『ライク・サムワン・イン・ラブ』 映画館ならではの面白さ!

 極めつけに面白い小説家を挙げよと問われたら、あなたは誰を推すだろうか。
 人それぞれお薦めの作家がいるだろうが、私は悩みに悩んで「日本人なら国枝史郎」と答えるだろう。

 国枝史郎(1887-1943年)は、大正から昭和にかけて活躍した伝奇小説の第一人者だ。個性的な登場人物や、奇想天外なストーリーが織りなす面白さは格別である。半村良氏や永井豪氏をはじめ、国枝史郎ファンの小説家、マンガ家は少なくない。
 けれども、彼の活躍した頃から1世紀近くが経ちながら、その面白さを受け継ぐ作品が誕生しているだろうか。多くの作家が国枝史郎のように面白い作品を書こうと挑戦してきたが、その面白さを再現するのはなかなか難しいようだ。

 なぜなら、まともな作家は物語の先の展開を構想してしまい、伏線を張ったり、それを回収したりと、作品を面白くするのに余念がないからだ。それはそれで当然のことなのだが、国枝史郎の魅力はそんなことでは再現できない。国枝作品の特徴は、伏線を張り続けるだけ、風呂敷を広げ続けるだけ、先の展開なんて考えてないんじゃないかと思わせるほどの行き当たりばったり感にあるからだ。
 そんな小説が面白いのかって?
 これが滅法面白いから驚きなのだ。

 でもこんなことは、まともな人間がすることではない。
 緻密な構成と見事な伏線の回収で素晴らしい作品をものにした作家たちが、おのが傑作に飽き足らず、国枝史郎ばりの面白さに近づきたいと考えて、しばしば行き当たりばったりの作品を発表する。だがその結果は、話の辻褄が合わなかったり、説明が強引すぎたりする。それが未熟さや能力不足のためじゃないのは、他の作品が証明しているのに。
 同じようなことをしていても、辻褄が合わないとか、強引とは感じさせないのが国枝史郎の凄いところだ。
 国枝史郎作品の特徴を幾つか挙げてみよう。

・会話から始まる出だし
 国枝史郎は戯曲を書いていたこともあって、会話のテンポがすこぶる良い。その作品はしばしば会話の途中からはじまり、誰と誰が話しているかは判らないが、そんなことお構いなしに続く会話が作品にリズムをもたらす。

・主人公が一貫しない
 特定の人物の描写が続くので彼/彼女が主人公かと思いきや、途中から出てきた人物が場を奪ってしまう。最初の人物はもともと脇役として構想されていたのか、それとも書き手の気まぐれによるのかは判らない。

・どんどん変わるシチュエーション
 物語の向かうところが次々変わり、いったいどこを目指すのか判然としない。その場その場の流れは滅法面白いので、このまま物語が続いて欲しいと思うのだが、そんな受け手の期待は裏切られ続ける。

・クライマックスも終わりもない
 大小の山場を繰り返しながら、徐々にクライマックスに向けて盛り上がり、最大のクライマックスを迎えた後に、物語がストンと終わる。国枝作品はそんなストレートなストーリーテリングではないので、読み進める受け手は物語のどこらへんにいるのか見当もつかない。事件が何らの解決も見ないまま、突然中断したりする。

 もうお判りだろう。
 これらはアッバス・キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』の特徴でもある。

 国枝作品で特に印象的なのは、クライマックスや終わりがどこか判らないことだ。
 本を読む際は残りのページ数が見当付くから、読みながらそろそろ終わるはずだろうと思う。しかし国枝作品では、どこまで読んでも物語が収束する様子がなく、事件の解決の目処も立たないので不審に思いながらページをめくると、「未完」の文字が目に飛び込んでくる。
 それはないよ、と読者は思う。この次のページにはもっと面白いことが書いてあるはずなのに。読者はクライマックスを堪能していないからこそ、これからの盛り上がりに思いを馳せて地団駄を踏む。

 それでも現代の読者は国枝史郎作品を単行本で読むために、物語が決着を見ないことは残りのページ数から察してしまうが、発表当時、雑誌連載で読んでいた人は突然の連載終了に驚いたことだろう。
 その衝撃も含めて、先の見えないところが国枝作品の魅力である。
 永井豪氏は、国枝史郎の代表作『神州纐纈城』を石川賢氏がマンガ化した際に解説文を寄せており、その中で石川賢氏と小説『神州纐纈城』について語り合った思い出を紹介している。
---
 で、ふと気がついた。「未完って面白い!」。物語の結末が読者に委ねられたということではないか?
 読者各人が、好みの結末を作って悦に入れば良いのだ。
 「よしっ!『凄ノ王』の終わり方もこれでいこう!」。そう思いつき、いくつかの戦いを直前で未完にしてしまった。ノッて読んでいた読者は悶絶するに違いない。たちの悪い作者はほくそ笑んでいた
---

 『凄ノ王』連載時の週刊少年マガジンの読者は、突然の終了に呆気に取られたに違いない(長年の永井豪ファンは「またか」と思っただろうが)。
 ともかく、残りのページ数を見て取れる単行本と、突如として連載が終わる雑誌とでは、衝撃の度合いが違う。未完が面白いと云うなら、突然の連載終了の方が面白さは何倍も上だ。

 映画にしても同じことだ。
 自宅でDVDを再生したり、テレビ放映されたものを見るときは、室内の時計やDVDプレーヤーの時間表示が目に入って、開始から何分経ったか、あと何分で終わるのかが判ってしまう。行方の知れない物語を楽しむときに、こんな味気ないことはない。
 映画館での鑑賞は違う
 映画館で時刻を気にせず観ていたら、突如としてエンドクレジットが流れ出す――その方が衝撃も面白さもはるかに大きいだろう。

 だからこそ、国枝史郎ばりの『ライク・サムワン・イン・ラブ』は、映画館で観てこそ面白い。ノッて観ていた客は悶絶し、その反応に監督はほくそ笑むことだろう。
 「私の映画は始まりがなく、終わりもない」とは、本作を上映した後の記者会見におけるキアロスタミ監督の弁である。
 本作は判りやすいクライマックスを用意したストレートなストーリーテリングではない。私たちの実人生のように。
 そして上映が終わった後も、観客には好みの結末を作って悦に入る楽しみが残されている。


ライク・サムワン・イン・ラブ [DVD]ライク・サムワン・イン・ラブ』  [ら行]
監督・脚本/アッバス・キアロスタミ  編集/バーマン・キアロスタミ
撮影/柳島克己  録音/菊池信之
出演/奥野匡 高梨臨 加瀬亮 でんでん 鈴木美保子 窪田かね子 岸博之 森レイ子 大堀こういち 辰巳智秋 春日井静奈
日本公開/2012年9月15日
ジャンル/[ドラマ]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : この映画がすごい!!
【genre : 映画

tag : アッバス・キアロスタミ 奥野匡 高梨臨 加瀬亮 でんでん 鈴木美保子 窪田かね子 岸博之 森レイ子 大堀こういち

⇒comment

委ねる

最近は結末を観客に委ねるタイプの映画が多くなってきました。しかし本当にそれが成功しているものは少ないです。
多くが委ねるには材料が足りなかったり、提供し過ぎていたり、あるいは委ねたつもりになっているだけだったり、などなど。
その点本作はここのさじ加減が非常にうまくいっているように感じました。
セリフやストーリーだけではなく、映像をうまく駆使してというか、「操った」という印象で、いい意味で観ている側を惑わせたのもさすがだったと思いました。

Re: 委ねる

rose_chocolatさん、こんにちは。
そうですね。本作は「ここで終わり!?」という驚きが爽快で楽しいです。
撮影や音響の効果も抜群で、臨場感も半端じゃないから、なおのことラストシーンにはハッとしました。
Secret

⇒trackback

  トラックバックの反映にはしばらく時間がかかります。ご容赦ください。


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

『ライク・サムワン・イン・ラブ』 (2012) / 日本・フランス

原題: LIKE SOMEONE IN LOVE 監督: アッバス・キアロスタミ 出演: 奥野匡 、高梨臨 、加瀬亮 観賞劇場: 川崎市アートセンター アルテリオ映像館 2012年カンヌ国際映画祭コンペティシ

ライク・サムワン・イン・ラブ

 『ライク・サムワン・イン・ラブ』をユーロスペースで見ました。 (1)イランのアッバス・キアロスタミ氏による作品(監督・脚本)でありながら日本語が話される映画として製作され

「ライク・サムワン・イン・ラブ」:キアロスタミ流「これが映画だ!」

キアロスタミが単身日本に乗り込んで、日本人俳優&スタッフを使って撮影した映画『ラ

ライク・サムワン・イン・ラブ

東京のデートクラブでアルバイトをしている女子大生・明子は、80歳を過ぎた元大学教授のタカシの家を訪れた。 待ちかねていたタカシは手製のスープを振る舞おうとするが、明子は手

ライク・サムワン・イン・ラブ ★★★

「桜桃の味」で第50回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したイランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督が「トスカーナの贋作」同様に母国を離れ制作した人間ドラマ。元大学教授が例

『ライク・サムワン・イン・ラブ』

ライク・サムワン・イン・ラブ 元大学教授とデートクラブで働く女子大生 自称 彼女の恋人である青年の3人を中心に愛を描く... 【個人評価:★★☆ (2.5P)】 (自宅鑑賞) 日・仏合作映画
最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示