『はじまりのみち』 オールタイム・ベストワンは?

 あなたにとって、オールタイム・ベスト1の映画は何だろうか。
 古今東西それぞれの映画にそれぞれの良さがあるので、一つに絞るのはなかなか難しいことだろう。
 そこで私は久しく以前にオールタイム・ベスト1の回答を決めてしまい、頭を悩まさないことにした。
 それは私が過去一番泣いた映画、木下惠介監督の『二十四の瞳』である。泣ける映画がいい映画とは限らないが、この映画の感動は群を抜いている。
 『二十四の瞳』をバイブルと呼ぶ吉永小百合さんが、東映創立60周年記念の主演映画に『二十四の瞳』を意識した作品を持ってきたのもうなずける。

 その木下惠介監督の「生誕100年プロジェクト」の一環として制作されたのが映画『はじまりのみち』だ。
 この映画で注目されるのは、これまでアニメーションを撮り続けてきた原恵一監督がはじめて実写作品に取り組んだことだろう。
 アニメーションの監督が実写作品を手掛ける例がないわけではない。『ウォーリー』のアンドリュー・スタントンが『ジョン・カーター』を監督したり、『Mr.インクレディブル』のブラッド・バードが『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』を監督したのも記憶に新しい。
 原監督はディテールをきっちり押さえた映像を作るから「なんで実写でやらないの?」という声が必ず出てくるそうだが、「なんとなくアニメできちゃったんで、アニメでつくってるというだけなんです」「実写には自信もないです」と前作『カラフル』公開時のインタビューで答えている。
 だから原監督にとってはアニメで作ることが自然なんだろうと思っていたから、遂に実写映画を撮ったと聞いて私にはとても意外だった。

 実写映画を撮った理由を、原監督は次のように語る。
---
ある時、木下作品の特集上映を見る機会があって、凄さに打ちのめされました。(略)個人的に木下作品をもっと見てもらえるよう、あちこちで声を上げていたのですが、それが松竹の方にも届いていたのか、この木下監督の生誕100年という年に、作品を作るという企画に声を掛けていただきました。実写の監督経験は無いので、ためらいましたが、こんなメモリアル企画に次は無いと思い、受けさせていただきました。
---

 「実写には自信もないです」と云っていた原監督をして「こんな企画は次にない」からと踏み切らせるほど、原監督の木下作品への思い入れは強かったのだ。

 それだけに、『はじまりのみち』は単に在りし日の木下惠介監督のエピソードを描くだけでなく、木下作品の魅力を伝えるべく大胆に構成されている。
 私は『はじまりのみち』もオイオイ泣きながら観ていたのだが、もっとも泣いたのは原監督が撮影した場面ではなく、劇中に引用された木下監督の『陸軍』を観たときだった。
 それは「引用」どころではない。『陸軍』のワンショット、ワンシーンがチラッと映るだけかと思ったら、『陸軍』の終盤のシークエンスが延々と続き、遂にラストまで映し終えてしまう。
 「メモリアル企画」だからこその大技だが、原監督の気持ちは良く判る。途中で切れないのだ。涙なくしては観られない感動的なシーンを、途中でスッパリ断ち切るなんてできるわけがない。それだけ木下作品が素晴らしく、ちょっとの紹介では済まないということだ。

 『はじまりのみち』は劇映画であるとともに、木下作品のガイドにもなっており、後半では木下作品が次々に紹介される。
 本作で取り上げられるのは木下作品49作のうちの15作だが、それだけでも木下監督がいかに多様な作品を世に送り出したかがうかがい知れる。[*]
 さすがにこれらの作品を延々と映すことはできず、印象的なショットだけに絞り込んでいるが、公式サイトによればこの抜き出しにもたいへんな時間を要したという。この部分の編集をやりたかったのが、この仕事を受けた大きな要因である原監督は、「もうこれ以上は切れない」と云いつつ泣く泣く切ったという。

 映画の中に他の作品のショットがこれほどまとめて挿入されるのは異例のことではないだろうか。
 だが、木下惠介監督の足跡を表現するのに、これ以上の方法はあるまい。
 私は『二十四の瞳』のショットを観ただけで泣けてきた。また、紹介された映画のすべてを観ているわけではないので、せめてここに取り上げられた作品は早く見なければと思った。

 『はじまりのみち』は、軍部の圧力に反抗して映画会社を辞めた木下惠介監督が母と交流する、ほんの数日を描いた作品だ。
 親子の愛、戦争の辛さ、市井の人々の優しさ、たくましさ。木下惠介監督が作品を通して繰り返し描いてきたこれらを象徴するエピソードにスポットを当て、各要素を過不足なく盛り込んだ構成もまた、称賛されるべきだろう。
 木下惠介ファンは本作を観て木下作品の素晴らしさを改めて実感するだろうし、木下作品を知らない人は目の前に素晴らしい作品群があることに気づくはずだ。

 『はじまりのみち』は木下惠介監督の生誕100年を記念するに相応しい映画である。


 ちなみに、冒頭において過去一番泣いた映画は木下惠介監督の『二十四の瞳』であると述べたが、私が二番目に泣いた映画はやはり木下惠介監督の『喜びも悲しみも幾歳月』だ。


[*] 本作に登場する木下惠介監督作品
 『花咲く港』 『陸軍』 『わが恋せし乙女』 『お嬢さん乾杯!』 『破れ太鼓』 『カルメン故郷に帰る』 『日本の悲劇』 『二十四の瞳』 『野菊の如き君なりき』 『喜びも悲しみも幾歳月』 『楢山節考』 『笛吹川』 『永遠の人』 『香華 前篇/後篇』 『新・喜びも悲しみも幾歳月』


はじまりのみち (リンダブックス)はじまりのみち』  [は行]
監督・脚本/原恵一
出演/加瀬亮 田中裕子 ユースケ・サンタマリア 濱田岳 斉木しげる 光石研 濱田マリ 山下リオ 藤村聖子 松岡茉優 相楽樹 宮崎あおい 大杉漣
日本公開/2013年6月1日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]

【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 原恵一 加瀬亮 田中裕子 ユースケ・サンタマリア 濱田岳 斉木しげる 光石研 濱田マリ 山下リオ 藤村聖子

⇒comment

No title

二十四の瞳には僕も感動しました。感傷的な作品なのに、白々しい感じがせず、素直に感動できるのは、大石先生が心の底から生徒達を愛おしく思っているからでしょう。大石先生の人物造形は、高峰秀子の傑出した演技に多くを負っていると思います。

Re: No title

@kiyoshi_fujiokaさん、コメントありがとうございます。
『二十四の瞳』は素晴らしいですね。本作では宮崎あおいさんが大石先生のような教師役で登場するのが印象的です。
本作をきっかけに木下作品に触れる人が増えてくれるといいですね。

ひとつは…

ひとつを選ぶのは難しいですね…
泣いてしまったのは、リバイバル上映で観た「七人の侍」でしょうか。
何度も観てしまうのは「ブレードランナー」「スターウォーズシリーズ」です。
レーザーディスクを買って、それ以来観ることが出来ない「ディア・ハンター」
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」も外せないですね。沢山ありすぎます…
本日夕方(6月22日)BSジャパンで、木下監督の紹介番組と、その後、「二十四の瞳」デジタルリマスター版が放映されます。しっかり観てみようと思います。

Re: ひとつは…

annyob1さん、こんにちは。
一つだけ選ぶのは難しいですね。
『七人の侍』も『東京物語』も、観るたびに「これこそ最高の映画だ」と思います。
レーザーディスクやDVDで一番再生しているのは『フラッシュ・ゴードン』ですが……。
木下惠介作品もレーザーディスクで持っていますが、やはりDVDか Blu-ray Disc で買い直さねばと思っています。

No title

今回のは、実写のならしみたいな、感じでしょうか。
まだまだですよ~~ですかね。
とにかく木下監督へのラブと憧憬と尊敬を素直に表したんだなあと思いましたです。
アタシのオールタイムベストは20数年変わらず、『天井桟敷の人々』ですなあ。
あれ見たときの衝撃と感動と素晴らしさに、これからの半生、映画と生きようと決めたのでした。

Re: No title

sakuraiさん、こんにちは。
原監督は、黒澤明監督らに比べて木下惠介監督があまり評価されない現状を何とかしたいと思っていたそうですが、木下惠介監督の評価は今では低いのでしょうか。
まぁ、黒澤明監督や小津安二郎監督のように評論を書き易い(書きたくなる)タイプじゃないから、取り上げられる機会が減っているのかも知れませんね。
なんにせよ、本作そのものはもとより、この機に木下作品に興味を持つ人が増えると嬉しいのですが。

sakuraiさんのベストは『天井桟敷の人々』ですか!
ベストに『天井桟敷の人々』を挙げる人って、なんかカッコいいイメージがあります。
寺山修司あたりからの連想かな。
Secret

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