『少年は残酷な弓を射る』について話し合わねばならない

 世界でも、自国の歴史の上でも、もっとも平和な時代を迎えた日本
 けれども、残念ながら凶悪犯罪はゼロにはならない。そしてどんな犯罪者にも親はいる。
 もしも我が子が凶行に走ったとき、「あの子ならやりかねない」と思うのはいけないことだろうか。
 「まさか、うちの子に限って」と思うべきなのだろうか。

 子供は親の背中を見て育つ、とは云うものの、生まれついての性質もあるし、子供を取り巻く環境のすべてを親がコントロールできるわけでもない。父親と母親の考えの違いもあろう。
 そんな我が子を、親は愛さなければいけないのだろうか。愛せないといけないのだろうか。

 『八日目の蝉』は、「なぜ子供を可愛がれないのか」を問う作品だった。
 子供を可愛がるためには、血の繋がりがあれば良いのか。血が繋がっていなければ、愛情をもって接することはできないのか。
 それを突き詰めるために、『八日目の蝉』では我が子でもない子供を溺愛する女性という絵空事を中心に置き、実の母なのに我が子と上手くコミュニケーションできない女性や、母と子が1対1で向き合うことを否定するカルト教団を登場させて、子供と大人の関係を洗い直した。
 作り手の抱く希望と良識が、作品を過度に残酷なものにすることを避けたけれど、『八日目の蝉』は子供と大人の様々な体験を通して最後まで私たちに問い続ける。
 「私たちは子供を愛せないのか」と。


 一方、『少年は残酷な弓を射る』は、一組の母子を徹底的に描いた作品だ。
 ここでの親子は、まぎれもなく血の繋がった母と子である。『八日目の蝉』とは違い、夫は優しいし、一家は経済的にも恵まれている。
 しかしこれは作り手が仕掛けた残酷な罠だ。この母親は何不自由のない生活を送っているため、何があっても他人のせいにはできない。夫のせいにできない、組織のせいにできない、世の中のせいにできない。
 しかも本作の子供ケヴィンは、赤ん坊の頃から彼女になつかない。映画は母親の視点で描くのみなので、どこまでが本当のことで、どこからが彼女の思い込みなのか観客には識別できないのだが、少なくとも映画を見る限りは子供が母親から離反するような出来事はない。何らかのきっかけがあるわけではなく、最初から彼女には笑顔を見せないのだ。

 これは辛いことだろう。
 私たちはものごとを因果関係で説明しがちだ。悪いことには原因がある。良いことをすれば報われる。そんな因果応報を心のどこかで期待している。けれどもこの映画は、過去の出来事に原因を求めることさえ許さない。
 何か事件でもあれば、「あれさえなければ今頃はもっと良い関係が築けていたはずなのに」と過去のせいにできる。原因がハッキリすれば、あとはそれを悔やめば良いだけだ。『八日目の蝉』に登場した母親が誘拐犯を憎むように、何かを恨んだり怒ったりすれば良い。
 ところが『少年は残酷な弓を射る』の作り手は、誰かを責めることすら許さないのだ。

 それではいったい、大人はどうすれば良いのだろう。
 そんな惨いことを問いかけるのが、『少年は残酷な弓を射る』だ。
 主人公である母親の名はエヴァ。それは神につくられた最初の女性の名だ。彼女はすべての女性を代表している。


 本作がさらに残酷なのは、原因になるような直接的な事件はなくても、子供は大人をしっかり見ていることを描いている点だ。
 大人が他人を罵る言葉を、子供は聞き逃さない。子供が留守のあいだに大人が部屋に入ることも知っている。
 そういう大人の態度や行動が、子供に影響するかもしれないことを示唆しつつ、本作はあらゆる断定を避ける。親が知らないことを、神の視点で教えてくれたりはしない。救いとなる教訓を垂れることもない。すべては受け手が考えるしかない。


 映画の冒頭でスクリーンにはタイトルが映し出されるが、すぐにタイトルをなす単語は消えてしまい、「KEVIN」の文字だけが印象に残る。
 そして私たちはエヴァの目を通して、ケヴィン少年に接する彼女の不安と葛藤と喜びをたどる。
 やがて映画を観終えたとき、私たちは改めてタイトルについて考えざるを得ない。

 『We Need to Talk About Kevin』
 (私たちはケヴィンについて話し合わねばならない。)

 そう、私たちは誰しも話し合わねばならないことを抱えている。
 ケヴィンは私たちの家にも隣にもいるのだから。


少年は残酷な弓を射る [DVD]少年は残酷な弓を射る』  [さ行]
監督・脚本・制作総指揮/リン・ラムジー  脚本/ローリー・スチュワート・キニア
出演/ティルダ・スウィントン ジョン・C・ライリー エズラ・ミラー ジャスパー・ニューウェル ロック・ドゥアー アシュリー・ガーラシモヴィッチ シオバン・ファロン・ホーガン アースラ・パーカー
日本公開/2012年6月30日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [ミステリー]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : リン・ラムジー ティルダ・スウィントン ジョン・C・ライリー エズラ・ミラー ジャスパー・ニューウェル ロック・ドゥアー アシュリー・ガーラシモヴィッチ シオバン・ファロン・ホーガン アースラ・パーカー

⇒comment

TBありがとうございます

タイトルは直訳(或いはそのままカタカナ読み)よりは邦題にするとニュアンスが伝わりますね…
怖い作品でした♪

Re: TBありがとうございます

別冊編集人さん、こんにちは。
怖い映画ですね。ホラーとしても出色の出来かも。
邦題には、原題のニュアンスも込められてると、なお良かったと思います。

Re: 人間は人間に対して残酷である。

プチ不眠症さん、こんにちは。
さてさて、「子供は常に天使で、大人は悪だ」と考えてる人はいるのでしょうか。
子供は、大人がすることなら何でもできるでしょう。子供は子供同士、いじめを育むこともあれば、残酷な仕打ちもできます。子供と大人のあいだに境界線はありませんからね。

こんばんは

ナドレックさん、お久しぶりです
どうも接ブログにTLとコメント賜りありがとうございます!

人は誰でもケヴィンを観たことがあるし、自分の中にもケヴィンが存在する部分があって共感出来る部分もありますよね。だからケヴィンが見せた感情や行動の幾つかは身内や自分自身で感じた覚えがあるので親近感が湧くのですw湧きたくないのに
なんて嫌な映画なのでしょうか(笑)

ラスト感動的だとチラシに載ってましたが..
ちょっと何に感動すれば良かったのか分かりません( ̄ω ̄;
希望が見えたようなラストになりましたが..
私は、大丈夫かなぁという気持ちの方が強かったのでなかなか素直に感動出来なかったです

Re: こんばんは

愛知女子さん、こんにちは。
そこなんです、この映画が嫌なのは!

チラシにはそんなことが書いてありましたか。
ラストの会話でホッとすることはできると思いますが、愛知女子さんの「大丈夫かなぁ」という気持ちももっともです。
受け止め方は観客次第でしょうね。

三人

の母を一応やってますが、育てた・・・なんて大仰なことは言えない。。
やってはならないこと、ここでどういう判断をしたらいいのか!ということくらいは教えましたが、彼らの人格形成に何かを寄与したなんてとは、かけらも思ってない。
彼らは彼らで、彼らの持って生まれたもんで、人格が作られている。
びっくりするくらいに三者三様。どれもみな同じ種と畑から生まれたんですが、どれとして同じものはない。
タチ(生来の性質・・・・みたいなもん?)という言葉がすごく便利で、よく使ってます。
タチだから・・・・。原因はない。そう思います。
大きな声では言えませんが、自分の子の中でも、好き嫌い、合う合わないはしっかとあります。
それはあっちも感じているでしょう。
そんな感情を抱えながら、逃げちゃいけない。面と向き合うことをやめてはいけない。母に課せられた宿業のような気がします。

Re: 三人

sakuraiさん、こんにちは。
面白いですよね。どうして人間は人それぞれ異なるのでしょう。
まぁ、それが生物に進化をもたらすメカニズムなんでしょうけど。
タチとは判り易い言葉ですね。
原因はない、そのとおりだと思います。

でも、

> やってはならないこと、ここでどういう判断をしたらいいのか!ということくらいは教えましたが

それがとてもとても大事なことなんだと思います。
Secret

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