『ポテチ』 「絆」よりもヒステリシス!

 中村義洋監督!伊坂幸太郎原作!濱田岳主演!
 まさしく鉄板の陣営だ。『アヒルと鴨のコインロッカー』、『フィッシュストーリー』、そして『ゴールデンスランバー』で私たちを楽しませてくれた人々が、またも傑作を届けてくれた。
 毎度お馴染み仙台を舞台にした『ポテチ』は、期待にたがわず抜群に面白い映画である。

 68分という短めの上映時間の中に、思わずニヤニヤしてしまう軽妙な会話と、感情移入せずにはいられない愛すべきキャラクターたちと、一瞬たりとも飽きさせない意外性に満ちたプロットと、怒涛のような感動が凝縮されている。
 それなのに一般・大高生の料金は1,300円と、通常の前売券なみだ。
 映画の良し悪しは上映時間の長さとは全然関係がないし、それどころかダラダラと長い映画に何時間も付き合う苦痛を考えれば短いことはいいことなのだが、本作は短い上に料金を安く設定していただき、たいへんありがたい作品である。

 とりわけ主人公を演じる濱田岳さんは、いつもながらのコンソメ味もといトボけた味でニヤリとさせてくれる。
 しかも今回の濱田岳さんは泥棒役だ。泥棒だからこそ遭遇してしまう事件の顛末が面白いのだが、結局のところ悪事を働いてることに違いはない。けれども主人公はいいヤツだ。性格はいいのに犯罪者、おまけに一般常識に欠けるという支離滅裂な役柄を、観客にスッと受け入れさせるのは濱田岳さんならではだろう。


 本作は、2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地である仙台を勇気づけようと伊坂氏と中村監督が企画し、わずか8日間で撮り上げたという。
 そして2011年といえば、世相を表す漢字として選ばれたのは「絆」だった。
 財団法人 日本漢字能力検定協会のプレスリリースによれば、応募者が「絆」を選んだ理由として挙げたのは、「震災で家族・友達・恋人・地域の人々との絆の大切さを知ったこと」「支援の絆が生まれたこと」「チームワークの絆により勝ち取ったワールドカップ優勝」等であるという。

 思えば、これまで伊坂氏と中村監督が送り出した作品も、「人と人との絆」を感じさせるものだった。
 『アヒルと鴨のコインロッカー』では青年たちの奇妙な連帯を描き、『ゴールデンスランバー』では卒業から何年経っても仲間意識がなくなることはない学生時代の友人たちを描いた。
 本作に登場する親子や男女にも、なんらかの絆があるようにも思われる。

 しかし、本作には「絆」よりもっと大事なものがある。
 ここに登場するのは、偶発的な出来事で知り合った人々だ。親子ですら、偶発的な出来事による人間関係であると云える。
 それは『ポテチ』の原作が収められた『フィッシュストーリー』の表題作でも強調されている。『フィッシュストーリー』は、まったく面識のない他人の行動が、面白いように絡まって事件を起こしたり解決していく奇妙な物語だった。登場人物それぞれのあいだには何の関係もなく、とうぜんそこに「絆」なんてものはない。
 ではこれらの作品が描いているのはなんだろう?

 それは「縁」だ。
 ある人の行動や偶然の出来事が、他の人の行動に、人生に影響していく。「縁」というものの不思議さ、面白さ。伊坂氏と中村監督の作品に一貫して流れるのは、「縁」を肯定する思いだ。
 『アヒルと鴨のコインロッカー』で青年がブータンからの留学生と出会ったのも、『ゴールデンスランバー』であの時代にあの仲間たちが出会ったのも、本作で親子や男女が一緒に暮らしているのも、巡りあわせというものだろう。
 別に、強く連帯したいとか、絆を結びたいと熱望した結果ではない。それは単なる偶然の産物かもしれない。にもかかわらず、それが大切なもの、かけがえのないものになっていく。


 これもまた、ヒステリシスと云えるかもしれない。
 ヒステリシスとは、「履歴現象」とも表記される物理学や経済学等で用いられる言葉であり、ある状態が現在の条件だけでなく、過去の出来事に影響されることを指す。
 物事は、現在の条件を変えたところで、必ずしも状態が元に戻るわけではない。たとえば磁性体は一度強く磁化させると容易には磁化が弱まらないし、阪神・淡路大震災で減少した神戸港の取扱量は、港湾機能が回復しても元に戻ることはなかった

 考えてみれば、これは特別なことではない。私たちの人生はいつでもヒステリシスである。
 一つの出会い、一つの出来事は、長く影響し続ける。それが故意であろうと偶然であろうと、私たちはそれをなかったことにはできない。
 そして、いつしかその出会い、その出来事に私たちは馴染み、それらのある人生が当たり前になっていく。
 コンソメ味のポテトチップスを食べたかった人が、偶然食べた塩味の方を気に入るように。


ポテチ〔初回限定仕様〕 [Blu-ray]ポテチ』  [は行]
監督・脚本・出演/中村義洋  原作/伊坂幸太郎  音楽/斉藤和義
出演/堤田岳 木村文乃 大森南朋 石田えり 中村大樹 松岡茉優 阿部亮平 桜金造
日本公開/2012年5月12日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]
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⇒comment

「縁」という言葉いいですね。
どこか運命的なミステリアスなものを感じます。
「出会い」から始まる物語。
それだけで、どきかワクワクしちゃいます。

Re: 縁

えいさん、こんにちは。
風変わりな「出会い」を用意できれば、物語の作り手は勝ったも同然ですね。
伊坂氏+中村監督の作品は、「出会い」を繰り返して物語が転がっていく様が爽快です。

伊坂作品

人と人との意外な邂逅が、意外な世界をひろげて、まったく意外な展開になる。
その妙ですネエ・・。うまかったです。
もともと短い話を下手に広げないで、きっちりコンパクトにまとめのも良かったのかもでした。
やっぱ味あるのは、濱田君でした。
あの風合いは彼ならでは!他には出せない。

最近の伊坂作品は、いまいちぴりっと来ないのですが、アイデアで尽くしたかな。。

Re: 伊坂作品

sakuraiさん、こんにちは。
観る前は、この上映時間の作品を一般公開することに疑問を感じたのですが、おっしゃるとおり下手に広げなくて大正解ですね。映画なりにアレンジして物語を膨らませることはできるでしょうが、それでは本来の持ち味が損なわれてしまうとの判断でしょう。

最近の伊坂作品にはご不満ですか。私は伊坂作品を読んでいないので判らないのですが、伊坂氏が映画化を打ち止めにしようと考えたことにも関係するのでしょうか……。
Secret

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