『ひまわりと子犬の7日間』 野心作とはコレなのだ!

 「いいか、映画を撮るとき、どんな世代でもいい。必ず家族の関係を仕掛けとして入れておけ。映画全体が落ち着くから。」
 山田洋次監督は、若いころ先輩にそう云われたことが忘れられないという。
 家族こそは誰にとっても、もっとも身近でもっとも付き合いの長い人間関係だ。先輩の言葉どおり、山田洋次監督は家族の映画を撮り続けてきた。
 20年にわたって山田洋次監督の助監督や共同脚本を務めてきた平松恵美子監督にも、その教えはしっかり受け継がれている。初監督作品であり、みずから脚本も手がけた『ひまわりと子犬の7日間』は、まぎれもなく家族の映画だ。

 物語の中心となるのは宮崎県の平凡な家族。堺雅人さん演じる父と、小学生の娘と息子、そして祖母と二頭の犬が暮らしている。
 交通事故で母を失ってはいるものの、仲の良い家族であり、一見すると波風の立つ要素はなさそうだ。
 しかし、映画を盛り上げるには、主人公の葛藤や、人間同士の衝突や、乗り越えるべき障壁が欠かせない。平松監督はこの点を良く心得ており、父親にある秘密を持たせている。
 父親の秘密、それは子供に云えない仕事をしていることだ。犬好きの子供たちには告げられない――父親の仕事は犬を殺すことなのだ。

 まことに巧い設定だ。
 子供に対して、いつまでも父親の職業を偽れるはずがない。では、父は子供にいつどうやって仕事のことを伝えるのか。子供はどう反応するのか。それが家族をどう変えるのか。観客はことの成り行きを気にせずにはいられない。
 思えば、テレビや映画が描く職業は立派すぎた。犯罪者を主人公にした作品は別として、多くの映画の主人公は職業を公言してはばからず、子供に隠す必要もなかった。
 一方で、日本では毎年400~500本の映画が公開され、テレビでは160タイトルの連続ドラマと480本の単発ドラマが放映されるにもかかわらず、まったく取り上げられない職業もある。あたかもそんな職業は存在しないかのごとく避けられている。
 特に「死」にまつわる職業は、なかなか題材にされにくい。
 本作の主人公の、犬や猫の殺処分担当者も、そんな職業の一つだろう。

 斬新な企画である。これまで取り上げられなかったのだから、画期的な映画である。
 だが、この映画の作り手は、新しいものに飛び付いたわけではない。この職業は昔からあった。

 テレビや映画で取り上げられない理由は、とうぜんのことながら数字が稼げないからだ。
 テレビを点ければ、動物の可愛らしさや自然の驚異を扱った番組にはこと欠かない。それらは一定の視聴率を見込めるのだろう。けれども、殺処分を取り上げると視聴率がとれない、そんな話を聞いたことがある。
 『ひまわりと子犬の7日間』の作り手も、殺処分担当者を主人公にするなんてためらったはずだ。犬や猫の可愛らしさを売り物にして家族層の動員を狙う――そんな映画も作れるのに、あえて厳しい数字になりかねないこの題材に挑むのかと。
 公式サイトには、作り手たちの苦悶が綴られている。そこで作り手たちのたどり着いた結論は、次の言葉に要約される。
 「誰もやらないからこそ、自分たちがやるべきだ」

 私はこのチャレンジ精神を、まず第一に称えたい。これこそ活動屋魂だと思う。
 ドキュメンタリーなら『犬と猫と人間と』があった。テレビドラマ『犬を飼うということ ~スカイと我が家の180日~』は、動物保護センターの裏側を取り上げた点で画期的だった。
 だが、殺処分の当事者を主人公にして、すべてを包み隠さず描いた劇映画が作られるのは――ましてや大手映画会社が春休み期間に全国公開するのは、おそらく日本映画史上初めてのことではないだろうか。
 これこそ近年まれにみる野心作なのは間違いない。

 もちろん、難しい題材を取り上げれば良いわけではない。
 いかに意欲的な企画であっても、映画の完成度が追いつかなければ観客は受け入れない。
 本作は脚本に1年を費やしただけあって、その点も抜かりはない。
 保健所に務めて殺処分している職員は、犬や猫を殺したくてこの職に就くのではない。残念ながら世の中には、一緒に暮らす犬や猫を殺して欲しいと望む人間がいる。そして自分では手を下さないことの受け皿として、公務員が駆り出される。
 動物好きの主人公が、この仕事とどう向き合うか、家族とどんな関係を築いていくか。平松恵美子監督はその葛藤を掘り下げながら、とてもドラマチックでファミリー向けの作品としてこの題材を昇華させている。

 犬猫が出てくるんだからファミリー向けでしょ、と思うのは早計だ。この題材を細部まで書きこみながらファミリー映画にするのは、驚くべきことである。
 多くの人は、保健所で犬や猫を処分していることは知っていても、具体的な殺し方まではご存知ないのではなかろうか。
 むごいことに、彼らは小さな箱に詰め込まれ、炭酸ガスで窒息死させられる。職員は犬たちの悲痛な叫びを聞きながら、ガスを充満させていく。その無残な殺し方を演じ切る堺雅人さんは、これまでのどんな役より印象的だ。

 主人公の行動に期限が切られている点も、映画の緊迫感を増している。
 期限を切るのは『96時間』等でお馴染の手法だが、本作の場合は作劇上のテクニックとして期限を設けたわけではなく、短い時間しか許されない現実がある。
 題名の「7日間」とは、犬たちが保健所に収容されている期間のこと。この期間は自治体によりまちまちだが、本作ではそれが7日なのだ。そのあいだに飼い主となる人間が現れれば良し、現れなければ犬たちは殺される。
 たった7日しかないのは、税金の「無駄遣い」を許さない私たちが、エサ代を渋るからだ。
 殺処分するのも、住民のニーズがあるから。犬や猫は、2010年度だけで213,607匹も殺されている。
 本作は、それが私たちの社会の姿であることをきちんと物語に織り込みつつ、お約束の子犬の可愛らしさもたっぷり味わわせてくれる。その上で、老若男女に向けた感動作に仕上げているのだ。
 平松監督の手腕を見れば、松竹が田中絹代以来50年ぶりの女性監督誕生に動いたのもうなずけよう。

 上映中、劇場内は誰も彼もが泣いていた。
 本作が、実話に基づくことに胸を打たれる。


ひまわりと子犬の7日間 オリジナル・サウンドトラックひまわりと子犬の7日間』  [は行]
監督・脚本/平松恵美子
出演/堺雅人 中谷美紀 でんでん 若林正恭 吉行和子 夏八木勲 檀れい 小林稔侍 左時枝 草村礼子 近藤里沙 藤本哉汰
日本公開/2013年3月16日
ジャンル/[ドラマ] [ファミリー] [犬]
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愛情の連鎖

我が家でも、殺処分間際の子犬を譲り受け、15年間飼ってきました。先日、天寿を全うして亡くなりましたが、宝物のような15年間でした。この映画で、ひまわりと子犬達だけ助けられ、他の犬達は見捨てられる、みたいなことを違和感としてあげられる方々もいらっしゃいますが、新たな命を必死で守ろうとする母犬のひまわりに対して、そこから人間への希望、愛情の連鎖を願う作り手側のメッセージを感じることができました。現に私達家族は、保健所の犬をもらい受ける、というほんの少しの愛情からつながり、わんちゃんからいっぱい愛情をもらいました。少し落ち着いたら、また、保健所のわんちゃんを飼おうと思っています。厳しい現実は、なくならないかもしれませんが、それを知っていること、そこからつながる何か、を願ってやみません。

Re: 愛情の連鎖

梅茶さん、こんにちは。
「憎しみの連鎖」を描いた映画は多々ありますが、公式サイトで平松監督もコメントしている「愛情の連鎖」を取り上げた映画はあまりないように思います。それを描くことに本作の価値があるのでしょう。

本作を観て、ひまわりと子犬たちだけが助けられて他の犬たちは見捨てられる、と思う人がいるなら残念です。
医師が、目の前の患者だけ助けても世界中の患者を救えるわけではないと諦めたり、消防士が、目の前の火事だけ消火しても世界中の火事を鎮火できるわけではないと諦めたりしたら、何もはじまりません。
本作の主人公は、ひまわりと子犬たちを助けることで「愛情の連鎖」の起点となりました。愛情が連鎖して他の犬たちが救われるかどうかは、客席の私たち次第なのだと思います。
Secret

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ひまわりと子犬の7日間

ひまわりと子犬の7日間@ニッショーホール

『ひまわりと子犬の7日間』

□作品オフィシャルサイト 「ひまわりと子犬の7日間」□監督・脚本 平松恵美子□原案 山下由美(「奇跡の母子犬」)□キャスト 堺 雅人、中谷美紀、でんでん、若林正恭、吉行

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