『黄金を抱いて翔べ』 魅力的なことと当たり前のこと

 『映画 ひみつのアッコちゃん』の素晴らしさを周囲に吹聴していたところ、ある友人からこんな言葉が返ってきた。
 「たしかに『映画 ひみつのアッコちゃん』を観て泣いた。でも、あの作品には映画の規範がない。」
 友人との会話から、なるほどと思うところがあった。

 『映画 ひみつのアッコちゃん』の一つの要素に悪人との攻防がある。だが、この映画での悪人のとっちめ方は充分ではない。悪だくみは粉砕されるものの、悪人がその報いを受けたとはいいがたい。
 もちろん、『映画 ひみつのアッコちゃん』は悪人退治を主眼とした作品ではないから、アッコちゃんの恋と冒険が悪人たちを蹴散らせば充分である。仏教では因果応報という言葉があるけれど、現実世界がその言葉通りに説明できるわけでもない。悪人が生き延びることに、一人の少女が責任を負うものでもなかろう。

 だが、私の友人は、映画はそれではいかんと云う。
 善いことをすれば良い報いがあり、悪いことをすれば悪い報いがある。そういう物語を紡ぐことで、映画は人々の規範であるべきだと云うのだ。
 たしかに、法を破り、悪事を反省することもなく、金を奪って万々歳という映画を観ると、その映画の作り手は何を考えているのかと思う。そんな作品を受容する世の中はいかがなものかと思う。
 映画は現実の鏡であるとともに、現実に働きかけるメッセージでもあろうから、悪事を許すものであってはならないのだ。

 私は『映画 ひみつのアッコちゃん』につゆほども不満はないが、友人の主張にも頷けるところではあった。少なくとも、作り手側の職業に従事している友人が、そんな規範を心がけながら作品に取り組んでいることを知って嬉しく思った。


 『黄金を抱いて翔べ』は銀行から金塊を盗もうとする男たちの話だから、『映画 ひみつのアッコちゃん』以上に規範の有無が問われる。
 だから本作は苦い味わいに覆われており、それは金を奪って万々歳という映画の対極といえよう。

 ただ、規範といっても堅苦しいものではない。本作はどこをとっても良くできた、無類の娯楽作だ。
 本作の優れたところを数え上げたら切りがない。練り込まれたストーリー、無駄のない脚本、テンポ良く緊張感に満ちた映像、個性的な登場人物とそれを体現する達者な俳優陣。どれか一つでも欠けたら映画が台無しになってしまうところ、本作は余裕でクリアしている。
 こう云うと、何を当たり前な、と思われるかもしれない。私が列挙したものは、すべての作品が備えていて当たり前のことばかりだ。
 しかし、その当たり前のことが往々にして備わっていないことを私たちは知っている。

 製造業でもサービス業でも、客商売で忘れてはならないのが当たり前品質と魅力的品質だ。これは狩野紀昭氏が提唱した考え方で、次のように定義される。
 当たり前品質要素:それが充足されれば当たり前と受け止められるが、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。
 魅力的品質要素:それが充足されれば満足を与えるが、不充足であっても仕方がないと受けとられる品質要素。

 この二つの境界上に位置するのが一元的品質要素である。
 一元的品質要素:それが充足されれば満足、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。

 たとえば飲食業を例に取ってみよう。
 飲食業において店舗が清潔であることは必要不可欠だ。店が汚かったり、ゴキブリが目についたりしたら、客は二度とその店に来ない。だが、店舗が清潔なのはあまりにも当たり前のことであり、清潔にしただけで客が増えるわけではない。これが当たり前品質だ。
 一方、その店のラーメンがずば抜けて美味いとしよう。そこそこの味でも不満足にはならないだろうが、ずば抜けた味だと思えば客はまた来店するし、口コミを広げて他の客を呼び込んでくれるかもしれない。これが魅力的品質だ。
 店や企業が素晴らしさを競うのは、この魅力的品質の部分であり、これが評判になってこそ客足も伸びる。

 だが、勘違いしてはならないのが、魅力的品質は当たり前品質に優先するものではないということだ。
 飲食店であれば、どんなに美味いラーメンを出しても、ゴキブリのいる店に客は来ない。自動車であれば、どんなに驚異的な低燃費を実現しても、乗り心地が悪かったり、ブレーキの作動に問題のあるクルマは売れない。
 「当店にゴキブリはいません」とか「ブレーキを踏めば必ず止まります」なんて、全然セールスポイントにならないが、それは消費者に軽視されてるからではなく、備わっていて当たり前だと思われているからだ。

 映画だって、おんなじだ。
 テレビの人気者を初主演に迎えたり、驚異的なスペクタクルシーンを用意してくれるのは、たいへん魅力的であり、観客も歓迎しよう。
 だからといって、観客は、温いストーリーや、雑な映像や、つまらないキャラクターを許したりはしない。それらは、充足されて当たり前、不充足であれば不満を引き起こす要素なのだ。
 映画もまた、当たり前品質はセールスポイントになりにくいけれど、本当に観客を満足させるのはここである。無名の俳優ばかりでも、金をかけたVFXなんかなくても、面白い映画は面白い。

 そして『黄金を抱いて翔べ』が素晴らしいのは、当たり前品質において不充足な部分が一切ないからだ。
 金塊強奪というネタに新奇性はないかもしれない。驚異的なスペクタクルシーンもないし、映画出演が話題になる人気者を配しているわけでもない(観客の中にはチャンミン目当ての人もいたが)。
 けれども、魅力的品質のはずのものがしばしば目くらましにすぎないことを思えば、当たり前品質が完璧な本作の満足度は高い。

 そして映画を貫く苦い規範は、私たちの胸に深い味わいを残してくれる。


黄金を抱いて翔べ コレクターズ・エディション(2枚組)(初回限定版) [Blu-ray]黄金を抱いて翔べ』  [あ行]
監督・脚本/井筒和幸  脚本/吉田康弘
出演/妻夫木聡 浅野忠信 桐谷健太 溝端淳平 チャンミン 青木崇高 中村ゆり 田口トモロヲ 鶴見辰吾 西田敏行
日本公開/2012年11月3日
ジャンル/[サスペンス] [犯罪]
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規範

すいません。ちょっと脇道にそれた話。

「規範」から「規制」に近くなるのかもしれませんが、TVで人殺しが主役になる「必殺仕掛人」が製作された時、プロデューサーは周囲から最終回は主人公たちが因果応報を受けて全員、死ぬ話にしなさい、と言われたそうです。結局、プロデューサーは反骨から誰一人殺さなかった。

「規範」は厳密でなくていいと思う。ただ「規範」があまりに何もないと「何を見せられたの?
」と思ったりする事もあるので、何もないのもどうかとは思うんですが。

ああ、選挙に「規範」が欲しいなあ。

Re: 規範

ふじき78さん、こんにちは。
必殺シリーズの主人公たちは違法な殺し屋集団なので、最終回では全員死ぬところまでいかないまでも組織存亡の危機に見舞われたりしますね。全員死ぬのもアリだとは思いますが。

以前酒の席で、テレビ関係の仕事をしている友人と出版関係の仕事をしている友人から聞いた規制についての話は面白いものでした。
テレビの場合、最後はプロデューサーの胸一つのようですね。
結局のところ、作り手の人間性が問われるのかもしれません。

因果応報

にきちんとなってくれれば、こっちとしても溜飲が下がるのですが、現実はどうもそういかないのばかりで、せめて映画にはと思います。
ですが、この映画に関しては、それほど満足とは思えませんでした。
緻密さに欠けてたかなあと。いろんなところの大ざっぱ部分が目に付いてしまいました。
役者はぴたりとはまってたと思います。
これでチャンミンさんとやらを、初めて認識しました。
多才な人ですねえ。

No title

面白い見方ですね。
私自身は映画に規範を期待するという考えがなかったので、新鮮に感じます。

高村薫の小説はどれも、現実社会に居場所がない男たちの話が多いですが、この映画は原作の持つ雰囲気がよく出ていると思いました。
犯罪映画としてみると、いろいろ行き当たりばったりすぎて、雑な感じがしましたね〜。
でも、そもそも主人公はお金を目的に緻密な犯罪を目指しているという感じじゃないので、男同士の地獄の道行き話として見ると、なかなか妻夫木くんの暗い眼差しがぴったりでヤオイっぽいムードもあって、私は楽しめました(笑)

Re: 因果応報

sakuraiさん、こんにちは。
私は高村薫作品というと『マークスの山』くらいしか読んだことがありません。
その印象からすると、おそらく本作の原作も緻密で細部の細部まできっちり書き込まれていることと思います。それが面白い小説のあり方の一つなのでしょうが、映画には向かないことこの上ない。たかだか2時間でそこまで細部を描けないし、でも描かないと作品の良さを殺してしまう。
普通の映画監督だったら、そのジレンマに沈没してしまうことでしょう。
本作の成功は、細部に囚われることから脱した大雑把さにあると思います。
この潔い強引さが、何よりの魅力でした。

Re: No title

mi~yaさん、こんにちは。
居場所がない男たち――たしかにその通りですね!
本作が行き当たりばったりというのも、その通りだと思います。
私は、綿密に計算した計画通りに進行する映画を見ると、「そんなに上手く行くわけないだろう」と叫びたくなります:-)
そして、お金を目的に緻密な犯罪を目指しているという感じじゃないのは、銀行の建物を前に口にする「燃えてくるだろう」と云うセリフが表していますね。
男同士の地獄の道行きとは上手い表現です。
Secret

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