『映画 ホタルノヒカリ』 オードリーとの共通点は何か?

 日本の夏に欠かせないものがある。

 夜空を彩る大輪の花火、キンキンに冷えたビール、そして『ホタルノヒカリ』である。

 テレビドラマ『ホタルノヒカリ』が放映されたのは2007年の夏、続く『ホタルノヒカリ2』の放映は2010年の夏。1年のもっとも暑い盛り、しかも1週間の真ん中である水曜日に放映されたこのドラマを見て、多くの視聴者が、縁側でビールをかっくらう干物女から元気をもらったことだろう。
 ひるがえって、『ホタルノヒカリ』がない夏は味気ない。やっぱり干物女の恋にドキドキし、その干物っぷりに爆笑し、お盆を過ぎれば縁側で線香花火を楽しみ、9月に入って「もう夏も終わりですね」とつぶやかれないと、ひと夏を過ごした気がしない。

 けれども2012年夏、待ちに待った『ホタルノヒカリ』が帰ってきた! しかも今度は映画になって。
 『映画 ホタルノヒカリ』の公開に先駆けて、映画館には早くからポスターが貼られていた。ローマの街を背景に主人公雨宮蛍が微笑む構図だ。そのポスターは、『ホタルノヒカリ』という作品の本質をものの見事に表していた。だから『ホタルノヒカリ』が映画になってスケールアップする際の舞台にローマが選ばれたのも必然だと感じた。


 『ホタルノヒカリ』は、都会で働くOL雨宮蛍と、その上司の高野誠一部長との物語である。
 高野部長は蛍よりひと回り以上も年上で、仕事ができるし財力もあるし、家の中もきちんと整理整頓し、料理も上手い。蛍だって仕事は頑張っているのだが、整理整頓や料理に関してはサッパリだ。貯金は47円しかない。

 こう書くと、多くの人が近年大ヒットした先例があることに気づくだろう。そう、『のだめカンタービレ』も、年上で金持ちで、優れた音楽家にして整理整頓も料理もできる千秋先輩と、、整理整頓や料理がサッパリできない野田恵の物語だった。
 さらに先例をたどれば、日本、台湾、韓国でテレビドラマ化され、テレビアニメや舞台にもなった『イタズラなKiss』が挙げられよう。この作品の男女は年齢こそ同じであるものの、やはり超秀才で金持ちで料理も上手い入江直樹と、不器用で成績が悪くて料理が下手な相原琴子の組み合わせだった。
 このような例は枚挙にいとまがない。テレビドラマでも映画でもマンガでも小説でも、恋愛物の多くは、金持ちでハンサムで経験豊富な男性と、世間知らずで不器用で若い女性の組み合わせなのだ。

 これを実際に研究してみた人がいる。
 オギ・オーガスとサイ・ガダムは、膨大な量のロマンス小説やインターネット上の検索ワード、検索履歴、掲示板への投稿等を分析して、男女の性向を調べ上げた
 その分析結果のポイントを藤沢数希氏が端的にまとめているので引用させていただこう。男女はそれぞれ異性に対してこんな願望を抱いているのだ。

 「男は、オツムがイマイチで、いつもボスに怒られてばかりのウェイトレスが、なぜか若くて美人で、セックスのことで頭がいっぱいで、そんな可愛い女子があなたと突然のようにセックスをする、というような有り得ないシチュエーションに興奮するのである。」

 「女は、ハンサムでお金持ちで、女も金持ちなら、その相手はなおいっそう金持ちで、支配的なポジションについていて、他の人には酷いことをするのに、なぜかあなたには優しくて、いろいろな精神的な駆け引きがあったりするものの、最終的に「一目見た時から君のことを愛していた」と言って、あなただけを一生愛する、というようなシチュエーションが大好きなのである。」

 この女性の願望は、まさしく完全主義者で自分にも他人にも厳しい高野部長や、俺様キャラの千秋先輩や、意地悪な入江直樹そのものである。

 これは、進化心理学の説明とも合致する。
 スティーブン・ピンカーは『心の仕組み~人間関係にどう関わるか』の中で、37ヶ国の1万人を対象に、配偶者の資質として重要視するものをアンケート調査した結果を紹介している。そこでも、女性は男性よりも収入に高い価値を置き、また地位や野心や勤勉さ、頼りがいや確実性を重視している。一方、男性は若さや外見に高い価値を置いている。
 スティーブン・ピンカーの著作は大部なので紹介するのが面倒だが、橘玲(たちばな あきら)氏が著書『(日本人)』においてピンカーの論考を端的にまとめているので、こちらを引用しておこう。
 橘氏は、進化心理学で説明すると、私たちが大切に思っているものを身も蓋もない理屈に還元してしまうと断りつつ、男と女の愛情の違いは生殖機能の違いに由来すると述べている。
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 男の場合は、精子の放出にほとんどコストがかからないから、より多くの子孫を残そうと思えばできるだけ多くの女性とセックスすればいい。すなわち、乱交が進化の最適戦略だ。
 それに対して女性は、受精から出産までに10ヵ月以上もかかり、無事に子供が生まれたとしてもさらに1年程度の授乳が必要になる。これはきわめて大きなコストなので、セックスの相手を慎重に選び、子育て期間も含めて長期的な関係をつくるのが進化の最適戦略になる(セックスだけして捨てられたのでは、子どもといっしょに野垂れ死にしてしまう)。
 男性は、セックスすればするほど子孫を残す可能性が大きくなるのだから、その欲望に限界はない。一方、女性は生涯にかぎられた数の子どもしか産めないのだから、セックスを「貴重品」としてできるだけ有効に使おうとする。ロマンチックラブ(純愛)とは、女性の「長期志向」が男性の乱交の欲望を抑制することなのだ。
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 これらを踏まえて映画の数々を振り返れば、思い当たることが多いだろう。
 男性の願望を具現化した作品は、007シリーズに代表されよう。ジェームズ・ボンドは毎回異なる美女と仲良くなる。
 女性の願望を具現化した作品も数多いが、とりわけオードリー・ヘプバーンの主演作に代表されよう。
 たとえば、『ローマの休日』では世俗のことを知らないアン王女が俗世間に詳しい新聞記者と恋に落ち、『麗しのサブリナ』ではお抱え運転手の娘が大金持ちの御曹司と恋をする。『マイ・フェア・レディ』では、まともな言葉使いもできない花売り娘が、一流の言語学者と恋をする。
 オードリー・ヘプバーンの作品が昔も今も高く評価されるのは、恋愛物の本質を突いた、定番中の定番だからだろう。


 だからこその、『映画 ホタルノヒカリ』のポスターである。
 ローマを舞台にした映画でもっとも有名な作品といえば『ローマの休日』だろう。そのローマを背景にしたポスターで、蛍は黒いドレスを身にまとい、サングラスをかけている。この扮装は、もちろん『ティファニーで朝食を』冒頭のオードリー・ヘプバーンと同じである(蛍が前髪を束ねていることを除けば)。
 『ティファニーで朝食を』のオードリーの相手は必ずしも年上の金持ちではないが、常識外れのヒロインに対して(もうすぐ名声を得るであろう)堅実思考の小説家は、充分に女性の願望を満たしていよう。

 つまりこのポスターは、『ホタルノヒカリ』がオードリー・ヘプバーンの諸作に連なる、恋愛物の定番中の定番だと宣言しているのだ。そして、高野部長と蛍の組み合わせは、まさに恋愛物の本質を突いている。
 そんな本作が外国へ飛び出すに当たって、他ならぬローマを舞台にするのはとうぜんだ。

 だから、テレビシリーズに登場した年下の手嶋マコトや同年齢の瀬乃和馬が、蛍と結ばれるはずはなかったのだ。彼らは金持ちでもなければ支配的なポジションにもおらず、蛍を凌駕するものを何ら持ち合わせていないのだから。
 それは『マイ・フェア・レディ』で若造のフレディが相手にされないのと同じである。


 ただし『ホタルノヒカリ』には、オードリー・ヘプバーンの作品と違うところもある。
 『のだめカンタービレ』や『イタズラなKiss』にもいえるのだが、理想の男性像に料理の上手さが加わったのは、近年の特徴だろう。
 『麗しのサブリナ』で料理が得意なのは、オードリー・ヘプバーン演ずるサブリナの方だ。サブリナも世間知らずで不器用な女性として登場するから、最初は料理も下手なのだが、2年にわたるパリでの修行で料理の腕は上がっている。
 対照的に、『ホタルノヒカリ2』の蛍は美味しい味噌汁を作ろうと悪戦苦闘するが叶わない。

 『麗しのサブリナ』が公開された1954年当時、米国の女性は専業主婦になるのが一般的だったから、夫が料理をする必要はなかった。
 けれども今や多くの女性が婚姻の有無にかかわらず働いており、家事を男性と相応に分担する必要が生じている。そのため男性に求める要素として、料理や整理整頓等の家事の上手さが、金持ちであることや支配的なポジションに就いていることと並んで重要になったのだろう。相当の金持ちであれば、男性みずから料理や整理をしなくても家事代行サービスに依頼すれば済むことだが、女性にできないことができるという点が重要なのだ。

 職場では残業しまくる干物女が「恋愛は面倒」と思ってしまうのも、料理に手が回らないことと同根だろう。
 白河桃子氏は、恋愛を面倒くさがる若い女性の気持ちを次のように代弁する。
---
 その原因はといえば、やっぱりアラサー世代女子の環境にあると思う。不景気の中で世の中に出て、必死で仕事をゲットし、しかもその仕事は身も心もすり減らすほどの激務だったりする。とにかく、自分のことで手いっぱい。

 男子も同じ状況なので、恋愛しようにも「打っても響かない男子が多いので、だんだん面倒になってしまうんですよ」
(略)
 カレシがいても、「カレシのケアをしてあげるほど自分に余裕がない」という声も。こんな大変な時代に、優しく癒やしてほしいのは、今や男女ともに同じ。
---


 『ホタルノヒカリ』は、そんな干物女たちに恋愛を促す作品だった。
 とはいえ、二度のテレビシリーズを通して結婚までこぎつけた雨宮蛍に、もう促す余地など残っていない。そこで『映画 ホタルノヒカリ』は、人生からリタイアしたかのような"大"干物女を新たに登場させて、彼女の更生物語にした。テーマ的にも、ちょっとスケールアップさせたのだ。
 さらに『ローマの休日』で知られる名所巡りにとどまらず、ウェディングドレスの女性がシトロエン・2CVに乗り込むなんて『ルパン三世 カリオストロの城』を彷彿とさせる遊びを交えて余裕をかます。

 けれども、やっぱり最後はオードリー・ヘプバーンの路線に戻って締めくくるのがなんとも楽しい。
 『ティファニーで朝食を』の劇中でオードリーが弾き語りする名曲『ムーン・リバー』を、蛍バージョンとして披露してくれるのが本作最大の見どころ(聴きどころ)かもしれない。


映画 ホタルノヒカリ [Blu-ray]ホタルノヒカリ』 2007年7月11日~9月12日
ホタルノヒカリ2』 2010年7月7日~9月15日
映画 ホタルノヒカリ』 2012年6月9日
監督/吉野洋  原作/ひうらさとる
脚本/水橋文美江
出演/綾瀬はるか 藤木直人 安田顕 板谷由夏 手越祐也 松雪泰子
    国仲涼子 加藤和樹 武田真治 丸山智己
    向井理 木村多江 高橋努 臼田あさ美 
ジャンル/[コメディ] [ロマンス]
[あ行][は行][テレビ]
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【theme : ホタルノヒカリ
【genre : テレビ・ラジオ

tag : 吉野洋 綾瀬はるか 藤木直人 安田顕 板谷由夏 松雪泰子 国仲涼子 向井理 木村多江 手越祐也

⇒comment

トラバありがとうございました。

今後ともよろしく御願い致します。

Re: トラバありがとうございました。

JUNSKYさん、コメントありがとうございます。
こちらこそ、よろしくお願い致します。

No title

遺伝子決定論は、社会諸現象の説明を試みる人たちにとって親和性が高い(おそらく唯一の武器)ようですね。彼らはドーキンスを絶対神とあがめていることでしょう。その祭壇がボストンと東京辺りにありそうですが、目撃報告があれば秘密の祭壇を見てみたいものです。

支配的な男が女性をモノにするというのは1万人にアンケートとらなくても、そこら辺のモテおやじに聞けば直ぐ分かったことかもしれません。ということを言えば、非科学的態度といわれてしまいそうですが。。。
いずれにせよ、ただただ、JSグールドがいま少し長生きしてくれていたらと思います。

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
Funeral by funeral, theory advances.
とはポール・サミュエルソンの言葉ですね:-p
ちなみに、記事本文では触れませんでしたが、ピンカーの著作では不倫のメカニズムについてかなりのページを割いています。それを読むと、男性のみならず女性も不倫するのが生殖戦略上合理的な気がしてきます……。
なぜか私は知人の不倫現場に出くわすことが多くて対応に困るのですが、それほど皆さん不倫にいそしんでいるのでしょうか。

無謀な

挑戦をしてみました。
いや、面白かったです。
いろいろと同調できない部分もありましたが、・・・うちの娘を見ているようで。。
干物女は夢ですわ。ああいう風に出来たらいいなあ~という果たせぬ夢。
でも実際、我が娘はやってるか・・・・。綾瀬サンだから許せるんで、うちのじゃなあ。

Re: 無謀な

sakuraiさん、こんにちは。
いきなり映画版から観るとは、おみそれしました。
テレビシリーズでも蛍の親御さんは出てこないのですが、代わりにシッカリ者のお姉さんが登場します。
親や長子がシッカリしてると、ダラダラしちゃうのかもしれませんねぇ。

うちの

娘は長子なんですがね・・・。
あのアパートの部屋、見せてあげたい。。
母の教育力のなさを見せつけられたようなきがして、がっくりでしたよ。

Re: うちの

ははぁ:D
長子だからといってシッカリしているわけではないことは、私が証明できます。
Secret

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