『愛のコリーダ』の意味は?

 クインシー・ジョーンズはみずからの大ヒット曲『愛のコリーダ』の意味を、「私はコリーダを知っている」だと思っていた。

 というのは古典的なギャグだが、ではコリーダってなんなのか。

 ウィキペディアで映画『愛のコリーダ』を解題している。
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題名の「コリーダ」はスペイン語で闘牛を意味する「Corrida de toros」(牛の走り、la corridaのみでも闘牛を指す)からとっている。フランス語の題名 L'Empire des sens (官能の帝国)は、ロラン・バルトによる日本文化論 L'Empire des signes (邦題 『表徴の帝国』)にちなむ。
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 作品内容からすると闘牛とは唐突だが、生死を超えて突き進む男女の姿を牛と闘牛士に見立てたのだろうか。


 『愛のコリーダ』は有名な阿部定事件を題材にしているだけに、定が刃物をもてあそび吉蔵に突きつけるたび、いよいよ切り取ってしまうのかとハラハラドキドキしてしまう。
 そんな観客心理を読みきった大島渚監督は、観客をもてあそぶかのように定に刃物や紐を握らせる。ストーリーは単純なのに飽きないのは、そんなふうに大島監督が刃物をちらつかせるからであろう。

 ときは1936年。美濃部達吉が右翼に襲撃され、その数週後に二・二六事件が勃発した年である。
 しかし本作はそんな時代性を感じさせることなく、定と吉蔵2人きりの閉鎖空間を濃密に描く。2人の周りには女中や芸者や掃除婦がいるのだが、2人はまったく意に介さない。

 ところが映画中盤、散髪屋を出た吉蔵が、軍隊とすれちがい反対方向に歩いていくシーンがある。
 二・二六事件の年、軍隊とは反対に1人で歩いていく男。
 2人の閉鎖空間を描くだけでなく、このようにコメントしやすいシーンを付け加えることで、大島渚監督は評論家筋をも手のひらの上で転がしてしまう。

 いやはや見事である。


 裸の男女が絡み合う上で、鳥を真似して踊り続ける幇間(ほうかん)は、『エル・トポ』でおびただしい兎の屍骸を挟んで対峙するガンマンのように美しい。


愛のコリーダ』  [あ行]
監督・脚本/大島渚 製作/若松孝二 製作代表/アナトール・ドーマン
出演/松田暎子 藤竜也
日本公開/1976年10月
ジャンル/[アート]

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tag : 大島渚 若松孝二 藤竜也 松田暎子

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