『横道世之介』は、どこにいる?

 小説の登場人物のうちでもっとも重要なのは主人公のはずだが、吉田修一氏は自著『悪人』の主人公祐一に関して、「自分は祐一そのものを書かなかった」と語っている。
 小説に主人公が書かれていないのだから、映画化しにくかったことだろう。吉田修一氏と共同で脚本を手掛けた李相日(リ・サンイル)監督は、原作を読んでも「祐一の存在そのものがすごくもやもやとしていて掴みきれなかった」と述べている。
 では『悪人』の主人公をどのように表現しているのかと云えば、『悪人』の原作小説は主人公の周囲の人を書くことで主人公を浮かび上がらせていたのだ。

 やはり吉田修一氏が原作の『パレード』では、周囲が抱くイメージと本人とのギャップがモチーフになっている。
 『パレード』に登場する若者たちは、共同生活を営みながらも、お互いを全人的に理解することはない。お互いが見ている/見せているのは、その人のほんの一面だけで、他の面があるのかどうかも、あったらそれがどのような面なのかも、互いにまったく知らずにいる。
 知らないどころか、見ている/見せているほんの一面からその人間のイメージを作り上げ、イメージを壊さないように各人が役割を演じながら、かろうじて人間関係を保っている。

 このような作劇法をさらに深化させたのが『横道世之介』だろう(例によって吉田修一氏の原作は未読)。
 ここで描かれるのは、旧友と再会した折などに「アイツって面白いヤツだったよな」と回想されるアイツである。
 私たちは昔なじみと思い出話をするとき、そこにはいない「アイツ」のことを口にする。「アイツ」は気のいいヤツで、頼みごとを聞いてくれた。また「アイツ」は楽しいヤツで、おかしなサークルではしゃいでいた。さらに「アイツ」はついてるヤツで、けっこう可愛い子とつき合っていた。そんなことを思い出し、私たちはそこにはいない「アイツ」の話題で盛り上がる。

 一応本作の主人公はタイトルロールの横道世之介ではあるものの、映画を観ていれば、本作が世之介の友人たちの回想から成り立っていることが判る。
 世之介が単独で画面に映る冒頭の上京シーンは、彼が主人公であることを示すための監督の計らいだろうが、他のシーンの世之介は、友人に目撃され、話しかけられることで存在が確かめられる。
 彼は他人の思い出の中に存在する男だから、独りで考え込んだり孤独に苦悩する場面はない。それはみんなにとっての世之介のイメージではないのだ。もしかしたら本当の彼はもっと陰影があったかもしれないが、友人たちはそんな面を見ていないし、見たとしても憶えていない。回想で語られる世之介は、気が良くて、ついていて、楽しいだけの男である。
 『悪人』の祐一が人々から悪人のイメージで見られてしまうように、世之介は人々のイメージによって「気のいいアイツ」になってしまうのだ。

 そんな横道世之介は、1968年に長崎で生まれ、高校を卒業するまで長崎で過ごし、その後、東京の法政大学経営学部に進学した。すなわち、原作者の吉田修一氏と同じ人生を歩んできた。
 これは世之介のモデルが吉田修一氏であるとか、世之介が原作者の分身であるというよりも、主人公に対して作為的な性格付けをせず、作者にとってもっとも等身大の人物を設定したことを示していよう。

 創作に当たって、通常なら作者が強く意識するはずのキャラ立ちを、あえて抑えながらキャラクターを造形した理由は、劇中の会話からうかがえる。
 近親者の死に接した世之介は、こんなことを友人につぶやくのだ。「わいが死んでもさぁ、みんな泣くとやろか。」
 友人は答える。「世之介のことを思い出したら、きっとみんな笑うとじゃなかと?」
 本作で描かれるのは、誰もが多かれ少なかれ持っている青春時代の楽しい思い出であり、その共通項を具現化したのが横道世之介なのだ。
 それは同時に、ありふれた人生の中にも楽しいことがいっぱいあることを表しており、普通の人がいかに素晴らしいかということでもある。
 吉田修一氏とは同学年になる久保寺健彦氏(1969年1月生まれ)が、『みなさん、さようなら』で一風変わった青年を通して青春時代を切り取ろうとしたことと好対照であろう。

 だから、主人公の名前が横道世之介なんて個性的なネーミングなのは当然だ。みんなの思い出の中にいるたくさんの「気のいいアイツ」から本作の主人公を識別するものは、風変わりな名前くらいしかないのだから。
 他の登場人物がそれなりに個性豊かな面々であればこそ、せめて主人公の名前ぐらいは個性的にする必要があっただろう。

 映画では高良健吾さんが世之介を演じることで、主人公を外見でも識別できるようになっている。
 だが、それでも世之介には飛び抜けたところがない。そんな普通の若者を、高良健吾さんは実に軽妙に演じている。
 沖田修一監督の演出も、いつもながら軽妙だ。2時間40分もの長さがありながら、そこに描かれる愉快な日々はあまりにも愛おしく、いつまでも映画が終わらないで欲しいと思う。
 だが私たちは、世之介の友人たちと同じように知っている。何ごとにも終わりがあり、過ぎ去った時間は懐かしく回想するしかないことを。


横道世之介 (スペシャル版) [Blu-ray]横道世之介』  [や行]
監督・脚本/沖田修一  脚本/前田司郎
原作/吉田修一
出演/高良健吾 吉高由里子 池松壮亮 伊藤歩 綾野剛 朝倉あき 黒川芽以 柄本佑 佐津川愛美 井浦新 堀内敬子 國村隼 きたろう 余貴美子 大水洋介 田中こなつ 江口のりこ 黒田大輔 眞島秀和 ムロツヨシ 渋川清彦 広岡由里子
日本公開/2013年2月23日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ] [青春]
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⇒comment

みぃみ

こんにちは。

観れば観る程、心地良くなる映画でした。
もっともっと~♪とずっと映画館で座っていたくなりました(^^)。
高良君のもしゃっとふわっな前髪も世之介っぽくて、好きです。

Re: みぃみ

みぃみさん、こんにちは。
そうなんです、心地良いという表現がピッタリでした。
髪型を気にするところなんて、世之介なりに精一杯のお洒落をしていて微笑ましいですね。

修一コンビ

どっちも興味深いものを描きますねえ。
監督さんの方は、心からの善人って感じがするなあ。
悪とか闇とかは表せない。
作家の修一さんは、マルチな人?
でもってオールマイティなバランスの人。
でも、どっかにやみな部分があるような・・・。
それが今回は見事に消されていたのは、監督のおかげかなあと感じました。
人っていいなあと思わせてもらいました。

Re: 修一コンビ

sakuraiさん、こんにちは。
そうですね。監督の持ち味に題材が見事にハマッてます。
たぶん原作は原作なりの味わいなんでしょうけど、とても愛すべき映画になりましたね。

サイケ宇宙人

ペロリンガ星人が再び地球に来る時は横道世之介の姿を取って来るような気がしてきた。

Re: サイケ宇宙人

ふじき78さん、こんにちは。
横道世之介の姿で来られたら、誰もが容易くたぶらかされてしまいますね。
もしかしたら、その方がいいのかもしれませんが。
Secret

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