『リンカーン弁護士』 感心した2つのこと

 『リンカーン弁護士』は、娯楽性、テーマ性そして今日性に優れた映画である。
 とりわけ二つの点で感心した。

 第一は「カネ」の描き方だ。
 本作の主人公ミック・ハラーは、事務所代わりに高級車リンカーン・コンチネンタルを乗り回す弁護士だ。カネの臭いに敏感で、ときには依頼人に吹っかけたりする。

 カネは信用の証だ。
 数字を印刷した紙切れを差し出されただけで、私たちは相手に品物を渡したり、労力を提供してしまう。相手が見知らぬ他人でも、その紙切れを発行した人に会ったことがなくても、印刷された数字に見合うものを渡してしまう。これは世の中全体に信用が行き渡ってなければできない。
 だからカネには、人と人を結びつける働きがあると云えよう。そのカネをたくさん集めるのは、必ずしも間違ったことではない。

 また世の中には、カネの他にも人と人を結びつけるものがある。それが愛情、友情、そして同情だ。これらは家族や友人等の親しい間柄で機能する。同情は家族や友人ほど親しくない相手にも生じるが、ある程度境遇を理解し、共感を覚えた人だけが対象である。

 カネも愛情も、人と人を結びつけることでは似たようなもの。
 ただし、やっかいなのが使い分けだ。
 愛情や友情で結びついた間柄にカネを持ち込むと、見知らぬ他人として扱ったも同然で、人間関係を壊すおそれがある。一方、見知らぬ他人に家族同然の対応を求めたら、図々しいと思われるだろう。
 カネと愛情は、時と場所と相手により使い分けるべきだろうが、使い分けの境界線が明確に決まっているわけではない。人に接するときどちらを使うのか、その判断が食い違うと、自分も相手も不愉快な思いをしかねない。

 本作はその兼ね合いが上手い。
 まず主人公の稼ぎっぷりを描写して、カネが基本の男であると思わせる。その後に別れた妻や子供を登場させ、愛情ベースの人間関係もあることを示す。しかも元妻は検事であり、ビジネス上は敵対する相手。この元妻が、愛情ベースの世界とカネが基本の世界の両方に出没することで、人と人との距離のあり方を考えさせる。
 本作は主人公のカネの稼ぎ方と愛情と信念を通して、人間の多面性を自然に描き出している。


 第二は「法」との関係だ。
 法に従うことと、善なる行いは同じではない。また、みんなが賛成することが、法がなすべき正義であるとは限らない。前者は『レ・ミゼラブル』で、後者は『声をかくす人』で見られる葛藤だ。

 本作では、弁護士たる主人公が法に従って職務をまっとうすると、悪人を利してしまう、という葛藤が描かれる。
 ならばルールを破ってでも自分のポリシーを貫こう、と考えるのが『踊る大捜査線』の青島刑事だが、そのような行動がカッコよく見えるのはドラマの中のことで、一般社会では独善、独裁と批難を浴びるかもしれないし、不正や誤謬の温床にもなりかねない。

 本作で感心するのは、たとえ悪人を利することになろうとも、主人公はあくまで法に従って職務をまっとうすることだ。義憤に駆られたり情にほだされたりして、法を捻じ曲げ、逸脱したら、最終的に損なわれるのは社会の信頼と秩序である。主人公はそのことをよく判っている。
 もちろん、ルールを守ったために悪人を見逃すことになっては困る。
 本作の上手いのは、法に従って職務をまっとうしつつ、悪人にはきちんと裁きを受けさせる点だ。一筋縄ではいかない葛藤に正面からぶつかって、娯楽作らしい決着をつけるのが本作の醍醐味である。


 なお、本作の邦題はとても素直に付けられている。本作の原題も『The Lincoln Lawyer』だし、小説も『リンカーン弁護士』の題で2009年に訳出されている(小説の原題も『The Lincoln Lawyer』)。
 だが、2012~2013年は日本でもリンカーン大統領にちなむ映画が続々と公開されており、リンカーン大統領暗殺事件を扱う弁護士の映画もあったくらいだ。本作の題名から、第16代アメリカ合衆国大統領を連想する人もいただろう(私は連想した)。
 クルマを事務所代わりにする主人公は、機動力に長けているのだから、邦題は『機動弁護士ミッキー』とでもすれば良かった(良くないか)。

 原作はシリーズ化されており、映画も続編制作テレビシリーズ化の構想があるようだ。
 ぜひ実現して欲しいものである。


リンカーン弁護士 [DVD]リンカーン弁護士』  [ら行]
監督/ブラッド・ファーマン
出演/マシュー・マコノヒー マリサ・トメイ ライアン・フィリップ ジョシュ・ルーカス ジョン・レグイザモ マイケル・ペーニャ フランシス・フィッシャー ボブ・ガントン ブライアン・クランストン ウィリアム・H・メイシー
日本公開/2012年7月14日
ジャンル/[サスペンス] [ドラマ] [ミステリー]
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⇒comment

法と正義の背反

>法に従って職務をまっとうしつつ、悪人にはきちんと裁きを受けさせる
ここが肝ですね。

No title

日本に来るのが遅いので手っ取り早く咲先にDVDでみて、それからだいぶたってから封切り映画館で見て、原著を読んで、サウンドトラックまで買ってしまい、と。ここまで入れ込んだのはカズオイシグロの映画以来。この映画についてはナドレックさんがきちんと整理してくれたおかげで、私が惹かれた理由が明快になってきたような気がします。ありがとうございます。

カネと人の関わりがかなりスマート(少し誤解を招きそうな言葉ですが、やはり「スマート」だと思います)。柔軟な態度とでもいいましょうか。
法と自分の感情の峻別も見事。やはりこちらはかたくななまでに区別する。これもある意味スマート。
そしていわば映画を観ている私たちは溜飲が下がるという感じでしょうか。

理性があって、感情もあって、野卑でいて、優雅で、現実的でそれでいてアウトロー的にはならない、という絶妙なバランスが取れている。まあいわば夢世界でしょうね。
ハラーが主人公の小説だけでも数作あり、ハラーも登場する他の作品も多数あるそうですので、この原作著者のどれを次に映画化するのか興味深いです。

TV化の話まであるのですか。生憎そのようなことはまったくフォローしていないので、人気があり稼げそうとなるとTVでシリーズ化、というのは製作会社としては当然ありえますよね。うまくいくといいですね。
ただ、同じように映画が良い出来で後にTVシリーズとなった「ザ・ファーム」。映画ではボストンに回帰する最終シーン。その先を描いたTVシリーズ。両方見て思うのは、私が観るのは映画だけでやめとけば良かったかな、と。

カネは直接からみませんが、ハラーが運転手に示す態度と運転手が見せる忠誠と安心にぐっときました。あの冒頭の瞬間に、これは原著を読みたいな、と。

No title

こんばんは。

TBをいただいて、ナドレックさんの記事と昨年7月に自分の書いたものをもう一度読み直して、この映画よかったなぁ~と改めて思いました。
2012年の10本を選んだ時、ちょっと気にはなったのですが・・・気だるいセピアな雰囲気の法廷劇ってことで損をしている気がします。
選んでもよかったなぁ~。

Re: 法と正義の背反

KGRさん、こんにちは。
反則技は使わないところがいいですね!

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
運転手がいいですね。運転手といい相棒といい元妻といい、結構ハラーは人間関係に恵まれてるんですよね。
おっしゃるとおり、スマートな男だからだと思います。

(日本のように)昔から人が住んでいたところが国家を名乗るのと違い、米国は2世紀ちょっと前に人為的に作った国家ですから、州法や連邦法が国の根幹なんでしょうね。
日本人は法律なんて専門家が扱うもので、それよりも先祖伝来の習慣に従っていれば良いと思っている節がありますが、それでは済まなくなっていく気がします。

Re: No title

ryoko1220さん、こんにちは。
実は私も2012年に観た映画を回想していて、いまさらながら取り上げた次第です。
この映画、もっと評判になっても良かったと思います。

もう終わった・・

かな、と思われていたマシューの一発逆転もあって、これは秀作だったと今、改めて思い返してます。
さらっと見てしまったなあ。
見ながら、小さなガッツポーズを胸元でできる!という映画は、やはり見た甲斐があります。
悪人はやっつけてもらわないとね。せめて映画の世界では。

Re: もう終わった・・

sakuraiさん、こんにちは。
秀作だからこそ、サラッと見られるのでしょうね。
暴力的手段によらず悪人を懲らしめる映画は、意外に貴重な気がします。

No title

なるほど。
私がマシュー・マコノヒー、ブラック・ジャックみたいと思ったのはあながち的外れじゃなかったという事ですね。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
なるほど、ブラック・ジャックですか!
実のところ、私はブラック・ジャックというキャラクターがよく判りません。どんな動機で、何をしたいと思っているのか、理解できないのです。飛び飛びにしか読んでないからなぁ。
とりあえず判るのは、赤ひげの正反対ってことで……。

一年~半年遅れ

この作品はGW中のゲオ¥50でレンタルしました
そもそもGWとは日本の映画業界が言い出した
言葉なのにその栄枯必衰と言うか語義が失われ
すっかり海外旅行や阿倍野MIXとやらにかき消され
てますが。

レンタルしたらDVDのプリント面とケースだけに
なった上に「リンカーン」シリーズが多いし
(あのヴァンパイア系も見てしまった)
”大人ONLY"も含め20作と言う制限ぎりぎり
までレンタルしてので
「しまった一度見ていたのをまた借りた、まあ50円
だから仕方ない」と思って見たら、これがのめり込む
面白さ、法律の知識がちょことあったら更に倍増
しかも私は結構好きな”マリサ・トメイ”も
(別に借りていたスーパーチューズデーに
’引き続き’)出演していたし、脇役に結構
良い人をキャスティングしていたのも
良かった。

Re: 一年~半年遅れ

すわっと 優優さん、こんにちは。
この作品に偶然出会うと、嬉しい「拾い物」でしょうね。
私も、米国の法律の知識がもうちょっとあればと思いました。
それにしてもレンタル料が50円とは、ずいぶん安いんですね。
それくらいでなければ、月額固定980円のHulu等には対抗できないのでしょうが。
Secret

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  作品について http://cinema.pia.co.jp/title/159492/ ↑ あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。 http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21554/story.html ↑ あらすじ    

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