なかなか自分の中で納得いく解釈にたどり着けませんが、
「矛盾を孕みつつも美しく輝く瞬間が人生にはある、それを探すために風が立つ限り生き続けねばならない」
ということなのかなと、こちらの記事で思いました。

作品の裏にあるもの

TBありがとうございます。いつも興味深く読ませてもらっています。

この作品の製作に関するいろんな話を聞く度に、宮崎監督の自己矛盾とも言える部分に挑ませた鈴木プロデューサーの手腕や目のつけどころに関心しました。「風立ちぬ」はディティールにも矛盾を感じるところがいくつもあります(病身の妻の隣で煙草は僕も思いました)。

中でも居心地が悪く感じてしまうのが、戦争にひた走る時代の物語ながら、戦場きな臭い時代を見せることなく、避暑地の恋が絡むストーリー。映画ってジャンルで戦争を描くと、どうしても”みんな苦境の中にいた”という話になっちゃう。でもそうした時代にもこんな人々はいたし、戦争のために飛行機を作る物語で描かれる矛盾は、決して厳しい現実から逃げてるのではないんですよね。映画の背景に、軍需産業に携わっていた父親の存在があったこと。監督が矛盾を感じている自分のルーツと向き合っていたことは、初めて自分の作品で泣いた理由であったのでしょうね。

Re: 政治的発言…

E3さん、こんにちは。
政治的発言とおっしゃるのは、こちらの記事で取り上げられた「慰安婦問題で日本は謝罪・賠償すべき」「領土問題も折半か共同管理を提案したらいい」という件でしょうか。
http://www.j-cast.com/2013/07/19179774.html?p=all

ネット記事では刺激的な切り出し方をしてますけど、スタジオジブリが配布する小冊子『熱風』2013年7月号の「憲法改正」特集における宮崎駿監督の談話「憲法を変えるなどもってのほか」全文を読むと、まぁ、いつもの宮崎節ですよね(^^;
それどころか、「自衛隊のペルシャ湾派遣に感動した」とか「リアリズムで考えても、一定の武装はしなきゃいけない」「最新式の戦車ぐらい作っておけ」といった発言を見ると、むかしより丸くなったんじゃないでしょうか。

宮崎監督は、中国大陸で好き勝手したことを自慢する大人の話を嫌悪して育ちましたし、戦後「スターリンは日本の人民には罪はないと言った」という父に「親父にも戦争責任はあるはずだ」といい返して喧嘩した人ですからね。
しかもアニメーターは、最近はやりのノマド的生き方をある意味むかしから実践してきたわけで、企業にも国家にも期待せず、自分の能力だけで渡り歩いてきた人たちですから、国民国家を背負ったような政治家の発言には水を差したくなるのでしょう。

『熱風』の談話も父親の思い出からはじまっていて、宮崎監督にとって激動の昭和史と父の歴史が重なっていることがうかがわれます。

なお、『熱風』2013年7月号に宮崎監督の父君の年齢が判る記述がありましたので、本文を修正するとともに『熱風』へのリンクを張りました。
http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf

Re: なるほど・・・

田代剛大さん、こんにちは。

そうなんですよ、この作品は主人公の葛藤が前面に出ないんですよね。
宮崎駿監督は自分でも「こういう人がいてくれたらいいな」という人物を登場させるんだとおっしゃってますので、どの作品でもあまり葛藤する人はいないのですが、本作はテーマがテーマだけに葛藤してもいいところ、やっぱりほとんど葛藤しません。そこが本作の主人公造形の肝になっていると思います。
鈴木プロデューサーが、この主人公は宮崎駿のお父さんなのではないかと思ったのは、主人公の人物像がのほほんとして一見何を考えているのか判らないからだそうです。
そういえば、宮崎アニメのキャラクターには次のようなパターンがありはしないでしょうか。

 母:しっかり者の肝っ玉かあさん
 父:不真面目ではないが、ややヌーボーとした人物
 おじさん、おばさん:豪放磊落で頼りがいがある

本作の主人公は、この父のパターンの延長上にあるように思います。

関東大震災の際、宮崎監督のお父上はまだ九歳だというのに妹の手を引いて一番被害の大きい地域を生き残ったそうです。
そんなお父上を、宮崎監督は次のように表現してます。

 うちの親父は現実主義で、ニヒリストで「天下国家、俺は知らん」というような人物
 徹底した刹那主義者
 大局観なし
 (『熱風』2013年7月号( http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf )より)

戦後、宮崎監督は幼少ながらも戦争に負けた屈辱感を抱えて、アメリカ人からチューインガムやチョコレートをもらうような恥ずかしいことはできないと思っていたのに、お父上はすぐアメリカ人と友人になって「家に遊びに来い」と云うような人だったそうです。

本作でも、貧乏国が莫大な金を使って飛行機を開発することや、純粋に飛行機が好きなだけなのに死の商人の一員たらねばならないことについて、友人の本庄がわざとドライな云い方で自分を納得させようとするのとは対照的に、主人公二郎は何もおもてに出しません。

あのころ父は何を思っていたのか。そんなことを考えながら、宮崎監督は本作をつくっていたのかも知れません。
前作『崖の上のポニョ』が母を描いた映画なので、次の『風立ちぬ』で父を描くのは順当なところでしょう。


> それと『火垂るの墓』みたいにもっと戦争の悲惨さを描くかと思ったら、そういう際どいシーンはあくまでも夢のシーンで描いていて、そこらへんはうまいなあって思いました。

完成報告会見でも、アフガニスタンやイラン、シリア等、世界中で現に戦争・戦闘が起こっている状況で、「あえてこの映画を通じて、戦争とか歴史を教えようという考え方は全部捨てました」とおっしゃってますね。「その時々に一生懸命生きなければだめなんだ」という思いは、昔こんな悲惨なことがありましたってアプローチでは観客の胸に届かないと判断したのでしょう。


ジブリのテイストが「少女マンガ」という点はおっしゃるとおりですね。
宮崎駿氏はご自分では監督していないものの、スタジオジブリで少女マンガを原作にした作品を幾つも発表しています。また、ジブリで監督した長編アニメのうち、原作を他者に依存したのはニ作品だけですが、その『魔女の宅急便』も『ハウルの動く城』も女性作家によるものですね。

スタジオジブリの長編全部を見渡しても、男性作家・マンガ家の原作を持ってきたのは『火垂るの墓』と『ホーホケキョ となりの山田くん』くらいでしょうか。
ジブリの方々ご自身が、少女マンガやそういうテイストの作品を好きなんでしょうね。

Re: はじめまして

大外さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

私は、関東大震災の絵コンテができた翌日に東日本大震災があって本当に深刻に考えたけれど、1カットも直さずに作ったという宮崎監督の話に感心しました。
震災を受けて多くの映画人が、制作を中断したり、構想を変えたりしましたが、急に別の要素をつぎはぎしてもいい映画になるはずがありません。
鈴木プロデューサーも東日本大震災の影響を問われて「あの時、すでにシナリオはほぼできていました。どんなことがあってもゆるぎないものを作ろうと思ってましたから、そのことで影響はありませんでした。」とはっきりおっしゃっています。
http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/1212/05kaze_kaguya_sk.html
それだけ普遍的なことを掘り下げた自負があるのでしょうね。

宮崎駿監督は完成報告会見等において、劇中の"メフィストフェレス"たるカプローニが口にする「力を尽くして生きろ」というセリフを強調されています。旧約聖書『伝道の書』9章10節の「凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを為せ」からの引用だそうですね。
堀辰雄氏の小説『風立たぬ』も「風が吹いたぞ、さあ、生きていこう」という話で、なんだか矛盾があるからって立ち止まったりしていたら人生がもったいなく感じられます。

前作『崖の上のポニョ』で水と津波を表現することに挑んだのに続き、今回は風と地震。
毎回、難易度の高いものに挑戦する姿勢にも敬服するところです。

Re: 作品の裏にあるもの

takさん、こんにちは。
私も本作を観て泣きました。宮崎アニメで泣くのははじめてのことです。

宮崎駿監督がこのテーマに切り込むのを何年も待っていました。
私は常々宮崎監督を黒澤明監督との対比で考えています。「黒澤映画の永遠の矛盾は、もともとアクション志向なのに主張するのはヒューマニズムという二律背反」とは白井佳夫氏の指摘ですが、そっくりそのまま宮崎駿監督にも当てはまると思います。
アクション志向なこと、ヒューマニズムを主張すること、緻密な映画を作れるのにそこから自分を解放していったこと等、両監督には幾つもの共通点があります。
不幸なことに黒澤監督はこの二律背反に切り込む絶好の機会を逃してしまいましたが(幻の『暴走機関車』や『東京オリンピック』)、宮崎監督にはぜひ正面切って取り組んで欲しい。そう思っていました。
ですから、遂にそこに切り込んだ『風立ちぬ』には感無量です。

鈴木敏夫プロデューサーの考えややり方には正直首を捻ることもありますが、宮崎監督に本作に取り組む決意をさせたのは大手柄だと思います。
もちろん、私のようにこのテーマに食いつくファンがいることを見越した上で、しかも72歳という監督の年齢を考えれば「宮崎駿の遺言」という宣伝が功を奏すことも計算した上で仕掛けたのでしょう。

押井守監督によれば、『機動警察パトレイバー』の後藤隊長のモデルは鈴木プロデューサーだそうですね。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121130/240348/
仕事をするのは自分好みの映画を作るためではなく、興行を成功させることしか考えていない男。そのためには人をいいように使う男、好きに使っていいんだと考える男。
これは企業を経営する者なら誰でも持っていてしかるべき資質でしょうが、それをきちんと備えた鈴木プロデューサーがそばにいてくれたことが、黒澤監督にはない宮崎監督の幸運だったのかも知れません。

こんばんは

この映画、いろいろな物が詰まりすぎていて、文章で表すのがとても難しい映画でした。
何しろキャラクターや物語、時代背景、いや出てきた飛行機一機ごとに一本記事を書けるくらいに映画のビハインドに情報量がありますから。
そんな中で、宮崎氏と父親との関連から見つめた記事は新鮮でした。
彼が軍需工場の息子なのは有名ですけど、なるほど彼の父親もまた堀越二郎らと同世代と考えると納得です。
既に二度観たのですが、またまた観たくなりました。

Re: こんばんは

ノラネコさん、こんにちは。

> この映画、いろいろな物が詰まりすぎていて、文章で表すのがとても難しい映画でした。

判ります!
書きたいことがありすぎて、絞り込むのがたいへんです。
きっと誰かが書いてくれるだろうと思って割愛しましたが、病気の妻という『となりのトトロ』から続くヒロイン像の意味合いとか、水と津波に挑んだ『崖の上のポニョ』に対して風と地震に挑んだ本作の表現についてとか、アキレスを描いた『アキレスと亀』と亀を描いた本作の対比とか、いろんなことが思い浮かんで、破裂しそうなのは劇中の日本じゃなくてこっちの方です。

でも何といっても『崖の上のポニョ』には宮崎駿監督の母君がトキさんとして登場しているので、今回は父君について真っ先に触れなきゃなぁと思いました。
『コクリコ坂から』の感想も親子関係から書いたので、ワンパターンかも知れないと感じつつ……(^^;
やっぱりまた観たいですね。

TB ありがとうございました

はじめまして。
宮崎駿監督のお父様は軍需産業に携わっていたとは知りませんでした。
自分の父親のことを理解しようとして作った映画なのでしょうか。

二郎が機体を軽くするために安全性を犠牲にしてきたというのも驚きです。

「二郎が何を考えているか分からない」というのが私の感想でしたが
「多くの矛盾を抱えていた」というナドレックさんの文章を読むと
真剣に考えたら自責の念にかられて心を病んでしまいそうな矛盾点にはフタをして、ポーカーフェイスでいたのかな?
とも思いました。

私はこの映画を、絵画を見るように観たので、あまり頭を使わず観てしまいました。(;^ω^A

Re: TB ありがとうございました

annさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
先のコメントにも書きましたが、外面からは二郎が何を考えているか判らないことが、この作品の肝だと思います。そしてannさんがブログで指摘してらっしゃるように、庵野秀明氏の(演技してない)セリフ回しにより、それがさらに強調されています。
それゆえ私たち観客は、「二郎は何を考えていたのか」という疑問を胸に抱えて劇場を出ることになります。
これは宮崎監督が前作『崖の上のポニョ』でわざと肝心な説明を省いた手法と同じですね(詳しくは当ブログの『崖の上のポニョ』の記事をご覧ください)。
観客に「答え」を示すことが映画ではない、そんな宮崎監督の言葉が聞こえるようです。

annさんのように、この映画を絵画を見るように鑑賞するのも一つの見方だと思います。
美術も彩色も美しく、リアリズムを軽やかに踏み外すアニメイトの躍動感も素晴らしいので、絵画のように味わうのも素敵なことでしょう。

はじめまして。

興味深く拝見いたしました。
鈴木氏が「「この映画は宮崎駿の遺言です』と言っていた意味を
改めて感じました。
主人公の葛藤や苦しみを描かずとも感じさせる。
ココが監督のうまさでもありずるさかな・・とも思います。
でも「生きねば--」に込められた思いは案外真直ぐ届けてくれたかなと
思いました(笑)風の表現も素晴らしかったですね。

昔っから、ずっと生徒に「ゼロ戦は、美しくて速かったけど、操縦士を守ろうとしなかったんだ」というのを、言い続けてきたんですよ。
そこも矛盾もきっちり監督は踏まえつつ、やっぱロマンを求めたんだなあ・・というのを見る方としては、強く感じました。
思いと行動の大いなる矛盾と、時の流れに対して、忸怩たる思いというのは、描かれていたと思います。
でも、それを伝える方法としては、脚本のバラバラ感と全体のバランスに欠いていたように思えました。
アニメってのは、総合的なもんで、絵と顔と音楽と声と、どれ一つとっても融合させないとならない。そして見る者に違和感を感じさせない調和が必要だと。
残念ながら、そのバランスが足りなかった。
監督としては、もう何作っても許される域に達してますから、何をどうしてもいいのですが、見る方の好みからいうと、評価は分かれるって感じでしょうか。
時代を表す男性の力強さもいいのですよ、それがあたしはちょっと嫌だったなあ~。

Re: はじめまして。

くろねこさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

鈴木プロデューサーが「この映画は宮さんの遺言なんですかね」って聞いたら、宮崎監督は「かもしれない」[*1]と答えておきながら、そのことを鈴木プロデューサーがテレビ番組やイベントで話したら怒っちゃった[*2]というのが、この二人らしいと思います。
[*1] http://mantan-web.jp/2013/06/07/20130606dog00m200084000c.html
[*2] http://www.cinematoday.jp/page/N0054651

鈴木敏夫プロデューサーは『アニメージュ』の編集長をしていただけあって、マスコミ受けするネタの提供が巧みですね。

本作はとてもストレートに作り手の主張が語られていたと思います。
それでも最後の「生きて」はあまりにもベタなセリフだと思いましたが、当初は「来て」だったと知り驚きました。
---
鈴木:「い」の字を入れただけなんですけれどね。「来て」のままだったら、最後の場面は煉獄にいる二郎を彼岸にいる菜穂子が呼びに来た、という意味合いになりますよね。
---
http://www.tfm.co.jp/timeline/index.php?itemid=68075&catid=1332

生きるということは煉獄を彷徨い続けることなのか。
そんな葛藤や苦しみを描かずとも感じさせるのが、たしかに監督の上手さであり狡さでもあるのでしょう。

Re: 私

sakuraiさん、こんにちは。
ゼロ戦関係の本を読むと、悲しいんですよね。
最初のうちは戦果も華々しく、名パイロットの撃墜談にこと欠かないのですが、米軍に弱点を知られてからはなかなか戦果も上がらず、腕のいいパイロットもいなくなっていく。
宮崎監督は戦史・戦記に詳しく、戦争がいかに愚かで悲惨なものかをよくご存知だからこそ、これまで現実の戦争を取り上げることに慎重だったのだと思います。
その監督がたどり着いたのがロマン……でしょうか。
パンフレットを読むと、主人公を飛行機の魅力に誘い込むカプローニを、監督は「二郎にとっての"メフィストフェレス"だ」と説明したそうですね。その魔力に捕われて、破滅へと堕ちていくのをロマンと呼べば良いのか、私には疑問です。
方向性は違うけれど、その執念・執着は、たとえば『奇跡のリンゴ』の主人公を彷彿とさせます。

バラバラ感というのも、私はあまり感じませんでした。
前作が夏目漱石、本作が堀辰雄の影響を前面に出していることを思えば、こういう展開もアリかと。堀辰雄の『風立ちぬ』なんて、ところによって回想形式だったり日記調だったりと、バラバラ感は宮崎作品の比ではありませんし。
宮崎駿という人はまさに天才と呼ぶに相応しいアニメーターですが、アニメイトの表現のみならず、ストーリーの構成力も天才的だと思います。『ルパン三世 カリオストロの城』の公開後、アニメ雑誌の取材で自作の評価を問われ、宮崎監督はたしか65点くらいと回答しています。私なんぞは100点満点で200点とも300点とも思っていましたから、本人の評価の低さに驚きました。いささかうろ覚えですが、そのときの説明は「裏から入って表から出る。次に表から入って裏から出る。そういう整理をちゃんとすればこんな話は出来るんだ」という突き放した発言で、私は愕然としました。当時私が大好きだった小説はどれも、たしかに宮崎監督のおっしゃるとおりの構成でしたから。
ストーリーテリングのポイントを二言三言で事もなげに言い表してしまう宮崎監督が、これからどれだけ面白い作品を作るんだろうと楽しみでもありました。

ところがその後の宮崎監督は、かっちりした構成を破壊することに尽力していたように思います。
あたかも木下惠介監督が「今までになかった何かを今度の映画に出したい。演出がうまいとか、脚本がいいとか、俳優がうまくやっているとか、そういうことにはあきたりない……今までの手慣れた勉強してきた方法ではその感じが出ない」(「映画ファン」1953年7月号、『異才の人 木下惠介 弱い男たちの美しさを中心に』より再引用)と語ったように。
ちょうど『天空の城ラピュタ』が、カチッとした映画づくりとの決別宣言のようでした。
それから四半世紀を経てたどり着いた本作は、バラバラというより自由を感じます。演出法からの自由、CGからの自由、演劇メソッドからの自由……。

sakuraiさんは庵野秀明氏の声に馴染めなかったようですね。
「読売生活情報誌 リエール」2013年8月号に、声優を決めるにあたって、宮崎監督が出した四つの条件が紹介されていました。
・日本語を早く喋れる
・変な間をおかずに喋れる
・滑舌がいい
・相手のことを気遣って一言一言に感情を込めるような話し方をしない

庵野氏の起用は、特に四番目の条件を考慮したように思います。
同誌にて、鈴木プロデューサーは「宮さんは芝居のうまさを期待したわけじゃないんですね。じゃ、なにかというと存在感だと思う。庵野は俳優にはできない芝居をしてくれました」と語っています。
また、とり・みき氏は「物づくりに偏執的に没頭し、さらにロマンも虚無感も持ち合わせているこの特異なキャラクターに説得力や実在感を持たせるためには、現実にそのようなキャラである氏の起用は正解だった」と述べており、私もこれに同感です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130731/251781/

そして私は黒澤明監督のことも思い出すのです。
先のコメントで、私は宮崎駿監督と黒澤明監督の共通点について述べましたが、フィルモグラフィーの後期になって素人を積極的に起用しようとしたことも、両監督に共通する点でしょう。
黒澤明監督が最初に素人出演映画を撮ろうとしたのは『トラ・トラ・トラ!』です。残念ながらこの作品は黒澤監督の手を離れてオールスターキャストになってしまいましたが、黒澤監督は『トラ・トラ・トラ!』でプロの役者を使おうとしなかった理由を次のように述べています。
「今度の映画は軍艦とか飛行機とか航空母艦とかが画面に主役で出てくる。だからそういうものの存在感に対応するような人間を使って、記録映画的な映像を作らなきゃならない。役者に芝居されちゃだめなんだ。出てきただけで山本五十六のような人、出てきただけで日本海軍の軍人のような人をキャスティングしないとだめだから、プロの役者を使わなかったんだ。」(『異説・黒澤明』 文藝春秋)
『風立ちぬ』は記録映画的ではないものの、宮崎駿監督にとっては、はじめて実在の人物、現実の出来事を取り上げた映画です。そのため、『トラ・トラ・トラ!』での黒澤監督のような覚悟をもって素人起用に踏み切ったのではないでしょうか。


>時代を表す男性の力強さ

そうですか、この映画に男性の力強さを感じられましたでしょうか?
私はどちらかというと男のどうしようもなさを感じました。

目の前の課題を解決することについては、女の子より男の子の方が的確な回答をするそうです。
では、女の子は男の子より劣っているかというと、そうではなくて、女の子はそもそも問題が発生しないためにはどうしたらいいか、と考えることができるそうです。
本作の主人公は、美しい飛行機を作るという一点に集中して、的確に回答しようとしました。それはメフィストフェレスに呑み込まれる道だったのかもしれません。

『風立ちぬ』とはどういう映画なのか

映画を観てきて
終わった後でしばらくその意味を私なりに考えて
自分の日記に書きました。

http://www.enpitu.ne.jp/usr4/bin/day?id=41506&pg=20130805
それからこちらのブログを拝見して
自分の知らなかったさまざまな背景について
知ることができました。

商業的なことを考えずに
作りたい映画を作る・・・・

それが許される稀有の存在として
宮崎監督はこれからもいて欲しいと願っています。

Re: 『風立ちぬ』とはどういう映画なのか

江草乗さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

本記事を書いた後ですが、宮崎駿監督がこんなことを語っています。
「(今回の映画では)自分のおやじの世代の思いも入れているが、おやじより少し上の堀越二郎、堀辰雄の生きた時代とおやじの時代、そして今。(これまで自分の中では)ブツブツに切れていた歴史の流れが(今回の映画で)つながったような思いがする」
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO57782960W3A720C1000000/

戦前、戦中を描いた『風立ちぬ』、そして戦災孤児の戦後を描いた『コクリコ坂から』を作ることで、宮崎駿監督は自分史とそのルーツたる前史を完成させたのでしょう。
本作で、一見ストーリー上の必要性が感じられない関東大震災が描かれるのも、宮崎監督のお父上の自慢のエピソードであればこそ、欠かすことができなかったのでしょう。

>商業的なことを考えずに
>作りたい映画を作る・・・・

妥協せずに自分が納得するクオリティのものを作っている、という意味ではそうでしょうが(妥協して自分が納得するクオリティのものを作るのも大切だと思いますが)、作りたい題材を内発的に選んでいる、という意味であれば、いささか疑問かもしれません。
本文でも紹介したように、宮崎監督は『風立ちぬ』の映画化に猛反対しています。
にもかかわらず、結局は『風立ちぬ』を映画化しているのですから、作りたい映画を作っているのは鈴木プロデューサーなのかもしれません(作らせたい映画を作らせていると云うべきか)。
なにしろ、高畑勲監督に『火垂るの墓』や『ホーホケキョ となりの山田くん』を撮らせたり、宮崎駿監督に『魔女の宅急便』を撮らせたりと、鈴木プロデューサーは両監督だけでは出てこなかったであろう企画を実現しています。
そういえば宮崎駿監督は、鈴木敏夫プロデューサーのことを「大衆操作が好きな団塊の世代」と云ってますね……:-)

No title

こんちは。

個人的に監督の出自が分からなければ映画が見れないという訳ではないので、ごく普通に凡人らしくそのまんま映画を観ました。

ヒロインがロリの時代に唾を付けて、付き合えるようになったら、仕事の合間に恋愛してそれでもいいって言ってもらえる母性の強い女性。ロリコンとマザコンの乱れ打ちで、これを「遺言」と言い切るのは逆に偉いな、と。

ありえない話なんですが、ヒロインに「私と仕事のどっちが大事なの?」と問いただしてほしかったです。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
何といっても、ロリコンという言葉を世に広めたのは宮崎駿監督ですからね。少なくともアニメでロリコンという言葉が使われたのは、ルパンの「ロリコン伯爵」が最初でしょう。
私は、宮崎監督がアニメ界へ及ぼした最大の影響は美少女趣味だと思います。アニメのヒロインといえば森雪のような「美女」がスタンダードだったところ、宮崎監督が「美少女」を蔓延させたのではないかと。もちろん時を同じくして吾妻ひでお氏らが活躍したことも大きいでしょうが。

ちなみに、宮崎監督は本作を「遺言」と言い切ったわけではありません。「遺言」と触れ回っているのは、"大衆操作が好きな"鈴木プロデューサーです。

>ありえない話なんですが、ヒロインに「私と仕事のどっちが大事なの?」と問いただしてほしかったです。

いやいや、ありえない話ではなく、職業人の多くが現実に直面しているシチュエーションではないでしょうか。
ご子息・吾朗氏によれば、宮崎駿監督が多忙のために、家は母子家庭同然だったとか。
そんな宮崎監督がヒロインの問いに答えた結果が本作なんだと思います。

No title

こんにちは。

本作が禁煙学会からイチャモンを受けて話題になってますが、<span style="background-color:#FFFF00;">堀越二郎</span>氏は、ご子息によれば「酒もタバコもやらない。肉が大好きで魚は嫌い」だったそうですね。となると、サバも食べてはいなかったのかな? 或いは食べすぎて嫌いになったのか?

自宅にまで仕事を持ち込んで煙草を吸っている主人公は、自分には絵コンテを描く宮崎監督本人に見えました。

最後菜穂子のセリフが、絵コンテの段階では「生きて」ではなく「来て」であり、カプローニの「君は生きねばならん」のセリフもなかったとか。
庵野氏が、音入れの段階で180度変えたと言ってました。
もし「来て」だったら本作の評価はどうだったでしょう?

コメントありがとうございました。

一言、難しい映画でしたね、、。
今でも、よく分からない。
 雰囲気としては、環境映画のはずが、単純にエコだけ主張せず、その矛盾を全面に出した、もののけ姫に近い気がしますが、もののけ姫のほうが、エンタメとして一応拘束して作ってた。
 今回は、本当に宮崎駿本人の私的映画という側面が大きいと思います。

Re: No title

ひでさん、コメントありがとうございます。
日本禁煙学会のおかげで本作が話題になって喜ばしいことです:-)

本作の主人公は「堀越二郎」という名前ですが、作中人物なので実在の堀越二郎氏とは幾つかの共通点があるにすぎません。早世した堀辰雄氏や、もちろんタバコが手放せない宮崎駿監督も混ざっているでしょうね。
宮崎駿監督は二郎を「妄想のキャラクター」とおっしゃっていますが、それでもこれだけ話題になるのはキャラが立ってるからでしょうね。

ラストについては、完成報告会見で宮崎監督が「ラストはいろいろじたばたしていく過程で、一応、形にして出したら『あ、これは違うな』と自分でもわかったんです。」とおっしゃっていますが、私は「来て」のままでも「生きて」に変えたあとでも、作品のメッセージは変わらないのでどうでもいいかと思います。
言葉の意味は180度違いますが、主人公が背負うものに変わりはないので。
ただ、生きる喜びを謳い上げた『崖の上のポニョ』ですら、「死の匂いで満ちている」と評する人がいますから、誤解されないためには「生きて」の方が判りやすくて良いかもしれませんね。

Re: コメントありがとうございました。

才さん、こんにちは。
ほとんどの映画は監督の私的映画だと思うのですが、宮崎駿監督はサービス精神が旺盛すぎて、これまでそう見てもらえなかったんでしょうね。
私はたびたび宮崎駿監督を黒澤明監督との対比で語っていますけど、黒澤映画の変遷を考えれば、宮崎アニメはもっと早く本作のような境地に達して良かったはずだと思います。そうならなかったのは、ひとえに「アニメは子供のもの」という宮崎監督の強烈な自制心があったからなのでしょう。でも映画ファンとしては、大人向けの宮崎アニメをもっともっと見てみたいなぁ、というのが正直なところです。

考察文の投稿許可願い

ナドレックさん、こんにちは。
いつも楽しく拝見させて頂いております。

多くの人に話題になっていて、難解だと
言われているこの映画は私には非常に
シンプルな映画であるように見えました。
それについて 人物描写、ストーリーライン、
背景画、メカ描写、劇中の人間関係等に
ついて考察したら6000字を超える文章に
なったのですが、コメント欄に投稿しても
よろしいでしょうか?

Re: 考察文の投稿許可願い

T.Nさん、こんにちは。
コメント欄の文字数制限に引っ掛からなければ、何文字の投稿でも結構です。

宮崎駿自身の自己投影?

ナドレックさん、こんにちは。

投稿の許可ありがとうございます。
非常に長文なため、かなりくだけた文体になったことをご容赦願います。


【風立ちぬは宮崎駿自身の自己投影か?】

風立ちぬは同じアニメ監督とかのクリエイターの間ではとても評判が良いらしい。いや、ただ評判が良いというに留まらず、評価の高い話題作には(激しく対抗意識を燃やして)辛辣な評価をすることで有名なガンダムの富野由悠季までもが絶賛しているとのことだ。

http://randal.blog91.fc2.com/blog-entry-2227.html

「あの富野が絶賛しているのに周りの評価が高いというのはどういうことだろう? あの風立ちぬという映画は一体いかなる映画なんだろうか?」

と疑問に思い実際に映画を見てみると非常に得心が行った。あの映画にはクリエイターや、クリエイターだけに留まらず製品開発者や研究者などの創造的なことを手掛けている人が非常に共感できると思われる描写がたくさん描かれているのだ。

あの映画に関して多くの人が「難解だ」「人を選ぶ映画だ」「主人公の堀越二郎が何を考えているのかわからない」と言っているが、私にはあの映画は難解どころか今までのどの宮崎アニメと比べても単純でシンプルなストーリーに見えた。あの映画はあけすけに一言でいうと

「ある一人の技術者が自分の好きなことや現在取り組んでいることについて想像したり妄想にふける話」

であり、他の要素は一切ない。シンプルに全くそれだけの映画だ。この「一技術者が頭に思い浮かべる想像と妄想」を描くため(だけ)に人物描写、ストーリーライン、背景画、メカ描写、劇中の人間関係といったありとあらゆることが緻密に設定されていて、そのあまりの徹底ぶりに空恐ろしいものを感じる。それぞれ順を追って説明してみよう。


(その1)人物描写
この映画は全編にわたり、一人の技術者が自分の好きなことや現在取り組んでいることについて想像したり妄想にふける姿そのものを描いている。

多くの人が「何を考えているのか分からない」と評する主人公の堀越二郎だが、劇中には堀越二郎が飛行機の想像をしたり妄想したりするシーンが非常にたくさん出てくる。その上、はたから見ると「この人は頭がおかしい」としか思えないような奇行をする描写まで出てくる。(例えばサバの骨をみつめながら飛行機の翼の曲面がどうのこうのと語りだす場面や、試作機の設計を君に任せると言う上司の目の前で手元の資料を見るのにいきなり集中しだして上司の方を見ようともしない場面)

こういった劇中の堀越二郎でたくさん描かれる、

「自分の好きなことや現在取り組んでいることについて想像したり妄想にふけり、度を越すと他の人が『コイツは頭がオカシイ』と思うような奇行をやり出す」

という性質は、クリエイターや製品開発者や研究者に非常によく見られる特質だ。そして、この特質はそれ以外の人にとっては全く以て理解し難い特質でもある。この特質があまりにも赤裸々にたくさん描写されるため、多くの観客に「堀越二郎が何を考えているのか分からない」
と思われるのだろう。そしてこの特質を持つクリエイター達には堀越二郎がまるで自分のことのように思えて共感できるのだろう。

クリエイター関係者以外の人には理解どころか想像するのも難しい、そして人によっては激しく嫌悪するクリエイター達の「想像や妄想にふけり、奇行をやる」という性質は例えば古今東西の作家や発明家や研究者のエピソードにとてもたくさん見て取ることができる。例えば適当に例をとるとこんなものがある。


・発明王エジソンの逸話。ウィキペディアにはこう書かれている。

「彼はひとつの物事に熱中すると、他の事は完全に忘れてしまうことがたびたびあった。彼が考え事をしていた時、話しかけてきた妻に『君は誰だっけ?』と質問し、妻を怒らせたことがあったという。」

また、子供時代には「なぜ物は燃えるのか」を知りたいと思い立ち、藁を燃やしていたところ、自宅の納屋を全焼させてしまったこともあったとのことだ。


・昔私が行った恐竜展のパンフレットに書かれていた、古生物学者ジョン・オストロム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%A0
の逸話。彼は何ヶ月も始祖鳥の化石の前に座って化石を見つめ続け、その果てに「もし羽がなかったら始祖鳥の骨格は恐竜の骨格そのものではないか!」とひらめいて一生に数度の幸福を味わったとのこと。

・遠藤周作のエッセイに書かれた、北杜夫や佐藤愛子といった文壇の作家達の話。私が昔読んだエッセイには、遠藤周作の知り合いの作家達がいかに変人であるか数十ページにわたって詳述されていた。また、「文壇というのは全くヘンな人の集まりだ」とも書かれていた。


どれもこれも事情を知らない人が見たら「コイツラは頭がおかしい」としか思わないが、劇中の堀越二郎はこういった偉人と全く同じタイプの人物としてあまりにも赤裸々に、かつストレートに描写されている。


(その2)ストーリーライン
この映画は堀越二郎が想像や妄想にふけるのを決して何物にも邪魔されないように舞台設定が構築されている。

劇中の堀越二郎は当時としてはとても裕福な家で育ち、貧しさで夢(と空想と妄想)を断念させられることなく飛行機設計の世界に入る。劇中の世界は関東大震災に続き大恐慌が起き、ついには破滅的戦争に突き進むという、人によってはとてつもなく暗鬱な描写がなされるべき状態なのに、劇中の堀越二郎はそんな世相に悩むことも邪魔されることもなく飛行機の設計に勤しむ。そして極め付きにはそんな世相を完全に脳裏から忘れられる別天地の軽井沢でロマンスと飛行機の設計(と妄想)に明け暮れる舞台までもが用意されている。


(その3)背景画とメカ描写
この映画の背景画とメカ描写は劇中の堀越二郎の想像と妄想に対して違和感が出てこないようにデフォルメされ、幻想化されている。

例えば農村の風景は現実の日本の田舎の風景と比べてやや理想化され、少しぼやけたタッチの幻想的な感じのする絵になっている。東京の建物や街並みの絵も同様にややデフォルメされたものになっていて、現在のアニメでは一般的な3Dモデルを用いた作画は行われていないように見える。ジブリの技術力なら火垂るの墓のように原作者をして「何から何まで昔見たまんま」と叫ばせるような正確な街並みの再現もできるはずなのに、あえてそのような労力は注いでいないようだ。

メカの作画も同様で、実在した艦上戦闘機や爆撃機の絵は描かれる線が少なくデフォルメされていて、劇中の堀越二郎の妄想する奇怪な形状の飛行機と比べて違和感がないようになっている。このことは例えばヤマト2199のメカ作画と比較すると非常に歴然としている。

ヤマト2199のメカは架空のものを描いているにもかかわらず線の描き込みが非常に多く、現実に存在してもおかしくないようなリアルな造形を目指している。(これを可能にするために3Dモデルを中心にした作画をしている)一方の風立ちぬはこれとは真反対で、実在したものを描いているにもかかわらず線の描き込みが少なく、劇中の堀越二郎が想像したり妄想したりする世界と違和感がない造形になっている。(3Dモデルは殆ど使用されていないように見える)

以上のような背景画とメカ描写の特徴は全て、この映画が「一人の技術者が自分の好きなことや現在取り組んでいることについて想像したり妄想にふける姿そのものを描く」ために意図的に設定されていると考えられる。


(その4)劇中の人間関係
ある意味一番驚くべきことなのだが、劇中の堀越二郎の周りの人達は誰一人として彼が飛行機の想像をしたり妄想したりするのを邪魔しない。家族も上司も新婦も同僚も、工場の工員までもが彼の設計と想像と妄想を邪魔せずに見守っている。

例えば上司の課長は喫茶店で試作機の設計を君に任せると言う場面で、手元の資料を見るのにいきなり集中しだして上司の方を見ようともしない堀越を怒りもせずに(堀越がアイデアをある程度頭の中で固めるまで)見守る。見守るばかりか、上司や同期の本庄、技術職員達が堀越と一緒に飛行機の想像(妄想)をする描写まである。

劇中の堀越二郎は(少なくとも今の日本の)夢想する人間がしょっちゅう直面するように、

・同僚からは「あいつはいつもボォーッとしてるが一体何考えてるんだ?」
・工員からは「ボォーッとすんなや、注意力散漫なんじゃこのアホンダラ!」
・上司からは「何でこんなヘンなアイデアを採用せんにゃならんのだ、あぁん?」
・家族からは「ちょっとお父さん、そこらへんの紙とか定規みたいなのを片付けてよ、
大体何でいつも家にわけの分からない図を描いた紙をたくさん持って帰るのよ!?」

という風に言われることがない。これは最早、しばしば想像と妄想にふけるクリエイターや製品開発者や研究者達にとって(現実には有り得ない)理想の光景としか言いようのないもので、その描写のあまりの徹底ぶりから宮崎監督は自分(と他の全てのクリエイター)の理想と願望を映画にかこつけてただ絵に描いただけなのではないか、とすら思えてくる。


・・以上述べたように、風立ちぬという映画は「ある一人の技術者が自分の好きなことや現在取り組んでいることについて想像したり妄想にふける姿を描くため(だけ)」に人物描写、ストーリーライン、背景画、メカ描写、劇中の人間関係といったありとあらゆることが徹底的かつ緻密に設定され組み立てられている。

このように書くと、当然、「劇中の堀越二郎は本当に飛行機の事しか頭にないのか?」「戦時中とはいえ軍用機をつくる葛藤すら抱いてないのか!?」という疑問が他の人から提示されるだろう。それぞれ考えてみたい。

まず、軍用機を設計する倫理的な葛藤についてだが、堀越二郎の手記

(『零戦 その誕生と栄光の記録』角川文庫)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4041006236/ref=s9_simh_gw_p14_d0_i1?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-3&pf_rd_r=1HQSVMN5SB0D7REKPGZQ&pf_rd_t=101&pf_rd_p=463376756&pf_rd_i=489986

を読む限りでは現実の堀越二郎が倫理的な葛藤を感じていたようには見えない。手記はいかに飛行機の技術的問題を解決するのに情熱を傾けたかの記述で溢れている。最先端の飛行機が軍用機であるのが当たり前の事だった当時の世界ではこれはある意味当然のことで、彼に限らずスピットファイアのレジナルド・ジョセフ・ミッチェルも、Bf109のロベルト・ルッサーも、ウォッケウルフのクルト・タンクも同様に倫理的な葛藤を感じることはなかっただろう。実際の堀越二郎と同様に劇中の堀越二郎も軍用機を作ることへの倫理的な問題を口にすることはない。(少なくともはっきりと口にする場面はなかったと記憶している)この点では劇中の堀越二郎は実際の堀越二郎と同じと思われる。

次に堀越二郎が飛行機のことしか考えなかったかどうかだが、現実の堀越二郎の場合、手記を見ると劇中の堀越二郎と同じようなことをしている記述がある。


――この設計方針について、私はこの二ヶ月間、あれこれと考え続けていた。この段階での作業は、局部については、ときに班長に聞くこともあるが、根本的にはほかの人に相談したり頼ったりしてできる筋合いのものではなく、いわば非常に孤独な仕事であった。
 会社にいるときは、ややもすると目先の仕事だけに追われてしまう事が多かった。だから、私のこの頭の中での作業は、通勤の満員電車の中でも、家に帰ってからも、続く事があった。夜中に目が覚めてしまい、暗闇を見つめながら考えたこともあったし、夜遅く床に入っても、なかなか寝付けないこともあった。
    (『零戦 その誕生と栄光の記録』角川文庫 P.56)


では彼が飛行機の技術の事しか頭になかったのかというと決してそういうことはなくて、手記には次のような記述も出てくる。


――(独ソ戦開始の報を受けて)私は愕然とした。ナチスドイツとソ連が永久に両立するはずもなかったが、今ソ連を叩かなければならないほど情勢は緊迫したのか。アメリカやイギリスは、直ちにソ連支持を表明したというから、私には、ナチスドイツが第一次大戦のドイツの二の舞を演じるとしか思えなかった。そしてナチスドイツの前途は暗く、そのドイツと共に歩む事は、日本にとって危険な賭けだと考えざるをえなかった。
    (『零戦 その誕生と栄光の記録』角川文庫 P.181)

――新聞の論調が、A(アメリカ)、B(イギリス)、C(中国)、D(オランダ)の圧力に反発する気分を出しはじめ、国民を対外強行態度に追いやっていくように思えた。私はこれは危ない風潮だと思った。
    (『零戦 その誕生と栄光の記録』角川文庫 P.182)


翻って劇中の堀越二郎の場合はどうかというと、子供にお菓子(シベリア)をあげようとした後のシーンで「なぜこの国は貧しいのだろう?」という以外に飛行機とは別の事をはっきりと考えている描写は出てこない。ロマンスと結婚の最中でさえ何とか飛行機と両立しようと悪あがきをしている。恋愛も世の中の事も決して彼の思考の中心に浮かび上がってくることはないようだ。明らかにこの映画は堀越二郎が飛行機以外の事を考えるのを主要なテーマとはしておらず、そのような描写は徹底して排除されているように見える。それどころか堀越二郎が飛行機を考える姿に観客の目が行くように、上に(長々と)述べたような感じで人物描写、ストーリーライン、背景画、メカ描写、劇中の人間関係の全てが緻密に設計され組み立てられている。この映画は純粋に飛行機に身も心も捧げてしまった人間の物語なのだ!


・・最後に、果たして宮崎監督は葛藤していたのだろうか?有名な兵器マニアで反戦家で、軍需工場の老獪な経営者だった父と喧嘩する一方で戦闘シーンをたくさん描写する映画を作る矛盾を自分なりに総括してみないか、という事で「風立ちぬ」は製作されたとの事だが、この映画を見る限り私には宮崎監督が矛盾に葛藤しているようには見えなかった。それどころか心に一点の曇りもないように思える。矛盾について考えたにせよ、映画を作る段階で彼は完全にふっきれて開き直ってしまったのではないだろうか?

飛行機を考えることに物語のほとんどすべてが費やされ、それ以外のことは堀越二郎の脳裏の片隅に追いやられているこの映画で宮崎監督の心の声をむりやり見出そうとすれば、次のようなものになると私には思える。


「いくら本物の戦争が嫌いでも、人から矛盾だと言われようと、
私は兵器と戦争物が好きだ。
  『好 き な も の は や め ら れ な い』」


こういったクリエイターのどうしようもない一面が赤裸々にかつ徹底的に描かれているからこそ、この映画は多くのクリエイターに共感され支持されているのではないだろうか?(ところで、経営者だった宮崎監督の父は飛行機の想像をすることがあったのだろうか?)


Re: 宮崎駿自身の自己投影?

T.Nさん、コメントありがとうございます。

>彼が飛行機の技術の事しか頭になかったのかというと決してそういうことはなくて、手記には次のような記述も出てくる。

実在の堀越二郎氏が国際情勢についても思いを巡らせるのに対し、本作の「堀越二郎」はおっしゃるとおり飛行機(と菜穂子)以外のことは口にしません。
これが堀越二郎氏だけでなく、堀辰雄氏の要素を持ってきて「ごちゃまぜにした」成果ですね。

宮崎駿監督は、堀辰雄氏について次のように語っています。
「若いころに読んだが、実はピンとこなかった。古書店で見つけ、たまたま読み直した。繰り返し読むうちに『美しい村』『晩夏』はすばらしいと気づいた。堀辰雄は戦時中、(長野県軽井沢の)追分で過ごしていた。あの寒い追分の冬を過ごすとは、(病を得た)体のためという以上になんらかの覚悟があったのではないか。しかも戦争のせの字も一切書かず、干上がるのを覚悟して『大和路・信濃路』を書いた。そういうことがだんだん分かってきて、この人は線が細そうに見えて、ものすごく骨太で強い人だなと思った。この時代の人で1番自分に身近に感じられたのが堀越二郎と堀辰雄だった。堀越二郎の内面はおのずと堀辰雄になっていった」
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO57782960W3A720C1000000/

軍靴が響く時代に戦争のせの字も書かず、その一方で婚約者の死すら小説『風立ちぬ』の題材にしてしまう文学者堀辰雄。その『風立ちぬ』を読むと、まだ婚約者が生きているのに小説の「結末」をどうするか考え、その胸中を婚約者に見透かされてうろたえたことすらも小説のネタになるという多重構造が見て取れます。
そうまでして小説を書いた堀辰雄――。

足跡は堀越二郎氏のものであっても、その内面は堀辰雄氏で出来ているのが本作の主人公「堀越二郎」なわけですね。
オブジェクト指向的に表現すれば、クリエイターや製品開発者や研究者らを汎化したのが「堀越二郎」ということになりましょう。


私は本作に関連して不思議に思うことがありました。
どうやら本作を観て、「難解だ」と感じる人がいるらしい。「つまらない」と思うのは観客各位の趣味趣向だから構わないとして、「難解だ」と感じるのはなぜなのか。それが私には疑問でした。
子供向けの宮崎アニメに慣れた人が、子供向けではない本作に接して、過去作とのギャップを消化できずにいるのだろうと思っていましたが、コメントを拝見してそればかりではないかもしれないと考えはじめました。

>私のこの頭の中での作業は、通勤の満員電車の中でも、家に帰ってからも、続く事があった。夜中に目が覚めてしまい、暗闇を見つめながら考えたこともあったし、夜遅く床に入っても、なかなか寝付けないこともあった。

もしかしたら、こういう経験は一般的ではないのかもしれませんね。
クリエイターや製品開発者や研究者に限らず、たとえばゲームにはまって廃人同然の人も似たような体験をしていると思いますが、それでもこのような心情を経験してない人は多いのかもしれない。

他人には奇行に見える言動を取る人物は、多くの作品に登場します。
たとえば天文学に打ち込む『はやぶさ/HAYABUSA』の主人公の言動も、傍目には奇行と映るでしょう。
ただ、多くの作品にはその「奇行」から距離を置く傍観者がいるので、奇行は奇行として描かれ、奇行に共感できない観客は傍観者の視点に立つことで作品に入っていくことができます。
その点、ご指摘のとおり本作には主人公の言動を奇行扱いする傍観者がいないため、奇行に共感できない観客には拠りどころがありません。せいぜい友人の本庄と妹の加代が、二郎の内面を浮き彫りにするために最小限の「常識的な」セリフを口にしますが、彼らとて二郎の理解者であることに変わりありません。
そんなところが本作を判りにくくしているのかもしれませんね。

もう一つ、本作を判りにくくしているのは、宮崎監督が葛藤を描いてないからかもしれません。
宮崎監督にとって葛藤する段階はとうに過ぎているわけですが、葛藤の過程を描かないために、観客によっては主人公の言動が唐突に感じられるのかもしれませんね。


もちろん、とり・みき氏が指摘するように、本作は観客に不親切な映画であり、観客を欲求不満にさせたり、不安にさせる映画でもありますが。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130731/251781/

でもそれは、およそすべての純文学や絵画や大人向けの映画に云えることでありましょう。

面白いコメントをありがとうございました。

Re.Re: 宮崎駿自身の自己投影?

ナドレックさん、こんにちは。

レスありがとうございます。

>軍靴が響く時代に戦争のせの字も書かず、その一方で婚約者の死すら小説『風立ちぬ』の題材にしてしまう文学者堀辰雄。その『風立ちぬ』を読むと、まだ婚約者が生きているのに小説の「結末」をどうするか考え、その胸中を婚約者に見透かされてうろたえたことすらも小説のネタになるという多重構造が見て取れます。
そうまでして小説を書いた堀辰雄――。

周りにいくら邪魔されようと迷惑がかかろうと「好 き な も の は や め ら れ な い」をやってしまう人だったようですね。クリエイターが業として持つ気質なのでしょうが・・・。


>葛藤の過程を描かないために、観客によっては主人公の言動が唐突に感じられるのかもしれませんね。

「葛藤の過程が描かれないために観客に言動が理解されない」という点ではヤマト2199のデスラーもそうだと思います。ただ、ヤマト2199の場合は作品全体にちりばめられた情報によってかなりの程度、観客個々人の想像で補う事ができます。私の場合はデスラーの為政者としての側面と人間としての内面がアレクサンドロス大王にとてもよく似ていると感じたのですが、それについてまた長文を投稿してもよろしいでしょうか?

Re: Re.Re: 宮崎駿自身の自己投影?

T.Nさん、こんにちは。
クリエイターの業に関しては、とり・みき氏が同じクリエイターの立場から本作を取り上げています。つくづく文章の上手さに敬服します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130731/251781/

ヤマト2199の方も、長文のコメントに何ら問題ありません。
ご自由に投稿なさってください。

No title

初めまして、TBありがとうございました!
大変興味深い内容ですね。監督のお父さんの事も重ねていたとは全く知りませんでしたが、ナドレックさんの記事を読んで納得です。
この作品は、色んな矛盾をはらみつつも巡り巡っていく現実を描いているという事でしょうか。考えてみれば、現実なんて矛盾がひとつもないものの方が珍しいかもしれません。

>無敵と思われたゼロ戦は、このような弱点を突かれ、日本はやがて多くのパイロットを失うことになる。

この話は以前から知っていましたが、それを作った二郎もまさか弱点が明らかになってもそのまま使われるとは思ってもみなかったでしょうね。
アメリカはバンバン新型を投入してくるのに、日本では最初からまともな戦闘機を作るには無茶な条件で造らせて…。
そんな条件下で、防御よりも回避に特化させてパイロットを守ろうとした彼の想いも、お偉いさんが引き際を間違えたために踏みにじられてしまったと考えると哀しいです。
色々と考えさせられる作品でした。

Re: No title

宵乃さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

本作公開後、「CUT」9月号に掲載された宮崎駿監督のインタビューが話題になりましたね。零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らし、「零戦で誇りを持とう」といった神話を捏造することに、子どものころからずーっと頭にきてたのだと語っています。
特攻隊の青年たちが乗る飛行機は、できたときから機関銃に穴が開いていないような欠陥品で、検査官にポケットマネーを渡して通した代物であることを知っていた宮崎監督が、零戦の活躍する物語を作ることを肯定できるはずがありません。
堀越二郎がいかに優れた設計をしても、工場では油がボトボト漏るようなものしか作れない。まるで砂の城を作るようなものです。
その虚しさが、本作の美しさの根底にあるような気がします。
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2013年/日本/126分 監督:宮崎駿 声の出演:庵野秀明      瀧本美織 ■概要 ゼロ戦の設計者として有名な堀越二郎の半生をモデルに、堀辰雄の小説『風立ちぬ』からのエッセンスも盛り込んだ、スタジオジブリ製作による2013年の伝記アニメーション映画です。監督は『天空の城ラピュタ』の宮崎駿で、これが長編映画引退作となります。主役の堀越二郎役で映画監督の庵野秀明が起用されてお...
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