『サイボーグ009 移民編』 作家の良心

 【ネタバレ注意】

 石ノ森章太郎氏が1998年に没して10年以上になるが、いま改めて氏は偉大なマンガ家だったと感じている。
 いっとき、私は氏の作家としての姿勢に疑問を抱いた。
 しかし今は、自分の不明を恥じるばかりである。

 氏の作品で私がたびたび思い返すのは、その代表作『サイボーグ009』の『移民編』だ。
 まずは、今では読むことのできない『移民編』のあらすじを紹介しよう。

---
 009の仲間たちは、ふとしたことから事故に遭った男女を助ける。
 ところが男女は救急車も待たずに姿を消してしまう。残ったのは、事故の際に男の腕からちぎれた精巧な義手だった。
 現代科学を凌駕する義手のメカニズムに、男女の正体をいぶかしむ009たち。
 やがて義手を取り戻しにきた女を捕まえた009たちは、女の背後に謎の組織があることを知る。
 その組織の者たちは、一見、人間のような姿だが、それは義手や義足で取りつくろったものであり、実際には触手が生えていたり足がなかったりして、とても人類とは思えないのだった。
 009たちとの攻防の末、彼らは空飛ぶ円盤で消えてしまう。

 残った女の口を割らせたところ、彼らは私たちの子孫であることが判明する。
 近い将来、核戦争が勃発し、地球上に放射性物質がまき散らされる。その影響で、23世紀の彼らの時代には、人間も動植物も突然変異を重ね、現代の生物とは似ても似つかない奇形ばかりの世界になってしまう。ようやく生まれた赤ちゃんは、下半身が蛇のようにのたくっていたりする。
 009と戦った者たちに触手が生えていたり足がなかったのも突然変異のためであり、彼らも人類の一員だったのだ。
 そして彼ら未来人は、環境が激変した地球に住み続けることをあきらめ、核戦争が起こる前の地球に侵略して移り住もうと企んでいた。彼らの科学技術では300年くらいまでしかタイムトラベルできない。そのため、私たちの"現代"が狙われたのだ。
 009たちは子孫の境遇に同情しながらも、侵略という乱暴な手段を許すことができず、彼らの基地に乗り込んでいった……。

 とうとう009たちと未来人たちが雌雄を決せざるを得なくなったそのとき、未来人の科学陣は超大なタイムトラベルに成功した。何十万年でも、何百万年でも、望みの過去へ移動できるようになったのだ。
 そこで未来人は"現代"への侵攻を止め、有史以前へ、人類が発生した遥かな過去へ旅立ち、自分たちが人類の祖先となることにした。私たちの子孫が先祖となり、先祖は子孫だったのだ。
 遥かな過去へ去った未来人たちを見送って、004はつぶやいた。
 「これでときどきカタワの子が生まれることの説明がつく。」
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 これが『移民編』のストーリーだった。それまで黒い幽霊団と戦ってきた009たちが、はじめて他の敵と本格的に対決した作品であり、なかなか上手くまとまった中編であった。

 ところが80年代からだろうか、出版や放送の世界で過去の作品が改変されるようになった。いわゆる言葉狩りである。
 それまで日常的に使われていた言葉が、実は差別用語だと云われ出し、出版社や放送局は販売や再放送の際にこれらの言葉を差し替えたりマスキングするようになった。テレビアニメの再放送ではセリフの一部が無音になり、登場人物が何を話しているのか判らなくなった。
 『ちびくろサンボ』の出版が控えられ、筒井康隆氏が断筆宣言したのもこの頃である。

 当時、私は出版社や放送局の姿勢に懐疑的だった。
 差別を助長する意図などなく、かつてはごく普通に使っていた言葉を、後世の人間が差別用語よばわりして作品から削っていくのは、作品に対する冒涜だと感じた。差別的だと云うのなら、発表当時の社会情勢とその後の変遷を含めて検証するべきであり、表面的に単語だけを隠しても作品を損なうばかりで何も得るものがない、と考えたのだ。
 だから、出版社や放送局の仕打ちに、とうぜん作り手たる作家やマンガ家や脚本家たちは怒っているだろうと思っていた。

 そして『サイボーグ009』においても、いつのまにか『移民編』のセリフが変えられているのに気づいて、ひどいことをすると思った。
 『移民編』は次のように変わったのである。

---
 009たちが、事故に遭った男女を助けることはオリジナルと同じだ。基本的な筋立ては、オリジナルを踏襲して進む。
 ところが、子孫の設定が違うのだ。
 核戦争が勃発しても、人間に奇形は生まれない。ただ、他の生物――動植物等は怪物化して人間を襲うようになる。そのため子孫たちにはケガが絶えず、義手や義足が欠かせない。新しい病にも悩まされる。
 そんな彼らは、核戦争が起こる前の、動植物が穏やかだった時代の地球に移り住もうと企むのだった……。
 そのあとの顛末はオリジナルと同じである。
 遥かな過去へ去った未来人たちを見送って、004はつぶやく。
 「これでときどき変わった子供が生まれることの説明がつく。」
---

 新しい『移民編』はセリフを改変しただけで、絵はほとんど変えていないから、ストーリー全体に大きな違いはない。
 だが、それだけに不自然さが目立つ。ケガをしたからって触手が生えたりしないだろう。下半身が蛇のような赤ちゃんも生まれない。
 子孫の女性が自分の特徴を見せる場面では、オリジナルだと足の指が6本生えていたのに、改変版では噛み傷の痕が残ったことにしている。この足の絵は描き変えている。

 これは改悪だ、と私は思った。
 人間離れした奇形の姿の絵と、動植物に襲われたというセリフが全然合っていないのだから、ひどい改悪だ。

 ところが、この改変を作者石ノ森章太郎氏がみずからの意思で行ったと知って驚いた。
 作者が自分で自作を改悪するなんて、にわかには信じられなかった。片や言葉狩りに抵抗を示す作家もいるというのに。
 石ノ森章太郎は何を考えているのだろう。石ノ森章太郎に作者としての矜持があればこんなことはしないはずだ。――私はそう思った。
 そして、これからは『サイボーグ009』の改悪版しか流通しないのが残念だった。


 1945年に行われた初の核実験以降、フィクションの世界では放射線の影響で突然変異を起こす設定が多用された。
 放射線についてはショウジョウバエでの実験が知られていたが、フィクションの世界で取り上げるようになったのは、各国が盛んに原水爆実験を行ってからだろう。
 スパイダーマンやハルクのように普通に生まれた人間が放射線を浴びて(スパイディの場合は正確には放射線を浴びたクモに噛まれて)超人的なパワーを得るマンガもあるし、SF小説ペリー・ローダンシリーズには広島・長崎の原爆の影響で生まれた日本人ミュータントたちが登場する。『GODZILLA』(1998年)でも、イグアナが原水爆実験の影響でゴジラに変化したことが示唆されている。
 放射線は、怪獣や超能力者を登場させる格好の言い訳になり、世界中の創作者がこれに飛びついた。
 石ノ森章太郎氏も『移民編』に限らず、たとえば『時間局員(タイムパトロール)R』では原水爆の影響で生まれた超能力者がもっと超能力者を増やそうと核戦争を誘発する話を描いている。

 けれども、日本人はこのことにもっと敏感であるべきだろう。
 なにしろ、現実には広島にも長崎にも超能力者はいないのだから。それどころか、怪獣の一匹すら出現しなかった。腕の代わりに触手が生えた人間も誕生しないし、下半身が蛇のようにのたくる人間も誕生しない。
 戦後、長年にわたって被爆者や子供についての調査が行われているが、出生時障害の増加も染色体異常の増加も認められないのだ。
 世界の誰よりも、日本人はこのことを知っておく必要がある。
 結局のところ、世界中で創作されたおびただしいマンガや映画や小説は、行き過ぎた空想の産物だったのだ。愛好家には面白くもない結論だが、超能力者も怪物も生まれないのだ。
 なのに私たちの前には、まるで被爆者を怪物視するかのような後味の悪い作品が積み上がっている。


 そのことに、石ノ森章太郎氏は気がついたのだ。
 核戦争の影響で突然変異が生まれる作品を描くことで、反戦の主張を込めたつもりだった石ノ森章太郎氏は、単に自分が事実無根の物語を世に広め、被爆者への偏見を助長するような行為をしてしまったことに気づいたのだ。
 ましてや、未来人たちが人類の祖先になったから「ときどきカタワの子が生まれる」なんてセリフがあると、放射線による障害が世代を超えて遺伝するかのように思わせてしまう。けれど原爆投下から数十年を経ても、それが原因の「カタワの子」なんて生まれていない。このセリフは広島や長崎の人たちをひどく侮辱していることになる。

 だから、石ノ森氏はみずから作品を改めることにしたのだ。『サイボーグ009』のように長く読み継がれる人気作に、読者に誤解を与える描写を織り込んだままにしてはいけないと考えたのだ。
 たとえ、一度は世に送り出した作品でも、間違いに気づいたらキチンと正す。それが石ノ森章太郎の矜持だったのだ。

 さらに石ノ森章太郎氏は、『サイボーグ009』シリーズでは珍しく、『移民編』を補う続編『時空間漂流民編』を描いている。
 『移民編』は核戦争の恐怖を強く打ち出した作品だったが、遥かな過去へ旅立った未来人のその後の冒険を描き、タイムトラベル物としての色合いを濃くすることで、『移民編』の位置付けも変えている。
 石ノ森氏は『移民編』の大幅な変更はしなかったものの、突然変異だのカタワだのが出てこない『時空間漂流民編』の前編として『移民編』を定義し直すことで、作品世界を再構築しようとしたのだ。

 これらの石ノ森章太郎氏の意図に、私は今まで思い至らなかった。
 子供の頃に好きだった『移民編』を改変されてしまい、楽しい思い出を傷つけられたように感じていた。
 石ノ森章太郎氏が表現者としてどれほど考えて作品に手を入れたか、察することができなかったのだ。
 恥ずかしい限りである。


 残念なことに、広島・長崎への原爆投下から65年以上を経ても、いまだに放射線の影響で突然変異が……なんて作品は作られている。
 2011年に公開された映画『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』では、石ノ森章太郎氏の『時間局員(タイムパトロール)R』によく似た陰謀が巡らされる。敵のミュータントは、核戦争を起こして人類を死滅させ、ミュータントの世界を作ろうとしている。しかし、よく考えれば、核戦争なんか起こしたらミュータントだって吹き飛んでしまいかねない。劇中ではあまり詳しい説明がないが、この作品は放射線の影響でミュータントが大量に誕生することを前提にしているのだ。

 また石ノ森章太郎氏が改変した『移民編』も、中途半端であることは否めない。人間の奇形についての記述は削ったものの、人間を襲う動植物は怪物的な描写のままだ。
 これは、ほとんどの絵を描き変えずに、セリフの差し替えだけで対応したことの限界だろう。「核兵器のまきちらした放射能が、生き物たちを凶暴にしてしまった!」なんて説明を書いて、身体的な変化とも気質の変化とも取れるウヤムヤな表現にしているが、作品がピンぼけになっただけである。
 「カタワの子」というセリフを「変わった子供」に差し替えて、子供の障害を指すのか気質を指すのかも曖昧にしたけれど、改変後にはじめて接する読者には意味不明だろう。

 とはいえ、すでに流通している作品を隠すのではなく、跡形もないほど変えてしまうのでもなくできることとしては、これが氏にとっての落としどころだったのかもしれない。

 あとは私たち読者が、大量に生み出されてしまった作品群をどう受け止めるかである。


サイボーグ009 (第8巻) (Sunday comics―大長編SFコミックス)サイボーグ009』 [本]
作/石ノ森章太郎
初出/1964年~1992年
ジャンル/[SF] [アドベンチャー] [スーパーヒーロー]
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tag : 石ノ森章太郎

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No title

最新の記事からこちらに飛んで来ました。そんな背景があるのですか。ウムム、、、ですねえ。
偶然だとは思うのですが、この日本にとって、放射能は今現在の話題、移民は近い将来の課題。この二つをブログの同じ記事で扱われるとは。。。深慮遠謀のような気がいたしてなりません。
移民といえば、the classでも、そして、今公開中のル・アーブルの靴磨きでも、ちょっと前の仏作品(中東移民の男の子が彼女に会いにドーバー海峡を渡ろうとする)、もう少し前の堕天使のパスポート。すべて移民を扱ってました。

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
『シレンとラギ』には直接の関係はないものの、この記事にリンクを張ってしまいました。
実は本記事を書き上げるのに半年以上かかっています。もっと色々なことを書き連ねるつもりで、参考文献を整えたりしたのですが、結局どんどん削ってこの内容に落ち着きました。これでもサッと読むには長すぎると思うので、削って良かったと思います。

『サイボーグ009』には、記事で述べたことの他にもあまり適切でない描写があります。
たとえば008こと黒人のピュンマは、白人に拉致されて奴隷にされそうになります。こういう描写があると、黒人が奴隷にされたのは白人のせいに思えますよね。歴史を紐解けばもしかしたら白人が拉致したケースもあったかも知れませんが、奴隷の多くは他の黒人が商品として白人に売ったものです。日本でも自分の娘を女衒に売り渡すことが近年まで行われていましたから、納得しやすいところだと思うのですが、白人が黒人を拉致するマンガを読むと、「すべては白人が悪い…」なんて偏った思いを抱きかねません。子供向けのマンガではなおさらです。
マンガのために誤った歴史認識を抱いたまま大人になってしまった人は意外に多いのではないでしょうか。

現実の移民については、私はあまり課題だとは考えていません。課題は課題なんでしょうけど。
ほんの1~2世紀前まで、日本では他県に移り住むのが大事件でした。いつか、他国に移り住むのが大事件だった時代を過去のこととして振り返るようになるかもしれません。

No title

映画からどんどん離れてしまいますが。。。
アフリカの黒人が奴隷になったのは、同じ黒人が(支配階級や商人かな?)が同じ黒人を売ったというのがあるのでしょうが、それと加えて、欧州の人たちの誘導もあったのではないのでしょうか。
イギリスはスペインの牙城を(黒人奴隷商売)を崩すのに時間がかかったということ、どこかの国を利用して崩していったというような記述を最近読んだ気がします(すいません、文献覚えてません)。
そのあたりははっきりさせたいなあ、と思っています。
日本では移民はそれほど課題ではないというお考えにはなるほどと思いました。何事にも穏やかに少しづつ変化しいつの間にか、あれっ変わってしまったね、というか、振り返らない限り変わったということを気にしない民族性とでもいうのですか、それが普通でしょうから。移民を受け入れるということも課題だとは思っています。それも国際結婚、研修生受け入れなどで自然に受け入れていくことになるのでしょうか。見守りたいと思います。英語授業が低年齢から始まり実用的な英語授業が進展しているのもその一助かと。

映画のブログでこのような話題を取り上げられるのは(社会学や政治学の専門家が書いているブログをのぞけば)こちらだけなので、つい面白くてレスしてしまいました。

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
黒人奴隷は三角貿易の重要な商材でしたからね。売る奴も売る奴ですが、買う奴も買う奴なわけです。

英語授業が小学校から必須になったのは良いことだと思います。ただ、現場はどんな状況なのでしょう。
こんな記事↓もありますが、うまく仕組みが回っていくといいですね。
http://www.j-cast.com/tv/2011/05/24096365.html?p=all
Secret

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まとめtyaiました【『サイボーグ009 移民編』 作家の良心】

【ネタバレ注意】石ノ森章太郎氏が1998年に没して10年以上になるが、いま改めて氏は偉大なマンガ家だったと感じている。いっとき、私は氏の作家としての姿勢に疑問を抱いた。しかし今は、じるばかりである。氏の作品で私がたびたび思い返すのは、その代表作『サイボーグ00...
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