『シレンとラギ』 劇団☆新感線が挑んだもう一つの続編

 【ネタバレ注意】

 劇団☆新感線2012年春興行いのうえ歌舞伎『シレンとラギ』は、ギリシア悲劇を南北朝時代の日本へ移し変えたかのような作品だ。
 まず、その世界設定が面白い。南北朝時代を下敷きにしながらも、あえて史実とは異なる世界を構築している。

 『シレンとラギ』では、あたかも南北朝のように「北の王国」と「南の王国」が覇権を争っている。
 北の王国は幕府と呼ばれる組織が支配しており、先王亡き後、玉座に就いているのは愚鈍なギセン王と母トウコである。足利尊氏と正室・赤橋登子とのあいだに生まれた第2代将軍・義詮(よしあきら)も、『太平記』では(史実はどうあれ)愚鈍な人物として描かれている。
 幕府の実権を握るのは、足利氏の執事・高師直(こう の もろなお)と弟・師泰(もろやす)に当たる執権モロナオと弟モロヤスである。
 けれども足利尊氏の弟・直義(ただよし)が高師直と対立したように、本作では先王の弟ギチョクがモロナオと対立している。

 一方、南の王国は教団と呼ばれる組織の支配下にあり、そこでは後醍醐天皇ならぬゴダイ大師が権力を握っている。
 史実では後醍醐天皇の鎌倉倒幕に協力した足利尊氏や高師直や京極高氏たちが建武の新政を経て後醍醐から離反したように、南の王国のゴダイに仕え続けているのは、今となっては大楠公(だいなんこう)こと楠木正成ならぬダイナンと、新田義貞ならぬシンデンぐらいしかいない。

 本作の登場人物の命名に当たっては、元になる人物の名前をそのまま読んだキョウゴク等もあるものの、漢字を音読みしたり、漢字の順番を入れ替えた上で音読みしているものもある。義詮(よしあきら)をギセン、直義(ただよし)をギチョクを呼んでいるのがその例である。
 タイトルロールのシレンとラギも同様だ。
 シレンに当たるのは、後醍醐天皇の寵愛を受けて権勢を振るった阿野廉子(あの れんし)であろう。ラギは、後醍醐天皇と阿野廉子の子にして、後醍醐の跡を継いで南朝の後村上天皇となる義良(のりよし)だ。

 このような南北朝時代をいささかもじった世界観に合わせるように、役者たちは日本風のような中国風のようなはたまた西洋風のような不思議な衣裳をまとっている。この不思議な魅力は先の公演『蛮幽鬼』と共通するもので、今回も小峰リリー氏が衣裳を担当している。
 それだけでなく、『シレンとラギ』は『蛮幽鬼』の世界観も引き継いでおり、暗殺集団「狼蘭族」がここでも重要な役回りで登場するのが面白い。


 とはいえ、本作の世界がいくら南北朝時代に似ていようと、あくまで架空の国、架空の時代を舞台としているので、作り手は日本の正史ではありえないような物語を紡ぐことができる。
 そして『蛮幽鬼』が『モンテ・クリスト伯』をベースにしたように、『シレンとラギ』で展開されるのはギリシア悲劇だ。なかでもソポクレスがギリシア神話に材を取って書き上げた『オイディプス王』が今回のモチーフである。
 南の王国の支配者の血を引きながら、そうとは知らずに北の王国で育ったラギ。これは、テーバイ王の子でありながら、何も知らずに隣国コリントスで育てられたオイディプスそのままである。そしてオイディプスが、自分の殺した相手が父であること、愛した女が母であることを知って悲劇のただ中に置かれるように、ラギもまた父ゴダイを殺め、母シレンと愛し合ってしまう。

 ケレン味たっぷりの劇団☆新感線の芝居と、24世紀以上も演じられ伝えられてきたギリシア悲劇。この組み合わせは魅力的だ。
 隣接する二つの国を日本の南朝と北朝に置き換えたことにより、ギリシア悲劇に劇団☆新感線らしさが塗り込められ、観客はみんな新感線ならではの作品として楽しむことができる。

 加えて演出のいのうえひでのり氏と台本の中島かずき氏は、『オイディプス王』をただ焼き直すようなことはしなかった。この大悲劇をそのまま新感線の芝居にするだけでも、優れた作品になったはずだ。けれどいのうえひでのり氏と中島かずき氏は、『オイディプス王』の要素を解体し、変奏曲をかなで、ラストにどんでん返しを用意した。
 なにしろ『シレンとラギ』では、『オイディプス王』のストーリーを第一幕で消化してしまうのだ。第二幕はいのうえひでのり氏と中島かずき氏による『オイディプス王』への返歌である。
 それは『オイディプス王』の続編『コロノスのオイディプス』を上演することではない。なんといのうえひでのり氏と中島かずき氏は、ギリシア悲劇を悲劇として終わらせないのだ。

 ここでひとまず、本作と『太平記』(南北朝時代)と『オイディプス王』(ギリシア神話)それぞれの主な登場人物を整理しておこう。

 『シレンとラギ』: 『太平記』: 『オイディプス王』

 南の王国: 南朝: テーバイ
  ゴダイ大師: 第96代・後醍醐天皇: テーバイ王ラーイオス
  ゴダイの寵愛を受けたシレン: 阿野廉子: イオカステー
  シレンの子ラギ: 義良(第97代・後村上天皇): オイディプス
  ゴダイのお后モンレイ: 後醍醐天皇の中宮・礼成門院
  幹部シンデン: 新田義貞
  武将ダイナン: 大楠公(だいなんこう)こと楠木正成

 北の王国: 北朝: コリントス
  ギセン王: 第2代将軍・足利義詮
  ギセンの母トウコ: 義詮の母・赤橋登子
  ギセンの叔父ギチョク: 義詮の叔父・足利直義
  執権モロナオ: 足利氏の執事・高師直
  モロナオの弟モロヤス: 師直の弟・師泰
  キョウゴク: 京極高氏: コリントス王ポリュボス
  キョウゴクの娘ミサギ

 さて、『シレンとラギ』には、主人公シレンとラギの対になる男女が登場する。それはラギの育ての親キョウゴクとその娘ミサギである。キョウゴクは、自分の娘でありながらミサギを異性として愛している。
 さらにもうひと組、ラギとミサギの兄妹も、シレンとラギの対になる。ミサギは兄ラギと血の繋がりがないことを知らないが、それでも兄を愛している。
 本作は、シレンとラギすなわち母と息子の組み合わせに、キョウゴクとミサギすなわち父と娘の組み合わせ、そしてラギとミサギすなわち兄と妹の組み合わせを対比させながら進行する。

 キョウゴクのミサギに対する愛は強引で、観客には邪恋に見える。ミサギのラギに対する想いは、ラギに全然届いておらず、観客には悲恋に見える。
 するとどうだろう、シレンとラギの禁断の愛は、そこに愛を育めただけ"まし"に見えてくる。
 こうして『シレンとラギ』は、イオカステーとオイディプスの禁断の愛に焦点を当てていた『オイディプス王』から離れ、愛を育めた人物としてシレンとラギを肯定的に見はじめる。

 やがてシレンとラギは、『オイディプス王』とはまったく異なるところに着地する。
 『オイディプス王』では、イオカステーは命を断ち、オイディプスはみずからの目を潰して、乞食となりさまよい歩く。
 だが『シレンとラギ』では、死んだはずのシレンは命を取りとめ、ラギも悲劇の果てにさまようのではなく、目的を持って歩み出す。
 もしもイオカステーとオイディプスが死んだり目を潰したりせず、悲劇を乗り越えて自分たちにできることを考えたなら――『シレンとラギ』のラストからは、いのうえひでのり氏と中島かずき氏のそんな問いかけが伝わってくる。

 24世紀以上にもわたって、私たちは父を殺し母と愛し合ったオイディプスの悲劇を語り継いできた。
 けれども、とうとうその悲劇を乗り越える物語が出現したのだ。

               

 ところで、残念なことに『シレンとラギ』には二つの誤り、というか適切でないところがある。
 あくまでフィクションなので気にしなくて良いかもしれないが、一応現代人は知っておくべきだろう。
 一つは、近親相姦の描き方である。
 近親相姦を禁じる理由は、現代の私たちには明白だ。私たちは有性生殖することで遺伝子の多様性を確保している。もしも単性生殖だったら多様性が生じる余地はなく、子孫全員が親と同じ性質を受け継ぐので、親がかかる病気には末代まで感染してしまう。それに対して、異なる遺伝子を持つ男女(雌雄)が生殖すれば、新たな性質を持つ子供が生まれ、病気等に打ち勝って繁栄できるのだ。
 なのに、似たような遺伝子を持つ近親間で生殖してしまっては、せっかくの有性の利点が活かされない。

 だがこれは、遺伝の仕組みが明らかにされた現代だから誰でも知っているのであり、ギリシア神話の時代には認識されていなかった。
 にもかかわらず、近親相姦が禁忌とされてきたのは、進化の過程で近親相姦を避ける仕組みが身についているからだ。
 エドワード・ウェスターマークによれば、人は成長過程で一緒に過ごした異性には性的興味を持たないという。DNA型鑑定が確立されるまで近親者を識別する方法がなかった以上、一緒に暮らす人を近親者と見なすのは合理的である。私たちは生殖戦略にしたがって生殖する異性を選択するが、その際に一緒に暮らす人(=近親者)への接近にはブレーキをかけるメカニズムがあるのだ。
 そのため、離れ離れに生きてきたシレンとラギが、男女として愛し合ったのは仕方がない。近親者に対するブレーキがかからないのだから。『オイディプス王』が悲劇なのは、オイディプスのような境遇にあれば誰もが母親を愛するおそれがあるからなのだ。

 したがって、ミサギが父キョウゴクを拒絶するのもとうぜんだ。キョウゴクを父として見ることはあっても、性的興味の対象にはならないのだ。
 おかしいのは、ミサギが兄ラギを慕うことである。ミサギが幼少時からラギと過ごしてきたのであれば、ミサギはラギにも性的興味を抱かない可能性が高い。シレンとラギが愛し合うのは不自然ではなく、だからこそ観客は二人の運命を悲劇として受け止めるのに比べると、かなり珍しい事象であるミサギの想いには感情移入しにくいだろう。
 ギリシア神話が作られた時代ならいざ知らず、近親相姦を避けるメカニズムが研究されている現代に、このような珍しいケースを持ち出すのはあまり適切とは思えない。


 もう一つ気になるのは、遺伝するものとしないものの取り違えだ。
 シレンは長年にわたり身体に毒を取りこむことで、毒への抵抗力を付けてきた。これはあくまで後天的に身に付けたものなので、シレンが子供を産んでもこの力は引き継がれない。ボディビルダーの子供が筋肉モリモリの身体で産まれたりしないのと同じである。
 ところが本作では、シレンの後天的な体質がラギに遺伝したかのような展開がある。これもまた、現代の知見に基づけば、適切な描写とはいえないだろう。
 こんなことを気にするのは、子供や遺伝に関する間違った知識が、偏見を生み出したり差別を助長したりするおそれがあるからだ。間違った知識を広めることのないように、ゆめゆめ気をつけたいものである。


 ここまで『シレンとラギ』の内容を中心に述べてきたが、これらに加えて本作の大きな魅力は豪華な俳優陣である。特に藤原竜也さん、高橋克実さんは、これが劇団☆新感線の公演への初出演とは思えない存在感だ。
 とりわけ高橋克実さんは、かつて誰もが付き従ったゴダイの魅力と、キョウゴクたちが離反してしまうほどのゴダイの型破りさを表して、本作の複雑な状況を生み出した要となる人物を印象付けている。
 ゴダイが第二幕にはほとんど登場しないことなど、忘れてしまうほどに。


シレンとラギ―K.Nakashima Selection〈Vol.18〉 (K.Nakashima Selection Vol. 18)シレンとラギ』  [演劇]
演出/いのうえひでのり  作/中島かずき  衣装/小峰リリー
出演/藤原竜也 永作博美 高橋克実 古田新太 三宅弘城 北村有起哉 橋本じゅん 高田聖子 粟根まこと 石橋杏奈
公演初日/2012年5月24日
劇場/青山劇場 (大阪公演は2012年4月24日より梅田芸術劇場メインホールにて)
ジャンル/[ドラマ] [ファンタジー]
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【theme : 演劇・劇団
【genre : 学問・文化・芸術

tag : 藤原竜也 永作博美 高橋克実 古田新太 三宅弘城 北村有起哉 橋本じゅん 高田聖子 粟根まこと 石橋杏奈

⇒comment

公演が逆だったら・・・

もっと楽しめたのにと、とても残念です。
 
2月に『灼熱の魂』を鑑賞していたので
「お~またこの悲劇か」・・・とため息をつきつつ
見応えのあるストーリーには釘づけでしたが
一部にどうにも居心地の悪い部分があって
(キョウゴクの邪恋が、特に…)
いつもほど楽しめたのか微妙だったんです。
 
ところが、ナドレックさんの記事を読ませて頂いて
総ての霧が晴れて行くような気がしています。
鑑賞前に読ませて頂きたかったなぁ。

一緒に鑑賞した友だちにもこちらを紹介させて下さいね。
どうも有り難うございました。

Re: 公演が逆だったら・・・

ほし★ママ。さん、こんにちは。
映画ファンには『灼熱の魂』の印象が強烈なので、本公演はタイミングが良くありませんでしたね。
私はとにかく俳優陣に楽しませてもらいました。新感線の団員もほぼ揃いましたし、藤原竜也さん、永作博美さん、高橋克実さん、三宅弘城さん…と、元々好きな俳優さんが集まりましたし。
本作はタイトルもいいですね。『ロミオとジュリエット』のようなシンプルなタイトルにしたかったそうで、タイトルがおどろおどろしくないからかえって中身とギャップがあって楽しめました。

No title

「かなり珍しい事象であるミサギの想いには感情移入しにくい」
の部分については、私は「もののけ姫」を思い出しながら、たぶんこの二人は本当の兄弟ではないんだろうなと思いながら観ました。
二つ目の部分は、おっしゃる通りで、何をバカなと思いながら観ました。
後半部分は展開が急かつ雑な部分もあったように思います。

Re: No title

まっつぁんこさん、こんにちは。
ウェスターマークの説によれば、異性への性的興味は一緒に暮らしたかどうかに左右されるので、本当の兄妹か否かは関係ないことになりますね。
となると、本当の兄妹でなくても一緒に暮らした以上は性的興味を覚えないはずで、ミサギの恋慕は不自然な感情ではないか。――と、観客に思わせてはいけないですね(^^;

前半部と後半部については、元ネタの有無の違いにより、練り具合に差が生じているのかもしれませんね。

物語

には、不満もなく、いろんな要素を取り入れ、見事なギリシア悲劇でした。
はい、こう来るだろうなあ~と予想しているこっちの期待を裏切らない作り!
で、なんでしょうねえ、あたしのすとんと来なかったとこは。
藤原のたっちゃんかな・・・やっぱ。
うまいし、すごいし、オーラはあるし、存在感半端ないんですが、なんかどっか違ったんですよ。
やっぱ慣れみたいなもんと、あとは見る方の心もちですかね。
舞台見に行く時のハレの気持ちじゃないもんなああ。
気分的に、映画を見に行くのとそう変りなくなってきてる自分がおりました。
でも、きっと次も行きますよ。
こんな田舎で、見れる幸せかみしめて。

Re: 物語

sakuraiさん、こんにちは。
ジャニーズ事務所所属のタレントさんをゲストに迎えるとチケットを取るのがたいへんなので、この作品の配役は落ち着いて観劇するのにうってつけでした。
映画でよく見る役者さんが多かったかもしれませんけど。

sakuraiさんのブログを読んで、改めて本作について考えていたのですが、たしかにゲキ×シネのラインナップからすると、本作はやや雰囲気が違うかもしれません。
私の好きな『港町純情オセロ』とかがゲキ×シネ化されれば、位置付けが変わって見えるかもしれませんが……。
Secret

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シレンとラギ

来月大阪で開幕! 劇団☆新感線2012年春興行 いのうえ歌舞伎『シレンとラギ』 公式サイト (シレンとラギ) http://www.shiren-to-ragi.com/

ゲキ×シネ シレンとラギ

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