『愛と誠』は『歌姫』の17年後だ

 前回の記事「『愛と誠』 メタメタな大傑作」に、sakuraiさんよりコメントをいただいた。
 コメント欄に返事を書いていたのだが、いささか長文になってしまったので別の記事として取り上げることにした。
 以下は、sakuraiさんのコメントへの返信として書いたものである。

sakuraiさんのコメント
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真意が
良くわかんないのですよ、監督の。
本当にナドレックさんが解体したような深い深いものをしのばせて作ったのか、確信犯的におちゃらけてるのか。。
私的には、計算しつくして作ってるようには感じられなかったのですが、それを見る人に好きなように解釈してもらって楽しんでる・・・と言う風にも見えます。
一年で作る映画の数を見ると、一本一本にそんなにエネルギー費やせない本数ですよね。
とはいいつつ、昭和のど真ん中、もろにこの世代としては、一緒に口ずさんでいたのは言うまでもないです。
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 sakuraiさん、コメントありがとうございます。
 ところで、2007年に放映されたテレビドラマ『歌姫』はご覧になられたでしょうか。あるいは、その原作となった劇団「東京セレソンデラックス」の芝居はご覧になったでしょうか。

 それは昭和30年代の土佐清水の映画館を舞台にした、恋ありケンカあり涙ありの素晴らしい作品です。しかも昭和30年代を単にノスタルジックに捉えるのではなく、戦争から10年しか経っていない時代としてその明暗を描きだし、多くのファンの熱い支持を得ました。
 それは、低視聴率に喘いだこのドラマをなんとか称えたいファンの想いが口コミで広がり、みんなで投票した結果、第45回ギャラクシー賞のマイベストTV賞グランプリを受賞したことでも判りましょう。
 かくいう私も『歌姫』に一票を投じる資格を得んがため、放送批評家懇談会に入会しました。

 また、私は東京セレソンデラックスの芝居には足を運べませんでしたが、芝居を収録したDVDを買い求め、ドラマ以上に号泣しました。映画は映画館で芝居は芝居小屋で観ることを旨としている私にとって、芝居をDVDで観るのは極めて珍しいことです。

 その東京セレソンデラックスの主宰者にして舞台『歌姫』の演出・脚本・主演を務め、テレビドラマ版でも全話の脚本を手掛けるとともに一部の回では演出も務めたのが、宅間孝行氏です。もちろん、多くの映画やドラマに出演してらっしゃるので、みなさんお馴染だと思います。

 『愛と誠』の映画化に難航していた制作陣が宅間氏に脚本を依頼したのは、『歌姫』で見事に昭和を切り取ってみせた手腕を見込んでのことでしょう。
 宅間氏にとっても、昭和40年代の都会を舞台にした『愛と誠』は、昭和30年代の田舎町を取り上げた『歌姫』と地続きの題材だったと思います。

 『愛と誠』をご覧になった多くの人が、三池崇史監督作品として論じていらっしゃいますが、私としては脚本が宅間孝行氏であることにも大いに注目して欲しいと思います。
 なにしろ、あの長大な原作を2時間に収まるようにまとめたのは宅間孝行氏ですし、くだらないギャグを仕込んだのも、昭和の歌謡曲を使うことを提案したのも、音楽担当の小林武史氏と一緒に具体的な選曲を行ったのも宅間孝行氏なのですから。
 もちろん、過剰なまでの色使いの映像とか、ケンカのシーンで背後に飛び交う塵芥とか、三池監督ならではのディレクションがあればこそ映画は完成したのでしょうが、作品の方向性を定める上では宅間孝行氏が決定的な役割を果たしていると思います。
 それは本作のコンセプトが、「面白い台本を真面目に撮る」であることからも明らかでしょう。


 そこで思い起こすのが、テレビドラマの歌姫』は低視聴率だったことです。
 それほど素晴らしい作品であるならば、なぜ『歌姫』は低視聴率だったのでしょう。

 その理由はさまざま考えられるでしょうが、一つ大きな要因として、演劇的な手法を散りばめ過ぎたことが挙げられると思います。
 ストーリーをきめ細かく説明するよりも、場のポテンシャルを重視した展開。
 シリアスな場面とくだらないギャグとが交互に出てくる落差。
 作品のカラーを変えてしまいかねない、大仕掛けのどんでん返し。
 エンターテインメントを重視した芝居なら珍しくはないこれらの要素が、テレビの視聴者には奇異に感じられたのでしょう。平たくいえば、何がしたいのか判らなくて取っつきにくいのだと思います。

 そして『愛と誠』が『歌姫』と地続きであると考えるのもこの点です。
 たとえばゲキ×シネでご覧になられた劇団☆新感線の『薔薇とサムライ』あたりを思い浮かべてみてください。物語に関係なく挿入されるくだらないギャグ。ミュージカルでもないのに、舞台に上がるとまずは一曲歌う役者たち。コメディリリーフでもないのにツッコミを入れ合う登場人物たち。そのくせアクションシーンは半端なく、シリアスなんだかコメディなんだか判らないふざけた展開。
 これらは、そのまま『愛と誠』にも当てはまるのではないでしょうか。

 映画『愛と誠』を考えるとき、宅間孝行氏が持ち込んだ演劇的な手法を考慮に入れると見通しが良くなります。本作は、一般的なマンガの映画化とはルートが違うのでしょう。

 一般的映画: 原作 → 映画
 『愛と誠』: 原作 → 演劇的解釈 → 映画

 だから本作を奇異に感じたり、何がしたいか判らないのは、映画なのに顔を出す「演劇的解釈」が映画としての理解を阻害するからではないでしょうか。
 映画の文法は案外堅固で、その範囲内ではどんなに冒険しても新しくても歓迎されますが、文法そのものを逸脱すると映画の観客には馴染めないのかもしれません。それでも作り手が「映画はここまで」なんて出し惜しみをせず、持てるものをすべてぶち込んだのが本作なのでしょう。

               

 とはいえ本作には少々首を捻るところがあります。

 先にも書きましたように、本作はミュージカルではありません。『鴛鴦歌合戦』(1939年)がミュージカルではなくオペレッタと紹介されているように、本作もミュージカルとしての完成度は全然目指していません。
 これは劇団☆新感線がミュージカル路線に進まないのと同じです。観客を楽しませるために歌も踊りも見せるけど、本格的なミュージカルを観たいのなら劇団四季や東宝ミュージカルに足を運べば良いのです(新感線は『SHIROH』で本格的ミュージカルもできることを示しましたが)。
 『愛と誠』の公式サイトによれば、宅間孝行氏は当初ミュージカルを提案したようですが、そこまでやらなかったのは正解でしょう。観客が見たいのは、歌唱力のある早乙女愛や切れのあるダンスを踊る太賀誠ではないのですから、「まずは一曲歌います」程度の軽さが本作の持ち味としてちょうど良いと思います(私は劇団四季のカチッとした重さがいささか苦手なのです)。

 でもそんな中で、市村正親さんはさすがに上手い。上手すぎる。市村さんのシーンだけが本格的ミュージカルレベルなので(当たり前ですが)、ちょっと浮いてしまうのですね。
 で、観客はここで「ミュージカルはいいなぁ」と感じるので、途端に他の出演者の歌がショボく見えてしまう。パパイヤ鈴木氏の振り付けだって、ミュージカル俳優を前提としたものではないのですが、いったん「ミュージカルはいいなぁ」と思った観客には、ショボいダンスに見えてしまう。
 私としては、歌や踊りを一定のレベルに保つのではなく、役者と役の個性に合わせてばらついてるのが愉快でした。
 しかし、本格的ミュージカルをこなせる役者を一人だけ交えたことが良かったのかどうか、ちょっと難しいところだと思います。


 ところで、三池監督の作品数からすると一本々々にそんなにエネルギーを費やせないのではないかというご指摘は、たしかにそうかもしれません。
 しかし、たびたび引き合いに出した『鴛鴦歌合戦』を、マキノ正博監督はなんとプリプロダクション4日、実撮影1週間で完成させています。しかも本来は別作品を準備していたのに、主演の片岡千恵蔵が急病のため、すでに押さえてしまったスタッフ・キャストで急遽まったく違う映画を撮ったのですから、いくら早撮りで知られるマキノ監督にしても凄すぎます。
 そんな映画が、公開から70年以上を経ても語り継がれるとは驚きですね。

 それに比べると、企画から3年以上を費やしている『愛と誠』は、充分に時間をかけているのではないでしょうか。
 題材や予算にもよりますが、量産が必ずしも質の低下をもたらすわけではないのが映画の面白いところですね。


愛と誠 コレクターズ・エディション 期間限定生産(2枚組) [Blu-ray]愛と誠』  [あ行]
監督/三池崇史  脚本/宅間孝行
出演/妻夫木聡 武井咲 斎藤工 大野いと 安藤サクラ 伊原剛志 余貴美子 市村正親 加藤清史郎 一青窈 前田健 真樹日佐夫
日本公開/2012年6月16日
ジャンル/[青春] [ロマンス] [ミュージカル] [アート]
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【theme : 恋愛映画・ロマンティックコメディ
【genre : 映画

tag : 三池崇史 宅間孝行 妻夫木聡 武井咲 斎藤工 大野いと 安藤サクラ 伊原剛志 余貴美子 市村正親

⇒comment

ここまで

書いていただいて、感激です。
なにか差し上げたいとこですが、気持ちだけで。

残念ながら、宅間氏を今回初めて知りました。
ドラマも全く知りませんでした。
映画は脚本がどんだけ大事か!と言うことはしっかと認識していたつもりですが、今回はそこに及ばなかったです。
勉強になりました。
宅間氏のテイストは、いかに見せるか!と言うことで、そこに様々な手法(それこそ踊りや歌)が使われているわけですが、物語に持つ主題より、その見せ方を見せる!と言うように思えます。

映画は一人で出来るわけもなく、きっと三池チームみたいなもんがちゃんと機能しているんでしょうね。
今の日本で、こんだけコンスタントに映画を作り続けることができるのは、三池さんと堤さんくらいですが、そのエネルギーには感服します。そのもとになっているのがほぼマンガというのも日本らしいです。
もうこの方たちにはオリジナルな作品は頭の片隅にもないでしょうね。
私、三池監督の作品では「天国から来た男たち」が一番だと思ってます。
あんな感じの映画がまた見たいなあ~です。

Re: ここまで

sakuraiさん、こんにちは。
近年の三池監督作品では、『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』がオリジナルですね。続編ですけど。
これほど量産できるのは、おっしゃるとおり映画制作が集団作業だからでしょうね。チームでの作業が回っているのでしょう。

一方、なかなか作品を拝見できないのが、たとえば内田けんじ監督や矢口史靖監督ですね。映画に限りませんが、作り手の数だけ作り方があるのでしょう。
それでも今年は両監督の新作が公開されて嬉しい限りです。
以前、内田けんじ監督のトークショーで、客席から「もっと作品を発表しないんですか?」という(もっともな)質問があり、内田監督は「もっと発表したいんですけどね」と笑いながら答えていました。
受け手と送り手の希望が合致しているのに実現できないのが、映画の難しさでしょうか。
Secret

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