『中学生円山』は中二病か?

 学生時代、先輩が野良犬を眺めながらつぶやいた。
 「犬はいいなぁ。自分で舐められて。」
 その言葉をきっかけに、私たちは犬がうらやましいという話題でひとしきり盛り上がった。
 二十歳前後の青年でも頭の中はこのあり様だから、中学生が自分で舐めるべく柔軟体操に励むのももっともだ。
 『中学生円山』では、タイトルロールの中学二年生円山君が来る日も来る日も自分で舐めようと懸命に努力する。その一途な姿に、男性客なら共感を覚えるに違いない。

 トレーニングしていないときの円山が妄想に耽ってばかりいるのも、大いに共感できる点だ。
 中学生の生活といえば家庭と学校とテレビやマンガがほとんどを占める。ここに塾も加わるかもしれないし、マンガだけでなくゲームや音楽や小説やネットが加わる(あるいは置き換わる)かもしれないが、大人に比べれば行動範囲は限られるだろう。
 そのため経験や知見は不足しがちで、そこを何かで埋めざるを得ない。それが空想――というより妄想だ。顕著な妄想の一つである陰謀論など、若い人ほど影響を受けやすいようだ。

 宮藤官九郎監督もご多分にもれず妄想していたという。
 「僕は円山みたいな中学生でした。『好きな女の子が自宅の隣に引っ越してこないかなあ』『うちの家族は実は宇宙人。僕が留守のときは宇宙語で話しているんじゃないか』とか、よく妄想していましたよね」

 本作の面白さは、自分で舐めようと努力する他にはこれといったドラマのない中学生の実生活と、頭の中を占有する妄想とをバランス良く配置している点にある。
 こんなに妄想シーンが多い映画は珍しいかもしれないが、中学生が主人公だからこれくらいでちょうどいい。妄想を妄想として映像化した本作こそ、男子中学生の生態に肉薄しているのではないか。

 しかも円山少年の妄想は実に楽しい
 彼の妄想の中では、団地の上階に住むシングルファーザーは殺し屋「子連れ狼」となる。別の棟の徘徊老人は二丁拳銃の殺し屋「認知症のデスペラード」、電気工の韓国人は殺し屋「処刑人プルコギ」、フルーツ好きの父親はスーパーヒーロー「9時5時戦士 キャプテンフルーツ」となる。
 これら癖のあるキャラクターが入り乱れるだけでも楽しいのに、子連れ狼を演じるのが草なぎ剛さんで、認知症のデスペラードが遠藤賢司さん、処刑人プルコギはなんと『息もできない』で世界中を震撼させたヤン・イクチュンさん、そしてキャプテンフルーツを演じるのが肉体派の仲村トオルさんなのだから、なんとも贅沢極まりない。ヤン・イクチュンさんの処刑人や仲村トオルさんのスーパーヒーローだけでも、観る価値があろうというものだ。

 あくまで妄想だから滑稽に演出されているけれど、萬屋錦之介主演のテレビドラマ『子連れ狼』やアントニオ・バンデラス主演の映画『デスペラード』等に喜んできた観客は、この妄想をくだらないと切り捨てられない。
 妄想シーンは中学生らしく矮小化されており、バカバカしいと同時に微笑ましくもあるのだ。


 ところがこの妄想には風変りな特徴がある。
 上階のシングルファーザー、別棟の徘徊老人、出入りの電気工、自分の父親。これでは大事な人物が欠けている。
 円山の妄想には、円山自身が登場しないのだ。

 中学二年生くらいの少年を形容する言葉に「中二病」がある。厳密な定義はないものの、ニコニコ大百科には中二病の特徴として「自分を良く見せようとする自己顕示欲、あるいは自己陶酔」が挙げられている。たしかにこの年頃になると、背伸びをしたくなるものだ。
 「自分を良く見せようとする自己顕示欲、あるいは自己陶酔」が強いのなら、円山自身がスーパーヒーローになるとか、恐るべき殺しのテクニックを持っているとか、そんな妄想を抱いても良いはずだ。
 なのに円山はそんなことを考えない。一応、妄想の中で「中学生円山」というサイドキック(ヒーローの相棒)に変身するが、これは草なぎ剛さん演じるシングルファーザーが名付けたもの。円山自身の発案ではない。
 つまり彼は背伸びとか自己陶酔を特徴とする中二病患者ではないのだ。

 それどころか、不器用すぎるシングルファーザーや、徘徊しても誰にも心配されない老人や、韓国から逃げるようにやってきた電気工に、心の中で居場所を作ってあげている。少年にとっては殺し屋も日常から逸脱したヒーローだ。
 本作は少年の妄想の形を取りながら、他人の存在を気にかけてあげる物語なのである。映画の後味が爽やかなのも、その妄想に悪意がないからだろう。

 宮藤監督はこうも語る。
 「中学時代の思い出を呼び起こす映画を作ったので、あらゆる人に見てもらいたい。(略)『こんなことがあったな』とか思い出してもらえればうれしい。大人になってから『中学時代の俺はこんなにばかだったんだ』と思えると、他人に優しくなれると思うんですよね」


 興味深いのは、現実が少年の妄想を凌駕していることだ。
 徘徊老人は偉大なロックスターだった。電気工は人気の韓流スターだった。シングルファーザーにも少年の知らない過去があった。

 経験や知見の不足も、やがては現実で埋められる。
 いくつもの経験を経て、少年はスーパーヒーローの自分を妄想するようになった。
 立派な中二病に突入したのだ。
 人はこうして大人になっていくのだろうか。


中学生円山 ブルーレイデラックス・エディション [Blu-ray]中学生円山』  [た行]
監督・脚本/宮藤官九郎
出演/草なぎ剛 平岡拓真 仲村トオル 坂井真紀 遠藤賢司 ヤン・イクチュン 鍋本凪々美 刈谷友衣子 三宅弘城 YOU 皆川猿時 岩松了 田口トモロヲ 野波麻帆 宍戸美和公 少路勇介
日本公開/2013年5月18日
ジャンル/[コメディ] [青春] [ドラマ]
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【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 宮藤官九郎 草なぎ剛 平岡拓真 仲村トオル 坂井真紀 遠藤賢司 ヤン・イクチュン 鍋本凪々美 刈谷友衣子 三宅弘城

⇒comment

キャストが豪華すぎ!

>興味深いのは、現実が少年の妄想を凌駕していることだ。

そうなんですよね!
そして、それが違和感なく受け入れられて楽しめるのは
さらに演じている方が役柄をさらに上回っておられるからかと…

Re: キャストが豪華すぎ!

ほし★ママ。さん、こんにちは。
遠藤賢司さんを徘徊老人役で出そうとは思いませんよね、普通:-)
本作のキャスティングと役回りの妙には驚きです。
仲村トオルさんのキャプテンフルーツは、スピンオフ作品で続けてくれないかなぁ。

No title

しかし、これがたった1年前の映画なんだなあ。
映画興行の流れが早すぎる。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
何しろ昨年は遂に公開本数が千本を超えましたからね。日本映画製作者連盟がデータを取るようになった1955年以来はじめてのことです。
毎日欠かさず3本ずつ新作を見ても追いつかない。大変な時代になりました……。
Secret

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