『ゼロ・ダーク・サーティ』 スパイアクションを楽しもう

 ハリウッド映画と聞いて、芸術性の高い作品や難解で思弁的な作品を期待する人は少ないはずだ。たいていの人はハリウッドに、判り易くて面白く、手に汗握ったりワクワクする作品を求めていよう。
 特にアクション映画はハリウッド得意の分野である。
 往年のアクションスターが大集合した『エクスペンダブルズ』はヒットしたし、その続編は一作目を上回るヒットを記録した。『ダイ・ハード』シリーズは遂に五作目『ダイ・ハード/ラスト・デイ』に突入し、そこでは『ゴジラの息子』よろしく主人公の息子までもがアクションに参加している。
 両シリーズに限らず、ハリウッドはこれからも続々とアクション映画を世に送り出すことだろう。

 それはすなわち、昔も今もハリウッド(の一部)にはアクション映画が期待されているということでもある。
 キャスリン・ビグロー監督も、その期待に応えるべく映画作りに取り組んでいる一人だ。
 実話に取材した『ゼロ・ダーク・サーティ』と、筋肉隆々のアクションスターが活躍する『エクスペンダブルズ』や『ダイ・ハード/ラスト・デイ』では、いささかテイストが異なるように思える。
 しかし、物語の骨格は変わらない。
 自国に仇なす敵をやっつけるため、他国に出向いて悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒す。現実はともかくとして映画の世界では万能のCIAが陰に日に支援してくれるので、主人公たちは必ず勝利する。観客が求めているのは痛快なアクションだから、深いことは考えない。
 『ゼロ・ダーク・サーティ』と『エクスペンダブルズ』1&2と『ダイ・ハード/ラスト・デイ』の共通点を具体的に挙げてみよう。

・主人公とその仲間は自国人。
・敵は他国にいるので、主人公たちがその国へ乗り込んでいく。
・他国では暴れ放題。他国にも法律はあるのだが、主人公たちが殺人、傷害、器物損壊等の罪に問われることはない。
・敵の描写は薄っぺら。本当はいちいち敵なんか描きたくないのだろうが、敵の強さや残虐さを伝えないと観客が主人公に感情移入できないので、最低限の描写だけ挿入する。敵が名高いテロリストなら、観客に説明の必要がないから好都合だ。
・他国の敵はいくら殺しても構わないけど、自国人に犠牲が出ると悲しむ。
・体制批判はしない。しばしば悪役扱いされるCIAも、ここではおおむねイイ奴。

 共通点というほどのものでもない。これらは桃太郎の鬼退治でも見られる要素であり、昔から人々に喜ばれるお話をなぞっているにすぎない。
 だから、『ダイ・ハード/ラスト・デイ』に対して「殺さずに法の裁きを受けさせろ」とクレームを付けたり、『エクスペンダブルズ』を観て「主権国家体制を損なっている」と目くじらを立ててもしょうがない。作り手も観客も、ほんの2時間退屈せずに済む刺激的な映像を求めているにすぎないのだ。

 これらの要素が『ゼロ・ダーク・サーティ』にも溢れているのは、作品の狙いが同じだからだろう。
 パスカル曰く、人生とは暇潰しである。人生のうちの2時間前後を映画に捧げるのだから、せいぜい気軽に楽しめるのが良い。
 一見すると『ゼロ・ダーク・サーティ』は、『エクスペンダブルズ』や『ダイ・ハード/ラスト・デイ』と違って見えるけれど、そこがキャスリン・ビグロー監督の手腕だろう。
 筋肉隆々のアクションスターを配し、武器弾薬を派手に使って爆発炎上させる代わりに、ビグロー監督が行ったのはリアリズムという味付けである。現実の事件を題材に、CIAに取材して、娯楽映画としてはリアルな作りを目指した(それでも本作が極めて不正確で誤解を与えるとの批判もあるが)。
 前作『ハート・ロッカー』において、戦争アクションに社会派ドラマの装いを施すことで幅広い観客にリーチした経験を活かしたものだろう。

 この点、時代がビグロー監督に味方したとも云えよう。
 これまでは、リアリズムを追求したスパイアクションは撮れなかったはずだ。なぜならスパイの本分はアクションではないのだから。
 過去のスパイ事件を題材にした映画を観ればよく判る。『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』にも『裏切りのサーカス』にも、アクションシーンなんてありはしない。ときには死者が出るものの、情報機関の活動のほとんどは地味な情報収集と分析であり、派手なアクションの出る幕はない。『007/サンダーボール作戦』や『007は二度死ぬ』のクライマックスなら、戦闘部隊を投入しての大決戦になるが、ああいうことをしたくても情報機関には兵隊がいなかったのだ。
 ところが、911テロ以降CIAの性質が変わってきた。無人機による攻撃等の軍事色の強い作戦を遂行したり、かつて予算を獲り合うライバルだった国防総省と協力するようになったのだ。オバマ米大統領を「秘密戦争の司令官」と呼ぶ菅原出氏は、次のように語る。
---
オバマ大統領は、イラクから米軍部隊を撤退させ、アフガニスタンからも正規軍を撤収させる一方で、無人機を使った暗殺作戦、特殊部隊を使ったテロリスト掃討作戦、そしてサイバー攻撃による敵の重要施設の破壊・妨害工作といった秘密作戦は激化させました。
---
 情報収集と分析をする集団から戦闘集団へと変貌したCIAの指揮の下、海軍特殊部隊ネイビーシールズが実行したウサーマ・ビン・ラーディン殺害こそは、「スパイ」と「アクション」が現実に融合した出来事だ。
 リアルな「スパイアクション」を描き、しかも米国の勝利で締めくくれる。ハリウッドの映画人にとって、これほどおいしい題材はないだろう。

 しかも制作したのは大統領選挙を控えた時期。ウサーマ・ビン・ラーディン殺害を「成果」としてアピールしたいオバマ陣営にとって、本件の映画化はまたとない宣伝になる。
 レオン・パネッタCIA長官やベン・ローズ戦略広報担当大統領副補佐官(いずれも当時の役職)らの全面的な承認と後押しの下で、ビグロー監督や脚本家のマーク・ボールへのブリーフィングが行われ、マイケル・ヴィッカーズ国防次官(インテリジェンス担当)みずからがCIAのオフィサーやシールズの隊員へのインタビューなどもアレンジしてくれたというのだから、まさに至れり尽くせりだ。

 とはいえ、少々やり過ぎたのだろう。キャスリン・ビグロー監督は国家機密にアクセスした疑いで非難され、これを否定する声明を発表しなければならなかった。
 CIAも映画公開直後の2012年12月21日に、マイケル・モレル長官代行の名前で「『ゼロ・ダーク・サーティー』は事実の現実的な描写ではなく、戯曲化されたものだ」との声明を発表せざるを得なかった。
 けれども声明の弱々しい否定ぶりから、菅原出氏はかえって「映画としての脚色はあるものの、実はかなり真実に近い内容になっているのではないか」と睨んでいる。

 いずれにしろ、ハリウッドは「リアルなスパイアクション」という新たな娯楽分野を手に入れた。
 本作は、クルマを破壊しまくるカーチェイスやスター俳優の肉弾戦がなくても、暇潰しに充分なスパイアクションが撮れることを証明している。

 ただ困るのは、他国に乗り込んで大暴れなんて『エクスペンダブルズ』のような真似を、米国政府が本当にやっていることだ。
 ウサーマ・ビン・ラーディン殺害の現場となったパキスタンでは、『ゼロ・ダーク・サーティ』は上映禁止だ。
 当然だろう。他国の部隊が勝手に領内に入り込み、人を殺しまくった挙句に黙って出ていくなんて、当事国として許せるはずがない。そんな映画を上映したら、どんな騒動が起こるかも判らない。
 映画が楽しいのは、あくまでも単に映画でしかないからだ。

参考資料
 国際政治のプロたちは必見といわれるビン・ラディン暗殺映画『ゼロ・ダーク・サーティー』
 CIAが異常なまでに映画制作に協力


 この10年間で一番変わったCIA
 調査集団から戦闘集団へ変貌



ゼロ・ダーク・サーティ(監督:キャスリン・ビグロー 主演:ジェシカ・チャステイン、 ジェイソン・クラーク) [DVD]ゼロ・ダーク・サーティ』  [さ行]
監督・制作/キャスリン・ビグロー
出演/ジェシカ・チャステイン ジェイソン・クラーク ジョエル・エドガートン ジェニファー・イーリー マーク・ストロング カイル・チャンドラー エドガー・ラミレス ジェームズ・ガンドルフィーニ クリス・プラット ハロルド・ペリノー レダ・カテブ
日本公開/2013年2月15日
ジャンル/[サスペンス] [戦争] [アクション]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : キャスリン・ビグロー ジェシカ・チャステイン ジェイソン・クラーク ジョエル・エドガートン ジェニファー・イーリー マーク・ストロング カイル・チャンドラー エドガー・ラミレス ジェームズ・ガンドルフィーニ クリス・プラット

⇒comment

TBを・・・

ありがとうございました。
主演の、ジェシカ・チャステインがとてもよかったので、アカデミー賞はこの人ではないかと期待していたのですが、残念でした。
映画はよくできていたと思います。

No title

主演、ジェシカ・チャステインには文句のつけようがありません。男社会で男どもが官僚社会に埋没しできないことを女性である彼女がやり遂げたのは痛快でした。よって映画の出来にも文句のつけようがありません。

ただ、好みの問題なのですが、この手の国際紛争ものはエンタテイメント色あふれるリドリースコットの方が安心して観られるように思います。映画の冒頭から、私は恐怖に打ち震えていました。この映画を描くそのスタンスに。個人の感想ですよ。お断りしておきますが。劇場を出ようかと思ったものの、せっかく払ったお金も惜しいので最後まで観ました。

ガラスのシーリングがあるといわれて久しいですし、監督の描き方は時代を意識しているでしょうからエンタテイメント色が濃厚であるともいえましょう。でも、この描き方はこの監督さんしかやらない気がします。個人的信念も含まれているような。阿修羅を思い起こします。スピルバーグや他の監督が帝釈天だとすれば。。。阿修羅はいつか勝利するのでしょうか。。

ジェシカ・チャステインは成長する俳優さんが通る道として、前作までとは性格の異なる役柄に挑戦し成功したということで拍手を送りたい気分ですが、感動はほとんどありません。なぜ??
今回最も気に入ったのは、ソプラノズのボスがCIAのボスで出てきたことでした。丸い丸いおじさん役も意外と合うことを知って、嬉しいです。日本ではそれほど評価が高くない人なのかなと思いますが、これからもまだまだ活躍してほしいです。

Re: 「信念」

不眠症さん、こんにちは。
『リクルート』は観ていないのですが、面白そうですね。
成功しても名前が出ないのは多くの仕事がそうでしょうし、多くの人はそれでも仕事をしています。では、その人たちは強い信念を持っているのかといえば、一部を除けばそんなこともないでしょう。特に『正義は貫かれるべきだ』なんて信念は、その正義に少しでも疑念を抱いたら終わりですね。
ああ、『リクルート』が凄く面白そうに思えてきました。

人間は賞賛されると心地よく感じる生き物なので、信念なんかなくても「自分は他の人より上手くできるかも」と思えればのめりこんで仕事をします。逆に、不得意なのに信念だからと強行するとやがて苦痛になってしまう。
本作の主人公は、CIAの分析官に向いていたんだろうと思います。

Re: TBを・・・

Julienさん、こんにちは。
ジェシカ・チャステインは作品ごとに別人かと思うほど異なる顔を見せて凄いですね。『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』の助演女優賞ノミネートに続いて、またもノミネートで終わったのは残念です。
オスカーを手にしたジェニファー・ローレンスもたいしたものでしたが。

Re: No title

ナノテク663さん、こんにちは。
劇中の事件が少数の人物に集中するなど、CIAの云うとおり脚色があるのでしょうね。主人公の命が狙われる場面がありますけれど、もしも主人公がCIAの分析官であることがテロリストの知るところになったのであれば、そのまま業務を続けられるとは思えません。が、このような脚色を施すことで、エンターテインメント色が強められているのでしょう。

あまりビグロー監督作は観ていないのですが、監督は暴力の渦中から逃れられない人間にこだわっているように思います。本作の主人公も、CIAという戦闘集団を動かす点では充分に暴力的ですし。
そしてアクション映画を喜ぶ私たちもまた、暴力的であるという事実を突きつけられてる気がします。

スタローンあたりが

頭にマフラー巻いて、ウサマさんを襲いに行ってもありなんでしょうね。
そういや、昔、アフガンまで行ってた。

「リクルート」、結構面白かったけど、地味な印象が強く残ってます。でも、これがスパイの姿なんだ!!というのは覚えてます。
上記の方の様な記憶のとどめ方がすごいです。

Re: スタローンあたりが

sakuraiさん、こんにちは。
一人くらい鉢巻してるヤツがいてもいいですね:-)
顔に迷彩を施してるヤツとか。

こんだけシリアスなタッチでいながら、アクション映画の範疇を一歩も出ていないのが面白いです。

機内ビデオ

2月3月とゲオのレンタル「50円」の時に
借りれなかった分最新作を他にも数本見れたのが
唯一の救いなのか・・・

この作品と(偶然行きの便で見た”アルゴ”)は
CIA賛歌じゃないかとか、”深夜0時30分”は
拷問を容認するのか!とか批判もあった
みたいですが、準軍事組織のCIAで高卒の
女性が紅一点で分析力や粘りを発揮して
追い詰めてゆく課程を描いていたのも
分かったのですが、如何せん英語音声のみ
でせめて字幕があったらもう少し理解もできた
のに・・・・・・・・

軍事ものが好きなのでSEALSの
強襲シーンは手に汗握る見事な
流れでした、邦画のあの手のシーンは
撮影手法もさることながら、フォーメーション
の組み方や武器の構え方ETC
下手すぎです。


ラストシーンで彼女が流した
涙の意味が・・分からなかった
まあそれぞれに解釈しなさいと
言うことですかね
(たまたま行きの便で隣に座った
日本人女性も映画好きで話が
合いました)

Re: 機内ビデオ

すわっと 優優さん、こんにちは。
議会から拷問なんか役に立たないと非難されているCIAにとって、拷問のおかげで情報が入手できたように描く本作はありがたい存在でしょうね。
強襲シーンの盛り上がりはたいしたものでした。それまでが静かな流れであっただけに、迫力がありますね。
最後の涙は、鮨のワサビみたいなもので、それがないと締まらないのだろうと思います。

No title

主人公が捕虜に対する拷問に積極的には加わらなくとも、必ずしも否定しないと言う態度は凄いな、と思った。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
そうなんですよ。本作は社会派っぽく見せながら体制批判はせず、CIAがやったことを追認するばかりなんですね。
割り切ってるなぁ、と思います。
Secret

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