『戦場のメリークリスマス』は恐くない!

 【ネタバレ注意】

 「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」

 ハラ軍曹を演じたたけしが、ツービート時代に飛ばしたギャグである。
 日本映画は、このギャグをもっと考える必要がある。

               

 私は、2008年11月から公開された福澤克雄監督の映画『私は貝になりたい』を観て愕然とした。

 1959年に橋本忍氏が監督・脚本を務めた映画『私は貝になりたい』には、私は感銘を受けていた。
 主人公・清水豊松(しみず とよまつ)は、戦時中に捕虜を処刑したとして裁かれる。豊松としては、上官の命令に従っただけのことであり、兵士として当たり前のことをしただけなのに、なぜ自分が罪に問われるのか判らない。しかし連合国による法廷では、豊松の行為が弾劾される。
 ・なぜ武器を持たず捕らわれの身である米兵を処刑したのか。
 ・上官の命令に納得して行動したのか。
 ・みずから殺そうという意思を持っていたのか。

 豊松は、ここではじめて自分が戦争していた相手を知る。

 豊松にとって上官の命令は絶対だ。命じられたことは実行するのみ。そこに自分の意思が入る余地はない。まわりの兵士もそう思っていたはずだ。
 しかし裁判官はみずからの意思を問うている。正しいか正しくないか、やるべきかやらざるべきか、豊松個人としてどう考えたのかを問うている。

 そんなもの、豊松にはなかった。まわりのみんなにも、ありはしなかった。

 豊松は、詰問する裁判官が自分とは異質な存在であることを思い知った。これまで戦争してきた相手は、個人の考えを問いただすと知っておののいた。そんな考え方は自分にはない。いわれたからやった、ただそれだけだ。
 それを罪として裁くとは、なんと異質な文化だろう。
 いや文化というよりも、価値観、信仰と呼んだ方がいいかも知れない。
 豊松は、自分とは異なる存在に邂逅し、自分との絶望的なまでのギャップを感じ、異質な存在から裁かれる自分の無力さを知り、遂には貝のように目も耳も口も閉ざしてしまうことを夢想する…。

 『私は貝になりたい』(1959)を観た私は、豊松の受けた衝撃と絶望に思いを馳せた。


 ところが、この作品は黒澤明監督にも脚本家の菊島隆三氏にも不評だったそうだ。

 『羅生門』以来、黒澤明監督と一緒に脚本を作ってきた橋本忍氏は、『私は貝になりたい』の映画化が決まり、黒澤邸へ初監督の挨拶に行ったときの思い出を公式サイトに書いている。
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 だが私の差し出す脚本を受け取ると、首を捻り、掌に乗せ、目方を測るように少し上下に動かした。
 「橋本よ……これじゃ貝にはなれねぇんじゃないかな」

 ライター仲間の知友の菊島隆三氏が私にいう。「橋本君よ、世の中って不思議なもんだね」「え?」「君の書いた脚本だよ、私は貝になりたい……えらく評判がいいが、正直にいうと、君の脚本のレパートリじゃCクラス、それがどうしてあんなに評判になるのかねぇ」

 黒澤さんはなにか足りないといい、菊島隆三は完成度の低いCクラスの出来だという。いずれにしても、世評と実態には大きな乖離があるらしいが、それがなんだか私には分からない。
---

 そして橋本忍氏は、50年にわたって黒澤明の言葉を気にし続け、みずからの手で脚本を書き換えることにしたという。
 はたして50年のときを経て橋本忍氏が何を考えたのか、それを確かめるべく私は福澤克雄監督版『私は貝になりたい』を観に映画館へ足を運んだ。

 しかし、『私は貝になりたい』(2008)は、前作とはまったく異なる作品だった。
 豊松は、上官の命令を押し付けられた犠牲者になっていた。自分は悪くないという被害者意識を抱き続けるばかりである。
 豊松の妻は、無実の夫のために助命嘆願に奔走する。
 中将閣下は、カメラに向かって連合国への恨み節を述べる。
 豊松は自分があまりにもかわいそうで、世の中が嫌になり、貝のように海の底で生活することを夢想する。

 前作は鑑賞後に苦い味わいが残ったが、今作は豊松の悲劇に泣ける映画になっていた。

 しかしこれが、橋本忍氏が書きたかったことなのか!?
 50年かけて、書き加えたかったことなのか?
 『私は貝になりたい』はフィクションである。ありもしない判決をこしらえて連合国を恨んでみせても、何も主張したことにはならない。
 橋本忍氏がこのような考えでいたのなら、私が長年のあいだ抱いてきた感銘は勘違いだったのだろうか。

 あちこちからすすり泣きが漏れる劇場内で、私は海の底に沈んでしまいそうな心持ちであった。

               

 さて、『戦場のメリークリスマス』では、冒頭で騒ぎが持ち上がる。
 朝鮮人軍属による強姦事件である。
 こわもてのハラ軍曹は、軍属に対して「ここでもう一度やってみせろ」「切腹しろ」とまくし立てる。
 周囲を取り巻く日本兵たちは、ハラ軍曹が軍属にどんな仕打ちをしても顔色ひとつ変えずに直立不動のままである。軍曹殿の言葉に、喜怒哀楽を表すなどもってのほかだからだ。

 ここに清水豊松がいたとしても、やはり顔色ひとつ変えずに立っていたことだろう。「強姦させろ」といわれれば強姦させ、「切腹させろ」といわれれば切腹させたであろう。

 しかし、その場に居合わせた俘虜のロレンス英軍中佐は、「あ~ぁ」という顔で首を振る。ロレンスから見れば、ハラ軍曹は無茶苦茶だ。口を出さずにはいられない。

 顔色ひとつ変えない日本兵たちの中にあって、「あ~ぁ」と首を振るロレンス。
 それこそ異質な文化(あるいは価値観、信仰)の邂逅だ。
 『私は貝になりたい』(1959)で私が感じたものが、このワンショットにあった。


 ハラは典型的な鬼軍曹のように見えるが、ただ暴虐なばかりの人物ではない。
 部下が不祥事を起こしても上層部への報告を控え、部下の家族が恩給をもらえるように取り計らうなど、みずからの保身と部下への配慮を怠らない。
 現代の日本にもよくいるタイプである。

 敗戦後、憑き物が落ちたかのようなハラ軍曹は、英語を覚える努力をし、ロレンスにへつらうような態度を取る。
 あたかも軍国主義の呪縛から解放されたかのようだが、そう単純なことではあるまい。


 敗戦と同時にやってきたマッカーサーのもとへは、およそ50万通もの手紙が寄せられたという。
 尹雄大(ゆん・うんで)氏は次のように書く
---
 手紙の主は農民から学生、はては元右翼の巨頭でA級戦犯容疑者、公職追放中の政治家、さらには工場労働者、県会議長、教師、医師とその職業、階層を選ぶことはなかった。
(略)
手紙の内容はといえば、松茸を送るから受け取って欲しい。就職の斡旋を頼みたい。マッカーサー元帥の銅像をつくりたい。村内のもめ事の裁決を願いたい。挙げ句のはてには、原文は存在しないが、「あなたの子供をうみたい」といった内容までがあったという。
(略)
 「マッカーサー元帥ノ万歳ヲ三唱シ併テ貴国将兵各位ノ無事御進駐ヲ御祝ヒ申上ゲマス」と、敗戦から三週間後、速達で送りつけるといった具合にマッカーサーをいち早く称えた人らは、かつて「天皇陛下万歳」を叫び、醜の御楯として死ねよと唱導していた立場にいたものも少なからずいた。

 確か一億玉砕まで誓った戦争だった。神国は不滅であり、必勝不敗は揺るがせない国是だった。

 だから総力戦の敗北は、帝国臣民を深い挫折へと追いやったはずであり、日本の滅亡を認めないものは、決起したはずだ。

 だが、現実はどうかといえば、ひとりのパルチザンも生まなかった!
---

 日本人はマッカーサーをまるで水戸黄門様がやってきたかのように歓迎し、賛美し、みずからの問題の解決を願い出た。
 人々の中にある「誰かに支配して欲しい」という願望が、このときはマッカーサーに向けられたのだ。


 『戦場のメリークリスマス』において日本人代表として描かれるハラ軍曹は、敗戦後の振る舞いについても日本人らしいのである。
 デヴィッド・ボウイ演じるセリアズ少佐が、捕らわれの身ながら個人として反抗し、反抗を貫いたがゆえに死んでいくのとはまるで違う。

 処刑を前にして、ハラはつぶやく。
 「私は、他の兵士と同じことをしただけなんです。」

 赤信号を、みんなと渡った者の末路であった。


戦場のメリークリスマス [DVD]戦場のメリークリスマス』  [さ行]
監督・脚本/大島渚  脚本/ポール・メイヤーズバーグ  原作/ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
出演/デヴィッド・ボウイ 坂本龍一 トム・コンティ ビートたけし ジャック・トンプソン
日本公開/1983年5月28日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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戦場のメリークリスマス

戦場のメリークリスマス 映画ってこれだからすごいぜ!って感じさせてくれる映画。 あんま出来はよくないとおもうね、正直さ。 でもいいんだよね~。 坂本龍一、デビッド・ボウイ、ビートたけしに軍人をやらせるという発想からして、 なんだか狂った熱を放っている..

『戦場のメリークリスマス』映画@見取り八段

監督: 大島渚 キャスト: 坂本龍一、デヴィッド・ボウイ、ビートたけし…
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